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家族の肖像(真)/Novel by ちくわぶ

家族の肖像(真)

8,810 character(s)17 mins

士弓主従聖杯戦争ifストーリー 後日談
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ

シリーズトゥルーエンド「ガーディアンズ」の後日談です。
COMIC CITY SPARK 20の「第59次 ROOT 4 to 5」にて無配ペーパーとして配布しました。お越しいただいたみなさまありがとうございました。
なお、総集編は引き続き書店委託やイベント参加時に頒布しているので機会があればお楽しみいただければ幸いです。

また、総集編に付属するオマケ本「Side Material」に収載のグッドエンドに関しても同じく後日談を書いて無配ペーパーとしましたので、以下のページにアップしておきます。
パスワードはグッドエンド名を英語で、すべて小文字で入力してください。
https://chikuchikuwabuwabu.wixsite.com/takekaze/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3

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 三寒四温とはまさにこの春先の気まぐれな気温をうまく言い表している。昨日は風も強く冬用の上着が恋しいくらいだったのが、今日はこうして日中出歩いていると汗ばむ陽気だ。
 俺もイリヤも昨日の寒さを思って上着を持ってきていたのだが、今は俺の腕に引っかけるだけですっかり無用の長物と化している。天気予報はもちろん確認してから出ているが、数字だけ見ても暑さ寒さの予想は難しい。
 そうすると半袖ワンピースと身軽な様子でさくさくと長い階段の先を行く藤ねえは、先見の明があるということに……? いや、ないない。多分心頭滅却すれば雪もまた暑し、みたいな心意気で、動きやすさ重視で選んだ服装に違いない。
「イリヤちゃーん、大丈夫ー?」
 と、本人にバレたらジャンピングボティプレスを食らいそうなことを考えていたのを知ってか知らずか、俺たちより十段くらい先にいた藤ねえが不意に振り返って声を張った。
「平気よ、これくらい」
 これは俺の三段前を行くイリヤの台詞。内容とは裏腹に、声にはあまり張りがない。
 俺はイリヤが万が一転げ落ちても大丈夫なように最後尾を進んでいるので、彼女の表情は窺えない。一度足を速めて並ぼうかとも思ったが、その前に藤ねえと目が合ってアイコンタクトが成立した。

 ギリギリ平気そうだから、登りきってから休憩にしましょう。
 ラジャー。

 そんな感じの小さな頷きを交わすと、藤ねえはわざとらしい感じで腕を振って、やかましくイリヤを鼓舞しはじめた。
「あとちょっとよー! 頑張ーれ、負けるーな、栄光を掴めあーかーぐみー!」
 右手左手を大きく使って、なんとも堂に入った三三七拍子(ひどい字余り)。流石の学園教師であるが、赤組なのは去年秋の運動会での三年C組であって、今はあんまり関係ない。
「平気だってば。見てて怖いからタイガはちゃんと前見て歩きなさい!」
「イリヤはどっちかと言うと白組っぽくないか」
「そう? それじゃあ、フレ、フレ、しーろーぐーみー!」
 藤ねえの奇行を後押しするかのような俺の台詞に、一度足を止めて振り返ったイリヤがジト目で無言の抗議を送ってくる。
 ふむ。無駄口を叩くのを避けたいくらいには疲れているようだが、運動のおかげか血色はいい。確かに、これならギリギリ平気そうだ。
「ほらほら。頑張れ頑張れしーろーぐーみー」
 転ばせないように細心の注意を払いつつ、俺も適当なことを言ってイリヤの背中を押して残った階段を昇り出した。柳洞寺の大きな正門まで、もうすぐで四分の三を過ぎそうだ。
「もう、押さないでも歩けるってば。ていうか、しろぐみって何ー?!」
 戸惑うイリヤを俺と藤ねえの二人で笑いつつ、騒がしいままに境内にまで辿り着いた。

 寺の息子である一成には言えたことではないのだが、俺は墓参りというのをしたことがない。
 周囲の人々の話を聞くだに、盆には実家に帰って顔も覚えていない曾祖父母やら祖父母やらの墓を参るし、まして学生の身空で保護者と死別した稀な境遇の人物であれば、普通は墓参りくらいしていてしかるべきなのだ。
 だけど俺は墓参りをしたことがなかった。どころか葬式も納骨も、全部雷画のじいさんが手を回してくれて、俺は衛宮家の墓がこの広大な墓地のどこにあるのかすらわかっていない。

「お供えはイリヤちゃんが持っててね。お花は私が運ぶから、士郎は桶に水を汲んできてちょうだい」
 墓参りにもマナーというか、一定の手順があるのは知っているが、人生で初めての行事を案内もなくうまくこなす自信は無い。それこそ一成あたりに聞けばいくらでも教えてはもらえるだろうが、今更尋ねる勇気もない。こうして藤ねえが特に衒いもなくあれこれと細かい指示をしてくれるのが、今はとてもありがたかった。
 〝この水は飲めません〟と書かれた蛇口を捻って桶に水が溜まるのを待つ間、なんとはなしに辺りを見渡す。
 特に盆でも正月でもない普通の休日なのでほとんど人の姿はないが、それでもゼロではない。林立する墓石の間を縫って、幼児をつれた男女が歩く姿や、腰の曲がったお爺さんが道具を使って墓石を磨き上げている姿なんかが見える。
 知らない家の墓石は、ぼうっとしているとそういうオブジェにすら見えてくるが、実際はこれらの一つ一つに遺骨が埋められていて、見えている墓石の数以上の遺体がここに眠っているのだ。そう思うと、なんだかとんでもない光景のようにも思えてくる。
 一番手近なところにある墓石を見上げた。木下家之墓。側面には三名分の戒名や没年が羅列されている。少なくともここに、三名の人が眠っている。
 そのことを深く考えるより前に、桶に十分な水が張れたので蛇口を締めた。重みを増した木製の桶を持って振り返ると、藤ねえたちの方へ戻る。
「士郎、柄杓も持ってきてー!」
 と、俺の様子を見た藤ねえが、大きな声で教えてくれる。
 もう一度振り返ってみれば、桶が置かれていたあたりに柄杓も引っかけられていた。これも借りていかないといけないわけだ。
 手慣れた様子の藤ねえに反比例する自分の不慣れさが不甲斐ない。さっさと柄杓を一つ手に持って、水が零れない程度の早足で今度こそ藤ねえのところへ戻った。

 墓前に立つ。
 石には深く達筆な字体で、衛宮家之墓、と刻まれている。側面には切嗣の戒名や俗名や没年などが書かれているはずだ。
 イリヤは、ついに対面したとも言える実父(の墓)を前に、フーン、とばかりのあまり感慨のない様子であった。
 ……そういえば、こうしてイリヤがいる以上、切嗣には奥さんがいたわけだけど、彼女の死亡はどのように扱われているのだろう? ホムンクルスばかりのアインツベルンも現代社会では貴族としての地位を持っているわけだし、戸籍とか相続とか色々とあったと思われるが――少なくとも、この墓に眠るのは切嗣一人のみであり、切嗣と籍を入れたわけではないのはわかる。
「じゃあ、まずは片付けからね。士郎、出番よ!」
 威勢のいい命令になにやらポケットに入るモンスターになったような気分だが、俺の出番なことには間違いがないので、言われたとおりに出陣することにする。
 とはいえ、多分あまり手際がよくなかったのだろう。結局藤ねえも我慢できない感じで手伝い始め、次に見ているだけで暇だったのかイリヤがちょっかいをかけ始める。家で過ごしているときとはやっていることがまるであべこべなのが少しおかしい。

 そういう感じで、切嗣の墓は綺麗になった――のかどうかは見ていてもよくわからないが、とりあえず掃除が終わった。
 買ってきた花を活けて、たい焼きなどを備えて、線香に火を付けて、手を合わせる。イリヤはその宗教的意味にはあまり頓着した様子はなく、こういうものなのだと納得して藤ねえに習うことにしたようだ。
 俺は、手を合わせて目を閉じる二人を半歩後ろから眺め、しばらくの間突っ立っていた。
 先ほどまではやることがあって深く考える暇も無かったが、墓参りに来たのだから、故人を偲ぶ時間があるのは当然のことだ。当然のことなのに、何やら放り出されたような気分になる。
 とりあえず、〝そういうもの〟なのだからと思って、俺ものろのろと手を合わせる。目を閉じて、いやがうえにも広がる暗闇と静寂の時間に、心臓が早打つのがわかる。
 藤ねえは、切嗣にもう一度会えたら言いたいことを頭の中で伝えて、こんな風に答えてくれるだろうって想像をして、なんとなく自分で納得を得られたらそれでいいのだ、と言っていた。
 だが、切嗣の姿を想像したところで――想像したからこそ、後が続かず固唾を呑むばかりだ。何を話せば良いんだろう? まさか、約束も果たせていないまま契約をしてしまったことなんて言えるはずもない。こういうときに限って、アーチャーとして為した抑止の守護者大量殺戮の記録ばっかり脳裏に過ぎる。
 言いたいことなんてなかった。ましてや、どんな風に答えてくれるかなんて、これっぽっちも見当がつかない。
 ついに変な汗までかきそうになってきた。手を合わせてからまだ数秒のはずだが、もしかしてもう数分は経ったんじゃないかと思い、こっそりと薄目を開けて藤ねえたちの様子を窺う。
 やはり、ほとんど時間経過していないのか、二人の姿は俺が目を閉じる前と変わりなかった。イリヤは何を考えているのか、見下ろす横顔は真剣だ。大きな赤い眼が閉じられると、眩しいほどの白さが目立つ。
 癖のように、今日の体調はどうだろうか、日差しがつらくないだろうかと考えたけど、息づかいは正常で、お山の上まで登ってきたのに至って元気そうだ。
「…………」
 イリヤの姿を見ていると、不思議と鼓動が落ち着いてきた。俺は自然と思いついたことを言おうと、もう一度目を閉じていた。

 久しぶり、爺さん。
 今朝は鰆を焼きました。イリヤも結構箸を使えるようになってきて、正座もそこそこ様になっています。
 最近は身長が伸びてきたと嬉しそうで、よく背比べをさせられるけど、俺の方が伸びているので怒られます。

 来るのがこんなに遅くなってごめん。
 俺たちは、今日も元気にやっています。



「タイガって、すごい人だわ」
 火の始末などをしていざ撤収、というタイミングで、しみじみとイリヤが言った。
「ええー? どうしたの急に、照れるなあもう」
「ホントのことよ。あなたみたいな人が、シロウと……あと、キリツグの傍にいてくれてよかった」
「――そうかな? だったらいいんだけど」
 茶化そうとして失敗して、藤ねえは肩を竦めるような自信なさげな返しをした。
 イリヤも俺も、イリヤが切嗣の娘であると説明したことはないし、普段の様子からしてその可能性すら考えていなさそうだが、それでも切嗣にとってイリヤが特別な存在であることは察していそうだ。
 イリヤが初め、(ひょっとしたら今も、)切嗣のことを憎んでいたということだって。

 綺麗にした墓に背を向けて、砂利の敷かれた通路を墓石の間を縫うように進んでいく。なんとなく無言で、代わりに三人分の足音が不揃いに響く中、またイリヤが口を開いた。
「私、起業するから」
 じゃりじゃりじゃり。
 咄嗟に誰も問い返せず、イリヤもそれ以上続けないのでまた沈黙が響いたが、先ほどとはちょっと沈黙の種類が違う。心なしか藤ねえすら動揺している気がする。
 何かの聞き間違いかもしれないと思い、とりあえず聞こえたままを返してみる。
「起業?」
「そう、起業。会社を興すの」
 はい、聞き間違いではないですよね。
 イリヤの頭上で俺と藤ねえのアイコンタクトが始まる。
 ……何か聞いてた? いいや、何も。
 オッケー。俺たちの心の準備はできていなかったが、イリヤは真剣だし真面目な話なのだろう。足は止めないまま話を続けるよう促す。
「会社って言っても、一体なんの?」
「人材派遣。投資、建設、医療、農業、介護、なんだってできる人材派遣会社よ」
 ――まさか。
 このとき俺の脳裏に、その〝人材〟とはアインツベルンの誇る錬金術の秘奥、つまりホムンクルスのことを指すのでは? などというトンデモ仮説が過ぎったが、さすがにそれはなかろうと頭を振る。……ないよな?
「はえー。スケールの大きな話ねえ」
 詳しく聞こうにも藤ねえがいるので、あまり突っ込んだ質問はできない。
「なんでも手広くやるっても、できる人材が集まらないだろ」
「大丈夫、アテはあるから」
「アテって……」
「ドイツに戻って話をつける。勝算はあるもの」
 ドイツに戻れば手に入る豊富な人材とは、もう俺にとっては一択しかない。
 そしておそらくこの推測は正解であったが、イリヤにはそのことを問題視している様子は一切なく、別にホムンクルスで人材派遣業を営んでも何も問題ないように思えてきた。
 いや、やっぱり教会とか協会とかから大目玉を食らうような……? 魔術のことがバレなきゃいいのか?
 魔術の心得なしにセラとリーゼレットを人間でないと見抜ける人はそういないので、多少の横槍ではぶれないくらいの大企業として栄えてしまえば、後はどうとでもなるような気もするけども。
 俺が仔細聞きたげでいるのを察してか、イリヤは藤ねえに対して少し言葉を選びながらもこう続けた。
「なんでもやるわ。戦争と人殺しと犯罪以外は、なんでも。何もかもを」
 込められた決意に対して声は平坦で淀みない。前々からずっと考えていたことを、用意していたとおりに述べているといった様子だ。
 少し変わった言い回しでの宣言に、藤ねえが目を丸くして、俺の疑問を代弁するかのようにイリヤに返す。
「なんでもやるって、いったいどうして?」
「アインツベルンの人材は優秀だから、みんな手伝ってもらいたがるでしょう? そうしたら、あらゆる国の、あらゆる人種の、あらゆる世代のあらゆるサービスに、アインツベルンが関わることになる」
 俺の知るアインツベルンと言えば、セラとリーゼリットだ。二人が国境を越え、世代を超え、様々な人種の人々と混ざって暮らしている姿を想像する。
 なんだかそれって――
「つまり、世界征服、ってことか?」
いいえナイン。でも、意味合いとしては同じことね。
 わたしは世界に同じ常識を布きたい。戦いなんて不合理だ、って思わせたい」
 まだ理解が追いついていない俺たちを待って、イリヤは一呼吸間を置いた。
 そうして、歩みは止めず、左右に歩く俺たちを先導するような力強さで、前だけを向いてはっきり述べた。
「世界を平和にするのよ。私たちで」
 ――不意に。
 そのとき俺が思い出したのは、聖杯戦争の最中、彼女に手を引いて導かれた〝中心〟に向かう夢の中の旅路であった。
 彼女は冷雪の中を、俺たちは炎泥の中を。歩く度に足も体も傷ついていくのを厭わずに歩いて行く。
 イリヤスフィールは、俺たちの目指す星の輝きの価値を認め、目指すに値するものであると決してくれた。
 彼女の目にはもっと別の星々が瞬いているだろうに、〝俺たちが目指している〟という一点だけで、進むべき先を定め直したのだ。
「これができたら魔法だわ。だから、誰にも文句は言わせない」
 そうこうしている内に墓地の終わりまで辿りついてしまい、イリヤはそこで足を止めた。振り返って俺たちと対面すると、藤ねえを見上げる。
「……どうかしら。タイガはどう思う?」
 背中しか見えなかったときには堂々と見えた姿も、こうしていると未だ幼い風貌も相まって頼りなさげにも見える。例えるなら、姉ではなくて妹のような。
 藤ねえは横目で窺う俺に気付くこともなく、真剣な表情でイリヤを見つめ返している。言葉を選ぶ沈黙は少しだけで、優しい表情そのままの穏やかな声で語り始めた。
「すごいことだと思うわ。そんな世界が来たのなら、私はものすごく嬉しい。みんなが喜ぶことを、みんなを喜ばせるために目指せる人は立派だと思う。
 でも、絶対に大変なことだから、きっと悲しいことも悔しい思いもたくさんすることになる。イリヤちゃんは、それでもいいの?」
 人類はその発生以来、一度も争いを止めたことがない。
 有名な言説だ。そして確かめるまでもない事実である。
 俺たちにとって、「過去には決して戻れない」のが当然であるように、「世界を平和にする」というのもまた、不可能事の代名詞だ。すなわち、魔法である。
「よくは、ないわ。できないって、悲しいことだから。できるかわからないことに挑んで、〝やっぱり全部無駄でした〟って終わるのは、悔しい。
 でも、目指し続けないと夢が叶う日は来ない。だから、とびきり大切で、一等大がかりな夢を見たいの」
「……そうだね。夢はでっかく持たなくっちゃ。
 でもイリヤちゃん、一つ間違いがあるわ。
 何かに挑むことが全部無駄になることなんてない。そこだけは、絶対に間違ってる」
 イリヤは咄嗟に唇を開き、大きく息を吸って何事かを発しかけて、しかし何も言わず口を閉ざした。

 ――本当に、アインツベルンの悲願を捨ててしまっていいの?

 今日の宣言までに彼女が切り捨てただろうこの葛藤に、図らずも今、藤ねえが答えているのだと俺は思った。
「無駄なことなんて何一つだってないわ。だって皆生きているんだもの。そもそも人間って、失敗ばっかりする生き物なんだから。
 失敗は成功の母! 生きてるだけで丸儲け!
 ね。これが世界の真理なのだよ、ワトソン君。わかったかな?」
 イリヤは唇を引き結んだまま言葉もなく、何度も頷いて返事とした。泣き出しそうに見えるイリヤに対して、藤ねえは冗談めかしたまま続けた。
「どんなひどい失敗をしたって、お家に帰っておいしいものを食べて、お風呂にしっかり浸かって布団でぐっすり寝たら、翌朝には大抵のことはなんとかなるんだから。
 イリヤちゃんはすごいことをしようとしている。それだけでホントは十分なのよ。だから、無駄なことなんて絶対にない。
 失敗したってへこたれないで、疲れたらいつでも帰ってきたらそれでいいから。私はいつでも、ただいまって言ってくれたら、おかえりって言うからね」
 ……いけない、なんだか俺も泣きそうだ。
 二人とも俺のことなんて気にする素振りもなくて助かった。本当にイリヤの言うとおり、藤村大河はすごい人である。

 イリヤは潤いの増した瞳を隠すように瞬きを増やしながら、最後に大きく頷いた。
「……うん、わかった。わかったけど、タイガはずっと冬木ここにいる気なの?」
「そりゃあ、大切な地元ですから」
 きょとんと首を傾げ、唇に人差し指を添えるシンキングタイムを挟んだイリヤだが、すぐに合点した。
「あ、そっか。タイガはフジムラ家の跡取り娘だから、婿を取るんだ。それならずっとここにいられるね」
「ムコっ?!」
 突然ぶっ込まれた結婚宣言に、激しめのダメージボイスを上げて吹っ飛ぶ藤ねえ。
「な、なして突然結婚の話に?」
「え? だって家を残さなきゃいけないでしょう。タイガも年齢的にもうとっくに結婚相手を決めてるだろうから、いつか冬木を出ちゃうんだと思ってた。
 でも、婿を取るならずっとここで暮らしていけるもんね。お相手は誰なの? 私もタイガにはお世話になっているもの、挨拶しておきたいわ」
 うーん、これは生粋の貴族発言。
 シビアな結婚観で生きているお嬢様から繰り出される連続クリティカルヒットに、藤ねえは早くも虫の息だ。
「お相手なんていないもん……いなくていいもん……!」
「そう? また決まったら教えてね」
「んぐっ。いや、お相手とかはいないけど? いないけどね、私にはしろ――」
「あ、そうそう。シロウもドイツに行くのに着いてきて欲しいんだけど、いい? 多分、実家から猛反対にあうから、手伝ってほしいんだ」
 イリヤはさらっというが、この場合の実家とはドイツにあるアインツベルンの本家であって、その猛反対と言うのはちょっとした聖杯戦争クラスの魔術戦が勃発するという意味ではないだろうか。
 自慢できることではないが、俺はアーチャーの経験や技量を受け継いだ状態にあるので、揉め事の解決なんかではそれなりに力にはなれると思う。急な話ではあるが俺には否やはない。これでちょっとでもイリヤへの恩が返せれば良いが。
「俺で良ければ、もちろん手伝うよ。けど、藤ねえ今なんか言いかけてなかったか?」
「……ろう」
「? ろうがどうした」
「労働基準法ーっ!」
「何を突然?!」
 わけのわからない雄叫びを上げながらあっという間に走り去ってしまうタイガー。
 急に労働のことを思い出してしまったのだろうか。今日は日曜日なのに、社会人って世知辛い。

「……えっと。とりあえず、帰るか。細かい話はまた夜にしよう」
 理由はよくわからないが、藤ねえの奇行は今に始まったことではない。気を取り直して帰宅を促す。イリヤも元気に見えるが、落ちた体力での墓参りは疲れただろう。
 イリヤも頷いてくれたので、もう遙か遠く先行してしまった藤ねえの後をのんびりてくてくと歩いて進む。

 柳洞寺を出る前、正門に差し掛かったところでなんとなく足を止め、一度境内を振り返った。
 昼間の柳洞寺は空を進む鳶の声も高く、平穏な時間が流れている。度重なる災難に見舞われても、檀那の寄進の力で柳洞寺はすでに元の威容を取り戻していた。どこにも聖杯戦争当時の戦闘の名残は見つけられない。
「シロウ?」
 振り返った俺をイリヤが不思議そうに呼んでいる。
「――いや、なんでも」
 とてつもなく大きな人生の転換点でも、振り返ってみれば一律に過去の出来事として俯瞰できるものでしかない。
 不思議な感覚だが、これが人生ってやつなのだろう。未来に何が起こるかわからないし、わからないから失敗したり遠回りすることもある。人間ってみんなそんなものなのだから、そう落ち込むことでもないのだ。
 いつもどこか疲れたような様子で、しかしどこまでも穏やかであった切嗣の姿を思い出す。
「ケセラセラ、ってやつかな」
 自分以外には聞こえないくらい小さな声で呟く。
 俺は今度こそ境内に背を向けると、先に待つイリヤの後を追って、柳洞寺を後にした。

おしまい


※オマケ本「Side Material」収載のグッドエンドについても同様に後日談を書きました。そちらはキャプションにリンクがあるのでよければお楽しみください。

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