「…此度の冬は越えられなかったか。」
70に手は届かず、じきにやってくる春も見ず、異国の寒空の下、たったひとりきりで衛宮士郎は死んだ。
床の中より水を求められ、わずかなあいだ目を離した隙の出来事だった。
「まったく間の悪い男だ。飲んでからだって逝けただろ。」
加齢ですっかり白くなってしまった衛宮士郎の髪を撫でてやりながらアーチャーは呟く。
マスターとサーヴァントとしてあらためて縁を結んでから気づけば50年が経っていた。
結果的に終の棲家となった廃村の小屋には上下水道などあるはずもなく、冬を越すために二人で修繕をした暖炉だけがパチパチと音と熱をたてている。
この屋根の下に、熱を持ち生きているものはもういない。
水が満たされたコップに指をひたし、そっと衛宮士郎の口を湿らせてやる。
なんとなく、最期に主人が求めたモノを捨ててしまう気にはなれなくて、アーチャーはコップの中身を飲み干すことにした。
冷たさが空の胸のすみずみを満たす。
長いようであっという間の歳月だった。
ほとんどの期間二人で戦場を駆け、拾えるだけの命を救い、街中に在っては路地裏の暗闇でうずくまる人に手を差し伸べてこの男は生きてきた。そうしなければ生きていること自体ができなかった。
最期まで愚かな男だったと、冷えきった胸でアーチャーは想う。
無理を重ねた生き方の中で衛宮士郎の右腕は失われていた。
「それでもお前はよくやったよ、これはオレにはできなかった事だ」
粗末とはいえ屋根の下ベッドの上で静かに逝けたのだ。自分とは違うまっとうな終わり方に労いの言葉をかける。
服を脱がせ清めた主人の身体はどこもかしこも傷跡だらけだった。
さて、アーチャーに単独行動のスキルはあるがマスターが失われた今、この世に存在を保っていられるのはせいぜい二日という所だった。
弔いが必要だとアーチャーは考えを巡らせる。
冬の山奥の廃村だ。愚かではあるが人の為に走り続けたこの男が、野生の獣に喰い荒らされるなどあんまりな終わり方にすぎる。
…せめて春なら良かったのに。
ロクな見返りもなく果てた男に手向けてやれるものが、この冬の山にはひとつもなかった。
それでもこの部屋にはたったひとつだけ、弔いにふさわしい品物があった。
マスターが肌身離さずに持っていた皮袋のなかに、いつかの少女が餞別にと贈ってくれた魔力のこもった赤い宝石のペンダントがひとつ。
衛宮士郎と契約を結び直す前、聖杯戦争の期間は遠坂凛がアーチャーのマスターだった。
もとい、今でも己は彼女の従者だとアーチャーは思っているのだが。
ペンダントを窓から差し込む朝の光にかざす。
送り主のようなあざやかな赤いかがやきが眩しくて、アーチャーは目を細めつつ光を見る。
「死んでからようやく使い途を得るとは、出し惜しみにも程があるな」
誰に向けるでもなくアーチャーは呟く。
…この男には過分にこういう所があった。
『ここぞという時に使いなさい。たいていのモノなら跡形もなく焼き尽くせるわ』
などと、物騒な事を少女は言っていたが、右腕を失うような非常時にもペンダントの魔力は使われず、そのうえ左手の甲にはいまだに令呪が一画残ってさえいた。
「…きみの焔におくられるのなら、この男も本望だろうさ」
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- mmauOctober 3, 2022