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ハッピーエンドにお前はいらない/Novel by .

ハッピーエンドにお前はいらない

32,541 character(s)1 hr 5 mins

※キャプションを必ずご確認ください※
〇ハッピーエンドが好きな人間が書いた、ハッピーエンドな現パロです
〇士凛がいます
〇槍も弓も大学生です。かっこいい彼らはいません
〇恋のせいで知性がなくなった二人が可愛いなと思いながら書きましたので、登場人物には基本的に知性がありません
〇息をするように真名バレしております
〇森見登〇彦っぽい文章を意識して書いていますが、似非もいいところなのでファンの方はごめんなさい

以上をご了承の上、本文をお目汚し頂けたらうれしいです。

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恋ほど語るに値しないものはない。
ゆえにこの話を、復讐譚と銘打つことにする。


〇 


 誰かに右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出せという一節がある。
 マタイ福音書五章に記されるイエス・キリストの言葉であるが、現代においてその内容は額面通り、非復讐を解くものであると解釈されている場合が多い。事実私が地元のつつがない高校に進学し、そこで言峰という男と出会うまでは、イエス・キリストは大抵の人は右利きであるため殴られる時は左頬からであることを想定していなかったのだろうと、些か微笑ましささえ覚えていた。私が本来の解釈を知ることになったのは高校二年生、夏季休暇を目前とした昼休みのことである。
 午後の授業に必要なエネルギーをせっせと弁当で補給する私の前で、言峰は実験用ビーカーに灼熱のコーヒーを注ぎながら告げた。
「貴様には天賦の才がある」
 言峰という人物はこの世の恩讐という恩讐の念を地獄の釜で五億年煮たゲテモノに、むりやり人の皮を被せたような教師であった。物理学の教員でありながら、その裡から滲み出すような負のオーラのせいで白衣が哀しい程に似合わない。聖職者という肩書きが逞しい肩の上で泣いている。
 私はビーカーの中でかき混ぜられる暗黒液体から目を背けつつ、「それはどうも」返した。彼は以前から私に地獄の釜で煮詰められる具材としての素質を見出しては、慈母のような微笑みで地獄の底から私を勧誘して止まない。こうしたやりとりも一度ではなかった。
 言峰は泥のように煮詰まった暗黒液体を美味そうに啜って私の前に一冊の本を置いた。意外なことに聖書であった。革製の表紙がいかにもといった雰囲気を醸している。私は休日の昼間に二人組で訪れてインターホンを鳴らすご婦人たちの存在を少しばかり想った。
「理不尽な理由で、誰かに右頬を殴られたと仮定しよう。お前は殴り返すか?殴り返さないであろうな」
 私は沈黙と懐疑の目で肯定を返した。この頃の私は非暴力主義者で、蚊さえ殺せぬ我ながら心優しい男であった。言峰は私の全てを理解したかのような微笑みで本を開く。余程読み込んだのか、そのページには相当な開きグセがついていた。私が本の開き癖にゾッとしたのは、愚弟の部屋で男ならば誰もが持っているアノ系統の本を拾った時を含めて人生で二度目であった。
「誰かに右の頬を殴られたら、左の頬を差し出せという一節がある。お前は相手への情けのつもりでこれを無意識に実行していると言えよう」
「情けのつもりも何も、私は私の非復讐主義に従っているまでだが」
「非復讐?何を言っている。紀元前から人間には右利きが多かった。ならば殴る時も右拳を繰り出し、殴られる者は左頬をぶたれるのが道理であろう。しかしイエスの生きた時代、人を打ち据える場合は左手の拳でなければいけなかった。何故か。それは殴られる相手が大抵は目下の存在であり、己の右手の掌を汚すのは、その相手と対等の存在に成り下がることを意味していたからだ。そこでもう一度先程の言葉の意味を考えてみるといい。左頬を差し出すのは決して非復讐も非暴力も意味していない。やれるものならやってみろ、但し貴様にその度胸はあるまいと示すその行為こそが、暴力を伴わぬ最大の復讐であり、相手への侮蔑であると思わないかね」
「思わんな」
 つまるところ私が平和的に選択してきた平和的回避は、巡り巡って相手の陣地に手榴弾を投擲しているようなものだと言いたいらしい。しかしこの時の私は、少しでも言峰の言葉に同意しようものなら、己の身が只では済まないだろうという確信めいた予感を抱えていた。
 私の推測するところ、言峰は私で麻婆豆腐を作りたいのである。あくまで比喩的表現なので感覚でご理解頂きたい。言峰は自分が具として属する麻婆豆腐をより完璧無比に仕立てあげたいが為に、他の具として見所のある者にこうして手を差し伸べる。既に彼の麻婆豆腐には金髪赤眼の男や目に光のないシスターが嬉嬉としてぶくぶく煮られ、それはもう並の人間なら口からぶくぶく泥を吹いて卒倒する辺獄の様相を醸していた。その激辛具合がいかに筆舌に尽くし難いものであるかについては、語るだけで四百字詰め原稿用紙が三百枚を超えようと思われる。
 後に言峰の有難くない教えは私の命運を左右することになるのだが、しかしながらこの忌まわしき麻婆豆腐同盟については、これからお話する私の復讐譚とは一切の関わりが無いため、割愛させて頂こう。

 私がある男に対して殺したいほどの思いに駆られた経緯を記述する為に、まず私自身について概説しなければならない。
出生は定かではない。恐らく九州の北部で生まれたと思われる。物心ついた時には顔のよく似た弟、どこか銃口から立ち上る紫煙のような横顔をした義父、飯をたかりに来る姉のような赤の他人に囲まれ、文字通り伸び伸びと育った。現在は大学進学を期に越したコーポ『カルデア』の一室で、日々うだつの上がらない生活を送っている。生まれつきの肌の濃さと髪色の薄さ故に、街を歩けばヒンディー語で話しかけられる点を除けば、どこにでもいる普通の大学生のうちの一人であった。
 コーポ『カルデア』はオートロック式の1LDK、トイレ風呂別で、私の奨学金さえ絶えなければバイトをせずとも居住可能という好物件であるのにも関わらず、住人は私を含め十数人しかいない。過去にテロ紛いの爆発事件でその大半の施設が粉塵に帰してから、犠牲になった住人の霊が出ると噂が絶えないのである。実際のところ当時の住人に死傷者はなく、全員こぞって「こんなところに居られるか」と雪山山荘密室事件の第一被害者フラグのような台詞を残して退去しただけなのだが、事故の花火のような派手さが相まって、五年経った今でも、八階まである部屋の殆どには灯りがないという侘しい姿で佇んでいた。
 そんな噂の漂う集合住宅であるため、必然的に居住している人間達は一癖や二癖のある人間ばかりである。私の両隣は作家崩れの成人男性の部屋で挟まれ、そのうち一人は『シメキリ』なる怪物に追われる幻覚症状を癒すためにアイルランドに飛んでから半年は姿を見せていない。天井を隔てて上の階に住んでいる女性は建築家および天文学者という輝かしい肩書きの持ち主だが、私の階下にいる高校生の青年を『マスター』と呼び懇意にしているところを見ると、双方只事ならぬ人物に違いなかった。私の入居後数ヶ月をして、一階の空き部屋に『江戸門』という渋カッコイイ表札が差し込まれたが、中から出てきたフランス貴族のような男を目撃してからは、私は早々とまともな住人の存在を諦めていた。日に日に蠱毒に近い有様になっていくので、そのうち一つの巨大な脅威として別世界の文明を五つや六つは滅す呪物になるかも知れない。なってもらっても非常に困るが。

 しかしながら蠱毒を用いなくても世界の文明人を五、六人を死にたいほどの共感性羞恥に陥れるような呪物が、このカルデアには存在していた。それは私の目の前に重なるレポート用紙の束である。高さにして187cmある私の背を優に超え、ピサの斜塔のような危うい傾斜を描いて聳え立っているこのレポートは、全てがある男についての記録と分析の産物である。起床時間と就寝時間は勿論、過去一年の大学生活から推測する今年一年の行動予測、どのような物を食べ、どのような服を好み、風呂に入る時はどこから洗うか、蕎麦は啜って食べるか否か、その右手と股間の逸物の浅からぬ逢瀬の頻度はどの程度かと言ったことまでが仔細に記されている。私の部屋のリビングでもはやインテリアと化しているが、インテリアにしては禍々しい雰囲気を纏いすぎていた。
この呪物を以てすれば、恐らく世界人口の三分の一の人間が恐怖に震え上がり、残りの三分の二は筆者に罵詈雑言を浴びせかけるに違いない。パンドラも裸足で逃げ出すこのレポートを書いた狂人は一体どこの誰であろうか。
 無論、私である。

 義務教育過程で、我々は夏休みの自由研究という名の将来の黒歴史要因を毎年飽きもせずにせっせと拵えてきた。向日葵にしろカブトムシにしろ、観察対象はジロジロと不躾な我々の視線に苦言を呈すこともなく、大人しく絵となって観察日記に納まるものである。教師や保護者を含む周囲の大人達と言えば、彼らはせっせと鉛筆を滑らせる我々に太陽光に負けず劣らずの温かい視線を送ってきたものである。「偉いね」等と褒めそやし冷たい麦茶を運んできたり運ばなかったりした保護者もいたことであろう。
いざ我々がその大人と同じ場所に立ってみると、やはり何かに没頭し日々観察を続けている人物というのは、それなりの地位や名声、羨望の眼差しを受けていたりする。
だが観察対象が人間になると、それなりの悲鳴や怒声、侮蔑の眼差しを受けて下手すればお縄に付いてしまう場合が多い。
確かにストーカーは宜しくない。犯罪どうこうの前に、人として許されない行為であろう事は疑いようがない。それ故に、私がある一人の男について延々とレポートを書き続けている行為もまた、見る人によってはお縄案件に映ることだろう。だがこれを書いている私の心持ちというのは、小学生時に向日葵やカブトムシに向けていた純度98%のそれに他ならない。彼と関わりたい、彼に認識されたいといった我欲は一切無く、ただ彼を観察し、彼を理解し、彼を推測するためだけにペーパーの斜塔を構えているのである。
純度98%の残りの2%に含まれる、彼に対する復讐と贖罪についての詳細は、約一年前に時を遡らなければならないのだが、遡る前に110番へコールしかけているその指を一旦納めて頂きたい。まず、誤解のないように前置くが、私はストーカーではない。ただ彼を観察するだけの人間であり。強いて言うならば、彼にフラれた男である。


Comments

  • わんわんお
    August 29, 2024
  • ポリゴン

    面白すぎる、ちょこちょことセンスのある文章が顔を出してくるので油断なりません。楽しく読ませていただきましたありがとうございます。

    May 15, 2024
  • そー
    September 4, 2020
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