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天邪鬼のあつかい方(槍弓)/Novel by ちなみ

天邪鬼のあつかい方(槍弓)

13,491 character(s)26 mins

FGOで槍弓がこっそりお付き合いしているお話。
遅くなりましたが、以前お題箱からリクしてくださってありがとうございました。
槍弓だけというのが久しぶりで新鮮でした。でも当然のごとくキャスター出てるんですけども。書いてて楽しかったです!

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 紆余曲折して、ランサーと付き合うことになった。
 今振り返って考えてみても、どうしてそうなったのかさっぱり流れはわからないが、しかしエミヤに不満はない。それどころか、自分なんかで本当にいいのかという気持ちでいっぱいである。
 付き合うことはいいのだが、しかし、それを公然とするのは気恥ずかしく、ランサーの性格上そういうことは隠しもしないだろうから、エミヤは付き合うにあたってのとりきめをしておこうと思っていたのだ。
「あー、わかってるって。お前のことだから、どうせ皆には秘密にしたいってんだろ?」
 提案しようと思っていたことを先に言われたエミヤは不意をつかれる形になり、うまく言葉が出てこずに頷くことしかできなかった。


 ランサーは完璧だった。エミヤが知られたくないということをちゃんと考慮してくれて、他の誰かがいる時はエミヤと付き合っているなどとおくびにもださない態度だ。
 二人きりになると途端にエミヤに甘い言葉を囁き、キスをして抱き締めてきて身体に触れてくる。だが、その時間は短い。自然と二人きりになるのは難しいからだ。
 どちらかが行動を起こせばいいのだが、それをすると誰かに勘付かれるだろうからそれはできない。誰もいなくなるタイミングを待つだけだ。
 最も二人きりでいられるのはランサーと同じチームでレイシフトする時だ。戦闘の休息時、ランサーに誘われて場を離れる。その時がランサーとの恋人としての逢瀬の時間だ。
 マスターや仲間達はランサーとエミヤが二人連れ立ってどこに行っても、また二人で何かするのかというくらいの感覚で気にしていない。休息時に二人でどこかに行くのはランサーと付き合う前からのことだったので、今更誰も気にしないのだ。
 ランサーとはあまり一緒のレイシフトはなく、少し前は仲間が増えてきたのでエミヤがレイシフトに呼ばれること自体が少なくなってきていたのだが、近頃はまた呼ばれるようになった。しかも、ランサーと同じチームだ。
 おかげでランサーとの時間をとることができるようになったのは助かる。
 確かに、エミヤはランサーと付き合っているということをマスターやカルデアの仲間に知られるのはできれば避けたいと思っていた。できることならそれを隠したいと思っていたので、この結果は満足のはずだ。
 だが、何だろうか、この物足りなさは。
 モヤモヤとした感情が胸で燻ってずっと払拭できないでいる。
 原因はわかっている。
 ランサーが、あまりにも落ち着いているからだ。
 誰かがいる時のエミヤはランサーにはつれなくしている。思ってもいないのに、つい冷たくあしらってしまうこともあった。
「お前がそんな奴だってわかってるから、大丈夫。気にしてねぇよ」
 二人きりになってからそのことを言おうとしても、ランサーは先に笑って許してくれるのでエミヤがそれ以上言うことはできなくなる。
 二人きりでいる時のランサーはやさしくてエミヤに愛をまっすぐに囁き、行動でも示してくる。だが、他の誰かがくればあっさりと離れていってしまうのだ。
 いや、わかっている。それはエミヤが望んだことだ。ランサーはエミヤの望みを叶えているにすぎない。
 わかってはいるのだが、それでも胸に重りがたまっていくようにどんどん重たくなってきて、エミヤは苦しくなってきた。


「オタクの話はできることなら少しも聞きたくないんですけどねぇ」
 ロビンフッドはめんどくさいし嫌だという気持ちを全面に出している。一緒にレイシフトに来ていたエミヤ・オルタは絶対に関わりたくないという気持ちをありありと見せていて、エミヤ達から離れたところの樹木を背にして立っており、倒れた木に腰掛けているマスターを守っている様子を見せている。
 エミヤ・オルタの様子から察するに、マスターを守るという気持ちはあるがそれは名目で、エミヤに関わりたくないのだろう。
 いつもならエミヤ・オルタを掴まえてエミヤは勝手に話をぶつけるのだが、エミヤ・オルタはそれを察してか近づいてこない。マスターの隣にはエウリュアレとアステリオス、それから少し離れたところにダビデがいる。本日はアーチャーをメインにしたレイシフトだ。
「望みは叶えてもらえている。だが、それを物足りなく感じるのはなぜだろうか」
 真剣な眼差しを向けてくるエミヤに、ロビンフッドは顔を引き攣らせ「うわ」と小さく零した。
「オタクね、オレの話聞いてました? オレは、話を聞きたくないって言ったと思うんですけど」
「どう思う?」
「ぜんっぜん人の話聞かねぇな!」
「答えは?」
 答えを急かすエミヤに、「っとにめんどくさい」と溜息を落とし、ロビンフッドは軽く頭をかいた。
「そりゃ、望みが叶ってねぇからでしょ」
「望みが叶っていない? だが、望んだことのはずだった」
「望みが叶ってりゃ、物足りなく感じないでしょうが。だから、本当は違う望みなんだろうさ」
「……違う、望み」
 でも、確かに望んでいたはずだ。
 皆には知られないようにこっそりとランサーと付き合う。ランサーもそれを理解してくれて、二人きりの時はちゃんとやさしいし愛の言葉をくれる。短いが充足した時間だ。その短い時間でエミヤは満足なはずだった。
「どうせオタクのことだから、あの青い槍兵のことなんだろうが」
「何の話だ」
 ドキリとしたが、エミヤはそれを表に出さないように返した。
「ま、とぼけるならそれはそれでいいですがね。迷惑かけないでくれりゃそれで」
「……私は何かおかしく見えるか?」
「皆が気がついているかどうかは知らねぇが、イライラしてるというか重苦しいというか、まあ、自分のことは自分で解決してくれよ」
「わかっている」
 わかっているからこそ、どうにかしなければならないと思ったからこそロビンフッドに聞いたのだ。
 やはり、今のままではいけない。
 ──私の望みはなんだろうか。


 レイシフトから戻ると、ランサーがエミヤを待っていた。エミヤが外に出てくると、軽く手を上げ何でもない素振りで自然に隣に並ぶ。二人で廊下を歩きながら、エミヤの胸はランサーがエミヤを迎えにきてくれたことに喜びに満ちていた。
 話している途中に、不意にランサーが行き止まりの壁へとエミヤを押し付けてきて、左手をエミヤのすぐ右頬の辺りにおき、右手でエミヤの左頬を撫でる。柔らかく滑るランサーの指先に、エミヤは小さく震えた。
「どうした、浮かない顔をしているな」
「そんなことはない」
「ここのところずっとだ」
「……気づいていたのか」
「おう、お前のことは見てるからな」
 だが、私が何を思い悩んでいるかはわからないんだな。
 ランサーのストレートなエミヤを気にしてくれているのだと感じられる言葉はうれしかったが、同時にそんなひねくれたことを思う。
 しかし、ランサーは少しも悪くはない。
 そんなことはわかっているのに、本当に私はどうしようもない。
「アーチャー、こっち向けって」
 目を伏せていたアーチャーの顎をランサーが掴むと、自分の方へと顔を向けさせて唇を重ねてきた。
 ランサーとのキスは気持ちよく、啄ばまれるようにキスされるのは何度も好きだと言われているみたいでドキドキする。
 どうしようもなく心が満たされるが、幸せすぎて怖くもなる。
「ん……っ」
「アーチャー」
 ランサーの声はエミヤの脳内に快く響く。
 こんなに満たされて温かい気持ちになっているのに、それでもどうしても不安が拭えない。

 人の気配にドン、とエミヤはランサーを突き飛ばした。
「あ、エミヤ」
「何か用かね、マスター」
 ランサーを突き飛ばしてしまったことに焦ったアーチャーがランサーを見ると、軽くウィンクしてきて大丈夫だとアピールされる。
 やはりランサーはかっこよくて頼りがいがあって、エミヤの関係を秘密にしたいという希望に応えてくれるすばらしい男だ。
 それなのに寂しいと、物足りなさを感じるのは、エミヤのわがままだ。
「ちょっと朝食のことで相談があって……って、アニキと話してたのにごめん!」
 ランサーに気がついたマスターが慌てて謝る。
「オレの話は終わったから気にすんな、マスター。じゃあな」
 ランサーはひらひらと手を振って、あっさりとそこを離れていった。
「えっと、エミヤ。邪魔しちゃったかな?」
 申し訳なさそうにしているマスターにそんなことはないと安心させる。
「最近、アニキと仲良しなんだね」
「どうだろうな」
「皆が仲良くなってくれたらうれしいよ」
「……そうだな」
 マスターと話をしながら、頭を占めているのはランサーのことだ。
 マスターはランサーとエミヤの関係を何も疑っていない。
 それはランサーがうまくやってくれているからだ。聡い者は気がついているかもしれないが、一応誰も気がついていない。それはランサーが本当にエミヤとのことを隠してくれているからだ。
 エミヤの望んだとおりだ。
 エミヤの願いは叶っている。
 本当によくできたすばらしい男だ。
 あまりに物分りがよすぎて……腹が立つ。


***


 自分が愚かでわがままでどうしようもない存在なのだと突きつけられている。
 あのすばらしい大英雄と付き合い、望みを叶えてもらっているというのにそれを不服としているなどと。
 自分の愚かさと強欲さに吐き気がする。
 苦しくて、自分のことが嫌になって……ああ、もういっそのこと──
「おいおい、お前さんなんでそんなに思い詰めた顔してんだ?」
「キャスター……」
 キャスターを見て、エミヤは安堵の息を漏らした。
 キャスターはエミヤが召喚された時点でいた数少ない英霊の一人だ。初めはキャスターの存在に戸惑っていたが、キャスターの人当たりのよさと頼もしさにすぐにエミヤも慣れていって、キャスターとは穏やかな関係を築いているとエミヤは思っている。
 カルデアキッチンにエミヤがいるのは常のことだ。時間があれば仕込みをしていることは多い。今やサーヴァントは増えていて、料理はいくら用意しても足りないことはあっても余ることなどないのだ。
 キッチンカウンターに座って自分用の紅茶を飲んでいたエミヤの隣にキャスターが腰掛けるので、何か出そうと立ち上がりかけたが、それをキャスターに制される。
「お前、槍のオレとうまくいってねぇのか?」
「……そういうわけではないが」
「ふぅん? そうかい」
 キャスターの紅い瞳にじっと見つめられると、何もかも見透かされているような心地に焦燥感を覚える。
「何かあったら言ってくれりゃいいんだがよ」
 何かあると思っているだろうその言葉に、エミヤは苦笑いを浮かべた。
 今までもそうなのだが、どうにもキャスターにはエミヤの気持ちがわかるらしく、落ち込んでいるとそれとなく慰めてくるし、心配事があれば話を聞いてくれる。
 それは本当に助けになっているし、今も、エミヤの心を動かした。
「……君は、ほしいものがあればどうする?」
「絶対に手に入れる。奪ってでもな」
 考えることもなく即座に返ってきて、エミヤは少し戸惑った。
 キャスターの言葉には力が入っていたからだ。
「それが手に入ったとして……いろいろと我慢できるものだろうか」
「我慢、我慢ねぇ……何をさしているかはわからんが、どうかね。オレは、手に入れたら我慢できずに食べるだろうな」
 キャスターはぺろりと自分の唇を舐めて、手を伸ばしてエミヤの唇に触れる。
 逸らされない視線はエミヤだけを見ていて、ぞわりと項を柔らかく撫でられるような感覚にエミヤは喉を鳴らした。
「何の話をしている」
「お前を食べるか食べないかって話じゃねぇのか?」
「そんな話はしていない」
 にんまりと笑うキャスターにエミヤはどう反応していいかわからず、困惑が強まる。
「お前さんがどう思っているか知らんが、オレと槍のオレは基本的なところは同じだ」
「わかっている、つもりだが」
 キャスターがエミヤから手を離し、頬杖をついて隣のエミヤを見つめる。その視線から逃れなければと思いながらも、美しい紅い瞳に捕らわれてエミヤは目が逸らせないでいた。
「思ったらすぐに行動することもあるが……絶対に手に入れたいものは失敗したくないんでな。策を弄して、がんじがらめにして逃げ場をなくしてしまうくらいはするぜ」
「……何が言いたいんだ」
「さて、何だろうな」
 ヒントはくれているのだろうが、エミヤはその答えがわからずに眉間に皺を寄せると、キャスターの手が伸びてきてエミヤの眉間にぐりぐりと指を押し付けてくる。
「そんな顔すんなって」
「君が何かヒントらしきものをくれているのはわかるんだが、何かがわからなくてな」
「お前さんがめんどくさいってことさね」
「悪かったな」
 少しムッとして拗ねたような口調になってしまったエミヤに、キャスターは「悪くねぇよ」と笑ってエミヤの頭を撫でてきた。それはどうにも子ども扱いされているようでそわそわするのだが、キャスターに頭を撫でられるのは悪くない気持ちなので、エミヤは大人しくしている。
「……君は先ほど我慢できないと言ったが」
「言ったな」
「我慢できるということは、その程度ということなのだろうか」
 キャスターはエミヤの答えに笑みを濃くした。
「さぁて、どうだろうな」


***


 キャスターからの助言をふまえて、エミヤは考えた。
 ランサーは相変わらずだ。二人きりの時は甘くやさしい恋人だが誰かがいる時は節度をもった距離を保っている。
 エミヤの望みどおりだったはずだ。
 けれど心のわだかまりはなくなることはなく、エミヤを苦しめていく。
 ランサーは悪くはない。
 だが、私がもう耐えられないだけだ。


 シュミュレーターでの戦闘に誘うと、ランサーは意外そうにしていたが喜んで誘いにのってくれた。ランサーに戦闘に誘われることはあってもエミヤから誘うことはなかったから、ランサーはうれしそうだ。
「本気でいくぞ」
「おうよ、手加減はなしだ」
 エミヤが両手に剣を投影すると、ランサーは既に朱槍を右手で持ち、それを軽く右肩に掛けている。
 この戦いで、エミヤは決めていることがある。
 叶えてもらえるかどうかは別として、勝てば望みを撤回し新たな望みを要求する。
 そして、負ければランサーとの関係はなかったことにする。
 ランサーのことが好きだ。
 ランサーは言葉では言い現せないほどの複雑な感情を持ち合わせている、特別な存在だ。
 英霊エミヤはランサーがいなければ存在しない。ランサーがいたからこそエミヤは存在しているのだ。
 息を整え、エミヤがランサーに鋭い視線を向けると、ランサーはうれしそうに口の端を上げた。
 どちらともなく動き、エミヤはランサーの攻撃を両手の剣で受ける。簡単にパキンと音を立てて消えていくが、すぐさま剣を投影した。
 何本でも魔力が続く限り剣を作り出すことができることをランサーは知っているので、当然攻撃の手を緩めることはない。ランサーは素早い動きでエミヤが投影して剣を作り出すより先に攻撃を仕掛けてくるが、エミヤもランサーの動きになんとかついていって消えた剣の代わりをすぐさま投影する。
 一本一本の耐久力は本物よりも劣るが、どれだけ折れても代わりはすぐに作り出せる。
 まるで、自分のようだと投影を繰り返しながら思う。
 ランサーのような英雄と呼ばれるにふさわしい存在に代わりはいない。だが、自分はそんなすばらしい英雄とは違う。
 代わりを作り出してしまえばいいのだ。
 自分の代わりなんかいくらでもいる。
 だが、ここにいる、今存在しているエミヤはもう他にはいない。
 だから、今の自分にできることをする。
 負けたくないという気持ちは本物だし、勝って願いを叶えたいとも思っている。
 その望みは誰かのためではなく、ただ自分のためだけのものだ。
 そんな風に望んだことは今まで一度もない。常に望みは自分以外の誰かに繋がるものだった。
 だが、今の望みは、紛れもなく自分のためのものだ。

 ランサーが朱槍を手にして構える。美しい朱槍は驚くほど速く軽々と動いてはいるが、その一撃は重たく鋭い。ランサーは戦いに高揚し、段々と動きを速めていっている。攻撃は激しさを増し、エミヤは防ぐのがやっとだ。だが、死力を尽くす。
 ランサーには言っていないが、勝手に自分で決めた賭けをしているのだ。絶対に負けたくない。
 ランサーの槍の先端が右手の剣に突き刺さり、パキンと音を立てて消える。右手に剣を投影し、すぐさま左手の剣を出して次の攻撃に備えた。瞬く間に折られた左の剣を投影しながらエミヤは距離を取る。
 エミヤの剣は決して脆いわけではないが、ランサーの攻撃が鋭く的確なのだ。
 ランサーの動きが速すぎて青い残像ができ、朱槍が紅い閃光のように煌く。青と赤の美しい光に見惚れながらも、朱槍の攻撃を何とか避ける。
 まともな接近戦ではランサーには敵わない。
 だが、ステータスだけで勝敗が決まるわけではない。
 相手と自分の得手不得手を理解し、自分に出来る限りの最大の手を尽くすしかない。
 ランサーが一気に距離を詰めてきて、素早く槍を動かす。攻撃力より速さを重視した攻撃ではあるが、それでもその威力は凄まじく軽々と避けられるものではない。
 左右上下、どこからくるかわからないその攻撃を何とかしのいで、とにかくエミヤは距離を作った。接近戦は分が悪い。
「アーチャー。防戦一方じゃオレには勝てないぜ」
「そんなこと、わかっている」
 よくわかっているさ。
 何度ランサーと相対したと思っている。何度も敵対した。
 憧れの英雄だ。エミヤのはじまりの英雄だ。
 だが、負けるつもりはない。負けたくない。負けたら終わりだからだ。
 自分勝手な望みではあるが、それを叶えるために負けたくはない。
 願いは自分で叶える。
 ランサーの槍の切っ先が円を描くように動き、空気を切り裂く。エミヤは両手の剣をクロスしてランサーの槍を受け流し、同時に自分も後ろに飛んで下がる。が、すぐにランサーがエミヤに向かってきた。
 朱槍がエミヤの右手の剣を弾き飛ばそうとしたが、今まで簡単に消えていた剣は折れなかった。強度を上げたのだ。それにランサーが眉を動かす。
 今までの戦いのリズムが変わり、エミヤが左手の剣を振るうと、ランサーがそれを軽く跳ね除けた。右手の剣はまだ残っているのでその剣を振り下ろしたが、ランサーに避けられる。
 残念ながら体力もランサーの方があるので、長丁場はエミヤに不利だ。
 エミヤは飛び上がってランサーから距離をとり、一瞬で弓矢を投影し、矢に魔力をこめる。
 それこそ本気で殺すつもりでなければ、ランサーにこの矢は届かない。
 エミヤの本気が伝わり、ランサーが楽しげに目を細める。
「ハッ、そうこなくっちゃよ!」
 ランサーが朱槍を構えるのと同時にエミヤは魔力をのせた矢を放った。
 朱槍と矢がぶつかり合い、バチバチと魔力が反発しあう。ぶつかり合ったところを中心に爆発したような音と光に、エミヤはストンと床に降り立って両手に剣を投影しようとしたが、ぞわりとした感覚に背後を振り返る。
「終わりだ、アーチャー」
「……っ!」
 投影は間に合わず、ランサーの朱槍がエミヤに向けられた。
 防ぐものは何もない。ランサーの朱槍の切っ先がよく見える。それを心臓に穿たれるのかと覚悟し、それでも避けようと足が後ろに下がると、バランスを崩して床に倒れた。
 背中に衝撃を受けたと同時に、エミヤの首のすぐ右横にランサーの槍が突き刺さる。
「オレの勝ちだな」
「……そうだな、私の負けだ」
 負けた。負けてしまった。
 どうしても勝ちたかったんだがな。
「お前、なんか切羽詰ってたみてぇだが。ま、オレの勝ちだ」
「そうか、伝わっていたか」
「ほらよ」
 ランサーが手を差し出すが、首を振ってその手を拒否する。
「終わりだよ、ランサー」
「何がだ?」
「もう終わろう。私は、もう君とは」
「おい、お前何言ってやがんだ?」
 ゾッとするような声だった。思わず息を呑んだ。
 エミヤが言い終える前にランサーが言葉を被せ、エミヤに跨ってのりあげてきたランサーがエミヤの胸倉を掴み上げる。
 抵抗をするつもりはない。
「今の戦い。私は決めていた」
「何をだ」
「君に負けたら、君との恋人としての付き合いは終わりにしようと」
「なぜだ。オレが何をした」
「君は、私の願いを叶えてくれた。君は完璧だった。申し分なかったさ。でも、もういいんだ」
 ランサーの表情からは感情が消えていた。静かな怒りを確かに感じるが、ランサーは冷静だった。
「何がいいんだ。よくねぇだろうが」
「私などいなくてもいい。君は我慢できる。その程度だ」
 エミヤが望めば、短い時間での逢瀬でもランサーは我慢できるのだ。
 キャスターは何と言った?
 自分とランサーは基本的に同じだと。
 そして、自分なら我慢はできないだろうと、そう言ったのだ。
 ならばそれが答えだ。
「……お前が望んだ。オレに隠せと」
「そうだ、私が望んだ。わかっている。私が悪いんだ」
 ランサーは冷たくエミヤを見下ろしていた。
 その表情に感情の色はない。
「でも、私は我慢できなかった。君に、求められたかったから」
「…………」
「君に望まれたい、君に好かれたいとどんどん欲が出てきて、だから、もう」
「要するに、お前はオレがお前との関係を隠すから嫌なのか。お前が望んだのに?」
 ランサーがそう言うのも最もなことだ。
 自分が望んでおきながら、それが嫌などとは、本当に勝手な言い分である。
「お前はオレに求められたいのか」
 ランサーの直球に、エミヤは息を詰める。
 鋭い視線がエミヤを捕らえ、心臓に槍を突き刺されたような感覚を覚えた。
「オレに愛されたいのか。もっと、より強く」
「もういい。私はそれを終わりにした」
「誰がそれを許した? 勝者はオレだ」
 ランサーの紅い瞳が炎のように揺らめいて、冷たくエミヤを見据える。
「お前の望みを言え」
「君に心臓を貫かれて、このまま消えることかな」
「バカが。本当の望みを言え」
「今のも本当の気持ちだったが」
「今のも、ってことはほかにもあるな。言え。オレは聞く権利がある」
 自分の失言に気がついたが、後の祭りだ。ランサーは冷静だ。エミヤの言動ひとつひとつをよく観察している。
「……どうして、君はそれを今更暴こうとするんだ」
「オレが告白して、お前の恋人の権利を手に入れた。お前と付き合えてうれしかったからなぁ。オレはお前の願いを叶えたつもりだったが」
「私は身勝手で面倒な男だ」
「お前が面倒なことは知ってるっての」
 長い付き合いだろうが、と苦笑するランサーにはいつもの雰囲気が戻っている。
 それと同時にエミヤの胸の奥に熱いものが込み上げてきた。
 言おうとして口を開いたが、溢れ出す感情に口を閉じ、こくりと言葉を飲み込んだのを見たランサーは、左手をエミヤの顔の右側に置き、右手でエミヤの顎を掴んだ。いつの間にかランサーの朱槍は消えている。
「オレは、お前がいいんだよ。だから言え。隠すことは許さん」
 絶対的な言葉だった。
 いいな、と念押しされ、エミヤは自分の中の何かが決壊したのがわかった。
「君と……私はもっと一緒にいたい」
「もう、誰にも隠さなくていいな」
「いい」
「誰に知られても」
「君が嫌でなければ私は誰に知られても構わない」
「恥ずかしいんじゃないのか?」
 ランサーはエミヤの言葉を落ち着いて確認してくる。その視線はぶれることなくエミヤだけを見続けている。
 逸らすことは許されない。
「恋人であるのに、君に何の関係もないような態度をとられるくらいなら」
 それくらいなら羞恥などなんだというのだ。
 大体、カルデアのこの状況は奇跡なのだ。
 次の召喚があったとしてもこうはいかないだろう。敵であることが通常なのだ。
 ランサーと恋人になるなどと、二度とないだろう。
 それを、恥ずかしいからなどと自分勝手なつまらない感情でなくすなんてばかげている。
「オレの恋人であることを周りに知らしめていいんだな」
「ああ」
「嫌がらないと約束できるか」
「できるさ」
「……やっと言ったな」
 にんまりとしたランサーがエミヤの唇に口づける。
「んぅっ……っ」
 何度も口づけられてエミヤが驚きに戸惑っていると、ランサーが名残惜しげにエミヤの唇を舐めてうれしそうに笑う。それにドキリと心臓が跳ね上がったエミヤの上半身を抱き起こし、ランサーがエミヤを抱き締めた。
「お前は素直じゃねぇからなぁ。あー、やっとだ!」
「ランサー……?」
「最初っからベタベタしたらお前のことだ。照れて恥ずかしがって大変だろうと思ったからなぁ……、辛かったぜ」
 エミヤの顔中にキスを落としてくるランサーにドキドキしながらも、首を傾げる。
「戦闘に挑んできて斜め上のこと言い出してきたのにはどうしてくれようかと思ったが、でも、ま、思った展開になったな」
 エミヤの額に自分の額をコツンと合わせてきてにっこり微笑むランサーの笑みは眩しく、エミヤの心をときめかせたが、今のランサーの言葉を考える。
「君、もしかして、私が我慢できなくなるように図ったのか……?」
「お前は素直じゃねぇからなぁ」
 その返事に、エミヤは悔しくてランサーの背中を叩いたが、ランサーはニヤニヤするだけだ。
「我慢に我慢を重ねたのはオレだ。お前が動くまで待ったんだ」
 そうだ。この男はそういう男だった。
 感情的なようで決してそんなことはない。
 我慢強く冷静で、狙った獲物は逃がさない、優れた戦士だ。
 気さくでやさしいが、冷酷で心を殺して行動することもできる。
 神のような傲慢さをどことなく秘めていて、けれどそれを容認できてしまうほどの明るさと親しみやすさを持っている。
「お前とレイシフトすんの多かったと思わねぇか?」
「……まさか」
 付き合うようになってから、偶然多くなったと思っていた。
「だってなぁ、そうでもしねぇとお前と時間作れねぇし、マスターにちょいと頼んだのさ」
 エミヤはわなわなと震えた。
 まんまとランサーの手の上で踊らされてたというわけだ。
「私を弄んで楽しいか?」
 自嘲気味に笑うエミヤの唇にランサーがちゅ、と軽く口づける。
「んな訳ねぇだろうが。間違うなよ? オレは本気だっただけだ。絶対にお前が欲しかった。絶対に失敗はできねぇ、そう思っただけだ」
「たわけ、君など……っ」
「嫌いか? オレのことが」
 ランサーの紅い瞳がエミヤの瞳を至近距離で覗き込む。
 もし、ここで嫌いなどと口にしたらどうなる……?
「離れたいか? しばらく? お前が我慢できなくなるまでやるか?」
 ランサーは、きっとやる。
 そして、耐えられないのはエミヤの方だ。
 悔しさに目尻にじわりと涙が滲む。
「どうせ、私が我慢できなくなる。私は、君が好きなのだから」
「違うな、お前はわかってねぇ」
 ランサーがエミヤの目元にやさしく唇を寄せて、頬を摺り寄せる。
「オレは絶対にお前を諦めないために、手に入れるために手を尽くした、それだけだ」
「き、君なんか……っ」
「まるで自分だけがオレのこと好きだって口ぶりだけどな、告白したのはオレからだからな」
 エミヤが首を振って嫌がるような素振りを見せても、ランサーは笑うだけでエミヤから離れようとはしない。
「好きだぜ、アーチャー」
 悔しさはあるが、それ以上にうれしさが勝っている。
 惚れたほうが負けなのだ。だったら、最初からこの勝負の勝敗は決まっている。
「お前の望みどおりにしてやる。だから、逃げるなよ」
 もう、エミヤに逃げ場などは残されていない。
「……わかった」
 そして、エミヤは逃げられないということを口実に、ランサーに抱きついた。


***


 なぜエミヤが、ランサーが我慢できる程度の気持ちしかないなどと勘違いしたのかという経緯をランサーに説明すると、嫌そうな顔をしたランサーに「キャスターには近づくな」と怒られてしまった。
「あのなあ、アイツはオレと同じなんだよ」
「知っているが?」
「わかってねぇだろうが」
 とにかくダメだと言ってきたランサーに戸惑っていると、ランサーは少し考えてからエミヤの両手を包み込み、距離を詰めてきてエミヤの鼻先に自分の鼻先をくっつけてきた。少し甘えるような責めるような、甘ったるく、それでいて凛とした表情でエミヤをまっすぐに見つめる。
「恋人の言うこと聞いてくんねぇのか?」
 心臓にゼロ距離で銃を撃たれたようなそんな衝撃だった。
 すごい攻撃だ。
 心臓が壊れるかと思った。
 真っ赤な顔でこくこくと頷くと、ランサーは満足そうに微笑んだ。
 エミヤがどうされると弱いのかをよくわかっている。
 約束もしたことだし、とりあえずエミヤからはしばらくキャスターに近づくのはやめておくつもりだ。が、どちらかというとエミヤが声を掛けるよりも、キャスターがエミヤに気がついて声を掛けてくれることが多いので、元からエミヤが声を掛けるということはほぼない。
 まあ、いいか。約束したのはエミヤから近づかないということだ。


 
「だから、オレはオタクの話は聞きたくないんだって」
 相変わらずエミヤ・オルタには逃げられている。あまりに華麗に逃げられるのが悔しいので、今度罠を張ってでも掴まえるとエミヤは決めている。
「色々あったが、君のおかげで気づけたこともあるので、よければ食事のリクエストくらいはきこうと思うのだが」
「それはありがたいけど、やめておきますわ」
「本当に何でもいいのだが……、私が知らないものというのなら調べて作るが」
「オタクといると怖い人に睨まれちまうからさ」
 怖いとは何がだと首を傾げたエミヤに、ロビンフッドが顔を顰めて後ずさる。
「ロビンフッド?」
「嫉妬深いオタクの恋人が怖いってこと」
 きょとんとするエミヤの後ろからランサーが抱き締めてきた。
「よぉ、アーチャー」
「ランサー……」
 なぜ、そんな機嫌の悪そうな声を出すのだろうか。
 不思議に思うエミヤに「浮気か?」とありえないことを言い出してきた。
「浮気なんぞ誰がするか。それより、ロビンフッドがいるんだぞ」
「もういねぇぞ」
 ロビンフッドがいたところを見ると、既にロビンフッドはいなくなっていた。本当に逃げたり隠れたりがうまい。
「お前なぁ、アーチャー連中と仲良いのはいいが、オレとも仲良くしてくんねぇとオレが拗ねちまうぜ?」
 ロビンフッドとは全く少しも仲良くはないのだが。
 しかしそれを聞いてくれそうにもない様子だ。
 ランサーは関係を隠さないでいいとエミヤが言ってから、本当にエミヤが恋人であることをおおっぴらにした。エミヤが望んだことだ。どれだけ恥ずかしく冷やかされたとしても、我慢するしかない。
 ……どうもランサーが恥ずかしがっているエミヤを見て楽しんでいるふしがあるが、気のせいだと思いたい。
 ランサーはエミヤを抱き締めると、いやらしくエミヤの身体を弄ってくる。恥ずかしさにカッと熱が上がった。
「で、今夜どうだ?」
「……どう、とは」
 どうもなにも、これは夜の誘いである。
「んー、決まってんだろ? それとも、嫌か?」
 本当なら、嫌だと言ってしまいたい。こんな誰に見られるかわからない廊下で抱き締められて性的に身体を弄られるといういうのは本当に恥ずかしいのだが……
 ちら、とランサーを見るとエミヤの返事を楽しげに待っている。
 嫌だと言って、ランサーにあっさりと引かれてしまったらと考えてしまう。
 その後、ランサーに自分から望むように言わされることを考えると、そっちの方が耐え難い。
「……嫌、ではない」
「そりゃよかった」
 エミヤの答えにランサーがにんまりと笑う。
 悔しさはあるが、おかげで素直になれるので都合よくもある。……複雑な気持ちだ。
「オレはな、アーチャー、お前とはなかなかに長い付き合いで、それなりにお前のことはわかっているつもりなんだぜ」
 ランサーの唇がエミヤの唇に触れ、ぢゅうと軽く吸い付かれた。
 それにびっくりしたエミヤに、ランサーがうっとりと微笑んだ。
「今夜楽しみだな」
 それにエミヤが「そうだな」と羞恥に耐えながら返すと、ランサーがたまらないとばかりにその場に押し倒してこようとしたので、ランサーを落ち着かせるのに言葉を尽くして更に恥ずかしいことになってしまった。

 全く、キャスターの言ったとおりだ。
 ランサーによって逃げ場をなくされてしまったわけだが……それも悪くないと思っているのでどうしようもない。
 ランサーは私のあつかい方をよくわかっている。

Comments

  • わんわんお
    July 30, 2024
  • October 1, 2023
  • よの紀

    2人がいちゃいちゃしているのが本っっ当に可愛いです…! 最高です…!!

    September 27, 2023
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