訪日客に「二重価格」国立博物館など導入へ 財務省、閉館も含め圧力

定塚遼 宮代栄一

 文化庁は国立博物館・美術館に対し、4年後の時点で、展示の費用に対する入場料などの自己収入が4割未満になった場合などに、「再編」の対象とすることを伝えた。また、5年以内に国内と国外の在住者の間に入場料の差を付ける二重価格を導入し、入場料の引き上げも求めた。財務省は、「再編」には閉館も含まれるとしている。朝日新聞の取材からは、財務省の強い意向があったことが浮かび上がる。

 国立の博物館・美術館は、入場料などの自己収入と、国費によって運営されている。各館を運営する独立行政法人が、5年ごとに博物館などと運営計画を取りまとめ、文化庁を所管する文部科学大臣が承認している。

 政府は2月末、博物館と美術館が新年度から5年間の運営計画を策定するのに先立ち、中期目標を示した。目標には、展示コストに対する入場料などの自己収入の割合を5年後までに65%以上にし、10年後までには国費に一切頼らないようにすることが明記された。

 自己収入比率が4割を下回るなど、「社会的に求められている役割を十分に果たせていないと考えられる館」については、「再編」の対象とするとした。

 そして、収入を上げるための手段として、パリのルーブル美術館でおこなわれているような、国内と国外の在住者の客の料金に差を付ける二重価格の導入と、常設展の料金改定などを求めた。

水面下の攻防 要求突きつける財務省に文化庁は

 中期目標にあった、収入の割合が少なければ「再編」の対象にするという文言。この再編という言葉の意味について財務省幹部に聞くと、「『撤退』ですね。統合とかもあると思いますが」。さらりと言い切った。

 今回、文化庁が国立博物館・美術館に対して「自力で稼ぐ」ことを求めた背景には、歳出削減を求める財務省からの強い圧力があった。

 昨年12月、財務省主計局が事務局を務める財政制度等審議会財政審)は、来年度の予算編成に向けた意見書をとりまとめ、国立美術館・博物館全体について「公費収益に対する入場料収入が不十分」と指摘した。その上で、「将来世代の負担を軽減するためには、法律を見直し、現在の受益者から適切な入場料を徴収し、サステイナブル(持続可能)な収益構造にしていく必要がある」と提言。入場料収入の見直しや二重価格などを求める意見も付記した。

 財務省が審議会で有識者らに示した資料には、総収入に対する各館の公費の割合を、公費依存度が低い順に並べていた。九州国立博物館が92%で公費の割合が最も高く、最も低い国立西洋美術館は41%――。

 公費依存度の議論を提起し、それを受けた審議会の提言を「お墨付き」として使いながら、財務省は一気に動き始めた。

 「文化庁とは、この内容を博物館、美術館に要請することで合意している」。今年1月初旬、財務省の担当者が記者にそう説明した財務省作成の資料には、新年度の「予算の方向性」として、二重価格の設定を含む入館料の見直し、といった項目が並んでいた。

 その資料に沿うように、二重価格の導入を既成事実とするような報道も出たが、1月初旬の段階で文化庁幹部らは「完全に誤報」「財務省側が勝手に言っているだけで、合意したものではない」などと取材に話していた。松本洋平文科相も会見で報道を否定し、「現時点で方針が定まっているものではない」と述べていた。

 水面下では、厳しい要求を突きつける財務省と、文化庁の間で攻防が起きていた。

 文化庁側は、公費依存度や自己収入の割合といった尺度で博物館や美術館の価値をはかることや、海外の世界的観光地と比較して入場料収入の割合が低い、という理由などで入場料の引き上げを求められること、二重価格の導入の難しさを問題視。「協議を通じて、主張、反論すべきところは(財務省に)しっかりと反論していく」としていた。

 朝日新聞が入手した内部資料によると、1月に始まった財務省との協議の中で、文化庁側は「作品展の来館者数を前期以上にする」ことなどの中期目標の原案を提示した。

 だが、財務省側は次々と、原案にない条件を加えていった。入場料の引き上げや二重価格の導入、展示事業費を入場料などの自己収入で100%まかなうこと、その割合が計画の4年目の段階で5割を下回った場合、再編の対象とすること――。

 最終的な協議で、財務省は、再編の対象となる自己収入の割合を、当初の要求より10ポイント引き下げて4割とするなど、部分的な譲歩は見せたが、実現しなければ閉館を含む再編をおこなうことや、二重価格、入場料の値上げといった大筋は、財務省の思惑通りに進んだ。

 財務省側は、国の財政の厳しさを強調する。国の借金は昨年末時点で1342兆円と過去最大になった。財務省幹部は「こんなに財政が厳しい中で、国費に依存するほうが、館や作品にとって持続可能性がないですよ。未来に残すためにも、自分で収入を確保する体制を作ったほうがいい」とする。

 入場料の引き上げや二重価格はその方策の一つだとした上で、こう語った。「実は入場料を上げたくて上げられない館は多い。我々は嫌われたって構いませんから。『財務省が言うなら仕方なく』というポーズを取りながら、入場料を上げてくれればいい」

「我々を遊興施設か何かだと思ってるんじゃないか」

 中期目標を突きつけられた国立博物館・美術館の関係者らには、驚きと困惑が広がった。

 「個人的には『目標達成』は不可能と考えている。達成できない場合の処罰について言及することも異例だと思う。とはいえ、中期目標に書かれてしまった以上、こちらとしては手をつけざるを得ない」。ある博物館の幹部は自館についてそう明かす。

 入場料の値上げや二重価格が求められていることについては、「値上げをすると入館者が間違いなく減るので、これまでずっと我慢してきたという経緯がある。そんななかで値上げをして、本当に財政状況の改善につながるかどうか……」。

 別の館で中期計画の策定に携わっている職員も「率直に言って、展示事業費の4割を入場料収入でまかなうのは、我々の館には無理」と言う。

 博物館や美術館は、収集や保存、研究、公開を役割とする研究機関だとした上で「『公開』でどう金を稼ぐかばかりにリソースを割くわけにいかないし、研究に支障が出る。政府は我々を遊興施設か何かだと思ってるんじゃないか」と憤る。別の職員も「収集や保存、研究が滞れば、文化は未来につなげない」と語る。二重価格についても、「訪日客だけ価格を上げることは、日本文化を海外の人に知ってもらう政府の『クールジャパン』などの動きと逆行している」。

 博物館学などに詳しい金山喜昭・法政大名誉教授は、「戦後の日本政府には、貧富の差なく博物館や美術館に来て、教養を身につけることは大事な社会基盤になる、という基本的な理念が踏襲されてきた」と語る。近年はそれが薄れ、国や自治体の財政の厳しさもある中で、稼ぐ力が強く求められるようになった、と分析する。

 収入次第で再編の対象となる今回の動きは、そうした流れの延長線上にあるが、「かなり大きく踏み込んだもの」と語る。

 こうした流れの先にある未来は何か。

 金山さんは、博物館や美術館の運営の中で、短期的に収益を上げるための圧力が強くなった場合、「直接すぐにお金に結びつかない研究という仕事が軽視され、研究者の肩身が狭くなったり、目指す人材も減ったりする、悪いスパイラルにつながる可能性がある」と懸念する。

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この記事を書いた人
定塚遼
文化部|文化庁、知的財産権、AI
専門・関心分野
文化庁、知的財産権、音楽など文化全般。外国人共生など

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