人は見た目で判断されるとはよく言うもので、外見の良さなどはさんざん言われてもいるし自覚もしている。
兄のキャスターからはじまり、弟のオルタにプロトも少なからず同じ考えは持っている。
そこは兄弟間のあけすけな会話で何度も繰り返された議題のひとつだった。
それを武器にするもよし、使えるときは使うのが俺とキャスターであり、特に使えるときは使うがあまりに気にしていないのは弟二人だ。そこはさすが個人差だろう。
顔がいいとはよく言われる。それにくわえて勉強やら専門知識やらとそつなくこなすこともしているが、鼻にかけるきはない。しかし謙遜のしすぎは逆に失礼だとは誰が最初に言った言葉だっただろうか。
なんともこのさじ加減がうまくいかず交遊関係で四苦八苦したのは学生の頃のいい経験だった。
そんな良いことも悪いこともそれなりに経験した23年と少しの人生、今最高にこの危機を乗り越えるにはどうしたらいいのかと持ちうる知識と判断力をフル回転させている。
目の前では必死に感情を抑えつつもどこか期待を押さえきれない雰囲気をまとった愛しい恋人のアーチャーが、今もパンフレットを広げながら次のデートにいきたい場所を選んでいる。
「ランサー、君はクルージングは経験はあるのか?」
「いや、ねえな…そもそも免許も持ってねぇし…そんな金もねぇし」
「む、そうか…」
どこか残念そうな気配を漂わせたアーチャーには何度もいってある事だが、見た目がいいとは言われてもそれだけで、我が家はごく一般家庭だ。
確かに生まれもアイルランドで、両親も自分含め兄弟も混じりけのないアイルランド人である。
ただ重ねて言うが日本に引っ越してきたごく一般家庭である。
会社を持っているとか、どこぞのマフィアの裏ボスだとか、実は相続のいざこざから逃れるためにこちらに逃げてきたなんてそんなドラマはなに一つ無い。
しかしどうにもいくら説明しても芸能人や金持ちが嗜む夏のお遊びをしていると思われるし、豪華客船で世界一周やら、自家用ジェットを持っていると思われてしまう。
正直そんなどこかのアニメの金持ちキャラによくある設定をこじつけられても困る。
こちとら父はしがない商社マンで、趣味は休みの日の家庭菜園だ。
そろそろ庭のトマトが食べ頃だとホクホクしていたから食卓に添えられるのも時間の問題だ。
次のデートにはまたおすそわけでトマトとキュウリあたりを持たされそうだと先程伝えたらそれはそれは嬉しそうだった。
俺の恋人はかわいい。
母は日々をSNSで綴りながら普通の会社に勤めている共働きの家庭だ。
男四人を育てるのに頑張ってくれてるのはよくわかるが、母が如何せん逞しすぎて父より逆らえない存在である。
今はもっぱら近所のママ友とやらと華道にはまっているが、玄関先が華やかになっていいと父と喜んでいる姿を今朝見かけたばかりだ。
いつか俺もアーチャーと二人で暮らしたらあんな風になりたいとは最近毎日考えている。
「じゃあ、夏休みはどこにデートにいけば…」
「いや、普通でいいだろうが。何を困る必要があるんだ?」
「だが君とのデートだ、気軽にプールとか、近所の夏祭りとかそんな簡単なものでは申し訳ない気が…」
「そのどっちも俺はお前といきたいし、常々いってるが好きなやつとのデートでなんで申し訳ないって言葉が出るんだよ」
お付き合いをはじめてデートの度にこれである。
何度も説明をした。普通でいいのだと。
なんならそこら辺の商店街をぶらついて、アイスを買って二人でわけ合うなんてささやかなものでもいいはずなのだが、どうにもアーチャーはそれはデートとして成立しないらしい。
「好きだからこそ、君がもっともふさわしい場所を選びたいと思うのは私のわがまま、だろうか…」
「そんっ…なことねぇけどよ…なんていうか、あー………」
こんな可愛いこと言われてしまってどうしたものかと頭を抱えるしかない。
しかし違うんだ、そうじゃないんだ。お前は俺のことばかり考えすぎている。
俺はお前と二人で楽しめる場所にいきたいんだ。
それは割りと最初の頃に伝えた。
二人で楽しめる場所にいきたい俺と、なにより俺をたたせたいと思い自分のことを二の次にしてしまうアーチャーとの意見が噛み合わない。
普段わがままなんて言わないアーチャーのかわいいおねだりだと、それでお前が納得するならと許した結果がこれだ。
こんなときこそスマートに、相手を納得させさりげなく満足させてこそ男の見せ所だと自分を奮い立たせた。
「なぁ、アーチャー。 俺はお前と楽しく過ごしたいんだ。 もちろんお前が選んでくれた場所も楽しんでるし、お前もそうなんだろう」
「ランサー?」
「だがな、そうじゃないんだ。 俺はもっと何気ない事やそれこそなにも計画たてずふらっと出掛けたりしてちょっとした思いで作ったり、そんなのだって立派なデートだと思うんだ」
「そう、だろうか…?」
「そうなんだよ」
ここで怯んではいけないと奮い立たせる。押しに弱いアーチャーを無理にでも納得させるにはこうするしかない。
そうだ、何気ないそれこそちょっと近所のスーパーに出掛けるだけだってデートだ。
これ以上どこそこのホテルのなんちゃらフォンデュだとか、どこぞの一等地の高級感溢れる店でやたらキラキラしたものを見て値段に目玉飛び出そうになる、そんな心臓が止まりそうなデートをなんとしても今後のプランからはずしたい。
俺の心臓とバイト代と心の平和のためにもだ。
あと一押しだと肩を優しくつかんで至近距離からその揺れる灰鋼色の目を見つめてもう一度言葉を紡ぐ。
「いいか、アーチャー。 俺はこれからもお前と一緒に居たいし、色んな事を経験したいし楽しみたい。 お前が俺の事を考えてくれるのはもちろん嬉しいんだ。 だからこそ、次はもっと自分もいきたい、俺といきたいって思う場所に一緒に行こう。 な?」
「私もいきたいところ…」
「おう。 なんなら動物園のふれあいコーナーとか猫カフェとかそういうのでもいい」
むしろそういうのがいい、という本音は喉元でおさえおさてこんでじっと見つめた目をそらさず、アーチャーの反応と返答をじっと待つ。
時間にして五分もしないだろう。揺れる目が少しの意思を孕んでこちらを見つめ返してきた。
「なら、実は先日からいきたいと思っていたところがあるんだが…いいだろうか」
「なんだ、あるんじゃねえか! いいぜ、どこだっていってやるよ!」
やっと引き出した恋人からのいきたい場所という言葉に勝利は目前だと心のなかでガッツポーズを作り出す。
そわそわする気持ちも押さえ込まず、それはどこだと問えばスマホを操作してそのホームページを表示させてきた。
「これなのだが、いいだろうか?」
「………オウ………」
「やはりだめか…」
「いやいやいや!? いいに決まってるだろ! ちょっと予想してたところとは違ったからビックリしただけだ! よし行こう、すぐ行こう」
「ま、まて! 予約が必要だから…つぎの休みはどうだろうか」
もちろんいいに決まっている。ダメなんて言う奴がいたら俺が許さない。
そう心の叫びを抑え込みながら、スケジュール表を開いて書き込んでいく。
目の前で付き合ってから数回しか見たことがないほど上機嫌なアーチャーに心臓に矢が刺さる感覚がした。
一目惚れしてなんだかんだあって恋人になったものの、これで何度目の惚れ直しだだろうか。
嬉々として予約を入力している姿は花が飛んでいるようにすら見える。
「ランサー、予約できたぞ!」
「そっか、よかったなぁ。じゃあ次のデートはそこに行こうな」
こうして今度のデートは煎餅工場の体験コーナーに行くことになった。
スマホのアーチャー用フォルダが唸るのは目に見えている。そろそろSDカード新しいのを買わねばなるまい。
「すまないランサー。私がわがままなばかりに君に苦労を掛けてしまって…」
「なにいってやがる、むしろお前はもっとわがままになって貰わないと困る。 それを享受できなくてなにが恋人だ」
「ランサー……ありがとう」
音にはならず唇の動きだけで紡がれた「好き」という言葉を逃さなかった自分に拍手喝采を惜しまない。
とりあえず今はかっこいい恋人という立ち位置を崩さないよう、この崩れそうな表情を見られないようそのまま優しく抱き締めれば、そっと抱き返された。
やはり俺のアーチャーはかわいい。