【槍弓】貴族と番犬01【無配再録】
■一等客室にいるお貴族様?のアーチャーさんと、密航者のランサーさんが護衛の契約をする話。の、出会い編。
今年の春あたりに無料配布していたものの再録です。タイトルはカッコカリのまま確定しそうです。笑。
■2018/1/3追記。
C93冬コミ1日目12/29(金)[東1 L01b 梨園堂]にて参加しておりました。
お立ち寄りくださった皆様、どうもありがとうございました♪
事前の持込みアンケートへのご協力もありがとうございました~。ご希望のありましたBOOTH通販を始めてみました。ご利用いただけますと幸いです(はじめてなのでお待たせしてしまったらすみません…)。
2018年もどうぞよろしくお願い申し上げます!
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1.一等客室
ゴウゴウと、タラップにあっては会話に支障の出るほどの駆動音も、この区画にまでは届かぬらしい。
顰め面ではためくコートを押さえる姿に、まずプロペラによる強風と轟音とを詫びられたが、それはクルーの手落ちではない。出航の間際になって現れた傍迷惑な乗客――こちらの遅れが原因であることは明白だった。
待ち構えていたようにタラップが収納されたので、まさしく自分が最後の客であったのだろう。
生来の習癖で、壁面素材やら防音機構やら、机上の図面をなめていただけでは実感に乏しいそれらを己が目で確認しながら、アーチャーは案内された客室へ足を踏み入れた。
途端、ふかぁっと足元の沈む感覚に、思わず下を向く。
一見そうとは見えぬ絨毯は毛足が長く、密度もかなりのもののようだった。足を乗せると、実にゆっくりと革靴が埋まっていくのだ。
「ではお部屋のご説明を……、アインツベルン様?」
これが細いヒールを履いた女性だったら、バランスを崩してしまうんじゃないだろうか、と余計な心配をする。この自分が傍にいれば、丁重に抱き留めさせていただくが。
それ以前に男の一人旅、そのような連れの予定はないのだが。
「アインツベルン様?」
幾度目かの呼び掛けに、アーチャーはハッと顔を上げた。
「ああ、何だろうか」
「不調法がございましたでしょうか、アインツベルン様。その、お足元に」
年若い乗務員が、かしこまった表情の中にも戸惑いを含んでこちらを窺っていた。
「いや、素晴らしい絨毯だと思ってね。さぞ腕の良い職人の仕事だろう」
まさか取り留めのない思考をそのまま言えるわけもない。さっそく女遊びの算段かと呆れられるか、余計な気を回されて女を宛がわれるのがオチだ。
アーチャーが微笑んでみせると、客室係は安堵したようだった。
「お気に召していただけましたか、アインツベルン様。こちらは西方の一部山岳地帯にしか生息しない希少な――…」
黒の上下に、白のシャツ、白の手袋。執事然とした制服に身を包んだ青年は、絨毯の解説を諳んじる。一等客室は部屋ごとに彼のような客室係が専属で付くのだそうだ。
ああ、あれね。適当に相槌を打ったアーチャーが移動すると、「そちらの天板は――」「そちらの花器は――」と解説が先回りして付いて来た。
一等に入る客といえば腐っても上客であるから、客室係は相手の機嫌を損ねぬようひどく気を張るのだろう。
特にアーチャーは上流階級の男子にしては珍しく従者の一人も連れていない。処罰のリスクに怯える一方で、立身出世を考えるならば、貴族の懐に入り込むまたとない機会ということになる。
(どうやら、調度品にうるさい男だと誤解されてしまったな)
日頃からアーチャーの薀蓄にさらされている愚弟が聞いていれば、誤解じゃない、ちっとも誤解じゃないぞ!と気勢を上げたろうが。
「とりあえず牛革かな。これは」
「左様です、アインツベルン様。しかしながら目撃例すら僅かな幼獣の――」
己が口を開けば開くほど目を死なせていく者たちもこのように辟易していたのだろうか。
少しばかり己の薀蓄癖を反省しながらアーチャーは革張りのソファに腰を下ろし――これも危うく引っ繰り返りそうになるくらいやわらかかった――粗雑な仕種で足を組んだ。
「――でございます、アインツベルン様」
「………」
まあ、微笑で聞き流すくらいの甲斐性はあるつもりだが、いい加減、それは語尾か!と突っ込みたくなっても仕方ないだろう。安売りされていい名前ではない。
アーチャーはにこにこと笑って訊ねた。
「肉は美味いのだろうか」
「はい、アインツ……はっ、肉?」
澱みなく答えようとした客室係の口が、ぱかんと開いて固まった。
「そう。獣を狩ったら皮は剥いで、肉は食すものだろう。何kgの個体から精肉は何kg取れるのか。どの部位をどのように調理するのが適しているか。希少な生物の味とは―――いや、誰しもが懐く些細な興味だよ。少々子供じみたことを言ってしまったかな」
アーチャーは「失礼」と断り、マネキンのように静止している男の手からワイン色の革表紙を抜き取った。
ホテルのルームサービスメニューに似ているが、この部屋にそんなものは存在しない。VIPの要望は出来うる限り、物理的に不可能でもない限り、すべて叶えられるべきだからだ。一等の客には、それだけの価値がある。財力は言うに及ばず、財界の人脈、政治的発言権、世間への影響力。恩恵は計り知れない。
開いた革表紙の中身は船内施設の案内図だ。個室の仕様など見ればわかる。アーチャーが説明して欲しいのは、こちらのほうだった。
(厭味のつもりは、半分ほどしかなかったのだがね)
尊いファミリーネームで呼ばれても実質庶民的なアーチャーには、革張りのソファにふんぞり返って「これの肉が食べてみたい」と言い出すワガママ成金のほうが“らしい”気がしたというだけの話だ。
客のためを謳うのであれば、その口数は希少性うんぬんよりも、快適性について費やされるべきだとは思ったが。
「そういえば、私の荷物は先に運び込まれていると聞いたのだが」
「! は、こちらに…っ」
客室係は放り投げられた逃げ道に飛び付いて、いくつかあるうちの奥のドアを押し開いた。そちらが寝室らしい。
「ああ、荷解きはしなくて構わない。慌ただしかったからね、少し休みたいんだ」
クローゼットごと持ち運ぶお嬢様でもあるまいし、小さなトランクがふたつばかり、整理に他人の手を借りるまでもない。はっきり言えば、他人の手を好まない。
すぐお休みになれますとの返事を受け、立ち上がったアーチャーは改めて部屋を見渡した。
「……これで個室とは、まったくふざけているな。三等なら何十人分だ?」
今アーチャーのいるリビングから見えているだけで、壁にスクリーンの掛かった寛ぎ空間と、バーカウンターがある。寝室別、バストイレ別。寝室には従者用の続き部屋もくっ付いているとのこと。
豪華客船ホーリーグレイル号。
まるで聖杯に願ったような夢の船という触れ込みの、歓楽街ひとつを飲み込んだ巨体に、最速の船足と他に類を見ない連続航行可能距離を誇り、充実した設備に比例したお高い乗船料で有名な飛行艇である。人間が貨物のように押し込まれる最下層の三等旅券ですら、庶民にはなかなか手が出せない。
二等は裕福な商人や女性が身の安全のために金を払い。一等旅券ともなれば、目玉の飛び出るような金額に加え、それなりの身分も必要だ。
(商売は取れるところからいただくのが鉄則。とはいえ)
もったいないことだ。金よりも、限られた飛行艇の面積が有効に使われないことが。己に近しい少女が聞けば、あんたってホント貧乏性よねと笑っただろう。
ついつい溜め息を零していると、何やら騒ぎが聞こえて来た。
「ん、なんだ?」
「何事でしょう」
廊下を駆ける複数の足音。警備兵のものらしき怒号。さすがに銃声はないが、時折キンキンと打撃音が混じるのは、まさか警棒でチャンバラでもしているのか。
「おいおい。一等だぞ、ここは」
ついうっかり、愉快がるような声音が混じる。
「只今、確認して参ります。アインツベルン様は念のため奥へ」
一等とはセキュリティも一等なのである。出るのはともかく入るには厳重なチェックがあり、本来、たちの良くない人間の起こすトラブルとは無縁のはずだ。
それを自負する客室係が鼻息を荒くするのも当然だった。決して外には出ないようにとアーチャーに言い含め、客室係は薄く開けたドアをすり抜けた。
「ふむ。どうしたものか」
あの青年は少々甘いようだ。
目前まで荒事が迫っても、何故か自分だけは絶対に大丈夫と信じて疑わないのが、貴族という生き物であろうに。
アーチャーは入って来たときとは逆順にふかふかと絨毯の上を歩き、ドアに手を添えた。すぐそこの廊下で、ずいぶんと威勢の良い吠え声がしている。
「―――何の騒ぎだね?」
躊躇わず、ドアを開けた。
「あんたら、しつっこいな!」
ランサーは駆けていた。二度は捕まるまいと駆けていた。
両の手首に錠が掛かっていようと素人に毛の生えた程度の私設警備隊なんぞに後れを取る己ではないが、なるべく穏便に、相手に怪我をさせぬよう逃げに徹するのはひたすら面倒だった。五秒ごとに、背負った得物で薙ぎ払いたい衝動に駆られる。
俊敏さを活かして大男の突進をかわし、屈強な腕をすり抜け、時には壁を使った三角蹴りで追手の背を飛び越えた。
「この…っ、猫か!」
「んだと! せめて犬って言え!!」
いや、犬か!と言われたらそりゃ当然キレるが。
オレはきっと気が長い。自損事故と同士打ち以外の負傷者を出さずに、追手を次々増やし続けているのだから。
(あーもう! とっととやっちまえばよかった!)
貨物庫に忍び込んでいたランサーに改札を行った最初の一人をぶち倒し、縛り上げておけば発覚も遅れたろうに。たかが客船の警備兵がこれほど職務熱心だなんて、思いも寄らない。
打開策はないかと焦っていたとき、目の前のドアが開いた。
「何の騒ぎだね?」
ひょこりと顔を出したのは、褐色の肌の男だった。
撫で付けた白い髪はやわらかそうで、首元を飾る襟は硬質そう。手入れの行き届いた清潔な身なり。丸く見開かれた瞳は飼い猫のそれを思わせる。
ランサーの剣呑な灼眼とかち合ったならすぐさま逆戻りすればいいものを、臆したのか、彼はドアから手を離してしまった。
「アインツベルン様……!」
おまえは阿呆かあ!と言いたげな悲鳴を上げたのは廊下の壁に張り付いている優男だったが、追われる側からすれば、間抜け具合はどっちもどっちだ。
締め切ってさえおけば破れそうもなかった重厚な扉を中から開けてしまうお偉いさんも、そいつがご大層な名前に様付けで呼ばれる身分にあると賊に教えてしまう兵隊も。おまえらみぃんな、馬鹿だろう。
「よぅし、動くな」
ランサーは男の服を掴み寄せ、褐色の逞しい首に手錠の鎖を回した。
男が小さく呻いただけで、あれほどしつこかった警備兵どもはおもしろいように固まっていた。踏み出そうとした片足を戻せない者さえいる。刃物を使わずしてこの様とは、これはよっぽど優秀な人質らしい。
「ありがとうよ、おぼっちゃん。おかげで逃げ切れそうだ」
自然近付いた耳へ、口付けるように囁く。
坊主というほど年若でも小柄でもなく、まして女でもないが――逆に、目の前に現れた乗客がそのようにか弱い外見であれば、人質に取るなどランサーは考えもしなかっただろう。
「じっとしてりゃ痛いことはしねえからよ」
対等どころか、ひょっとすると己よりも優れた体格を持つ男を、ランサーは鼻で嘲笑う。抵抗ひとつしないとは、なんて情けないヤツだ。
そういえば金持ちや身分持ちは、人質マナー講座なんて酔狂なお勉強をしているものだったか。曰く、動くな、逆らうな、耐えて救出を待て。そりゃ楽でいい。
「……に」
「あ?」
鎖で締め上げている青年の喉が動いたようだったが、ランサーが聞き返す前に銃弾が飛んだ。タン、タンと続け様に二発。
「なっ、誰がやった!?」
「銃は駄目だ、撃つのはやめろ!」
「そうだなー。そのウデじゃこいつが怪我するだけだなー」
発砲に気付いて騒然となる中、ランサーはあっけらかんと痺れた腕を振る。幸いにして逸れたのだろうと誰もが思った銃弾は、壁や床でなく、ランサーの手錠の鎖に絡まりそこにあった。
「よ、要求は何だ」
上擦った声は先程アインツベルン様とやらを呼んだのと同じ声だ。今にも腰の抜けそうに壁に縋り、顔は蒼白になっている。無理もない。
「金銭ならば、出来うる限り用意しよう。食糧と脱出具もだ。ただし、今すぐにその方を解放すればの話だ」
彼らには賊が人質を盾にしたようにしか見えなかった。“運良く”銃弾が二発とも鎖の穴に嵌まって止まらなければ、彼の担当する一等客の胸に風穴が開いていたところだったのだ。
「物分かりがいい。だが、命令すんのはあんたか? オレか?」
鎖の締め付けを強くすると、わぁ待てっと方々から声が上がる。
こいつ殺し掛けたのはオレじゃねえんだけどな。過剰反応に半ば呆れつつ、有利なほうへ転がったので善しとする。
ランサーはじっくりと彼らを見回して言った。
「アルスターまでオレを乗せていけ。要求はそれだけだ」
どうせ方向は変わらないのだ。こんな大きな船、成人男性一人分の重量が増えたところで揺らぐわけもあるまい。
「金も食い物もいらねェし、こいつに危害も加えねェよ。ただ、こんな辺鄙なところで降ろされちゃあ困る。そもそもこのデカブツは海の上を飛んでんだろうがよ?」
客室係がぐっと言葉に詰まる。事を大きくしたくない彼らが簡単に金銭を握らせようとするのは、そうした甘言に乗った賊がいずれ処刑も同じ運命を辿るからだ。金をもらい逃げたところで、山脈や海原に放置されてはどうしようもない。
予定された船旅は二週間程度。それくらいなら、飲まず食わずでも篭城できなくはない。見捨てることの出来ない人質がいれば、要求せずとも安全な飲食物は差し入れられるだろう。
人質の身分に応じてどんどんと罪状が積み重なりそうではあるが、背に腹は変えられぬ。
「そ、それならばまず人質の交換を」
「あン? ガタガタ抜かすと、おキレーな顔に傷が付くぞ」
お約束の悪役台詞にまたも周囲が騒然となるが、別に彼らを納得させる必要はないのだ、ランサーは。
まあ、ゆっくり考えな。けれども男を引き摺って彼の出て来た部屋へ閉じ篭もろうとすると、緊張感を壊滅させる突飛な出来事が起こった。
「綺麗なのは君のほうだろう」
口も利けぬほど怯えているはずの人質が、唐突に己を縛める賊の頭をなでこなでこと撫で回したのだ。
「毛並みもいい。うつくしい青色だ」
「な……」
どころか、ランサーの一房に束ねられた後ろ髪を手に取り、恭しく口付けた。まるで社交界の貴婦人へ跪くかのように。
一連の動作があまりに自然すぎて、ランサーは反応できなかった。それこそが作為、殺意のない証明とも言えるが、まさか幼子にだとて安易に頭を触らせなどさせない。
愕然とする。隙を衝かれたのではなく、作られた。
「彼は何をして追われていた?」
青年の凛とした声に、ランサーと同じく呆気に取られていた面々のうちの一人が我に返り、「密航者です」と答えた。
「手錠付きですし、おそらく逃亡犯かと。もし指名手配のリストに載っていたら通報義務が……」
「っ、違うっつってるだろ! 抗争相手に拉致られたとこを逃げ出して来たんだよ! オレはどっちかっつーと被害者だっての!」
「だそうだが。物を盗んだり、誰かを傷付けるようなことは?」
「被害というならあなたが……ああっ、そうでした! お怪我はありませんか、アインツベルン様!」
「たいへん申し訳ありません。このようなならず者に入り込まれたばかりか、厳重に警護されて然るべき一等客室への接近を許し」
まだまだ続きそうな弁明を、彼は軽く手を上げることで制した。
「どうなんだ?」
「は。特に被害報告は上がっておりません、が」
彼らは何の確認だろうかと怪訝そうに、この場で最も権限を持つであろう男を窺う。
いや、一等客とはいえ客は客。口出しは出来ようが、決定権などないだろう。
相変わらずその身柄は賊の手中にあり、事態は何も好転していないというのに。何故、誰も彼もすでに助かったような顔をしている。
「そうか。それはよかった。他に被害者がいたのでは、私の一存で放免するわけにもいかないからな」
その言い様が、まるで債権者に聞こえたのは気のせいか。
「では、これは私が買い取ろう」
「「「「は?」」」」
敵味方とでこれほど見事な唱和もなかった。
そういえばランサーも、先程から棒立ちで成り行きを見守ってしまっている。
「彼は密航者なのだろう? 正当な運賃を支払えば、めでたく乗客に格上げだ。ああ、無論罰金も含めよう。一人部屋はやはり淋しくてね。ちょうどお喋りの相手が欲しいところだったんだ」
これはあれだ。腹芸の苦手なランサーですらわかる。“金で片が付けば御の字だろう。要求を通さなければ、どこで何を話すかわからないぞ”。
天秤に乗ったのは失態の吹聴による信用の失墜、評判の下落、加えてこの男――一等客の貴族に対する多額の賠償金か。それに比べればたかが密航の犬一匹、天まで吹っ飛ぶ軽さだろう。しかも後の面倒はすべて男に責任を擦り付けることが出来るのだ。
一見冷たいようなグレイの瞳が、周囲を威圧するようににこりと笑う。
「彼ははじめから私の部屋にいた、私の従者だ。―――いいね?」
その部屋に居座らせてもらうという結果は同じながら。
ただの口八丁で、彼は。捕らえた者と囚われた者。その立場をものの見事に引っ繰り返してしまったのだった。