【池田 純一】シリコンバレーの人々が「中国」を敵視するワケ…「思想的支柱」アレックス・カープの頭の中

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飛ぶ鳥を落とす勢いの米テック企業であるパランティア・テクノロジーズ。そのCEOであるアレックス・カープは法学博士を取得後、ドイツに渡りフランクフルト大学で社会学博士号を修めたという異色の経歴を持つ。現在アメリカを二分するICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)を技術的に支援しているのがパランティアだが、なぜ米国の諜報の中枢に近づいたのか?

【前編を読む】「トランプ2.0」でオラクルとともに急浮上…パランティア「異色の経営者」の実像

「文化的右派」で「経済的左派」に書き換えよ

ところで、こうしたゲームのルールが変わるタイミングを捉えて、いち早く今後のルールのあり方を提案してみせたのが、アレックス・カープが部下とともに書いた『テクノロジカル・リパブリック』という本だ。「テクノロジカル・リパブリック」とは「科学技術を適用した社会基盤の上に築かれた共和国」というくらいのニュアンスであり、テクノロジーは個人の目的のためではなく国家のために機能すべきだと主張する。見方によっては、PCが登場する以前の国防総省(なかでもDARPA)やNASAなどの政府機関からの委託によって半導体事業や航空宇宙産業に関わる研究開発が進められていた頃の、最初期のシリコンバレーへの回帰を訴えているだけのようにも見える。

実際、カープは、ジョージ・オーウェルの『1984年』を意識しながら製作され、その1984年にアップルが放送した、あの伝説のマッキントッシュCMをシリコンバレーの「原罪」として糾弾する。あのCMを境に、消費生活に繋がるばかりの個人主義が称揚され、商業主義・消費主義が席巻する社会に移行し、その一方で、国家に奉仕する科学技術のイメージが一掃されてしまったからだという。

つまり、アップルのマッキントッシュは、それまであったシリコンバレーの軍事的起源、ナショナリズム起源の歴史を断ち切り、もっぱらその役割を東海岸のIBMに押し付けることで、シリコンバレーのイメージを60年代のカウンターカルチャーの解放文化に上書きすることに成功した。

そのイメージはインターネットの登場後も生き延び、ケンブリッジ・アナリティカ事件が発覚する2016年ころまで継続された。多様性重視とリバタリアンを組み合わせた思考様式、かつてカリフォルニア・イデオロギーと言われたこともある文化的左派と経済的右派が野合した思考様式だ。それをカープは、国防重視(=文化的右派)で再分配容認(=経済的左派)のものに書き換えよ、と主張する。

もっとも近年はかつてのような社会主義者的トーンが後退し、テック企業の経営者らしく再分配よりもパイを大きくする経済成長を優先する「アバンダンス(富増大)」重視へと語り口を変えつつある。現代のポピュリズムに特徴的な権威主義的なナショナリズムにつらなる価値観への傾倒だ。

シリコンバレーの「思想的支柱」

このように、「進歩的だが目覚めていない」と自称するカープは、ビッグ・データに基づく予防的軍略や予防的警察を、中道左派の賢明な愛国的行動として推しだすリベラル・プラグマティストだ。

そもそも、『テクノロジカル・リパブリック』執筆のきっかけは、2018年にグーグルが、社員の抗議におされて、ペンタゴンのAI兵器製造イニシアチブであるプロジェクト・メイヴンから撤退を決めたことだった。軍事行動に関わる防衛契約の締結は、グーグルが創業時に掲げた“Don’t Be Evil(邪悪になることなかれ)”というモットーを裏切る、企業文化としても悩ましいものだった。

2010年代後半のシリコンバレーは、テック業界全体が、国を支える巨大産業として、かつてのチャレンジャー精神に見られた「やんちゃさ」や「無垢さ」といったナイーブな若者文化の体質を根底から見直すことが求められた。当時はまだ「軍事化されたAI」について公に語ることはタブー視されていて、AIは夢の未来としてまだ幻想の中にあった。

それが、2016年大統領選におけるフェイクニュース流布や、ケンブリッジ・アナリティカ事件を契機に見直され、アメリカ政府とシリコンバレーの関係や距離感も再考されることになった。事実として社会的問題を引き起こしたことで、それまでテクノロジーについては自由放任主義を採っていたアメリカ政府も、EUで先んじて検討されていたテック業界への各種規制――プライバシー保護、独占禁止、有害情報の監督など――を検討しないわけにはいかなくなった。

あとから見れば、こうした規制強化の動きは、シリコンバレーの中で、それまで通り好き放題できることを望む、自由な企業活動や投資活動を志向する集団を生み出し、彼らを理論武装させることで、今でいう「テックライト」を生み出すことに繋がった。自覚的にテック規制に反対し、そのためにロビー活動を行い、規制反対の政治家に選挙支援する動きを明確にした。

言い換えれば2010年代後半に、シリコンバレーは政治化した。パランティアが始まったのが、911同時多発テロ事件から2年後の2003年だから、実に20年かかってティール&カープの政治哲学がシリコンバレーを支える思想的柱の一つになった。

カープのみならずシリコンバレーに変化をもたらしたものとしては、やはり中国の台頭が大きい。なかでもAI開発だ。これにより、戦闘のありかたから戦略の練り方まで、これまでの常識を塗り替え刷新するテクノロジーが現実になる。戦争の常識が変われば、外交上の狙い目も変わり、果ては国際関係の勢力均衡としての「世界秩序」にも影響を及ぼす。ともに「西洋文明の凋落」を憂えるカープやティールにとって、このドミノ倒しのように連鎖する滅びの未来はすておけない。

中国は技官、アメリカは文官

もう少し仔細にみれば、2017年5月にAlphaGoが碁の名人に勝利したことが、AI開発における中国のスプートニクショックとなったことから始めるべきだろう。以後、AI開発が中国の国家開発目標となった。その成果はすでに2025年1月に公表された中国製AIであるDeepSeekで示されている。

この中国のAIシフトは、これまでアメリカが保ってきた科学技術の優位性を脅かすものであり、カープからすれば、「オッペンハイマーモメント」の必要性を痛感した出来事だった。かつて第2次世界大戦中に、原爆開発でドイツに先を越されまいとオッペンハイマーが陣頭指揮をした「マンハッタン計画」のように、AI開発にアメリカも政府・民間企業の総力を挙げて取り組む必要性をカープは訴えている。

こうした現状認識が積み重なった結果、カープは政治的に右に旋回した。2024年大統領選ではカマラ・ハリスを支援し、政治的には民主党支持のリベラルサイドに与していたが、今ではトランプ政権の意向を支持している。それだけ「西洋文明の凋落」の危機をひしひしと感じているのだろう。

そうした危機感を理解するうえで補助線になるのが、ダン・ウォンの『ブレイクネック』という米中2国を比較して論じた著作だ。この本では、中国はエンジニア国家、アメリカは法律家社会として対比的に扱われている。社会の統治階級に期待される知識が中国は工学、アメリカは法学であるという。日本的に言えば、官僚として技官と文官のどちらが偉いかということで、中国は技官、アメリカは文官、ということだ。だとすれば、中国は、カープがいうところの「テクノロジカル・リパブリック」により近いことになる。

シリコンバレーの人びとが、中国をライバル視、時に敵視するのは、中国がエンジニアの思考様式に従い統治されている国に見えるためだ。エンジニアが活動しやすい体制が中国では採用されているという認識だ。したがって、「テクノロジカル・リパブリック」の背後には、製造・建設力に長けた中国への対抗意識が明確にある。マーク・アンドリーセンを筆頭にシリコンバレーがここのところやたらと「build(構築)」を強調するのも中国を意識したものと思ってよい。それはまた、もっぱら「disruptor(破壊者)」を実践してきたシリコンバレーの自己意識の転換でもある。

『三体』の「黒暗森林」理論そのもの

カープから見れば、シリコンバレーは黎明期の、航空宇宙産業やアメリカ軍から委託される「ナショナル・プロジェクト」の記憶を呼び覚ますべき時にある。当時のバレーは「反体制」でもなければ「秩序を壊す」側でもなかった。ペンタゴンやNASAなど体制からの依頼で、秩序を守り希望を示すために尽力していた。

世界大戦の記憶や、冷戦の圧力が生々しかったことも大きい。そのような危機意識を今、再びエンジニアは抱くべきである。いってしまえば、カープの世界観は劉慈欣によるヒューゴ賞受賞作のSF大作『三体』に登場する「黒暗森林」理論そのものだ。地政学におけるリアリズム的思考を技術開発に適用した軍拡競争を警戒する世界観である。

911同時多発テロ事件を契機に、もっぱらイスラム世界からのテロ対策に貢献するところから始まったパランティアは、現在、AI開発軍拡競争の中で潜在的脅威対象として中国を意識している。国外においてパランティアは、すでにウクライナ戦争やガザ戦争にも関わっている。サイバー戦が地上戦などの通常戦闘に組み込まれるようになったことの現れだ。

現代の困難な状況をどのようにしてCEOのカープは対処していくのか。そのためには今後生じる具体的事件とパランティアの対応をつき合わせながら、具体的にアレックス・カープという人文系知識人経営者の思考方法を確認していく必要があるだろう。機会を見て、彼の思考様式の足跡についても触れてみたい。ティール同様、エンジニア主体のシリコンバレーにおいて稀有な、人文的憂鬱さを抱えた経営者であるからだ。

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