こたつとオレンジと独占欲
ああ今怪訝な顔をしたな、と、ほとんど動かないその表情筋をエミヤは読み取る。案外単純なつくりなので苦もなく投影できたそれから、トゲトゲした尻尾がはみ出しているのはいかにも妙な光景だ。けれどいつもしんと冷えたその手足が少しでも温まっているといいとエミヤは思った。
一番腐れ縁といっていいのはかの槍兵で、少し落ち着いている感はあれどさほど違いがないように思える魔術師もエミヤの中でほとんど立ち位置は変わらない。そしてエミヤが唯一自ら手招くのは、ただこの狂王と称されるバーサーカーの彼みだった。どう違うかはエミヤにも説明しがたい。ただきっと、全員が同じではないとエミヤは認識している、そういうことなのだろう。
燃費が悪く慢性的に不足しがちな魔力のせいか、決して颯爽といえない身のこなしで廊下を闊歩していたクー・フーリンオルタを、なぜか真冬なのに水着を着た彼の女王が探していたのはエミヤの都合のいい嘘ではない。けれど最近カルデアにできた温水プールに誘いたいらしいとその理由まで耳打ちし、渋面に逃げ場を提供するとさりげなく助け船を出した、それはまさしく親切というより打算であっただろう。
結果まんまとクー・フーリンオルタはエミヤの部屋のこたつに入っている。
部屋の真ん中に陣取るその中以外に居場所はないと示唆し、しぶしぶ腰かけさせた。しかしサーヴァントというより恒温動物の本能は温もりを求める、エミヤはそれを知っている。冷えすぎると動きが鈍るのはリソースの如何にかかわらずエネルギーを使い稼働するモノのさがだろう。
端的にいえば、エミヤの部屋でこたつに潜り背を丸めるその姿は、いつになく可愛げがあるものだった。
愉快な気持ちを秘めたまま、禍々しく伸びた、物理的に刺々しい尻尾をエミヤはまたぎ越す。元々はマスターが来てくつろいでいくために無理に作った畳敷きの居間である。微妙な位置に水屋を設置せざるを得なかったため、そこへの最短距離がクー・フーリンオルタの尻尾の向こうだというだけの話だ。尻尾の先がわずかに不快そうにしたんと揺れ動いた。エミヤは口の奥で謝罪未満の言葉を転がす。
そうして取り出され天板の上に軽い音とともに置かれた、さも供しようかという体の籠の中の明るい色の果実に、クー・フーリンオルタはわずかに怪訝な顔を見せたのだ。
「言いたいことはわかっている、が、残念ながらみかんは全部食べられてしまってな」
こたつの上にはみかんがある。さも当たり前でありふれた冬の光景。けれど彼が『それ』を知っているのが、果たして記録を通してなのかそれとも聖杯からの知識なのか――エミヤの胸を巣食うその益体もない疑問は、かの地かの時から遠く隔たった今この時に深く関わらないと知ってはいても、あたかも嚥下し損ねた喉の奥の小骨に似通っていた。
「私の知る『オルタ』は限られているが、少なくとも食事を望まないのは私のオルタと君くらいだな」
途端、クー・フーリンオルタの喉の奥がわずかに低くぐる、と鳴った気がした。とりたてて不快を示すのも珍しい気がする。果たして何が気に障ったのか、と小首をかしげたエミヤの手の中には、どこから持ってきたのでもないキッチンナイフがある。
エミヤが手早く切り分けたオレンジが、美しく皿の上で八つに花開く。図ったように等分で、それは何事にも興味が薄いクー・フーリンオルタをしても、よほどに神経質なのでなければよほどに手馴れているのだろうと思わせた。
「とはいえこたつに入っているといやでも喉が渇く。そんな時にはこれくらいの水分がちょうどいいというわけだ」
さあどうぞとばかりに差し出された皿をクー・フーリンオルタは凍らせんばかりの冷たい目で一瞥する。オレンジではなくみかんだったならば冷凍みかんができたのに、とエミヤは思う。マスターがさぞ喜んだだろう。
「やれやれ、世話してもらわなければ口にもできないとは、幼児以下だな」
恩着せがましく唇に押し付けてくるのを、大きな口を開けてクー・フーリンオルタはその指ごと噛みついた。牙に挟まれた皮膚はやすく流血する。
「わかってやっているだろう。たわけ」
「わかっているに決まっているだろう。何度目だと思っている」
オレンジの皮を皿の隅に捨て、エミヤは穴の開いた己の指をなめる。その所作にクー・フーリンオルタは胡乱げな目を向ける。
「こんな身になり果てても、私にも俗な欲望は残ったままだったということだ」
今度は噛まれるのはごめんだとばかり、ほんの指先でつまんだオレンジをエミヤはクー・フーリンオルタの前に掲げる。クー・フーリンオルタは厭というほど見飽きた表情、皮肉気に唇の端を釣り上げて。
「料理をしない君にはわからないだろう」
相手の血肉が自らが与えた糧でできている、というのはなかなかに作り手の欲を満たすものなのだ――言葉の代わりに笑む形にわずか細めたエミヤの目の奥を、クー・フーリンオルタは真意を問うようにただ眇めたままの目で見つめ返した。