知内高の最速147キロ左腕・坂本拓己(3年)は、今夏の南北海道大会で創部初の決勝進出に貢献。惜しくも準優勝に終わったが、180センチ、85キロの恵まれた体格から快速球を繰り出し、スカウト陣からも注目を浴びた。同高からは初、奥尻町からはオリックスなどで活躍した佐藤義則さん(68)以来の指名を信じ、運命の日を迎える。
今夏の南北海道大会決勝。甲子園行きの切符をかけた頂上決戦のマウンドに、心身ともにたくましくなった坂本がいた。惜しくも聖地には届かなかった。それでも、スタンドから見守った父・治広さん(54)は、エースナンバーを背負って堂々とマウンドに立つ息子に昔の姿を重ね合わせていた。
「(3人の)きょうだいの中で一番臆病。人前に出るのが苦手だった」と幼い頃の性格を振り返る治広さん。学校行事などで目立つことはなく、学芸会などでも後方ポジションが定位置だった。しかし、親元を離れて約3年。「とにかく緊張しい」だった少年の面影はどこにもなく「まさかここまでなるとは」と驚きを隠さなかった。
ペンも箸も右手で扱うが、野球の打つ、投げるだけは左。左利きだった兄・晃汰さん(27)とキャッチボールをするうちに自然と右手にグラブをはめるようになった。奥尻島で過ごした中学時代まで、部活動終わりや休日も家の中にいることはほとんどなく、屋外で過ごすのが好きな「野生児」。自然豊かな島で、趣味のサイクリングなどを楽しみながら大型左腕の丈夫な体が形成されていった。
今春の段階では進路に迷いがあったが、夏の快進撃で自信が芽生えた。高校野球引退後に家族で進路相談をした際、本人から「プロ志望届を出したい」と伝えられ、迷うことなく首を縦に振った両親。治広さんは「本人の人生だからやりたいことをやれば良い。楽しみです」。家族の後押しを受け、ドラフト会議の日を迎える坂本。生まれ育った島、高校3年間を過ごした知内町に吉報が届くことを信じている。
(島山 知房)
◆坂本 拓己(さかもと・たくみ)2004年7月6日、奥尻町生まれ。18歳。青苗小1年時に青苗スカイバードで野球を始める。奥尻中では軟式野球部でプレーした。知内高では1年秋に背番号14で初めてベンチ入り。今夏は地区予選から全7試合に先発し、南北海道大会で初の決勝進出に貢献した。180センチ、85キロ。左投左打。球種はストレート、カーブ、スライダー、チェンジアップ。家族は両親と兄、姉。









