坂本拓己
| 東京ヤクルトスワローズ #56 | |
|---|---|
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2025年4月 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 出身地 | 北海道奥尻郡奥尻町 |
| 生年月日 | 2004年7月6日(21歳) |
| 身長 体重 |
180 cm 85 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2022年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 2025年10月1日 |
| 年俸 | 580万円(2026年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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坂本 拓己(さかもと たくみ、2004年7月6日 - )は、北海道奥尻郡奥尻町出身のプロ野球選手(投手)[2]。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。
経歴
[編集]プロ入り前
[編集]奥尻町立青苗小学校1年生のときに青苗スカイバードに入り野球を始める[2]。奥尻町立奥尻中学校では軟式野球部に入り[2]、3年時は上ノ国中学との連合チームでプレーした[3]。
高校からは野球と向き合うために島を離れ、北海道知内高等学校に進学し、1年秋からベンチ入りする[2]。入学当時は最速117km/hで制球の乱れも目立ったが、2年の夏には141km/hを記録するようになる[4]。3年夏の全国高等学校野球選手権南北海道大会では準決勝の東海大札幌戦で門別啓人との投げ合いを制したものの、決勝で札幌大谷に敗れ甲子園出場は逃す。しかし同校野球部を初の決勝進出、準優勝に導いた[5]。
2022年10月20日に行われたドラフト会議にて、東京ヤクルトスワローズから4位指名を受ける[6]。指名された際には、生まれ育った奥尻島と高校時代応援してくれた知内町の二つの町の人々に感謝の思いを述べた[6]。 知内高校からプロ野球選手が誕生するのは初で、奥尻島出身のプロ野球選手は佐藤義則以来46年ぶり2人目となる[2]。佐藤義則からは、「もう奥尻島からプロ野球選手は出ないと思っていたのでうれしい。頑張ってほしい」とエールを送られた[7]。11月30日、知内町の公民館で入団交渉を行い、契約金3000万円、年俸500万円で合意した。背番号は56に決まった[5]。担当スカウトは斉藤宜之[8]。
ヤクルト時代
[編集]2023年は二軍で実戦登板を重ねるも、自身のスタミナの低さに苦戦。最速147km/hを記録した次の回で最速が139km/hまで落ちる登板もあった。8月24日の横浜DeNAベイスターズ戦で初勝利を記録した。最終的に二軍では8試合の登板で、1勝0敗、防御率1.76という成績だった。オフには金久保優斗や吉村貢司郎の自主トレーニングに参加した[9]。
2024年は二軍で11試合に登板。数字こそ0勝2敗、防御率8.10と振るわなかったが、7月には自己最速を更新する150km/hを記録した。オフのフェニックスリーグで、高津臣吾監督から「うちの左投手の中では一番力がある」と高評価を受けた[10]。
2025年は二軍で17試合に登板。1勝4敗、防御率3.40を記録した[11]。イースタン・リーグ終了後に一軍初昇格が報じられた[12]。10月1日の横浜DeNAベイスターズ戦でプロ初登板を果たし、1回を無失点に抑えた[13]。オフは鈴木叶とともにジャパンウィンターリーグへ派遣された[14]。
人物・選手としての特徴
[編集]スリークォーターから最速150km/h[10]の直球とスライダーを武器とし[15]、カーブとチェンジアップを投げる[16]。
普段は右利きだが、子供の頃から左利きの兄とキャッチボールをしていたことから自然とグラブを右手にはめるようになり、左投げになった[16]。
詳細情報
[編集]年度別投手成績
[編集]| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025 | ヤクルト | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4 | 1.0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 1.00 |
| 通算:1年 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4 | 1.0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 1.00 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
[編集]| 年 度 |
球 団 |
投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 | ||
| 2025 | ヤクルト | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- |
| 通算 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | |
- 2025年度シーズン終了時
記録
[編集]- 初記録
- 初登板:2025年10月1日、対横浜DeNAベイスターズ25回戦(横浜スタジアム)、7回裏に3番手で救援登板、1回無失点[13]
- 初奪三振:同上、7回裏に林琢真から空振り三振[13]
背番号
[編集]- 56(2023年[5] - )
脚注
[編集]- ^ 「ヤクルト - 契約更改」『日刊スポーツ』。2025年11月6日閲覧。
- ^ a b c d e 「知内の最速147キロ左腕坂本拓己ドラフト吉報待つ「ワクワク半分、ドキドキ半分です」」『日刊スポーツ』2022年10月19日。2022年12月16日閲覧。
- ^ 「奥尻島2人目のプロ野球選手へ 知内高・坂本プロ志望届提出」『DOSHIN SPORTS』2022年8月30日。2022年12月16日閲覧。
- ^ 「【ドラフト会議】ヤクルトが知内・坂本拓己を4位指名 奥尻島出身 佐藤義則氏以来46年ぶりプロ誕生へ」『スポニチアネックス』2022年10月20日。2022年12月16日閲覧。
- ^ a b c 「ヤクルトD4位・坂本拓己が仮契約 北海道・奥尻島から46年ぶりのプロ野球選手 背番号「56」は野球アニメ「MAJOR」茂野五郎をイメージ」『サンスポ』2022年11月30日。2022年12月16日閲覧。
- ^ a b 「奥尻島出身は46年ぶり! 知内高校・坂本拓己投手 ヤクルト4位指名」『NHK』2022年10月21日。2022年12月16日閲覧。
- ^ 「奥尻島から46年ぶりプロ野球選手誕生 大先輩・佐藤義則氏「私の165勝を追い越してほしい」」『デイリースポーツ』2022年12月13日。2022年12月16日閲覧。
- ^ 「【ヤクルト】ドラフト4位知内・坂本拓己「奥尻の子どもたちに夢や希望を」故郷へ恩返し誓う」『日刊スポーツ』2022年10月26日。2022年12月16日閲覧。
- ^ 島村誠也「奥川恭伸とのキャッチボールで急成長 指揮官も認めた逸材、ヤクルト2年目の坂本拓己から目が離せない」『web Sportiva』2024年1月22日。2025年8月6日閲覧。
- ^ a b 「ヤクルト・坂本拓己 指揮官も評価した2年目左腕「キャンプインから一軍で投げ続けられるように」/秋の収穫」『週刊ベースボールONLINE』2024年12月2日。2025年8月6日閲覧。
- ^ 「2025年度 東京ヤクルトスワローズ 個人投手成績(イースタン・リーグ)」『日本野球機構』。2025年9月30日閲覧。
- ^ 「ヤクルト、鈴木叶や田中陽翔らが30日から1軍へ 登録抹消の主力に代わって〝ヤングスワローズ〟が昇格」『サンスポ』2025年9月30日。2025年9月30日閲覧。
- ^ a b c 「ヤクルト・坂本拓己、1軍デビュー戦で1回0封&最速149キロ「思い切って投げることだけ意識」」『サンスポ』2025年10月1日。2025年10月2日閲覧。
- ^ 「「東京ヤクルトスワローズ」参加選手発表のお知らせ」(プレスリリース)、JAPAN WINTER LEAGUE、2025年11月5日。2026年1月20日閲覧。
- ^ 「坂本 拓己(知内)」『高校野球ドットコム』。2022年12月16日閲覧。
- ^ a b 「【高校野球】知内高の最速147キロ左腕・坂本拓己、奥尻町からは元オリックスの佐藤義則さん以来の指名待つ…夢への軌跡 ドラフト候補の素顔」『スポーツ報知』2022年10月15日。2022年12月16日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 個人年度別成績 坂本拓己 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)
- 選手名鑑 - 東京ヤクルトスワローズ公式サイト
- 選手情報 - 週刊ベースボールONLINE