インタビュー

国民のしもべという矜持 前衆院法制局長が語る「小さな声」を聞く力

聞き手 編集委員・豊秀一 同・高橋純子

 この四半世紀の国会の憲法論議を下支えしてきた、橘幸信・衆院法制局長が昨年末、退任した。「国民の僕(しもべ)になる」と決めて、議員立法を補佐しながら学んだのは、「制度の谷間に落ちた小さな声を聞く力」だった。原点はどこにあるのか、その目に永田町の憲法論議はどう映ってきたのか、話を聞いた。

     ◇

 ――ご出身は福島県ですね。

 「福島市と宮城県の県境に位置する田舎町の、農家の長男です。田んぼのあぜ道に寝転がされて育ち、『たまりだんご(しょうゆに漬けたような子)』なんて言われるほど真っ黒でした。生活は苦しく、幼稚園にも通わせてもらえませんでした。小学生の時から新聞配達をやって、中学校へ通学するのに必要な自転車を買いました」

「学費は全部出す」と応援してくれた中学校担任

 「田舎の中学校ですから大したことはありませんが、学校の成績だけはずっと学年1番でした。ただ、農家を継ぐことが運命づけられていましたから、『高校は農蚕高校だろうな』と。ところが中学3年生の時、担任の社会科の女性の先生が家に来て『幸信君を普通高校に行かせてやってください。学費は全部私が出しますから』と親に言ってくれたんです」

 ――それで、福島高校から東京大学法学部へ。絵に描いたような立身出世伝ですね。

 「一発勝負の勉強だけは万人に平等な機会を与えてくれると思っていました。担任の先生は、ずっと私を息子のようにかわいがってくれて、大学進学で東京に出る時は、布団からパンツから全部買ってくれたんです」

 ――なぜ大蔵省や通産省などではなく、衆議院法制局に?

 「東京に出てきて、格差や不平等を肌身で感じました。『世の中がおかしいんじゃないか。世直しせんといかん』なんて『かぶれる』わけですよ。党派には関わりませんでしたが、いろいろな本を読むようになりました。おかげで、大学2年生から授業に出なくなり、2年留年しました」

 「『国家権力の手先』のようで公務員にはあまり魅力を感じませんでした。ただ、さすがにそろそろ就職をと考えていた時、たまたま大学の掲示板で見た、参院法制局の『若干名募集』にひかれた。何をするところか全く知りませんでしたが、国会職員なら国民代表の全ての会派のお手伝いができるんじゃないか、そういう言い訳ができそうだ、と。それで参院に申し込んだら、『衆院法制局も受けてね』と言われて。結局、参院は落ちて、衆院に行くことになりました」

議員立法とは何かを学んだカネミ油症事件

 ――「国家権力の手先」にはならないという決意のもと、どういう仕事をされましたか。

 「議員立法のNPO法、憲法改正国民投票法などの制定や、天皇陛下の退位特例法の際の『立法府の総意』とりまとめに関わったことは何物にも代えがたい貴重な経験でした。他方、個別の被害者救済立法にも思い出深いものがいくつもあります。特に、カネミ油症事件の被害者救済にまつわる議員立法は今でも忘れ難い法律です」

 ――1968年、カネミ倉庫が製造・販売した米ぬか油を食べた人たちが、皮膚炎や内臓疾患を訴えた食中毒事件ですね。

 「被害者が国を相手に裁判を起こし、一審や二審で原告側が勝訴。国の賠償責任も認められ、仮払金が支払われました。ところが最高裁では敗訴の可能性が強まったため、被害者側は和解の道を選び、訴えを取り下げた。その結果、仮払いを受けたひとりひとりに数百万円の返還義務が生じることになったのです」

 「被害者たちはもうお金を使っちゃっているんです。長崎県の五島列島に住んでいる人など、島から長崎市内の病院に通うための高速フェリー代や治療費、薬代なんかに消えている。高齢者が多く、もともと裕福な人たちではないから、返すお金はない。だけど家屋や田畑は持っているから、財務省は『お金に色はついていないから、無資力要件を満たさないと免除は難しい。国民の税金だから』と言う。本件に関わってこられた議員から『何とかしてくれ』と土下座されましたが、私は『困ります。知恵もわきませんし』と困惑するばかりでした。ですが、こんなにかわいそうな人たちを救わず、言い訳ばかりを考える自分は何だ?と自問しました。制度のはざまに落ちた人を救うことこそ議員立法の役割じゃないか、自分にできることはないか、と」

 ――どうしたんですか?

 「お金に色がないなら、色を付ければよいんじゃないか、と考えました。立法例を調べていくうちに、ある法律の奨学金返済に関する条文を見つけました。『奨学金はその人の頭の中に溶け込んでしまったから、無資力要件を満たさなくても一定の場合には債務免除できる』という趣旨の条文だったと思います。それを援用すれば、『仮払金は、全体としてみれば、病院代・治療代となって患者の体に吸い込まれたから、免除可能』という理屈が立つのではないかと考えたのです。さすがにこの理屈のままでは通りませんでしたが、しかし、それがきっかけになって財務省はじめ各省庁も妥協し、2007年6月、無資力要件を大幅に緩和して返済を免除する特例法が議員立法で成立しました。平成の徳政令です。傍聴席で泣いている被害者、一緒に泣いている国会議員を見て、ああ、これが議員立法だと」

 「衆院法制局は、内閣を補佐する内閣法制局のような意味での『法の番人』ではない。しかし、きっちり法案の審査をしつつ、どう法制度を設計するかを議員と一緒に考える、そういう永田町のシンクタンクでありたいというのが私の思いでした。その核心にあるのは『小さな声を聞く力』。制度の谷間に落ちた人の声を聞いて救済する、それこそが議員立法の重要な役割ではないかと思うのです」

 ――ただ、『政治主導』の旗の下で議員立法が活性化し、衆院法制局の職員が疲弊しているという話も聞きます。

 「一昨年末以来、職員が過労で何人も倒れました。国会議員が議員立法に励まれるのは結構なことです。作成を頼まれれば、与党でも野党でも私たちは絶対に断らない。ただ、『条文なんかすぐに作れるだろう』という感覚でこられると困る。私たちは自動販売機ではない。お金を入れたらすぐに条文が出てくるわけではありません。天下国家の法律を作るのですから、時宜を失してはいけませんが、慎重に検討する時間的余裕も必要です」

憲法にかかわる2人の恩師との出会い

 ――橘さんと言えば、衆院憲法調査会と憲法審査会を長く下支えしたことで有名です。

 「私の憲法学の恩師は樋口陽一先生です。東大・樋口ゼミの第1期生です。その樋口先生に、憲法調査会の総務課長になる時にあいさつに行きました。『もしかしたら先生の意に反するような憲法改正のお手伝いをすることになるかもしれません』と。樋口先生は『橘君、与えられた選択肢の中で〈より少なく悪くする〉のも立派な仕事だよ。職責に忠実に頑張りなさい』とおっしゃってくださいました。目が開かれる思いでした」

 「私にはもう一人、憲法に関わる恩師がいます。憲法調査会初代会長の故・中山太郎先生です。中山先生は自民党ですし、改憲を実現したい、とりわけ9条を変えたいという意欲にあふれていました。一方で、憲法の議論は多数派の思い通りにしていいものではないということもよく理解されていた。ポリティシャン(政治屋)ではなく、本物のステーツマン(政治家)であり、議会人でした」

 「調査会は2000年にスタートしますが、憲法制定過程の検証に関する調査をした後、次のテーマを何にするか議論していた時、改憲論議を進めたいとはやる一部の自民党幹事を抑えて、会長代理の故・鹿野道彦先生(民主党)とともに、回り道のようだが『21世紀の日本のあるべき姿』の議論を始めた。改憲機運が熟して柔らかくなるのを待つ『熟柿(じゅくし)』作戦です。中山先生は常々『憲法改正は理想の追求ではなく、妥協しあって実現するものだ』と、『偉大なる妥協』を強調されてもいました」

 ――しかし最近は、数の力で押し切っていいんだという主張が目立ちます。

 「憲法論議にどう向き合うかは、その時々の政局に大いに左右されざるを得ません。ただ、憲法は多様な価値観の人たちが住む『土俵』なので、数の力で押し切るのは良くない。でも、一部に誤解があるようですが、それは反対派がいたら採決してはいけないということではありません。少数会派に『拒否権』があるわけではないのです。議論を尽くし、できる限り幅広い合意形成に努めるべきで、その上で議論が熟したら最終的には多数で決する、ということです」

 ――与野党を問わず、改憲派からも護憲派からも信頼を得られたのはなぜでしょう?

 「信頼を得られたかどうか自信はありませんが、議員から言われた通りにただ法律を書いたり、論点整理をしたりするようなことはしない、議員に寄り添いながらも、法制的にも政策的にも国民に十分に説明できるか、一緒に考えようという姿勢を崩さなかったからでしょうか。そして、疑問点については、あえて議員の足元に立ち止まって考えてもらうための『つまずきの石』を置く。石を置かずに『先生のおっしゃる通りです』とだけやっていると、結果的にその議員のためにも国のためにもなりませんから。議院法制局はあくまでも国民代表たる国会の機関であり、『国民の僕』であるという意地というか、やせがまんかもしれませんが、自負を持って法律を書いてきたつもりです」

橘幸信さん

 たちばな・ゆきのぶ 1957年生まれ。2017年12月から25年12月まで衆議院法制局長。00年発足の衆院憲法調査会で事務局総務課長を務めるなど、国会の憲法論議に長く携わってきた。

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    中北浩爾
    (政治学者・中央大学法学部教授)
    2026年3月4日10時17分 投稿
    【視点】

    橘さんは衆議院法制局長として与野党の多くの議員から信頼を寄せられ、尊敬を集めてきた人物です。私もご指導を受ける機会が何度かあり、誠意あふれる丁寧な対応に感服してきました。「自分が自分が」の方ではなく裏方に徹せられ、ご自身のことについて聞く機会はなく、このインタビュー記事を通じて、歩んできた道や思いを知ることができました。コメンテーターとしては失格かもしれませんが、この記事に下手な解説は不要で、ぜひ内容を読んでいただきたいと思います。ありがとうございました。

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