空洞化する都市とデジタル・ノスタルジア ―― 崩壊から生まれる美学
はじめに
近年、「リミナル・スペース(Liminal Space)」という美学が、インターネットを中心に大きなムーブメントとなっている。誰もいない廊下、薄暗い無人のプール、果てしなく続く空っぽのオフィス——。本来人々で賑わうはずの場所に誰もいないという不気味な空白が、強いノスタルジアや不安とともに共有され、画像・動画・音楽を通じて急速に拡散した。
しかし、こうした「不在」を強調する空間表現は、決して近年の流行に端を発したものではない。その原型は、2010年頃のインターネット・アンダーグラウンドシーンにおいてすでに顕在化していた。荒廃したショッピングモール、誰もいないフードコートで永遠にループするスローダウンされたBGM、静まり返ったエレベーターに響く残響——これらは、リミナル・スペースの視覚的・聴覚的な先駆けであったといえる。
本稿では、この美学の背景にある「リテール・アポカリプス(小売りの終末)」という社会構造の瓦解と、それがインターネットのアンダーグラウンドシーンにおいて特定の世代の記憶といかに結びつき、独自の文化へと昇華されていったのかを考察する。
特定の作品を起源として断定するのではなく、あくまでリミナル・スペースに通じる表現と思える作品群や、その文脈を振り返る試みである。さらに、それらの歴史的経緯を踏まえた上で、今後起こりうる新たな現実の崩壊からいかなるインターネット美学*1や文化が生まれ得るのかについても、併せて展望していく。
1. 資本主義の聖域とその崩壊
アメリカのショッピングモールは、1980年代から1990年代にかけて消費文化の象徴として繁栄を極めた。魅力的な店舗が並ぶ広大な空間には軽快なエレベーターミュージックが流れ、家族連れや若者にとっての社交場となっていた。そこはまさに、資本主義が夢見た楽園そのものであった。
しかし、Amazonといったeコマースの台頭や、リーマンショック以降の購買力低下、さらには過剰建設された商業施設の淘汰により、モールの大量閉店が相次ぐこととなる。この現象は「リテール・アポカリプス(小売りの終末)」と呼ばれ、かつて戦後アメリカが享受してきた繁栄と消費主義の終わりを告げる歴史的な転換点として扱われている。単なる商業的衰退にとどまらず、中産階級が共有していたモール中心のライフスタイルの崩壊を象徴する出来事であった。
2. デジタル空間で再解釈される資本主義
現実社会における消費主義の衰退と呼応するように、2010年前後のインターネット・アンダーグラウンドシーンでは、資本主義の表層をアイロニックに映し出す独自の表現が次々と現れ始めた。かつて消費を促すために作られた安価な広告、企業広報、低解像度のコンピュータ・グラフィックスといった「資本主義の残骸」が、本来の文脈から切り離され、新たな美学として再定義されていった。
これらの表現が共感を持って迎えられた背景には、1990年代から2000年代初頭に少年期を過ごした「ミレニアル世代」*2の集団的な体験がある。彼・彼女らは幼少期、永遠に続くはずの消費の楽園(ショッピングモール)を現実の原風景として生きてきた。しかし成人する過程でリテール・アポカリプスに直面し、かつての聖域が抜け殻と化す様子を目の当たりにする。この子供時代の輝かしい記憶と、現在の空虚な現実の間に生じた決定的なギャップこそが、現在のインターネットシーンで語られる「ハウンティングなノスタルジア(幽霊のように漂う不気味な懐かしさ)」*3の正体である。かつて安心感を得ていた場所が、今は空っぽの空間として残っている——この不気味な不在に対する違和感は、資本主義という大きな物語が破綻した後の世界を生きる世代に共通する感覚となった。
3. Vaporwaveと仮想の広場
この世代的な共通感覚から副次的に誕生したのが、「Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ)」*4という美学である。マーケティングのためのサウンドデザインを称揚するように扱いながら、過剰なスローダウン、ループ、歪曲によってその空虚さを暴き出す。賛美と嘲笑の二重性が、消費社会のノスタルジアを不気味な懐かしさへと変容させる。さらに、現実の衰退によって生じた空白を理想化された記憶で埋め合わせる側面もある。実際に体験した過去、あるいは体験し損ねた過去をサンプリングによって再構築し、永遠に続くはずだった幻想として仕立て上げるのだ。
このムーブメントは最初から一つのジャンルとして設計されたものではなく、先駆者とされるアーティストたちによる内省的で個人的な実践の集合体であった。*5
2010年代初頭、この文脈における先駆的な表現で知られるアーティストたちは、大量消費文化やメディアの表層を解体しつつも、それぞれ異なるアプローチでその本質に迫った。James Ferraro(ジェームス・フェラーロ)が資本主義的な理想と現実の乖離を冷徹に提示した*6のに対し、Daniel Lopatin(ダニエル・ロパティン)は「Eccojams(エコージャムズ)」——80年代の音源の断片を極端にスローダウンしてループさせる手法——を生み出した。*7
フェラーロの批評的なまなざしと、ロパティンのEccojamsという手法に強い影響を受け、その表現をさらに空間的・視覚的な領域へと拡張していったのが、Robin Burnett(ロビン・バーネット)とRamona Andra Xavier(ラモーナ・アンドラ・ザビエル)である。バーネットは音楽を通じて「オフィス・ポストモダニズム」といった視覚的概念を提示し*8、ザビエルはピンクの格子模様やギリシャ彫刻といった象徴的なアイコンを用い、デジタル空間特有の脱中心化された表現のネットワークを構築した*9。これらのプロジェクト群は、リテール・アポカリプスによって失われた物理的な公共空間を、デジタル・スクラップを用いて「Virtual Plaza(仮想の広場)」*10として再構築する実践であった。
アンダーグラウンドシーンに点在する表現が「資本主義」や「ショッピングモール」という軸で重なり合い、そこに浮かび上がった輪郭こそがVaporwaveという現象だ。失われたアメリカンドリームへの追悼であると同時に、実体のない消費社会の虚構性を体現する強烈な文化的メタファーである。
なかでも注目すべきは、バーネットが提示した視覚・聴覚表現の先見性だ。現在インターネット上で広く共有されているリミナル・スペース的な不気味さや郷愁を、2010年という段階ですでに作り上げていた。
バーネットがYouTube上で発表した映像作品『LUXX』は、2010年末から2011年にかけて制作された。アラバマ州にかつて存在した「Eastwood Mall(イーストウッド・モール)」の廃墟を散策する映像に、深いリバーブが施されたサウンドを重ねることで、かつての賑わいが消え去った場所に幽霊のようなBGMが虚しく響き続ける演出を施した。
バーネットとLeonce Nelson(レオンス・ネルソン)によるユニット、Datavision Ltd.が2011年に公開したティザービデオ『N I G H T W A V E S』は、同年リリースの『NIGHTWAVES mixtape』のプロモーションとして制作された。荒廃したショッピングモールの光景に、1980年代の繁栄を象徴するホイットニー・ヒューストンの華やかなポップソングを重ね合わせた本作において、かつての消費の楽園の輝かしい旋律が人影のない無残な現実の風景と衝突する。この強烈な対比は、観る者に経験したことのないはずの過去への思慕と不在感を喚起させた。バーネットにとって、ショッピングモールは単なる背景ではなく、機能不全に陥った資本主義の残骸を表現するための装置だったのだ。
これらの先駆的な表現は、独自の視覚美学を伴うVaporwaveの波と結びついて拡大していき、2013年頃にショッピングモール空間への没入性をさらに突き詰めた「Mallsoft(モールソフト)」*11というサブジャンルへと派生した。
4. 空洞化するモールのためのディスクガイド
先駆者たちの実践は、いかなる音楽として結実したのか。ここでは時系列に沿ってその変遷を辿る。いずれもリミナル・スペースの感性に通ずる重要作であり、喪失の記録から仮想の逃避地へ、そして宇宙規模の空虚へと向かうこのジャンルの変容が浮かび上がるはずだ。
アメリカの巨大資本に飲み込まれて消滅したカナダの老舗百貨店「Zellers」をモチーフにした先駆的作品。スローモーション化されたR&Bが、閑散とした店舗空間の情景を投影する。リテール・アポカリプスによる場所の喪失をいち早く音響的に記録した。*12
後に「Mallsoftのゴッドファーザー」と称される最初期の作品。極限までスローダウンされたラウンジミュージックを、デッド・モールの広大な空間で永遠にループさせた。資本主義の栄華と不可避な終焉を詩的に提示している。*13
バーネットがmemorex dawn名義でリリースしたアルバム。映像作品『LUXX』が音源として収録されている。過剰なリバーブ処理により音は実体を失い、反響の塊となる。深夜の閉鎖されたモールに取り残されたかのような、心地よい静寂と恐怖が表裏一体となった音像空間を作り上げた。*14
エレベーター、噴水、エスカレーターといったモールの物理的構造を音で表現し、仮想のモール内を散策する体験を提示した。荒廃した空間の不気味さから一歩踏み出し、モール特有の清潔な心地よさや浮遊感を追求した画期的な一作。*15
舞台をスーパーマーケットへと移し、日常的な店内環境音とサンプリング音楽をシームレスに融合。聴く者を、色彩豊かな商品が無限に続く商品棚の迷宮へと誘う没入型作品。*16
Mallsoftの定義を決定づけたマイルストーン。断片的なアナウンスや空調音を精緻にコラージュし、22分に及ぶ表題曲で圧倒的なモール環境音楽の完成形を提示した。清潔でありながら虚無的なモール空間が見事に表現されている。*17
「2099年の未来、クリスマスが消失した世界から送られてきたホリデーテープ」というSF的コンセプトを持つミックステープ。雪に覆われた無人のハイパーモールという設定が、現実の崩壊を経験した世代にとっての究極の逃避場所として機能している。*18
『Palm Mall』の続編であり、舞台を西暦2199年の「火星に建設された巨大ショッピングモール」へと跳躍させた壮大なSF的作品。他言語が入り混じる架空の広告アナウンスが響き渡り、国家の概念すら消失した宇宙時代の空虚な消費社会を表現している。*19
日本の80年代ポップスを原形をとどめないほど引き伸ばす「slushwave」の代表作。かつて宮崎県に存在したリゾート施設「宮崎シーガイア」の世界最大級の室内プール「オーシャンドーム」をアイコンとし、失われた夢の巨大空間を終わりのないアンビエントで描き出した。*20
これらの作品群を通じて見えてくるのは、リミナル・スペースの本質——かつて人がいたはずの場所から人間が消失したことによる不気味さと郷愁——を、Vaporwaveのアーティストたちが独自の音響言語で体系化していたという事実だ。極端なスローダウン、深いリバーブ、環境音のコラージュは、リテール・アポカリプスによって物理的に失われた消費空間の不在を、音として刻む試みであった。
5. インターネットの暗い森と新たなバーチャル・プラザ
資本主義の幻想が瓦解したことでVaporwaveが生まれたように、文化や美学は常にその時代を支配するシステムの崩壊に対する応答として発生してきた。記憶に新しい新型コロナウイルスのパンデミックでは、世界的なロックダウンによってこれまでの生活様式が強制的に崩壊した。その応答は、対照的な二つの方向へと分岐した。内へ向かう静的な応答として、ステイホームを余儀なくされた人々の間では精神的な安寧を求めるホームリスニングとして、かつての日本の環境音楽が再評価された。
一方、外へ噴出する動的な応答として、物理的な活動を抑圧された若者たちの衝動は、デジタル空間で過剰な加工とノイズを伴う現代のパンク「Hyperpop(ハイパーポップ)」を生み出した。「Y2K」や「Frutiger Aero(フルティガー・エアロ)」といった美学への回帰もまた、不確実な現在に対する逃避であり、かつての希望に満ちたテクノロジーへの憧憬の表れだ。いずれも、耐えきれなくなった現実から噴出した感情の形である。
では次の崩壊は、どのような形をとるだろうか。紛争、金融危機、AIによって完璧なアートが無尽蔵に生成される世界——その中で人々は、不特定多数に向けた発信を放棄し、DiscordやSlackの非公開コミュニティへと潜行していくかもしれない。「インターネットの黒暗森林理論」が示すように、観測されることへの恐怖が内向きのデジタル・フォークロアを育てるのだ。そしてAIが完璧さを量産する時代において、修正不可能な一発録りや、その場にいた者だけが体験できるアンチ・アーカイヴこそが、最大の贅沢となるのかもしれない。
廃墟となったショッピングモールからVaporwaveが立ち上ったように、崩壊は文化の終焉ではない。それは、瓦礫の中から次の種子を見出すための、不可欠なプロセスである。息苦しい今を生きる者たちが暗い森の奥深くで再構築する美学——それが、次なる時代のバーチャル・プラザとなるのである。
注釈
*1: Internet Aesthetic(インターネット・エステティクス)
Internet Aesthetics(インターネット・エステティクス)とは、ユーザーが特定のムードや感情を喚起するために、画像、動画、音楽などをキュレーションし、共有するオンライン上の表現形式である。これらは主にTumblr、Pinterest、TikTokといったプラットフォーム上で展開され、単なる視覚的なスタイルにとどまらず、ユーザーのファッションやインテリア、ライフスタイルといった現実世界の選択にも影響を与えている。
そもそも「Aesthetics(美学)」という言葉は、本来、美や芸術を研究する哲学の一分野を指す形式的な用語であった。しかし現代のインターネット上において、この言葉は学術的なルーツから切り離され、視覚的に魅力的であることを意味する普遍的な形容詞として機能している。若年層のユーザーにとって、それは特定の「Vibe(ヴァイブ)」や雰囲気を分類・言語化するためのツールであり、既存のメディアを収集してムードボードやプレイリストとして再構成することで、自己のアイデンティティや感情を表現する手段となっている。
こうした無形の雰囲気を定義するために、多くのInternet Aestheticsは特定の命名規則を持つ。「Hardcore」に由来し、あるテーマの核心を執拗に再現する「-core」(例:Cottagecore)、音楽的・視覚的ムードを強調する「-wave」(例:Vaporwave)、特定の技術体系やディストピア観を表す「-punk」(例:Seapunk)といった接尾辞がその代表である。
この概念自体は現代的なものであるが、そのルーツは過去のオンラインコミュニティや文学運動にまで遡ることができる。1980年代の「Cyberpunk」や2000年代初頭の「Mallgoth」といったサブカルチャーを経て、2010年代に入るとTumblrを中心とした美学が確立された。特に、90年代のWebアイコンを多用した「Seapunk」や、レトロな消費文化への批評を含んだ「Vaporwave」の登場は、Internet Aestheticsを一つのジャンルとして定着させる契機となった。なお、Vaporwaveシーンにおける「aesthetic」は「AESTHETIC」と全角表記されることがある。これは、オンライン・イベント「SPF420」において、Ramona Andra Xavier(ラモーナ・アンドラ・ザビエル)がチャット上でこのような表記を用いていたことに由来する。
2020年代に入ると、COVID-19によるロックダウンの影響を受け、牧歌的な生活への憧れを体現した「Cottagecore」や、学究的な雰囲気への没入をテーマとする「Dark Academia」などがZ世代を中心に急速に拡散した。これらの根底にある心理的背景には、強い願望充足と現実逃避(エスケーピズム)が存在する。ここで語られるノスタルジーは単なる過去の回想ではなく、ユーザー自身が経験していない時代や、かつて約束されたが実現しなかった未来への憧憬を含む、拡張されたノスタルジーである。不確実な現実世界に対し、インターフェースの中だけでもコントロールを取り戻そうとする心理が、美学への没入という儀式を生み出している。
ただし、Internet Aestheticsと伝統的なサブカルチャーは根本的に異なる性質を持つ点を押さえておく必要がある。サブカルチャーが共有された価値観や信念に基づき、現実生活における深いレベルの参加とコミュニティ形成を伴うのに対し、Internet Aestheticsは主に視覚的な表現やムードの共有に主眼を置く。ユーザーはその美学を一時的に纏うことができるのであり、必ずしもその生き方を実践するわけではない。
今日、この美学のサイクルは加速し、商業化の波に洗われている。政治キャンペーンや企業マーケティングがVibeを流用し、絶え間なく新しいマイクロトレンドが生み出されては消費される。あらゆる独自性がラベル化され、最終的にはすべてが「なんとなく雰囲気のある均質な塊」へと溶解していく——いわば同一性の地獄とも呼ぶべき状況に、現代のデジタル文化は直面している。
こうした「Vibeの流用」と美学の脆弱性が引き起こした深刻な事態の具体例として、2017年のVaporwaveシーンにおける一連の騒動が挙げられる。かつて資本主義への皮肉や失われた未来への郷愁を体現していたVaporwaveの美学は、極右思想のプロパガンダへと流用され、「Fashwave(ファッシュウェイヴ)」や「Trumpwave(トランプウェイヴ)」といった形で政治利用された。InstagramなどのSNSでは「#vaporwave」というハッシュタグが差別的なミームやヘイトスピーチに占拠され、深刻な乗っ取り状態に陥った。
この現状に憤りを感じたESPRIT 空想ことGeorge Clanton(ジョージ・クラントン)は、「#takebackvaporwave」というハッシュタグを掲げた抵抗運動を開始した。しかし、アンチ・トランプを掲げた対抗プロジェクトが頓挫するなど事態を覆すには至らず、ハッシュタグは次第に忘れ去られていった。筆者自身もこの一連の動向をリアルタイムで観察していたが、「原風景を取り戻す」という名目で投稿され続けた画像は、おなじみのピンクの格子模様とギリシャ彫刻像、初期の3Dグラフィックスといったお決まりのビジュアルの反復に過ぎなかった。この光景は、政治的流用に対するジャンルの無力さを示すと同時に、表現そのものが自己模倣のループに陥り、一歩も前に進めなくなっているという行き詰まりを露呈するものであった。
当時のRedditなどのコミュニティにおける反応は、Internet Aestheticsの性質をよく物語っている。「Fashwaveは視覚的な流用に過ぎない」と冷ややかに見る声がある一方で、「美学の政治的流用や無節操なミーム化こそが、皮肉にもジャンルを急成長させた要因だ」とする現実主義的な指摘や、「Vaporwaveは誰のものでもなく、消費者と生産者が自由に行き交うための非政治的なツールに過ぎない」とする意見も交錯した。カエルのキャラクター「Pepe」が極右のシンボルへと変容させられたように、Internet Aestheticsが確固たる思想に基づく伝統的サブカルチャーではなく、誰もが一時的に纏えるムードであるからこそ、別のイデオロギーによってその意味を容易に上書きされてしまう。これは、インターネット美学が本質的に孕む構造的な脆弱性である。
*2: ミレニアル世代
ミレニアル世代(Millennials)は、ジェネレーションXの次、ジェネレーションZの前に位置する人口統計学的な層を指す。一般的に1981年から1996年の間に生まれた人々と定義されることが多いが、研究者によっては1980年代前半から2000年代初頭までと幅を持たせることもある。この文脈におけるミレニアル世代とは、デジタル化・商業化された幸福な子供時代の記憶と、厳しい経済的・社会的な現実の間に立ち、そのギャップを音楽やアートとして表現する世代である。
*3: Hauntology(憑在論)
「ハウンティングなノスタルジア(幽霊のように漂う不気味な懐かしさ)」の根底には、「Hauntology(憑在論)」という概念が深く関わっている。Hauntologyとは、フランスの哲学者ジャック・デリダが1993年の著書『マルクスの亡霊たち』において提唱した造語である。「Haunting(憑依)」と「Ontology(存在論)」を掛け合わせたこの概念は、もはや実体としては存在しない過去の亡霊、あるいは実現しなかった未来が、現在の社会や意識に取り憑き、影響を与え続ける状態を指している。
2000年代後半に入ると、マーク・フィッシャーやサイモン・レイノルズといった文化批評家たちが、この哲学用語を現代の音楽やポップカルチャーを読み解くための枠組みとして再定義した。フィッシャーらは、現代の文化が新たな未来像を描く力を失い、過去のメディアや音像を不気味な形で反復・再構築している状況を指摘した。それは単なる無邪気なレトロ趣味ではなく、かつて約束されていたが決して実現しなかった未来に対する、深い喪失感とノスタルジアの表れであるとした。
このHauntologyの代表的な音楽的実践として挙げられるのが、Leyland Kirby(レイランド・カービー)によるプロジェクト「The Caretaker(ザ・ケアテイカー)」である。彼は1920年代から30年代のボールルーム・ミュージックのレコード音源に深いリバーブをかけ、スクラッチノイズを強調することで、記憶の劣化や忘却、あるいは認知症の進行を表現した。そこにあるのは、実体のない過去の記憶が幽霊のように現在を浮遊する感覚である。
本稿で触れたリミナル・スペースやVaporwaveにおける懐かしさが不気味さを伴う理由も、このHauntologyの構造によって説明できる。ミレニアル世代にとってのショッピングモールは、資本主義が提示した永遠に続く豊かで輝かしい未来の象徴であった。しかしリテール・アポカリプスによってその未来は唐突にキャンセルされ、廃墟という亡霊だけが現実空間に取り残された。
誰もいないフードコートの写真や、スローダウンされたモールのBGMに強烈な郷愁と不安を覚えるのは、それが過去への単純な懐古ではなく、かつて確かに信じられていたが結局訪れることのなかった未来の残骸と直面させられるからである。カービーが提示した記憶の崩壊というHauntology的なテーマは、この文脈においても深い影響を与えた。
Nmeshの名義で活動するプロデューサーのAlex Koenig(アレックス・ケーニグ)が2017年に主催した、The Caretakerに捧げるコンピレーション・アルバム『Memories Overlooked: A Tribute To The Caretaker』のエピソードは欠かすことができない。このアルバムの概要には、マーク・フィッシャーの著書『Ghosts Of My Life』からの引用として、次のような言葉が掲げられていた。
「理論的に純粋な前向性健忘症とは、まさにポストモダンを象徴する状態ではないだろうか? 現在は、分断され、荒廃し、絶えず自らを消し去り、ほとんど痕跡を残さない。物事はしばらく注意を引くが、長く記憶にとどまらない。しかし、古い記憶はそのまま残り、絶えず追憶される……私は1923年が好きだ……」
"Isn't, in fact, theoretically pure anterograde amnesia the postmodern condition par excellence? The present - broken, desolated is constantly erasing itself, leaving few traces. Things catch your attention for a while but you do not remember them for very long. But old memories persist, intact... Constantly commemorated... I love 1923..."
『Memories Overlooked』は90人以上のアーティストが集結し、カービーが長年探求してきた記憶・ノスタルジア・認知症というテーマに敬意を捧げた共同作品である。特筆すべきは、このコンピレーション自体が早期発症型認知症と診断されたかのように、病状の進行に合わせてミックスおよびアレンジされている点だ。カービー自身のプロジェクト『Everywhere At The End Of Time』の言葉を借りるなら、「一時間ごとに、進行、喪失、崩壊の新たな段階が明らかになり、完全に記憶を失い、無に帰する深淵へとますます深く落ち込んでいく」ような、恐ろしくも美しい構成となっている。
当初、このプロジェクトは純粋にファンのためのコンピレーションとしてスタートした。しかし、実際に家族が認知症と闘ってきた経験を持つアーティストたちから多数の応募が寄せられたことで、単なる音楽的オマージュを超えた、切実で深い意味を持つ作品へと変貌した。デジタル収益の100%は、アルツハイマー病と認知症の撲滅を目指すアルツハイマー病協会(Alzheimer's Association)へ全額寄付されている。
「今夜は、レイランド・カービー、別名The Caretakerに、皆で黄金の飲み物を捧げましょう。状況は承知しています」——概要欄の最後に記されたこの献杯の言葉通り、シーン全体がカービーの偉業に対して最大限の連帯と賛辞を送った。そしてその熱意は、生みの親であるカービー本人にも届いていた。リリース後、ケーニグの元にはカービー本人から直接メッセージが寄せられたのである。
*4: Vaporwave
「Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ)」とは、2010年代初頭にインターネット上のアンダーグラウンド・コミュニティから自然発生的に誕生した音楽ジャンルであり、独自の視覚美学を伴うカルチャーの総称である。その歴史は、極めて短期間に圧縮されたインターネット美学の誕生と死の記録でもある。
Vaporwaveの源流には、James Ferraro(ジェームス・フェラーロ)らが提示した「ヒプナゴジック・ポップ」に見られるような、80年代のラウンジ音楽や企業BGM(ミューザック)といった、録音史で軽視されてきた音源のサンプリング手法が存在している。アメリカのメディア『Chicago Reader』の検証によれば、Vaporwaveというジャンルの実質的な誕生日は「2011年7月1日」とされている。この日、Laserdisc Visions(ラモーナ・アンドラ・ザビエルの別名義)がリリースしたアルバム『New Dreams Ltd.』が他のプロデューサーたちに多大な影響を与え、ジャンル形成の決定的な起点となった。
「Vaporwave」という言葉が文字として記録された最古の例は、2011年10月にインディー音楽ブログ『Weed Temple』に掲載されたレビュー記事内だとされている。同時期にこの言葉を提唱し、名付け親となったとされるのがテキサス州のプロデューサー、Robin Burnett(ロビン・バーネット)である。この特異な名称の語源は、コンピュータ業界の用語「Vaporware(ヴェイパーウェア)」に由来する。大々的に発表されながらも開発が頓挫し、最終的に発売されることのなかった実体のないソフトウェアを指すその空手形に、音楽ジャンルを意味する「Wave(波)」が掛け合わされた。さらにこのWaveという接尾辞には、先行するインターネット発の音楽ジャンル「Chillwave(チルウェイヴ)」に対するパロディの意味合いも込められている。
Chillwaveとは、2000年代後半に誕生した、郷愁や夏の心地よい気怠さをテーマとするエレクトロニック・ミュージックである。その音楽的ルーツには、「チルウェイヴのゴッドファーザー」と称されるAriel Pink(アリエル・ピンク)や、その師匠格であるR. Stevie Moore(R・スティーヴィー・ムーア)といったアンダーグラウンドな宅録アーティストからの影響がある。特にアリエル・ピンクが2000年代前半に発表した『The Doldrums』や『Worn Copy』といったローファイな宅録作品群は、Chillwave世代の音像とDIY精神に決定的なインスピレーションを与えた。ビートの面では、J Dilla(J・ディラ)の金字塔的アルバム『Donuts』以降の、生っぽくヨレたレイドバック・ビートが深く刻まれている。レトロなサンプリング、意図的なシンセノイズ、高音域をカットしたこもった音質、AMラジオのような不明瞭なミックス——まさにヒプナゴジック(半覚醒)的な朽ち果てた郷愁を体現するこのサウンドを洗練させたのが、Washed Out(ウォッシュト・アウト)やToro Y Moi(トロ・イ・モワ)といった代表的アーティストたちであった。
Ramona Andra XavierがToro Y Moiの非公式リミックスをYouTubeにアップロードしていた事実からも、Vaporwaveの文脈においてChillwaveの美学を強く意識し、それを批評的にズラそうとしていたことが窺える。先行ジャンルが提示した夏の気怠い郷愁を、より人工的でシニカルな資本主義の廃墟のノスタルジアへと反転させること——それこそが「Vaporwave」というパロディ的な命名の真意であったのだろうか。
また、当時匿名のプロデューサーたちが作品を発表する際、そのフィーリングを表すために「#treblefunk」や「#vaporboogie」といった架空の音楽ジャンルをハッシュタグとして付与していた点も見逃せない。この行為は単なる新ジャンルの模索にとどまらず、言語化しがたい無形の雰囲気(Vibe)に対して独自のラベルを貼り、感覚そのものを定義・共有しようとする試みであった。のちに隆盛するInternet Aestheticsに通底する「ムードのタグ化と消費」という本質的なメカニズムが、この黎明期においてすでに芽生えていたといえる。
こうして実体のない名を与えられたことで、2012年1月頃には、Turntable.fmの「Bloghaus」といったオンラインのチャットルームを通じてアーティストたちが出会い、特定の美学を共有するプライベートで緊密なコミュニティが形成されていった。2012年の春から夏にかけてLast.fmやRedditを通じて小規模なファン層が構築され、秋には4chanの音楽掲示板(/mu/)でも流行を見せる。同年9月にはオンライン・フェスティバル「SPF420」が開催され、仮想的なシーンとしての地位を固めた。さらに『Dummy』や『Tiny Mix Tapes』といった音楽メディアが批評的に取り上げたことで、コミュニティ内の身内ノリであった表現は一気に外部へと拡散していく。しかし、この急速な注目こそがジャンルの死の始まりであった。
REVIEW
2012年11月、著名な音楽批評家Anthony Fantano(アンソニー・ファンタノ)がMacintosh Plusの『Floral Shoppe』をレビューしたことで、Vaporwaveは決定的にメインストリームの目に晒された。皮肉なことに、外部によってジャンルの定義が固定化され、誰もが似たような音を作るようになったことで、オリジネイターたちは早々にこのスタイルを放棄し始める。2013年1月3日にウェブ上で開催された音楽イベント「SPF420 2.0」において、出演者のMetallic Ghosts(Chaz Allen)はこのイベントをジャンルへの「最終的な追悼(final eulogy)」と呼び、「名前を付けられ、注目された瞬間にジャンルは死ぬ」と語った。Vaporwaveは、密接なオンラインコミュニティの身内ネタから始まり、外部に定義された瞬間に純粋性を失うという、極めて現代的なインターネット・マイクロシーンの典型となったのである。
なぜ彼らは自らの表現をすぐに手放したのか。その根底には、資本主義による解体に抵抗するのではなく、むしろその狂気を限界まで推し進める加速主義の思想が流れている。「今日のHD(高精細)は明日のローファイである」と評されたように、テクノロジーが約束した最新のサウンドはリリースされた瞬間から急速に時代遅れとなっていく。ジャンルそのものの短命さもまた、この必然的な陳腐化を体現していた。
ジャンルとしての早すぎる死の宣告を受けて以降、皮肉なことにVaporwaveの人気はかつてないほどの加速を見せていく。死にながら生き続け、生きながら死に続けるという、インターネット上の亡霊のような特異なジャンルへと変貌を遂げたのである。オリジネイターたちが去った後も、無数のフォロワーたちが先人たちの手法に倣い、企業用BGMの極端なスローダウンや執拗なループ、意図的なグリッチの付与を繰り返した。こうして、オフィスのロビーやショッピングモールといった非個人的な空間に潜む異常性は一種のミームとして定型化され、Vaporwaveの美学は初期の閉鎖的なコミュニティを越え、インターネットの広大な外部空間において無限に再生産されていった。
カセットテープのJカード裏面のデザイン
Vaporwaveにはもうひとつの特徴がある。アートワークや曲名において、日本のバブル期のメディアや日本語が多用されることである。東京・渋谷などの都市イメージは、西洋から見てグローバルなテクノ資本主義の極致を象徴する。西洋の聴衆にとって意味の読み取れない日本語を用いることで、グローバル企業の奇妙な通信を偶然傍受してしまったかのような疎外感や非人間性を演出した。バブル期の日本の広告が持っていた超現実感(シュルレアリスム)を文脈から切り離して再提示することで、どこかで見覚えがあるが何かが決定的に違うという、不気味の谷の感覚を引き起こしたのである。
テクノロジーが約束した輝かしい未来と、大量消費社会に対する愛憎入り混じる感情。Vaporwaveは、資本主義が提示したユートピアの虚構性を冷ややかに嘲笑する風刺の手段であった。しかし同時に、スローダウンされた不気味な音像は、聴く者に決して実現しなかった輝かしい過去・あるいは未来への強烈な郷愁を抱かせる。この風刺とノスタルジアという矛盾した二重性、そして誕生と同時に死を迎えたという儚い歴史こそが、Vaporwaveが今なおインターネットの深淵で伝説として語り継がれる理由である。
*5: Vaporwave表現の先駆者たち
Vaporwaveの萌芽は先駆者たちによる独自の表現に見出すことができるが、最初から一つのジャンルとして設計されたものではなかった。ロパティンは2026年のインタビューで自身の試みについて「世間から安っぽく古臭いと思われているものの中から美しさを見出し、それを洗練させようとする個人的な実践だった」と回想し、ザビエルは「クイアとしての自分が世界をどう認識しているかを表現するツールであり、子供の頃に世界をどう見ていたかを思い出すための日記のようなもの」と、より内省的に語っている。
バーネットにいたっては、自身の初期の活動を「15歳の時に自分がしたバカげたこと」と一蹴する。しかし同時に、それが一つのシーンを形作ったことについては「素晴らしいことだが、視聴覚文化にこれほど大きな影響を与えたということは奇妙であり、いまだに自分の中では処理しきれない」と、その巨大化した現象に対して複雑な思いを吐露している。
*6: James FerraroとHypnagogic pop
アンダーグラウンドシーンの思想的支柱として極めて重要な役割を果たしたのが、James Ferraro(ジェームス・フェラーロ)である。彼の音楽におけるインスピレーションの源泉は、アメリカ社会の消費文化、メディアが作り出す感情的な環境、そしてそれらが交差する郊外の風景に深く根ざしている。フェラーロは、アナログメディアの残骸から高精細なデジタル空間へと至る消費社会の変遷を、冷徹な観察眼で捉え直した。
フェラーロにとって郊外とは、アメリカの印象を象徴する重要な舞台だった。フロリダの祖父母を訪ねた際の「光り輝き、ゲートで囲まれた、スタッコ造りの、ケーブルテレビが完備された郊外のユートピア」での体験——そこに溢れるエナジードリンク、リアリティ番組、ショッピングモール、文化的な帝国主義といった要素——が、彼の原風景となっている。初期のアルバム『Last American Hero』では特徴のない悲しい郊外の広がりが描かれ、崩壊したステロイド文明のメタファーとして機能していた。
同年にリリースされた『Night Dolls with Hairspray』において、フェラーロはかつて80年代のMTV文化が大量生産した「華美で完璧なポップ・アイコン」を標的にした。煌びやかなメディアの表層が、意図的に差し込まれるテレビのザッピング演出や広告ジングル、短波ラジオの不穏なノイズによって解体されていく。本作では、華やかなエンターテインメントの裏側に潜むジャンクとしての本質を暴き出し、資本主義的な理想と現実の決定的な乖離を批判的に提示した。
その翌年に発表された『Far Side Virtual』は、前作までのザラついた質感から一転し、清潔でプラスチックのような高精細MIDIサウンドへと移行した。GoogleストリートビュープロジェクトやApple社のiPad、Skypeの着信音といった企業プロダクトを記号的に引用することで、21世紀初頭のデジタル・テクノロジーが約束した清潔で明るい未来の虚構性を予見的に描き出した。フェラーロ自身が「現代の空気そのもの」と称したこの音楽性は、人々がデジタルの利便性に埋没する影で進行する非人間的なポスト資本主義の世界観を浮き彫りにしている。本作の背景には、情報のストリームが圧倒的な現代において、かつてのショッピングモールやエナジードリンクのような物理的記号ほど、デジタル空間の記号は人々の記憶に深く刻まれないのではないか、というフェラーロ自身の問いも込められている。これら一連の作品に通底するのは、過剰な消費文化や技術発展の負の側面を冷ややかに嘲笑う冷徹な視点である。
フェラーロの音楽性を語る上で欠かせない概念が、「Hypnagogic Pop(ヒプナゴジック・ポップ)」である。2009年、音楽ライターのDavid Keenan(デイヴィッド・キーナン)が雑誌『The Wire』において提唱したこの用語は、2000年代後半のアメリカのアンダーグラウンド・シーンにおける特異な変化を捉えたものであった。ヒプナゴジック(半覚醒、入眠幻覚)という名の通り、そのサウンドは「夢のような」「ぼんやりした」「超低忠実度」と形容される極端なローファイ質感を特徴とし、前述のChillwaveとも共通する点がいくつかある。本誌で紹介されたJames FerraroやSpencer Clark(スペンサー・クラーク)によるユニットThe Skaters、あるいはAriel Pink(アリエル・ピンク)といった中心的なアーティストたちは、1980年代のメインストリーム・ポップやテレビ番組のテーマ、そしてニューエイジ・ミュージックの断片をサンプリングし、深く歪んだエコーの中に沈み込ませた。
彼らの創作の源泉は、自身が幼児期に無意識に吸収していたメディア体験(MTV、学校のBGM、親が聴いていたカセットテープ)にある。イギリスにおけるHauntologyが洗練された理論的パッケージによって失われた未来を提示したのに対し、アメリカ発のヒプナゴジック・ポップは、より投げやりで「生焼け(half-baked)」な性質を持っていたと評される。このアメリカ特有のスラッカー(怠け者)的なサイケデリック感覚がもたらすいい加減さこそが、リスナーの想像力が入り込む余地を生み出していた。
ヒプナゴジック・ポップを決定づけたもうひとつの重要な要素が、ヒップスターの文化経済学とでも呼ぶべき独自のメディア実践である。このムーブメントに携わるクリエイターたちは、ヤードセールやリサイクルショップで極めて安価に叩き売りされている、世間から見捨てられたニューエイジ音楽などの既製カセットテープを発掘した。収集家からも見向きもされなかったこれらのキッチュを素材として再利用することで、本来価値がないとされているものに新たな美的意味を与える価値転換を行ったのである。また、限定版のカセットテープやCD-Rという極めて安価なフォーマットは、アーティストの多作を支える基盤となった。
たとえばフェラーロは自身でも『New Age Tapes(ニューエイジ・テープス)』という名のインディーレーベルを運営し、わずか数年の間に別名義を含めて40以上もの作品をカセット等でリリースしている。この容易なリリース形態が、前述の生焼けで投げやりな質感をさらに助長し、ムーブメントの美学を決定づけた。ヒプナゴジック・ポップは、かつてのノイズ・ミュージックが行き止まりに達したことを悟ったアンダーグラウンドのアーティストたちが、自らのルーツである大量消費ポップカルチャーを幽霊的(スペクトル)な手法で再構築しようとした切実な試みであった。
*7: Daniel LopatinとEccojams
James Ferraroと並び、この潮流において決定的な指針を示したのが、Oneohtrix Point Never(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)ことDaniel Lopatin(ダニエル・ロパティン)である。彼が提唱した「Eccojams(エコージャムズ)」という手法は、プランダーフォニックスの概念を極めて内省的な地平へと押し進めた。80年代のポピュラーソングやコマーシャル音源から数秒の断片を抽出し、過剰なスローダウン、ピッチシフト、そして執拗なループを施す。その結果生まれるドリーミーかつ歪んだサウンドは、まるで閑散としたモールでBGMが永遠に流れ続けるような、得も言われぬ不気味さを漂わせた。
特筆すべきは、2009年のオーディオビジュアル作品『Memory Vague』に収録され、後に『Chuck Person's Eccojams Vol. 1』にも再録された代表曲「nobody here」である。クリス・デ・バーのヒット曲の一節を引用し、延々と繰り返される「誰もいない」というリフレインは、資本主義が描き出した幻想への鎮魂歌のように響き、聴き手を不在の深淵へと誘う。
2011年のアルバム『Replica』において、ロパティンの試みはさらなる深化を遂げる。80年代の古いテレビCM音源をオーディオ・ジャンクとして扱い、それらを解体・再構築することで、断片的でありながらも強烈なヴィジョンを持つ楽曲群を作り上げた。あふれかえる消費文化の断片の中から、安っぽく古臭いと思われていたものに潜む美しさを見出す、個人的かつ洗練された実践であった。
そして2020年、『Chuck Person's Eccojams Vol. 1』のリリース10周年を記念し、ロパティンは秘蔵の「Echoes Supermixes」の公開を計画していた。しかし、かつて家族やごく親しい友人にのみ渡していたプライベートなデモ音源が流出し、第三者の手によって編纂されたミックステープとして突如インターネット上にアップロードされてしまった。そのテープには「(2004-2008)」という制作期間が記されていた。この流出によって、ロパティンが遅くとも2004年の時点ですでに「Eccojams」の手法を考案・実践していたという歴史的事実が図らずも明らかになった。この予期せぬ事態に対し、ロパティン本人は自身のTwitter(現X)で次のように反応し、この音源が本物であることを半ば公認する形となった。
EccoJams v1から10周年を記念して、Echoes Supermixesを公開しようと思ってたんだけど、もう誰かがやってくれてたんだね😭 楽しんでね!
I was going to put the echoes supermixes up to celebrate 10 years since eccojams v1, but someone did it already 😭 ENJOY
*8: Robin Burnett
このシーンの黎明期において、後のジャンルの方向性と精神性を決定づけたのが、テキサス州ダラスを拠点に活動するRobin Burnett(ロビン・バーネット)である。バーネットはInternet Clubをはじめ、Datavision Ltd.、Wakesleepなど数多くの名義を持つ。意図的なグリッチや、解像度をあえて落とすデジタル的な劣化を特徴とする音楽性は、単なるノスタルジアを超え、崩壊したシステムが発するノイズのような質感を伴っている。
バーネットは音楽を通じて「オフィス・ポストモダニズム」や「ビジネス・カジュアルな超越」といった独自の視覚的概念を提示した。80年代から90年代の企業ロゴ、不自然なまでに明るいビジネス資料、デッドモールの映像や初期のコンピュータ・グラフィックス——これらを音響と融合させることで、企業の機能主義的な美しさと、その裏側に潜む非人間的な空虚さを同時に表現した。
*9: Ramona Andra Xavier
このシーンにおいて最も多作かつ決定的な視覚イメージを提示したのが、Ramona Andra Xavier(ラモーナ・アンドラ・ザビエル)である。彼女はVektroid、Macintosh Plus、New Dreams Ltd.といった無数の名義を使い分け、物理的な拠点に依存しない、デジタル空間特有の脱中心化された表現のネットワークを構築した。
2011年にLaserdisc Visions名義でリリースされた『New Dreams Ltd.』は、ジャンル形成の決定的な起点となった重要作である。『シェンムー』や『ナイツ』といったセガのゲームBGMや企業向けのスムースジャズを再構築した本作は、日本のバブル期の広告断片などをコピー&ペーストしたビジュアルとともに、ミレニアル世代に向けた「存在しないはずの記憶」を刺激する偽のノスタルジアを強烈に喚起させた。
本作は、もともと『Virtual Casino』というミックステープをレーベルの〈Beer On The Rug〉からリリースする際にリファインしたものである。そのカセットテープ版には、全編にわたって日本語のコマーシャル音声が薄らと乗せられていた。
その音声こそが、同年にFuji Grid TV名義で発表された『Prism Genesis』である。本作はもともと『New Dreams Ltd.』の派生として生まれた。日本の古いテレビコマーシャルのジングルや音声をサンプリング素材としてそのまま大胆に用いており、通常の楽曲サンプリングとは異なり、文脈から切り離された宣伝文句は意味を剥ぎ取られた消費の断片として重なり合う。そのサウンドは、聴き手の脳内に実在しない記憶を植え付けた。
翌年、Macintosh Plus名義で発表された『Floral Shoppe』におけるピンクの格子模様と無機質なギリシャ彫刻(ヘリオスの胸像)を引用したアートワークは、Vaporwaveのポップアイコンとして名高い。カシオペアやダイアナ・ロスといった往年の楽曲を極端に鈍化させ、深いエコーの中に沈めることで、かつての商業空間が持っていた享楽性を幽霊のような残響へと変容させた。2012年に〈Beer On The Rug〉からリリースされたカセットテープは、2026年時点でDiscogsにおいて1,984ドルで落札されており、アンダーグラウンドの自主制作物としては異例の市場価値を持つに至っている。この落札価格が、バブル前夜のアメリカと日本の消費文化を象徴する年号「1984」と一致しているのは、偶然とは思えない。本作はその後、ファッション、映像、グラフィックデザインといった領域にまたがるポップカルチャーへの影響力を持ち、インターネットが生んだ美学の中でも数少ない「アイコン化した作品」のひとつとなった。
なお、アートワークに使用されたギリシャ彫刻は、太陽神ヘリオスの胸像であり、現在ギリシャのロドス考古学博物館に所蔵されている。インターネットを通じてVaporwaveのシンボルへと変容し、世界中で無数に複製・流通することになったこの胸像を、2000年以上前に作られたヘリオス自身が知る由もなかっただろう。
こうした無数の名義による活動の中で、ザビエルの思想をもっとも鮮明に体現したのが、PrismCorp Virtual Enterprises(プリズムコープ・バーチャル・エンタープライズ)という名義である。これはロパティンが「sunsetcorp」という架空の企業名義を用いて作品を発表したのと同様に、実在の企業のロゴや広報様式を模倣したレーベルとして設計されており、音楽そのものをプロダクト、アルバムをカタログとして市場に投下するという形式を徹底していた。
この名義でリリースされた『ClearSkies: Complete Edition』と『Home: Complete Edition』の2作は、MIDIで打ち込んだような、チープで安価なサウンドを特徴としている。スーパーマーケットの売り場に流れていても違和感がないような、感情を持たない環境音楽の質感——それが徹底して追求されている。なかでも楽曲「Totsuzen」は、小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」をそのままMIDI化した音源を引用した一曲であり、誰もが知るはずのポップソングが感情を抜き取られ、実際に日本のスーパーの店内に流れていたとしても誰も気に留めないような環境音として再定義されている。この名義の本質を端的に示す一曲だ。
ここで想起されるのが、BGMの起源としてのミューザックである。1934年、アメリカのMuzak社がニューヨークで「MUZAK」の商標を登録し、オフィス向けの環境音楽レコードの販売を開始した。これが商業BGMの始まりであり、以来Muzak社はアメリカ国内にとどまらず世界各地に提携先を広げ、現在アメリカでは「MUZAK®」がBGMを表す普通名詞として定着している。音楽を商品化し、購買意欲の促進や空間の快適化という目的のために公共空間を支配するこのシステムに対して、PrismCorp Virtual Enterprisesの作品群は静かなアンチテーゼを突きつけている。本来消費を促進するために設計されたミューザック的サウンドを、その文脈ごと剥製にし、意味の空洞として差し出す。その行為こそが、ザビエルという表現者の核心だったのかもしれない。
*10: Virtual Plaza
音楽評論家のAdam Harper(アダム・ハーパー)が2012年に音楽メディア『Dummy』に寄稿した記事「Vaporwave and the pop-art of the virtual plaza」において、Vaporwaveの特異な世界観を言語化するために提唱した極めて重要な概念である。ハーパーは、この音楽が鳴り響く舞台をハイパー資本主義のフロンティアとして位置づけた。そこは、ショッピングモール、ホテルのレセプション、オフィスのロビーといった、かつて人々のための公共空間(プラザ)であった場所が企業に占有され、過剰にきらびやかでありながら人間味を完全に喪失した商業ブロックへと変質した空間を指している。
特筆すべきは、この空間が文字通りであり、メタファーでもあり、リアルであり、架空でもあるという多重性を持っている点だ。香港のセントラルプラザや東京・渋谷といった実在する都市空間の表層と、デジタル上で構築された無機質な3D空間とがシームレスに混じり合っている。Vaporwaveの音楽群は、この果てしなく続く人工的なプラザを満たす「BGM(ミューザック)」として機能し、資本主義のユートピア的幻想に対する痛烈な皮肉と、抗いがたい魅惑を同時に生み出しているのである。
*11: Mallsoft
Mallsoft(モールソフト)というタームがSoundCloudやFacebookなどのコミュニティを中心に広まり始めたのは、2013年頃とされている。企業のために設計されたラウンジミュージック(イージーリスニング、ボサノバ、スムースジャズなど)を基調とし、ショッピングモール、スーパーマーケット、ロビーといった商業施設の空間を想起させるサブジャンルである。公共空間に調和するようにデザインされた快適なサウンドをサンプリングし、空調音や足音、会話やアナウンスの断片といった環境音を加えることで、リスナーを架空の商業空間へと没入させる疑似環境音楽が確立された。その空間的な構造は、*10で述べたアダム・ハーパーの「バーチャル・プラザ」という概念に直接対応している。
では、この音楽が体現する空間表現のルーツはどこに求められるのか。ひとつには前述の通り、幼少期に親しんだ現実のショッピングモールという記憶がある。しかしもうひとつの重要な源泉として、ビデオゲームという「もうひとつの仮想空間」の存在を見逃すことはできない。
現実のショッピングモールがリテール・アポカリプスによって解体されていく一方で、Mallsoftの完璧な青写真はビデオゲームの中にすでに存在していた。その象徴的な例が、2002年に発売された『Grand Theft Auto: Vice City(グランド・セフト・オート・ヴァイスシティ)』に登場する巨大な商業施設「North Point Mall(ノースポイント・モール)」である。1986年のマイアミを舞台としたこの作品は、80年代の過剰な消費資本主義とメディアの表層を徹底的にパロディ化して再構築したゲームであった。ノースポイント・モールはその象徴的な空間であり、PS2時代の粗いポリゴンで描かれたプラスチックのようなヤシの木、ネオンとパステルカラーのショーウィンドウ、目的もなく徘徊する無機質なNPC(ノンプレイヤーキャラクター)の群れ、そして人工的な安らぎと空虚さと懐古感が混ざり合ったBGMが永遠にループし続けている。本来『Vice City』は銃撃戦やカーチェイスを主体とする暴力的なオープンワールドゲームであり、モールはその喧騒の中に唐突に現れる静謐な空白地帯だった。この緊張と弛緩の落差が、プレイヤーにモール空間を強く印象づけた。
このBGMの音響的な特徴が、のちのMallsoftの手法を驚くほど先取りしている。曲全体に強いリバーブがかかり、直接音よりも反射音が前に出ることで、どこか遠くで鳴っているような残響の質感が生まれる。さらに高周波が削られたローパス処理によって音は篭り、現実のモール空間で距離と反射によって高音が自然に減衰する現象を疑似的に再現している。音の定位も左右に拡散し、広い空間に音が散らばる印象を作り出すステレオミキシングが施されている。静かな安心感、人の気配が薄い孤独感、かつての商業空間を思わせるノスタルジー——これらが同時に存在するその音響空間は、粗いポリゴンで構築されたゲーム内の箱庭でありながら、リミナル・スペースとMallsoftが後に体系化する感覚の原型をすでに宿していたのである。
ここで生じているのは、多層的で奇妙な「シミュラークル(オリジナルのないコピー)」の現象である。2010年代のプロデューサーたちが、2000年代のゲームが作り出した「架空の80年代」に対して強い郷愁を抱き、それをさらにノスタルジックな音響建築として再構築する。事実、Vaporwaveアーティストの♢Crystal Islands♢は、2013年にNorth Point Mall内で流れている環境BGMを直接サンプリングし、ゲーム内のモールのスクリーンショットをそのままジャケット・アートワークとして使用した楽曲を発表している。さらに、VHS Dreams™もまたゲーム内のこの空間に着想を得た同名のアルバム『North Point Mall ノースポイントモール』をリリースしており、この架空の箱庭が現実の商業施設と同等以上に帰るべきバーチャル・プラザの原風景として機能していたことを示している。
こうした仮想空間への郷愁と並行するように、2015年にはインターネット・アーカイブ上でひとつの興味深いデータが公開される。1980年代後半から90年代前半にかけて、当時アメリカ最大級のディスカウントスーパーであった「Kmart」で働いていた元従業員が、店内で実際に流されていたBGMとアナウンスの業務用カセットテープ群を独自にデジタル化してアップロードしたのである。本来であれば月末に廃棄される運命にあったこの資本主義の残骸の登場は、架空の空間を構築しようとしていたプロデューサーたちに強いインスピレーションを与えた。PowerPCMEの『Kmart 1989-1992』をはじめ、KmartそのものをモチーフにしたMallsoft作品が自然発生的に増加していったのは、その直接的な影響である。ゲームの中の架空のモールと、廃棄寸前だった実在の店内テープ——どちらも等しく、失われゆく原風景への郷愁を扱うMallsoftというジャンルの広がりを後押しする源泉となった。
*12: Slow R&B for Zellers Locations Canada-Wide
オンラインアンダーグラウンドの黎明期において、小売業店舗という概念と音楽的技法を直接的に結びつけた極めて重要な作品が、モントリオールを拠点とするCFCF(マイケル・シルヴァー)によるミックステープである。
本作がモチーフとしているのは、2013年までに全店舗が閉鎖され、米巨大資本の傘下(ターゲット・カナダ)に入ったことで消滅したカナダの老舗百貨店チェーン「Zellers(ゼラーズ)」だ。かつての国民的チェーン店が巨大資本に飲み込まれ、抜け殻のような廃墟へと変貌していく過程を、CFCFは閑散とした店舗空間に響き渡るスローモーションR&Bとして投射した。ロパティンが提示した「Eccojams」の手法を用いながらも、それを特定の小売店舗という物理的なコンテクストに接続した点は極めて先駆的である。かつて人々を惹きつけた商業的な煌びやかさが、鈍化されたリズムと深いリバーブによって存在しない記憶へと変容し、静かな哀愁が漂う。消費社会の終焉をサンプリング・ミュージックの枠を超えてシリアスな思想的課題として捉えた本作は、リテール・アポカリプスが招く場所の喪失を音響的に記録した、初期の記念碑的な論考といえるだろう。
*13: galleria
映像作品『LUXX』と対をなす形で、バーネットが2013年に発表したアルバム『Galleria』は、この文脈において不可欠な一枚である。本作に収録された楽曲「luxx」は前述の映像作品の音源をそのまま収録したものであり、他の収録曲も同様の極端な音響処理が施されている。その最大の特徴は、廃墟化した広大なアトリウムや無人のフードコートを想起させる、過剰なリバーブ処理にある。この深いエコーによって音は実体を失い、壁面に反響し続ける残響の塊へと変貌する。リスナーはあたかも、深夜の閉鎖されたモールに独り取り残されたかのような、心地よい静寂と表裏一体の恐怖——すなわちリミナル・スペース的な感覚に陥ることとなる。
*14: Vacant Places
バーネットの初期作品群が、Mallsoftというタームが定着する以前の「Pre-Mallsoft」と呼ぶべき先駆的な試みであったのに対し、2012年に登場したHantasiの『Vacant Places』は、後に「Mallsoftのゴッドファーザー」と称されることとなる最初期の金字塔である。本作の手法は極めて純粋だ。スローダウンされたラウンジミュージックを、廃墟のごとき広大なモール空間の中で永遠にループさせる。それは、かつて資本主義の栄華を象徴したショッピングモールの喪失感を鮮明に描き出すと同時に、永遠の消費という幻想とその不可避な崩壊を、批評的かつ詩的な情景として提示した。リリースから10年を記念し、本作は2024年に待望のヴァイナル化を果たした。さらに同年には、正統な続編となる『Vacant Places II』がリリースされている。
*15: Hologram Plaza
Parish Bracha(パリッシュ・ブラチャ)によるVaporwaveプロジェクト、Disconsciousが2013年に発表した『Hologram Plaza』は、仮想のショッピングモール内を散策する没入型体験を音で再現した作品である。
エレベーターが開き、噴水が流れる広場を通り抜け、エスカレーターで階上へと移動する……といった、モールの物理的な構造を具体的な音像として提示した。それまでの表現に色濃かった廃墟の不気味さから一歩踏み出し、モール空間そのものが持つ清潔な心地よさや浮遊感を追求した点が画期的であった。これにより、Mallsoftは失われた場所の記録という側面だけでなく、バーチャル・サンクチュアリとしての新たなアイデンティティを確立することとなった。
本作をリリースした後、彼はArcaが主宰するDiscordサーバー「Mutants1000000」から派生したチャリティ・コンピレーションシリーズ〈MUTANTS MIXTAPE〉(2020年5月のジョージ・フロイド殺害事件をきっかけにPOC・LGBTQ+支援を目的として急速に発展)への参加や、2023年にParish名義でリリースした『Cascades Of Refinement』など、精力的な活動を続けている。
*16: 슈퍼마켓Yes! We’re Open
『Hologram Plaza』の登場によって、Mallsoftは「資本主義の亡霊へ手向ける鎮魂歌」という哀愁漂う方向性から脱却した。それに代わって提示されたのが、純粋にモール体験の心地よさや没入感そのものを楽しむという、肯定的な美学である。
韓国で活動する식료품 groceriesによる本作の舞台は、ショッピングモールからより生活に密着したスーパーマーケットへと移されている。店内のアナウンス、レジの操作音、買い物客のざわめきといった日常的な環境音が、独創的なサンプリング音楽とシームレスに混じり合う。その構成は、聴く者を色彩豊かな商品が無限に続く棚の迷宮へと誘い、見慣れた消費の場を未知のサイケデリックな体験へと変容させる。
個人的なエピソードになるが、2019年に東京で開催したVaporwaveのイベントにおいて、当初出演予定だったSaint Pepsi(Skylar Spence)の急遽のキャンセルを受け、代打として韓国から駆けつけてくれたのが彼だった。ダンスフロアを瞬時にして架空のショッピングモール、あるいは巨大なスーパーマーケットへと変貌させてしまったあの衝撃は、今も記憶に鮮明に刻まれている。
*17: 猫 シ corp.とPalm Mall
Vaporwaveから派生したMallsoftというジャンルにおいて、その定義を決定づけたのが、オランダを拠点に活動するJornt Elzinga(ヨルント・エルジンガ)によるプロジェクト、猫 シ Corp.(Cat System Corp.)である。エルジンガによれば、このプロジェクト名は20世紀後半の資本主義および企業文化の探求というコンセプトに基づいている。「Corporation(法人・企業)」という組織形態に、自身の愛猫家としての側面を投影した「猫」という極めてパーソナルな記号を掛け合わせることでこの名義は誕生した。筆者が10年ほど前にFacebookで本人と交流していた際、自身の愛猫たち——ハチワレのPolly、黒猫のPoeke、ペルシャ猫のYuki——の写真を送ってくれたことが深く印象に残っている。こうした個人的な生活空間の記憶と、企業の無機質なイメージの混交は、彼の音楽性にも通ずる重要な要素である。
アートワークの猫は愛猫のPollyである
2013年の活動開始当初、彼はオーソドックスなVaporwaveスタイルの作品を多数リリースしていた。Mallsoftというサブジャンルがシーンで明確に意識され始めた2014年、彼が発表した『Palm Mall』はジャンルのマイルストーンとなった。アートワークに描かれた清潔で快適な、しかしどこか虚無的なモール空間。そのサウンドデザインは、断片的な店内アナウンス、買い物客の話し声、足音、空調音といった環境音を精緻にコラージュすることで構築されている。特にカセットテープのA面を飾る22分に及ぶ表題曲「Palm Mall」は、「Mall Kankyō Ongaku(モール環境音楽)」と呼ぶべき圧倒的な没入感を提示している。
このアンビエント的な空間表現のルーツは、2010年頃に展開していたStriiderやBeutewaffen といった過去のエイリアスに遡ることができる。特にStriider名義では、戦場の喧騒や演説、銃声などを素材としたダークアンビエントやマーシャルインダストリアル、ノイズ、ドローンを融合させた重厚な作品を発表していた。エルジンガはこれらについて特定の政治的思想を広める意図はないと明言しているが、ここで培われた「特定の環境音を用いて多層的な空間を構築する」という技術は、後に猫 シ Corp.名義でのMallsoftへと結実した。『Palm Mall』は単なるBGMの枠を超え、オンラインアンダーグラウンドから脈々と続いてきたモール・ノスタルジアの完成形として、今なお鮮烈な輝きを放つ。
*18: Christmas In The Hypermall
Mallsoftという広義のカテゴリーにおいて、SF的な想像力を用いてその美学を拡張した作品が、Blank Banshee(ブランク・バンシー)として知られるPatrick Driscoll(パトリック・ドリスコル)によるプロジェクト、Hypermall Corp.である。2015年のホリデーシーズンに発表された『Christmas In The Hypermall』は、Blank Banshee名義のVaporwaveにトラップビートを融合させた「Vaportrap」のイメージを覆す、極めてコンセプチュアルなミックステープとなっている。本作には、かつてオフィシャルページにおいて以下のようなSF的なバックストーリーが添えられていた。
「2099年の未来、クリスマスという概念が消失した世界。ある者が、かつて(2015年)クリスマスイブのハイパーモールに閉じ込められた際に手に入れた、ホリデープレイリストの複製テープを過去へ送り返す——」
雪が深く降り積もる無人のハイパーモールに一人取り残されたかのような心地よい安らぎは、リテール・アポカリプスによって失われたモールの喧騒が、未来においてはもはや再現不可能な聖域として扱われていることを示唆している。ドリスコルは本作を通じて、Mallsoftが持つ没入感を、未来からの視点という時間軸の歪みによって強化した。警備員が電源を切り忘れたステレオシステムから流れる、どこか遠く響くクリスマスメロディ。それは、20世紀後半の消費文化が最も多幸感に包まれていた瞬間の断片であり、現実の崩壊を経験した世代にとっての究極の逃避場所を提示している。
*19: Palm Mall Mars
猫 シ Corp.によるモールへの探求は、2018年に発表された『Palm Mall』の続編『Palm Mall Mars』において、壮大な終着点へと到達した。本作は、かつての地上に存在したモールの再現を超え、現実逃避的なコンセプトが宇宙規模のSF的階層へと跳躍した記念碑的作品である。
本作には、人類が火星に入植しテラフォーミングに成功した未来の物語が背景として添えられている。西暦2149年、地球の元老院CEOによって初の火星ショッピングモール「PALM MALL MARS」がオープン。リリース設定上の現在である2199年、同モールは50周年を迎える。アルバムを彩るサウンドデザインは、この火星の巨大モールで開催される記念セールや、新築の環状惑星のオファー、最新のARPE体験会といった架空の広告文句を想起させる。高級品の割引や「ポールセン・トリートメント」の50%オフといった、どこまでも資本主義的で空虚な欲望が火星のクレーターの中に響き渡っている。
音楽的にはMallsoftの王道を往きつつも、曲名に日本語、英語、アラビア語、ハングルなどが入り混じっている点が特徴的である。この多言語の混在は、国家や国境の概念が消失し、ただ消費者というアイデンティティのみが均質に広がる宇宙時代の無機質な公共性を象徴している。
*20: 仮想夢プラザ
t e l e p a t h テレパシー能力者ことLuke Laurila(ルーク・ラウリラ)によるプロジェクトが「仮想夢プラザ(Virtual Dream Plaza)」である。ラウリラは80年代の日本のポップスや歌謡曲を極限まで引き伸ばし、原曲の形を失うまで加工する「slushwave(スラッシュウェイヴ)」というサブジャンルを確立した。プロジェクトと同名のアルバム『仮想夢プラザ』は、1曲が30分程度の長尺アンビエント32編という壮大な構成で、聴き手を深い夢の中へと誘う圧倒的な没入感を持つ。
本作のアートワークに採用されているのは、かつて宮崎県に存在した世界最大級の室内ウォーターパーク「オーシャンドーム(宮崎シーガイア)」を紹介したテレビ番組のキャプチャ画像である。バブル崩壊後の運営会社の破綻を経て2007年に閉鎖・解体されたこの施設は、失われた夢の巨大空間を象徴するアイコンである。
かつての華やかだったリゾート施設の残像が、延々と繰り返される夢見心地のサウンドに重ねられる。そこには、リテール・アポカリプスという現実の崩壊を経て、仮想空間のモール、さらには火星へと逃避し続けた蒸気の波が、最後に行き着く静かなる溶解の風景が描き出されている。
参考文献
[1] "Comment: Vaporwave and the pop-art of the virtual plaza" | Dummy Mag
[2] "Vaporwave and the observer effect" | Chicago Reader
[3] "Vaporwave" | Know Your Meme
[4] "Vectors of Vektroid and Vaporwave" | Bandcamp Daily
[5] "Uma entrevista com Ramona Andra Xavier aka VEKTROID" | I Hate Flash
[6] "Interview w/ INTERNET CLUB" | Nick Caceres
[7] "Daniel Lopatin ('Marty Supreme') aka Oneohtrix Point Never - Full Interview" | Score: The Podcast
[8] Interview: Oneohtrix Point Never | The FADER

