そして半年が経った今、
大きな夢や理想を語ることならできる。
欲しいものがあれば、多少高くても勢いで買うことができる。
それなのに、
現実がなかなか変わらない。
そんなジレンマを抱えていたのが、
このブログを始めた頃の私でした。
11年前かな。
当時の私は、
欲しいものは買っているつもり。
やりたいことはやっているつもりだった。
でも実際には、
「今飲みたい100円のコーヒーを買うかどうか」を
毎日毎日飽きずに迷っていたのです。
背伸びをすれば手に入るものではなく、
「今の私が欲しいもの」を
当たり前に選べる自分になること。
すべての始まりは、そこからでした。
やりたいことがあっても続かない。
続かないから、始める自信もなくなる。
「自分と向き合うこと」も、
「自分の声を聞くこと」も、
気が向いた時だけだったのが、
これまた11年前の私でした。
もし、「本当の私」が、
内神様のような存在だとしたら、
惰性に流されている私の姿は、
すべてお見通しなのではないか。
大きなことを望みながら、
気が向いた時だけ手を合わせる。
そんな都合の良い信仰心で、
恩恵があるのだろうか。
そう思った私は、
自分と向き合うことを“当たり前”にするために、
現実の神社という場所を使いました。
毎朝9時までに神社へ行き、
21日間連続で参拝する。
もし1日でも休んだら、
また1日目からやり直す。
そんなルールを自分の中であえて設定した。
「今日は雨だからやめようかな」
「もう十分なのでは」
そう思う自分の惰性も、
すべて見ていることに気づき始めた時、
内側からはっきりとした声が聞こえるようになりました。
そうやって私は、
その声が「本当の自分の声」であることを、
習慣の中で体感してきました。
頭で理解しただけでは、
残念だけど現実は変わらない。
それはDay2で話したように、
”お前の信仰心はその程度なのか?”
というところにある。
気分の良い時だけ内側に意識を向けて、
気分が悪くなると外側に意識を向ける。
気分によって、
信仰先が内へ外へ、
あの人からこの人へ移り変わるなら、
Day2の話を実践してほしい。
どんな理論も、
行動しなければ意味を持たないんです。
この世界は実践の場。
気づいたら、やってみる。
そう思ったなら、試してみる。
どれだけ深い気づきがあっても、
現実での反応や選択が変わらなければ、
それはまだ現実にはなりません。
気づきや夢と、
今の現実の間にあるギャップを
どう埋めていくのか。
この体を動かしていくプロセスこそが、
実は人生の本当の面白さです!
起きた出来事や相手の言動を見て、
それに対して「自分がどう思ったか」を分析することがあると思います。
でもそれは、客観的な視点であり、
”それに対して”探求するほど、
意識の対象は外へ外へ。
本当の自分からは少しずつ離れています。
起きた出来事や相手の言動は、
本当の自分に気づくための“象徴”です。
その象徴を通して「感じたこと」や、
自分の内側に起きている揺らぎを見つめていくと、
本当の自分に気づいていく体験が起こります。
例えば、
地震によって大地に隙間が生まれるように、
心の揺らぎによって、
これまで閉ざされていた部分に空間が生まれます。
その空間に、
新しい気づきや新しい願い、
豊かさが流れ込んでくるのです。
本当の思い、本当の願いが見つかる時は、
時に真逆の衝撃がきっかけになることもあります。
この時、
外側に振り回される必要はなくて、
ただ内側に気づいていくだけで、
混乱は自然と静まっていきます。
その時同時に、
現実も変わっていきます。
感情は、
今の自分がどこにいるのかを
教えてくれる大切なサインです。
明らかな感動や喜びであっても、
まだ言葉にならないモヤっとした感覚でも、
感情が動いたその瞬間、
私たちは次の願望を生み出しています。
出来事はただ一つですが、
その出来事をどう受け取るかは、
それぞれの自由です。
思考で意味を付けて、
想像を膨らませるほど、
ドラマが現実に生まれます。
私が本当に大切だと思うことは、
その感情を感じたままにしておくこと。
子供のように、
寂しい、寂しい、寂しい。
悲しい、悲しい、悲しい。
もちろん、
楽しい、楽しい、楽しい。
落ち着くまで、
ただ感じるままにしておく。
思考で物語を作らない。
”ただ感じる”ことを許すと、
やがてその感情の源にある、
本当の願いに気がついていきます。
”感じること”は、
現在地を知ることであり、
同時に本当の望みに向かえる転換点です。
そのプロセスは、
まず意識を向ける対象物を、
外側ではなく、自分の内側へと
向けていくことから始まります。
私には、過去の経験から、
体に染みついていた信念がありました。
それは、無意識に、
自分自身を否定し続けるものでした。
「こうしてはいけない」
「こうするべきだ」
そんな思い込みが、
”本当であるかどうか”を確かめるために、
私は、安全な形で、
あえて再体験をしてみました。
その結果、
長く信じてきた思い込みが、
実はほとんど意味を持っていなかったことに気づいたのです。
その瞬間、
まるでオセロが一気にひっくり返るように、
過去の出来事の見方が変わりました。
頭で思い込ませるのではなく、
心から、本当によかったのだと思えたことは、
私の中で革命が起きたようでした。
「今ここで試してみる」
「今ここでやってみる」
という一歩踏みだす勇気は、
これまで否定され続けてきた自分を癒し、
本来の力を取り戻していく大きな転機になります。
無条件の愛とは、
「何をしてもいい」
「何をしても許される」
という意味ではないんですよ。
私気づいてしまったんですけど、
本当の無条件の愛ってね、
迷ったり悩んだり、
時には後悔しながら、
一生懸命生きてきて、
ふと後から振り返ったときに、
「あぁ、これでよかったんだなぁ」
「この道しかなかったんだなぁ」
「あの日々があったから今の私がいるんだなぁ」
そうやって”気づいていく体験そのもの”のことだと思うんです。
始める前は不安でも、
途中思うような結果にならなくても、
振り返ったときに
すべてが必要なプロセスだったと分かる。
その瞬間、
「すべて愛だった」のだと分かるし、
どんな時も守られて、
導かれてきたのだという感覚が
内側から静かに流れてくる。
無条件の愛は、
頭で理解するものではなく、
自分の気づきとともに、
直観で理解していくものです。
こんな話を、毎日詳しくしていきます!
私が頭で理解している話をシェアする場ではなく、
実際にやってきたこと、やっていること、
体感を通して気づいたことを言語化する時間です。
参加する方々と交流しながら、
どんどん内容が深まっていく、
面白い体験になると思います
Tachyon7Days2、
いきなりですが来週から始まります!
待ったなしのこの感じに、
乗っかってみて
皆さんのご参加、
心よりお待ちしております