【腐・槍弓】君が居ない
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べったにupしていたSSです。
間違って記事を消してしまいました…>< ブクマしていただいてたのにすみません!!!
ぼーっとしてました…
槍弓が喧嘩するお話。糖度低いです。
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些細な事で喧嘩をした。
本当に些細な。
なぜそんな事になったのか、思い出せないくらいに、きっととても他愛無い事。
例えば、シャワーを浴びて髪も乾かさずベッドに転がった事。
例えば、事後にベッドで煙草をふかす横顔に、酷くさみしさを覚えていう必要のない小言を口にしたこと。
例えば。
小さな衝突はいつものことで、けれど、あの瞳が忘れられない。
燃えるような熱を帯びた瞳が、一瞬にして凍てついた。
すべての熱量を奪い、無へと還す、暗黒にも似た。
「二度とその面見せんな」
あれ以来、怖くて顔を見られない。
「よう。今朝のおすすめはなんだ?」
「おはよう、キャスター。昨日君達が釣って来たアジの一夜干しがメインの和定食だな。脂がのってとてもいいアジだった。毎度のことながら助かるよ」
「んじゃ、それで。オレも他のオレも美味い飯が食えるとなりゃ働くさ。何せお前さんが作る飯は絶品だ」
からりと笑ったキャスターの笑顔に、目の奥がずきりと熱く痛んだ。
眩しくて、美しくて、見ていられなくて。
気付かれないように手元に視線を落とし、盛り付けの澄んだトレイをカウンターの上へ置いた。
「ほら、持って行け」
「あいよ」
朝食を載せたトレイを手に取ってカウンタを離れていく後ろ姿に、エミヤは小さく息を吐く。
彼とは違うというのに、自分はキャスターの顔すらまともに見られない。
自分の態度をどう思っているのか、キャスターはいつもと変わらない態度で居てくれるから、少しずつ心は落ち着きを取り戻し始めている。
そう言えば、と食堂を見回す。
キャスターがトレイを持って向かったテーブルにはプロトとオルタの二人が座っているが、もう一人の姿はない。
思い返せば、ランサーはあれ以来食堂には来ていない。
自分が作る食事など、口にしたくもないという事だろうか。
……他の者が当番の時には来ているのかもしれないが、それを確かめる勇気は今のエミヤにはなかった。
嫌われてしまった、のだろう。
当然だ。
この身は薄汚い掃除屋で、誇りもない在り様を彼は心底気に食わないと思われていたのだから。
けれど、ほんの数日合わなかったというだけで、これほどの喪失感を覚えるとは思わなかったな、とエミヤは心の中でひっそりと呟いた。
何の因果か。
幾度も巡り合う故の、そしてあの気紛れに繰り返された微温湯めいた日々、それが終わっても続いた平穏な日々がそうさせたのか。
エミヤは思い出しそうになった感情を振り払うように長い息を吐くと、同じく厨房に入っているブーディカを振り返った。
「すまない、ブーディカ。後は任せていいだろうか」
「いいよいいよ。本当は当番じゃなかったのに、アジの一夜干し、だっけ? 美味しいんだけど、アタシだけじゃ手が足りなかったかもだから助かったよ」
「もし夕食の仕込みに手が足りないようなら呼んでくれ」
「キャットとが居るから大丈夫だと思うけど、分かった。手伝って欲しい時は声をかけるよ」
「ああ、ではな」
「おつかれさん」
明るい声に送り出され、エミヤは自室へと足を向けた。
自室に戻ったエミヤは、疲れた、と呟くとベッドに転がった。
普段なら礼装も解かず横になることなどないのだが、いかんせん、疲れていた。
……サーヴァントの身でありながら、マスターの剣である身でありながらこのていたらく。
覚えるはずのない胸の痛みに、心の奥に突き刺さった棘の痛みに、
唇から零れ落ちるのは、溜息だけだった。
どれくらい時間が経ったのか。
部屋の呼び鈴が鳴る音で目を覚ます。
余程気が抜けているのか、と未だぼんやりと定まらない思考のままコンソールに手を伸ばす。
パネルに触れて部屋の前を映すカメラの映像を表示させれば、こちらが見ていると分かっているのだろう、カメラを覗き込むようにして手を振っている男が映し出されていた。
「キャスター、何の用かね」
『廊下で話すんのはちぃとばかしな』
通話をオンにして問えば、開けてくれと言わんばかりの応えが返る。
どうしたものかとは思ったが、彼がわざわざこの部屋までやってくるなぞ滅多になく、とりあえず用があるのは間違いないだろうと扉へ向かう。
ぷしゅ、と軽い音を立てて扉を開ければ、同時に白い塊に飛び掛かられ、バランスを崩したエミヤはたたらを踏む。
危うく倒れそうになるところをさっと伸びて来たキャスターの手に腕を掴まれ、何とか踏み止まれば、疲れた顔してんなぁ、とそのまま引き寄せられた。
「キャスター、そう思うなら……」
一人にしてくれ、と言おうとした唇を塞がれる。
熱を持った唇で食べるように覆われて、逃げようとしても足元に纏わりついている白い獣たちを踏んでしまいそうで動けない。
そればかりか、キャスターは腰を引き寄せている腕の力を強め、余計に身体が密着した。
無遠慮に入り込んだ舌に好き勝手に蹂躙されて、甘く滲む魔力に泣きそうになる。
「……泣くなよ」
エミヤを緩く抱きしめるキャスターが耳元で囁く。
泣いてなぞいない、と言い返したかったけれど、言葉にしたら本当に涙が溢れそうで怖かった。
二頭の獣は相変わらず足元に纏わりついているが、キャスターがエミヤをベッドに促すと大人しく距離を置く。
「そら、横になれ」
器用に礼装の上着とブーツを消してエミヤの身体をベッドに転がしたキャスターが後ろを振り返って頷けば、二頭の獣がベッドに飛び乗り、エミヤの傍に身体を落ち着けた。
ふわふわの白い毛玉は温かくて、生き物の気配はエミヤの冷えていた心を温もりで満たした。
「私は、そんなに酷い状態かね、キャスター」
「酷くねえとでも思ってるか?」
優しい手付きで頭を撫でられて、エミヤは目を閉じる。
キャスターの手と白い獣達からじわりと滲む魔力が酷く心地好くて、ああ、魔力が枯渇しているのか、とおぼろげな思考の中で思った。
「な、ぜ……」
カルデアの中で、それほど魔力を使った訳でもないのに枯渇しかかっているのだろう。
電力を魔力に変換し、供給されている筈のこの場所で。
「そりゃあ、槍のオレから供給されなくなったから」
こともなげにそう告げるキャスターの口調には何の温度もない。
ただ事実を述べている淡々とした口調に、エミヤは温もりに包まれて眠りに陥りそうになりながら必死に意識を繋ぎ止めてキャスターを見上げた。
その視線が何を問うているか分からない彼ではなく、さら、とエミヤの前髪を乱しながら頭をなでると顔を寄せた。
「さてなぁ。だが、パスを繋いじまったことが原因の一つだろうが」
「ああ……」
微睡みに支配されそうになりながら、エミヤは儚く笑う。
「恐らくだが、無意識にアイツはお前さんと繋がったパスを通じて、カルデアとお前さんの間にあるパスよりも自分とのパスからの魔力供給に対し開かれるように願ったんだろう」
「傍迷惑な、話だな」
「気付けなくて、すまなかったな。時折あいつの魔力を感じちゃいたが、それはあくまでも残り香程度で、別段おかしなこともなかったもんでよ」
魔力が僅かではあるが回って来たのだろう、エミヤは白い獣をゆるゆると撫でながら、先を促す。
「……エミヤ、お前さんの目にはもう、槍のオレは見えてねえんだな」
キャスターは悲しそうに笑うが、エミヤにはその言葉の意味が分からない。
「見えてない、とはどういう……? 彼がカルデアを退去した訳でもなかろう。マスターが彼の話をしていたし、アジだって一緒に釣って来たのでは? ……ああ、私とは逢いたくなのだろうな。そう言えば随分、顔を見ていない」
ふふ、と笑んだエミヤはどこか遠い場所を見ているような目をしている。
「そう、か。まぁ、その内に機嫌も直るだろ。何が原因で喧嘩になったかしらんが、お前をそこまで変えちまうくらいには、お前さんに惚れてんだ。逢えばすぐに元に戻れるさ」
「どうだろうな……。あんなランサーは見た事がなかったし、あんな言葉だって」
ほろりとアーチャーの眦から雫が零れ落ちる。
魔力を含むそれは淡く弾けて、光を放って消えて行った。
「安定が悪いな。なぁ、オレを選ばねえか? アーチャー」
「馬鹿を言うな」
「だよな」
消えてしまった涙が伝った頬を撫で、キャスターはエミヤの額に口付ける。
ランサーのそれとは違う、けれど確かにクー・フーリンという英霊の魔力をその身体で受け入れているエミヤの瞳が黄昏色に染まり、それに気付いたキャスターは苦笑した。
「ああ、やっぱそのままじゃ馴染まねえな。……ったく、槍のオレはどんだけ随分お前さんを大事にしてたんだろうな」
分からんでもないが、と苦笑すると、キャスターは懐からルーンストーンを取り出しエミヤの胸の上にそっと置いた。
「キャスター?」
「オレの魔力で満たしちまったら、お前はオレの眷属も同じになっちまう。オレは、オレ達は英霊エミヤを欲しいんであって、オレの眷属にしてぇ訳じゃねえからな。だから、ちょいとばかり細工を、な」
キャスターが魔力を通せば石はどろりと溶けてエミヤの体内に吸収されていく。
あくまで、無色に。
誰かの色ではなく、エミヤという男がそのままでいられるよう、カルデアから供給される魔力と同じそれに変換して供給する。
己の魔力を注ぎながら、同時にそれをやっていたなぞ、狂気の沙汰としか思えないが、この男を欲するあまり、無意識に紡いでいたのだろう。
だが、それがいつのまにか当たり前になり、歪なカタチになっていたことを誰も気付いていなかった。
無色の魔力をその身で受け止めても、パスを繋いでいたのはランサーのクー・フーリンだ。
眷属とまではいかなくとも、疑似的な契約を結んだに等しい状態で、拒絶とも取れる言葉を浴びせられたのなら、そう反応してもおかしくはない。
「……世話をかける」
「なあに。槍のオレの不始末は、同じ存在であるオレがつけるのが道理だろ」
お前が、ランサーを認識できるようにならない限りは。
キャスターは心の中だけで呟く。
「これでは戦うどころではないな」
「問題ねえ。カルデアとのパスは切れちゃいねえんだ。より魔力供給量の多いパスに繋ぎ変わっちまったってだけで」
見上げて来るアーチャーの瞳が、少しずつ冬の曇り空めいた色に変わっていくのを見つめながら術を調整するキャスターは、不本意だと言わんばかりの表情を浮かべているアーチャーに微笑みかける。
「今すぐにとは行かんし、しばらくはレイシフトする時はオレかオルタか、プロトが一緒にいるようにマスターには話を付けてある。少しばかり不自由だろうが、なぁに、すぐに元に戻る」
「君は、存外優しいんだな」
「まあ、優しいつうか。お前さんをこのままにはしておけんしな」
僅かに苦悩を滲ませたキャスターの声色の向こうにどんな感情があるのか、エミヤには読めない。
ただ、キャスターの瞳に、ランサーが時折見せていたのと同じ優しさにも似た色が見えて、少しだけ胸が痛んだ。
「しかし……よく、気が付いたな、恐らくはロマニやダ・ヴィンチも気付いていないんだろう?」
「クランの猛犬の名は伊達じゃねえってことさね」
「当の本人にも、自覚がなさそうだという話だったのでは?」
困っている。
そうと分かる表情でエミヤが笑う。
悲しさと諦観が滲んでいたが、それでも、笑っているだけまだましだとキャスターは笑みを返す。
「とりあえず、少し寝てろ。その方が魔力も馴染む」
「すまない」
「そいつはこっちの台詞だっての。必ず何とかしてやっから心配すんな」
キャスターの言葉に、エミヤは一瞬泣きそうな表情を浮かべたが、それでもすぐにそれを振り払うように小さく首を横に振ると、キャスターを見上げ、口を開いた。
「ありがとう、キャスター。どうか……頼む」
「おうよ」
そっと瞼をキャスターの手が覆う。
秘かに忍ばせたルーンに誘われたのか、すぐにエミヤの呼吸が規則的な寝息に変わった。
「寝たか……」
起こさないように立ち上がったキャスターが振り返る。
其処には、ランサーのクー・フーリンが立っていた。
「にしても、見事にお前認識されてねえな」
「みてえだな」
殺気こそないが、今にも射殺さんばかりの形相を向けられたキャスターは、突き刺さるような視線を受け止めて薄く笑う。
「二度とその面見せんな、か。しかし、妙な方向に暗示っつうか呪いがかかっちまったもんだな」
「そいつにはそもそもそんな芸当できねえだろ」
ハーッと溜息を吐いたランサーは、言葉を放った時の己の感情を、思い出す。
もし、自分がこいつの目の前から消えたら、どうなるだろうかと、そう強く思ったのだ。
自分を失ったら、嘆くだろうか。
執着を見せず。
欲しいとも口にせず。
ただ、手を伸ばせばそれに応えるだけなのかと、それが無性に腹立たしくて。
それなのに、世話を焼く手が優しいから。
「残酷だよな」
キャスターが嗤う。
それは、果たしてランサーに向けたものか、それとも。
シンプル故に強い、暗示。
傍に居るのに、見えていないと分かった時の衝撃。
その内、記憶からも消えてしまうだろう予感がある。
けれど、その前に。
必ず。
「手を、貸してもらうぜ。キャス」
「高くつくぜ?」
向かい合った自分達は同じもの。
抱え込む想いもまた、同じだと知っている。
「分かってる」
頷いて、ランサーは穏やかな表情で眠るエミヤの元に歩み寄る。
そっと、指先で前髪をすくって存在を確かめると、背を屈め、白い髪に口付けを落とした。
Comments
- そーDecember 12, 2019