九校戦の前夜祭である懇親会は滞りなく開始された。
件のタンクローリー事故は崖下を通っていた一般道に大きなクレーターを作るほどの被害を産んだものの、山道で車通りがほとんどなかったのをいいことに事故は隠蔽されている。一部のSNSに投稿されたいくらかの写真が出回っているくらいで、ニュースや新聞は不自然なほどこの爆発事故に触れていなかった。
生徒たちのほとんど、それこそ実際にタンクローリーに突っ込まれかけた一高生でさえ、そんな裏事情を知ることなく懇親会に臨んでいる。
会は立食形式のパーティーだが、食べ盛りの高校生(しかも体育会系)が主体であるのを考慮して大皿に料理が山盛りされている。内容も揚げ物に肉・炭水化物が主体で、スカウトや挨拶のために訪れる各界要人からは見ているだけで胃がもたれると評判だ。
創一朗は警備担当者として会場入り口付近の壁際から全体を俯瞰している訳だが、こうして見ていると学生たちの行動が綺麗に二分しているのが良くわかる。
つまり、慣れている生徒とそうでない生徒。比率にすると概ね7:3、食事はそこそこに、グラス片手に対戦相手となる他校生や来賓のエライ人らと談笑に励んでいる者たちと、端の方で所在なさげに突っ立っていたり、テーブルの料理に夢中になっていたりする者たちだ。
(まぁ、教えて貰えなきゃそうなるよなあ)
容赦ねぇな、と創一朗はバイザーの下で苦笑する。
九校戦はあくまで競技者の集まり。選手は実力一本で選び出されるし、この会への参加資格もそれに倣う。
資質が遺伝による傾向が非常に強い魔法界だが、いくら高くとも100%ではない。一般家庭から突然魔法師が生まれるケースは特に日中英など歴史の古い国に多く、高校レベルでは努力で才能を覆して大会に出て来る例もある。
恐らく、主催側に悪気はない。運営に携わっている魔法界重鎮と各校生徒会は二十八家による寡占状態だ。一般生徒向けのマナー講座開講なんて思いつきもしないだろう。
テーブル満載の料理は決して恥をかかせようとか罠とかではなく、例年現れる「分かっていない」生徒の要望を忠実に取り入れた結果だろう。
今はまだいいが、後夜祭に至ってはダンスまで用意されている。日本人の何%が正しく淑女をダンスに誘えるだろうか? となれば、一般出身の選手は競技以前にマナーの猛練習が必要だが、それが必要な生徒に限って必要だと教えて貰えるコネがない。
誰もわざとやってる訳じゃない。だが何の前情報もなく「ここ」に放り出された一般生徒はそうは思わない。貴族社会とはそういうものだ。
「ふぅ」
創一朗が脳内で生徒たちに同情していると、隣に軍装の女性がわざとらしく「ちょっと休憩」と言わんばかりにやってきた。
「藤林少尉。お疲れ様です」
それを見て創一朗は直立不動の姿勢を解除。設定上もう軍人ではないので敬礼はせず、女性士官の方に向き直る。
(仮装行列による+7cmの補正込みで)203cmある創一朗と比べると胸のあたりまでしかないが、女性にしてはやや長身でスタイルもいい。高位魔法師に相応しいと言うべきか顔立ちも整っていて、軍隊というよりは銀行や財閥系企業の企画部門にいる「仕事の出来る女先輩」といった風情だ。国防陸軍第101旅団所属 独立魔装大隊幹部、藤林響子である。
「……敬語で来られるとやりづらいわね」
なお、創一朗は表向き軍を退役したことになっているが、実態として海軍少佐の階級が残ったままという微妙な立場にある。
直属の上司と同階級だが任務の都合で民間人ということになっているという面倒極まりない立場の相手から敬語で話しかけられ、藤林少尉は一瞬「勘弁して頂戴」という感情が顔に出たが、そこは流石軍人で、すぐにひっこめて「高位の軍人」相手ではなく「知り合いの年下」扱いに徹すると決めたようだ。
「今は民間人ですので。少尉はリクルーターですか?」
「ええ。食べっぷりを褒めるのもようやく慣れて来たわ」
悪戯っぽく振る舞うが、口調のトゲが隠しきれておらず、生徒たちを煽てて回るのに疲れているようだ。休憩と言ったのは嘘でもないのだろう。
左手の薬指に着けた銀色のリングを愛おし気に撫でる彼女に言い寄ろうという猛者は流石に居ないだろうが、目は口程に物を言うということわざもある。男子高校生の中にこんな美人を放り込んだのだ、不躾な視線で刺されまくったんだろうなというのが創一朗にも手に取るようにわかった。
国防軍が自衛隊だった頃から勧誘に力を入れているのは伝統だが、こと魔法師となると目の色が変わる。国防軍の予算は第三次大戦前とは比較にならないほど高額だが、それでも無限ではない。巨大な戦力源である魔法師を一人でも多く確保するため、九校戦で一番熱心にスカウト攻勢を掛けているのは例年国防軍だ。
特に軍は、さっきの創一朗の見立てで言うところの「残り3割」、この貴族然とした空気が肌に合わないアスリートたちを狙って声を掛けている。近代以降の軍隊(士官学校)はいつだって平民唯一の出世コースであり、魔法界の貴族的風習に辟易した一般出身の魔法師たちはこぞって軍に吸収されていく土壌が整っている。暦の上では22世紀を迎えようとしていても、軍人人気の実態は19世紀と変わりないのだった。
その点、第二高校OGであり二高史上唯一の九校戦優勝の立役者、最近結婚したばかりでプライベートも充実している彼女は、軍人キャリアのモデルケースとしてこれ以上ない人物だろう。美貌を利用した色仕掛けという意味では既婚なのはマイナスポイントかもしれないが、安定したキャリアという意味で見ればこれ以上ない評価点だった。
要するに、まず考え無しのバカを顔と胸で釣って、ちょっと頭が回る連中を指輪と肩書で釣るという両面待ちの作戦である。マルチスコープと強化聴覚を使ってチラリと会場の会話を拾ってみるに、来年の今頃は藤林の胸に徽章が増えていることだろう。
「こりゃ来年は海からも人を寄こした方がいいかもな……」
この発言を受けて、藤林少尉は弛緩しかけていた雰囲気を一気に引き締める。
事前の取り決めがあった訳ではない。魔法の兆候すら藤林には感知できなかったが、その迂闊にも見える発言は、逆説的に周りに聞かれない環境が整ったことを表すと、彼女は正しく理解していた。
「流石、こういう機微は古式の人の方がしっかりしてら」
感心したように頷く創一朗。元々、この対テロ作戦は海軍対魔装特選隊が独自に実行するものだが、九校戦は演習場を貸していることからも分かる通り陸軍管轄だ。一般人はともかく同業者に隠す必要のある性質の任務でもなし、「他人ん家」で軍事行動を起こすにあたり、筋を通すと共に向こうの特殊部隊に協力を要請するのは当然の成り行きと言えた。
「……警備体制の見直しと、大会運営委員の再調査は完了しました」
先ほどとは打って変わって「仕事モード」に入った藤林少尉は、周囲の目に留まらないよう巧みにデータチップを受け渡す。
「これは調査データと、その途中で引っ掛かった要注意人物リストです」
創一朗の実年齢は藤林と比べて1回り近く下で、それこそ後輩どころか親戚の男の子(九島光宣)に近い歳。だが軍務において創一朗は少佐で、藤林は少尉。しかも創一朗は沖縄戦の戦功で名誉勲章相当の叙勲まで受けた英雄で、何を隠そう藤林の夫を戦死の危機から救い出した恩人である。世間話の中では"お姉さん"でいられても、仕事としてはそういう甘えが許されない程度の格の差が、二人の間には存在していた。
なお、初対面である陸海合同演習の際、いくら規則とは言え年上をぞんざいに扱うことに抵抗がある創一朗と、そもそも恩人で階級も違うとなれば遜るのも厭わない藤林響子の間で約8分にわたる押問答が行われた末のタメ語であることは、創一朗の名誉のために追記しておく。
「要注意ってことは、やっぱり"居る"のか」
創一朗が言及したのは、大会実行委員に紛れ込んだテロリストの存在。
人間主義は違法な思想として徹底的な弾圧を受ける一方で、あるいはその自覚がある故に、先鋭化しつつ地下に潜った者たちの捕捉は困難を極める。
「確実とは言えませんが、不審な金の流れや国外との通信記録がある人物はかなりの人数が引っ掛かりました。こっちは電子金蚕の使用痕跡……ご懸念通り、九校戦は汚染されています」
テロリスト化した彼らはより本格的にかつてバックについていた組織の支援をかき集める一方で、依頼ひとつで聖戦に協力してくれる「隠れ同志」のネットワークをあちこちに構築していた。
特に彼らは、魔法師と関わることの多い職種だった、あるいは現役でその職種につく非魔法師と、国内基準で魔法師と認められない程度のわずかな魔法資質を有する層に集中している。
魔法師の平均年収が全国平均を大幅に上回っているのは事実、ゆるゆるの規制で重火器並の破壊力を発揮する魔法を魔法師だけが普段から携帯しているのも事実、彼らに押し出される形であおりを食った産業があるのも事実、魔法師は自分より強い魔法力の持主にしか従わない傾向があるのも事実。
家族に縁を切られ、日本中から陰口を叩かれ、友人も恋人も全てを失った身、今更自らの投獄や殺傷を恐れてなどいない。ただ、自分たちから全てを奪った魔法師が酷い目に遭ってくれるなら命をなげうっても構わない、というところまで「仕上がった」者たちによって粛々と、しかし確かな殺意をもって彼らは動いている。
彼らにはリーダーがいない。旗印もないし、理念もなければ帰属意識もない。組織立って行動している自覚すらない。「何者か」による扇動と言う名のプロデュースによって筋書きを仕組まれ、偶発的に同じ場所で行動を起こすに至った動機のほかに何も持たない者ども。
それこそがテロリストの正体であり、国家権力を動員してもなお本拠地や首謀者が捕まらなかった所以である。
実態として陸軍情報部や公安、内閣府情報調査室ではテロの予兆まではわかっても誰が何をする気かまでは分からず、その結果が今下されている力業での解決命令、という側面がある。
別のアプローチからとは言え、開幕前までに怪しい人物と手口について一定の絞り込みを完了させて来るあたりは、「電子の魔女」の手腕ありきだった。M機関にはない電子戦エキスパートの技能をフル活用することで、藤林は個人での情報収集能力において前述した各情報機関をも上回りうることが実証された瞬間である。ある意味では彼女も戦略級の魔法師であると言えた。
「流石。じゃあ今度は俺が約束を守る番だな」
確かに、対魔装特選隊は独立魔装大隊に協力の依頼を出した。
だが、取り付けられたのは「行動の黙認」と「実際に何かあった場合の助太刀」まで。
電子戦の要であり、独立魔装大隊のエース魔法師の一角である彼女の、秘術の使用を含む全面協力など、独立魔装大隊は断じて許可していない。
つまりこの行為は命令違反の密約であり、創一朗が個人的に仕掛けた「保険」のひとつであった。
「……お願いします」
「一応、最後に確認ね。この仕事が完了次第、
「分かっています。これは明確な
協力の対価は、藤林響子にとって弟同然な「
創一朗の原作知識がなくとも、十師族の暗部にパイプのある人間ならば知っている。
十師族のドンと名高い「老師」九島烈は、既に家督を長男の
その縁で藤林家は九島家と家ぐるみの付き合いがある。だから彼女は、九島家の人間が目をそらしていた"最高傑作になり損ねた"三男の面倒をよく見ていた。
九島光宣。魔法素質だけなら司波深雪にも劣らないと言われる神童だ。烈の凄まじい功績以来、「烈以外がパっとしない」と半世紀以上に渡って言われ続けてきた九島家の評判を覆す救世主に、なるはずだった存在。
光宣は虚弱体質だった。五輪澪は普段から体力がなさ過ぎて車椅子生活になっている「虚弱」だが、光宣のそれは元気な時は元気だが、頻繁に体調を崩して寝込むというタイプの「虚弱」だ。1年の1/4を病床で過ごす彼は、澪ほどではないが軍務に耐えうる存在ではなかった。
身内には早い段階で愛想を尽かされ、彼のことを気にかけるのは、その未完の大器を惜しむ祖父と、彼の背負う宿業を詳しく知らない「
――実のところ、その原因について九島家当主たちには心当たりがある。
光宣は調整体だ。それも、九島家現当主とその妹の遺伝子から作った近親相姦の結晶である。
無論、そのことは厳重に隠されているが、十師族の闇にどっぷり浸かった陸軍情報部や、他所の調整体事例について徹底的に調べ上げている海軍M機関はそのことを把握していた。
そして、海軍M機関は恐らく今現在、調整体魔法師の製作ノウハウを世界で最も蓄積した研究機関だ。光宣の虚弱体質が調整体ゆえの不具合であるならば、それを改善できる可能性は、恐らく世界でここにしかない。
その"餌"によって彼女は、九島家と縁戚関係にいながら家の方針を裏切った。
――そのことを知ってか知らずか、前夜祭は何の滞りもなく進んだ。
創一朗の知る「原作」との乖離は、来賓として登壇した九島烈が、自分の"悪ふざけ"に対応できた人数について「学生諸君の中では」5人、と前提をつけたことだけだった。
九校戦ノルマその②、老師の悪ふざけに気づいた人数増加
達成――
7:35追記:原作を知らない方にも分かるよう、九島光宣について解説を加筆。