「しろみー! 期末どうだった!?」
教室でコンソールを操作している榊白巳の元へ、元気に声を掛けて来る赤毛の生徒。千葉エリカだ。
このE組に中途半端な時期から編入してきた彼女を一番に気にかけたのはエリカであり、白巳は彼女伝いにエリカたちの――つまり、達也たちのグループとの接点を確保していた。「あの」榊主任の妹ということで、周りから見て「外堀を埋めに行った」ことは明らかだったが、少なくとも二人の仲がいいのは間違いないようだった。
「見る?」
「えっいいの? じゃあ遠慮なく」
「エリカちゃん!?」
白巳は物静かだが、血筋なのか案外ノリのいい所がある。自由人でグイグイ行くタイプなエリカとは案外すぐに打ち解け、期末考査も終わった現在ではエリカが絡み、白巳がそれに乗り、美月が近くでオロオロするという一連の流れがすっかり定着している。
「うわっ! 理論の点数めっちゃいいじゃん! やる~」
「いえーい」
白巳の成績は、トータルすると学年105位あたりで、2科生としてはトップクラスだが全体で見れば平凡というところ。
だがその内容は非常に偏っていて、大部分の魔法実技の成績が落第スレスレの悲惨な数値であるのに対し、理論では全体11位につけている。
通常、理論とは言いつつ実技ありきというか、実際体感しないと理解できない部分が非常に大きいために、このタイプの成績の偏り方はかなり珍しい。だが今年に関しては白巳程度の偏りが霞む程度に異常な事態が起こっていた。
「ミキさんや達也さんに比べたらまだまだ」
「僕の名前は幹比古だ! 全く、エリカが増えたみたいだよ……」
もちろんわざとだ。白巳は大人しい質だが、このあたりノリが悪い訳ではない。そのため幹比古を含む男子勢からも「意外と面白い」として人気を獲得していた。入口で毎日挨拶している「守衛さん」の年の離れた妹という肩書も、あるいはそれを補助したと思われた。
当のミキこと吉田幹比古だが、今回の期末考査で理論3位につけており、これは二科生の成績としては異例と言えるものだ。
「まぁいいじゃねえか。優秀者リストに二科生が載ったのは史上初めてなんだろ?」
「そうだよ、手柄だよ」
レオに同調して褒める側に回った白巳を前に、幹比古は顔を赤らめてタジタジになっている。
このいい意味での卑近さが男子人気の秘訣であり、どちらかと言えば儚げに見える容姿と深雪に追随するレベルの美貌から「これ」が繰り出されることは、学内の男子生徒の性癖に深刻な影響を与えるに至っている。
一方でエリカと美月を通じて繋がっている以外の女子生徒からは人気がないというか、若干ハブられ気味な所があったが、本人は特に気にする様子もないようだ。
結果として、白巳は変則的ながら「男子の評価は非常に高いが女子から嫌われるタイプ」であるらしかった。ある意味同タイプというか、マイペースで孤独を厭わないところのあるエリカが放っておかなかったのも納得と言える。
「そ、それにほら。優秀者リスト入りしたのは僕だけじゃないだろ? なあ達也」
褒め殺しに耐えられなくなったのか、幹比古は近くで話を聞いていた達也を会話に巻き込みにかかる。
実技と理論の各上位5名は成績優秀者として掲示されている訳だが、普段は二科生がここに載ることはない。
だが今回に限って、理論1位と3位はこのE組から輩出されていた。
3位は幹比古。そして1位こそが、他ならぬ達也である。達也に関しては入試時点から理論1位の座を守り続けているとあって、学内はそれなり以上にザワついていた。
「達也君はほら……達也君だから」
「いやなんだよそれ……」
「よっ、理論主席~」
エリカが困ったように言うと、幹比古がすかさずツッコミを入れ、白巳がそれに乗っかったことでグループ全体が小さく笑いに包まれる。
「主席と言えば、深雪の実技成績が1科目だけ2位だったらしいんだが」
そう言って、達也は鋭い眼光を白巳に向ける。
「ヤバいわよ白巳! 上手く言い訳しないと消されるわ!」
「ん、それ私」
「しろみー!!」
大げさに騒ぎ立てるエリカ、思わぬ好成績に驚く幹比古と美月、純粋に感心した様子のレオ。達也はあの「兄」の妹ということで当初それなりの警戒状態だったが、その「兄」が敵対の素振りを一切見せない、どころか水面下でこちらに協力している節すらあることから、ひとまずこの「増員」を受け入れイジる側に回っていた。
「私はどっちかというと超能力者だから。加重だけなら負けない」
一方の白巳も、もとより榊姓を名乗った時点で達也の監視であることを隠す気はない。むしろそれなりに結果を残して圧を掛けるのが仕事に含まれる。そのため、澄ましたように宣言する彼女は、実際に期末考査において1系統のみ突出した成績を確保していた。
特に1年1学期の考査というのは極めて基礎的な分野が実技課題になっており、白巳のような超能力者が1科目だけとびぬけた好成績になる事態は時折見られるものだ。理論ほどの異常事態ではなく、普段であれば大して注目されない。
だが今回は、司波深雪という絶対王者がいる。
実技・理論の全科目を通じて、司波深雪より高得点の分野が存在した生徒は学年で2人。理論分野で全体的に一回り高い点数をマークしていた達也と、加重・加速系課題で常識外の高得点を叩き出した白巳だけだ。
「確かに、今回の課題は単一工程だったもんなあ。いやそれでも大したもんだ」
レオは自分なりに納得した様子だが、口ぶりには純粋な尊敬が滲んでいる。
「出題がよかった。半分ズルみたいなもの」
もちろん、CADなしでの魔法発動はレギュレーション違反なので試験時は白巳もCAD――兄と同じシルバーホーン――を使っているが、それでも超能力の発動速度は目を見張るものだ。
「というか、こっちは超能力なのに速度で負けるのはどうかしてる。達也さんの妹おかしい」
採点基準である発動速度・干渉力・発動規模のうち、速度では深雪が283msを記録して302msの白巳に辛勝、発動規模では両者とも計測器のオーバーフローにより同率満点、干渉力ではなんと直接対決で深雪を破っている。
魔法演算領域の一部が特定の魔法に占有されることが超能力者の特徴と言われており、いわば白巳は「加重・加速系の基礎単一工程魔法の時のみ性能をフルに活かせる」状態に近い。
もし白巳が「まっとうな魔法師」ならトータルのスペックでは司波深雪に並んだかもしれないと、一部訳知り顔の上級生らは惜しんでいた。
「普通は系統ごとで極端に干渉力が変わったりはしないから、そういう意味ではおかしいのはお前だと思うが……」
「いやーアレは言われてもしょうがねえよ。ってか悪気のある文脈じゃなかったろ、マジになるなよおっかねぇな」
「達也君そういうところよ」
「む……すまん」
深雪本人のいる前ではシスコンの止まらなくなる達也だが、単独なら複数人がかりで封殺可能、というのが最近になって知られてくるにつけ、達也は皮肉にもこうして話に入ることが多くなった。
「それより、もうすぐ九校戦シーズンですよ!」
「ああ、深雪やほのか達は当確だそうだな」
空気を変えようと話題を切り替えた美月に乗っかり、さりげなく妹を自慢する達也。
「実技トップ組は流石だな。俺としちゃあ、スピードシューティングとかアイスピラーズなら白巳にもチャンスあるんじゃないかと思うんだけどよ」
「九校戦に超能力者持ち出すのってアリなの?」
「どこの魔法競技大会もBS魔法師や超能力者が主戦場にしてるし、別にいいんじゃないかな。マジック・アーツの風鳴さんとか白巳さんと似たタイプだったって聞くし」
上からレオ、エリカ、幹比古。
幹比古の言う通り、現在の魔法競技における全国大会は、マジック・アーツに限らず多くの競技で超能力者やBS魔法師、古式魔法師などが主戦場としている。そのほとんどは魔法適性の偏りから魔法科高校に入学できない、あるいは入学していない魔法師で、国防軍の重要な戦力供給源となっていた。
第一高校は魔法師のコミュニティでは名門であり、九校戦は魔法競技としてはダントツで興行的に成功している一方で、実技に寄っていくほど「スペックの高い」魔法師より「強い」魔法師が求められるようになるため、「(BS魔法師や超能力者を参加資格から締め出しているので)本当の全国大会ではない」と定期的に批判されていたりもする。魔法を体系的に教育することの限界を示す事例として時折議論される問題だ。
「もし二科生から選手が出たら史上初じゃねえか?」
「ああ、前に雫が興奮してたのはそれでか」
そういう意味では、通常成績上位者順で選んでいく九校戦メンバーの選定において、白巳は「成績としては二科生相当だが九校戦では活躍しうる」として特例で選手候補にリストアップされており、史上初の二科生メンバーなるかと期待されているのだった。
「あ、居た」
「雫! 噂をすれば」
その時、廊下から彼らにとって見慣れた女子生徒が現れる。話に出ていた張本人であり、自他ともに認める九校戦オタクの北山雫だった。
白巳に似て表情の変化に乏しいキャラのはずの雫だが、今日は珍しく興奮を隠そうともしていない。
「先生のお使いできた。白巳、達也さん、職員室に来て」
それは、九校戦の選手あるいはスタッフとしての内示に違いなく。
その光景は教室中に驚愕を生み、そして熱狂をもって迎えられた。
◆ ◆ ◆
「――という訳で、白巳は無事九校戦メンバーに内定した」
横須賀。
久しぶりに基地に戻った榊創一朗は、妹含む3個小隊70人を前に報告会兼講義を実施している。
第一高校が夏休みに突入するに当たり、監視対象が登校しなくなることから創一朗には別の任務が割り振られていた。
「既に一般公開されている通り、小野田大佐の手引きによりPMC"ミッドポイント"が今年から九校戦の警備に参入することになっている。我々対魔装特選隊の任務は、ミッドポイントのコントラクターに偽装して九校戦開催地に潜入、予測されているテロを阻止し、犯人を確保することだ」
創一朗は少佐へ昇進するに当たり、対魔装特選隊の第一実働小隊長と全体の副隊長を兼任している(ことになっている)。現在は第一高校に出向中だが、基地に戻れば70名の部隊全体に一定の指揮権が認められていた。
「第一小隊は既に、内情(内閣府情報管理局)との共同作戦により九校戦を題材に賭博を行っていた香港系犯罪シンジケート"無頭龍"を壊滅させている。だが三矢家および公安からの情報提供によれば、現在も関東一円への武器の流入が止まっていないとのことだ」
ここ数か月、山田と創一朗を除く第一小隊の3人は補充人員と共に日本を離れ、香港とUSNAで暗躍する組織を壊滅させていた。これまで地位協定の関係で内々に部隊を送ることが出来なかったUSNAだが、数年前の暗闘以来対等に近い立場になったことでこういった政治工作が可能になっていた。
「テロ計画の全容は未だ不明瞭だが、下手人については調査が間に合った。任意団体"今よりも人間的な暮らしと社会を実現する会"、某市議会に4議席を持つ人間主義過激派だ」
以前の"頂上作戦"による一斉摘発以来、事実上の反社会的勢力として扱われるようになった反魔法主義者は、何よりも「善良な市民」によって、今や弾圧と言っても過言でないほどの淘汰圧に晒されている。
その一方で、職場や家庭から排斥され「非国民」と謗られ、それでも悔い改めることが出来なかった者たちは社会に居場所を失って急激に急進化し、残党たちは一つの団体に纏まることで再起を期した。
彼らが最後に寄る辺とした団体こそが、「今よりも人間的な暮らしと社会を実現する会」と名乗る政治結社だった。
「摘発と民意誘導が効きすぎて、奴らは今や全てを失った"無敵の人"だ。既に複数の海外系犯罪組織との接触が確認されていて、いつことを起こしてもおかしくはなかった」
政府は、彼らを「テロ等準備罪」で摘発しようとは考えていない。
彼らにわざと事を起こさせた上で、それを最低限の被害にて鎮圧し、「反魔法主義=テロリスト」の評判を確固たるものにした上で、現在も名目だけ生きている国家総動員法の附則を悪用して反魔法主義そのものを違法化しようとしている。
そのため、九校戦参加者の数名程度は死んでもやむなし、というのが政府の見解だったが、一方で被害ゼロでもそれはそれで構わない、という指令が特選隊に届いている。
「USNA軍の倉庫から旧式の歩兵携行ミサイル60セットが盗み出されたという報告がある。日本で普及している爆発物探知機には引っ掛からないタイプの爆薬だ。この弾頭をIEDとして自爆テロ等により生徒を攻撃する可能性が最も高いと見積もられている」
だが、特選隊にはこのテロを是が非でも被害ゼロに抑えなければならない理由があった。
「政府は魔法師の犠牲をいとわない。いくつかの悲劇的な死は法改正にとってこれ以上なく便利な推進力になる。だが」
創一朗は演説をいったん打ち切り、背後に映すスライドを変更する。
「我々の創設目的は元来、魔法戦力への組織的対抗であり、そのために強力な戦闘魔法師を仮想敵として個別に対抗策を準備してきた」
表示されたスライドには、これまでに確認されている強力な戦闘魔法師たちが一つの基準に基づいて整理されている。
基準とは、「最高戦力たる創一朗がどの程度苦戦するか」。
創一朗単独で当たった場合に敗北の可能性が存在する「カテゴリ4」以上の魔法師に対して、彼らは独自に抹殺計画を模索していた。
「本作戦の対応失敗は、九校戦での大規模被害発生に直結し、ひいては"暁月作戦"および"荒魂作戦"の遂行に深刻な悪影響をもたらすものである」
最悪、選手として出場した司波深雪が自爆に巻き込まれでもしたら。
「連中は頂上作戦の時に"ごめんなさい"を言えなかった奴らの成れの果てだ。同情する必要はない。――俺たちが最後の砦だ。失敗したら世界が滅びると思え」
作戦室に詰める70人は、誰もそれを大げさと笑わなかった。
リチャード=孫&孫美鈴、ナレ死。
2095年度一学期末考査
理論
1位:司波達也
2位:司波深雪
3位:吉田幹比古(2科)
11位:榊白巳(2科)
実技
1位:司波深雪
加速・加重2位 移動・振動1位 収束・発散1位 吸収・放出1位
2位:光井ほのか
3位:北山雫
140位くらい:榊白巳(加速・加重1位、ほかは落第スレスレ)
マジック・アーツの全国大会は魔法科高校所属外の連中ばっかりなのは原作要素。Jリーグユースと高校サッカー部みたいなもんだと思います。
ただし、固有魔法と秘伝と軍事機密が入り乱れてロクに解説できない各種魔法競技より、ルールが明確で全員に一定の実力基準(各校の入試)が敷かれてる九校戦の方が興行化しやすいのは当然と言えますね。