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普通の高校で部活動が夏に全国大会を行うように、魔法科高校においても毎年8月に「魔法競技の全国大会」と呼べる催しが行われる。
それが九校戦、正式名称を「全国魔法科高校親善魔法競技会」だ。
日本魔法協会の主催の下、日本全国に9校ある魔法科高校が代表者を出し合い、10日間の日程で盛大に行われる。
形式上、秋に行われる論文コンペと並んで、高校生活における二大イベントとなっている。だがあくまで文の大会で厳粛に行われがちな論文コンペとは対照的に、九校戦はTV中継をはじめとして大幅に興業化・収益化が進んでおり、魔法師そのものの広告事業としてイメージ戦略の一角を担っていた。
この九校戦は、多くの魔法師の卵にとって最初の活躍の機会であり、ここで実力を示した魔法師の多くは軍や民間企業から注目され、魔法師としての輝かしいキャリアの第一歩を踏み出すこととなる。「九校戦で活躍した」という肩書きは、「魔法科高校で生徒会長を務めた」と同じように、狭い魔法師のコミュニティでは一生ついて回る「価値」になるのだ。
それ故、校内で代表として選ばれるための選考からして非常に熾烈であり、例年魔法科高校選りすぐりの人材によって行われる大会は、高校生による学生大会でありながらプロ顔負けのハイレベルなものとなっていた。
そのことが、元々甲子園のように高校生を見世物にしがちな日本人の感性にピタりとハマり、今や観客10万を動員する一大スポーツイベントとして国内の魔法師融和の論調に大きく寄与しているのだった。
◆ ◆ ◆
2095年、7月。
大戦前とは考え方が逆転し、教育カリキュラムの詰め込み化が進んだ現代の高等学校では、7限授業・土曜授業が当たり前となっている。
この第一高校もそれに漏れないが、一方で夏休みについては旧来の制度がそのまま維持されていて、7月上旬の期末考査が終わると、翌週にはテストが返却(かつてのように、採点のための休暇という概念は消失した)され、その翌週には終業式が行われる。
退屈な答辞やら教師陣の嫌がらせのような課題ラッシュやらに半日耐え抜けば、晴れて夏休みがスタートすることになる。期間もかつてと同様、概ね6週間だ。
「森崎駿君」
「はい」
通常の高校と違うのは、高校総体や甲子園などへの壮行会の代わりに、九校戦の壮行会が存在していること。
一般的な部活動の全国大会と同様、九校戦も8月の初旬から中旬にかけて行われる。競技内容の関係上、野球場やサッカー場のような施設ではとても収まらないので、開催地域は毎年、国防軍の富士演習場に設置されている各種競技場が貸し出される習わしになっている。参加費用は学校持ちなので、選手は約2週間の富士山麓旅行が無料でプレゼントされる。
そのため、選手に選ばれた生徒たちは日本中から富士に集まることになり、観客と併せてかつての総火演以上の賑わいを見せるのが通例だった。
九校戦のメンバー定員は、本戦・新人戦で男女それぞれ10名ずつの計40名。
この数字は二科制度の有り無しに関わらず統一されているため、第一から第三高校までは単純に2倍の選考倍率ということになる。
と言っても、一科と二科はそれこそ魔法力の多寡によって分けられている。制度的に二科生から選手が出るという事態は起こりえず、現に九校戦が今の形式で安定してから約10年間、エンブレムなしに九校戦選手に選ばれたものはいなかった。
「榊白巳さん」
「はい」
――だが今日、そこに例外が生まれた。
講堂中の困惑と注目を背負って壇上に歩み出た少女は、すらりとした長身に銀色の長い髪、同色の瞳という日本人離れした容姿をしている。
その顔立ちは非常に整っていて、無表情であることが人形のような非現実感を醸し出していた。
榊白巳。体質的に病気がちで、入学当初も入院していたため登校開始が遅れたという彼女は、入学数か月にして「イレギュラー」と認識されるに至っている。
会場はまず二科生であるはずの白巳が選手として発表されたことでざわめき、次にスポットライトに照らし出された儚げな美少女にざわめいた。
彼女の成績は非常に偏ったものだ。密度操作や移動系魔法で二科生らしいポンコツぶりを披露したかと思えば、加重・加速系に限ればあの司波深雪を直接対決で下して見せる。
直近の期末試験における「司波深雪敗北」の報は生徒たちの記憶に新しく、それまですべての実技科目で――座学に限れば兄という例外があったものの――圧倒的1位を譲ることのなかった彼女の陥落は、生徒会を通じて上級生をも震撼させるに至っている。
彼女が二科生ながら異例の九校戦選手抜擢となったのも、その尖った実力を評価されてのことであった。
「頑張ってくださいね」
白巳に選手用のジャケット(もちろん、エンブレム入り)を手渡すのは、生徒会所属である深雪その人の役目だ。
必然、現在の1高1年では「ワンツー」と称される美少女二人が向かい合う。
流石に「絶世」という言葉が似合う深雪の美貌と比べるのは相手が悪いと言わざるを得なかったが、高レベル魔法師特有の美貌を持つ白巳は、深雪相手でも勝負が成立するレベルの、ある種美術品的な美しさの持ち主であった。
だからか、生徒たちの中では、白巳こそが深雪のライバルであると認識している者もいる。
入試主席、あらゆる分野において完璧で、あまりにも美しすぎて逆に近寄りがたいとも称される司波深雪。
病弱で二科生、しかしある一分野でだけは深雪に食らいつき、同じく美しいがどこか気安さがあって軽い調子で絡んでくれる白巳。
二人はともにアイス・ピラーズ・ブレイクにエントリーしており、当該競技は既に凄まじい下馬評の盛り上がりを見せていた。
(本当なら、お兄様だけにこの栄誉を受け取ってほしいのに)
なお、当の深雪は兄しか眼中になく、白巳から警戒心らしきものを孕んだ視線を突き刺されてもまるで余裕を崩さない。
白巳は講堂の入口近くで直立している創一朗の方を意識しているし、深雪は深雪で既に次に控えた司波達也――彼は技術スタッフだが、白巳ともども異例の二科生からの抜擢として注目を集めていた――に気を取られているのが明らかだった。
「司波達也君」
その名が読み上げられた瞬間、深雪がこの日一番の渾身の笑顔を振りまき、周囲を比喩的な意味で凍り付かせたことは言うまでもない。
◆ ◆ ◆
「しっかし凄ぇよなあ。まさか新人戦を飛び越して
会の終了後。
終業式ということで授業なしとなった放課後、帰り道を歩きながら、レオが感心したように口火を切る。
話題はもちろん、
「今年はアイス・ピラーズに有望選手が集まりすぎてるって、生徒会でも嬉しい悲鳴が上がってたそうだよ」
補足を入れた幹比古は、自らのスランプ克服のきっかけになるかと選手選抜のために行われたアイス・ピラーズ・ブレイクの練習試合を全試合観戦している。それゆえ、一高の内部情報に限れば雫に匹敵する事情通となっていた。
実際、九校戦の各競技は1年生のみ出場可能な新人戦と制限なしの本戦に分かれているが、本戦側に1年生が出場してはいけないというルールはない。選手層が薄い、上級生相手でも勝ちを狙える新人がいる、戦略上その競技を捨てている等の理由で、本選側に敢えて1年生を出場させるケースは時折見られる。
だが、1年生が2名も、それも十分に優勝を狙える上級生と共に本戦に出て来るというのは前例がなかった。
「聞いたぜ、例年の本戦決勝レベルの戦いができる奴だけで5人、それも全員女子なんだろ? ゼータクな話だよな」
すべての原因は、生徒会側による選手選びの直後に行われたアイス・ピラーズ・ブレイクの模擬戦だ。
レオの言葉通り、この年は特に女子に大規模または強力な魔法の使い手が非常に多い。
そのため、他競技の経験者や適性的に向いている者を振り分けた後でも、女子だけで千代田花音・北山雫・司波深雪・榊白巳・明智英美と5人も選手候補が残ってしまった。
しかもこのうち4人が1年生という異常事態。これを受けてデータと話し合いでの選手選定は無理と見た生徒会は、候補者全員を演習場に呼び出しての大規模練習試合を敢行。成績順で上から3人を学年問わず本戦に出す暴挙に出た。
結果として選出されたのが、全勝を叩き出した深雪と直接対決でわずかに譲った白巳であった。
「司波さんはともかく、白巳が2位につけたのは完全に予想外だった。僕も負けてられないな」
幹比古はスランプ中だが、その姿にかつてのような気後れや鬱屈はなく、健全に闘志を燃やしているように見える。二科生ながらに活躍するエリカや達也、なにより白巳の活躍を見せられて、魔法力の多寡だけが実力を意味するものではないと、幹比古なりに理解を腹落ちさせた結果だった。
「ミキさんがなりふり構わなくなったら、たぶん次は2桁前半くらいの順位になるねえ」
レオ・幹比古二人がかりの「褒め殺し」を受けて照れるでも謙遜するでもなく、一緒に下校していた白巳は幹比古の成績の話に乗っかった。
「流石に言い過ぎだよ!」
「そう? ミキさんは正攻法? 正当な形式? そういうのに拘るのやめたら化けると思うけど」
「古式魔法師は伝統と形式に食わせてもらってる部分が大きいんだけどね!?」
白巳にとっては、生まれた時から徹底的に磨き上げてきた加重・加速系魔法が学年最高位なのも、それ以外の成績が壊滅的なのも予定調和。任務のため九校戦選手の肩書が必要だったから手加減しなかったに過ぎない。
むしろ、白巳の絶対の得意分野たる「PK」に追随する技量の持主が同年代に存在したことが実感として信じられないくらいだった。
ブリーフィングで「四葉家の秘蔵っ子であり、次期当主指名が濃厚」と聞いてからも、自然発生しうる実力の上限を超えているように思えてならず、基本的に「外」に感心を持つことのない白巳が露骨に注視している。
彼女にとって、同年代で自分の魔法力を超えうるのは――
「あ、お
守衛詰所へ近づくや否や、白巳は短くそう言って自らの兄――創一朗のところへ。
白巳にとって、研究所時代から常に唯一絶対の指標であった兄という存在は、自らも「成功作」と呼ばれ任務に投入されるようになった現在でも特別視の対象であるらしい。
無表情の中に明らかに分かるレベルの憧憬や敬愛の視線を見て、クラスメイトたちからは「また始まった」と言わんばかりに達也と同類扱いしながら一歩引いていた。
――だが、この日は珍しく守衛室に人がいた。
「――お世話になりました」
そのうち1人が壬生紗耶香だと知って。
そして、彼女がこの第一高校を退こうとしていると知って、レオも幹比古も口を挟むことはできなかった。