(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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長くなったので分割します。


37 断章②

 警備員として第一高校に潜入するにあたり、俺には住居としてアパートが1部屋割り当てられた。流石に横須賀の海軍基地から通勤する訳にもいかないので、住民票やら来歴やらと合わせて行われた偽装工作の一環だ。

 

 この建物、表向きには(株)ミッドポイントの社宅だが、実態としては対魔装特選隊の所有するセーフハウスの一つである。この手の偽装物件は多くはないが、任務の性格に合わせていつでも展開・利用ができるよう、PMC、つまり民間企業として活動できるミッドポイントと協力して色々準備しているらしい。警備会社なら、提携先に不動産会社があっても怪しまれないからな。

 

 そのため、登録上は1Fと2Fに計4戸、満室のはずのこのアパートだが、実際住んでいるのは俺と連絡要員の兵隊2人だけ。1Fに至っては2部屋ぶち抜いて作戦室になってるし、地下には申告してない倉庫と簡単なCAD調整設備がある。

 

 ただ、法に触れるような物は置かれていない。機器は民間企業でも用意できる品だし、セキュリティの類も民生用の範疇だ。銃火器やアンティナイトも持ち込んでいない。CADや身体の調整は週イチで「帰省」する埼玉の研究所の方で行っているので、ここには本当に生活用品と通信機器しかない。

 

 俺ひとり居れば下手な要塞より戦力が高くなるので、留守中を狙われてもいいように設備を増強するのではなく、留守中を狙われても大したものを持ち出せないように簡素な用意がされていた。連絡要員はヒマそうに見えて、いざ襲撃された時は自爆・損耗が前提になる決死隊であり、所謂鉱山のカナリア役でもある。

 

 作戦室(兼・連絡要員詰所)の上階は2室あり、片方は当直の兵士や来客用の宿泊部屋、もう片方が俺の家だ。

 

 間取りは1LDK、一般のアパートより部屋が広いので図体の大きい俺にも過ごしやすい。今の時代、21世紀初頭と違って自動調理・配膳機が完備なのでキッチンを使う必要が少ない。この手の物件だとキッチンなしというのもザラだ。

 

 この家もその例に漏れず、キッチン設備が収納できるようになっている分生活空間が広い。恐らく本来なら若いカップルの同棲用の間取りであり、俺一人で使うと少し持て余す……と思っていたのも最近までの話だ。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。今日も早いな」

 

 個室のドアが開くと、長身の少女が現れる。パジャマ代わりに使っているトレーナー姿で、機械音声*1ばりの抑揚はないが流麗な発音にある意味似合っているまったくの無表情。一方で寝起きだからかどことなく足取りがぼんやりしており、持ち前の銀髪にも寝ぐせがついている。

 

 榊白巳。彼女が俺の"援軍"として第一高校に編入するにあたり、現在の俺の住居で同居することになった。

 

 彼女が越してくるにあたり当初は隣の部屋を使わせる方針だったのだが、緊急用で空き部屋を1つ残して運用したい上の方針と本人の希望により結局同居ということになった。今は白巳に個室を渡して、俺はLDKの一角に布団を敷いて寝起きしている。因みにだが、俺は改造の影響で非常に体重が重く、並のベッドでは荷重に耐えられないため布団派になった経緯が存在した。

 

「飯できてるぞ」

 

「いただきます」

 

 なお、偉そうに言ってるが別に俺が用意したわけではなく、先に起きてきて自動調理機のタイマー機能をセットしただけだ。

 

 俺はだいたい5時前から起き出して、早朝の内に書類仕事や一日の段取り、CADの簡単な調整なんかの家で出来る仕事を片付けておくようにしている。そのついでに各種家事もやっておくのがルーチンになっていた。

 

 この身体になって以来、日に3~4時間の睡眠で元気に動ける。体感だが、睡眠の効率が常人の2倍くらいあるように感じている。寝起きもスッキリというか、電源のオンオフレベルで境界がはっきりしていた。

 

 おかげで研究所時代は日に20時間魔法の練習みたいな無茶もしたし、それを思えば今の1時就寝・4時半~5時起床のスケジュールはむしろよく休んでいる方ですらあった。

 

 そうして一通りの雑事を終えて6時頃、起き出してきた白巳と一緒に朝食をとる。

 

「……」

 

 俺と似て(?)女性にしては背の高い白巳だが、ゴリマッチョの俺と違ってちゃんとしなやかそうというか、きちんと引き締まった身体つきをしている。調整体の例にもれず美人だし、イレギュラー的傑作ではなく、真っ当な成功例としての魔法師然とした少女だった。

 

 あまり喋らず、黙々と食事をする姿は、銀髪銀眼で色素が薄いこともあり儚げな印象を与える一方で、調整体らしい無機質さや機械的な感じはあまりない。強いて言えば見た目より情緒が幼いように思われた。

 

 最近分かってきたが、彼女はどうやら朝に弱いらしい。静かで大人しいのは本人の気質だろうが、こうして見ていると朝方は特に、時々うとうとしているのが目に入る。

 

 そのまま見ていると、視線に気づいた時に少しだけ目を見開いてから、今度は恥ずかしそうに食事を続行する。無口だし、表情もあまり動かないが、仕草は十分人間味にあふれて見えた。

 

「別に、ギリギリまで寝ててもいいんだぞ」

 

 白巳は研究所時代、俺がマンツーマンで強化措置を受けるようになる前にいた「後輩たち」のなかの一人だ。当時たしか俺に次ぐ成績の持ち主で、それゆえ一番厳しいカリキュラムを受けていたことを覚えている。

 

 特選隊に「同期」や「後輩」が入ってきた時には居なかったので、選別の過程で振り落とされたものと思っていたが……実情は少し違うらしい。

 

 後から聞いたところでは、俺のやり方が上手く行かないと分かって後期ロットの製造が中止になった後、俺を除くとありもので「一番マシ」だった彼女には残った同期と後輩たち、「鵺シリーズ」の旗振り役兼エースの役割が期待され、別口で調整を受けたそうだ。

 

 結果として、彼女は第一高校で問題なく学生をやれる程度の魔法力と、俺を相手に模擬戦でそこそこやり合える程度の戦闘能力を手に入れている。俺たちのような超能力者にとって、この二つは別の評価軸だ。

 

 一時期は一緒に訓練を受けた仲。妹と言われれば確かにそうだし、後輩だと言われればそういう立ち位置だった。鎌倉のお爺ちゃんから「妹として編入させる」という話を受けて、すんなり受け入れる程度の土壌はあったということだ。

 

 ただ、俺はそうでも白巳がそうかは分からない。この数日間はそこをすり合わせるために様子を見ていた訳だが……

 

「……いいえ、大丈夫です」

 

 答える様子に、無理している感は見られない。あまり人の感情の機微に鋭いわけではないが、抑揚がないのは顔と喋り方だけで、中身は割と感情豊かなやつなのは分かってきた。

 

 今もなんとなく……そう、寂しそうに見える。自惚れでなければこの数日で随分なつかれたもんだ。

 

「そうか? ならいいけど」

 

 本人がそうしたいのであれば、強制するものでもないだろう。そう考えて、話を打ち切る。

 

「御馳走さん。じゃ、行ってくる」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 作ったのは機械なので考えてみれば感謝を表す必要はないのだが、何の気なしに慣例として続いている食後の挨拶を済ませ、既に出勤準備は済ませていたのでそのまま家を出る。この時点でだいたい6時20分ごろだ。

 

 コミューターを使えば通勤は片道20分弱、到着してからロッカーで着替えて、6時45分には持ち場につく。あとは開門時間の7時まで書類仕事でもしてればよい。

 

(妹か……不思議なもんだな)

 

 通勤中も、やはり新たに増えた同居人のことについて考える。

 

 命令だし、そうでなくても同じ研究所で暮らした身だ。一緒に暮らすと言うのであれば当然面倒は見るつもりだが、思うにこの扱いってどちらかと言うと娘では? と思わないでもない。前世含めるとそのくらいの歳の差だし。

 

 それなら家族として接すればいいんだろうが……一方で研究所からは「君らで鵺シリーズ第二世代を拵えてくれたら嬉しいな(意訳)」という遠慮もへったくれもないお達しが届いている。

 

 これは恐らく「上との連絡の不一致」ではなく、「()()()の扱いにしてもかまわない、でも気が向くようなら後者の方が助かる」という意味だ。綺麗な建前を上司が、汚い本音を現場が教えてくれるという役割分担に過ぎない。

 

 鎌倉のお爺ちゃん曰く、白巳は遺伝的に半妹(腹違いの妹)相当だそうだが、今更その程度の近親相姦を躊躇う「白い地獄」の連中じゃないのは分かっていた。

 

 特に実兄妹の組み合わせには九島光宣という「実績」がある。多分俺が否を出しても、実質的には「君の視界には入らないように配慮する」以上の回答は引き出せないだろう。

 

 ……あんまり認めたくないんだが、同じ施設で暮らしてたとは言え俺視点での彼女は親族というよりは同級生、戦友だ。

 

 幼少期に一緒に居た時間が短いからか、調整によって人間の価値観から遠ざかっているためか、実の兄妹間では普通感じられるという性的忌避感が俺たちの間にはない。

 

 魔法力の確認のために白巳が裸で研究台に乗せられる所に立ち会っているが、正味全く何も感じなかったと言うと嘘になる。恐らくそれは狙って設定された状況で、白巳が何ら抵抗する素振りを見せなかったのはそのあたり「教育済」だからか。もっと他に教える事あっただろ絶対。

 

 だが。

 

(ま、ナシだな)

 

 最初に「妹」として紹介された段階で腹は決まっている。白巳は魔法師としては援軍として頼りにさせてもらうが、私生活では妹だ。そもそも、記録上ですら高校1年で中身はもっと幼い(俺の"後輩"として製造されているので、どう計算しても実年齢15歳未満)相手に何を考えてるんだか。

 

 ()()()()()はジャスミンで間に合ってる……というか、いくらそっちの方が組織の得だからって妹に手を出すクズにはなりたくない。何というか、散々汚れ仕事やっておいて言えた口じゃないかもしれないが、そういうのとは別方向でダメだろそれは。流石にライン越えてる。

 

 これが白い地獄で飼われてる連中抜きで白巳だけ同居だったら正直どうなってたか分からないが……幸い別口でその辺ぶつけていい相手がいるので、ちゃんと兄貴をやれそうだ。

 

 そういう意味では、あの扱いにも感謝しないといけないかもな……いや待てよ、元はと言えば全部白い地獄からの要望じゃないか?

 

「あ、主任~おはようございます~」

 

 先に職場に来ていたらしい風鳴詩の出迎えを受けて、俺はようやく思考の海から戻ってきた。よくないな、司波達也は余計な考え事をしながら抑えられる相手じゃない。

 

「おはようございます。ちょっとシャワー浴びて来るから先出ててください」

 

「は~い」

 

 どういう訳か俺と同シフトになることが多い……いや、頭の中でまで茶番をやるのはよそう、七草からの監視の一人である風鳴詩は、それをおくびにも出さず校門へと歩いていく。

 

 皆この人とかミズ・ファントムくらいやりやすければいいんだけどなあ。

*1
ゆっくり音声の時代と違い、最近のAIはニュースキャスター並に綺麗に喋るので、この例えは昔と意味が変わった

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