(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

30 / 90
30 実態

「魔法工学機器大手のフォア・リーブス社は8日、2095年3月期決算の業績予想で、過去最高益を更新する見通しであることを発表しました。世界初となるループ・キャスト対応型CADの売り上げが好調で、これで7期連続の増益となります。次のニュースです。USNAに本社を置くマクシミリアン・デバイス社が日本からの撤退を――」

 

 正門前での乱闘騒ぎから一夜。話が大事にならなかったため、今日も第一高校は平常運転だ。

 

 時刻はまだ始業前。朝練のある部活生や無駄に早く来るタイプの生徒は軒並み登校を終え、時間通りに来る生徒たちが来るまでもうしばらくある隙間時間だ。すっかり定位置になった守衛詰所にいる創一朗は、背後でBGM代わりに垂れ流されているニュース――魔法関係のニュースを伝える十師族出資のネット番組――に聞き耳を立てながら事務作業をしていた。

 

「そういえば主任のCADってシルバー・ホーンですよねぇ」

 

 やっぱりこだわりあるんですか? と水を向けて来るのは、ミッドポイント側の警備員にして詰所の紅一点である女性警備員「風鳴(かざなり)(うた)」。苗字から分かる通り、風のエレメンツをルーツとしている。

 

「自分の場合、適性が加重系に偏ってますんで。ループ・キャストの効果を活かしやすいんですよ」

 

 第一高校のOGだからという理由でここに配属されている彼女も、この3月までは国防陸軍にいたという俺の同類だ。小柄で童顔、見た目だけなら今でも高校生で通用しそうだが、かつてはマジックアーツで全国を獲った伝説の先輩であり、特に体育会系の部活生は誰も逆らえないんだとか。

 

「デバイス、支給品じゃなくて自分で選べる部署だったんですねぇ」

 

 いいなー予算多そうでと適当な相槌を打ちながら、二人して箱に入った菓子をつまむ。事務所は生徒の目に入らないので、このような緩い勤務姿勢も仕事が進むのであれば許されていた。

 

「……美味っ」

 

 創一朗が箱に入っている焼き菓子を一つ口に放り込むと、バターの香りと上品な甘さが口いっぱいに広がる。たまに近所のスーパーで買ってくる数百円のクッキーとは格が違っていると一口で理解できる技前であった。

 

 この時点で創一朗は、味の繊細さからただならぬ高級感を察した。慌てて箱に書かれている筆記体と思しき文字列をスマホのカメラで検索してみると、国内では一部の百貨店でしか扱っていない欧州の高級菓子ブランドがヒットした。

 

「こりゃ相当良いとこのだな」

 

「流石は十師族のお姫様……」

 

 二人して唸っている通り、この焼き菓子は今朝がた早くに詰所を訪れた七草真由美による差し入れだった。

 

 名目としては「以前の乱闘騒ぎを早期に収拾してくれたことへのお礼」であり、生徒会は守衛詰所のやり方を支持するという追認でもある。その場に居合わせられなかったのをカバーしてきた形だ。

 

 そして、創一朗の「記憶」が正しければ、今日の七草会長は朝イチから司波兄妹にくっついて登校し、生徒会への勧誘を行う。

 

 その辺でちょっと校門前をざわつかせるから、先行で迷惑料を払いに来たとも取れる。ここまで各方面に気を配らないといけないのを考えると、生徒会長のポストが事実上の縁故人事なのも分かろうと言うものだ。一般の高校生にこのレベルの政治力を求めるのは酷だ、と創一朗は思った。

 

 合わせて、詰所に現れた真由美のことを思い出す。

 

 文字通り菓子折持って現れた七草真由美は、疲れてるのを誤魔化すためなのか謎に愛想たっぷりだった……と創一朗には見えた。彼女が置かれている立場は、比較的容易に推察できる。原作よりだいぶ早く司波達也が四葉関係だということが(十師族の一部に)知れ渡ったので、深雪との婚約後ですらあれだけ暴れた七草弘一が動かないとは思えないからだ。

 

 ただでさえ弘一は、四葉真夜との婚約が破談になったのを未だに引きずってるフシがある。自分(さえぐさ)の娘と四葉の息子をくっつける機会があれば絶対に乗るはずだというのが、創一朗の推理だった。

 

 とすると、七草会長と司波達也をくっつける動きが既に持ち上がっていると見るべきだろう。妹一筋とこっちはこっちで中々業の深い達也は今頃、謎にグイグイ来る生徒会長と嫉妬する妹に挟まれて愉快なことになっているに違いない、と創一朗は意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

 司波達也に色仕掛けは無意味だが、今はまだそれを分かっているのは俺と達也だけだ。まあ、止めはするまい。

 

 そんな偉そうなことを考えている創一朗だが、彼の想定は原作に基づくものだ。「自分」の存在と、それが齎す影響がすっぽり抜けている。

 

 詰所に現れた真由美がやたら愛想たっぷりだった訳を創一朗が知るのは、達也の鉄壁ぶりに辟易した真由美の「矢印」が自分に向いてからだった。

 

 ――ただ、「原作キャラ」である真由美の動向については節穴な創一朗だが、警戒を解いている訳ではない。普通、創一朗ほどの戦闘力を持てばどこかで慢心が出るものだが、彼は司波達也という理外の脅威を認識しているため、とてもそんな「舐めた真似」をする気にはならなかった。

 

 だから、普通に仲良くしているように見える「風鳴詩」が陸軍情報部の送り込んできた監視兼ハニートラップ要員だととっくに気づいている。気づいていて、決定的な敵対行為をしていないからと泳がせていた。

 

 対魔装特選隊本部に持ち込んで調べてもらったところでは、出所は国防陸軍情報部防諜第三課。形式上は陸軍の部隊だが、現在の国防軍情報部は各セクションがそれぞれの後援者の元で動く私兵と化しており、十師族体制の歪みを最も受けた組織と言っても過言ではない。

 

 ただでさえ秘密主義的な各課は、今やそれぞれが十師族の足の引っ張り合いのために有利な情報を拾ってくる飼い犬と化している。対魔装特選隊と事実上の提携状態の国防陸軍首都方面防諜隊ですら、実際には岬・三矢・十山ラインによる非合法ルートの情報をロンダリングして公安や内情に流すためのゴースト部署に成り下がっている。

 

 その中でも、防諜第三課は七草家子飼いの諜報部門だ。そう、弘一は初めから創一朗が「常識的」であることを想定し、生徒(真由美)からのアプローチに疲れた創一朗を同僚の立場で気遣い絡め取るという二段構えの作戦を講じていたのである。

 

 それが分かっている創一朗は、中身がないように見える会話も、渡した情報・引き出した情報は一字一句記憶・記録して上層部に提出していた。ループ・キャスト搭載のシルバーホーンを装備しているのは、「鉄槌」についてあまり強く隠蔽する気がないからだが、本気で戦う場合はそもそもCADを必要としないことへのダミーでもある。原作知識の悪用と金策を兼ねFLTの株式を大量に保持していることで、株主優待としてシルバーモデルの優先購入権を手に入れたことも一因だが。

 

 司波達也=トーラス・シルバーであることを知っている以上、その技術力でFLTが躍進するのは確定事項だ。証拠なきインサイダー取引により、創一朗の私的財産がこれから数年で数倍に膨れ上がることは約束されている。

 

 余談だが、当初の創一朗は何の気なしに「世界最高のCADはトーラス・シルバー製で間違いないから」という理由で獅童からの「報酬は何がいい」という問いに「株式」と答え、結果的にトーラス・シルバー製CADが対魔装特選隊で流行するきっかけを作っている。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 昼休み。詰所の人間も食堂の利用は許可されているが、俺は基本的に弁当派だ。

 

 一度は食堂の利用も検討したが、何しろ俺は調整体の宿命として1食で4,000キロカロリーを摂取しなければならない。必然的にフードファイターよろしく大量注文・大量消費が求められる訳だが、体育会系を中心に男子高校生共がそれを見逃すはずもなく無駄に盛り上がってしまったのだ。

 

 騒ぎの主犯としてお説教を食らうだけならともかく、俺に対抗しようとして無理な大食いを試みるヤツが現れて普通に危険なので、不本意ながら出入り自粛ということになった。ちなみに、「対戦相手」の中で一番いい線行ってたのは西城レオンハルトだった。やっぱり調整体は燃費が悪い傾向にあるんだろうか。

 

 現在は軍の基地を出て一人暮らしだが、現在は家事もほとんどが自動化されていてボタン一つで完了するようになっている。特に不具合はないどころか、前世の一人暮らし時代より随分丁寧な暮らしができている気がする。

 

 弁当も全自動調理機でワンタッチだ。月額サブスク式で、ドローン配送されてくる冷凍食材を機械にセットしておくと、毎日3~5種類くらいの選択肢の中から設定しておくだけで食事を用意してくれる。

 

 今日のメニューは照り焼きチキン3枚、のりとかつお節が乗った米3合(約1キロ)、里芋の煮物、山盛りの千切りキャベツ、切ったトマトとキュウリ、豚汁、あと人間の食事では摂取できない成分を確保するためのサプリ類が十数錠。汁物はそれ用の水筒に入れている。断熱技術が昔より進歩しているらしく、昼に開けても熱々のままだ。

 

 大きなタッパー4つに満載されたおかずを次々口に放り込み、詰所のウォーターサーバーから調達した冷たい水と豚汁で流し込んでいく。教科書通りのオーソドックスな味付け、"こういうのでいいんだよ"という美味さだ。氷河期を経て世界的には食文化が壊滅状態に陥っているそうだが、日本は変わらず飯が美味い。家に設置されている自動調理機でも学食や社食レベルの味が出せるとあって、世の自炊派はますます減っているとか。

 

 昼休み中も交代で巡回するため、実質30分で完食しておく必要がある。厳密には労働基準法違反だが、戦時中に過労死上等の過重労働が課されていた関係で、全体的に昔より労働時間が伸びているようだ。まあ、基地にいた当時は余暇時間ゼロが基本だったのでこれくらいは屁でもないが。

 

「相変わらずすげぇ食べますねぇ」

 

 気づくと近くにいる詩の視線と独特の口調を黙殺(量が多いため、喋っていると休憩時間に収まらなくなる)しつつ手早く食事を終え、担当者と交代して校内を巡回していく。

 

 基本的に校内で起こる揉め事の仲裁は風紀委員の仕事で、俺たちは不審者対策や校外の人間が紛れ込まないように目を光らせる、というように棲み分けがされている。といってもこれは表向きの話で、違反行為や乱闘騒ぎがあれば俺たちも介入・指導していいことになっており、生徒にとっては実質先生の見張りが増えたようなものだ。

 

 高校でありながら大学なみの自由な校風で知られた第一高校だが、それがテロリストの跳梁を招いたとあって、流石に昔ほどの放任主義ではいられなくなった結果である。それでも普通の教員を増員しないのは、魔法師の中で過ごすのは非魔法師にとって非常に負担が大きいため早々希望者が集まらないのが一つ。もう一つは、二科生ですら下に見る生徒たちが、魔法師ではない教師の言う事など聞くはずもないからだった。

 

 元軍人や刑務官でも連れてこない限り、非魔法師の教師は生徒にいじめられて精神を病むのがオチだというのは、一般教養科目が殆どオンライン講義で固められ、学校に詰めている教職員が警備員含めほとんど魔法師で固められている事実からも窺い知ることができる。そもそも、生徒会と風紀委員が異常なほど強い権力を持って生徒たちを指導しているのも、常に校内最強の実力者が就くこれらの役職に対する生徒からの支持が教職員に対するそれよりよほど強いためだった。

 

 そんなわけで、第一高校には学校として体裁を保てる最低限程度にしか教員がおらず、廊下を歩いていても教師とすれ違うことがほとんどない。大人による監視の目が緩いというのはハイレベルな生徒にとってはいいことだが、彼らは魔法力が高いだけの15~18歳だ。特に一般出身で厳しい躾を受けてこなかった者たちは、自分たちで思っているより子供である。

 

 ――だから、ずぶ濡れの女子生徒がトイレから廊下へ出てくる所に出くわしても、意外とは思わなかった。

 

 どこかで見たことがあるような気がする女子生徒は、ポニーテールに纏めた髪とこんな時でもすらりと伸びた背筋から、それなり以上に鍛えこんでいる武闘派なのが見てわかる。化粧っ気はないけれども整った容姿をしていて、とてもいじめの標的にされそうには見えない。

 

 だが、彼女は毛先から足元までビショビショになっている。「昔ながらのやり方」で考えるなら個室のドアと天井の隙間からバケツで水をぶっかけられたという所だが、最近は覗き対策などでドアに隙間ができないようにされているらしいので、何かしら魔法的手段を用いたのかもしれない。ともかく彼女は幽鬼のような足取りで廊下に出て、そこで俺に出くわした。

 

「……っ!! み、見ないでください……!!」

 

 俺に出くわしたのが分かった瞬間、整った顔立ちが羞恥と恐怖でぐしゃぐしゃに歪む。

 

 涙声混じりの、消え入りそうな声だった。

 

 第一高校の女子制服は白い。技術の進歩によって薄着でも下着が透けることはかなり減ったが、ここまで濡れたらどうにもならない。

 

 ただでさえ身体にぴったりしている制服は水を吸ってへばりつき、水色の下着が上下とも露わになっている。それが分かっているのか、女子生徒は即座に両手で上下を隠し、崩れ落ちるようにうずくまった。もちろん背後も濡れているので背中や腰はまったく隠せていなかったが、そこまで気が回っていないようだ。

 

 うずくまる姿勢になると、丁度俺の視点では制服の肩部分が強調される形になる。

 

 エンブレムがない。二科生だ。

 

「大丈夫か!? すぐ先生に連絡する。とりあえず人払いも要るな……それから……」

 

 ここで風紀委員や生徒会ではなく教員が先に出て来たのは、常識的だが昔気質な選択と言える。

 

 だがそれは単に前世の常識が足を引っ張ったというだけでなく、彼女が誰であるか、「知識」によってアタリが付いたからだ。

 

 壬生(みぶ)紗耶香(さやか)。原作では反魔法主義団体「エガリテ」の一員で、「二科生差別撤廃を求める有志同盟」というテイで司波達也を引き込もうとした。

 

 ところが現在は、原作で行われるはずの摩利との和解やらエリカとの決闘(?)やらが行われないまま、エガリテは上部組織のブランシュごと壊滅してしまっている。

 

 確かこの人、マインドコントロールが解ける前はかなりの風紀委員嫌いだったなと記憶を手繰り寄せた結果、通報を嫌がる可能性を考えて風紀委員ではなく保健室直行の連絡経路に修正したのだ。

 

 脳内を高速で整理しつつ、手は止めない。後ろを向いた状態で手首に巻いた汎用型CADを操作し、まずは目くらましのための人払いの結界を展開。次に遮音フィールドを張って、続いて彼女の服から水気を飛ばして乾燥。ついでに周囲の温度を気持ち高めにして身体を冷やさないようにしておく。

 

「ぁ……」

 

 俺に限らず、一科生上位レベルの高位魔法師ならどれも1秒かからず簡単に発動できる程度の魔法群だが、二科生でしかもCADを取り上げられているらしい彼女にはどれも発動不可能なものだった。

 

「壬生さん!? 大丈夫!?」

 

 一連の処置が片付いた頃、血相を変えた女性が走ってくる。

 

 カウンセラーの小野遥だ。作中において、何かと紗耶香を気にかけていたのをギリギリ思い出したため、介抱は彼女に任せることにしたのである。彼女は保険医の安宿先生も連れてきており、紗耶香は二人がかりで保健室へと連れていかれることになる。

 

 一応被害としては水をぶっかけられただけなので、身体面より精神面のケアのためだ。

 

(こんなところで影響が出るとは……)

 

 バイザーの視線制御ディスプレイを利用して生徒会と風紀委員にこっそり通知を入れつつ、俺は手早く場の片づけを済ませて保健室へと同行した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。