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国立魔法大学付属第一高等学校。
八王子に広大な敷地を有するこの学校は、日本に九校ある魔法科高校の中でも最難関・最高位とされるエリート校であり、毎年日本中の有望な魔法師の卵が入学する。
事実上の日本最高学府だけあって生徒のレベルは極めて高く、在学中の時点で本職の戦闘魔法師や魔工技師に匹敵、あるいは上回るほどの成績を叩き出す者も珍しくない。
伝統的に、第一高校は戦闘魔法師の育成に力を入れており、卒業生は魔法大学あるいは防衛大学を経て軍人、警察官、レスキュー隊など現場のスペシャリストになることが多い。特にここ3年は沖縄戦における「ドッキリ津波事件」の影響が顕著で、防衛大学への進学者、および大学へは行かずにそのまま軍に志願する卒業生の割合が急増しつつある。
魔法師の仕事はどれも激務と高給がセットになっているが、基本的に魔法師コミュニティという閉じた世界の中でしか名声を得ることがない。魔法師でない人間にとって、その魔法/魔法師がどういう風に優れていて、どういう理屈で社会に貢献しているのかなど、さっぱり理解できないからだ。
だが今は「軍の戦闘魔法師」という例外が生まれた。彼らには「深淵改」で日本を守ったという分かりやすい功績があるので、普通の戦闘魔法師も一緒くたにされて評価が上がったのだ。世間の無理解が良い方に働いた訳である。
戦闘魔法師の活躍によって、卑劣な奇襲攻撃を仕掛けて来た大亜連合に痛撃を与え、さらに戦略級魔法によってその鼻っ柱をへし折ってのけた。その事実は国民を大いに勇気づけ、国内世論は極めて武断的な方向へ傾いている。21世紀初頭の日本は「世界一軍人が尊敬されない国」として有名であったが、今や戦前の「士官学校卒こそが一番のエリート」の価値観へと逆戻りしている。
現に、ここ数年の大学偏差値ランキングでは、東京大学が2位に転落し防衛大学が1位に輝く状況が続いていた。*1*2
それと同時に、これ以上なくわかりやすい形で魔法が活躍したことで、世論でも「日本の国防の要」として魔法戦力は必要という意見が多くを占めるようになった。今や軍人に限って言えば、魔法師はむしろ一般人からもてはやされる存在になってさえいる。学生の進路が急激に軍関係に傾くのも当然と言えた。
無論、かつての核兵器と同様に「その力がこっちを向いたらどうするんだ」という論調の魔法師排斥運動も過激化した。
だが「一丸となって敵(大亜連合)の侵攻を打ち砕いた」という分かりやすいストーリー、あるいはプロパガンダに乗っかって魔法師への態度を軟化させたものが圧倒的多数派を占める。何より、彼らの力添えが無ければ最悪沖縄が日本ではなくなっていたとあって、素直に彼らを尊重できない逆張り者たちへの視線は冷たかった。
政府主導の世論工作が無かったとは言わないが、彼らはほんの少し背中を押しただけ。「政府の意に沿うのは親魔法師の方」と匂わせただけに過ぎない。それだけで、反魔法師を掲げる団体とその構成員は片っ端から「朝敵」「非国民」「売国奴」「敵国の工作員」などなど、思いつく限りのレッテルを貼られた。
社会に居場所を失った彼らは、ある種の諦観と開き直りの元で急速に非合法化を進めていくのだが――その矢先に公安の強制捜査によって叩き潰され、もはやトドメを刺されたと言ってよい。指導者層は軒並み逮捕され、構成員のほとんどは社会や家庭に居場所を失うこととなった。
これで悪は滅びた、めでたしめでたし――となればよかったのだが、話はそう単純ではなかった。
「彼ら――"エガリテ"は、我が第一高校の剣道部を中心に相当数の生徒をマインドコントロール下に置いていました」
第一高校、生徒会室。
普段は学内自治のための生徒会組織が事務仕事に使っているこの部屋は、今日は会議室としてその役目を果たしている。
「加入していた生徒は、二科生を中心に数十名。今も公安主導で調査が続いています」
ホワイトボード*3に簡素な図を書いて説明しているのは、現生徒会長・
「彼らの存在は、"頂上作戦"における第一陣の直後に発覚した。直ぐに全校生徒にメンタルチェックを実施、危険な兆候の見られた者は医療機関へと移送されている。一高全体も1か月間の休校を実施し、警備体制の見直しやカウンセラーの増員等、出来る限りの再発防止策を実施した」
リレーするように言葉を繋げたのは、身長185cmはあろうかというガッシリした大男。第一高校の部活連会頭、
新高校3年生らしからぬ威圧感と風格を纏った克人は、真由美と同じく十師族・十文字家の直系だ。そして上に兄がいて家を背負う立場ではない真由美と異なり、克人は家の長男であり、既に次期当主として行動することもある。その経験と確かな実力が、彼に厳格な雰囲気を与えているのだろう。
「4月からは休学中の……マインドコントロールされていた連中も復学する。基本的にウチの学生は被害者として免責されたので。そこで、再発防止策の一環として、
最後に付け加えたのが、風紀委員長の
彼女の言う通り、エガリテの影響下にあった学生たちはそのほとんどが二科生、いわば劣等生で、魔法力を認められない劣等感に付け込む形で手駒にされていた。
彼らは未成年であること、具体的な行動は起こしていないこと、明確にマインドコントロールの痕跡があったことなどから全員がお咎めなしまたは不起訴処分となっている。数か月の休学期間中、徹底的なカウンセリングとしつこいくらいの事情聴取を受けることを条件に4月からの復学も許されていた。世間では反魔法師団体の残党を探して吊るし上げる「魔女狩り」が盛んだが、当の魔法師には寛大な処分が下るという皮肉な状況にある。
そして現在は三月末、入学式の直前だ。新年度からスタートする新体制での警備について、ミッドポイントの担当者を交えて打ち合わせが実施されているのだった。
「状況について理解しました。既に機器類の増設工事と正門前の警備員詰所新設は完了しています。授業時間とその前後は私を含めた戦闘魔法師3名の体制で巡回警備を実施する方向で進めていますが、問題ありませんか?」
ホワイトボードに手元のパソコン画面を表示させ、巡回ルート案が記載された画面を出して説明するのは、警備会社「ミッドポイント」に移籍したことになっている榊創一朗である。ほかにミッドポイントの営業課長が出向いていたが、一高側に教員の姿は認められない。
この状況を理解するには、現在における高等学校の在り方から順に理解していく必要がある。
末期戦の様相を呈していた第三次世界大戦のさなか、学徒動員を辛うじて防いだ代償として、学生たちは一刻も早く社会人となり、国家総力戦体制の一助となることが求められた。合わせてリソースの不足から高校以上の教育機関は校数そのものが一気に削減され、「6・3・3・4」の外側を残したまま中身は別物と呼べるほどの教育改革が実施されることとなる。
現在でもその流れが続いており、21世紀初頭の基準でいう高校3年までの5教科7科目は中3から高1までには修了することが求められる。ちょうど、かつての高卒は中卒へ、大卒は高卒へ……と教育機関が1つ分前倒しになっている形だ。
高校においても実学教育が最重要視される関係上、21世紀初頭の基準で言うところの高等専門学校の後半部分、または大学の教養学部相当の内容を扱い、大学では入学と同時にゼミに所属して本格的な研究がスタートする。
国内最難関で良家の子女が多く通うことで知られる第一高校ですら、卒業後の進路として大学に行かず就職する学生が当たり前に出る程度には、大学進学者は少数派になっていた。
「ええ、それでお願いします」
あくまで、この場を進めているのは真由美だ。これは、高校が21世紀初頭の基準でいう大学の機能を一部果たすようになったことに起因する。
既に世間の価値観が「行ける奴だけ行く所」に変わっていた高校は、上級生による学生自治が可能な程度にレベルの高い学校しか生き残っていなかったこともあり、国公立の学校を中心に運営体制の面でも大学のそれを取り入れるようになっていった。
すなわち、生徒の持つ権限はもはや「高校」ではなく「大学」のレベルにあるということだ。生徒会に至っては教員らと待遇面や運営方針について正面から交渉できるレベルに達しており、特にモデルケースに近く常に1人は十師族クラスの人間がいる第一高校においては、外部業者との折衝や予算の編成さえ生徒会主体で実施するほどに権限が強かった。
魔法科高校は特に、自分より魔法力の強い人間にしか従わない魔法師の特性上、自然と学内最強の魔法師が就任する生徒会に強い権限が集まるのは必然と言える。
同時に、メンバーを学生中心にすることで、高校にも適用されるようになった「大学の自治」を悪用して公安の捜査から逃げおおせていたのが"エガリテ"の巧妙な所だったのだが、彼らについては既に壊滅しているため詮無き事だろう。
「では、そのように」
創一朗はまるで手慣れた社会人のように話をまとめ、てきぱきと書類を片付けていく。彼は前世で技師として現場仕事に携わっていたが、どちらかと言えばこういう調整の方が得意だと社会人になってから気づいた質だった。おかげで、事情を知らない者には軍人崩れの警備員として違和感を持たれることは少ないだろう。
ミッドポイントは法令上は警備会社だが、第三次世界大戦中に発足した傷痍軍人の互助会を前身とする準軍事組織であり、「中間点」を意味する社名は「軍人と民間人の間を埋める」という社是による。国防軍の傷痍・退役軍人を数多く抱えており、民間企業としては極めて珍しい自前の戦闘魔法師部隊を有するなど、重武装で知られ日本唯一の
彼らは本来、国外の「軍隊がいるとまずいが武力が必要な場所」を警備したり、現地の兵士に軍事教練をしたりするのに用いられる企業であり、それが国内のイチ教育機関の警備に採用されたことは、文科省側の本気度がうかがい知れる事案である、と一般には考えられている。
これにより第一高校の警備体制は軍事基地レベルまで上昇し、ミッドポイント側も自社の魔法師部隊の半数(5名)を投入する気合の入れようでこれを快諾。「さしあたっては見た目に分かりやすい示威効果を」として送られてきた警備主任こそが、2メートル近い身長に筋骨隆々、さらには顔の上半分をバイザーで隠した威圧感たっぷりの戦闘魔法師「榊創一朗」――というのが一般に周知されている筋書きであった。
そして名乗りの通り、この場において創一朗は偽名の類を使っていない。
非公認戦略級魔法師「鉄仮面」の本名が「榊創一朗」であり、退役軍人を装って一高に潜入している現役の少佐だと知っているのはごく一部の人間に限られるため隠す必要がない……というアンジー・シリウス留学時と同様の作戦だ。それと同時に、事情を知る者にだけ伝わるこれ見よがしな警告でもあった。
この場で言えば、十文字克人と七草真由美は「知っている側」に属する。見た目通りというべきか、中身も極めて強靭な克人はともかく、真由美は朝から胃の痛みに襲われ、普段の半分も朝食が入らなかった。
だから創一朗がずっとバイザーで顔を隠していることに言及しなかったのだが、渡辺摩利はそうではなかった。
「最後に、その。失礼だが、そのバイザーは……」
公式発表を特に疑いもなく信じて「随分頼もしい守衛がきたな」くらいに思っていた摩利は、二人(主に真由美)が送ってくる「やめとけ」という必死のアイコンタクトを受けて、ようやく己の失策を悟った。
「これですか?」
しかし二人の予測に反し、創一朗はあっさりとバイザーに手をかける。
克人は小さく目を見開いたのみ、真由美はあからさまに手を口に当てて驚いている。「鉄仮面」の素顔は最高位の軍事機密であり、それを知っている者は数名のみだ。
見てしまったらろくな事にならない。そう考え制止しようとした真由美が声を出すより早く、創一朗はバイザーを取り外していた。
そこには、とりあえず
――ただ、顔面の上半分、目の下あたりから額にかけてを覆うケロイド状のやけど跡がすべての印象をひっくり返していた。
「任務中に負傷しまして。眼にも後遺症が出ていて光に弱いんです。見た目にいいものでもありませんので、普段はこれでご容赦を」
「そうでしたか……いえ、失礼なことを聞いて申し訳ない」
「お気になさらず、実際"ロボコップ"みたいで怪しいですからね、コレ」
性能がいいから重宝してるんですが見た目がどうも、と談笑モードに入っている創一朗と、その言い訳をすっかり信じている摩利は気楽なものだ。確かに、ミッドポイントは傷痍軍人を多く抱える組織。創一朗が見せたような傷の持主が在籍することは珍しくない。
一方、克人は内心で創一朗に対する評価を上方修正していた。彼にはそのトリックを解き明かす手立てはなかったが、隣の真由美が付き合いの長い自分にしか分からない程度に狼狽えていることから、あれが本当の素顔ではないのだろうと推量していたのだ。その上で、一高三巨頭の眼前で堂々とトリックを押し通して見せる相手の肝の太さと自分に偽装を感づかせなかった技巧から、その正体たる「鉄仮面」の評価を相応に高め感心している。
真由美に関してはもっと深刻だ。彼女は事前に父・七草弘一から事態を取り巻く事情について詳しく聞いている。入学予定の司波達也が実は
そして今。「マルチスコープ」によって強化されている彼女の感覚器官は、創一朗の使ったトリックをうすぼんやりとだが看破している。
本当の素顔や、具体的なメカニズムまでは分からない。彼女に分かるのは、魔法的手段で見た目上の外見を隠蔽しているらしい所までだ。
そして、そんなことが実現可能な魔法を、彼女は九島の"
(こんな案件、私にどうしろってのよ!!)
恐らく、それすら見せ札。十師族に対する警告の意図。
なまじ裏事情を知っているだけに、真由美はただ内心で父親に悪態をつくことしかできない。
というのも今回の件、七草弘一をはじめとする一部の十師族サイドは、今回の創一朗派遣のことを自分
ブランシュの件について事前に状況を把握し報道規制まで敷いておきながら、今回創一朗が投入されるまで手をこまねいていたという失点があるためだ。
近衛として本当の重大事にしか動くことがない十文字はともかく、七草の"お膝元"が反魔法師団体に汚染されていて、あまつさえ自力で解決できずに軍の介入を招いたという今回の顛末は、表立って批判こそされずとも、間違いなく七草のプレゼンスを削っていた(これを狙って、公安経由でわざわざ対魔装特選隊が動いた)。
今回軍の息がかかった警備会社であるミッドポイントが第一高校に参入できたのも、七草家の政治力にケチがついていたから通った無茶だ。かつては極秘にノウハウの提供などを行った仲だが、ここにきて関係は悪化の一途をたどっていた。
そんな訳で七草家は、軍が(少なくとも表向きは)善意で寄こした警備体制改善のための部隊を面子の問題で歓迎できないという状況に陥っており、結果として力及ばなかったが本気で一高を良くしようと努力を重ねて来た真由美にはそれが許せないのである。
とはいえ、彼女にできることは今や何もない。それが分かっているから、真由美はただ座っていることしかできなかった。
「この後はどうされますか? よければ敷地を案内しますが」
「お言葉はありがたいですが、この後も別件で打ち合わせがあるので」
代わりに、すっかり打ち解けたらしい摩利が話を進めていた。防大在学中の恋人を持ち、自身もそちらの進路を取ろうか検討している彼女にとって、創一朗が見せた「名誉の負傷」はかなり心象を良くする要素だったようだ。
「そうですか。そちらも外部の方と?」
「ええ、まあ。ちょっと
「?」
――なお、直近で一番ストレスに見舞われたのは七草真由美ではなく、ほぼ独断でブランシュの件に軍の介入を仕向けた件で激詰め中の某カウンセラーであることを追記しておく。