(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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入学編
27 入学編キャンセル界隈


 2093年初頭、横浜某所。

 

 「中華街」として知られるここは、21世紀が終わりを告げようとしている今もアジア最大の華人街であり、所せましと商店が軒を連ねる風景は変わっていない。

 

 その一角、観光客に人気な中華料理店の地下に、巧妙に隠されたスペースが存在した。

 

 隠し部屋にしては完璧に掃除の行き届いたそこは閑散としていたが、最奥にひとつ祭壇があった。

 

 正確には、豪奢に飾り立てられた骸が一体、玉座のような椅子に座らされていた。

 

「師よ、拠点構築が完了しました」

 

 その骸に向けて恭しく傅く青年は、涼やかな美貌の若者に見える。

 

 男の名は周公瑾。大陸系の古式魔法師であり、今や存在しない国「大漢」の残党だった。当然ながら見た目通りの年齢ではなく、この店もつい最近()()()()()()()()()ことになっている。

 

『うむ』

 

 この異常な儀式が示す通り、この男は日の当たる世界に住む人間ではなかったし、飾り立てられた骸もただのオブジェではない。

 

 骸は、目の部分を光らせながら返事をした。正確には、この悪趣味なオブジェが通信機の役割を果たしていて、周が「師」と仰ぐ人物からの連絡を受け取っている。

 

 師――顧傑(グ・ジー)あるいはジード・ヘイグの専門は僵尸術。いわゆるネクロマンサーだ。かつて一国の魔法研究の最前線にいただけあり、その実力は同系統の術者の中でも頭一つ抜きんでている。

 

 何より彼は、一度失脚した経験から来る病的なまでの慎重さによって、これまで一度も捕捉されることなく暗躍し続けていた。

 

『例の鉄仮面のこともある。今や日本は魔法技術の象徴、叩かねばならん』

 

 顧傑の展望とは、すなわち復讐。魔法技術そのものの衰退・滅亡を以って、それは実現されると顧傑は考えている。

 

 ゆえに、社会的に魔法と魔法師を排斥させることで「魔法なき世界」を実現し、魔法戦力の欠乏のせいでいまいち超大国になりきれない大亜連合の元で覇権を手にする……というのが、当初の計画だった。

 

 周は美しい顔に人好きのする笑みを湛えたまま、それを黙って聞いている。

 

『お前も知っていると思うが、大亜連合を取り巻く状況は非常に悪い』

 

 この時点で、大亜連合はその国威を大きく損ない、インド・ペルシア方面の反乱鎮圧に国内の非公開部隊が総動員でかかっているし、都市部でも貿易などが上手く行かなくなったことから着実に影響が蓄積している。今年のGDP成長率は政府発表では+2%ほどだったが、実際には大恐慌レベルのマイナス成長を叩き出していることを各国諜報機関は把握している。

 

 世間はその醜態を、力でもって覇権を維持してきた独裁国家の末路だと冷ややかに見ている。

 

 本当にそれだけだろうか? 仮にも大国が、世界から見捨てられるのが早すぎやしないだろうか?

 

 中華というものは、むしろこういう局面になってからのダーティーな戦いこそが本領ではないのか?

 

『大亜連合は持たん。()()()()()()()()()

 

 その答えこそが、この男だった。

 

『計画は変更だ、あれは使い潰すことにする。既に布石は打った、後は放っておけば数年で限界が来る』

 

 顧傑本人は大したことはしていない。

 

 ただ、彼には「助言」や「力添え」を求めて来る()()()()が世界各国数多く存在し、彼らの前でちょっと()()()()()()に過ぎない。

 

 少なくとも、そういう方法で国際情勢を誘導するだけの政治力を、この怪物は持ち合わせていた。

 

『もとより覇道にて成った国家、正当性の根源を"力"に持つ。それが"弱い"と露見すれば、私が細工するまでもなく支持を失うのが道理だ』

 

 この男にとって、大亜連合はたまたま利害が一致していたから協力していたまで。大亜連合が勝つなら(顧傑は南方出身で漢族ではないが、文化的な意味で)華人として歓迎するが、一方で大亜連合は最終的に大漢にトドメを刺した仇でもある。裏切るのに抵抗もなかった。

 

『このまま死ぬ寸前まで追い詰めて、手負いの龍を日本にけしかける。それで日本が沈めばよし、そうでないとしたなら、必ず日本は戦略級魔法に頼っている。そうなるよう煽った後で地球の裏側から『虐殺』と騒ぎ立てれば、今は下火の反魔法主義も活きてこよう』

 

 なにしろ、大亜連合の住民から見て、「苛政の原因は日本」という因果関係は一面では正しい。その民意を煽りに煽り、大亜連合政府を破れかぶれの開戦に導くくらい、フィクサーというよりアジテーターが本業の顧傑には容易い。

 

 国際緊張度が跳ね上がった現在は、第三次世界大戦の亡霊でもある彼の本領であった。

 

『……()の見立てでは、破局まで2年はかかる。お前はそれまで、日本で不信の種を蒔くのだ』

 

「畏まりました、我が師よ」

 

 主の命令は抽象的なものだったが、少なくとも周はやるべきことを理解していた。

 

 復讐を果たした後の静かな老後でも夢に見ているのだろう、もはや取り繕うこともせず地が出始めていたが、周は特にそれを指摘しなかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 模擬戦の結果を受けて大黒対策を……とか言ってた時期から、気づけばそろそろ2年経つ。

 

 原作における「隙間」の時間では、結局大した問題は起こらなかった。

 

 もちろん何もしていなかった訳じゃないし、何なら国内に潜伏していたテロリストやら工作員やらをプチプチのごとく潰して回っていた訳だが、沖縄で戦争が起きるとか外国の工作員が俺を殺しに来るとか、そういう見栄えする事態は起きていない。今まで通りに仕事をし、魔法を磨き、政治的な動きを眺めていた。

 

 そして、何故今になって話が動き出したかと言えば――

 

「――よって、榊大尉には国立魔法大学付属第一高校に潜入してもらう」

 

 これだ。

 

 呼び出しを受けて隊長さん(大佐)の執務室に出頭した俺に、今度の4月……つまり原作開始と同時に、原作の舞台となる第一高校に潜入しろという命令が下されたのだ。

 

 いやいや俺の顔面知らない訳じゃなかろうに。確かに仮装行列はリーナ並の水準でマスターしたけど、こんなもん司波達也どころか下手すると七草真由美にすらバレるよずっと起動してたら。だいたい、ここ3年ですくすく成長した結果今や身長196cmよ? 誤魔化すにも限度はあるからね?

 

 そうオブラートに包んで伝えると、隊長さんは補足の説明を始めた。

 

「無論、生徒としてではない。3ヵ月前の作戦を覚えているか」

 

「3ヵ月……"頂上作戦"でしょうか?」

 

 ここで言う頂上作戦とは、反魔法系過激派団体の上層部を同時多発的に襲撃し、裏で糸を引いている何者か(ぶっちゃけジード・ヘイグ)に圧力をかける非合法作戦である。今からだいたい3ヵ月前、つまり2094年の12月に、公安から秘密裡の要請を受けて俺も出動した。

 

 俺たちが手伝ったのは、戦力不足で手を出せなかった敵拠点を潰し、現場を指揮していた犯罪魔法師や工作員を大雑把に片づける工程。もちろん非合法であり、踏み込んで証拠を発見できなければ政府の方が悪者になる賭けだったと聞いている。

 

 と言っても、勝算はあった。かねてから彼ら反魔法師団体があれやこれや悪事に手を染めていたことは公安も把握していたのだが、今般三矢家の情報網に華僑を使った日本への武器密輸の話が引っかかり、それが三矢元→十山つかさ→陸情→公安というルートで持ち込まれて作戦決行と相成ったようだ。

 

 今まではあくまで合法な政治団体の皮を被っていたが、公安主導の非合法捜査(俺たちの力を借りたカチコミ)によって倉庫を開けてみれば、銃火器からアンティナイトに至るまでご禁制の品が出るわ出るわ。彼らのイメージ戦略は無事破綻し、軍事物資の密輸すら行う準テロ組織という本性がバレてしまったのである。

 

 俺たちはそこでお役御免となり、後のことは警察へとバトンタッチ。表向きは警察の作戦として、百数十年前に実施された暴力団の一斉摘発作戦に引っ掛けて「頂上作戦」の名を冠し、盛んにマスコミ工作が実施されている。つまり、反魔法団体はもはや政府から反社扱いされていますよというポーズだ。

 

 どうも原作のそれより動きが活発であり、人々の不安に付け込んであわや選挙で議席を取るかもという所まで成長していた団体だ。だから捜査の手が入った訳だが、市民の反響は絶大である。

 

 今も支部や関連団体などから継続的に逮捕者が出続け、かつてデモや活動に参加していたことがバレた者たちは昔みたいにネットで叩かれるどころか、暴排条例を盾に片っ端から内定取り消し・解雇・退学の10割コンボを叩き込まれたそうな。地方だと家が放火された例や自殺者も出てるとかなんとか。やっぱこれ賠償金取れなかったら日比谷を焼いちゃう駄目な方の国民性が帰ってきてるよ。

 

 昔地下鉄でやらかしたあいつらですらここまではされなかった訳で、「国益」に影響が出ると見た政府が本気で民意を誘導し対策に乗り出しているようだ。ネットで何気なく見てた女性配信者がナチュラルに国防軍をほめちぎってた時といい、ところどころでド迫力の世論工作を見ることができる。

 

 ネットでは有名人のSNSから反魔法師キャンペーンを擁護する発言を探してきては炎上させて活動休止に追い込む「魔女狩り」が大盛況、一部の仕手筋がそれに便乗して企業株を操作しようとして捕まったり何たり、いきなり反社認定までしたせいでそれなりに混乱が起こっているようだ。

 

 少なくとも今からその手の団体に迎合しようというヤツは激減することだろう。どちらかというと、コミュニティを追い出された連中が地下化した反魔法師団体に再合流しないように警察の皆さんには監視を頑張ってほしいところである。

 

「そうだ。あの作戦に際して摘発したいくつかの団体は、件の第一高校生徒にも汚染を広げていた」

 

 そうやって潰された中には、国際犯罪組織として知られているブランシュや、下部組織として魔法師の勧誘に力を入れていたエガリテの名も――あ。

 

 

 

 もしかして、入学編始まる前に終わっちゃった?

 

 

 

 俺がイヤーな納得感に苛まれている間にも話は進んでいく。そうだよな、俺は上の方だけ刈ってたからか繋がってなかったけど、こいつら中学生が一度は必ず考える「学校にテロリストが攻めてくる」を本当にやってくれるやつらだったんだよな。

 

 当然、公安とかなんとかがちゃんとしてれば学校に攻めてくるまでもなく逮捕されるよな、そりゃ。

 

「それを受けて、第一高校の警備体制が抜本的に見直されることになった。大幅な人員の再編があったのでな、軍の息がかかった民間警備会社をねじ込んでおいたので、守衛室は実質監視拠点として使って構わんとのことだ。榊大尉にはそこの警備主任というカバーを与える」

 

 官製談合じゃん。そんなことばっかりしてるから隙間に変なのが入り込むんじゃないの? と思わんでもなかったが、おかげでこの図体で生徒のフリするとかいう負けイベントは回避できたので文句は言うまい。良かったよ花山薫みたいにならずに済んで。

 

「潜入目標についてだが、今年度に入学予定の生徒、司波達也の監視が最優先となる。司波達也は、陸軍の秘匿戦略級魔法師"大黒竜也"特尉と同一人物だ。今後は単に"対象"と呼称する」

 

 だよね。逆にそれ以外の任務だったらどうしようかと思った。俺を投入するレベルの仕事が高校の中に転がってたら駄目なんだよ本来。

 

「"対象"の持つ戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』は、威力設定次第で地球そのものを破壊しうる『深淵改(アビスかい)』をすら超越した破壊兵器だ。軍、ひいては日本政府として、そんなものを無制限に発動可能な魔法師を放置することはできん」

 

 まあ、言いたいことは分かる。戦略級魔法師は普通、大規模な専用CADや大量の人員など大掛かりな準備を必要とするものだ。アンジー・シリウスのヘビィ・メタル・バーストみたいなのは例外で、俺の深淵改やベゾブラゾフのトゥマーン・ボンバみたいにガチガチのバックアップ体制から放つのが常識である。

 

 だから兵器として軍が管理できる。発動プロセスが複雑で、間に枷を噛ませて制御できるようにしておかないと危なっかしくて使えたもんじゃない。こういうのは便利ならいいってものではないのだ。

 

 100人がかりで国ひとつ消し飛ばすのが「いい戦略級魔法」で、1人の判断で世界を危機に破壊するようなのは国がどうにかできる領域を超えている。そりゃあ見張りたくもなるだろう。道理だ。

 

 道理だが……正直非常にやりたくない。

 

 この流れで「やっぱりあいつ邪魔、殺れ」みたいな指令が来た結果仕掛けて死んだヤツらが原作に数え切れないくらいいる。いつか上層部がそれを我慢できなくなった時、あるいは彼我の戦力差を勘違いした時、その墓標の中に俺と部隊員たちの名も追加されてしまう。

 

「榊大尉は対象と顔見知りだ。監視している事実を隠す必要はない。もとより、対象が高校に通うという事実そのものが、各方面のかなりの譲歩によって成り立っている。これも合意された妥協案の一つだ。対象への監視は最低限の2か所、榊大尉と、九重八雲住職だ」

 

 ああやっぱり九重八雲が師匠やってるのって監視を兼ねてたのね。あの坊主が身内(東堂筋)の用意した内部監査官だとしたら、俺(獅童筋)の仕事は雇われの外部監査官、二重の監視体制で各方面に筋を通すと。

 

 というか先方に話が通ってるならそうと早く言ってくれ心臓に悪い。今どうやって達也サイドに寝返るか半ば本気で考えてたからな。

 

「合わせて、"頂上作戦"で摘発された団体と関わりのあった生徒をはじめとした要注意生徒リストを渡しておく。"対象"の監視の合間に、余裕があれば意識しておくように」

 

 要するに、対外的には学校の守衛さんのフリをして要注意人物(達也)を監視しろと。まあこの場合、俺に求められているのは諜報員みたいな仕事ではなく、達也が変な方向に行った時に殴って止める安全弁だろうな。プライベートとか裏仕事は八雲和尚に任せるとして、俺は学内と行事担当と。

 

「異動に合わせ、榊大尉は少佐に昇進となる。現地ではバックアップ人員をつけるので、基本的にはバイザーで過ごし、かつ素顔は仮装行列で隠蔽するように」

 

 俺このタイプの出世知ってる。栄転の名目でクソ激務の部署に放り込まれる奴への餞別だ。

 

 でもやっぱり監視役は気が引けるというか、シンプルに怖いな。檻の仕事をこなすということは、そのまま「壊すべき」という印象を持たれてしまう。

 

 その上、どうせ隙あらば無力化しろとか質量爆散の秘密を探ってこいみたいな――

 

 

 

 

 

「以上の前提で榊()()は第一高校に潜入し、"対象"の動向を注視しつつ、必要であれば可能な限り手助けして便宜を図るように。任務期間は3年間だ」

 

 そうそう、隙あらば手助け……ん?

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