(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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25 Xデー

 旧山梨県某所。小淵沢駅からしばらく行ったところに、四方を山に囲まれ、外部と完全に隔絶された集落がある。

 

 公的には存在せず、住所も割り振られていないそこは、関係者からは"四葉の村"と称される。その名の通り、十師族の一角「四葉家」の支配する広大な"所領"だ。魔法の実験や研究、手勢の育成などをここで行い、外に情報を漏らさないことで、彼らはこの情報化社会においても秘密主義を維持していた。

 

 なにしろ彼らは、当主以外の構成員を誰一人公式に発表していない。公の場に出て来ることがあるのは師族会議に出て来る四葉真夜だけで、界隈の外の人間からは実在すら疑われることも珍しくなかった。

 

 政府や軍の仕事をこなさない訳ではないし、割り振られた仕事である東海の守護はきちんと行っているが、途中式は白紙で答えだけが書かれた答案のごとく、実態としてどのような動きをしているのかが表に出てこない。

 

 その異様さは周囲に様々な憶測を呼ぶ一方で、四葉家はかつての「伝説」あるいは「行状」により、同胞たる他十師族からすら腫物のように扱われ、彼らはそれを是としていた。

 

 常に独自路線を行く孤立主義。他家のように同じ研究所から出た師補十八家を持たず、七草のように政治の表舞台に出て来ることもまるでない彼らは、ただ「実力」と「実績」だけで十師族でも最大級の影響力を有していた。

 

 実力とは、魔法師としての性能の高さ。「兵器としての魔法師」の伝統を最も忠実に受け継いでいると称される彼らは、ただ魔法力の多寡によってのみ当主を選定すると自認している。唯一その存在が公表されている現当主にしても、「極東の魔王」の二つ名を持つ世界最強の一角だ。事情に詳しい者なら、抱えている戦力の質という面では他の十師族と比べてすら隔絶していることが分かるだろう。

 

 実績とは、第三次世界大戦末期に彼らが果たした「国墜とし」。当時の中華を二分する大国であった大漢を、事実上一族の人間だけで廃国に追い込んだ「触れてはならない者たち」。「現代の誇張された伝説」と称されるその看板は、間違いなく四葉の、ひいては日本の魔法戦力自体のプレゼンス向上に大きく寄与していた。

 

 ――"村"に所在する、四葉家の本邸。

 

 今そこに集まっている戦力は四葉の総力と言える規模であり、かつての"大漢崩壊"をすら、あるいは再現できるほどのものだった。

 

 特注のテーブルには、黒羽、津久葉、静、新発田、そして司波からなる、四葉の各分家当主たちが一同に会している。通常なら年に1度の慶春会、要するに正月の集まりでしか顔を合わせない親戚たちが集結している。その事実が、事態の異常性を際立たせていた。

 

 そして上座には、彼ら全員を統括し、全体の方針を決める立場にある四葉家現当主、四葉真夜。いつものドレス姿の彼女は、相変わらず年齢を感じさせない美貌をたたえ、そしていつも以上に上機嫌な様子でテーブル上に浮かんでいるホログラム投影機を操作している。

 

「……以上が、達也さんが入手した"鉄仮面"の情報と、私が個人的に調査して知り得た情報をまとめたものです」

 

 四葉真夜は、その言葉をもってホログラム操作を締めくくった。

 

 テーブル中央に立体映像として映し出されているのは、国防海軍の秘匿戦略級魔法師「鉄仮面」の3Dデータと、彼のスペックについての情報、そして詳細な戦闘データだった。各分家の当主にもタブレットが配られ、同様の内容が記載されている。 

 

 国家さえ滅ぼす魔女どもの茶会である。与えられた情報に対し、各人は一様に険しい顔つきだったが、それ以上の反応はない。

 

「恐れながら、80ミリ秒で"鉄槌"が発動するというのは確かですか?」

 

 先陣を切って質問したのは黒羽貢だった。四葉の諜報を担う黒羽家の当主として、自らも要人暗殺などの鉄火場で生きて来た工作員として、その情報の「あり得なさ」を二重に知る身だからだ。

 

 ただ、今回の会議には、各家の有望な若手も参加を許されている。黒羽家の場合、文弥と亜夜子も参加していた。

 

 あるいは、将来「これ」を聞かなければならない息子たちへ、敢えて分かりやすいところから質問して見せている部分もあるのだろう。

 

「達也さんの眼のことはご存じでしょう?」

 

 対する真夜の答えは、この一言。"彼"の性能について知っている文弥と亜夜子は、純粋な賞賛の眼差しを達也の方へ向ける。そして貢にとってこれ以上なく信用に足る答えで、同時に恐るべき事実であった。

 

 今日の会には、司波達也もまた参加を義務付けられていた。席次はなく、深雪の後ろで手を組んで直立の姿勢ではあるが。

 

 その達也が水を向けられ、補足として情報を追加する。彼は今日、護衛というより情報源として入室を許されているわけだが、これは深雪のゴリ押しによるものであり、当主から許可を受けなければ口を開くことは許されていない。

 

「正確なメカニズムは不明ですが、"鉄仮面"は明らかに人間の限界を超えた速度で超能力を発動できます。自分の計測で確認できたのは7回で、平均発動速度はおよそ93.8ミリ秒。最速で81.2ミリ秒でした」

 

 達也は知り得た情報を、すべては開示しなかった。今の彼にとって、四葉本家すら味方とは言えないためだ。それでも、魔法の発動速度や鉄槌の威力など、「精霊の眼」を使わなくても入手可能な状況については包み隠さず伝達している。

 

 戦いながら1/10000秒単位で魔法発動速度を計測したという達也の言を疑う者は、この場にはいない。

 

 四葉家の中枢に関わる人間は皆、達也という存在を恐れ冷遇しているが、それはそのまま、達也の力を正しく認識していることの裏返しだからだ。

 

 あの化け物ならそれくらいやってもおかしくない。

 

 そういう共通認識のもと、達也の集めた情報は信じられた。

 

「とすれば、"鉄仮面"の本質は戦略兵器ではなく戦闘魔法師、特殊工作員が本業か」

 

 話をまとめたのは新発田勝成。実力を隠して一般の大学に進学しているが、その実四葉家でも屈指の「まっとうに強い」現代魔法師である。彼は四葉家では例外的に「常識的な意味で頭が切れる」性質を持つために、こういう場では情報のまとめ役や政府側の意図の推察などの役割に回ることが多かった。

 

「軍の資料を幾らかのぞき見ましたが、"鉄仮面"……榊創一朗大尉は"奇跡的な偶然"に立脚する存在で、再現性が全くないそうです」

 

 その分析を受け、真夜が補足を追加。

 

「唯一の救いですね。だから十師族は滅びていないとも言えますが」

 

 津久葉冬歌の感想は、この場の概ね総意だった。

 

 当主の前だから彼らは冷静さを保っていたが、榊創一朗という存在は十師族に、ひいては四葉一族に大きな衝撃を与えるものだ。

 

 彼らは「代わりが居ないから」という理由で軍や政府にかなりの影響力を保持している。

 

 軍が十師族より強い魔法師を作れてしまった事実は、政治的バランスが根本から覆されることを意味していた。

 

 各家の面々がそれを理解しているのを見届けてから、真夜は言葉を続ける。

 

「我々……というより、軍に属さない、あるいは属している者も含めて、すべての魔法師の行動には"彼"という楔が打ち込まれました」

 

 今までのように好き勝手すれば、軍が怒って創一朗を投入してくる可能性が生まれた。

 

 実際にはそうしないまでも、勝てないという事実は「兵器」である魔法師のアイデンティティに大きなダメージを与える。彼らは本能的に、自分より魔法力が強い相手にしか従わないのだ。

 

「それを踏まえて達也さん。二つ、聞かせてください」

 

 真夜の纏う気配が変わった。

 

「"鉄仮面"に勝てますか?」

 

 どよめきはない。当主の前でそのような醜態を晒す人間はこの場にはいない。達也を認めない者たちでさえ、達也の性能は認識していた。

 

 ただ、「この場で戦力的な意味で最も頼られているのが達也である」という事実が生まれた。

 

「1対1の状況に持ち込めれば、8割程度の勝率を確保できます。ですが、鉄仮面と行動を共にしている部隊の3名も、資料を別添していますがかなりの手練れです。4対1になれば五分五分かと」

 

 達也の回答は、創一朗側の想定と概ね同等だった。手元のリソースを最大限活用した場合の勝ち筋、つまり軍人の考え方に基づくもので、そこに嘘はない。

 

「……いいでしょう」

 

 淡々と言ってのける達也に、異を唱えるものは居ない。ただ、四葉が生んでしまった怪物の実力に慄くだけだ。

 

 真夜だけは一瞬「それは誓約(オース)を解除しない状態での話でしょ?」と言いたげな表情を見せたが、この場は津久葉家を立てたようだ。

 

「もう一つ。これは皆さんにもお聞きします」

 

 ――深淵(アビス)(かい)、いいえ、ここは海割り(モーゼス・ストライク)と呼びましょうか。あの魔法は、世界を滅ぼしうると思いますか?

 

「…………難しいでしょう」

 

 かなりの沈黙を経て、絞り出すように先陣を切ったのは新発田勝成だった。

 

「何故?」

 

「管轄の割り振りがスムーズに海軍に決まったことに着目します。例の魔法の対地攻撃力が海上のそれより高いと仮定すれば、海軍の研究所だけで魔法の改良が完成するとは考えにくい。しかし製造過程に陸が関わったとしたら、もっと奪い合いが加速しているはずです。海軍があくまで"深淵"の呼称を変えないことからも、対地攻撃力が限定的である点は引き継がれているものと愚考します」

 

 官公庁に太いパイプを持つ新発田らしい発想であった。

 

 なお、五輪の"深淵"はあくまで水面の形状に干渉する魔法。陸上への攻撃は、大規模な地下水脈がある場所に限られる。そのことは一応軍事機密だったが、この場で知らない者はいない。

 

「私も勝成さんの意見に賛成です。各国の研究所が出しているデータを統合して推測すると、海割りは水面への直接干渉を伴う加重系魔法である可能性が最も高いです。陸上でそれを用いる場合、単一目標への干渉から範囲への干渉へと、魔法式をまるごと書き換える必要があります」

 

 津久葉冬歌が、学者としてのネットワークを通じて家が独自に掴んだ情報を織り交ぜて意見を補強。

 

「仮に、今公表されている威力を維持したまま無制限に海割りが使用されたとすると、人類は事実上海と沿岸部の平野を失い、文明は深刻な後退を強いられるでしょうが……そこまで、と我々は見ております。国の10や20、人口ベースで10億20億は消えますが、人類絶滅はないでしょう」

 

 黒羽貢が、社会情勢の観点から指摘。

 

 それで大勢は決まった。

 

「……わかりました。であれば」

 

 一度切って、周囲を見渡した後、真夜は口を開く。

 

「四葉は()()()()()、政府と軍との協力関係を維持します」

 

 今まで通り、と真夜は言ったが、この情勢下でそれを維持するということは――

 

老師(せんせい)には悪いけれど、今や十師族は泥船です。一足先に降りるとしましょう」

 

 十師族からの離脱を含めて、新たな立ち位置を構築するということだ。

 

「では、問題は抜け方ですね」

 

 ここまで黙ったままだった深雪が、辛うじて発言する。繋ぎの言葉とは言え、無言のまま会議を終えては次期当主が遠のくと考えたか。

 

 真夜は姪の頑張りに微笑ましい笑顔で返すと、活動方針を補足し始める。

 

「ええ、もはや他家と足並みを揃える必要はありません。今後は十師族という枠組みは我々が手を出すまでもなく早晩自壊するでしょうし、七草や五輪あたりはもう動き出してるんじゃないかしら。これからは協調ではなく競争の時代です。各自、足を引っ張られないようにお気を付けなさい」

 

 四葉が先頭になることを欠片も疑わないその発言に、各人は何ら疑問に思わず頷いた。

 

「老師はきっと、十師族と運命を共にされるでしょう」

 

 そして、この発言で皆が気づいた。

 

 それが自然なものか、仕組まれたものかはまだ分からない。だが――

 

 

 

 ――十師族崩壊のXデーは「九島烈が死んだ日」である、と。

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