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大黒竜也特尉、もとい司波達也の
それはありとあらゆる物質的情報を読み取る魔眼だ。眼とは言うが、見ているのは現実の景色ではなく情報次元に記録されているデータそのもので、現実世界をゲーム画面とするなら、ソースコードの方を覗いている状態にあたる。達也は自らの異能「分解」の副作用として、あらゆる物体とそれらが保有する情報を読み取る力を持っていた。
ただし、「そこ」には全ての情報が記されているが、情報の取捨選択は自力で行わなければならない。この力自体魔法的素養の一環でありながら、達也は「非科学的」な要素の観測を苦手としていた。現に、霊子や想子の観測という点で言えば、創一朗の強化視力の方が幾分か性能で優っている。
「E=mc²」を体現するための知覚能力として自然に備わった精霊の眼は、魔法的な偽装・隠蔽工作を突破するため人為的に設計された創一朗の強化視力とはアプローチを異にしている。
にもかかわらず達也が「魂」と表現したのは、そうとしか言えないものを見たからだ。
創一朗の胸の部分に、脳がもう一つある。
脳だけではない。一部の臓器には明らかに「外付け」したと思われる臓器が複数存在するのが確認できる。彼の身体の中には、概ね2人分の人体構造物が詰め込まれていた。
丸ごとそのままではない。一部は重要度の低い部分が削り取られたり、形を変えられたりした形跡があり、血管や神経系にも手が加えられている。
それらは整然と加工・配置され、「2人目」の臓器はすべて、「創一朗」の機能を補助するために使われているようだ。それは彼の異常な生命力の源泉であり、燃費の悪さの原因の一端だった。
恐らくは創一朗自身もそのことを知らず、感覚的に知ることもできず、独立した一つの個として振る舞っている。少なくともアイデンティティという意味では、創一朗は「一人」だ。
――達也は対象が生きてさえいれば、最大24時間にわたってエイドスデータを遡ってコピー&ペーストし、損傷を回復させ(たのと結果的に変わらない事象を引き起こせ)る。どこからどこまでが個人であるか、それが生きているか死んでいるか、精霊の眼は見分けることができる。でなければ再成を行使できない。
だから分かる。分かってしまった。
この臓器たちは
達也の眼には、創一朗の2個目の脳と各種臓器が別の個人として認識されるという形で、生体データが二重に存在して視えている。
意識さえ存在しているのだろう。ただ、代謝も感覚もコミュニケーションもすべて創一朗にイニシアチブがあり、その意識に何ら影響を与えられずにいる。そのため恐らくは胎児の状態から全く発達しておらず、自分がどういう状況に置かれているか一切の自覚はないままだろうが。
2つの生命反応、2つの生体情報、2つのエイドスデータ、1つの消化器官、1つの身体、1つの身分。
達也はそこに「居る」ものについて、咄嗟に"魂"と表現した。
――遡ること、およそ14年。
海軍特務「M機関」では、対人戦に特化した魔法兵器を作り出すために新たな実験を行った。
製作コンセプトは、超能力と魔法を両立した兵士の作成だ。
軍では、現代魔法より速度と単純さで優る超能力の研究を重視してきた。十師族を筆頭とするナンバーズは「あらゆる事態の解決が可能な魔法師」を目指して現代魔法師を育成しているが、これは軍においては「戦車の中にデパートを建てるつもりか」と不評であった。兵器には単一の機能と目的があればよく、十師族のやり方は無駄が多いと考えられたからだ。
この対立は「軍と魔法界」というよりもっと原始的な、「戦士と学者」の考え方の違いによるものだ。本質的に研究機関である魔法大学や付属第一高校では「カタログスペック上の最高値」が重視され、前線に近い第三高校や軍などでは「実戦での使い心地」が何より重視される。前線から距離を置いた魔法界が「象牙の塔」になることは必定と言えた。
とは言え、軍の求めるものは有事の、それも末期戦に突入した後の「とにかく早く練兵して前線に数を放り込まなければいけない」時代からアップデートされていなかった。既に終戦から10年以上が経過しており、何なら戦時中に山ほど作ったサイキックたちの処遇に困っていたというのに、軍上層部はちっとも懲りていなかった。
兵器はモスボールして置いておけばいいし、要らなくなったら捨てるなり輸出するなりすればいいが、魔法師は生体ゆえにそうもいかない。戦時ゆえの超法規的措置を悪用し、来る最悪の事態――本土決戦に備えて大量生産された兵器たちは、終戦と共にスキャンダル的な意味での爆弾に姿を変えてしまった。
そこで軍は、彼らの「再利用」のための計画を立案する。それが前述の、超能力と魔法の両立だった。
先天的に両方の素質を持つ兵士を作り出し、軍事力の増強を行うと共に、そこで得られたデータをもとに後天的な魔法演算領域の増設あるいは拡張措置を実施して「超能力も使える現代魔法師」に改造。これにより秘匿されているサイキックたちを国際法に違反しない戦闘魔法師と偽ってロンダリングするという算段だ。
結論から言うと、軍はこの技術の体系化に失敗した。
この「後天的に魔法演算領域を構築する」という技術自体は、図らずも同時期に四葉家が達也に対して実施したものと同じコンセプトを持っている。
違ったのは、その施術方法だ。
軍のそれは、魔法師2人の演算領域を「ニコイチ」することで実現を目指したのである。
当初は他人同士で試されたが失敗し、次に兄弟や親子で、その後は双子で、最終的に胎児の時点から調整を施せば、と様々なアプローチが試された。
だがどれも上手く行かず、最終的に一連の「リョウメンスクナ計画」は成功の見込みなしとして廃案となった。
魔法演算領域と自我は不可分だったのだ。一人の身体に演算領域、つまり脳を二つ搭載すると、上手く行ったとしても自我が2つ生じてしまい、それらが互いに干渉しあって崩壊するか、よくて食い合うことになると分かった。この問題は最後まで解決せず、軍は結局「ジェネレーター」の劣化コピーを再発明しただけに終わる。
――誰も、創一朗が何故成功したのか理解できなかった。再現もできなかった。
「リョウメンスクナ計画」で用いられた方法で魔法技能と人格を両立するには、「片方だけが十分に成熟している同い年の双子」という矛盾した条件を満たさなければならない。
成長度合いが同程度なら肉体の主導権争いの果てに共倒れして人格崩壊を起こすか、それぞれが違う魔法を得意とする二重人格者になる。片方が多少優勢な程度なら、成長の過程でもう片方の人格を脳ごと破壊・吸収してしまい、物心つく頃には普通の調整体魔法師に落ち着く。
2つの脳を「競争」でも「共存」でもなく「支配」し、1人で十全に使えるように仕立てるには、抵抗されていると認識すらできないくらい、文字通り大人と子供くらいの成熟度の差が必要と試算された。
研究の果てにそれが分かったから、計画は破棄されたのだ。普通に暮らし、所定をも超える性能を叩き出し、精神に異常の兆しさえ見せない創一朗から、研究者たちは目をそらすことしかできなかった。
理解出来ようはずもない。最初に作られた創一朗の肉体に、双子の片割れに、たまたま別の世界・時代で死に、何かの間違いで初期化されずに転生した「誰か」が宿ったなどと。
その瞬間、「大人と子供ほど離れた成熟度合いを有する双子の人格」という矛盾が成立した。
この世界では二度とないであろう、たった一つの奇跡的偶然によって、榊創一朗というあり得べからざる存在がこの世に生まれ落ちたのだ。
彼は停止したリョウメンスクナ計画から、共同計画として同時進行していた「鵺シリーズ」のプロジェクトへと移管され、徹底的な強化措置を受けることになる。
鵺シリーズはリョウメンスクナの予備計画で、初期に陸軍主導で実施された超人兵士計画の系譜を受け継ぐ「枯れた技術の水平思考」に則ったプロジェクトだった。
イレギュラー的傑作となった創一朗は、一連の計画の後援者だった黒幕――獅童尚久に目を付けられたことで、鵺シリーズのフラグシップモデルとして予算を度外視して限界まで改造を施されることとなった。
そうして実施された改造は、近距離戦闘に対応するための肉体強化、高すぎる魔法演算領域についていくための反応速度の強化、そして調整の副作用として異形化した眼に合わせた視覚能力の矯正。この実験データは大いに活かされ、現在の強化人間製作は創一朗以前と以後で世代を分けて考えられるほどになったと言う。
バイザーの下に隠された異形の顔は、そういうことなのだろう。
そのような経緯を持つために、創一朗には魔法演算領域が2つある。
いわゆるPKを行使することに特化した超能力者としての領域と、その他の魔法を行使する現代魔法師としての領域だ。創一朗の場合、「マルチスコープ」は鉄槌に付随する認識能力で、達也の分解に対する精霊の眼に相当するオプションのようなものである。
「鉄槌」を使う時、創一朗は超能力者の領域を全開にし、現代魔法師の領域でそれを補助している。
「
つまり加重系の魔法に限り、創一朗は二つの魔法演算領域を使って魔法を行使していることになる。これにより、七草の双子が用いる「乗積魔法」に近い現象をひとりで発生させ、常軌を逸した性能を発揮することができるのだ。
反応速度の強化はあくまで「高すぎる演算領域の性能に認識を追いつかせるため」に実施されたもので、最速0.08秒にもなる「鉄槌」のスピードはこの原理によって生み出されていた。
◆ ◆ ◆
脳内に飛び込んできた情報量に圧倒されていた達也が我に返ったのは、創一朗が精霊の眼による探知に
精霊の眼は、一部の特殊な知覚能力を有する相手からは「視線」として捉えられる。マルチスコープを有する創一朗が"視られている"ことに気づくのは当然と言えた。
ゆえに達也は予定通り精霊の眼によるイデアへのアクセスを遮断し、即座にその場を離れる。
1秒もしないうちに、元々達也が居た場所には轟音と共に大穴が開いた。視線のもとを逆探知したが、達也の切断の方が一瞬早かったようだ。
(軍はどこまで……)
どこまで、何なのか。
腐っている? 違う。少なくとも創一朗の古巣は、他の腐敗が進行している部署よりよほど国益を思って行動している。
魔法師を軽んじている? そうかもしれない。しかし元はと言えば、九島烈がそこを逃げ出したから、軍は代わりを用意したに過ぎない。それが魔法師でなくても、軍は同じことをしていた。
人道に悖る? 今更だろう。それをやらなかったとしたら、今頃ここは「やった」国の植民地になっている。
どれにしたって――
(――人のことをどうこう言える生い立ちではないな、俺も)
今の達也は、自分の誕生にどのようないきさつがあったか聞かされてはいない。
だが、自分に流れる「四葉」という血が辿ってきた歴史のことは、それなり以上に知っていた。
最終的に、達也の脳裏をよぎったのは「業」という言葉。
創一朗もまた、まともではない生い立ちだろうことは予想していた。一定以上に強力な魔法師は(アンジー・シリウスのような例外を除けば)自然な環境からは生まれないものだ。調整体であったのは大方の予想通りだったと言える。
外見が異形だったのも、バイザーで顔を隠していることから想像できた。調整による異形化は、創一朗ほどではないにしろ前例がある。これほどの性能、外見に副作用が出ているのは何らおかしくない。
達也は人の美醜にあまり関心がないので、それ以上の感情は持たなかった。
ただあの顔は、「普通の人間」であればほとんど全員に恐怖なり嫌悪感なりの悪感情を抱かせるものだとも理解できた。創一朗に人間社会の居場所は存在しないだろう。それはすなわち、魔法師が軍事利用から解放されても、創一朗は今の居場所でしか生きられないということを意味する。
生まれながらに業を背負っていると言うべきその姿を見て、達也は理解した。
この「業」を軍と十師族は互いに押し付け合っているのであり、そしてとりあえずの最終処分場が創一朗なのだ。
創一朗はどうしようもなく「兵器」であり、軍の求める魔法師の「答え」であり、戦闘魔法師としての「結論」である。ゆえに自分の野望とも、十師族の在り方とも相容れない存在である。
同時に、
――つまり不俱戴天。だというのに、達也は創一朗に敵意を抱かなかった。
とりあえず、当面は妹の脅威になりそうにないという前提でだが、創一朗……というより、創一朗を動かしている人間がどうやったら敵になるかははっきりしている。今こうして戦ってこそいるが、これはお互いの組織の面子のためであって、達也と創一朗の間に敵対関係はない。
むしろ達也個人は、彼に多少なり恩義を感じている。今も深夜の傍でハキハキと身の回りの世話をしている桜井穂波がまだ生きているのは、創一朗のおかげだと理解しているからだ。
何より。自分と同等かそれに近い力を持って生まれながら、自分と同様に難儀な生き方をさせられている「同胞」へ、達也は恐らく生まれて初めて真の意味で
(難儀な産まれ方をしたものだ。お互いにな)
同病相憐れむ。立場の違いこそあれ、達也が創一朗に対して感じたのは、概ねそういった感情だった。
とは言え、それが手心に繋がったりは一切しないのが達也である。
「鉄槌」の作る瓦礫の中、精霊の眼で再度創一朗を捕捉すると、手にした
「げ」
兆候を感じ取ったのだろう。創一朗が小さく呻いたのは、達也の魔法が成立するより早かった。
情報次元を通じて先に捕捉された創一朗は、自らを守る領域干渉を「分解」され、情報強化を「分解」され、最後に身体に取り付けられたサイオン検知器が警報を発した。
つい最近「トーラス・シルバー」名義で開発されたばかりで、公式発表ではまだ机上の存在に過ぎない「ループ・キャスト」が実用化されていることについて疑問を呈するものは、少なくともこの場にはいない。
文字に起こせばこれだけ長文の思考をしておきながら、達也には一切の油断も隙もなかった。
実時間にして、10秒も経っていない。それでも、関係各位はこれが日本最高峰の魔法戦であることをこれ以上なく感じていた。
かくして、陸海の演習……の皮を被った最強決定戦は、陸軍代表もとい(不本意ながら)十師族代表である達也の勝利で幕を閉じた。これで、多少なり十師族の面子は回復することになるのだろう。それがどの程度の意味を持つかはまだ分からないが、達也はひとまず仕事を果たした。
と言っても、この勝負は半ば茶番のようなものであり、実際の殺し合いにおける優劣には寄与しないことを、少なくとも実際に戦った二人は認識している。
「榊大尉。一つ、言っておきたいことがあります」
戦後。「何て言い訳しよっかなあ」などと嘯きながら頭を搔いている創一朗に、達也は声をかけた。
「何?」
「自分はあの日、沖縄におりました」
創一朗は、いつものバイザー姿なのはもちろん、その奥を見通している達也の眼から見ても動揺は見られない。
達也がその場にいたことを何らかの手段で――実際のところ、原作知識により――既に「知っていた」ものと判断して、達也は深々と腰を折った。
「ありがとうございました。あなたの活躍がなければ、自分は大切な人を失うところでした。これは、それに対する御礼です」
達也は兵器としての魔法師の利用を嫌っているが、それは軍事全般を嫌いになるということではない。強制されたくないだけで、国防それ自体の重要性は知っているつもりだ。
少なくとも、自分と同い年だというこの兵士が「仕事」を果たしたことを悪く言うほど、達也は屈折してはいなかった。
「そういう仕事だから気にしなくていいよ。さっきそっちの藤林……あー、苗字変わるんだっけ、少尉さんにも言われたけど、まあ魔法師やってりゃそういうこともあるさ」
代わりに俺が困ったら助けてくれよ、と冗談めかして返してくる様は、「ひねくれ者」の自覚がある達也をして好感を抱かせるもの。
少なくとも、「国民を守るのが義務だから」と通り一遍の回答をしてくるより、よほど達也好みのものだった。
創一朗の言う通り、達也の同僚である藤林少尉――独立魔装大隊の電子戦を担当している女性幹部――も、この模擬戦が始まる前に創一朗の前を訪れていた。
彼女の場合、創一朗の活躍によって婚約者を救われている。というのも、沖縄戦で創一朗たちが――それが創一朗たちだったというのは、達也だけでなく独立魔装大隊全体の共通認識となっている――先んじて全滅させた大亜連合の別動隊は、藤林少尉の婚約者を含め少数の守備隊がいるだけだった港へ奇襲をかけようとしていたのだ。達也よりよほど大きな恩義を抱えていることだろう。
研究者の道を歩むはずだった彼女が独立魔装大隊……陸軍特殊部隊へと進路を変えたことに、その過去が大きく関係しているのは間違いなかった。
「戸籍上はそうですが、軍籍上の苗字は変えないそうですよ。事務手続きが煩雑ですから」
なんやかんやで夫婦別姓制度は結局成立しなかったこの世界だが、女性の社会進出が大きく進んだため、このあたりの融通はかなり利くようになっている。
「あ、そうなの。ところで大黒特尉。
雑談のはずが続く爆弾発言に、達也は驚きを禁じえなかった。
「仰っている意味が分かりかねます」
それを表情に出さず、平然とこれを返せるのは達也の強みであるが、創一朗もまた特に動揺した様子を見せない。
「そっか。まあ及第点は取れてたと受け取っとくよ」
面子ってやつは嫌だね。面倒臭くて。
そう言い残し、手をヒラヒラさせながら去っていく創一朗を見送りながら、達也は思考を回した。
達也が事実上、十師族の尖兵になってしまっていたのは周知の事実だった。
恐らくその関係で、最初からこの勝負には
――本気じゃなかったのか。
「……やはり、一筋縄では行かないな」
達也は、柄にもなく独り言を漏らす。その口ぶりは内容に比して弾んでいた。
まだまだ自分の及ばない魔法師がいることを理解し、達也は一人決意を新たにする。
それは彼にとって初めての「同族」であり、「壁」であり、「ライバル」の出現であったのだ。
事前のブックに従って勝ちを譲った形を取っていますが、ガチでやっても8割方達也が勝ってただろうというのが創一朗の見立てです。精霊の眼からの雲散霧消コンボが無法すぎる。