(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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18 社会という怪物

 赤坂のとある高級料亭。

 

 ネットの評価も美食家による格付けも受け付けていない「隠れた店」であるここは、完全紹介制で一見さんお断り、広告を打つどころか看板さえ見える所に出していないにも拘らず客足が絶えない。しかも、客層は政治家や高級官僚、大企業の要人、軍の高官などで、その存在を知る食通などからは「料亭政治最後の生き残り」などと揶揄されることもある。

 

 この店に行ったことのある者の間では、「本当のVIP」を迎える時にだけ用いられる個室が存在すると、都市伝説的に語られることがある。

 

 店側はその存在を否定しているが、この噂は事実だ。

 

獅童(しどう)よ、私は何も貴様を排斥しようとは考えておらん」

 

 その日は、「本当のVIP」2人がこの個室を使用していた。

 

 テーブルに盛られた料理はもちろん最高級のものだったが、ここに座る二人にとっては慣れたものだ。

 

 問題は料理の豪華さではなく、この2人が会っているということそれ自体だった。

 

「現に貴様がその席にあるのは、その考えに理があると皆が認めているからだ」

 

 禿頭の――正確に言えば、ハゲではなく剃髪だが――60代ほどの男は、年齢のわりにガッシリした体躯を上等なスーツに包み、堂々たる態度でもう一人に語り掛けている。

 

「だが、貴様はいささか性急すぎる」

 

 態度に比して諭すような口調の男は、東道(とうどう)青波(あおば)と言った。世間的に知られている名ではないし、何か重職についていた過去もない。だが、この日本を直接的に動かしている者たちにとっては、決して軽んじることの許されない名だった。 

 

「儂に言わせれば、貴様らが緩慢過ぎるのだがな」

 

 その青波を前にこのような口を叩く70代ほどの男。これまた高級なスリーピースを着こなす彼は獅童(しどう)尚久(なおひさ)と言う。俗に「鎌倉の老人」として語られる黒幕的存在のひとりであり、彼もまた政府中枢、特に軍部や国防族議員に強い影響力を持つ。

 

 青波の序列は獅童よりもかなり高く、国内で明確に彼より「上」だと言えるのはやんごとなき方々くらいなものであろう。だが今、国内で自由に動かせる暴力という意味では、獅童は誰よりも上に立っている。権力とは突き詰めれば暴力であるということを、青波は忘れていなかった。

 

 だからこそ慎重に、青波はテーブルの上に一枚の書簡を取り出す。

 

「新ソ連の発した、対日大同盟結成を呼び掛ける密書だ。今は成果が芳しくないようだが、このまま力を振りかざすのみでは、これは必ず現実のものとなろう」

 

 具体的には、ここでアンジー・シリウスが死亡あるいは行方不明になるようなことがあれば、米国はもはや日本を味方とは考えない。逆に、この国を共通の敵とした大同団結に乗る可能性が高いと、青波は自前の情報筋から聞いていた。

 

 同盟国が平穏でいられるのは「格下」の間だけで、米国の想定外に育ちすぎれば潰しに行く。米国の行動基準は湾岸戦争のそれに回帰している。すぐにでもCIAが十師族あたりを支援して、クーデターを誘導し始めるだろう。

 

「……貴様の思っている通り、今の日本ならばそれでも勝てる。だがその先にあるのは大東亜共栄圏等という生易しいものではないぞ。反乱と鎮圧を無限回に渡って強いられる「世界の王」という呪われた玉座だ。以前そこに座った米国は100年でその責に耐え兼ねた。日本はいつまで勝ち続けられる?」

 

 獅童は沈黙を守ったままだ。

 

「貴様が修羅道を征くのは良い。だが、民草を修羅に引き込むことは許さん」

 

 そう話を締めくくった青波を、獅童はまっすぐ見据えたまま、数秒。

 

「日和見者の分際で護国を語るでないわ。貴様らが泥を被る覚悟を持たぬから、儂が代わっておるのだ」

 

 獅童はそう吐き捨てたが、そこには恨みや怒りというより呆れの感情がこもっていた。

 

「悠長に構えているようだがな、これほどあからさまな軍靴の音が聞こえぬのか。貴様も歳だな、耳が遠くなっておるぞ」

 

「貴様が派手に鳴らしたせいで余計な者にまで聞こえている。だから平時を守りに来たのだ」

 

 一瞬、視線が交錯した。

 

「……吠えるだけの対価は、用意できておるのだろうな」

 

 それは、事実上の受諾宣言だった。

 

「無論だ。まず――」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――という訳で、その2人は無事に帰してやって欲しいんだ」

 

 数分後、川崎。

 

 今まさにアンジー・シリウスを捕らえようとしていた創一朗は、その間に割って入った忍び――九重八雲により、事情の説明を受けていた。

 

「このアメリカ人ふたりは解放。オーストラリア人はこちらで回収と。あそこの英国人はどうします?」

 

 おおよその指示を聞き終わった創一朗が、自分の理解度確認も兼ねてまとめを口にする。

 

 最後に向いた先は虚空だったが、この場にいる日本人2人にとって、そこに隠れているイギリス人魔法師の姿を確認することは何も難しいことではなかった。

 

「済まないが、彼女も解放で頼むよ。ただし、後から話を混ぜ返されても困るから、それなりの()は立ててもらいたい」

 

 アメリカの方は彼の眼がその役割を果たすだろう。

 

 半ば潰れた状態のベンジャミンを指して八雲は言う。口調こそそれまでと同様に軽かったが、眼は全く笑っていなかった。

 

「…………承知しました」

 

 すると、虚空の中から滲み出るように細身の女性が現れた。

 

 パンツスーツ姿で、見た目20代ほど。銀髪を頭の後ろでお団子にまとめている。創一朗は素性についてよく知らないが、イギリスの秘密情報部、いわゆるMI6所属の女性魔法師であった。

 

 彼女は隠形を解除すると、無表情のまま左手に光の刃を展開し、短めの杖を持っていた右腕を肘のあたりから叩き切った。

 

 じゅっ、と肉の焼ける音が響き、一瞬遅れて煙と、人の脂肪が焼ける生臭さが鼻をつく。

 

「こちらを」

 

 彼女は声を上げるどころか眉ひとつ動かさず、切断され地面に転がった右腕を拾い上げると、創一朗の方へ差し出した。

 

 その腕には、ヤドリギが絡みついた杖が握られたままだ。

 

 彼女はいわゆるドルイド(女性なのでドルイダスか)と呼ばれるケルト系の古式魔法師であり、調和を司る術式――現代魔法で言うところの極致拡散に近い――によって姿を隠していたのだった。

 

 先ほどの光の刃は、おそらく「ブリオネイク」の元ネタになったほうの「神話」に近い魔法だろう。

 

「……受け取っときます」 

 

 銀髪の女性が「けじめ」をつけ、創一朗が(嫌そうだったが)それを受け取ったのを見届けると、八雲は問題解決とばかりに纏う空気を弛緩させた。

 

「しかし、自分で割って入っといてなんだけど、よく攻撃の手を止めてくれたね?」

 

 八雲は世間話のノリで問いかけるが、それは尋問だ。

 

 彼が現れた瞬間。否、彼は戦場の中でずっと両者を監視し続けていたのだが、八雲が隠形を解いて待ったをかけた瞬間、創一朗はスイッチを切ったようにピタリと攻撃の手を止めていた。

 

「想定外の横槍があったら止まるよう命令されていますから」

 

 この状況は、上層部あるいはもっと"上"に君臨する存在にとって予測の範疇にある。創一朗の上司は「見ればわかる」という曖昧な表現にとどめていたが、原作知識と高性能な感覚器を併せ持った創一朗にとって、これが「そう」であると判断することは容易だった。

 

「監視があるのは把握してました。でも、どこに居るのか、どういう技術なのかが分からなかった。俺の"目"を誤魔化し続ける技量なら、本気で敵方に加勢されたら殺しきれない可能性が高い。急にこのレベルの忍者が出てきたら、想定された"横槍"でない方がおかしいでしょう」

 

 サプライズニンジャ理論*1じゃないんだから、といつも通りユニークな悪態をつく創一朗を、八雲は面白そうに観察している。

 

「僕は"忍者"じゃなくて"忍び"なんだけどね」

 

 創一朗の戦力評価は、噓偽りのないものだった。アンジー・シリウスと創一朗の間に隔絶した差があったのと同じように、創一朗と八雲の間にも実力差が存在する。仮装行列(パレード)で位置情報を誤魔化しているだけのリーナと違って、八雲の隠形は魔法だけに限らない複数の技術の集合体だ。

 

 無限に近い引き出しの多さを活かし、数秒ごとに配分を変えてくるそれを突破するには、創一朗の感覚器では足りなかった。

 

 恐らく、対等な条件の一対一で殺し合ったら創一朗の方が有利だろう。だが、戦いの世界に対等な条件などというものはない。

 

 全神経をこの坊主を殺すことに割けない場合、()()()()という意味での勝算はほとんどゼロに近いだろうことを、創一朗は認識していた。

 

 彼の優れた感覚器は、今こうして創一朗と会話している八雲の像ですら、どうやら本体ではないらしいことを伝えているのだから。

 

「うーむ……まあ、そういうことにしとこうか。じゃ、解散解散」

 

 八雲は顎に手を当ててわざとらしく考え込んだ後、ゆるく戦闘停止を宣言した。

 

「欲を言えば、君んとこの山田君も置いてって欲しいんだけどね」

 

 続け様に放たれたこの言葉には、先ほどまでとの温度差で頭痛がしてくるほどの殺意がこもっていたが、創一朗は平然と受け流した。

 

「お坊さんが欲を言ってどうすんですか」

 

「若いのに詳しいねキミ」

 

 一応本職は九重寺の住職だろう、俗世の権力者の犬みたいなことばっかりしてていいのか。

 

 調整体として製造から13年ほぼ研究所暮らしだったのは調べが付いてるからな。

 

 ジャブの撃ち合いはお互いに効果を発揮せず、少しだけ空気の体感温度を下げるにとどまる。

 

「まあ、あまり俗世のしがらみには口をはさみたくはないんだけどね。出家した身とて、何にも縛られないなんてことはないんだよ」

 

 まだまだ修行が足りないねえ、と面白そうに頭を掻いて見せる八雲は、一貫して貼り付けたような笑顔だ。

 

 意外とフランクに話してくれる八雲を見て、創一朗はひとつ聞いてみることにする。

 

「それは十師族とか?」

 

 余計な表現をそぎ落とし、ともすれば言葉足らずな一言だったが、しかし八雲は面白そうに眼を見開いた。

 

「……これは、意見というより一般論として聞いてほしいんだけどね」

 

 ――魔法の平和利用と言えば聞こえはいいが、仕事を放りだしたからって、仕事がなくなる訳じゃない。

 

 どんなに嫌でも、目を背けたくても、言葉を尽くしても、あるものはあるし、ないものはない。

 

 結局のところ、彼らは自分が嫌な仕事をより弱い誰かに押し付けたに過ぎない。

 

 そして君もいつか長じて、同じように鎖から脱する権利を得るだろう。また別の、力ある未熟者に仕事を押し付けてね。

 

 誰かが断ち切らない限り、この連鎖はそれこそ輪廻転生のごとく続いていくのだと思うよ。

 

「おっといけない、年下に説教して悦に入るなんて煩悩そのものだ。年寄りの長話はこのへんにしとこう。あの子も状況が分かってきたようだしね」

 

 八雲の示す先には、先ほどまでは蹲ってえずくばかりだったリーナの姿がある。確かに呼吸を落ち着かせ、状況が理解出来て来たようだ。

 

 その話を聞いて、創一朗はひとつのセリフを思い出していた。

 

 より大きな檻、より長い鎖(Bigger cages, longer chains)。たとえ巨大な檻を破壊しても、その先にあるのはもう一回り大きな檻に過ぎないのだと。

 

 創一朗よりずっと前を進んでいるのだろう八雲もまた、仏の掌の上から出られてはいないし、恐らくは出ようとする必要もない。

 

 介抱されるリーナをぼんやりと眺めながら、創一朗は八雲の言葉を反芻していた。

 

 原作では、司波達也が鎖を断ち切った。彼が魔王として君臨したから、国際秩序は戦争どころではなくなってある意味安定した。

 

 ()()()()は、同じように進むのだろうか。

*1
イギリスの脚本家が広めた理論であり、警句。そこに突然ニンジャが現れて暴れる方が面白いのであれば、脚本として面白さが足りないという意味




司波達也≧九重八雲≧榊創一朗>>>アンジー・シリウス
日本の魔法戦力充実しすぎ問題。
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