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ありがとうございます。
7:20追記 後ろ1000文字ほどが正しく投稿されていなかったため修正。
首都高を降り、川崎の工業地帯へと進んでいく一台の自動車。
自動運転が実用化されて久しい現在でも、従来式のハンドル運転車の方が一応多数派である。路肩に停まったこの車には成人男性が2人乗っていた。
「介入できないってどういうことです!?」
「おわっ、急に怒鳴るなよ」
車はいわゆる覆面パトカーだった。乗っている二人――千葉寿和と、その部下である稲垣は、まだ歴は浅いものの有望な若手警官である。
年上の部下に当たる稲垣が電話越しに吠えたのは、今向かおうとしている案件への対処に、上司から「待った」がかかったからだ。
『何も聞かずに戻ってこい』
「何故です!? 明らかにテロ事案ですよ!?」
電話口の上司は、激発する稲垣と対照的に疲れ切ったような声色で淡々と諭している。
「稲垣、ちょっと落ち着けよ」
「警部補まで!」
魔法師の就職先というのは、軍人・警官・教師・学者という昭和の名門のようなラインナップが主とされる。彼らはその中で警官の道を選び、自治体警察では対応できない魔法犯罪に対処するために再編された警察省に所属していた。
USNAと国防軍による情報封鎖は万全だが、警察とて決して無能ではない。現場レベルで「マクシミリアンの川崎工場で何かが起こっている」という情報を入手した者はいた。それが彼らだ。
そして、一般出身の稲垣と違い、千葉寿和は十師族を除けばダントツの政治力を有すると言われる戦闘魔法の名門「千葉家」の惣領だ。
「まあ代われ。……すみません、すぐ戻ります」
『そうしてくれ』
「ええ……しかし、
寿和は、この世には触れてはいけないものがあるということを身に染みて知っている。「剣の魔法師」として警察省撃剣世話掛的役職にある彼の実家は、常に十師族……特に七草家との主導権争いの中に居るからだ。
だから彼は「聞き方」を間違えなかった。
『……これは独り言だが、近頃横須賀の方が煩くてな』
横須賀。国防海軍もしくは在日米軍を3:7くらいのニュアンスで表す言葉だ。
だが、国防軍の特に下士官レベルへの影響力にかけて、千葉家は十師族を凌いでいる。その惣領たる寿和のところに全く情報が上がってきていないとなると、可能性はひとつだった。
(USNA絡みか……こりゃ説得は無理だな)
日本とUSNAは今も名目上同盟国だが、第三次世界大戦を経てUSNAの力がさらに強くなっている関係上、昔以上に政治的力関係はUSNA有利となっている。
独立国同士表面上は対等でも、日本はもはや時代遅れとなりつつある単独独立国。USNAは今も――EUと中華が工業力に大打撃を食らったおかげで――世界一の工業力・軍事力を有する地域共同体だ。実態として求められる「配慮」は、かつての比ではなくなっている。
大亜連合の成立によって韓国を失い、東アジアにおける西側最後の防波堤となった日本をUSNAは非常に重視しているが、それは必ずしも日本への助力を意味しない。
沖縄戦で投入された戦略級魔法のことは寿和も知っている。軍の新兵器――十師族に属さない現代魔法師という意味で、体制下の魔法師たちはそう称する――の存在はUSNAにとっても寝耳に水だった。大方その関係で何かろくでもないことをやってるのだろう。となれば、イチ警察官に過ぎない自分の出る幕ではない。
(時々お前が羨ましいよ、稲垣)
状況が千葉家に介入可能なレベルを大きく逸脱したところにあると確認した寿和は、ひとつ大きなため息をついた後、眼前で正義に燃える――恐らく、寿和の家の力を使って状況に介入する糸口を作ってくれることに期待している――年上の部下をどうやって説得するか頭を回し始めた。
◆ ◆ ◆
場面は戻り、川崎。
創一朗は持ち前の視覚的異能――マルチスコープを用いて敵の親玉を確認し、ノータイムで「鉄槌」による攻撃をしかけた。
一秒とかからず、自前の視覚力で被害を確認。標的の移動指揮車は破壊できたが、潰れる前に脱出を成功させた者がいる。
「……3人殺し損なった。俺は追撃する。3人は捕虜の確保を」
「「「了解」」」
隊員たちに短く連絡し、創一朗は早速手近な壁を「鉄槌」でぶち抜き、そこから外へ飛び出した。
今回の戦いでは、創一朗以外の3人はまだ魔法を使っていない。
理由として、創一朗の「鉄槌」で死なないのは相当な高レベル魔法師に限られるから、正面戦闘が本職ではないほか3人では援護が精いっぱいであるというのが1つ。
今回の戦闘が創一朗の「デモンストレーション」であるというのがもう1つだ。
既に、相手の正体が米英を主体とする非合法工作員の集まりであることは調べが付いている。
彼らを丁重に「おもてなし」して、二度と妙な気を起こしたくなくなるくらいの畏怖を、彼らにではなく彼らを使う側の人間たちに与えるのが今日の創一朗の仕事だ。他の面々も別方面で厄ネタであることは事実なので、余計な手の内は晒したくないという事情もあった。
要するに、彼らの企みは最初からお見通しで、しかも「勝ち方を選べる」だけの余裕が、創一朗にはある。
隊員3人が建屋内唯一の生存者であるジャスミン・ウィリアムズ――戦略級魔法「オゾンサークル」を用いるという彼女は、生かして捕らえるよう上から指示が出ている――を確保するため行動を開始したことを確認すると、創一朗は背中に装備しているケースを開け、中から棒状のなにかを取り出した。
特殊警棒くらいのサイズで、根元の部分には安定翼がついており、羽の生えた鉛筆のようなシルエットだ。艶消しされた黒色の見た目からは分からないが、材質はタングステンであり、見た目以上の重量を有する。
創一朗はそれを一本手に持つと、ダーツの要領で片手を構え、力強く投擲する。
生化学的に強化された創一朗の膂力により、棒状のなにかはダーツ投げとは思えない勢いで飛んでいく。とはいえ、ここから目標の移動指揮車まで直線距離で100メートル以上ある。いくら創一朗が怪力でも、鉛より重いタングステンの塊がそんな遠くまで飛ぶものではない。
しかし、それは物理的に考えたらの話だ。魔法というファクターがあれば話は変わってくる。
放り出された棒がある一点に到達した瞬間、事前に定義されていた加速魔法が作動。爆発的に速度を上げ、衝撃波を撒き散らして飛んでいく。
具体的にはマッハ5。秒速に換算しておよそ1700メートルだ。
そう、この金属棒の正体は、21世紀初頭に戦車砲の弾として用いられたAPFSDS弾の芯……を小さくしたものである。
かつて最強だと考えられていたこのタイプの砲弾は、弾体の加速方法が炸薬から電力に置き換わる過程で型落ちとなり、戦車の機動力が増して当たりにくくなったこともあり日の目を見なくなっていった。
しかし今でもその威力は健在で、当たりさえすれば主力戦車以外の装甲なら容易く貫通可能だ。こうして魔法で加速させれば持ち運ぶ資材も嵩張らない。「鉄槌」の応用による爆発的な加速は、炸薬による急激な加速と結果的に似ているため、起きる事象も似通ってくるのだ。
そこで、持ち運びしやすいように大きさを調節した弾芯をいくつか、装甲スーツに装備しているのである。
目標までおよそ150メートル。0.1秒とかからないうちに、創一朗が「マルチスコープ」で確認した通り、生き残った3人のうちで最大の脅威――リーナの頭めがけて正確に飛来する。
果たしてリーナは、前線に引きずり出されて早々にこの致死の一撃を受ける羽目になった。
「させないッ!!」
小型とは言え戦車砲と同じ要領の徹甲弾だ。生半可な装甲や対物障壁では防ぎきれない。
それを知ってか知らずか、リーナは防御や回避ではなく先制攻撃を選択した。日常生活における彼女とは似ても似つかない戦闘センスの冴えこそが、彼女をスターズ総隊長の有力候補たらしめている。
専用兵装ブリオネイク。最新・最終そして最重要機密兵器であるそれを利用することで、戦略級魔法"ヘビィ・メタル・バースト”は指向性を持ったビーム兵器に変わる。アンジー・シリウスの前線への投入は、すなわちヘビィ・メタル・バーストとブリオネイクの投入をも意味していた。この場における「最悪」は、出し惜しみの末に生きて捕らえられることだからだ。
リーナの干渉力と発動速度は、その杖を握れば一瞬にして重金属プラズマを撃ち出すまでに研ぎ澄まされている。
後先というのは、後があるときにだけ考えればよい。作戦前の段階でベンジャミンからそう強く言い含められていた彼女は、はじめから隠蔽度外視のフルパワーを叩き込むと決めていた。
ビームの発射速度はおよそマッハ100。創一朗の放った重金属ダーツは、着弾前にプラズマを浴びて蒸発し、後ろの建屋に大穴を開けた。
しかし、ビームの行く先にもはや創一朗が居ないことはリーナも分かっている。
だからリーナはビームの放出時間をあらかじめ長めに設定しており、ブリオネイクを構えたまま、飛び掛かってくる創一朗の方に向かって薙ぎ払った。
無論、筋力による方向転換ではない。構えの姿勢で関節を固定したまま、セルフ・マリオネットの要領で移動魔法を併用、砲口の向きと射角を調整したのだ。
戦場において「大砲」としての役目も期待される彼女にとって、これは幾度となく訓練で繰り返した動き。ゆえに発動は淀みなく、跳躍魔法で亜音速にまで加速していた創一朗がリーナのもとに到着する以前、およそ15メートルの所で方向転換が間に合った。
「ッ」
創一朗は小さく息を呑んだ直後、跳躍を中断して地面を強く踏み込み、腕を縦に構え半身になって防御。直後、ビームの照準が彼に合わさった。
タングステンの融点は摂氏3422度、沸点は5555度。それを一瞬で跡形もなく蒸発させた重金属プラズマが創一朗に直撃し、光の奔流は最初の一瞬だけ見えない壁に阻まれたように止まった後、こんどは彼の直前で真っ二つに分かれ、左右に流れていく。
最初の停止は十山つかさの遠隔障壁によるもので、それが耐久限界を超えて破壊された後、今度は創一朗が腕の前に展開した斥力場によって受け流された。
創一朗の使った魔法は、身体部位や武器などに沿って極細の斥力場を発生させる加重系のもの。千葉流剣術では「圧斬り」、軍では「
奇しくもそれは、「原作」において千葉修次が見せた離れ業と同種のもの。違ったのは、外骨格がアースの役割を果たすように設計されているために、ビームの撒き散らす電磁波程度では戦闘に支障をきたさないという点。
プラズマの光が治まろうかという刹那、創一朗はグルリと首を動かし、背後に迫っていたベンジャミン・カノープスをバイザー越しに睨み付けた。
――創一朗の「鉄槌」は無敵に思えるがその実、単純ゆえに「万全」から離れた条件ではダイレクトに効果に影響が出る魔法だ。マルチスコープ越しよりも直接視認した方が、そしてバイザー越しよりも肉眼の方がより高い干渉力を発揮できる。
相手のエイドス・スキンを突破して強引に干渉するという性質上、相手が高レベルの魔法師であるほど効果は薄く、場合によっては干渉を跳ね除けられ不発になってしまうのだ。不可避の速攻として猛威を振るっているのは、単に創一朗の干渉力に抵抗できる相手がほとんどいないからに過ぎない。
移動指揮車を潰したその場で追撃をかけなかったのは、マルチスコープ越しでは干渉を跳ね除けられる強者しか残っていなかったからだ。
だがベンジャミン相手であれば、直接視界に入れれば「鉄槌」の効果が保証される。創一朗は今までの経験から、相手の干渉強度を予測する術に長けていた。
創一朗がベンジャミンの方を見ていた時間は半秒にも満たなかったが、背後から分子ディバイダーを突き出そうとしていたベンジャミンはその一瞬で地面に叩きつけられた。直後、ベキベキという鈍い音と共に肉体がアーマーごと押し付けられ、すぐに彼は意識を手放す。
呂剛虎の時と違い、臓器が破裂しているのか血を吐き、片目が飛び出している重体だった。それでも、直接「視」られてなお原型を留めていることは彼の練度の証だった。イリーガルMAPがそうだったように、並大抵の魔法師はマルチスコープ越しの雑な鉄槌でペースト状にすり潰されるのだから。
「ベン!!」
その様子を認識したリーナが悲痛な叫び声を上げ、すぐさまブリオネイクに力を籠め次弾を撃ち出そうとする。
その時、バイザー越しの創一朗と確かに
(嘘でしょ!?)
彼女はこの時点で、九島家の秘伝である「
「鉄槌」が対象を直接視認して発動しなければならない関係上、「
しかし創一朗の眼は、サイオンやプシオンをすら認識しうる特別製。こと魔法による位置の偽装を見抜くことに関しては、あの精霊の眼すらも一部上回る性能を有していた。
瞬間、リーナは自分が巨大な手に握り潰されるイメージを幻視する。
(何、これ!?)
リーナは訳も分からず抵抗する。少なくとも、「これ」に屈したが最後、自分もベンジャミンやイリーガルMAPたちと同じ未来を歩むことが確信できた。
無我夢中で自分のエイドス・スキンを最大限に強化。周囲からの情報改変を全て受け付けなくし、見えざる「手」からの干渉に対抗する。
「かはっ!? はっ、ひゅっ、はっ……」
数十秒にも感じられるせめぎ合いを経て、しかしリーナはその「手」による攻撃を跳ね除けた。もちろん、実際にはほんの0.1秒以下の時間で行われた攻防であるが、リーナは一気に全身から汗を吹き出し、ガクンと姿勢を崩しかける。魔法演算領域にかつてない負荷がかかったことによる症状だった。
彼女は実戦において史上はじめて、創一朗の鉄槌を正面から破ってみせた。バイザー越しとは言え創一朗の「鉄槌」へ対抗するのは、「流星群」に対抗するのと同質の干渉力を必要とする。
戦略級魔法師としてアメリカ最強の名を恣にするリーナだから、創一朗の前に立つことを許されたのだ。
「おお」
その様子を見て、創一朗は呑気に感心したような声を上げる。それは同時に少しの歓喜と、無邪気な殺意を孕んでいた。
――こいつ壊れないぞ。
言外の楽し気な発言を確かに聞いて、リーナはほんの少し気圧される。
それでも彼女は淀みなくブリオネイクを構え直し、第二射を発動させた。
一連の対応速度はまさしく「化け物じみている」と呼べるもので、発動の兆候を見てから対抗魔法を間に合わせることはほとんど不可能だと言っていい。
創一朗は苦も無く「圧斬り」を間に合わせた。ブリオネイクの砲撃を防ぎつつ、第三射が発動される前に倒れているベンジャミンを掴んで持ち上げる。
そのまま、瀕死のベンジャミンを盾にして突進。
「~~ッ!!」
ブリオネイクによるビームは直線攻撃だ。軌道を曲げるなどの加工を行うには、相応の準備時間が追加で必要になる。
ベンジャミンは助かる見込みが薄いので、ここは証拠隠滅もかねて彼ごとブリオネイクで焼いてしまうべきだ。だが、まだ息のある彼を見捨てることを今のリーナが決断するには、コンマ数秒の思考時間が必要だった。
それだけあれば、創一朗は問題なくリーナの懐に潜り込める。
「が、はっ――!!」
リーナが次に気が付いた時、創一朗の拳がリーナの下腹を抉り込んでいた。
アッパーだ。ごしゃ、というおよそ拳が出したとは思えない音とともに視界が明滅し、一瞬呼吸が止まる。激痛で意識が飛んで、すぐに痛みで目が覚める。それを3回ほど繰り返し、ようやく空中に浮かんでいる自分を自覚する。
「っアクティベイト! ダンシン――」
音声認識を使ったナイフ操作魔法の発動を狙ったリーナだが、台詞を言い終えるより早く創一朗の手から大量のサイオンがバラまかれた。
雪崩とでも形容すべきだろうか、凄まじい量と勢いを持ったサイオンの激流がリーナの魔法を押し流す。
こんな状況では、流石のリーナも魔法の維持が難しい。ヘビィ・メタル・バーストの発動に神経を注いでいたのも重なって、彼女の仮装行列はついに解除された。この時点でサイオン中毒を起こしていない分、むしろ体が丈夫と言えるだろう。
無造作な赤髪が整った金髪に。鋭かった眼光は少しだけ柔らかくなり、迫力が失われたためか一回り小さくなった気さえする。
アンジー・シリウスは、仮面をつけたままとは言えついに真の姿を晒した。
「くっ!!」
飛び上がったまま懐のナイフに手を伸ばし、分子ディバイダーによる攻撃を検討したが、既に地上で創一朗が拳を振りかぶっているのが見て取れたため、反撃ではなく迎撃に方針を転換。
それでもリーナは、その状態からベクトル反転術式を間に合わせてみせた。
これが並の戦闘魔法師なら、この魔法で相手を吹き飛ばした上で態勢を立て直し、ブリオネイクを用いて攻撃に転じることができるだろう。
相手が創一朗でなければ。
ドゴッ、あるいはガキョッ、というような、重量物同士がぶつかり合う音と共に、拳は、
「が、ひゅっ……」
およそ年頃の少女には似つかわしくない悲鳴が絞り出され、リーナは無様に地面を転がっていく。
最初の一撃で超人的な加速を見せられたことで、リーナは創一朗がサイキック由来の自己加速術式を使うことを強く印象付けられた。またサイオンがばら撒かれていたために、創一朗の拳に集まっていた不自然な量のサイオンに気づくことができなかった。
――創一朗が使った魔法は自己加速でも硬化魔法でもなく、接触型の
最新型のボディアーマーが拳の形にへしゃげているが、これは魔法ではなく筋力によるもの。ここにきてようやく、リーナは相手が改造人間らしいことを確信した。
折れた肋骨が肺に刺さらないよう、かろうじて胸部を庇いながら受け身を取って着地。しかしリーナにできたのはそこまでだった。
「おぇっ、げほ、ごぼっ、かっ、はっ……」
リーナはうまく息が吸えず、その場を立ち上がることができない。心臓を上から叩かれたことにより、一時的に脈が止まる心臓震盪の状態になっているのだ。
そこへ追い打ちをかけるように、痛みとは別の強烈な不快感がリーナを襲う。実はこの違和感は殴られた当初からあったが、最初は痛みが大きすぎて気づかなかったのだ。
「っ!? お、ぇ、げええぇえっ! うぇっ、げぼ、ごほごほ……」
たまらず嘔吐するのが止められないほど強烈な異物感。内臓に手を突っ込まれて引っ搔き回されているような、強烈な乗り物酔いのような。
もしリーナにその手の
異物感の正体は、創一朗のサイオンだ。
創一朗の使った魔法は、この原理を応用したもの。接触型の術式解体として成立する量のサイオンで防御魔法を突破した後、接触したところから発勁の要領でそのサイオンを相手の体内に叩き込む。
これにより、ただでさえ常軌を逸した破壊力を持つ創一朗の拳は、幻痛と異物感で確実に相手の抵抗を奪う。
敵前で嘔吐という絶大な隙を晒したリーナにはダメ押しの魔法が仕掛けられ、そのまま捕縛される。
そうなるはずであった。
しかし、いつまで経っても追撃が飛んでこない。
いくら何でもおかしい、リーナにそう考える余裕が生まれた時、既に戦闘終了から1分以上が経過していたが、創一朗はまだ近くに存在していた。
「ああ、目が覚めたかい?」
状況が変わっていたのは、自分と創一朗の間に、作務衣を着た禿頭の男が立っていたこと。
「事情は省くが、ここで君を死なせると不都合になると考えた人がいる。
そういって男が示す先には、まだ辛うじて息があるベンジャミンの姿がある。
リーナはいよいよ頭がパンクしそうだった。
◆ ◆ ◆
――リーナにとってこの状況は意味不明であったが、創一朗にとっては違った。
(出て来たか、
彼の行動の後ろ盾は、辿っていくと最終的に鎌倉のさる老人に行き着く。
この老人もそうだが、日本にもいわゆる旧支配者と呼ばれるような政治を裏から支配している者たちが存在していて、各々が「適切な状況」を保つべく、実行部隊として力ある者を抱えている。
この忍び――九重八雲の上には、四葉のスポンサーと称されるのと同様の存在がいる。そのことを創一朗は、原作によって知っていた。
ゆえにこの忍びがこのタイミングで介入してきたことに意外感はなかった。東道青波はその手の「支配者」の中でもかなり序列の高い人物で、自分のところの鎌倉の老人は末席に近いということを、創一朗は知っていたからだ。
「上」で何らかの取り決めが行われて、命令は変更になるのだろう。そう理解した彼は介入があった時点で手を止め、後のことは政治的決着に任せることにした。