UA30万
たくさんの感想
ありがとうございます。
7:25追記 一部内容を加筆修正。
2090年にも、戦争があった。
アラスカとカムチャツカにて、ベーリング海峡を挟んで米軍スターズと新ソ連軍極東魔法師部隊がぶつかり合った戦いは、世界大戦の再発を恐れた両国によって戦力投射を限定的なものに抑えられ、また戦闘に関する情報は徹底的に秘匿された。
後に「
米軍の戦闘魔法師部隊「スターズ」は、総隊長ウィリアム・シリウスを含む10人以上の恒星級戦力を失い、また戦略級魔法師エリオット・ミラーがスターズから離れ、アラスカの防衛に専念せざるを得なくなった。
対する新ソ連に至っては、この当時極東に配備されていた魔法戦力をほぼ全て失う大打撃を被っている。
それでもこの戦いの決着が「新ソ連有利の痛み分け」と考えられているのは、最終的に新ソ連の戦略級魔法師イーゴリ・アンドレイビッチ=ベゾブラゾフが投入され、戦略級魔法トゥマーン・ボンバを受けたスターズが撤退するという結末を迎えたからだ。
前述の通りこの戦いは隠蔽されたものの、新ソ連の極東戦力に穴が開いた事実は大亜連合も知る所となる。彼らは「北方の異民族」が居ない隙にと沖縄の確保に乗り出し、国力健在をアピールしたい新ソ連は大亜連合への攻撃……ではなく、南方に戦線を抱えて戦力が分散しているだろう日本を狙って攻撃を開始した。
このように、一連の戦火は突如として始まった訳ではなく、米ソの暗闘がドミノ倒し的に広がった結果なのだ。
「で、想像より厄介な兵器が出てきて我々が後始末と。いつからこの世は1980年代になったんだ?」
上層部の開示した情報を受け、心底ウンザリした様子の少女がいる。見た目小学校高学年くらいに見えるが、似合わない軍装に身を纏っていた。
「そう言うな。このままドミノが続いたら、次は
もう一人は、軽い調子で少女をなだめる30代くらいの男。
特有のテンガロンハットを被った2人は、オーストラリア軍の戦闘魔法師コンビ。非合法なものを含めた破壊工作などに投入される、有体に言ってテロ要員だった。
「流石に米帝も責任を感じてるのか、前衛を張る捨て駒は向こうで用意してくれるらしいからな。お前はいつも通り、任務に集中すればいい」
男――ジェームズ・J・ジョンソンは、慣れた調子で少女――ジャスミン・ウィリアムズを気遣う。
彼らの目的は、日本に新しく出現した詳細不明の戦略級魔法師「鉄仮面」の無力化――直接的に言えば、暗殺だ。
沖縄戦での大立ち回りにより大雑把な所属と行動についての情報を掴んだ彼らは、目的を同じくする米英と手を組み、世界のパワーバランスの維持という大義名分のもと動き出していた。
◆ ◆ ◆
USNA軍の非合法魔法師暗殺者小隊「イリーガルMAP」ホースヘッド分隊10名。
全体統括として「スターズ」第一隊隊長ベンジャミン・カノープス。
オーストラリア軍の魔法師2人とバックアップ人員。
英国は
そして、経験を積ませるためにベンジャミンが連れて来た「秘密兵器」がひとり。
彼らはそれぞれの所属する国家の密命を受けて集まった寄り合い所帯だったが、皮肉にも共通の敵を前に団結していた。
国や専門家によって見解は分かれるものの、暗部や諜報機関で用いられるような戦闘魔法師は単独で主力戦車並の仕事をこなすのが「最低ライン」だと言われている。習得している魔法によっては機甲師団や航空団レベルの働きを見せることもあるというのが先進国の共通認識だ。
この場に集まった「多国籍軍」は全員がそういうレベルの魔法師であり、その魔法力を加味した時の戦力は、南米かアフリカあたりの小国なら容易く潰せる規模のものだ。
そもそも、軍の戦闘魔法師というのは単独または少数のチームで作戦目標の達成を目指す特殊部隊のような仕事か、通常兵力の援護要員としての何でも屋的な仕事が主である。魔法師ばかりこんな大人数が動員されるのは、直近ではかのアークティック・ヒドゥン・ウォー以来だ。
80年前にかの有名なテロリストの親玉を殺した時をも超えて、人ひとり殺すにあたり動員される戦力としては歴代最大かもしれない。彼らは独特の高揚を感じていた。
イリーガルMAPに関しても、10人纏めて同一人物の暗殺に投入されるような事態は今までになかった。彼らはその名の通り非合法の対人戦闘に駆り出される部隊で、先のアークティック・ヒドゥン・ウォーの戦犯――俗語、原義両方の意味で――としてミッドウェー監獄に収監されていた。
元々暴走しがちで厄介者扱いされていた彼らをわざわざ呼び戻したのは、それだけ対人戦能力を買われていたからであり、翻って相手――「鉄仮面」と称される謎の魔法師の実力を相応に評価していることの証だ。
ホースヘッド分隊の面々には、成果を上げれば刑を恩赦することが伝えられている。一方で彼らは「本命」たるオーストラリアの工作部隊の作戦を成功させるための陽動、事実上「捨て駒に使う」と言われているようなものだ。
ただ、彼らは元より非合法部隊。そんな扱いは今に始まったことではないので、いつも通り士気は高い。むしろ「思ってもみない機会」を前に、持ち前の好戦性を発揮して戦いたくてウズウズしている様子だった。
決行場所には、マクシミリアン・デバイスが日本国内に保有する工場のひとつが選ばれた。マクシミリアンは米国企業であり、表向きには民間企業だが実のところ米軍と強い繋がりがある。彼らの工場の一部は、USNA軍の海外工作拠点としても機能していた。
そのことは日本側も感づいており、普段は国際情勢を考慮してお互いに「知らないフリ」が続けられている。
そこで、アメリカ側からわざと問題を起こすことで「存在しない部隊」である対魔装特選隊の出動を誘い、出てきた所を返り討ちにする。そういう作戦であった。
川崎の工業地帯に存在する工場が選ばれたのも、メインの工場は別にあるため破壊されても被害が最小限になるという点もあるが、横須賀に所在するという「彼ら」のお膝元で騒ぎを起こして挑発する狙いが主だった。
――彼ら自身、いくら不明な戦略級魔法師が相手だからと言ってこれは過剰戦力だろうと思っていた。
確かに、慢心はあった。
だが、これはなんだ。
万が一、そう万が一、彼らが"失敗"した時に備えて後方の移動指揮車に詰めていたベンジャミン・カノープスは、なまじ優秀だったがために戦場で起こっている事態を正確に把握し、そして戦慄した。
「生存2……1、0。ほ、ホースヘッド分隊、全滅しました」
指揮車内で戦況を読み上げているオペレーター(彼女を含め、冒頭の語りに含まれていない非戦闘員も多数入国している)も歴戦のプロであるはずだが、その声には震えがみられる。無理もない。指揮官たるベンジャミンですら、その報告に動揺しているのだから。
――狙い通り、彼らは現れた。
このあたりの工場は、いわゆる24時間稼働の大量生産ラインではなく、どうしても出てくる人の手が必要な部分をまとめて担当する組立工場だ。社員たちが帰宅した後は、警備員数名が守衛室に詰める以外は無人化する。
ゆえに、事前に警備システムに細工をしておけば、深夜に人知れず戦闘を行う土壌は確保できる。
当初の予定通り、対魔装特選隊の4人は一番広い建屋に誘い込まれた。この中で一番背の高い兵士が「鉄仮面」であることは割れているので、最悪部隊ごと全滅させてしまえばミッション完了だ。多少の巻き添えが出ることは、各国政府も承知している。
果たして、仕掛けておいた爆薬や毒ガス散布装置の類は一切起動しなかった。これは半ば想定されていたことだ。現代兵器で簡単に暗殺できるのであれば初めから警戒などしない。
想定外だったのは、フル装備のホースヘッド分隊がこうも容易く……否、これは戦闘ではなく虐殺だった。
魔法師同士の戦闘においては、こちらも同数以上、できれば2倍の魔法師をぶつけるのが定石だ。よほどの手練れでもなければ、数の差を覆すのが難しいのは魔法師とて同じ。
人数差10対4。半数は奇襲のための隠形に優れる人員だったはず。そうでなくても全員、対人戦に特化したエキスパートだ。彼らが度重なる命令違反や暴走や戦争犯罪をしでかしても処断されていないのは、たった一つ、実力だけは間違いなく本物だったからだ。
だからベンジャミンは、接敵から全滅まで3秒もかからなかったことが感情では信じられなかった。
監視カメラに偽装された軍用高性能機器の映像は、同時多発的に吹き荒れたサイオンの暴風と、ものの数秒で建物内の10人を叩き潰す強烈な干渉の様子を記録している。
階下に潜伏していた者、最新装備であるキャスト・ジャマーを起動させていた者、死角に隠れていたはずの者、強固なアーマーでその身を覆っていた者。対策を怠らなかった者ですら、何の抵抗もなく一瞬のうちにまるで巨大なハンマーに殴られたかのように吹き飛び、床か壁に叩きつけられペースト状に飛散していた。見ればコンクリートの床や壁にはクレーターのごときへこみやヒビ割れが出来ている。
全身打撲・粉砕骨折・脊髄損傷・内臓破裂・脳挫傷……考えるまでもなく即死であった。
放たれた魔法の名は「鉄槌」。一条家の秘伝「爆裂」と類似し殺傷性ランクAに相当する、「鉄仮面」もとい創一朗の得意魔法であった。
と言っても、その術式は極めて単純。超能力の一種、いわゆる念動力(PK)と言うべき基礎単一工程の加重系魔法だ。
使い方も簡単。対象となる物体または人間に「加重」を与えるというごくシンプルなもの。ただ、シンプルゆえに異常なほど発動が早く、そしてCADをすら必要としない。
普通、この手の人体に直接干渉する魔法は、一条家のようにそれを専門とする調整を受けでもしていない限り、魔法師に対しては大きな効果を期待できないというのが定説だ。
魔法師の身体は、無意識にエイドス・スキンと呼ばれる事象改変防止のための結界のようなものを生来持ち合わせている。この干渉力の壁に阻まれ、思ったほどに威力が出ず、周囲のモノや生成した物体に攻撃させた方が良いという結論になる。普通なら。
では、「大型艦を真っ二つにするほどの重量がかかっている」という情報を、高位魔法師のエイドス・スキンを容易く貫通する干渉力と、視点・視界を縦横無尽に切り替え可能なマルチスコープでもって人体に投射したらどうなるか。
カメラの向こうに広がる地獄絵図が、その答えである。
魔法師の数と質、という分野では日本が世界一であると言われている一方で、機械的な魔法の計測・分析の分野ではUSNAが最先端にある。
そのUSNA軍が導入している最新鋭のサイオン検知器は、「その魔法」が発動の兆候を見せてから現実に効果を及ぼすまで具体的な時間を計測することが可能だ。
だから、「その魔法」の発動速度が0.1秒を切っているという絶望的な情報が、ベンジャミンの知るところとなった。
サイオンの出所――下手人は、揃いのアーマーとバイザーで身を覆う4人の中で最も大柄な1人。
予測通り、戦略級はこの中に居た。それは本来、彼ら多国籍軍にとって福音になるはずだったのだ。
「作戦中止! オーストラリアの二人を撤退させろ!」
「……駄目です、通信途絶しました!!」
この時点でベンジャミンが作戦中止――任務失敗を宣言できたのは、彼の判断力が優れていた証だと言える。
ただ、「鉄仮面」の攻撃はまだ終わっていなかった。
ベンジャミンが視線を移すと、さっきまで工場内の地下通路を走っていたジェームズたち2人の姿がない。
代わりに、掴んでいたジェームズの右腕だけを握りしめ、茫然と血だまりの中にへたり込んだジャスミン1人の姿がある。
刹那、隣の画面に居た鉄仮面が、おもむろに顔を上げると、
「みつけた」
そう言わんばかりに監視カメラを指さした。
この時、ベンジャミンは指さされてから行動を開始したように感じていたが、実際にはその1秒ほど前の段階で、軍人としての第六感が今まで感じたこともないほどの悪寒という形で彼に警告を与えていた。
だから彼は、ひとまず即死はしなかった。
「退避!!」
そう叫ぶのが早いか、懐からナイフを取り出し「分子ディバイダー」を起動。移動指揮車の側面装甲を切り開いて即座に脱出した。上に無理を言って、握っただけで登録済の魔法が発動する最新型の武装一体型CADを持ち込んだからこその早業であった。
直後、まるでペーパークラフトを叩き潰したかの如く、装甲化されているはずの移動指揮車が一瞬にして潰れた。
一拍遅れて、金属がひしゃげる轟音が響く。民間の大型トラックに偽装されていたはずの移動指揮車は、今や厚さ十数センチの鉄板だ。
どういう訳か次弾が飛んでこない。「あの魔法」をこちらに向けられたら打つ手がないので、ベンジャミンは逆にその意味について考えることは一旦放棄した。
代わりに素早く周囲を確認すると、車から逃げ出せたのは自分のほかに、英国の工作員と、そして「秘密兵器」。
生存3。この戦力であの怪物から逃げ切らねばならない。
ベンジャミン唯一の敗北条件は、この場の3人のうち誰かの死体が残ること。それは外交関係に致命的な隙を与える。逆にそれ以外は、海外から流れて来た武装組織による犯行として尻尾切りの準備が最初から整えられていた。
――自分たちが相手にしているのは、ちょっとした暗部の働きで排除できるような存在ではない。少なくとも、その情報だけでも本国へ届けなければ。
「ワタシが足止めします」
かつてないほどに頭を回し続けるベンジャミンの前に現れたのは、彼が経験を積ませるため、そして自分の首筋を去ってくれなかった嫌な予感を払しょくするため無理を言って連れて来た「秘密兵器」。
これは実戦だ。
君は若すぎる。
ここは自分が。
それらの反論が、この場では何の意味もなさないことを理解して、ベンジャミンは心の底から自分の判断を後悔した。
「……援護します」
同時に、対抗しうるとしたら彼女しかいない。軍人としての確信と矜持が、彼女をここに連れて来たことをどうしようもなく褒め称えた。
「必ず生きて帰りますよ、
アンジェリーナ・クドウ・シールズ。
つい先日「第13使徒 アンジー・シリウス」として公開されたばかりの、米軍最強の戦略級魔法師である。
かくしてここに、2人の13歳による「存在しない戦争」が幕を開けた。