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ありがとうございます。
3/23 8:30追記 戦後処理の文章について一部表現を加筆修正。
西暦2092年 8月11日夜。
そろそろ日付が変わろうという時間帯には、創一朗率いる特選隊4名は横須賀の本部に帰投していた。
本部事務所の最奥に隠れるように存在している専用エレベーターへ。操作盤のカバーを開いて物理鍵を差し込むと、エレベーターはひとりでに動き始める。
数十秒ほど独特の浮遊感を味わっているとドアが開くが、その向こうにもまたドアがある。
創一朗がそのドアに歩み寄ると、バイザーを外して壁面の一か所に瞳を近づけた。いわゆる網膜認証だが、創一朗の場合複眼のため専用のセキュリティ技術が用いられている。
一瞬のタイムラグを挟んでドアが開いた先には広めの空間があり、それを埋め尽くすように立てたMRIのような機械が鎮座している。
「おぉ、思ったよりちっちゃいね? これが"セイレーン"?」
「はい。何か、前見た時よりもっと小さくなってるような気がしますが」
玲の問いに答えていると、機械の横に佇んでいた2人が歩み寄ってくる。片方は白衣の中年女性で、もう片方は軍装の男性だった。
「桝田さん! 1人だけで大丈夫なんですか?」
女性の方の「桝田」と書かれた名札は健在で、研究所時代から創一朗と"セイレーン"の調整役を務めている研究員がそこにいた。
「ええ。前のデータのおかげでほとんどのところは自動化できたから。私なら一人で装置の維持と操作が可能よ」
平然と言ってのけるが、恐らく巨大な成果であろうその発言を創一朗は「へぇ~」の一言でスルー。
「命令系統の関係で、指揮は私が取らせてもらう」
そのタイミングで、もう一人の男性が突っ込みがてら合いの手を入れる。なおこの時点で、創一朗と桝田以外の三人は直立不動であった。
「よろしくお願いします、真砂少将」
創一朗は歩みを止め、一礼。彼こそが創一朗を手掛けた「M機関」の長、真砂大輔海軍少将だ。戦略級魔法の発動には、彼の持っている物理鍵による認証を必要とするため、彼も急遽現場に来ているのである。
創一朗はそれ以上は特に何のリアクションも返さず、そのまま装置の椅子へと進んでいった。
「乗り心地は前と変わりませんね」
「だいぶ軽量化してそれなら完璧ね。今はマイナーチェンジ版だけど、今回のデータをもとにすれば周辺機器込みで輸送機に載るようになるだろうから、将来的には空から大西洋とか黒海とかを攻撃してもらうかもね」
「人を核弾頭か何かだと思ってます?」
「やあね、核じゃないから意味があるんでしょう」
軽口と言うには毒が強すぎるブラックジョークを交わしながらも、桝田は早速コンソールを慣れた手つきで操作し始めている。他の3人はと言えば、一応護衛という名目で来たものの、どちらかと言えば戦略級魔法の見学という側面があり、所在なさげに部屋の隅に突っ立っていた。
「成層圏プラットフォームとのリンク開始。目標座標は東シナ海中央でよろしいですか?」
「ええ、東シナ海中央部。波形操作と時限解除をつけておいてね」
以前の試験当時と比べてかなりの項目が自動化され、すらすらと発射シーケンスが進んでいく。
やがて、機械に取り付けられている太いリング状の部品が光を発し始めた。
それは可視光ではなくサイオンの光だが、この場にいる桝田以外の4人にははっきりと視認できるものだ。
ゆえに彼らは、この部品が何で出来ていてどういう効果を発揮するか概ね把握したが、少なくともこの場でそれに異を唱える者はいなかった。その手の悪事に厳しい龍征すら、魔法師が時にこういう扱いから逃れられないことを嫌というほど理解している。
「いつでもどうぞ」
ここで、動作の主体が桝田から真砂少将に切り替わった。
同時に空気が張りつめ、一瞬の間をおいてから、真砂が号令を開始。
「最終セーフティを解除する。"アビス"発動準備」
ここで言うアビスとは、以前研究所で発動した改良型のこと。威力などの調整は真砂少将が統合幕僚会議からの指示をもとに設定済で、創一朗はただ撃つだけの状況が整えられている。
真砂が所持する鍵を操作盤に差し込んで回すと、照明が赤い非常灯に切り替わり、アビスの発動が可能になったことを知らせる警告メッセージがブザー音と共に再生される。
『最終セーフティが解除されました』
刹那、創一朗の身体からサイオンが発される。システムに搭載されている自動サイオン抽出機能によるものだ。
装置が稼働し、起動式の読み出しを補助。さらに"セイレーン"システムが魔法式を支え、巨大な魔法がスタンバイされる。
魔法の規模と投入される干渉力は人知を超えたものと言ってよく、吹き荒れる絶大な力を前に、特選隊の3人は腕利きの魔法師だからこそ戦慄を禁じ得ない。
「準備完了」
事もなげに、頼まれた家事が終わったことを報告するような声色だった。
力んだ様子も苦しむ様子もなく、ただ平然と告げられる。
「"アビス"、発動」
「発動します」
指示を復唱して、創一朗は座席に取り付けられているレバーを引いた。
――この日、撤退中だった大亜連合艦隊は日本の戦略級魔法"アビス"に飲み込まれ、残存し本国へ逃げ帰ろうとしていた戦闘艦・揚陸艦のほとんどが海の藻屑となった。
また、別動隊として行動していた小規模艦隊が本島到着前に撃破されていたことも発覚し、軍上層部は作戦が漏れていたとしてハチの巣をつついたような大騒ぎに見舞われる。
この時、周辺国家の予想外となる出来事が2つ起こった。
1つ目。東シナ海沖で発動された戦略級魔法の余波は日本を含む周辺国の沿岸部に甚大な被害を与えることが予期されたが、周辺国家の予測に反し、津波はなぜか1か所に集中、数百メートル規模の巨大津波となって大亜連合に襲い掛かった。
もはや上海と朝鮮半島の水没は免れないと思われた中、なんと沿岸到達直前に津波の勢いが突然収まり、最終的に上陸した津波は約30センチ。足を取られて転倒したなどの負傷者が数名出たが、それ以外は家屋の水没など物的被害に収まったのだ。日本による反撃を盛大にあげつらって報復攻撃をする気満々だった大亜連合政府は思い切り梯子を外され、結局この戦いはうやむやのまま事実上の停戦となる。
一連の行動が魔法によるものであることは誰もが分かっていたが、どのような作用によって津波の発生をコントロールしたのか、そして途中で消したのかは判然とせず、ただ、状況から見て日本がわざとやったに違いないという推測だけが残った。
そして2つ目。この魔法攻撃が行われたのと丁度同じ時間帯、十師族の一人である五輪澪が記者会見を開いていた。
内容は一族が経営する研究所の新プロジェクトについてで、概ね予定調和の内容だったのだが、これにより"アビス"を使用したのが五輪澪ではないことが確定した。日本が公表している戦略級魔法師は澪だけなので、これはほかにも戦略級魔法師がいることを示唆する行為となり、国際世論は日本の予想外な戦力と、弱腰外交で知られる日本の意外な対決姿勢に度肝を抜かれることとなった。
一連の攻防は公的には沖縄海戦と、口さがない者たちの間では「ドッキリ津波事件」と呼ばれ、日本は関与を認めなかったが、戦略級魔法が公的に使用された初めての事件として記録される。
◆ ◆ ◆
呂剛虎生きてんじゃん。何でレールガンと鉄槌食らってオゾンまみれの海に落ちたのに死なないんだよあいつ、頑丈すぎるだろいくら何でも。ポルナレフかよ。次会ったらきちんと頭を潰してやる。
彼の身柄は「捕虜交換」によって本国へと戻されたとのことだが、これには色々と訳がある。
本来、捕虜交換というのは条約を結んでの停戦中もしくは終戦後に実行するもので、宣戦布告なしで戦闘がスタートしており、今も終戦についての取り決めがなされていない日本-大亜連合間の関係には、その手の条約を構築しうる土台がないのだ。
もっと言えば、そもそも今回日本は捕虜を取られていない。俺たちと現地警察、駐留している国防陸軍がゲリラの蜂起を止めたからだ。そのためひっそりとだが一般公表されている「捕虜交換」という表現に首を傾げた人間は多いだろう。
今回取った捕虜は9割方現地に潜伏していた工作員やゲリラ兵で、戦闘に際してやってきた人間で生き残ったのは呂剛虎と、「アビス」を食らった残骸から奇跡的に生きて出てきた数人だけだ。
そこで政府の人間が色々と水面下で調整した結果、表向きの名目を「捕虜交換」ということにして面子を保たせつつ、直近十数年で日本海方面から拉致されたり渡航中に消息を絶ったりした邦人数十名との交換を成立させたんだとか。表沙汰になっていないとはいえ、大亜連合側にとっても呂剛虎の価値はそれだけ高かったのだろう。
……帰国されてしまったものは仕方ない。ともかく、原作追憶編にあたる沖縄海戦は終わった。
後から調べた所によると、大亜連合の用意した戦力は高速巡洋艦4隻、駆逐艦8隻、潜水艦複数、上陸部隊と彼らを輸送する揚陸艦多数とみられ、恐らくだが原作より規模が増している。
しかし原作と異なり、俺たちの事前情報によって早期に展開していた海軍の待ち伏せに遭った形になり、奇襲が大前提だった作戦は破綻。敵は制海権を確保できず「普通に」敗走した。その上、主力艦隊は撤退中に戦略級魔法"アビス改"を叩き込まれ文字通り全滅している。
そもそも上陸に失敗した&帰還できずに沈められたため、民間への被害はほとんど出ていない。大亜連合本隊は上陸を果たすことなく壊滅したため、現地蜂起組は本隊と合流できずに各個撃破されており、原作と比べるとはるかに小さな被害に収まっている。
つかささんの伝手を使って容疑者リストを手に入れてみたところ、やはり恩納空挺基地でレフトブラッドの蜂起があったらしく、原作同様居合わせた四葉家一行が撃たれる事件は起きている。一方で、本隊が上陸できなかったので司波達也が義勇兵として戦うことはなく、マテリアル・バーストが軍の知るところになっていない。戦略級魔法師としての仕事は俺が奪ってしまった格好だ。
「そういえば、陸軍で新たに魔法師の部隊が結成されるそうですよ」
つかささんはついでとばかりに言っていたが、つまりあれは独立魔装大隊のことだ。司波達也と風間少佐の接点は既に存在しているはずなので、恐らく遅かれ早かれ入隊することになるだろう。
原作では陸軍にマテリアル・バーストがあることを焦った海軍が隕石爆弾の実験に走ったが、今は立場が逆転している。分解は使ってなくても再生は見せただろうから、司波達也が抱えている魔法についてはすぐバレるだろう。原作への影響は小さいんじゃないだろうか。
――正直言うと、原作はともかく司波達也にはあんまり関わりたくない。まあこんな立場で政府の犬をやっている手前どこかで対立するんだろうが、あれと敵対した時が寿命みたいな所があるこの世界では、可能な限り関わらないのが長生きの秘訣だろう。
停戦から2ヵ月、秋になっても世界情勢は落ち着く気配を見せていない。
いや、表面上はすっかり元通りになっているが、各国の水面下の動きは依然激しいままだ。
沖縄海戦の締めに俺がぶっ放した"アビス"は、わざと澪さんに記者会見をぶつけてもらうことで各国に秘匿戦略級魔法師の存在を匂わせた。公式発表ではアビスの射程は数十キロだし、津波の制御なんかできないし、まして時限式消波機能を使った津波ドッキリなんかできないので、完全に別物が出てきたことは誰の眼にも明らかだ。文字通りの「藪をつついて蛇を出す」である。
普通は、十師族の誰かが新たな戦略級魔法を開発したと考える。今頃魔法界は痛くない腹の探り合いで大騒ぎだろう。軍や政府としては十師族が圧力団体を通り越して軍閥化してる現状はかなりクソなので、このムーブにはその辺への嫌がらせも込みだと考えられる。
あれ以来世界中の諜報機関が存在を匂わされた日本の秘匿戦略級魔法師に夢中だ。
小国の国家予算並の巨額と万単位の人員を吹っ飛ばされた大亜細亜連合はもちろん、不気味な沈黙を守っている新ソ連、未だ大日本帝国復活を大真面目に危惧しているオーストラリアと東南アジア同盟、同盟国にはほどほどの強さでいてくれないと困るUSNA、四分五裂した後も世界の調停者気取りな旧EU諸国などなど、多くの国が世界のパワーバランスの情報を更新すべくこの日本に集おうとしている。
上の人としてもある程度調べられる前提で俺を世界デビューさせたので、ある程度の情報は持って帰らせるつもりらしい。一方で原作の来訪者編よろしく、さっそく無力化に動いている工作員がいるのを陸軍情報部が掴んでいる。
彼らは特選群創設に伴って人員(主につかささん)を供給し、同時に秘密を共有して一蓮托生の関係を築いているので、こういう時は真面目に協力してくれるのだ。
――主犯はオーストラリア軍、協力しているのが米国中央情報局(CIA)、裏で糸を引いているのがイギリス。こういう時、アジアの国は同じ西側だろうと一段下の扱いになりがちだ。
既に工作員2名とバックアップチームが密入国しているそうで、いつもの俺たち4人には迎撃と制圧が命じられた。こいつあれだな、原作の後ろの方でチラっと出てきたオーストラリア軍の調整体だな。オゾンサークル使うとかいうやつ。
既に政治家レベルで話が付いているらしいので、話は簡単だ。相手方は俺が目的な訳だから、わざわざ探しに出向く必要すらない。自分が囮になって、仕掛けてきたところを食い破ってやればいい訳だ。
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