日刊3位
たくさんの感想
ありがとうございます。
このところ、沖縄や佐渡での任務が増えている。現地ゲリラと化した地元住民を片付けたり、海外からの銃火器の流入を止めたり、それらを主導している外国の工作員を消したりなどだ。ここ半世紀の間に、日本もずいぶんアメリカンなやり方が板についたもんである。
こういうテロリストの取り締まりは本来警察か公安あたりの管轄だが、ことは国防上差し迫った問題であり、正規の捜査を待っていたら決起されてしまうからということで、親方日の丸な殺し屋集団である俺たちにもお鉢が回ってきているらしい。そろそろ旭日旗に進化しそうだよこの日の丸。いや海軍だから既に旭日旗ではあるのか。
さて、捕まえたテロリスト(予備軍)たちと「お話」したところによれば、やはり近いうちに大亜細亜連合による侵攻が予定されていると見て間違いなさそうだ。原作でも「現地ゲリラが一斉蜂起して国防軍の展開を妨害している」という話がチラっと出てきていた気がするし、今捕まえたり消したりして回ってる連中は、本来なら蜂起する国内ゲリラ連中なのだろう。
しかし彼らは「大亜連合が攻め込んできたら、それに乗じて蜂起する」という大雑把な作戦内容だけを伝達されていて、いつ、どのくらいの兵力でどこから攻め込むかについてはほとんど情報が得られていない。恐らく、本命の上陸部隊は本国で極秘裏に準備しているのだろう。
彼らの侵攻計画は既に軍上層部に伝達されているものの、それを「本当に実行する気がある」と知ってるのは、未来の出来事を知っている俺だけなのだ。水面下で対策が進んでいるとは聞いているが、実際のところ、上がどれくらい本気で取り合うかは不明である。
原作の国防海軍は、沖縄侵攻に全く対策が取れず不意打ちを食らい、横浜上陸を見逃し、ついでに鎮海軍港に主力艦隊が集結していることにも気づかず迎撃が間に合わず、劇場版では非人道的な研究がバレて米軍に介入され……と再三にわたって無様を晒した。組織が大きいのと具体的な人名が出てこないのでわかりづらいが、恐らく作中で一番地位に比べて無能なのは彼らだろう。
それが、原作にない特殊部隊ひとつでどれだけ変わるのかはわからない。ただ、俺ができることはあんまりない。調整体として軍に管理されている以上、与えられた職務を精々楽しんでこなすのみだ。せめて意味のある殺しであることを祈るくらいか。というか、あれだけ悪いことやったんだから、この上結果が出せなきゃただのパブリックエネミーだ。
これを「世界の歪み」程度まで格上げするには、誰も文句を言いたくなくなるくらいの絶大な戦果が必須だ。海軍はあまりにも掛け金を高くしすぎている。現実のCIAみたく「いやーあの頃は俺もヤンチャしたもんだわ笑」に着地するには、もっともっと戦果を積み上げなければならない。
閑話休題。年上の部下のひとり、岬玲軍曹が言うには、十師族・三矢家(軍と組んで武器商人をしながら他国の軍隊や武装組織の動向を探っている)の武器密売ネットワークからゲリラの情報を得ていると言う。
その繋がりから仕入れた情報が海軍にも共有されることで、急に大量の武器が流入した先=蜂起の可能性があるゲリラ組織への先制攻撃に成功しているのが現状だ。
玲さんの実家は「三」の数字落ちだが、さっさと堕落した本家と違って玲さんとその父母は「正規品」である三の各家と密かに関係を保っている。そして三矢家以上に軍(の暗部)とズブズブな岬家は、手に入れた情報をもとにして実際に手を汚す役割が求められる……と本人が言ってた。ペラペラ何でも喋ってくれるので暗部向いてないんじゃないかと心配になるが、そういうところはしっかりしているようだ。
ついでに、これは玲さん本人ではなく十山つかささんからの情報なのだが、「M機関」で持て余したわたつみシリーズをソーサリー・ブースターに改造するに当たり、技術の一部を提供したのは岬家なんだとか。同一魔法の長時間・大量行使を目指す間に他人との魔法演算領域の共有や規格化などにも手を出していた(そのせいで数字落ちを食らったらしい)「三咲」時代のあの家には、丁度そういうろくでもないデータがたくさんあったそうだ。この業界、人命のことパラドのゲームやってる時の人的資源くらいにしか思ってない奴が多すぎる。
ともかくだ。俺たちが工作員たちをシバき回っているため、大亜細亜連合(と新ソ連)の侵攻計画はだいぶ狂ってきているはず。「表」の海軍にも話を回していて、パっと見気づいてないフリをしながら水面下で対策を進めている状態だ。この判断が……と言っても判断したの俺じゃなくて隊長さんだけど、裏目に出ないといいのだが。
◆ ◆ ◆
海軍対魔装特選隊本部は、規模が小さいため横須賀の隊舎にひっそりと間借りしている。
第一小隊の作戦用に個室のモニタールームも用意されているものの、詰めても3人程度しか入れない小規模なものだ。作戦時も基本的にはつかさ単独で、必要に応じて全体指揮担当の総隊長が入ってくるくらいである。
用意されている設備類は情報部出身の十山つかさを唸らせる高級品ばかりで、彼女の持つ魔法を存分に使いこなせるよう配慮が行き届いていた。
「報告、お疲れ様でした」
そこで任務後の書類整理をしていたつかさは、帰還ついでに出向いてきた創一朗を定型句で迎えた。
「どーも。例によって他の三人は先に戻ってますよ」
相変わらず、体形に似合わない軽い調子で創一朗が言葉を返す。なお、お互いに砕けた敬語であるが、階級的には創一朗(少尉)がつかさ(伍長)より上である。創一朗が敬語なのは、実年齢が6つほど違うからだ。
任務の後、直属の上官である大佐への報告はチーム4名全員で行うようにしているが、陸軍からの連絡将校みたいなものでありながらいまひとつ周りから浮いているつかさへは、隊長の創一朗が代表して挨拶するのみとなっていた。
別に、海軍と陸軍の仲が悪い訳ではない。この場合は無理矢理ねじ込まれてきた師補十八家の構成員という立場が隔意を生み、そして彼女が気にせず何もしないので、なんとなく皆扱いかねているのだった。
「ええ、問題ありません。任務の内容は視ていましたので」
当のつかさは、この通り周囲の扱いをまるで気にすることなくニコニコと仕事に励んでいる。
コミュニケーション力が低いというか、その必要性を感じていないというか、極端に共感性が低いというか。彼女にはそういうところがあったが、少なくとも創一朗はそのあたり気にしていなかった。仕事が人殺しだろうと、身近に狂人がいようと、特に気にせず日常を過ごせる異常な鈍感さが、創一朗の長所だった。
「捕まえたあいつの情報は?」
創一朗がここに来た理由は、先ほどの襲撃に巻き込まれた――非合法案件の流儀として、無辜の一般人だったとしても見られたからには証拠隠滅が必須である――少女についての情報を得るためだった。
本来、事前に調べてあったのでもない限り、さっきの今で背景情報を調べ上げるのは流石に無理がある。
「どうぞ、資料にまとめておきました。本名榛有希(はしばみ ゆき)、暗号名"ナッツ"。亜貿社という民間組織に所属する殺し屋です。どうやら、目標Bを殺害する予定だったようですね」
しかし、つかさは飄々とそれに答えてのけた。あまつさえ、彼が報告を入れてから帰還するまでの数時間で資料の形にまとめたと言ってタブレットを差し出す。
「どうも。あいつの使ってた魔法に興味あるので、後で俺の方でも尋問してみます」
「いつもの部屋に拘束してありますから、ご自由にどうぞ」
それは事前に情報を持っていた……つまり、特選隊以外の、それも国家レベルの情報源と未だ繋がっている証左に他ならなかったが、そのことを創一朗は気にしなかったし、つかさは隠しもしなかった。
つかさから見て、下手に隠すより、矛盾を抱えてでも役に立った方が創一朗の覚えが良くなると判断した結果だ。そして、その判断は正しい。
「ふぅん……このご時世に忍者を集めた殺し屋組織……決め台詞は"ナッツトゥユー"?」
なんだそりゃ、俺はキャラメルリボン派だぞ……と謎の悪態をつきながら資料を読み進めていく創一朗。
その横顔を、つかさはニコニコと眺め続けている。創一朗は今もバイザーをつけているので表情を窺い知ることはできないが、傍目には「夫の動向を横で見守っている妻」……というより、「大型犬の食事シーンを見つめる飼い主」のような光景が広がっている。
「……バイザーが気になりますか?」
「ええ、とっても」
普通、嘘でも「そんなことないよ」と言うところだろうが、つかさにそういう反応を期待する方が無理筋であろう。ただこの場合、冗談めかしてこれくらい率直に望みを言っても創一朗は気分を害したりしないだろう、という甘えによるところがあった。
「ね、素顔を見せていただけませんか?」
実のところ、つかさのこの提案は初回ではない。
毎度適当に躱されたり他人が通りかかったりしてうやむやになっているものの、つかさが創一朗の素顔を確認したがっているのは既に周知の事実だった。
「真面目な話、私の魔法は相手との繋がりが深いほど発動が容易になり、効果が強くなります」
これは正しい。しかし、つかさの遠隔障壁魔法は、対象に自身を投影して同一視――要はゲームのアバターに対するような心持ちでいることを条件にして発動する。
対象者そのものを発動の起点とするため、事前にセッティングさえ済ませておけばつかさとの距離に関係なくいつでも即時に障壁を張れるという、現代魔法の常識を一部覆す異能の持ち主だ。
その障壁魔法をより強力に使えると言われて、初めて創一朗がまともに検討している素振りを見せた。ここが攻め時とみて、つかさは一歩距離を詰め、ほぼ密着状態になった。
先ほど榛有希を捕らえるに当たり、創一朗が無力化後の彼女の肢体をジっと見て何事か考え込んでいたことは、既につかさの耳に入っている。
こんな体格と埒外の戦闘力の持ち主でも、「お目覚め」の方は年相応であるらしい。少しの微笑ましさと共にそう判断したつかさは、一番耐性の脆い時期であろうこのタイミングを活かすべく、ひと当たり試してみることにした。
「もちろん、"あなたがお考えの方法"も有効な手です」
古今東西、魔法的・精神的にパスを繋げる、あるいはその繋がりを強める方法というのは、対象が男女の場合ほぼ確実に性交渉が含まれる。
一度はカルト教祖の欲望によって作られた建前に過ぎないとして無視された概念であるが、魔法が科学的に研究されるようになってからは、重要なファクターとしてそれなりの地位を占めるに至っている。
魔法界の純潔主義は、遺伝子と魔法適性の流出のほかに、そういう繋がりが余計に生まれないようにするためでもある。
「そういう実務的な部分を抜きにしても、魔法師は強いものに惹かれる生き物なのですよ?」
これもまあ、やや極論気味だが事実だ。魔法師はそうでない人間よりも、その評価基準を魔法力――ひいては戦闘能力の多寡に置く傾向が強い。日本魔法協会より十師族の威信が高いのは、そういう体質によるところがある。
「お顔をよく見せて、お互いのことをよく知れるのなら……そういうやり方も、私はいいですよ?」
とどめとばかりに肩をこちらに寄せて、背中を自分の胸に押し付ける。
「政府要人の脂ぎったオッサンと比べたらキミなんか役得みたいなもんだ」とまでは流石に口に出さなかったが、少なくともつかさは自分で自分の言に当てられ始めており、同時にそのことに自覚的であった。
「いや……そこまでしなくても顔くらい見せますって」
その返答を聞いた時、ほぼ勝ちを確信していたつかさは意外感を禁じえなかった。
もちろん、このまま流されていたら創一朗の知らない所で「鵺シリーズ第二世代」が何人も産まれることになっていたのだが、その辺気にするような人間ではないとつかさは判断しているし、気にさせなくする程度のいい思いはさせるつもりだった。
だが顔を見せてくれるというのであれば構わないと思い直して、すぐに創一朗の顔に視線を戻す。
――創一朗がバイザーを外すと、その下には異形の瞳があった。
まず、眼球が4つある。通常の人間と同じ場所に大きなものが2つと、その両目尻の斜め下辺りに小さなものが2つ。
小さい方は普通の人間の瞳であるが、大きい方はまずシュメール人の作った像のごとく大きく見開いており、全体的に黒色に見える。だが犬などの瞳のように全体が真っ黒という訳ではなく、よく見ると人間の瞳を六角形に加工して繋げた形でびっしりと分割された複眼であることが分かる。
六角形のそれぞれ1つ1つにヒトの「黒目」と「白目」が存在しており、まるで小さなブツブツが大量に寄り集まっているような有様だった。
眼球の周りの皮膚は硬質化してひび割れ、昆虫のような複眼は若干盛り上がってもいる。また、ホクロのような黒い点が両目尻の上側にあるが、これはピット器官である。
これだけでも怖がりな者が見れば気を失いかねない絵面だが、数秒すると感じる違和感はより強くなる。瞬きを全くしないためだ。
創一朗の眼にはまぶたがない。代わりに硬質な瞬膜が存在しており、これが常時眼球を保護しているため寝るとき以外では視界が遮られる瞬間が存在しない。これは、拡張された反射神経とそれがもたらす超高速の世界に対応するため、後付けで改造・生成されたものだ。
「まあ、見せたがらなかったのはこういう訳です。俺だからいいですけど、人に無理強いするもんじゃないですよ?」
個人的には仮面ライダーってよりテラフォーマーだと思うんですよね、とは創一朗当人の弁である。
なまじ眼以外の顔のパーツは年相応で整っているために、その異様さは際立っていた。
余談だが、創一朗愛用のバイザーは顔を隠しつつその機能を邪魔しないために技術の粋を集めて作られた特注品であり、光にかざしてよく見ると他隊員のものとは反射具合が異なるのを確認できる。
元々、創一朗が顔を見せたがらなかったのは単に気が進まなかったから(そして、前世の知識により彼女が陸情の人間と知っているから)で、一応部隊の人間になら機密を開示する許可が下りている。つかさはなにも、逸脱行為を頼み込んでいた訳ではないのだ。
ただ、当のつかさはと言えばその姿を見ても特に反応を返すことなく、少し目をぱちくりさせただけに見える。
直後、創一朗が訝しむより早く口を開いたかと思うと、
「……カッコイイ」
と口走った。
「っと、すみません。つい素が」
いかにも「本心が漏れました」と言わんばかりの言いぐさと態度は、顔面にコンプレックスを持つ年頃の少年に対して必殺の一撃足り得た。
「まあ、そういうことにしときますよ」
だからこそ、「それをやられる」と分かっていた創一朗には通用しなかった。
無論、大嘘である。つかさの創一朗に対する評価は、この瞬間「年相応に可愛げのある少年兵」から「海軍"M機関"謹製の、魔法師を名乗る化け物」になった。
残念ながらつかさの美的センスは平均的か、やや面食いの側に属する。喉からこみ上げてきた悲鳴を飲み込むのに、流石の彼女でも一拍を要した。
そのことを表情に一切出さず、どころか涼しい顔で後付けの一手を打てるのは、持ち前の整った容姿を活用することも想定して生きてきた諜報員としての意地であろう。
彼女は機会があれば創一朗の遺伝子サンプルを採取してくるよう、古巣の陸軍情報部から申しつけられている。有体に言えば、色仕掛けをしてベッドインしろということだ。
実際、よっぽど酷い相手でなければつかさも仕事として割り切るつもりだったのだが、流石に化物に犯されて来いとなれば話は別だ。
というかそもそも、アレは本当に人間と交配可能なのか? という疑問も彼女の脳をよぎったが、余計なことを聞いたら「じゃあお前の身体で試せ」という話になる恐れがあると思い至り考えないことにした。
そして、さっきまではこの男を自分から誘惑しようとしていたことに思い至り、つかさはその人生で初めて胃痛を味わった。