お気に入り6000
たくさんの感想
ありがとうございます。
十師族は基本的に、もともと研究所があった場所を任地として各地方に散らばっている。大戦中、あまりにも首都機能が集中しすぎて「東京駅で水爆が1発起爆したら国ごと滅びる」と言われた脆弱性を改善するため、不便を承知で様々な公共施設や工場などを地方に散らした、その名残であった。
結果として東京への核攻撃は行われなかったが、各地に散った十師族はそのまま土地に根付き、ちょっとした軍閥のような働きをするようになり今に至る。
魔法師が表舞台に現れてまだ100年も経っていない現状、そして魔法力が遺伝によって伝達されるという事実を前にして、彼らが貴族制によってコミュニティ内の統制を図るのは当然と言えた。
その一方で、東京への一極集中は緩和こそすれ、改善まではされなかった。今でも政治・経済の中心は東京であり、政策決定から防衛方針の検討まで、大事なことは全て東京で決められる体制は続いている。
魔法協会の支部2つが横浜と京都に置かれていることがよい証拠だ。現在の神奈川は、県境を跨がないことで政策に従っているアピールをしつつ、その実関東に拠点を構えたい企業達がこぞって本社を置く第二首都だ。法で規制されようが、詔勅が出ようが、空襲のリスクを説明されようが、結局日本人は一極集中型の都市以外の作り方を知らないのである。
そんなわけで、地方に本拠地を置いている二十八家の面々も、基本的には東京にも活動拠点を置くことが半ば常識になっている。ただし、二木・八代あたりの一部西日本勢は地元の価値観に呑まれて京都以東には出張ってこないが。
東京某所。「閑静な住宅地」という表現がぴったりなここは、特に富裕層・上流階級が居を構える高級住宅街だった。
その中では平均的な――一般的な一軒家と比べたら非常に広く、豪華な――この家は、十師族・五輪家が所有する別宅だ。五輪家の本拠地は四国にあるが、西日本の家では珍しく京都で止まらないのは、一族の長女である澪の体質によるところが大きい。
修士論文を執筆するため精力的に研究を行っている彼女だが、面識のある七草真由美から「見た目13歳」と(心の中で)称されるほどに貧相な体型であり、体力の消耗を防ぐため電動車椅子で生活を送る姿は儚げな少女のようであった。
実際のところ、彼女は飛び級などをしている訳ではなく、学年と同様の年齢である。健康上の理由により学業の大部分をオンライン受講で済ませた彼女は、その体型と併せて事情に詳しくない人間から飛び級の天才少女扱いされることも多かった。
そんな彼女は、身体の弱さ故か食が細い。そのせいで栄養が取れずに余計成長に悪影響が出て、栄養失調で常にうっすら体調が悪いためにもっと食が進まなくなるという悪循環に陥っていた。幸いにも五輪家は十師族として裕福なため、彼女には専属の栄養士と料理人が付き、主治医と連携して栄養状態を最低限のところで維持している。
今日の澪の昼食も取り繕った病院食のような仕上がりだったが、ここ数か月で彼女の食卓には変化が生じた。
「いや、すみませんね。いつも昼飯ごちそうになっちゃって」
向かいに座っているのは、顔全体を覆うバイザーの下半分を取り外して――ガスマスクに換装するための機能の悪用である――一口サイズのサンドイッチを次々口に放り込んでいる創一朗だ。
「いいのよ、わたしがお願いしたことだから」
澪の前にも同じサンドイッチが盛られているが、小食な彼女に合わせ、手元の皿には小さなサンドイッチがいくつかあるだけだ。厚め6枚切りの食パンを3×3にカットしたものなので1つ1つは麻雀牌のような大きさなのだが、澪にとってはこれでも苦戦する物量らしい。
創一朗が澪の元を訪ねるようになってから、澪は彼と昼食を共にすることが多くなった。一度訪れたら基本的に丸一日、場合によっては数日間にわたって座学やら鍛錬やらで滞在することになる。当初は食料を持参していた創一朗だが、澪の方から食事の提供を提案したのだった。
なお、このサンドイッチは澪……ではなく、家に雇われているシェフの謹製だ。ただでさえ名家出身の上、身体の虚弱さもあって蝶よ花よと育てられてきた彼女には、自分で料理するという概念はあまりない。
ちなみに、サンドイッチというメニュー選定は研究所産まれで社会常識に疎いという創一朗を気遣ってのものだ。
具材はBLTだったり卵だったりキュウリだったりスタンダードなものだが、種類豊富で地味にかなり手間がかかっている。澪のために用意された5種類はそれぞれ9分割の真ん中、一番おいしい部分であり、後の8/9×5種が創一朗の所に山積みされているのだった。
「……ふふ」
澪は食べるスピードもあまり早い方ではないが、流石に物量差がありすぎるため食べるペースを調整し、代わりにヒョイヒョイとサンドイッチを口に放り込み続ける創一朗を楽し気に観察している。
「いつものことですが……これ楽しいですか?」
「ええ、とっても。わたしはそんなに食べられないから、見ていて気持ちがいいわ」
創一朗は、澪とは逆に身体の燃費が極めて悪い。通常の人間にない器官をいくつも保有し、常人を超えた性能でそれらを稼働させるためには大量のエネルギーが必要であり、普段から運動部の男子高校生3人分くらいのカロリー量を摂取しなければならない。一部人間の食事では摂取できない成分も必要になるため、大量に食べた後はダメ押しとばかりにサプリを流し込むことになる。
通い始めてすぐの頃、一度の食事で大きなタッパーを3つも4つも空ける創一朗の姿を見た澪はそれこそアトラクションか何かを見ているように盛り上がっていた。創一朗の食事量に影響されてか、彼女自身も多少なり食欲が増加している(増えていてこれ)らしい。
創一朗から見て、澪はいつも上機嫌で、時には自分の体調をネタにブラックジョークを飛ばす愉快な人だ。創一朗の研究所時代の話を聞くよりも自分の話を展開するのを好み、創一朗もこれ幸いと相槌を打っては現代の常識をラーニングしている。
授業から脱線して国防軍への愚痴や政府高官への悪口大会になることも多かったが、創一朗にも共感できるところが多かったので嫌な顔ひとつせず(顔全体がバイザーなので嫌な顔も何もないが)聞いていた。
同時に、自分よりもはるかに進んだ魔法的知見を有し、魔法師として、学者として尊敬に値する人だと思い慕っている。相手の優れたところを素直に認めて尊敬できることが、創一朗の強みであった。
だが、世間から見た澪の評判は違う。彼女は普段、物憂げで静かな見た目通りの態度をしている。普段から澪に付いている使用人たちですら彼女が笑っている所すらほとんど見たことがない。
虚弱の身を押して数々の論文を発表している才媛たる彼女に迂闊に意見する者も少なく、また戦略級魔法師としての任務は彼女にとって大きな負担だ。まして澪は、体質上家ぐるみでの付き合いを除けばほとんど外部との接触がない。
つまり、「日頃の彼女」はストレスの掛かった状態であって、素の「五輪澪」を見ることができるのは、一部の家族を除けば事実上創一朗のみであった。
「……澪さんを"先生"と呼べるのは、今回までになりそうです」
流石に、1年近くも通い詰めていればそのあたりの機微もなんとなくは分かってくる。
だから、言い出すタイミングを失っていた。このまま何も言わずに基地へ帰還し、そのままフェードアウトしようかとも考えた。だが、創一朗は軽薄にも見える態度に見合わず真面目な質である。でなければ、研究所に監禁され黙々と魔法力を鍛え続ける日々に耐えられようはずもない。
「…………そう」
澪は、たっぷり十数秒の沈黙の末、一言だけ口にした。
「今日は、いつまで居られるの?」
「いつも通り、夕方ですね。19時には帰還するよう命令を受けています」
ここから横須賀までおよそ45分。6時過ぎまでの数時間が「最後の授業」ということになる。
「すみません、急な決定で」
「構わないわ。そろそろだろうと思っていたもの」
澪は表面上気にしていないように見えるが、ただでさえ遅い食事の手は完全に止まってしまっていた。
彼女は午後の半日間も、普段と変わらぬ姿勢で授業を行った。
創一朗が彼女の家を別れ、後片付け等をする段になってからようやく、彼女は自分が思っているよりもずいぶん落胆していることに気づく。
――魔法師は遺伝によってその力を受け継ぐ関係上、十師族を筆頭とする高位の魔法師には早婚多産が求められる。基本的には中学~高校時点で婚約者ができ、数年付き合って問題なければそのまま結婚だ。
確かに彼らは恋愛の自由を持たないが、流石に今は2090年代なので、一般に想像されているほど不自由でもない。昭和期のように、ある日家に帰ってきたら自分の結婚話がまとまっていた等ということは流石になかった。
翻って、澪は戦略級魔法を使いこなす五輪家の中核である。その一方で、彼女は思春期の到来と時期を同じくして身体の衰弱が目立ち始め、主治医より自力での出産はほぼ不可能である旨が宣告されている。
魔法師の早婚奨励は、要するに国策レベルで子供をたくさん産む/産ませる必要があるから規定されている不文律だ。逆に言えば、子供を産めない/作れない人間は、魔法力が高かろうと「自重」が求められた。
澪もそれに倣う。彼女はそろそろ大学院を修了する身、同学年の魔法師は8割方既婚になっている年頃だが、今までに婚約話が持ち上がったことすらない。そもそも直近の数年間、思春期の大事な時期に家からほぼ出られない生活を送ってきた彼女には、家族以外の歳の近い異性と話す機会すら満足に存在しなかった。
この時代、子供を残すだけならいくらでも方法はある。現に澪の卵子は秘密裡に回収されていたが、「それ」の使用はつまり、澪の結婚相手に肉体関係なき夫婦関係を……もっと有体に言えば、事実上、別途「本命」ありきの夫婦関係の構築を強いることになる。
澪の存在によって十師族で居られていると言っていい五輪家サイドがそれを躊躇ったのは、明確に肉親の情によるものだったが、結果的に澪は「そういう」方面でも極端な箱入りでいることとなった。
まして彼女はなまじ戦略級魔法師であるから、遺伝子の流出はもちろん「余計な体力消耗」が国防にダイレクトなダメージを与えてしまう。その手のパーティーにも基本的に呼ばれることはなく、ゆえに彼女は、男女関係に関する機微という分野では見た目相応以下の状態だった。
だから澪は、自分がどういう心理状態にあって、創一朗のことをどう思っていたのかについて自覚できなかった。
当たり障りのない会話をして、愚痴を聞いてもらい、いつしか素の自分を晒して車椅子を押させるようにまでなった彼女だが、気を許し、甘えることはできても、それ以上歩みを進めることはできなかった。
「……ああ、そう」
――素顔も素性も、「軍機」とされた部分を何も教えてもらえなかったことに思い至ってから、彼女は自分の心境を理解した。
「わたし、あの人が好きだったのね」
(中身の業の深さを)何も知らないから割と呑気なことが言える澪なのでした。
次話投稿 3/19 7:03