(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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08 敵の敵はやっぱり敵

 沖縄県某所。戦争の影響(東京の空襲リスクが高まりすぎたせい)で都市の分散化は進んだが、高度な技術の導入には盤石な都市インフラとまとまった予算が必要で、その両方を持たない田舎の街並みというのはそうそう変わるものではない。観光地からも繁華街からも離れたこの町では、21世紀の終盤になっても100年前と大差ない光景が広がっている。

 

 自動運転コミューターもなければリニアモーターカーもなく、代わりに自治体のコミュニティバス(有人)が日に何度か来る。電気は通っているが電化は進行しておらず、一部では未だにプロパンガスが使われている。日本政府の発表によれば国内の完全電化率は人口比98%強だが、ここが残りの2%弱を担当しているのだった。

 

 この町は昔から貧しかったが、戦時中には国土要塞化の一環として国防軍の駐屯地が置かれ、栄えていた時期がある。しかし終戦とともに軍は去り、彼ら向けに進出して商店街を虐殺したショッピングモールも撤退した町は、以前よりむしろ貧しくなっていた。

 

 終戦から30年。町の老人たちはかつての栄光に縋って現実を直視せず、若者たちはこぞって那覇か本土に出て行ってしまう。軍が来た時ついでとばかりに整備されたライフラインをだましだまし使うことで、町はなんとか命脈を保っていた。

 

 そんな風土だから、羽振りのいい若者がいればすぐ目立つ。そもそも若者自体が珍しいので、誰が誰の息子で、父親がどんな仕事で、母親はどこの出で――という田舎特有の情報網が、このご時世になっても生き残っているのである。

 

 だから、このボロの雑居ビルで何が行われているか、地元住民は知っている。知っていて、誰も異を唱えなかった。

 

「ブツは?」

 

「これだ」

 

 ――向かい合って座った2人は、ともに威圧感たっぷりの佇まいをしていた。

 

 片や派手な柄シャツの上からスーツ姿の「いかにも」なスタイルで、片や普通にワイシャツ姿ではあるがどこかくたびれており、落ち窪んだ瞳はギラギラと危険な光を放っている。

 

 机の上には、トレーラーの鍵が置かれている。旧型車でスマートキーによる遠隔ハッキングができない最後の車種だ。枯れた技術を用い、劣悪な環境・整備不良でも動く信頼性の高さからベストセラーとなった傑作車種であり、その性質上犯罪組織にも好んで使われる代物であった。

 

 スーツの男が密輸してきたコンテナ1つ分の銃火器を、この危険な眼光の男がトレーラーごと格安で購入するという、近年稀に見る大規模武器取引の現場であった。

 

「確かに。これで俺たちも戦えるよ」

 

 危険な眼光の男は口調こそ温厚そうだったが、明らかに恨みのこもったかすれ声でそう答える。

 

「オウ。代わりに、本国の連中が来た時はよろしく頼むぜ」

 

 スーツの男は流暢な標準語で応じているが、彼はいわゆる香港マフィア「無頭龍」の構成員――に見せかけた、大亜連合軍の対日工作員だ。少なくとも自分ではそう名乗っていたが、実際のところ政府関係の工作員か何かだろうことは、危険な眼光の男にも分かっていた。

 

 だから、この発言でいよいよ彼が大亜連の正規軍と繋がっているらしいことが分かっても、また近いうちの侵攻と、それに対する蜂起の依頼をほのめかされても、意外さはなかった。

 

 眼光の男は、このあたりの失業者やら軍縮で軍を放り出されて燻っている元復員兵やらのまとめ役であり、このスーツの男にまんまと現地ゲリラに仕立て上げられたのだった。

 

 しかし、彼らの「商談」がまとまりかけていたその時。

 

 事務所のドアが「無音で」吹き飛んでいったことに、彼らの護衛として背後に立っていた男が真っ先に気づいた。

 

 直後のおよそ1秒間で、いくつかのことが同時に起こった。

 

 護衛の男は懐から銃――ではなく特化型CADを抜き、上司を守るため障壁魔法を展開しようと構える。

 

 それとほぼ同時、濃密なサイオン波が室内に吹き荒れ、男の魔法が飲み込まれ、溶かされていく。

 

 まさか術式解体か、と驚愕する間もなく男の背後の壁が吹き飛び、石膏ボードの破片が後頭部を強打して気絶。

 

 男が倒れた直後、壁に空いた穴から風が吹き込むと、懐から拳銃を抜いていたスーツの男が突如苦しみだし、そのまま意識を失った。

 

 最後に残った眼光の男は毒物による攻撃を察して口元を押さえたが、その間に何者かに肉薄される。

 

 取り押さえられ締め技で意識を落とされるまでの数秒間で、唯一彼は下手人の姿を目撃した。

 

 背格好はバラバラ。重装備で、全員が顔をバイザー付きのヘルメットで覆っており素顔は分からない。総じて警察特殊部隊のようないで立ちだったが、SATではなく恐らく軍人だと思われた。

 

 彼は父親が元県警高官であり、若いころはその縁で数々の「オイタ」を見逃してもらった。だから警察の機動隊や特殊部隊の人間なら見てわかるし、軍人なら彼に限らずここの人間は見慣れている。判断は容易だった。

 

 彼は最後に、一連の攻撃がまるで音声を切ったまま映画を見ているかのように全くの無音で行われたことに気づき、恐怖の中で意識を失った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 深夜の雑居ビル周辺は、ただでさえ寂れている地域性と合わせてまったく人気がない。街灯はまばらにしかない上にところどころ電灯が切れており、辺りはかろうじて足元が見える程度の明るさであった。

 

 そんな中、ビル4階の窓から飛び降りる人影が1つ。どうやら女だ。

 

 普通に考えれば自殺を疑う状況であるが、果たして彼女は窓からトレーラーの荷台、荷台から地面と2段階に分けて見事に着地し、痛がる様子も見せず軽快に走り出した。一方その表情は必死さと怯えが入り混じったもので、「肝試し中に"本物"に遭遇して逃げてきた人」の様相を呈している。

 

 実際のところ、彼女は不良少女などという生易しい存在ではない。

 

 榛有希。コードネーム、ナッツ。

 

 この日、元県警高官のバカ息子を暗殺するためビルに潜伏していたプロの殺し屋である。彼女はまだ15歳であるが、既にこの稼業を始めて2年目になる。何かと入れ替わりの激しい界隈では中堅どころに足を踏み入れつつあったし、腕前はそれなりに知られていた。

 

 彼女はいわゆる超能力者で、自身の身体能力を鍛え上げた成人男性以上に引き上げる"フィジカルブースト"の使い手だ。本人の言い分を借りるなら「体術忍者」、工作員や魔法師としての忍者ではなく、雑賀衆的な傭兵働きを専門とする忍者の末裔である。

 

 本来なら今日、取引の帰りに対象を襲う手はずだったのだが……取引相手が予想を超える大物だったのが運の尽き、そちらを狙った「何者か」……恐らくは同業者と鉢合わせてしまったのだ。

 

(おいおいおい……何だありゃ!?)

 

 有希から見て、同業者は明らかにレベルが違った。

 

 自分もプロと自負していたが、あれは恐らく国家レベルのプロ集団だ。民間の腕自慢がどうこうできる相手ではない。

 

 そう判断し即座に現場を離脱した彼女には、間違いなくこの仕事に才能があったのだろう。

 

 ここで彼らに遭遇していなければ、きっとひとかどの暗殺者として名を馳せたに違いなかった。

 

 有希が走り出して3歩と進まないうちに、ほぼ直上から大柄な兵士が「飛んできた」。有希の速度に合わせ、自らに加速魔法を施して跳んだのだ、と気づいた時には、兵士は既に自分との直撃コースを飛行中だった。相手は大柄、あの勢いで体当たりされれば命はないだろう。

 

「あそ」

 

 こ4階だぞ、と(自分もそこから飛び出したことを棚に上げて)言い切る前に、大柄な兵士は有希の眼前にまで迫り、有希の顔面を掴む。

 

 反撃とばかりに身体強化全開で繰り出したナイフは、確かに兵士の首元に滑り込んだ。

 

 ドッ、という鈍い音を響かせて、ナイフは頸動脈を貫――かない。

 

(硬ッ!?)

 

 確かにアーマーの隙間を狙ったはず。

 

 硬化魔法を疑ったが、発動の痕跡がない。

 

 有希がその理由を知る前に、落下の勢いを利用して彼女は押し倒される。

 

 有希のフィジカルブーストは、ある程度の身体強度の向上も術式内容に含まれる。元素レベルで理屈を詰めないといけない現代魔法に対し、このアバウトさが超能力や古式魔法の強みだ。

 

 ゆえに彼女は、着地の勢いと兵士の体重を全て乗せて後頭部から地面に激突しても、とりあえず死にはしなかった。

 

「あっぶねぇ~」

 

 少女の無力化を確認した直後、大柄な兵士――もとい、榊創一朗がバイザー越しに気の抜けた声を漏らす。体格の割に声には幼さがあり、声変わり直後の少年らしさがここにだけは残っていた。

 

「こちら01、イレギュラーAを無力化した」

 

 立ち上がって無線に情報を送るのと同時、どこからか同じ装備の兵士がもう1人現れた。

 

「いや頑丈すぎでしょ隊長。なんであの姿勢で落ちてシレっとしてんの」

 

 全身アーマーの重装備なので体形は分からないが、声色で女性だと判別できる。どうやら彼女――岬玲(みさき れい)は、窓から飛び降りた後きちんと魔法で減速、着地したらしい。

 

「設計が違うんスよ設計が」

 

 フランクに答えながら、ナイフが刺さった痕を指でなぞる。避けようと思えば避けられた攻撃だが、特殊な魔法や毒の類がないことが確認できたので確保を優先した結果だ。

 

 ナイフは確かにインナーと表皮までは貫いていたが、その下に存在する外骨格に阻まれ止まっていた。かつて防弾チョッキ相当と言われた創一朗の防御性能は成長と共に強化されており、今や最低でも重機関銃を使わなければ彼を傷つけるのは困難であった。

 

 そもそも、頸動脈どころか首が飛んでも後で繋げれば問題なく治癒できる程度の生命力が彼にはある。先ほどの「あっぶねぇ~」は、目撃者に逃げられそうになったことに対するものだ。

 

(随分腕が良かったな。ラグトレインみたいな顔してるけど、こんな奴原作にいたか?)

 

「……もしかしてちょっとイタズラしようとか思ってる?」

 

 血だまりの中で時折ビクビクと痙攣している有希だが、叩きつけられて意識を失うまでの期間に足をバタつかせたため、スカートが大きく捲れ上がって白い下着があらわになっている。

 

 その姿を見て、何事か考え込む創一朗。その絵面が面白かったのか、玲がバイザー越しでも分かるようなニヤニヤ声で問いかける。「私しばらく外してようか?」という謎の気遣い付きで。

 

「違います。それより、こいつはおそらくプロ、近くにバックアップがいるはずだ」

 

「ああ、そっちは山田さんが龍征さん連れて片付けに行ってるらしいよ」

 

「山田さん」こと山田宏文(やまだ ひろふみ)はビルの外で結界構築と消音を担当していた壮年の古式魔法師で、「龍征さん」こと江藤龍征(えとう りゅうせい)は玲と創一朗と一緒に現場に突入し、オゾンガス生成の魔法で対象を無力化した魔法師だ。

 

 この4人が対魔装特選隊の最高戦力であり、最も便利に使われる実働第一小隊であった。

 

 玲の言葉を受けて、「なら大丈夫か」と創一朗が思った直後、件の山田から確保の連絡が届く。

 

「あの人は本当に底が知れないな……」

 

 部隊最年長の飄々とした態度を思い浮かべ、創一朗は後頭部を掻こうとして、自分がヘルメットをしていることに気づいた。

 

「ぶふっ!」

 

 その様子を見て爆笑している玲から顔を背けて、創一朗は迎えの車が到着するのを待った。




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