(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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05 十三使徒の十四人目

 その日、海軍のとある研究所は急ピッチで稼働していた。

 

 この研究所で開発された新たな戦略級魔法と専用CADが、今日初めて実地試験に入るのである。

 

 当初、この計画は日米合同で新たな戦略級魔法を開発する目的で開始された。

 

 その後第三次世界大戦が終戦し、米軍が手を引くのに合わせ一度は研究が凍結されたものの、国防海軍内では研究所の維持とデータ確保目的の調整だけは続けられ、その成果は「隕石爆弾(ミーティアライト・フォール)」という形で結実するに至る。

 

 ただ、この魔法は形にはなったが、2つの大きな欠点があった。

 

 1つは、必要な演算量が多すぎるということ。何しろ「宇宙空間からいい感じの小惑星を探してきて」「個別に軌道と質量、形状を計算し」「地球上の狙った地点に着地するように修正」しなければならない。とてもではないが人間業では不可能だった。

 

 この問題に対し、人間に無理なら機械にやらせればいいということで、魔法発動のためのCADには巨大なスーパーコンピュータが接続されることになった。要求されるスペックは非常に高く、特注で設計された「計都」は最新技術の塊だ。上層部からはせめて軍艦に乗せられるサイズにしろと言われているが、小型化はまず動くようになってから考えればよいというのが研究所の意見だった。

 

 2つ目は、発動に必要な魔法力が大きすぎること。別の研究所で作られた傑作調整体を用いてさえ発動に失敗しており、魔法師1人で用意できる魔法力では発動不可能であることが結論づけられた。

 

 このため、魔法行使には第二案として準備されていた「複数の魔法師の演算領域を同調させる」という方法が取られることになり、専用調整体「わたつみシリーズ」が実験に耐えうるほど成長してから再度検証、ということになった。

 

 そうして後は調整体の成長を待つばかりとなった隕石爆弾であるが、結論から言えば海軍上層部の方針により「お蔵入り」が決まってしまった。「過剰威力の戦略級魔法が要らなくなったから」ではなく、「もっといい魔法開発の目途が付いたから」である。

 

 もともとこの魔法は威力調整の難しさが指摘されていて、代替手段が見つからないことを理由に研究が強行される状態にあった。別の研究所が作り出した新たな戦略級魔法の可能性は、彼らの大義名分を奪ったのである。

 

 そのため研究チームは解散、最低限の人員を残して「新たな戦略級魔法」を作った研究所に吸収合併されることとなった。

 

 とは言え、この研究にも数十年の時間と眩暈がするほど莫大な資金が投じられている。「この研究がなければ海軍はもう一隻空母を持てた」という上層部の評価はあながち誇張とも言い切れない。

 

 ゆえに研究成果は廃棄されず、「別の利用方法」が模索された。

 

「あ、お疲れ様です」

 

 以前にも増してピリついた空気が漂う研究所内に、全く似つかわしくないヘラヘラとした声色が響いた。

 

 入口には男女の二人組。先ほどの気さくな挨拶はこの大柄な男からのもので、女の方は彼に答えるように近くの席から歩み寄ったところだ。

 

 男は身長180cmほどで、一目見てわかる程度に骨太でガッシリした体格をしている。研究所には似つかわしくない紺色の迷彩服に身を包み、胸には「榊」と記されたワッペンが、襟には曹長の階級章がついている。あからさまに海軍軍人、という出で立ちだったが武装はしていない。しかし一番の特徴は、その顔面全体を覆う黒く、のっぺりしたバイザーだろう。

 

 バイザーは艶消しされた樹脂のような質感で、スリットや覗き穴の類もなければ向こう側が透ける気配もなく、右上部分の縁(こめかみと接しているあたり)に電源ランプのような切れ込みが3か所入っている以外には装飾の類も見当たらない。口元まで完全に覆っているため、「仮面」と形容した方がいいかもしれなかった。とても前が見えているとは思えないが、装備している当人曰く肉眼と変わらない視界が確保されているらしい。

 

「いらっしゃい。機器はこっちよ」

 

 応対した女性は、その不気味極まりない来客を平気な顔で出迎え、案内を始める。もちろん男の来訪は事前に連絡されていたが、それでも彼女以外の研究員は動揺や緊張を隠しきれておらず、それが妙な空気感を醸し出していた。

 

「桝田」と書かれた名札を白衣に留めている彼女は、50歳くらいに見えるハキハキした印象の女性研究員で、この研究所において調整体の維持管理を行うチームの責任者を務める。

 

 調整体「わたつみシリーズ」の処遇を巡って上層部と意見が対立し、半ばクビに近い形で研究所を去った盛永研究員に代わって責任者を拝命した彼女は、新たな戦略級魔法の開発のために生じた課題のうち1つを「ありものの改造」で解決したこの道のスペシャリストでもある。

 

「前と同じとこですかね」

 

「ええ。ついてきて」

 

 男の問いかけに応じ、桝田はモニタールーム内を先導するように歩き出す。

 

 ――榊創一朗曹長。彼のプロフィールは機関上層部から連絡を受けている。

 

 こことは別の、しかし同じ特務機関を母体とする研究所で行われた「リョウメンスクナ計画」唯一の成功例だ。超人兵士計画の末裔にあたる「鵺シリーズ」の第一号調整体でもあり、二つのアプローチに基づく強化措置を両方とも成功させた彼は「最初にして最高の傑作」と称されることもある。

 

 研究所で叩き出したスコアは当の製作者たちを震え上がらせるほどのもの。榊創一朗という仮名と軍人としての身分を与えられた今、12歳にして既に十師族の当主クラスと比べても遜色ないほどの魔法力をマークしているという。

 

 彼は既に身長180cm近い上に筋肉質だ。その上軍事機密という名目で――実際には、顔面の上半分が"調整"の影響で異形化していることを隠すため――バイザーで顔を隠している。そのため、自分から年齢を明かさない限り彼は大人の魔法師にしか見えない。

 

 彼の「外出」が解禁されたのは、創一朗が声変わりを済ませ、うっかり喋っても子供だとバレなくなったからだ。調整体に限らず、魔法師が義務教育終了前から軍の任務に従事するのはよくあることだが、法的・倫理的な建前上は大問題なので世間には露見しないよう配慮されているのである。

 

「分かりました。さっさと済ませちゃいましょう」

 

 彼の語り口はエアコンの修理にでも来たような気軽さで、最近声変わりしたばかりの若々しい声質が適当な雰囲気を加速させる。そのチグハグぶりは、確かに調整体魔法師としてのアンバランスさのなせる業だろう。しかし桝田は、彼のように明るく振る舞う調整体を見たことがなかった。

 

 桝田とて、軍の一番汚い所で十数年に亘りおぞましい所業を繰り返してきたマッドサイエンティストだ。生化学と遺伝子工学の知識を悪用することにかけて、彼女の右に出るものはそういない。

 

 30代で軍の暗部に足を踏み入れて以来、数々の調整体や強化人間の製作に携わり、そしてその大半を廃棄してきた。彼女は特に愛国者という訳でも、強い忠誠心を持っていた訳でもない。ただ、早くに結婚し3児を育てた母親でありながら、その子供と同年代の調整体を躊躇なく廃棄処分できる割り切りの良さを買われて調整体の管理を任されているのだ。

 

 その桝田をして、体格はともかく、こんな「その辺の兄ちゃん」みたいな性格の調整体は異質を通り越して異常に見える。

 

 その異常さがあるいは彼を今までにない傑作たらしめているのかもしれない、と彼女は考えていたが、彼女はあくまで言われた仕事だけをこなすタイプのプロだ。命令が下りてこない限り、今の業務を逸脱するつもりはなかった。

 

「ここに座ってください」

 

 桝田はそんな内心をおくびにも出さず、モニタールームの奥に存在する厳重な鉄扉へ粛々と創一朗を案内する。「もっとヤバい仕上がりの調整体なんかいくらでもいた」とは彼女の弁であり、歴戦の看護師のような風格であった。

 

 創一朗が案内された先は、これまた近未来感のある殺風景な広間だ。全周が壁に囲われ、中央に座席とモニターのついた巨大な機械がぽつんと鎮座している。それ以外には部屋の隅に積まれたいくつかの収納箱くらいしか物がなく、テナントが撤退した後のショッピングモールの一角的な不気味さが存在している。

 

「へぇ~前見た時よりずいぶんちっちゃくなりましたね!」

 

 だが創一朗は気にするでもなく、機械を一瞥してのんきな感想を述べている。

 

 彼の言う通り、この機械は前回の試験時と比べて1/3以下まで小さくなった。部屋がやたら広いのは、元々のサイズの機械に合わせて設計されていたことの名残だ。元々の機械も保守されてはいるが、今回は予備機用の空きスペースに設置されたこの機械を用いることになっている。

 

 それは、元々は隕石爆弾(ミーティアライト・フォール)のために設計された専用CADだった。軌道計算のためのスパコンが搭載され、さらに核となる12人の調整体をCAD内に取り込むことを前提に設計されたため、ちょっとした二階建て一軒家並みの巨大な円筒形になっていたのである。

 

 だが数か月前、新たな主である創一朗のため、試験データをもとに大幅な改造が施されることになった。

 

 要らなくなった機能を排除して再設計が行われた結果、二階建て一軒家サイズだった超巨大機械は、21世紀初頭の医療用MRIを縦にしたくらいのフォルムにまで小型化された。

 

 変わらず円筒形のシルエットながら、12席あった座席は撤去され、代わりに創一朗の体格に合わせた大きめサイズの座席が1つ。それを囲むように太いリング状のカバーが付いており、背部で太い支柱と合流。背部には旧型機と同様にスパコンが格納されており、突貫工事で用意されたためあちこち配線や液冷のためのパイプ等が露出している。

 

「早速やっちゃっていいんですか?」

 

「うん、許可は下りているから、好きなタイミングで始めていいわよ」

 

 革張りの座面は術者の集中力を維持するため最適な座り心地に調整されており、さっそく搭乗した創一朗はご満悦だ。

 

 座面に彼が座ると、それをスイッチとしてCADが起動。座席の側面からケーブルを引き出し、創一朗の装備しているバイザーの右こめかみ部分にある端子に接続。するとバイザーの内側に、今回の標的となる「水面」の風景がHUDと共に映し出される。

 

 このバイザーもまた、戦闘機用のHUDやVRゴーグル等の技術をもとに開発された最新技術の結晶だ。顔を隠すだけでなく、普段からゲーム画面のように様々な情報が表示され、視線と脳波による制御で手を使わずにそれらを制御できる優れものである。

 

 そして、このCADに接続した際には監視衛星やUAV、成層圏プラットフォームなどから得られる標的情報を視界に投影、魔法発動を補助する。

 

「……視界良好、準備OKです。いつでもどうぞ」

 

 創一朗は特有の軽い調子で準備完了を告げると、モニタールームに配置されている研究員たちがせわしなく動き始める。

 

「成層圏プラットフォームとのデータリンク確認」

 

「目標、第二実験場内、特殊水槽中央……照準固定しました。演算開始します」

 

 創一朗の眼前には、この研究所が所在する小笠原諸島から遠く離れた北海道に所在するダムのような施設が映し出されている。その距離実に約2,000km、ひとつの魔法としては破格ともいえる長射程であった。

 

「起動式最終確認、フォーマットすべて正常」

 

「定数および変数、照合完了」

 

「サイオンアクティビティ基準値以上。各バイタル指数いずれも許容範囲内」

 

 モニタールームで動向を監督している研究者の指示に従って、淡々と工程が進められていく。

 

「流体シミュレーション完了、起動式確定しました」

 

術式構築補助システム("わたつみ")起動」

 

 これらの発言は桝田たちのいる別室にも届いている。成り行きを見守っていた桝田は、"わたつみ"起動の指示をうけてCADの背部に移動し、そこに備え付けられているパネルを操作した。

 

「"わたつみ"起動します」

 

 桝田がインカム越しにそう告げて電源ボタンを押すと、CADに取り付けられているリング状の装置が起動。独特の駆動音を出しながら、段々と淡い光を発しはじめる。

 

「"わたつみ"正常に稼働開始。リンク率、許容範囲内です」

 

 それは起動確認用のLEDランプが発するものだけではなく、魔法の行使に伴って生じるサイオンの光でもある。これにより長射程の魔法に特有の巨大な演算が補助され、より強く、より高い精度での魔法行使が可能となる。

 

「……ごめんな」

 

 俺には何もしてやれない。

 

 普段から飄々としている創一朗が思わず神妙な台詞を口走ったのは、その光に混ざって「声が見えた」からだ。

 

 この光には、「彼女たち」のかすかに残った人格の残滓から生じる、悲鳴のようなプシオンのノイズが伴っている。そのことを、魔法の使用者であり、異常な視覚能力を有する創一朗だけが認識していた。

 

「続けて起動式、出力開始」

 

 わたつみという装置の名称。特定単一の魔法に限り、術者本来のキャパシティを超える規模の魔法式を構築しうる演算補助システム。調整体"わたつみシリーズ"の名と、彼女らに与えられた能力の詳細。そして、彼の目が感じ取ったもの。

 

 これだけ情報が出揃えば、何も聞かされていない創一朗にも、彼女らがどういう使われ方をされたか理解できる。

 

 つまり、今回新たに増設されたリング状の機械は。

 

 用済みになった「わたつみシリーズ」の脳を、恐らくは複数使って作られた国産のソーサリー・ブースターである。

 

「起動式読み込み、30%、50%、70%……」

 

 それが分かったところで、創一朗にできることは何もない。

 

 ただ、いつも通り命令をこなすのみだ。

 

 そうでなければ、次にこういう機械の部品にされるのは自分なのだから。

 

「起動式読み込み完了」

 

「最終セーフティ、解除」

 

 号令に合わせ、この研究所の所長と、同席している海軍の高官――海軍の魔法研究を一手に統括する特務機関、通称「M機関」の総責任者――が制御盤の鍵穴に手持ちの鍵を差し込み、同時に回す。

 

『最終セーフティが解除されました』

 

 機械音声によるアナウンスとブザー音の後、CADに搭載されている物理ロックが解除される。

 

 安全装置が解除されたことを示すため、室内の照明が白色から赤色の非常灯へと切り替わった。

 

「"セイレーン"システムオールグリーン。発動準備完了しました」

 

 アナウンスを受け、所長がチラリと海軍高官の方を窺う。

 

 高官は確かにひとつ頷き、それを見て所長が最後の指示を出す。

 

「よし。"深淵(アビス)改"を発動せよ」

 

 その号令に合わせ、CADに座った創一朗が一言だけ返事をする。

 

「"深淵(アビス)改"、発動します」

 

 直後、彼はその巨大な魔法を発動させた。

 

 現代魔法は、発動に際して余計な音や光は出ない。

 

 それが正常に発動したことは、カメラに映る水面が突如として半球状に陥没し――それによって生じた波が不自然に一方向にだけ向かう様子を確認して、初めて認められた。

 

「"深淵(アビス)改"は所定の効果を発揮しました。試験は成功です」

 

 そうアナウンスした研究員の語気には、確かに興奮と歓喜が含まれており。

 

 その一言を以て、研究所に張りつめていた空気は一気に弛緩し、祝賀ムードが広がっていく。

 

 今この瞬間、日本に新たな戦略級魔法師が生まれたのだ。




桝田 日菜子

 海軍の医官。48歳。特務「M機関」小笠原研究所 わたつみシリーズ担当研究室室長・中佐(表向きには別の役職が割り振られている)。

 小笠原の極秘研究所で運営されている調整体「わたつみシリーズ」の製造・維持・管理を取り纏めている幹部職員。昨年までは盛永研究員と職掌を分け合っていたが、盛永の退職に伴い中佐に昇進、調整体がらみの全権を掌握した。

 東大医学部=非魔法界出身ながら、第一世代魔法師の出現メカニズムについての論文(魔法大学との共同研究)で博士号を認められ魔法技能師開発第六研究所に招聘、真砂少将(当時は大佐)に直接スカウトされ海軍特務「M機関」という経歴を有する。

 彼女は一貫して仕事人であり、軍の職場は適性に合ったものだったらしく軍属となってから急速に才能を開花させた。必要とあらば情と仕事を完全に割り切る姿勢から、第七研出身で調整体にも愛情をもって接する傾向にある盛永研究員とは度々対立していた。



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