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90 開戦
ユーディトの提示した条件は、日本側への理性的対応を求めるもの。
その対応は確かにやや理不尽である一方で、最大限誠意を尽くしたものであることも伝わってくる。
「うーん……」
少なくとも創一朗にはそのように感じられたので、彼もきちんと言葉を受け止め、回答することにした。
「話になりませんね」
検討結果は、明確な拒絶である。
「理由を聞いてもいいかい?」
「時間がないので手短にします。エフレイムさんの話には見当違いな部分が少なくとも3つある」
手短と言いつつ、創一朗は律儀に指折り数えて指摘を始める。
「まず1つ。
かつて毛沢東は、核戦争になった場合の展望について「世界人口の半分が死ぬとして、中国人は6億(当時)いるから3億残る。何が問題なのか」と言い放ったという。そして実際、彼の治世だけで1億人以上国民が死んだが、国体は揺らがなかった。
そして今。地球の寒冷化に伴う第三次大戦を経て全盛期より人口は減っているものの、大亜連合は未だに人口7億5千万を擁し、世界人口の1/4を一国で賄う。
人口の多さと安さ、そして何より「殺しても殺しても次の人材が玉座に就く」しぶとさこそがかの国の強みであると、日本は身に染みて理解している。
対してEUは東西合わせても人口3億あまり。ヨーロッパ人の尺度で人命を語れば、温度差が生まれるのは当然だった。
「そちらが言う所の"無制限使用"を実施するに当たり、我が軍が算出している継戦能力の破壊に必要な最低限の被害とは
ユーディトは絶句している。
「……不可能だ」
「そこが2つ目。こちらに
ユーディトが気圧されたように後ずさる横で、達也がじろりと視線を向ける。
「
達也の視線の圧が減る。意外と分かりやすい所があるなと思いつつ、創一朗は言葉を続けた。
「このことを向こうに伝えるのは勝手ですが、そこまで来れば明確な利敵行為ですからね。こちらにもあなたを殺す大義名分が生まれる」
「……なるほど、説得は無理そうだね」
創一朗が言っているのは自分が使える
そして、図らずもそれは正しい。未だ誰も把握していない陸軍の切り札がユーディトの隣にいるからだ。
このことは、仮にこの場でユーディトと創一朗が殺し合う事態になろうとも戦略魔法兵器による攻撃は実行されるということを示している。
ユーディトから見て、交渉の前提が崩れた。
「そして3つ目。戦略級魔法による核兵器に匹敵する被害なら、もう既に起こっている」
「……霹靂塔でのEMP攻撃のことかい? 確かにあれは悲劇的だったが」
「エフレイムさん、貴女はいい人だ。いい人だから悪意への想像力が足りてない」
ユーディトの発言を遮るようにして創一朗は言う。
「世界を敵に回すのが分かっていて
「……っ!!」
今度は達也が驚く番だ。ユーディトはみるみる内に顔色を悪化させている。
「まだ連絡は貰っていませんが、EMP攻撃で抵抗力を無くした後は、まず航空戦力やミサイル基地を破壊して、その後詰めに毒ガスなり細菌なりをばら撒くのが最も効果的でしょう。遠からず本国から発射されたミサイルや爆撃機から投下される爆弾が、霹靂塔で大混乱の市街地に着弾するはずだ。貴女が調べたとしたら核弾頭はないんでしょうが、その分だと通常弾頭じゃないでしょうね。塩素かマスタードか炭疽菌か……通信が回復してるからって医療機関が無事だとは思えない、さぞや有効に作用することでしょうよ」
そこでようやく、達也が最初に抱いた疑問は全て解決した。
創一朗が暴走と呼べるほどに怒っていた理由は、五輪澪だけではなかった。
代わりに、達也は問うた。
「それが分かっていて、なぜ」
「行ってどうにかなんのかよ」
"体格の割に理性的"であるはずの創一朗らしくもない感情的な回答。
「いや大黒特尉には何か手立てがあるかもしれんが、俺は殺すしか能がない。できるのは命令に従って仇を取ってやることくらいだ」
で、とユーディトの方に向き直る。
「考えたくもないくらい人が死ぬ。もう理性的な対応で踏みとどまれる一線はとっくに超えた後だ。仮に俺が報復攻撃を適当なところでやめたとして、まず地獄を生き残ってきた国民が納得しない。今の政体は倒れ、総力戦が始まり、俺は命ある限り復讐兵器として担ぎ出されるだろう」
「…………」
「100歩譲ってそうならなかったとして、あの国は何百年かかろうと必ず復讐を国是にして蘇る。その時俺は寿命で死んでて居ないんだ。つまりお前の構想するご大層な世界秩序とやらは、
至極残念そうな顔で退いたユーディトの前を、創一朗は堂々と歩いていく。
「ああそれと」
振り返り、追い打ちをかけるように続けた。
「今度からは俺の運用に関する問い合わせは海軍M機関か、その上の統合軍令部にお願いしますよ」
◆ ◆ ◆
結論から言えば、創一朗の懸念は正しかった。
通信復旧から数分のタイミングで(つまり、創一朗が艦隊殲滅に向かった時には既に)大亜連合本国からのミサイル攻撃と航空戦力による大規模な爆撃が始まっており、特に「霹靂塔」での攻撃を防げなかった地域では迎撃がおぼつかず、多くの被害に見舞われた。
しかも、この時投下されたのはほとんどが都市機能の麻痺した隙を狙った毒ガス弾やナパーム弾であり、現地の民間人を中心として凄まじい被害が発生した。
病院機能も一時的に麻痺していたために治療がおぼつかず、後の調査では全国で20万人の死者、180万人の重軽傷者を計上。家屋の損害や避難を余儀なくされるなどで、当時の日本人口の10%近くが何らかの影響を受けたと言われている。
また、福岡では沖合に展開していた国防海軍が霹靂塔を受けて一時撤退し、大亜連合軍が上陸に成功。現地に展開していた国防軍と戦闘状態に入る。
地雷原や機関銃陣地で熾烈な上陸妨害を行いながら国防軍は毒ガス攻撃と爆撃の苛烈さから一時福岡県南まで撤退、一時福岡市街と北九州市街が敵軍占領下となる。
大亜連合軍はほぼ10個師団近い大兵力であったものの、後から取って返した海軍による砲撃と、九州と北海道に集中配備されている国防軍の機甲部隊に挟まれ戦線が膠着。海軍は海からの物資輸送を徹底破壊する勢いで海域の封鎖を続けており、時間とともに不利になっていくことが予想された。
またこの時、五輪家と八代家によって結成された魔法師部隊が関門海峡を死守。中国地方からの援軍が到着するまでの時間を稼いだ。
そして15時37分。
横須賀の海軍基地から発射された一発の魔法が反撃の狼煙となる。
「深淵改二」。従来型の「半径10キロメートルの半球状」という効果範囲を変更し、「半径30キロメートル×深さ1キロメートル」とすることで、ごく浅い海や沿岸部への攻撃力を確保した改良型だ。
この攻撃により、北陸に上陸しようとしていた大亜連合艦隊が「消滅」。乗艦していた十三使徒の一角、「震天将軍」劉雲徳も生死不明となる。
同時に日本政府は「鉄仮面」の健在と、彼を暗殺しようとしていた「八仙」の全滅を公表。軍基地からの中継映像には、敵の暗殺未遂を辛うじて生き残ったという十三使徒の一角、五輪澪の姿も映っていた。
これにより兼ねてから言われていた「鉄仮面と五輪澪別人説」が確定し、日本が2人の戦略級魔法師を保有していることが明らかとなった。
中継の中で「鉄仮面」は「艦隊をただちに引き上げさせなければ全て沈める」と警告。実際に、この30分後となる16時22分にはさらにもう一度「深淵改二」が発動し、鹿児島からの上陸を狙っていた艦隊をも消滅させるに至っている。
本来、「深淵改二」の発動には少なくとも8時間のインターバルを開ける必要があるが、創一朗がオーバークロックを発動させて無理矢理魔法演算領域を活性化させ、使い潰す勢いでセイレーンシステムを酷使すれば連続使用も3度程度までは可能なのだ。
そうして誰もが大亜連合の奇襲失敗を悟った10月31日0時0分、日本政府は声明を発表した。大亜連合に対して最後通牒を布告した形である。
布告を要約するとこうだ。
・大亜連合国家主席の身柄を日本政府に引き渡すことを条件に、日本国は以下の2点を受諾する。
1.大亜連合政府が行った霹靂塔による攻撃を宣戦布告として、現在行われている戦闘を国家間による戦争であると認める。
2.前項の事態を解決するため、大亜連合政府の無条件降伏を認める。
・本要求の回答期限は、布告の発令された瞬間から24時間とする。
・要求を受け入れる場合は、国家主席の身柄引き渡しを回答後72時間以内に行うこと。
・要求が受け入れられない場合、以降日本政府は大亜連合への国家承認を取り消し、当該団体を日本政府の主権へ挑戦するテロ組織として認知する。
・また、これを鎮圧するため、本布告の発令から数えて24時間ごとに戦略魔法兵器によって攻撃を実施する。
――今までに行われてきた降伏勧告や最後通牒の類と比しても、無茶苦茶な内容であった。守らせる気がないと言ってもいい。
最後通牒としては回答期限が短すぎるし、国の最高権力者の身柄を要求して初めて「無条件降伏を認める」というのは、それ以外の講和はあり得ないと言っているに等しい。
そもそも一般的に、戦闘中に無条件降伏を要求するのは悪手であるというのが通説だ。相手を余計かたくなにして、捨て鉢の特攻や徹底抗戦を招くためである。
ただ、宣戦布告なしの戦争には落としどころがない。通常は戦闘の中で優勢度合に応じて第三国が和平案を作り、両国が交渉の席についてそれを認める……という流れを辿るが、今回は日本側が先に要望を出してきた形だ。
ここで言う「無条件降伏」は、相手が事前に出している要求を全て飲むという意味ではなく、相手に白紙委任状を渡すという最も重い処遇だ。基本的にこうなった国家は全土併合されるかバラバラに分割統治され、その名は歴史の中へと消えることになる。とてもではないが、今まさに攻撃を受けている側の国が出すような条件ではない。
これは、めげずに日本政府と交渉したユーディト・エフレイムが辛うじて引き出した「落としどころ」であったが、今回の日本の狙いはまさにそれであった。
日本は向こうが当然要求を飲まない前提で、既に報復のための戦略級魔法を準備している。
後半に設定されている「相手国そのものをテロ組織認定する」というのは、民間人の老人から赤ん坊に至るまで一人残らずテロリスト=捕虜になれる権利の存在しない国際法上の犯罪者として扱うので、今後どれだけ殺そうとも虐殺には当たらないという宣言だ。文字通り「一人残らず根絶やしにする」ことを意味する。
暴論である。これは「日本国はそういう建前に沿って動く」という意思表示を世界に出したに過ぎないが、得てして覇権国の挙動というのは似通ったものである。
少なくともこの布告を受けて、インド・ペルシア連邦と東南アジア同盟は即座に日本を支持し、「テロ組織の掃討に全面的に協力する」姿勢を示した。
EUは両国の理性ある対応を形ばかり求めたが、基本的に中立のポーズを崩さない。既に日本へ観戦武官を送っており、USNAともども「深淵改二」の威力を目に焼き付けている。
最も劇的に反応したのが新ソ連で、彼らは布告が出るや否や北海道に上陸していた部隊を片端から撤退させ、なんとその足で大亜連合へ宣戦を布告したのである。彼らが完全に大亜連合を見限った瞬間であった。
そうして、2095年11月1日0時0分。
大亜連合は日本の最後通牒を黙殺した。
世界大戦ともなると開戦の狼煙が随分派手ですね