【本編完結】Ib ~ゲルテナ展 10周年記念展~   作:梅山葵

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『ゲルテナ』

 ……ところで。結局、芸術家ワイズ・ゲルテナとは、どのような人物だったのだろう?

 

 ギャリーやイヴを自身の世界へと連れ去り、その上で命の危険に繋がるようなルールを強要するなどの所業から、ギャリーは当初ゲルテナのことを、芸術に魂を売り渡し、そのためなら何でもするような傲慢で理解し難い人物なのだと考えていた。彼によって創造されたこの世界を徘徊する動く作品という怪物的な存在達も、その仮説を後押ししていた。

 

 しかし、今。こうして『赤い服の女』と『メアリー』についての考察を踏まえて浮かび上がってくる『ゲルテナ』像は、そんなものとは似ても似つかない、人間味に溢れたとても分かりやすい性格をしているように思える。

 

 最初の印象としての邪悪なゲルテナ像は、メアリーが語っていた大好きなお父さん像と、どうしても噛み合わなかった。しかしここで、それと比較的マッチしそうな『ゲルテナ』像が仮説から導かれてきたわけだ。

 

 やはり性格の捻じ曲がった人物が、あんな純粋な女の子を育て上げられたとは信じ難い。いや、信じたくない、と言った方が正確か。

 

 ならば発想を逆転してみよう。

 

 ゲルテナが真っ当な善人であると仮定してみる。その場合、どうして彼はこんなおどろおどろしく見える世界を創り上げるに至ったのか。これを作品達の鑑賞を通じて考えてみることにする。

 

 まずはゲルテナの人物像を考察するに当たり、特に参考になるだろう作品について触れてみよう。ゲルテナが、他ならぬ自身をモチーフとしたのではないかと考えられる作品がある。『寝起きの悪い男』、『夜更かしをする男』、『未完成の少年』、『失敗作』、『不眠症の死者』の5つだ。

 

 少なくとも、『寝起きの悪い男』、『夜更かしをする男』、『失敗作』に出てくる男が同一人物らしい状況証拠が1つある。前者2つがペアになっていて、同じ男だというのはすぐに分かる。そして、『失敗作』と題された絵の、顔を塗り潰された男の動く速度は、明るい時には緩慢で、暗い時には俊敏だ。それは、『寝起きの悪い男』と『夜更かしをする男』から連想される男と一致する。それに加え、『不眠症の死者』は墓の絵だが、そこに埋まっている人物は『夜更かしをする男』のイメージとよく合うのだ。

 

 ここで考えたいのは、そういったゲルテナ自身がモチーフと思わしき作品に、どこかマイナスイメージが付き纏う題を付けていることだ。"寝起きが悪い"も"夜更かし"も、いい印象の言葉ではないだろう。そして特に、『失敗作』は顕著である。自分をモチーフにした絵の顔をグチャグチャに塗り潰し、『失敗作』のレッテルを貼る。それはどこまでも自虐的で、傲慢というイメージからは程遠い行為だ。おそらく、ゲルテナは自分のことが好きではない。

 

 ただそれは、ギャリーがこれまで組み上げてきたゲルテナ=失恋した男の像とはよく重なった。本気で好きになった相手に受け入れてもらえないことほど、自信を失うことなど無いのだから。

 

「自分に自信が無い、か……」

 

 人が立ち入ることは許されない。深海と心壊。これらのフレーズからも想像できるように、ゲルテナの描く暗い深海は、およそ心の中の隠喩である。

 

 つまりこの世界は、言わばゲルテナの心の中。ゲルテナが現実で完成させた数多の作品達も、元はアイディアという形でゲルテナの心から生まれ出でたものと考えれば、此処にあらゆるゲルテナ作品が保存されているのも合点がいく。

 

 芸術と心。そのいずれにも関係の深い用語である、「昇華」という単語をギャリーは思い出していた。

 

 端的に言えば、そのままでは表に出せない不満・葛藤を、より高度で他者が認めやすい形へと転化させて発揮し、そのストレスの解消を図ること。心理学における防衛機制の1つとされる。

 

 分かりやすい例で言うなら……。破壊衝動を制御するため、武道に打ち込むとか。親への反骨心から、勉強を頑張るとか。そして……、失恋の辛さを紛らわすため、芸術活動に邁進するとか、だろうか。

 

 「優れた作品を生むには昇華が必要」と、主張する芸術家は数多い。「芸術は爆発だ」などという言葉が示すように、心の内に溜め込まれたエネルギーの爆発が、他者の感情を揺り動かす作品を創り上げる。

 

 そして、今。ギャリーはゲルテナの創作意欲の根源も、これに根差していたのではないかと考えていた。先の『赤い服の女』の仮説とその考察に用いた作品の数々など、まさに失恋に対する昇華の典型例のように思える。

 

 そうなると、この世界が一見恐ろしく感じられたことについて、もっともらしい理由づけをすることができる。先に述べたように、もっぱら昇華の対象となるのは、表に出せない抑圧された不満・葛藤。つまり、醜い感情だ。

 

 ゲルテナの芸術の本質が、彼の心に潜む闇を昇華したものなら、その作品としての世界には、彼の心中の最も醜い部分、彼が他の誰にも見せたくなかった部分が凝縮されていても、ある意味では当然である。怒り・憎しみ・嫉妬・殺意。それらが込められた作品達が恐ろしかったからと言って、それでゲルテナ自身の人間性が歪んでいると、決めつけるのは早計だ。だってそれは彼の一側面でしかないし、そういった醜い感情と、生涯で完全に無縁でいられる人物など、いるわけもないのだから。ギャリーにだって、それはある。

 

 他人の深層意識に土足で立ち入っておいて、そこに悍ましい化け物が潜んでいたとして。そのことで以ってその人物を糾弾するなど、ギャリーには到底できない。どんなに恐ろしい姿形をしていようと、深海魚はあくまで深き者。水面に浮かび上がって来ない限り、それと対峙する機会は訪れず、誰に悪さをするわけでもないのだ。むしろそんな怪物を表に出さぬよう、強靭な精神力で飼い馴らしていたのだとすれば、それは十分以上にまっとうな人間と言えないだろうか。

 

 そしてゲルテナ本人が居なくなった後、それでも作品にこびりついた遺志だけは、忘れ形見のように残り続けた。で、あるならば。一連の事件の原因は、ある1人の老人の死という、誰の身にも起こりうるありふれた、そんな悲劇に帰結するかもしれなかった。もしもゲルテナが生きていたら、彼の世界に無理矢理取り込まれる人間なんて、出たりしなかったのかもしれない。

 

 ……いや、そもそも。ギャリーがゲルテナ展を訪れた一番の理由は、現実から逃げ出すためだったのだ。そう考えれば今のこの状況、ある意味ギャリーの願いを叶えてくれたとも言える。

 

 現実世界のゲルテナが、精神破綻者だったとか嫌われ者だったとか、そういうエピソードをギャリーは寡聞にして知らない。ゲルテナは恐ろしい人物であるという当初の固定観念は、全てこの世界に迷いこんでから築き上げられたものに過ぎないのだ。

 

 そしてそんなこの世界ですら、一部の作品達は味方だった。本当にゲルテナ作品が全て敵対的だったら、イヴもギャリーも成す術が無かったに違いない。心の中に、怖い面も優しい面も両方ある。それが普通の人間である。

 

 実際、ちゃんと探してみれば、ゲルテナの根が善人なのだと示唆する作品も見つかる。

 

 『ジャグリング』は、ゲルテナが実の孫と見に行ったサーカスがモデルだ。そして『ジャグリング』は、その誕生年をわざわざ問うてくる。それは他ならぬゲルテナが、実の孫と過ごしたその記憶を、大切にしていたことの表れであるように思う。ゲルテナが愛していたのが『赤い服の女』と『メアリー』だけなら、こんな質問はきっと訊かれない。

 

 そうやって数々のピースを繫ぎ合わせて浮かび上がってくるのは。芸術面でも家庭面でも、世間から見れば人並み以上の幸せを手に入れたにもかかわらず、どうしてもかつての片想い相手を忘れることだけが出来なかった、ただの不器用極まりない、等身大の男の素顔である。それは間違っても、世界を思いのままに操れる、万能の神なんかではない。

 

「……分かる気がするわよ。現実って、なかなか思い通りには、いかないものよね」

 

 ギャリーはゲルテナ展を訪れたそもそもの原因が、外の世界での苦悩だったことを思い出す。

 

 どんなに他人から見ればちっぽけなことでも、自分にとっては大きな悩みであったりすることがあるように。どんなに他人から幸福そうに見えようとも、結局自分が幸せかどうか、決めるのは自分でしかない。

 

 芸術家として、世間一般の評価では順風満帆な生涯を送ったとされるゲルテナだが、彼が自身が幸福だと思えていたのかは、究極のところ彼にしか分からない。

 

 ゲルテナもギャリー同様、現実世界で足掻いていたのかもしれない。自分だけにしか分からない、幸せを求めて。

 

 死者と語る術はないが、もしもゲルテナと話せるなら、ギャリーは1つ訊きたいと思った。

 

 ゲルテナは『メアリー』の後も作品を創る気だったが、寿命で意図せず『メアリー』が、最後の作品になってしまったのか。それとも『メアリー』を描いた後に、そもそも作品を創ろうとするのを、そのタイミングで止めたのか。

 

 ギャリーの仮説が正しいなら、ゲルテナという芸術家を創作活動へ走らせたのは、ゲルテナ本人の現実への不満。心の奥底に秘めるしかなかった、抑圧されたストレスである。……だから、もしも彼が創作活動を、自分の意思で止めたのだとしたら。

 

 ゲルテナは最期に、自分が納得できる幸せを見つけた。そういうことに、なる気がした。

 

"……なんて、ね。妄想が過ぎたかしら"

 

 結局、ここまでの推論は全て仮説。数々の作品を元に自分なりの考察はしてみたが、全てはなんの証拠もない、ただの絵空事でしかない。

 

 畢竟、作品の解釈はそれを観る者に全て委ねられるのが芸術という世界だ。このゲルテナの世界だって、他の誰かが観ればきっと別の見方をするのだろうし、それは否定されるものじゃない。今回のギャリーの個人的解釈を否定する権利が、他の誰にもないのと同様に。

 

 本気で答え合わせをしたければ、生きたゲルテナから生の声を、聞くより他に術は無いが、いくらこの世界を創ったゲルテナでも、それは叶わぬ願いだろう。でなければ。あんなにも純粋に自分のことを慕い続ける少女を、この世界に放置したまま声もかけないとは思えないからだ。

 

 永遠を得たギャリーによる、ゲルテナの人物像を完成させるための、作品というパズルピースを繋ぎ合わせる旅。それも遂に、終わりが近い。ある意味において、ギャリーは作品を通じて、故人ゲルテナと十分語り合ったと言える。

 

 いや。この世界から出られないギャリーは外の世界から見れば故人のようなものだから、これは言わば死者同士の歓談、といったところか。

 

「……もう、十分かしらね」

 

 このゲルテナの世界で、ギャリーは様々な理不尽に見舞われた。ギャリーだけじゃない。イヴもそうだし、ある意味では、メアリーも。この世界によって苦しめられた、被害者である。

 

 だからギャリーは、恨んでいたのだ。この世界の創造主である、ゲルテナのことを。あんな小さな子供達を辛い目に遭わせるなんて、何事かと。

 

 それだけでなく、今も現在進行形でギャリーは世界に閉じ込められるという被害を受けているのだから、ギャリーにはゲルテナをこれからも呪い続ける権利がある。

 

 しかし。ここまででゲルテナの人間性について、自分なりの考察が出来てしまったギャリーには、もうゲルテナ本人を全ての元凶として憎むことはできなくなっていた。

 

 ギャリーは大きく溜息をつくと、『死後の逢瀬』から背を向けて、奥へ奥へと歩き出した。今まで踏み入る勇気が持てなかった、大広間の奥へ向けて。

 

 唯一探索を後回しにした場所。なんとなくここを訪れるのは最期にした方が良いと、そう直感で悟っていた場所。

 

 おそらくゲルテナ世界の最深部で、黒一色のダイヤ型ベッドが、そこでギャリーを待っていた。

 

「『最後の舞台』、ね……。またお誂え向きなタイミングで、お誂え向きな作品と出逢えたことだわ」

 

 なんとなく、作品名を見て悟った。これはゲルテナがメアリーと存在を交換した後のゲルテナが、自身が使うために用意したものである気がする。ならば、実際にメアリーと存在を交換した、ギャリーが使ってもバチは当たるまい。

 

 だって、考察も結構疲れるのだ。肉体的にではなく、精神的に。

 

 タイミング良く見つけたベッドに、ギャリーは飛び込むようにして寝っ転がると、静かに両の瞼を閉じた。身体が適度に沈み込むと、いつだか嗅いだ炭のような、とても懐かしい香りがする。これならきっと、気持ちよく休める。

 

 ……ゲルテナ作品の鑑賞を、ただの暇潰しだと言っていたが。今になって気づく。そうではなかった。

 

 ギャリーは、自分が納得できる理由を見つけたかったのだ。

 

 ギャリーはメアリーの身代わりとなる形で、この世界に取り残された。そのこと自体に悔いはない。

 

 ただ、ある意味ではゲルテナの計画通りに、そうやって自らの身を捧げた者として、自分の行為に意味はあったと、そう信じたいと思わなければウソだろう。

 

 だからギャリーは、探していた。メアリーが悪くない理由。ゲルテナも悪くない理由。誰も悪くない理由。

 

 全てのしがらみから解き放たれて、せっかくゆっくり休めるのに、脳裏で誰かを呪い続けるなんて、そんな勿体ないこともないだろう。

 

 こうして思い残すことも無くなった今、やっと安らかに眠ることができる。

 

 きっととてもいい夢が、見られるに違いない。




死者は生者に語らぬ。


ただ、死者の遺したものを通じて、

生者が何かを汲み取る。


~???~


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