【本編完結】Ib ~ゲルテナ展 10周年記念展~ 作:梅山葵
『赤い服の女』
自身と一心同体の薔薇を渡す以上、最悪命を落とすことも、覚悟していたつもりだった。しかし意外なことに、メアリーが薔薇ごと外に出て行った後も、特に不便を感じることなく、自分の意思で歩き回ることができている。それはあるいは、メアリーが代わりにくれた、この黄色い造花のバラのお陰なのかもしれない。
ボロボロの王族衣装を纏った巨大な骸骨が、女性を額縁の中から引き摺り上げて、愛おしそうに撫でる巨大な彫像。『死後の逢瀬』という作品の前で、ギャリーは顎に手を当てながら、これまで観てきたゲルテナ作品、その考察を巡らせていた。
ギャリーがやっていることを端的に言えば、ただの暇潰し。それに尽きる。
……イヴやメアリー達と、まだ別れる直前。元の美術館そっくりのエリアにあった、かつて通ったはずの階段に、強く惹かれる自分を感じた。ゲルテナの世界。その深淵からの呼び声が、確かにギャリーには聞こえていたのだ。
だから、イヴとメアリーを外の世界に出した後、ギャリーはあの階段を再び下りて、このゲルテナ世界の探索を続けていた。「他に出口がないか探す」という名目ではあるが、その希望が無いだろうことは、始めた段階でほぼ悟っていた。
見覚えのない新しい場所に辿り着くことはまだある。そういう意味では、全てを調べきったわけではなく、希望が残されていると言えなくもない。しかし歩けば歩くほど、どんどん深い場所に潜って行っているような、漠然とした感覚がある。出口からはむしろ遠退いているなと、なんとなく分かるのだ。
そもそも、別の出口を見つける程度でこの世界から出られるとしたら、メアリーはとっくに外に出ている。だからギャリーが探索を続けていたのは、この世界に閉じ込められることで、意図せず手に入れた永遠の休暇、その退屈しのぎが主だった。
だからここに至るまで、ギャリーは改めて丁寧に、1つ1つゲルテナの作品達を、ゆっくりじっくり眺めてきた。脱出ゲームは、既に終わっている。ならば心ゆくまでゆったりと、作品鑑賞に浸っても、そうバチは当たるまい。それこそが本来の、正しい芸術活動の在り方。……そうだろう?
改めて眼の前の作品を見上げる。紛うことなき、大作である。この作品を創るに当たっての、ゲルテナの非常に強い熱意が見て取れる。
やはり目に留まるのは、額縁から上半身を出した女性。文字通りの意味で死ぬかと思うほど見たので、もう忘れようがない。間違いなく、『赤い服の女』と同じ女性がモデルだろう。
『赤い服の女』は、かつて遺産目当てに擦り寄ってきた浅ましい女のイメージであると、取材に対してゲルテナ自身が言っている。これはゲルテナファンの間では有名な話であり、実際にここで見つけたゲルテナ作品集にも、そうであると綴られていた。
しかし、ギャリーの眼の前の作品からは。来世でもまた会いたいという、ゲルテナからこの女への、どうしようもないほどの恋慕の情が溢れ出ていた。
"これで財産狙いの赤の他人は、ちょっと無理があるんじゃない?"
こうなっては、もうあの取材記事を、ギャリーは鵜呑みにできはしない。ゲルテナの取材への回答は嘘か、あるいは本当であったとしても、ゲルテナが女に抱く本音を全て、馬鹿正直に話した内容ではないのではないか。
そうやって人間関係を組み直してみると、納得がいく点があるのである。
灰の間で、ギャリーとイヴは、とても数え切れないほど『~服の女』と対峙した。実際にあれだけの数をこの眼で見た以上、それと同じ回数ゲルテナはあの女を描いた、そう考えるのは不自然ではあるまい。そうした時、それだけ多くの時間を費やした女のことを、「憎んでいた」と捉えるよりは、「愛していた」と考えた方が、腑に落ちる。
とすれば、いろんな色で女が着ている服を描いた理由も、およそ予想できなくもない。彼女に最も似合う服の色が何か、ゲルテナは実際に描いてみて、その想像を膨らませたのではないか?
現代アート作家であるゲルテナは、絵画分野のみならず、彫刻や家具といった方面の、立体美術にも造詣が深い。服飾に関しても優れた才能があるのは、『無個性』や『赤き衣のステップ』『融解』などが示している。
特に『無個性』。個性的な衣装で着飾った、首から上だけがない女の像。『無個性』という題材ゆえに、頭が無いことが注目されているが、むしろゲルテナの緻密な表現力は、着ている服の方でこそ発揮されている。まるでマネキンのようだ、と評されるこの作品がゲルテナにとって、元々は本当にマネキンだったなんて、そんな仮説はどうだろう?
……少なくとも。『無個性』はいずれも女性の像。もしもゲルテナが『無個性』達の首の上に、誰かの顔を想像したとして、それがどんな顔になるのか、ギャリーはすごく興味がある。あるいはそうしてできる顔は、『赤い服の女』と一致したりして。
自分の最大の愛する女性に、どんな服を贈ろうか。そんなゲルテナの葛藤が、『服の女』と『無個性』の数に現れている。ギャリーにはそう、思えてならない。
歴史的な芸術遺産を、科学の力で分析しようという、そんな新しい試みを、どこかで聞いたことがある。なんでもX線を使うことで、絵画を一切傷つけずに、その材質を調べていたら、中から別の絵が見つかった。そんなこともあったとか。
もしも叶うことならば、外の世界のゲルテナ展に飾られていた、『赤い服の女』という1つの絵画。あれを全く同じように、分析してみたら面白いように思う。ひょっとすると、あの絵の服が描かれている部分は、実は沢山の色が塗り込まれていて、最後にやっぱり赤が似合うと、一番上に重ね塗りされていたとか、そんなことがあるかもしれない。
「ここの女達はみんな花占いが好き」。みな例外なく花占いが好きというのは、同じ1人の女性をモデルにしていることの証拠では? 命に等しい薔薇を手に入れようと向かってくるので、恐ろしい相手に見えていた。しかし、薔薇が命という特殊状況を抜きにすれば、薔薇を欲しがって花占いするだけの女性に、怖い点など存在せず、それ自体はむしろとても女性らしい、可憐な趣味であると言える。今にして思えば、ギャリーはここに来てから作品の女達に、薔薇を奪われかけたことは何度もあったが、直接身体に暴力を、振るわれた経験はなかったと気づく。やはりギャリーには、もうあの絵の女がただの恐ろしい者には思えない。
しかし、そうだとしたら。ゲルテナが『赤い服の女』を愛していたとしたら、それがどうして遺産を狙う浅ましい女と答えるような状況になるのか。懸想相手についての情報を隠すのは、まあよくある話だが、想い人へと向けるにしては、表現が憎悪に寄り過ぎている。
そこでギャリーは、この有り余る時間を使って、1つ1つ鑑賞してきた作品達を振り返り……ある結論に辿り着いた。
"……ゲルテナ。アナタ、この人に振られたんじゃないの?"
『月夜に散る儚き想い』、『嫉妬深き花』、『争いの矛先』、『心の傷』、『決別』、『蛇蝎の精神』、……。
これらの作品を創り上げた時、現実のゲルテナ自身も、それらと無縁ではいられなかったのではないか。
何より、『精神の具現化』だ。この世界で薔薇が命の象徴なのは、あの作品が由来であると考えるべきで、そんなこの世界のルールを縛る作品に、ゲルテナ自身が残した解説文がある。なんでも、「一見美しいその姿は、近づきすぎると痛い目に遭う」とのことだ。恋をして振られるなんて、「近づきすぎて痛いに遭う」の最たるもののように思える。
花占いが好きな人に、恋をした人がいるとする。花占いが決めるのは、「誰かが自分のことを、好きか嫌いか」。だから誰かが花占いをしていたら、きっとその人には、とても大好きな誰かがいる。問題は、占っている相手が誰か。
その占い相手が自分ならばいい。だけどもしも、違ったとしたら。花占いをする誰かを横で眺める人は何を感じる? それは文字通り、直接身体を引き裂かれるような、そんな心の痛みかもしれない。
逆に。花占いが好きな、『赤い服の女』。彼女が花占いで「自分を好きかどうか」占っていた相手、つまりは『赤い服の女』が好きだった相手は、どんな人がそれっぽいだろうか?
"資産家、だったりしたら辻褄が合いそうね"
年代的に追っていくと、『赤い服の女』が描かれた6210年時点で既にゲルテナは妻子がいる身であるし、絵の女と比べれば年齢もかなり上だ。そんな状況で芸術家として既に金銭的成功を収めているゲルテナの元に現れた女性が、彼の心を奪った上で、また別の資産家と結ばれたとしたら。
それはゲルテナの目線から穿った見方をすれば、「元々遺産目当てで近づかれた」ように感じたとしてもおかしくないだろう。その失恋の要因が、真実どうだったにせよ、嫉妬は相手を憎く見せる。どちらかと言えば遺産云々より、年齢差と妻子持ちであったことの方が、よほどそれっぽいと邪推したくはなるが。
あるいはゲルテナ自身、女が本当に遺産目当てだとは思っていなかったかもしれない。自分を振った相手を忘れたくて、酷い女だと思い込もうとした、という可能性だってある。少なくとも、好きになった相手に振られることは、いたくプライドを傷つけるものなのだ。
そう言えば。服の女の絵がたくさん飾られていたのは、灰の間だった。そして服の女の絵達のすぐ近くでは、偽物の金を堂々と掲げ、『金を自慢する貴族』がいた。
なるほど。自分を振って別の資産家と結ばれた、そんな失恋相手への意趣返し。それならばゲルテナがインタビューで『赤い服の女』のことを、「遺産を狙って近づいてきた浅ましい女」のように表現した、もっともらしい理由づけにできなくもなさそうだ。
「資産家、か……」
ふと。イヴから借りたままになってしまった、レースの刺繍入りハンカチを、ぼんやりと眺めた。ある種騙すような形で、イヴを外へと出したから、返す機会を失ってしまって、その点は酷く申し訳ないと思う。
外の世界への出口の前で、返そうと切り出すことは出来なかった。そんなことを言い出そうものなら、聡いあの子は意味を察して、絶対に先に出ようとしなかっただろう。
手に持つ白のハンカチは、その肌触りの高級感と一点物の名前入り刺繍から、イヴがイイトコのお嬢様であることを訴える。イヴのおウチは、資産家の家系かもしれない。
「ふふふ、あり得ないでしょ。流石に」
ゲルテナが片想いしたとギャリーが想像する、『赤い服の女』。その『赤い服の女』のお相手として浮かび上がった像と、イヴのおウチから浮かび上がる像が、偶然一致した。それだけのことだ。
……ただ、思い出すのは。灰の間で部屋に閉じ込められそうになった直前、『ふたり』という作品をイヴと見た時のことだ。イヴはそれに描かれた男女を、自分のお父さんとお母さんであると言った。
ゲルテナの生きていた年代を考えれば、ゲルテナがイヴの御両親に会った機会があったとしても、もっと若い頃の姿が描かれる可能性が高いように思う。あの時のイヴは精神的にかなり参っている様子で、両親に会いたくて堪らない気持ちから、別人をそう見間違えたという可能性は高い。
しかし、イヴにそれを言われた時。ギャリーも描かれた『ふたり』とイヴを見比べて、どこか似ていると感じたのもまた事実だった。そして、『ふたり』の片割れの女性と、『赤い服の女』もまた、どこか似ている。そう感じる。
このゲルテナの世界では、いろいろと不思議なことが起こるから、あまり理屈を並べて考えても、意味はないかもしれない。ただ、そういった怪奇現象もまず大前提として、ワイズ・ゲルテナが生前創り上げた作品達の上に立っているような気はしていた。
その法則が、ちゃんと適応されるなら。芸術家ワイズ・ゲルテナは生前に、イヴの御両親か、それととてもよく似たカップルを、描くような機会があった。そういう解釈もありだろう。
なぜ、イヴはゲルテナの世界に招かれたのか。美術館にやって来たメアリーと同年代の少女達の中から、ただ無作為に選ばれただけなのか。
ギャリーの説が、仮に全て正しいと考えれば。『赤い服の女』と資産家の子孫に対し、ゲルテナが向ける感情はどんなものだろうか? 愛しい女の面影を見て、攫ってやりたいと思うのか。女を奪った憎い男の影がちらついて、殺してやりたいと思うのか。想像することしかできないが、きっと愛憎入り混じった、複雑なものとなるに違いない。
結局、真相は分からない。ただ『ふたり』は、絵の女達が並ぶ灰の間の、その中央の小部屋に飾られていた。その事実だけが、残っていた。