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運命を忘れる話(槍弓)/Novel by 湯屋

運命を忘れる話(槍弓)

29,304 character(s)58 mins

アーチャーが自分の運命を故意に忘れる話。
うっすら狂王黒弓要素があります。

唐突に槍弓の熱が再燃しました。
実はここ数年すっかり同人誌を作るのが趣味となっていて、どうせなら槍弓再録集も作りたいな~と
気が付いたら勢いで6月のオンリーイベに申し込みをしていました。
そこで再録集を出そうと絶賛原稿中なのですが、こちら筆が乗りページ数がえげつなくなった結果、収めきれなかったお話になります。
いつもの我が家の両片思いもだもだ槍弓を久々に楽しんで頂けたなら嬉しいです。

再録集には、「利己的な恋」「理不尽な愛」「がらんどうの心」をリメイクしたものを収録する予定です。
加筆修正程度の予定だったんですが文章があまりに前のものだったので書き直しました。
結果2倍以上もの文量になってしました、わぁ。分厚い再録本っていいですよね、楽しいので頑張ります。

槍弓垢作りました!【@kizuatoyuyabl】

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運命を忘れる話


「――てめぇは一々ネチネチ煩ぇなァ!?人の生活態度にそうやって口挟みやがってよォ、こいつら全員の母親にでもなったつもりか!?いい加減にしろよ!」

多分きっといつも通りの皮肉の延長線上でしかなかった。皮肉、皮肉、皮肉、その時折に挟み込まれたのはきっとお節介や世話焼きやそういった下心で。
彼はそれをきっと、他の者に向けられる厚意と混合した。口煩いのは自覚していたし、ここにはどうにも世話を焼いてしまいたくなる者が多く居たから。
子供の面倒を見るようなお節介を無意識の内に彼にしてしまっていたのだろう。その言葉に他意はなかったのだとしても、さくり、私の心は確実に傷を負ってみせた。

「――そうか、それは無自覚といえ悪いことをした。もう一切君の世話は焼かないし余計な真似もしないと約束しよう。すまないが今は朝食の時間だ。料理を受け取ったなら列を退いてはくれないか」

無自覚なんてとんでもない、意識してのことだった。滲み出た下心がまさかそんな形を伴っていたとは、それだけは自分でも予想外だったが。
彼はきっと幼いサーヴァントたちや未熟なマスターにも似た扱いを私から受けて憤慨したのだろう。自分にそんなものは不要であると、あぁ、怒るのも当然だ。
彼は私からの懸想は望むまい。理解してきたからこそ適切な距離感を心掛けてきたつもりが、微睡むような長いカルデアに於ける日常で私は枷を失った。
今はただ、彼の視線から逃れたかった。醜い想いを見透かされてしまったようで、今すぐにでも惨めな自分をこの場から退去させたくなる。ここが食堂でさえなければ、私は瞬時に姿を消し去っただろう。

「何なに~?どうしたんだい、二人共。また喧嘩かな?」
「いや何、いつもの諍い事だ。もう済んだから気にしないでくれブーディカ。手を止めてすまなかったね」
「~~~ッ!クソっ!!」
「見苦しい所をすまないな。さぁ選んでくれ、今日は和食と洋食のメニューどちらにする?」

いつだって賑やかな食堂に於いてそれは少しばかり大き過ぎる怒号だっただろう。ぴりぴり彼の怒りが肌を焼く。だが私がその挑発に乗ってしまうわけにはいかないのだ。
今は朝食の時間帯で給仕はまだまだ終わらない。お代わりを求める者もあるだろうし、昼食の準備や食器の片付けもある。私情でここを退けられるほど責任感が薄いつもりはなかった。
彼と私の諍いなどここに於いてはいつものこと。気にする人物はどこにもいない。何せ私が喧嘩に乗るものかと必死に給仕を進めているのだから。そこに割り入ることなどさすがの彼もしないだろう。
悪態を吐いてカウンターを去る彼に目もくれず必死に食堂での仕事に身を費やした。何かに夢中になってしまえば他所事に心が攫われてしまうこともないのだから。


***


――あの男のことが、好きだった。

いつからかなんて覚えていない。日々摩耗していく記憶を引き摺りながら、殺戮だけを繰り返し命令された掃除屋だ。零れ落ちていく記憶の方が多い中で。
それでもあの青を忘れたことがなかった。いつだって不可思議な出会いを繰り返し、とうとう座にまで記録されるようになったのは。私という存在の始まりが彼であるからだろう。
古い古い傷痕をひそりなぞる。サーヴァントになる前の生前の傷だから消え去ることはないけれど、でもこれが確かな繋がりだった。そんな薄暗いことを考えているのは私の方ばかりだと分かってはいたが。

(長い長い、それこそ一度離別すら超えた現界だったから…きっと距離感を忘れて、手が届きそうだと勘違いしてしまったんだ…なんて失態だろうな、掃除屋にあるまじき醜態だ)

ぼーっと思考を深い後悔に漂わせながら茫然と皿洗いに没頭する。これ以上ない淡々と出来る作業で助かった。今ばかりは調理も失敗してしまうに違いなかったから。
カルデアはその名や形態を変え、今やノウムカルデアと称してはいるが、根本的な生活は何一つ変わってはいない。様々な特異点を解消させながら人理救済の道をがむしゃらに突っ走っていく。
数年険しい道のりを歩いてきて、様々な困難を幾度も乗り越えながら。私はきっと油断してしまっていたのだ。この柔くて醜い心を隠し通すことに、気を緩めてしまったが故の失態だ。

(マスターや幼いサーヴァント達ならまだしも、ただ顔見知りでしかない者に世話を焼かれるなど…苛立っても仕方ないものであるな…)

自嘲するように手を動かし続ける。きっと越えてはいけないラインに踏み入ってしまった。例え幾度同じ世界に呼ばれ、その形も戦い方も姿をも記憶してしまったとしても。
それでも彼と私は友人同士ではないし、敵同士だったことの方が多い。そんな人物にお節介されてよくもまぁここまで耐えてきてくれたとは思う。
つい遠慮を忘れてこの関係性に溺れてしまっていた。確かな戦友であると勝手に思い込んでしまった。彼にとってそんな不名誉なことはあるまい。

(だが私はきっと、ここを退去するまでこの想いを捨て切れないだろうな…いつだって抱えてきてしまった恋心だ。報われないと理解しているのだけが救いか、)

同じ世界に召還される度に惨めな恋心を抱いて、そうしていつだって溜息を吐くように霧散させてきた。告げることも諦めることもしないまま、ただ思うだけで幸福なのだと噛み締めるように。
分かっている、彼が、あの青い槍兵が私を振り向くなどあり得ない。あり得るはずがないからこそ、こうして思う存分この恋を抱え込んできたわけではあったが。
それが無意識の内とはいえ彼に自ら接触し苛立ちを買うような真似をするとあっては見過ごせない。あくまでこれは彼に迷惑をかけないと自分に誓ったからこそ許された片思いだと信じている。
あのような焦燥もう二度と呼び起こすまい、とう自分に強く言い聞かせる。だが今更どうあってもこの態度を一変させることは不可能だろう。

(それこそ、彼との全てを忘れるくらいの真似をしなければ――、…あぁ、忘却についてなら優秀な『自分』が居るじゃないか)

なんてお誂え向きだと口元が歪む。どうせこの想いを消すことなど敵わないのだ。なら忘れる以外方法がないのだろう。手段に形振り構ってはいられまい。
どうせ叶わぬ恋心だ。いつ終わるか分からぬ現界にきっと心も疲れ果てた。いつもなら刹那の瞬間だったからこそ慈しむことも出来たのだろう。
だがこれまで長い間共にして、そしてこれからも決して短くはない道のりを互いに進んでしまうのなら。きっと一度リセットさせた方がいいに違いない。

(多少の違和感は拭えないだろうが、何、彼はそこまで私に興味を持つはずもない。すぐに飽きて他の何かに夢中になるはずだ。それはきっと私にとっても好都合だろう)

今まででもう充分この恋を堪能出来た。なら今回はここまでと締めくくってもいいだろう。誰に負荷をかけるでもない片思いだ。終わらせるのも私の自由気ままでいい。
全ての皿を洗い終え乾燥機に並べる。思い立ったが吉日、善は急げというくらいだ。彼に不快を呼び覚ますだけの醜い恋心には、さっさと眠ってもらうに限るだろう。


「――あんたは馬鹿なのか?1か0しか考えられないとはオレ以上に腐っているんじゃないのか、その脳味噌は」

酷い言われ様だな、と自然笑みが零れた。自嘲かれではなく心よりの笑みだった。若い自分に諭されるのは癪に触るが、どうにも自分はこのオルタ化した自分自身には強く言えなくなってしまう。
私以上に記憶の摩耗の激しく、当初の理念も概念も全てを忘れ去りながら、ただ一つの武器で在り続けた男。そしてその隣に佇む茨の王の光景にいつだって胸が救われている。
私では駄目だったけれど、でもここでしかありえないオルタ化した者同士で寄り添い合う運命があるというのなら。それはそれで悪くないと思えたのだ。

「何を笑っている?とうとう本格的に壊れたか」
「最初から壊れているだろう?私たちは。お前こそ何を言っているんだか」
「…、…それでも、あんたは違うだろう。ここでは重宝されている。同情されるだけのオレとは違ってな」
「あのマスターの信頼を同情などと馬鹿にするなよ?彼女の信頼は厚い。だからお前も私も逃げることなく武器で在り続けられるのだろうな」
「なら尚更、勝手に零れ落ちるオレとは違うのに、どうして得たものを自ら捨てようとする」
「――他に選択肢がないからだ。得た物が全て美しいとは限らない。私のこれはただ醜く浅ましくおぞましいだけのものなんだろうよ」

彼は時折私を酷く蔑んだ視線で見下ろしながら、あれが羨望であると分かってしまっている。私の方こそただ武器である彼に羨望を抱いているというのに。
余計な物など不要だった。こんな思いなければきっと今だってただの守護者として在り続けることが出来たのに。きっと互いに無い物強請りしているんだろう。
彼にとっては考えにも及ばないんだろうな。得た記憶や思い出を自ら忘れようとするなんて。私はそれを抱え続けてまで槍兵に迷惑をかけるのが嫌なだけ。
いや違うな、本当は否定されてしまうのが怖いんだろう。この抱えた想いが醜い自覚があるから、せめて私だけはとそれを慈しんでやりたいのだ。

「一瞬だけでいい、再臨を最終段階に変えてくれないか。同調してしまえばきっとお前の金継ぎは私に移るだろう」
「そう都合よくいくかっ、何を忘れるかまでは操作出来ないんだぞ?」
「いいや、場所を特定してしまえばきっと上手くいく。ほら、ココだ」
「ッ、それ、は――」
「これを忘れてしまえば逆転して因果も全て消え去ってしまうと思わないか?まぁ私の願望に過ぎないかもしれないが、これで駄目だったら潔く腹を括るさ」

彼の記憶の欠如を繋ぎ止めているのは、我らがマスターである彼女が捧げた聖杯のおかげもある。私も同じ物を捧げられ、このカルデアに於ける戦力として重宝されている。
だからこそその調律を崩壊させるような真似を我らがマスターは許してくれないだろう。それもこんな私情でだなんて、だからこそ一刻も早く事を終えてしまいたい。
禁じられている最終再臨に霊基を変えた瞬間、それを悟った技術者や狂王がここへ駆け付けるだろう。その時どうやってその場を凌げるだろうか。

「…ハァ、変な所で気が回るな、あんたは…もういい、分かった。互いに頑固さは譲れないからな。こうと言い出したら信念を曲げられはしないだろう」
「フ、そうだな、それは確かにお互い様だ…、…苦労をかける」
「まったくだ。だが日常生活に於いて苦労をかけているのはオレの方だからな。まぁ、お互い様ってやつだろう。後始末も引き受けてやる」
「助かる。こんなこと他の誰にも言えやしないからな…、…あぁ、相変わらず、お前の傷痕は美しいばかりだ」

深い溜息を吐いて彼が自らの枷を解いていく。目の前に現れた金色の継ぎ接ぎだらけの姿にわずか恍惚としながら、すぐに一際大きな傷跡へ掌を重ねた。
真似るように彼が私の心臓へと手を当てる。そこは確かに――英霊エミヤとしての始まりだった箇所。この心臓を棘の槍で穿たれたからこそ、運命は始まった。
あの夜、見上げた命の終わりを忘れない。再びの夜、今度は獲物を弾き合わせた戦いを忘れない。あの時からきっと、私の心は彼に向っていた。
だからこそここをどろり金色で覆ってしまえば、この傷痕を忘却してなかったことにしてしまえば。彼についてのこの恋煩いも消え去ると信じていた。


「「 同調、開始 」」


静かな声音が二人重なって霊基が溶けて混ざり合っていく。同じ声、けれど違う道のりだ。彼の掌から確かに溢れる魔力を感じながら、それを心臓の上に走る傷痕が受け止めていく。
まるで溶けた金を流し込むような感覚。上書きされていく傷痕に歯を噛み締めながら、ふと同調を解けば自らの胸元には艶やかな金色の傷痕が走っていた。
ほぅっと息を吐く。これで、これで私は――胡乱な視界に眩暈がする。きっと欠けた夢を見ていただけ。夢も願望すら見られない英霊もどきでしかなかったけれど。

「ッ、戻すぞ…、……ハァ、あんたの魔力は同調し過ぎて眩暈がする…、…おい、大丈夫か、腐っていないオレ」
「――…、……私は、一体、何を…」
「…ふはっ、儀式は大成功と言った所か?なんでもない、ただきっと、長い長いユメを見ていただけだろうさ」
「ゆ、め…?…そうか、夢、か…、…何か分からないようだが、迷惑をかけたようだ」

意識が一瞬金色に塗り潰されて、僅かの間自分が何者であるか分からなくなる感覚。あり得ない夢を見た気もするが、きっとそれは目の前の彼自身のものだったのだろう。
強力な魔力の流れに酩酊しながら、異変を駆け付けた技術者たちに「魔力譲渡を願いでた」と拙い言い訳をしたのはオルタの私の方だった。
何事もない様子に技術者たちにこっぴどく叱られながらも、それでも様子を見に来た狂王だけがただじっと私の心臓だけを見つめ続けていた。


***


日常はいつも通り巡っていく。僅かに形を変化させながら、大まかな流れを変えることはなく、ただ日々を緩やかに彩り続ける。様々な思惑を乗せたまま。
今日も変わらず朝の給仕を続けていく。カルデアキッチンは今や私の居城だ。初めは身に余ると首を振ったのだが、チーフと呼ばれるのにも随分慣れた。誰かはそんな私を戦士にあるまじきと嘲笑うのかもしれないが。
それでも別に構わない、ここをこそ私の居場所と決めた。もちろん戦いに赴く時とて全力だが。そしていつものように見慣れた彼がそこへ並ぶ。

「今日は和食か?それとも洋食か」
「あー…和食」
「そうか」
「ん、あーっと、アーチャー、この間はよ、」
「すまない、忙しいんだ。受け取ったら列を退いてはもらえないだろうか。後ろが控えているんだ」

青い槍兵がそこに並んでも、別段動じることはなかった。はて、どうして私が彼に大して動揺しなければならないのだろう、不思議な話だ。
だって彼はケルト神話出身の戦士で私とは何の関係性もない。どこかの特異点で出会ったのかもしれないが、そんな英霊は数多く居る。
何か言い辛そうに言葉を濁らせる彼に生憎とこちらは用がないので、終わったらそこを立ち去ってはくれないのだろうかと至極当たり前の返答をする。

「――は?」
「おはよう、アビゲイル。今日は和食と洋食どちらにする?」
「おはよう、エミヤのおじさま。うーん、どちらも美味しそうで迷ってしまうわ」
「今日の洋食は君の大好きなスープが添えられているが」
「あら!じゃあそれにするわ!キャットさんの作る野菜のスープ、美味しくてとっても大好きなの」
「フンッ!そうであろうそうであろう!キャットにかかればにんじんスープなど夜飯前なのだワン!」

彼の後ろに居たアビゲイルがスカートをふんわり持ち上げて朝の挨拶を向けてくれる。その丁寧な挨拶にこちらは会釈しか返せないのが申し訳ない。
お玉とプレートを手にしていたので仕方がないのだが。同じサーヴァントとはいえその愛くるしい姿についついこちらも表情を緩めてしまう。
同じように給仕していたキャットも顔を出し、なんとも穏やかな朝の風景であった。だからこそそこから立ち去る気配のない彼が異色を放っている。

「?まだ何か用か?おかわりなら食べ終わってからまた来てくれ。その時に残っていたら手渡そう」
「…、…あぁそうかよ!勝手にしろ!」
「…?何を怒っているんだ、彼は」
「いい気味なのだワン!我らがチーフを馬鹿にした罪はこの肉球が許すまじ!」
「あ、はは、喧嘩もいいけどほどほどにね~拗らせる前にちゃんと仲直りしなよ?」
「喧嘩?喧嘩なんてそんなものは――…、…、…?…まぁいいか、あぁ、おはよう。和食と洋食、どちらにする?」

何か用があるなら聞くが、と首を傾げても彼は捨て台詞と共に去っていくばかり。一体何だったんだ、キャットは当然だ!と尻尾を振っている。
けれどブーディカのその言葉の意味が分からなくて、私が誰かと喧嘩することなど…そう考えた瞬間、ツキリと胸元が確かに痛んだ。
瞬間ぼんやりと意識が流れて、はて自分は何を考えていたんだっけか。疲れているのかもしれないな。とにかく今日もまだまだカルデアキッチンを繁盛させなければ。


素材の在庫管理をしなければ、まさにそんな時だった。目の前から歩いてくるプレッシャーは紛れもなく、茨の冠を被ったオルタ化したクー・フーリンだった。
刺々しく禍々しい気を放ってはいるが、彼がオルタ化した私のことを大切にしてくれているのを知っている。見た目通り敵として向かい合ったら恐ろしいのかもしれないが。
味方であってくれてこれ程心強い者も居ないと思う。半身のようなもう一人の自分のせいもあって、どうしてか彼のことを好意的に見てしまう。

「狂王、今日のオルタの私は変わりないか?」
「あぁ、アレはいつも通りだ。それよりも、お前――」
「?私がどうかしたか?」
「…、…あいつの、匂いがする」
「匂い?わっ、と?」

フードから覗く視線は薄暗く本能は恐怖を覚えてしまう程。でも彼とも決して短くはない付き合いで、それなりに友好関係を築けたと思っているから。
恐れはないのだが、時折理性的な面を見せておきながら、彼は動物的本能を優先させる。まさにその刺々しい尻尾など最たるものだろう。
ぐるぐると巻き付かれ尻尾の先端がぞわり心臓をなぞった。殺気は感じられないから好きにさせてみるものの、どういう反応が正解なのか分からない。

「匂い…あぁ、さっきまで昼食の準備をしていたから、いや違うな。そういえば前回、あいつに魔力を譲渡したんだった。そっちの匂いか?」
「魔力の、譲渡…逆じゃねぇのか?あいつの匂いが、お前に沁み付いている」
「逆はないだろう。私があれから魔力を譲渡される理由がない。まぁどっちにしろ、同調していたのは確かだから。魔力が混合していても可笑しくはないが、ふ、ふふ、くすぐったいよ、狂王」

その棘は決して私を攻撃してはこない。不思議なものだ、こんなにも恐ろしい外見をしているというのに。指先で先端をつーっとなぞっても嫌がられることはなかった。
彼相手にならこんなにも素直に接することが出来るのに、クラスが違うだけでどうしてこんなにも――そう考えた途端、ちくり胸元が痛み思考が金色に塗り潰された。
はて、何を考えていたんだっけ。まぁ忘れるようなことだ、取り留めのないことだろう。何故か嬉しそうにその尻尾は私の胸元を跳ね回っていたけれど。

「監視のような真似をさせてしまって悪いとは思うが、君には助けられているよ。あれもなんだかんだ狂王を認めてはいるからな」
「俺が勝手にしていることだ、謝罪は不要だ。あいつは俺の――運命だからな」
「運命、か…君にそう言ってもらえるあれが、少しばかり羨まし、…、…?羨ましい?何故だ、何も、羨むことなど…」
「…おい、」
「ん?あぁ、すまない。倉庫に行く所だったんだ、呼び止めて悪かったな。昼食も腕によりをかけて作るから、楽しみにしててくれ」

オルタの私の霊基はとても不安定で、記憶の欠如も損壊も激しいけれど。そんな中狂王のことだけははっきりと認識していた。だからきっとそれを運命と呼んだのだろう。
それが酷く嬉しくて、同時に何故かとても寂しくて。悪いことなど何一つないはずなのに、可笑しな郷愁もあったものだとふるり首を振る。
あれをよろしく頼むと別れ際に囁いて、当初の目的である倉庫へと急いだ。何故かそんな私をじっと見つめる狂王の視線とゆらり揺れる尻尾に気が付かないまま。


「あれっ?エミヤさんじゃん、相変わらず今日も働き者だね~」
「っと、その声は斎藤くんか?っと、すまない」
「いえいえ、いつも美味い飯食わせてもらってますしね~こんなの礼の内にも入りませんよ。どこに運ぶんです?」
「食堂まで頼めるか?整理していたら中身がごちゃごちゃな箱を見つけてしまってね。倉庫で作業しては尚更混ざるだけかと思って、別の場所で作業しようとしていたんだ」
「なるほど、そういうことなら僕にもお手伝い出来ますかねぇ?ちょうど暇してた所なんで、エミヤさんの武勇伝摘まみにお手伝いさせてもらっちゃおうかなー」
「かっ、かの新選組に話せるような武勇伝は持ち合わせていないぞ、私には…」

段ボール箱をいくつか積み重ねて歩いている最中だった。人にぶつかって粗相をしてしまわぬよう細心の注意を払ってはいたが、やはり高く積み過ぎたようだ。
前方から掛けられた声に顏を覗かせるもすぐにひょいっと荷物を奪われてしまう。現れたのはへらりとした笑顔が憎めない斎藤くんだった。
食堂でコロッケ蕎麦をご馳走してからなんだか懐かれてしまったような気もするのだが、日本出身の私からしてみたらかの新選組の方が胸ときめかせる要素満載だというのに。

「まったまた~ご謙遜をーこのカルデアで一番最初に聖杯捧げられたサーヴァントだってこと、僕知っちゃってるんですからね~」
「そっ、それはたまたま、私が古参を名乗るに相応しいカルデア初期からのサーヴァントだからで、使い勝手の良さを評価されただけなのだがっ」
「うっわ謙虚~でもほんとエミヤさんって器用だよね~というか働き者?調理や掃除なんかの家事だけでなく、こういう雑務もこなしちゃうんだからさー」
「適材適所というのもあるだろうし、私は働いていないと落ち着けない性質でね。何かしらやる事があるというのは有り難いものだよ」
「秩序善みたいなこと言いますね?っと、あ、あれは」

フランクに接してくれるのは有り難い。人付き合いは苦手ではないが、どうにも世話を焼き過ぎたりお節介しすぎな性格が私にはあるから。
ついこの間だってそれでやらかして――しまったような気もするのだが、はてどうだったか。とにかく時代は違えど出身地が同じという親近感もあるのだろう。
斎藤くん相手には何を気にするでもなく会話を続けられる。だから続けられないのは、そうしてはたり、前方から歩いてくるサーヴァントが視界に入った。

「よぉ、アーチャー」
「…、…あぁ、私のことか。何か用だろうか?」
「互いに鬱憤溜まってると思ってよ。そういう時はやっぱりこれだろ。ということでシミュレーションルーム行こうぜ。今日という今日はその面悔しさに歪ませてやるよ」
「――…、…」

アーチャー、とそう呼ばれて一瞬反応が遅れてしまった。不可思議なものだ、ここは真名隠匿など何の意味もなく、クラス名はただの記号に過ぎない。
だが間違いなく目の前のケルト神話の御子は、確かに私を弓兵と呼んだ。そう告げることが自然だとでもいうかのように。なら私も槍兵と呼ぶべきなんだろうか。
それでは誰を指しているか分かり辛い、やはり名前で呼び合わなければ。そう思うのにどうしてか、ランサーと呼ぶ方がしっくり来るような気がした。
可笑しな話だ。そして今目の前で真っ直ぐ私に向けられる槍の矛先にも。どうしてか危機感を覚えない。何もかもが異常としか呼べないシーンでしかないのに。

「熱烈なお誘いだね~そういうことならエミヤさん、これは僕が任され」
「いや、これは私の仕事だ。悪いがその誘いには乗れない。他を当たってはもらえないだろうか」
「――あ?」
「私は確かにマスターから聖杯を贈られてはいるが、それは戦闘技術を買われたからではない。生憎と君の相手に相応しい技量を持っているとはとても思えなくてだな」
「…、…何、言ってんだ?てめぇは、」
「もしくは、そうだな、あまり言及したくはないのだが。他の誰かと間違えてはいないか?ここには私に名前も顔もよく似たサーヴァントが数人いるから…例えば、村正殿、とか。彼は私ではないが、勝負事には乗ってくれると思うぞ」
「…誰でもいいからと、声を掛けたワケじゃねぇんだが」
「あぁ、なら斎藤くんはどうだろう?彼も聖杯を捧げられているし、何せかの新選組出身のサーヴァントだ。戦うことに関しては私より確実に上だろう。戦士としての勝負も満ち足りたものになると思う」
「はっ!?えっ、いや、え、エミヤさん!?なんでここで僕が出てきちゃうの!?」

それは確かな挑発だ。赤い瞳がぎらり輝いて獲物を携えている。だが残念、私の瞳は鋼だ。そこに火が灯ることもなければただの掃除屋風情でしかない。
どうして私なんかに声が掛かったのかは分からないが、恐らく先程斎藤くんが言ったのと同じ。私がこのカルデアで最初に聖杯を捧げられたサーヴァントであるから。
戦力として正しい実力を兼ね備えているのだと誤解されても仕方ないのだが、こちらは眉を下げてそれを否定するばかり。得意なのは決闘ではなく殺戮でしかないのだから。
大してここに居る斎藤くんならば魔術のない世界とは言え、その剣術一つで身を立てた男だ。戦うにはもってこいの相手だと思ったんだが、あれ?何故か目の前の男から急激に殺気が失われていく。

「…俺はあんたとやりてぇって言ってるんだが?」
「いや、私では実力不足だろうし、君の相手に相応しくないと言っているだろう?勝負事なら他に適任が」
「俺とは戦えねぇってワケか」
「そういう意味ではなく、いやそもそも君と争う理由は確かにないのだが」
「ならいい、俺はてめぇに声を掛けたんだ。それを断られたから誰か別の野郎を、って気分じゃねぇんだよ。邪魔したな」

向けられた槍が静かに下げられる。音も無い所作を美しいと思ったのだが、その冷えた空気は何だろう。さっきまで戦士特有の殺気に満ち溢れていたというのに。
私という個人に何か思う所があったとか?いやでも彼のような英雄と因縁を持った覚えはないし、仮にどこか別の特異点で関係性があったとしても、ここに持ち込むのはルール違反というものだろう。
一体何だったのだろうかと、そう思考する心がまた全て金色に覆われいく。眩暈がした。何故かあの朱槍を、どこかで知っていた気もして。

「あー…もしかして冷戦ってやつ?いやっ、無理に事情聞きたいとは言いませんけど!」
「うん?特に事情はないのだが。とにかく作業を終わらせてしまおう。手伝ってくれたら、そうだな、明日の昼食のメニューを君の好きな物にしよう」
「うっそ本当に!?それならいくらでも雑務手伝っちゃいますけど僕!?え~何にしよ…うわぁ~悩むー!」

箱を手にしながらころころ表情を変える彼にこちらまで嬉しくなってしまう。カルデアで調理を任されたのはほとんど成り行きでしかなかったが。
それでも今や一緒に切り盛りしてくれる仲間がこんなにも増えて、またこんな風に楽しみにしてくれる誰かが居る。酷く幸せなことだと思う。
いつかは終わってしまう泡沫の夢だったとしても、せめて目を覚ますまで大切に慈しみたいと思った。この夢を見るマスターが何より、楽しい夢だったと笑えるのが一番だろう。


***


「アーチャー、飯」
「飯、と言われても、それだけで判別するのは私には難しいな。今日のメニューはこちらだが」
「てめぇの作った物が食べてぇ」
「私の、というと今日は洋食になるが構わないか?」

「アーチャー、何か手伝うことはあるか」
「手伝い、は特に必要としていない。ここはカルデアキッチンのスタッフ用だ。君はここの一員ではないだろう?」
「だとしても何かあるだろう、雑務とかよ。皿洗いとか結構得意だぜ?俺」
「いや君のような者にそんな真似はさせられんよ。手は足りているから、他の場所で暇を潰してくるといい」

「アーチャー、酒が飲みてぇ」
「宴会でもするのか?酒はどれくらいあれば事足りるだろうか。つまみの種類は、すまない。キャットが居たらもっと気の利いた物が作れたと思うんだが」
「違う、てめぇと飲みたいと言ってる、アーチャー」
「私と?いやすまない、生憎酒は強くはなくてね。君の相手は出来ないよ。誰か他の者を誘ってはくれないか。出来る限りのつまみは作るから」

事ある事に、彼は私をエミヤではなくアーチャーと呼び、まるで従来の友人のように話しかけた。可笑しな話だ、私にケルトの大英雄と肩を並べる権利などないというのに。
どこかの戦場で共に喚ばれたりしたのだろうか。私の記録にないから、それが事実かは分からないが。どうにも対応が気さく過ぎる気がしたのだ。
それを何故か悪いとは思っていない自分が居る。どこかで相応しくないと認識する度心がつきりと痛んで、一瞬意識が胡乱に彷徨ってしまうのに。

「なぁ、今日も駄目か?一度でいい、俺と戦ってくれよ、アーチャー」
「何度も言うが、私は君の好敵手になりえる相手では、」
「んなもん俺が決めることだろ?なっ、全力出し切ればお前さんだってすっきりするだろうしよ」
「別にもやもやしているわけでもないのだが…はぁ、諦めが悪いな、君も。分かった、一度だけだぞ」

何度も何度も弓兵、と呼び止められて。それが自分のことだと認識しながら、いつも初めて呼ばれたかのように反応を遅らせてしまう。
そんな私をじっと見定めるように飽きることなく誘いをかける彼に、思わず白旗を振ってしまう。決して手を抜くことなどしまいと思うのだが。
数度打ち合えば私が彼のように戦士らしく真っ直ぐ戦えるような英霊でないこと、認識してくれるだろう。彼の少し後を追うように、シミュレーションルームへと進む。

「せっかくだ。あの日の夜を再現しようぜ」
「あの日の、夜、とは?」
「冬木の校庭だよ。俺とてめぇは、あの夜から始まったんだから」
「――」

彼が何を言っているのか、上手く聞き取れない。彼がモニターを操作するとすぐに辺りは夜に包まれ、美しい月が空を照らしていた。
ここは、学校の校庭だろうか。はて、こんな場所で戦った記憶など――そう思考を溺れさせている余裕はなかった。すぐにその槍がこちらを狙ってくる。
手に馴染む感覚は今もここにある。双剣を握り締めて何度もそれを弾く。例えいくら剣が折れたとしても貯蔵が尽きることはなく、飽きることなく投影を続けていく。
これが私の戦い方だ。武器など消耗品、君のような逸話を持つ高貴な武器など持たない。複製した偽物で、数で翻弄するしかない紛い物。

だというのに――

「ハハッ!懐かしいな、アーチャー!やっぱり俺たちはこうでなくっちゃよ!!」
「――ッ、何を、何を君は、言って、っぐ!」

分からない、どうしてそんなにも楽しそうな笑みをこちらに向けてくれるのか。君は、きみは、私相手にそんな風に笑いかけてくれるような存在ではなかっただろう。
この胸に浮かぶ焦燥は何だろうか。冬の夜空も、学校の校庭も、私にとっては何もかもが新鮮で、こんな戦い初めてだというのに。
身体が全てを覚えている。私以上に、剣がその槍を捉える。起動が、矛先が、確実に私の心臓を狙い穿とうとする。どうしてそれがこんなにも、泣きたくなるくらいに嬉しいのか。

(嬉しい?こんな掃除でもない戦いが?私は英霊などではない、ただの殺戮マシーンでしかないのにっ)

目の前の彼がいついかなる理由で召喚に応じるのか、それは分からない。どんな願いを持って、かの聖杯戦争に呼ばれたりするのだろう。
けれどきっと前提が違う。私のように愚かな願いは抱くまい。きっときっと――こんな風に、ただ戦いを楽しむために戦争に赴くのではなかろうか。
そこに願望はなく、主への憎悪もなく、純粋な強き者との戦いを。あぁ、ならば私は、確かに相応しくない。それに応えられないと心の底からそう叫べる。
だというのにどうして、叫ぼうとした瞬間もう鼓動を止めたはずの心臓が喚くのか。がらんどうの心は何故、目の前の美しい槍兵を求めてしまうのだろう。

「っぐ、あ……!」
「っと!ははっ、盾で防ぐ暇なんて与えねぇぞ、アーチャー!」
「ッ、私の盾すら、お見通しなのか…、…あぁ、それはきっと、本当に、」

魔力を込め盾を展開しようとした瞬間、俊敏な蹴りで薙ぎ払われる。ただ手を翳しただけなのに、それがどうして盾だと分かってしまうのか。
知っているのだな、私という英霊もどきを。私の卑怯で無様な戦い方を知ってどうして、彼はこんな私に声を掛けてくれたのだろう。
何より自分の座にはどうして彼の記録がないのだろう。それが酷くもどかしい。こんなにも彼が煌々と私だけを見つめてくれているというのに。
駄目だ、浅ましい、こんなの間違っている。じくり、じくり、心臓の痛みは強くなっていく。ちかちか瞬く星は金色だ。私はまた何か、欠けてしまうというのか。


「…、…アーチャー?」
「…君、は……私を、よく、知っている、んだな…」
「あ?当たり前だろ。何度こうしてやり合ったと思ってる。てめぇのその、素直になれねぇ性分も嫌と言う程知ってる。だから、」
「そうか…、…どこで、どのように、出会ったかは、分からないが…、…すまない、光の御子殿」
「ッ、あ?んだよ、気色悪い呼び方してんじゃ」
「――私は君を、何と呼んでいたのだろうか。ここに居る私は、君のよく知る私ではないようだ」
「な、に、言って――」
「どこぞの時空で君のような英霊と見えたのなら、その時の私は幸運だったのだろうな。生憎とこの私は、君との記憶を、一切持ち得ていない」


だからこれでおしまいだ、と魔力で編み込んだ剣を霧散させた。このまま拮抗した勝負を続けていては、きっと普通に宝具ですら展開していただろう。
今ばかりは何故か、あのゼンマイ仕掛けの空を彼に見せたくないと思った。どうしてだろうな、目の前のこの男には雲一つない青天が似合うと思ったから。
どうして私は彼との記憶を覚えていられなかったのだろう。いつだってそうだ、大切な物はこの手から滑り落ちていく。いやだからこそ自ら手放した可能性だってある。
彼の呼び方すら覚えていない自分をどうしてこんなにも歯痒く思ったのか。けれど一瞬瞬きさえしてしまえば、その後悔ですら一瞬で金色に塗り潰されてしまうのだろう。


***


「特定の人だけ忘れる毒? いえ、私は聞いたことがありませんが…」
「おおかたあなたが不適切な発言でもしたのでしょう。それでアーチャーも怒っているのでは?」
「俺も最初そう思ったんだがよ…それにしちゃ徹底しすぎてるっつーか、向ける表情が他人行儀過ぎるっていうか…」
「あら、私はそういう類の呪いも毒も知り得ていてよ。でもあなたには似つかわしくないんじゃないかしら」
「そうですね、僕もそう思いますよ」
「何っ!?あんのかよ!っつーか俺に似つかわしくないってどういう意味だよ?」
「だってほら、そういう対象って例えば家族とか、恋人とか、そういうものと相場が決まっているでしょう?あなたじゃアーチャーの大切な人には収まれない」
「ふっ、まさしく正論であるな。あの弓兵と槍兵は幾星霜拗らせれば気が済むのやら…」
「うっせーぞ寄って集って!!」

賑やかだな、と同時に珍しい面子だなと思った。まぁここではどんな不可思議な特異点で絆が芽生えるか分からないから興味深いと言えるが。
騎士王のセイバーと、天馬を狩るメドゥーサと、アルゴー船の魔女メディアと、幼き英雄王と、冬の女神シトナイと、古の門番佐々木だ。
背後で穏やかに会話を聞いているかの大英雄ヘラクレスも居る。一瞬彼と目が合い、軽く会釈すれば目を伏せられた。言葉は分からずとも挨拶は伝わったようだ。
談笑を邪魔してはいけないとこっそりキッチンに忍び込み、そのお茶会を彩られたらと、紅茶と以前焼いておいたクッキーを皿に並べる。手で取って食べられる物の方が相応しいと思ったから。

「談笑の邪魔をしてすまない、良ければ紅茶でもどうかな。今ならクッキー付だ」
「! ありがとうございます、アーチャー」
「わっ、ふふ、さすが台所のアーチャーですね。気が利くな~」
「誰が台所のアーチャーだ、小さき英雄王」
「手伝いますよ、アーチャー」
「あぁ、助かるよ、ライダー。アサシンは緑茶の方が良かったか?」
「いや何、一人別物をというのも無粋なものよ。此度は給仕の趣向に倣うとしよう」
「「――……、」」

クッキーの受け皿をセイバーに手渡し置いてもらう。カップに紅茶を注げばライダーがそれを取り分けてくれた。酷く落ち着ける面子だと気を抜いてしまう。
別の世界線だったとしても、ここカルデアでは多く座の記録を呼び起こせるから。聖杯戦争のない温かな空間のこともこうして重ねられる。
だからキャスターとシトナイの見開いた目が心臓を射貫いていたことに首を傾げながら。紅茶を受け取った槍兵までもが訝し気な表情を向けている。

「? 君も紅茶より緑茶派か?それとも珈琲が良かっただろうか」
「「「えっ」」」
「いや、俺も紅茶でいい…な?言ったろ?すげぇ自然に変なんだよ、こいつ」
「変、とは酷い言われ様だな。まぁ君の時代からしてみれば、私の仕事など不可思議なものだろうよ」

じぃっと赤い瞳に見つめられて、どうしてか一瞬臆してしまう。かの小さき英雄王と同じ色だが、込められている魔力の違いか、とても重ねることは出来そうにない。
その視線を違う形で受け止めていたような気もするのだけど――いや、どうだっただろう。あれ、何だったか、そうだ、とにかく今は給仕だ。
そしてまた別の視線をも投げかけられていることに気が付く。どうしてキャスターもシトナイも歪んだ表情で私の胸元を見つめているのだろうか。

「紅茶の味が不味かったか?」
「いえ、いつものあなたの味よ、美味しいわ…ねぇ、聞くけど、あなたそれどうしたの?」
「それ、とは?何か私は可笑しいのだろうか」
「いいのよ、キャスター。これは事故でも攻撃でもない。アーチャーが自らしたことだわ。なら私たちには何も言う権利はないはずよ」
「――やっぱりこいつ、何かしてやがんのか」

それ、とキャスターに指をさされてもまるで何のことか分からない。特に不調もなくいつも通りであるのだが、どうにもシトナイの溜息が深い。
そして敵意を込めて向けられる槍兵の視線に、思わずいつもの何かを呼び起こそうとして――心臓がつきり痛んだ。すぐに微睡むような金色に塗り替わる。
どこかの特異点では分からないが、少なくともここで敵意を向けられる謂れはないはずだ。私が無意識の内に何かしていなければの話だが。

「教えてあげなーいっ。だってあなたを忘れたってことは、あなたに何かされたからでしょう?そうじゃない可能性も高いけど。私はアーチャーの味方だから」
「そうね、こうまで彼が追い詰められているんですもの。十中八九あなたが何かしたに違いないわ、ランサー。私も彼の料理教室にはお世話になっているから、おいそれと教えてあげられないわね」
「だ~~~っ!!そうだよな、てめぇらはそういうヤツだった!!相談した俺が馬鹿だったよならこっちも勝手にさせてもらうぜ!行くぞアーチャー!!」
「えっ、あっ、行くってどこへ?私はまだ給仕が、っ、おい――!」

私の心臓に何かあるのだろうかと、服の上からそこをなぞってみても何もない。傷痕など、あるはずもない。あれ、どうだっただろうか。
すると突然かの御子が大声を上げ、それに呆気に取られている間に腕を掴まれてしまう。一体どこへ連れて行くつもりなのか。
存外に掴んだ腕の力は強く、振り払っていいものか分からずただ足早に移動させられる。彼の名を未だどう呼ぶべきなのか躊躇したまま連行された。


***


「あー……こいつは上手くやりやがったなぁ?アーチャー」

連れて来られた先はキャスターのクーフーリンの部屋だった。確かに彼も魔術師であるから、もし本当に私が何かに犯されているなら見破る相手としては妥当だろう。
僅かに違った色合いと在り方。自分とオルタともまた違った二人のやり取りに口を挟めるはずもない。自分自身、何も異常はないと認識しているのだが。

「上手くってどういうことだよ?毒でも呪いでも霊基の不調やらとでもねぇのか」
「違う違う。だって異常は見られねぇだろ?俺が感心するのはそのただ一点だ。何をそんな槍持ちの俺と諍いがあったか知らねぇが」
「…?私が、彼と諍いを?…するような仲、ではないのだが…因縁めいた相手でもあるまいし」
「それこそが可笑しいんだよ。だからな、赤いの。お前さんは自分の――その運命を忘却してるんだ」

彼は一体何と告げたのだろう。言葉の一部分が世界に塗り潰されたように聞こえなくなる。だが耳に入らなかったということは、些細な事実ではなかったのだろう。
そう判断したいのに、隣の槍兵は今まで見たことのないくらいに目を大きく見開いている。ぎゅっと握り締められた拳は一体何を指しているのだろう。
焦燥か、憤怒か、後悔か。何にせよ自分には身に余る感情だなと思う。何故そう思ったかは分からないが、この不安もどうせすぐ忘れるはずだ。

「心臓にオルタの弓兵の魔力が走ってる。何も特別なことはしてねぇよ。ただオルタの自分と同調して、あいつの魔力を分けてもらったんだろう。だがそれをわざわざ心臓に走らせてる。そこがミソだな」
「心臓…、…だから、俺のことを忘れてるってのかよ。なんで、」
「お前との運命が嫌になるほどの現実に直面したってことだろ。こいつは痛みを外ではなく内に向ける。そういう信念だって知ってるはずだろう?俺」
「――ふざけるな!こいつは俺だけの運命だろッ」

会話の流れも意図も分からない。都合よく自分に不利な部分だけ記憶から除去されていく。ただ憐れむようなキャスターの視線と。
それに相対するような槍兵の身を焼くような怒りがこちらにも伝わってくる。びりびりと身を焼くような感情は凄まじいといっそ感嘆すら覚える。
私にはついぞ持ち得なかったものだ。例え手にしたとしても自らドブに投げ捨てたことだろう。私には不釣り合いで相応しくない慕情に違いないから。

「…すまないが、話の意図が見えない。蚊帳の外のようだし、もう戻ってもいいだろうか」
「あぁ、悪かったな。無理やり連れ込んでよ」
「おい待てッ、こっちの話はまだ何も終わっ」
「ここで何をしてもすぐに忘却されるのがオチだろうが。もう少し頭使え、槍持ちの俺。ただがむしゃらに突っ込んでも何の解決にもならねぇぞ」

キャスターの自分自身に言い包められている槍兵というのも、なかなか不可思議な光景ではあるな。それにしてもさすが森の賢者と光の御子だ。
並ぶとその神々しさに眩暈を覚えそうだ。顔が良いというのはこのことを指すのだろう。だからと言って何かあるわけでもないのだが。私にこのような感想を抱かれても困るだろう。
特に給仕をや雑務を必要とされていないのなら、この場に居る意味もないだろうとその部屋を後にした。背後に強過ぎる視線を浴びながらもそれを無視する以外の方法など知らないのだから。


***


最近どうにも胸に穴がぽっかり空いた気がする。霊基のどこにも不調はなく、調理もいつも通りであれば、素材借りの周回も滞りない。
だが時折視界の端に移る青を追おうとして、すぐに胸が痛む。そして自分が何かに手を伸ばそうとしていたことだけが状況から察せられるのだ。
一体この指は何を掴みたがっているのだろう。ただひらひらと、翻る青を探してしまうのだ。自分とは正反対の眩い色だと認識していながら。
ぼうっとした面持ちで通路を歩いていたら、ふと身に覚えのある魔力を感知した。だがそこにはかの客人が居たため、間に入るのを躊躇ってしまう。

「おいオルタの弓兵、今すぐあいつのアレ、剥がしやがれ」
「これはまた物騒な脅迫だな?そんなんじゃ腐っていないオレに愛想を尽かされても無理はないだろうよ、青い槍兵」
「てめぇの仕業だろ。あいつが俺を忘れちまったのは」
「望んだのはアレ自身だ。オレは手助けしてやったまで。自分の過ちを棚に上げて何をほざくか」
「過ちだと?」
「勝手に忘れ去られて憤る気持ちは分からんでもないがな。何が原因でこうなったか思い当たる節はないのか?例え力づくで金継ぎを剥がしたとしても、原因を除去出来なければまた同じ轍を踏むだけだぞ」
「それは――その通りだ」

青い槍兵と相対しているのはオルタの私だった。私の与り知らぬ所で因縁でも出来たのだろうかと影から見守るが、あまり良い雰囲気には見えない。
また黒い私がその忘却癖で迷惑をかけてしまったのかと、仲裁に入ろうとも思うのだが。どうにも会話の流れが不明瞭だ。理由も分からず間に入って良いものか。
すると黒い私の背後からぬっと現れた巨体にぎょっとしてしまう。更なる混乱を生みかねないだろうか、いやでも黒い私の守護神としてこんなにも頼りがいのある相手はいない。

「――オイ、こいつに八つ当たりするな。てめぇの不甲斐無さを棚に上げて、己の失態だろ」
「…俺が、一体何をしたってんだよ…」
「ハッ、おめでたいオツムだな?まだ分からないのか。どうして腐っていないオレも、こんな身勝手なヤツになんか…」
「何かしちまってたんなら、誠心誠意謝罪がしたい。だから教えてくれ。どうしてあいつは、あぁなっちまったんだ」
「…何、簡単なことだよ。アレはあんたと運命で居るのが嫌になるくらい、深く傷付いた。あんたにとっては些細な嫉妬でも、残念なことにアレにはそう映らなかった」
「――傷付けた、俺が…、…あぁ、そうか、あの日の、あれが…、…ちっ、てめぇの狭量からくる酷い嫉妬心でこのザマとは…確かに情けねぇなー」

狂王がオルタの私を守るように背に立つ。大きなマントと刺々しい尾はそれだけで頑丈な鎧に見えた。どうしてその二人の姿がこんなにも、泣きたくなるような情景に映るのだろう。
自分はこんなにも、独りきりだというのに。馬鹿な、私はいつだって孤独だったではないか。ただこのカルデアという場所が、それを忘れさせてくれたに過ぎない。
この場を去ろう。ここでは私の方が異色に違いないのだから。この焦燥もきっとどうせ、瞬きの間に消え忘れることだろうから。

「アレはあんたを思い浮かべようとした瞬間、強制的にその記憶を忘却させられる呪いだ。忘却するよりも早く物量で攻め立てろ。あるいは届くかもしれないぞ?その心の臓にな」
「速さと手数か…速さは俺の独壇場だが、手数においちゃあいつに分があるな」
「それでも諦める気はないんだろう?」
「当たり前だろ。あいつが俺の運命じゃないなんて――そんな世界認められるかよ。悪い、邪魔したな。それと助かった」
「礼など不要だ、気色悪い…まったく、呆れた不器用さだな。クーフーリンは皆そうなのか?」
「さぁな。俺は俺しか知らねぇし、運命はお前だけしか知らない。知らないままでいい、それ以外は不要だ」
「物好きで悪食だな、それにしても腐っていないオレも往生際が悪いというか…クーフーリンが運命などと、このオレですら忘れられなかった傷痕だというのに」


***


自分が陥ってる状況について、周りの反応から察するに、私はあの槍兵との記憶を忘れているのだろう。その仮説に行き当たった。
方法はどうあれ、問題は何故という所だ。聞くに私は自らこの状況に追い込んだらしい。事故でも破損でもなく、自分自身で彼との思い出を消し去った。
ならきっと、彼との思い出を所持していて困るような不具合が発生したのだ。恐らくではあるが、最近の自分の不調具合からそれを察せてしまう。

(恐らく私は――かの大英雄に厚い友情のようなものを抱いてしまったのではないか?それなら合点がいく。身分不相応にも程があるし、何より迷惑を掛けるような真似はしたくないものな…)

どのような経緯で絆を――そう考えて瞬きをした瞬間、記憶は除去される。よく出来た呪いだな、と感心してしまう。これも胸元に走る金継ぎのせいなのだろうか。
汚れた汗を流すためにシャワーを浴びようとして、胸元に走るそれに気が付いた。傷痕のように走る金色は無機質なようでいて、確かな魔力を宿している。
その温かさはまるで私を守る盾のようにも感じられたから。これは一体何から私を守った気でいるのだろう。これ以上分不相応の夢を見ないためにか。

(大きなお節介と言えないのはきっと、あれなりの不器用な気遣いからか…ならきっと、このままの方がいいのだろう)

私ではない自身の魔力が胸元を温めていく。時折痛むのは彼の魔力らしかったが、痛みを伴わなければ私とて学べないからだろう。
夜のキッチンで一人、残り物の片付けやら器具の調整に精を出す。この孤独な時間が堪らなく愛おしかった。一人静かに作業に没頭出来るからだろう。
何物にも脅かされることのない空間で、自分を苦しめる思いはすぐに忘却させられる。それでもどうしてか、その思いを惜しいと未練がましく抱いてしまうのだろう。

(彼のどんな箇所に好感を抱いたのだろうな――…、……あぁ、まただ。駄目だな…記憶に欠落がある、ということは…また私は性懲りもなく、彼について考えていたんだろう)

ぷつぷつと記憶の糸が途切れている。日常生活には何の支障も見られないのだから、異変を感じ取る者も少ない。だから何も問題はないはずなのだ。
けれど私自身がどうしてか興味関心を抱いてしまう。自ら捨て置きながらそれを拾い上げようとしてしまうなんて。努力を水の泡と帰すつもりなのか、馬鹿らしい。
けれど青が、視界の端をどうにもちらついて消えてはくれないから。その度にこうして何度も無意味な焦燥を抱いている。彼は間違いなく眩い英雄だ。
私なんかとは在り方に差が違い過ぎる。それでも、それでも――こうして何度忘れても、手を伸ばしてしまうのは。人はそれを、運命と呼ぶのではないだろうか。


「よう、邪魔するぜ」
「――ッ!?」


びくりと大袈裟に肩を揺らしてしまった。正に思い描いていた渦中の人物に声を掛けられ、冷静で居られる方が難しかっただろう。
いや、恐らく考えていたはずだ。覚えてはいないが。困惑に染まった表情で恐る恐る振り返れば、そこには少し困ったように笑う槍兵が居た。

「す、すまない、考え事をしていて…何か夜食か?それとも酒か、摘まみか」
「いや、どれでもねぇ。こんな夜遅くに更にてめぇを働かせるような真似はしねぇよ」
「そ、そうか。だが私に用など、それ以外に何かあるだろうか」
「用、用ねぇ…用がねぇと、俺はてめぇに声を掛けちゃいけなかったか?」
「そ、んなことはないが…、…すまない、私は自他ともに認める皮肉屋だからな…君と普通の日常会話が出来るか自信がない」
「ははっ、てめぇが皮肉屋なんてこの俺が一番よく知ってるさ。だから気にせず自然体で居てくれ」

どう接するべきか分からず困惑する。記憶を失う前の私は彼に叶わぬ恋心を抱いていて、けれど今の私はそれを他人事のようにしか思えないただの知人だ。
彼とどんな距離感で居たのかすら分からない。私はその他大勢のサーヴァントに対する接し方しか分からないのだが、彼はそれを不服には思わないだろうか。
何をするでもなくカウンターに座りぼんやりと観察される。何を求められていないというのも居心地が悪い。一人静かに休憩したいのなら私の方こそ異物であるのだろう。
だがただ一つそれを後回しにしていた自分が憎たらしい。ここで残った汚れた食器類を放置する性格にはなれそうにないのだ。明日当番の負担を増やすような真似だけはしたくないから。

「それで終わりか?」
「あ、あぁ、皿を洗い終わったら今日は営業終了だ。すまない、すぐに終わらせて席を」
「なぁ、それ俺も手伝っていいか?」
「は?…あっ、いや、君のような者にさせる真似では」
「まーまー、固いこと言うなって。これでも俺結構バイト経験あるんだぜ?」
「バイト…?…えっ、バイトって、あのバイトか?私の認識で合っているか?」
「あぁ、そのバイトで間違いないと思うぜ。ま、現代に喚ばれたのも一度や二度じゃねぇってワケだ」

スポンジに洗剤を付けしっかり泡立てる。いつも以上に効率重視で皿を洗っていたら、カウンターをひょいっと乗り越えかの槍兵が調理場へ入り込んでいた。
その身軽さにぎょっとするも、手伝うなどと言われ反論を失ってしまう。ここは確かに輝かしい英霊が集っているが、マスターのためにと生活しているのは誰しも一緒で。
皆が自分に出来ることを精一杯こなしている。だから例え彼が大英雄だろうと、ここでは私と同じ。ただの構成員に成り下がるから、手伝いを跳ね除ける言い訳を失ってしまう。
私と同じように手慣れた手付きに思わず釘づけになっていたら、彼はからから笑って思い出話をし始めた。それは私にとって新鮮な出会いでしかなかった。

「俺とてめぇはな、アーチャー。他の世界でもこうして一緒に並んだことがあるんだぜ?バイト先のキッチンでな」
「バイト先?私は、君と同じ場所で働いたことがある、のか」
「キッチンの人間が体調不良でどうしても人手が足りねぇってんだな。俺がてめぇに頼み込んだ。皮肉皮肉、また皮肉の応酬を続けてようやく首を縦に振ってくれたがな」
「想像に容易いが、よくそんな男の助力を請おうと思ったな、君も」
「そうか?てめぇの料理の腕がいいのは知ってたしよ。口ではなんだかんだ言いながら断らないって自信があったからかもしれねぇ」
「断らない?…、…私はそこまで、君と親しかったのか?二つ返事で許諾するほど?」
「まさか!二つ返事なんて貰ったことねぇよ。でも人手不足な店を前に素通り出来るような性格でもねぇだろ?まったく、器用貧乏っやつは変わらないのかねぇー」
「ぐっ、そ、それは多大な勘違いだと進言しておこう。私はお人好しなどという柔らかなものではないよ」

確かに不思議だなとそう思った。こうしてあまり接点のない英霊の隣に立つこと、僅か緊張が走っても可笑しくない。地雷を踏んでしまわないか、慎重に距離を縮める必要があると感じるのに。
彼に大しては自由でいい。何をも遠慮することなどないと、どうして先に身体が動く。今こうして洗い終わった皿を自然に手渡せば、慣れた様子で皿を拭き始める。
彼と距離を置くためには、魔力の消耗云々言わず食器洗浄機でも投影しておけばよかったのに。どうしてか私は彼の来訪を惜しいと思ってしまったのだ。

「はっ、そりゃ自分じゃ認めねぇだろうがな…俺がウェイター、てめぇがコックの日は割と売上良かったんだぜ?店長に臨時収入貰えたりしてよ」
「わ、私がその店に貢献出来ていたのならいいのだが…君は、現代に余程馴染んでいるように見えるが、どんな生活をしていたんだ」
「色々やったぜ?いい暇潰しにもなったしな。花屋だったり魚屋だったり、まぁ他にも色々な」
「それは…、…想像し難いな。今ここに居る君とそれらが、どうあっても重なりそうにないが」
「俺が色んなバイトに手を出す度にてめぇはわざわざ顔を出して、それはもう捻くれ曲がった文句を垂れ流して去っていったっけなァ…まぁ魚屋で働いてた時なんかは魚を見繕ったこともあったか」
「それを聞くに私と君の相性はあまり良くなかったように聞こえるが…それにしたって、魚屋…ふふっ、アルスターの御子ともあろう君が、不可思議な因果もあったものだ」

見目麗しい彼のことだから、現世の装いもそれは似合ったものだろう。あまりに浮世離れし過ぎている気もしたが、きっと女性たちが放っておかなかっただろうな。
そんな妄想にまたツキリと心臓は痛んだ。あぁまた、私は何かを忘れたのだろう。彼がバイトの最中で着込む装いは想像出来るのに、顔がぼんやり滲んだままだ。
当然だ、覚えていないのだから思い浮かぶはずもない。だがそんな私の横顔をじっと見つめる彼の表情は、柔らかすぎて一瞬呼吸を忘れてしまう程だった。

「冬木は、覚えているか」
「っ、あぁ、覚えている…幾度か喚ばれた記録がある」
「そこで最初に出会った。あぁ、こう思い返すとなんだか懐かしい気もしちまうな…夜の校庭でまだクラスすら知らないてめぇと戦った」
「夜の校庭、と言うと、この間のシミュレーションのようなあれか?それはきっと、私らしい姑息な戦法で君の戦意を削いだことだろうよ」
「いいや、真逆だった。俺はそん時、マスターに業腹な命を受けててよ、正直鬱憤溜まってたんだ。それを晴らさせてくれるような、初めて、戦士と向かい合って戦えた気分だった」
「っ、それは、買い被りすぎだろう…例え初戦でなかったとしても、私の先方は想像に容易い。勝利の方法に拘ることすらしない、卑怯な真似だってしてみせたはずだ」
「まぁ何度弾いてもまた剣を生み出すのはさすがに卑怯と思ったがなぁ?セイバーらしい高潔さはねぇ、手数の多さにアサシンかと思ったがそれにしちゃ堂々としてやがる。なんなんだよ白兵戦に慣れてるアーチャーって、せめて弓出せや弓」
「ふはっ!それはすまなかった、弓は狙撃の時にと決めていたからかもしれんが、君相手にそんな余裕はなかったんだろうよ」

まるで従来の友人のようにからから笑って見せる男は、あまりに清廉で眩すぎた。本来の私なら絶対にお近づきになりたくない陽のタイプだ。
だというのに今はその記憶がないからか、私も彼も酷く穏やかで。口汚く罵ることもなければ、皮肉に喧嘩でぶつけることもない。可笑しなものだ。
そう、この空気感こそ可笑しいと感じるのに。違和感を感じた些細な感傷はすぐに消え去る。だが確実に、先日の戦闘だけは思い出せた。
あの時の私を射貫くような視線は、まさしく獣のそれだった。戦士として獲物に選ばれたことを光栄に思うべきなんだろうが、どうにも食い散らかされそうな錯覚が拭っても消えそうにない。

「他にもまぁ、延々と四日間を繰り返す冬木で、英雄王を交えて釣りバトルが開催されたりな」
「なんでさっ、え、何で?英雄王、英雄王?小さい方でも賢王でもなく、あの金ピカとか!?」
「他にもまだまだあるぜ?月の聖杯戦争では、その後何故か陣営取り合いの紛争になってよ。てめぇと二人、同じ領地で両翼を任されたりな」
「君と私が?…、…前線と後衛とで役割があまりにも違い過ぎる気もするが…それは酷く、光栄なことだっただろうな…」

彼の口から語られる思い出は、どれもこれもが他人事。でももし彼の思い出の中に私が居られたならば、いつものようにしかめっ面をしながら、それでも。
きっとその出会いを楽しんだに違いない。穏やかな横顔も、豪快な笑顔も、殺気に満ちた視線も、どれも等しく浮かれるに違いない要素でしかなかった。
だから私は、それを忘れたがったのか。記憶から除去してしまえばもう二度と、不埒な下心を抱くまいと信じたのだろう。自分の心情を今更ながら自覚する。


(あぁ、厚い友情などと生温い…私はこの男のことが――好きだったのだな…だからこそその存在を忘れてしまいたかったのだろう)


どのようにして特定の人物だけを忘却たりえたのか。彼は私の家族でもなければ恋人でもなく、ただの赤の他人でしかない。けれど何か、深く結びついてしまった要素があったのだろう。
彼自身に働きかけるような真似は出来まい。彼はこのカルデアに於ける大切な戦力だ。だが私はどうだろう。ただの掃除屋もどき、替えなどいくらでも居る。
だから霊基が破損しても何の問題もない。私と彼の関係性が変わったとしても誰にも迷惑は掛けまい、そう判断しての行動だっただろうに。
どうしてそんな惨めな私のことを放っておいてくれないのだろう、この男は。相性の悪い皮肉屋のことなど、捨て置いてくれたなら、そうしたら、私は、

「アーチャー?」
「ッ!あぁいや、何でもない、気にしないで、くれ、」

くらり、眩暈がした。あれ、何だっけ、何を考えていたんだったか、私が。胸元がずっとズキズキと痛み続ける。霊基の不調など聖杯を捧げられてから久しく感じていなかったはずなのに。
そうだ、皿洗いだ、早くこれを終えてしまわないと彼を解放してやれない。けれどどうして彼が手伝ってくれるようなことになったんだったか。まぁあまり深く考えてはいけないことだろう。
忘却とはいい麻薬だ。抱いた感情を相手に隠し切れないと悟ったか、もしくは報われるはずがないとようやく認めたか。理由などきっと何でも良かった。
あぁ、駄目だ、酷く疲れている。彼との記録は思い出せない癖に恋煩いだけを思い出してしまうなんて。本当、愚かにも程が…、…恋?誰が、誰に?

「…、…また、忘れちまってるのか?俺のこと、」
「えっ?あぁ、いや、どうだった、かな…すまない、私は普通の英霊ではないから、きっと摩耗しやすくて、そのせいで、」
「違う、俺が傷付けた。だから――悪かった、アーチャー!この通りだ!」
「えっ!?なっ、なんだいきなり!?今の流れで謝罪とか意味不明にも程があるぞ君!謝罪される謂れなど何もないだろうに、」

ぼんやりしていたら心配するような声音を掛けられた。彼とてお人好しまではいかなくとも、非情な一面を持っていようとも、こうして同僚を助けてやれる懐の広さがある。
だから、それでいいじゃないか、それで充分過ぎるくらいではないか。だというのにどうしてか、痛む、ずきずきと心の奥底が何かを訴えかけるように。
そうして直角に頭を下げられた見事な謝罪に今度はこちらが慌てるばかりだった。一体今の会話のどんな流れで彼の謝罪が挟まる隙間があったというのか。

「俺はな、アーチャー。胡坐かいてふんぞり返って余裕ぶっこいてたんだわ。てめぇが俺の運命だと、だからこんな境地まで至れたとな」
「いやっ、な、何…?私が君の――何だと言うんだ、一体、」
「余計なお節介も世話焼きも煩ぇくらいのお小言も正面切って戦えるヤツも、てめぇの全ては俺のもんだと。だがここにはあまりに、英霊が増えすぎた。そりゃ自然とてめぇが構ってやりたくなるようなヤツから、俺以上に縁が深いヤツも現れる」
「ッ、それは、お互い様、ではないかね?君とて同郷出身の者くらい、」
「それでも、俺の運命はてめぇだけだ。多くのサーヴァント達の世話に追われ、俺と過ごす時間が減っていき、だからみっともなく――嫉妬した。焦ってたのもあるんだろうな。てめぇが誰かに取られちまう可能性も0なんかじゃねぇのに」
「は、はぁ?わ、私はそもそも、アラヤの物で、誰かの物になった覚えは」
「そうだ、浮かれてた俺はそれを告げることすら忘れていやがった。勝手に嫉妬して、誰彼構わずその可愛らしい笑みを向けるなって、叫んだ我儘が恐らくてめぇの――その脆い心を傷付けた」
「…私は、傷付いて、など、」
「てめぇがそんな形して本当は酷く繊細で、誰よりここを大切にしてるって知ってたのにな…だからそれを壊すくらいならって、矛先が自分自身に向いちまうこと、俺は、俺だけは、知っててやらなきゃいけなかったのに、」

何を、何を言われているのかまるで分からない。何だ、私が傷付いたって、言うに事欠いて繊細だの何だの、一番私に相応しい言葉ではないだろうに。
違う、何を言われても覚えていられるはずがない。瞬きを一秒繰り返せばほらまた、何をも思い出せなくなる。だというのにどうしてか、目の前の彼の方こそ傷付いているように見えた。
誰に哀しみを負わされたというのか、あぁ、ここには私しかいないものな。また私はきっと余計なお節介を焼いてしまったのだろう。彼に指摘されるまで、自覚すら出来ないなんて。
ぐるぐると記憶が掻き乱されて気持ち悪い。心臓が馬鹿みたいに痛くて苦しい。けれど何より、君にそんな顔をさせてしまう私を私自身が一番撃ち殺したくて仕方ない。


「だからアーチャー、もう我儘言わねぇ。嫉妬しちまうことはあるだろうが、文句は言わん。好きにここで生きてくれ、今までがそうであったように。自由に誰かの世話を焼いてお節介を振り撒いて、その料理で誰かの胃袋掴んじまってくれよ」
「――……、わたし、は、」
「だけどな、てめぇの運命だけは誰にも譲れねぇんだ。その心臓も、身体も、心も全部、俺のものにしたい。お前の特別が、俺は欲しい」
「…………な、ぜ、」
「んなもん決まってるだろ。俺がお前を、好きだからだ、アーチャー!あぁ、ようやく言えた。これを言えてなかったから、こんなにも遠回りしちまってたんだよな、我ながら情けねぇ~」


何を言われたのか、何をしてしまったのか、それを思い返すことは不可能で。けれどきっと私がまた余計なお節介をして首を突っ込んだに違いない。そういう性分は変えられない。
だというのに、きっとそれに君は傷付けられたはずなのに、そんな私を許すというのか。あろうことかありのままの、今までの私なんかを望んでくれるというのか。
あぁ、なんて心の広い男だ。大海原のような、広大な青空のような。何にせよ私には似つかわしくない美しい青だ。その中心で爛々とした紅玉が細められて笑っている。

「色んな世界線で散々その隣をぶん取っておきながら、告げたのがこれが初めてなんてなぁ…格好付かねぇや。笑ってくれるなよ?てめぇに笑われたら、多分普通に凹んじまう」
「――笑わんさ。意気地なしだったのは何も君ばかりじゃない。君に嫌われたくないと、足掻くことすら忘れて逃げ出した、私の方こそ女々しいばかりだ」
「いや、傷付いたんなら何も歯向かうばかりが手段じゃ……あ?」
「私はきっと、君のその懐の広さに甘えて、何をしても何を言っても許されてしまうような気がしていたんだ…馬鹿みたいだろう?こんな私相手でも、君がまさか嫉妬してくれるなんて、そんなこと露にも思わないくらい…私は現状で満足し、君を本当の意味で見ようとはしなかった」

ぱきり、ぱきりと服の隙間から金継ぎが剥がれて床に落ちていく。あぁ、忘却よりも運命が上回ってしまった。私は自ら抱いた心を、潔く壊すことすら出来ない情けない男だ。
消すのではなく、忘れることを選んだ。それはきっとここではないどこかで、君の喚ばれていない世界でなら、思い返しても許されるだろうかと縋ったに過ぎない。
私はきっと君との運命に甘えていた。忙殺を言い訳にして、君との時間が減ったことに気付いていても、特に君は気にしないだろうとこの独りよがりの恋をそう決め付けていた。
でも違ったのだな。こんな消耗品の私相手にも何故か君は執着してくれて、可愛げのない私を見捨てることなく、声高らかに運命と宣ってくれるのなら。私もそれに応えてやらなければ、それこそちっぽけな矜持が廃るというものだ。

「君には良くて戦友くらいに思われていれば重畳、だから気付かれるか君に迷惑を掛けたその瞬間、終わらせなければいけない恋だと思い込んでいた…君が私に向ける視線を侮って、執着の深さを見誤っていた。私はいつの間にか…立派な君の獲物になれていたのだな」
「獲物って、いやもうちっと言い方があるだろ…おいてめぇまさか、俺のどの伝奇を読みやがった!?嫁取り云々の件はありゃちーっとばかし誇張表現されてるが今世にまで持ち出す気は」
「…どうだろうな…仮に私が嫁に行くとしたら、両親は、そうだな、アサシンとアイリスフィールに頼むか。快い挨拶を頼むよ。後は姉としてシトナイが、中身は違うが元主としてイシュタルが、契約者としてセイバーも同行しそうな気が……空気を読み取ってジャガーマンも現れそうだ…後はパールヴァティーと、不服な表情を隠しもしない村正殿も、」
「待て待て待て待て俺を殺す気か!?本当はてめぇかなり怒ってんな!?シャレにならねぇ試練を課すんじゃねぇよ!!俺はヘラクレスじゃねぇんだぞ!?」
「本当に私を思ってくれるのなら、それを乗り越えるくらい容易いものだろう?それとも何か、怖気づいて逃げるのか?クランの猛犬ともあろう君が尻尾を巻いて?」
「てっめぇ~~~…思い出したかと思ったらよく回る口だなァ!おういいぜ何でもやってやろうじゃ、…ッ、あ?」

自分の心に芽生えた感情をどう消化すればいいのか必死になって、きっと相手のことを見てやることが出来なかった。彼相手に逃げるなど悪手でしかなかっただろうに。
だからもう今度は逃げない。立ち向かわなければ、君の運命として相応しくないだろう?くつくつ喉を鳴らして、調子を取り戻してきた自分の二枚舌に笑いながら。
激高する彼を宥めるように、その隙を突いてちゅっと可愛らしいキスを頬に送った。君ともあろう者が私相手に遅れを取るなんて。唖然とした表情は僅か幼さすら垣間見えて可笑しいな。


「ふっ、冗談だ。周りに何と言われ様と、ランサー。君が私の――運命だ。君との記憶を一切忘れても、隣に並ぶだけでこうしてまた好きになった。それこそが答えだろうよ」
「~~~ッ!いくら何でも調子取り戻し過ぎじゃねぇの!?こんのスケコマシ!!俺の純情を弄びやがって…!」
「君の純情、だと…?悪いことは言わない、それは勘違いだランサー。君に純情など備わっているはずがない。せいぜいが欲情と言った所だろうよ」
「おう言ったな!?じゃあこの後その欲情とやらをたっぷり味わってもらおうじゃねぇか!てめぇ自身の身体でな!!」
「発言が親父臭いぞ貴様…生憎と私は明日も早い。朝食当番を任されているからな。今夜はこれで失礼するよ。君もさっさと寝たまえ」
「この流れで解散はどうあっても可笑しいだろ!?てめぇこそ情緒ってもんがねぇのかよ!しっくりじっぽり愛を確かめ合う場面だろうがっ」
「少しは声のボリュームを抑えたまえ深夜だぞ。その言い草本当に現世に染まりすぎだろうが…そういうのはちゃんと、ムードや日取りを大切にしてだな…」
「んな事言ってるとまたてめぇがうじうじ悩み出してやっぱり無かったことにとか逃げ出す算段考え始めるだろうが」
「私のことを恐ろしいくらい理解しているな、君は…まぁでも、さすがに腹は括ったからな。いつか良き日に立ち会えたら、その時は私の全てを君に明け渡そう」
「良き日っていつだよ」
「さぁ?私の調理当番もなく二人ともイベントの特攻サーヴァントに選ばれてなければ周回要員として呼ばれていない時だろう」
「ハードル高くねぇ?何だかんだ意味不明特異点は沸いてくるしよぉ…分かった、妥協してやる。とりあえず今日は一緒に寝るだけ、な?」
「たわけ。即物的な貴様がそれで満足出来るはすがなかろうッ、仕舞いには先っぽだけなどと吠えかねん。却下だ却下!」
「…てめぇも俺のこと理解し過ぎじゃねぇ?もう愛しさ天元突破し過ぎて股間が痛ぇんだけど…どうこの責任取ってくれんだよ」
「やめろ馬鹿うわ見せつけるなデリカシーや情緒ってもんがないのか君は!言っておくがこの神聖な調理場で事を荒立てようなどと考えたら――貴様のそのブツを使い物にならなくしてやるからな」
「本気の殺気やめろますますヤりたくなっちまうだろうが!!てめぇこそ本当に俺を煽るのが上手いよなアーチャー!!」


ぱらぱらと剥がれ落ちた金箔はいつの間にか言い争う我々の脚によって、踏み潰され粉々に霧散していると気付けないまま。深夜夜更けの攻防戦は賑やかに続いていく。
君こそが私の運命で、私こそが君の運命だ。例え何があったとしてもその事実だけは揺るがないのだろう。私がどう足掻いても、きっと君が引き摺り戻してしまうから。
いつもの変わらぬ日常の影で、ふとした瞬間彼がこちらを見つめている。それに私はこっそり、後でなと合図を送る。そんな蜜月なやり取りに彼の瞳は蕩けたように笑うのだろう。
だがその奥に確かな情欲を感じ取りながら、まったく厄介な相手に惚れ抜いたもんだと。後悔など何一つないままに、私は身も心も彼に捧げてしまうのだろう。




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  • May 18, 2023
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