こぼしたのは、宝物。
落し物を拾って囲う弓の話。
ベッターで診断メーカーのお題お借りして連載風味でやっていたSSをまとめて、加筆修正して完結させました。軽くて緩いお話です。
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彼によく似た青い宝石を拾った。
別段珍しいことなんてない、良くある些細な言い合いになった際、しびれをきかせた彼が去った後に小さなこれが一粒落ちていたのだ。
始めは凛の落し物かとも思ったが、何の魔力も感じないただの宝石だったので、不思議に思いながら一先ずズボンのポケットへとしまって後程持ち主を探そうかと思ってい、そのまま忘れていた。
こぼしたのは、宝物。
「あー、そうかい!めんどくせぇやつだな!」
「君が短絡的すぎるんだ、待て、話はまだ終わっていないぞ!」
「俺は話すことなんざねぇよ!」
踵を返した青色は足早にその場を去っていく。どうにもこうにもウマが合わないものだ、数えるのも馬鹿らしい程の言い合いを終わらせるのはいつの間にか彼の役割になっていて、言いたいことはあれど言うに値しないと表すように背を向けるのが終了の合図だった。
「また喧嘩したの?あんた達」
廊下の曲がり角から現れた猫目の空色に息を止め、その周りに寄る美の大敵にすっと憤りが冷めていく。鼻から吸った空気を口から吐くと同時に尖りを和らげた肩先で、ワントーン鎮めた喉を震わす。
「凛……すまない、騒がしかったか」
「もう慣れたから構わないけど、よくまぁそんなに喧嘩する種があるわね」
呆れた響きで溜息を疲れ、苦笑を返すしかない。自分でも驚くくらい、私はランサーに対しては怒りが振り切りやすいらしく、小さな言動ひとつひとつが気に触って仕方がなかった。
「いちいち目に障ってしまってね…抑えようとは思っているのだ、が……」
ランサーがいた所へ目をやって、小さく光る粒が目に映る。不思議そうに首を傾げる凛を置いて、手を伸ばしてそれをつまみ上げれば、いつぞや拾った宝石と同じものがそこにあった。
「あら、綺麗な宝石……アーチャーの?」
「いや……」
「じゃあランサーのかしら?ねぇ、ちょっと見せて」
小さく白い手をひらめかせ渡せと言ってくる凛に、何故か“渡したくない”と思ってしまう。理由はわからないが、どうしても、これだけは渡したくなかった。
頷くことも渡すこともせず固まった私を見て少女は眉を寄せて、指につまんだ宝石よりも明るい青を細める。思案するように私へ視線を這わせ、突き刺さりそうな眼光を瞼で覆い隠してやっぱりいいわ、と呟いた。
「その宝石、あなたの宝物なら素直に言いなさいよ。盗っちゃうところだったじゃない」
「たから、もの?」
「盗られてなるものかっ!って無意識に警戒心バリバリにしておきながら何言ってんのよ。たまには素直になることを学びなさい。あんたも、ランサーも」
サーヴァントは素直になっちゃいけない規則でもあるのかしら、とこれみよがしに溜息をついた凛は居間にいると告げ、黒髪をたなびかせて歩き去る。軋む廊下の音を聞きながら、は、とやたら熱い息が零れた。
「宝物……これが?私の?」
ただ落ちていたのを拾っただけの、持ち主不明、詳細不明な宝石だ。ただ危険性は窺えなかったから保護しているだけの、持ち主が現れたら返す代物を、宝物だなんて思っていない。
思ったことがあるとすれば、あまりにも透き通った青をしているから彼に似ているなと、それだけで。
「……その言い方では、彼が宝物のようだぞ、凛」
あんなに何度も何度も呆れ、幻滅したように目の前で幾度も顔を顰めてくる男を、私は、大切に思っているというのか。そうだとしたらそれはあまりにも滑稽で、一方通行の矢印を形容する少年少女が好むワードがチラついて、宝石を握り砕きそうになった。
拾った宝石は増え続け、貰い物の飴が入っていたガラス瓶に一時保管していった末、とうとう半分ほど貯まろうとしている。
私が両手の指を組んで包む円幅に、高さは手のひらより少し小さいくらいという、菓子瓶にしては少し大きめのそれに、半分も貯まっているのに誰ひとりとして落としたことを零しているのを見かけない。
「君は誰の物なんだ?」
今日もまた、一粒拾った。それを蛍光灯の光にかざしながら、青を瞳に入れつつ話しかけてみる。勿論、返事などはない。
街中でコンクリートの上に落ちていたりするのも時折見かけては拾っているが、一番多く見付けるのは衛宮邸だから、きっとあそこに縁がある者が落としているはずなのに。
「探してもらえないのか、君は」
それは随分と寂しい気がした。こんなに綺麗なものを、簡単に捨て置く者は知り合いにはいないと思っているのだが、落とし主が分からない限りこの宝石は瓶に貯まり続けるのだろう。
海を閉じ込めたように深く、晴れた日の空のように透き通った青の百円玉大の宝石は、歪み一つなく丸く磨きあげられている。
「勿体ない……な、こんなに綺麗なのに」
凛以外にこの宝石を私が持っていることを知らないのが持ち主が見つからない原因なのだろうか。しかし、理由をはっきりと言えないが、この宝石を見せびらかすようなことはしたくなかった。
とても価値のありそうなものだ、あの時の凛が手を伸ばしたように、大人しい少女も騒がしい大人も、もしかしたら騎士王を背負った少女や魅惑の女性も手を伸ばすかもしれない。それが、堪えられない気がしたのだ。
──触るなと、言ってしまうかもしれない。
何度もいうが、理由はわからない。ただ、私だけの物であって欲しいと思うのだ。持ち主を探そう、返さねばと思えば思うほど、手放し難くなっていく。そんな魅力が、この青にはあった。
「青……」
凛に言われた、宝物みたいという言葉から思考が繋げた、決していい顔を見せない男が脳裏をよぎる。もしこれが、彼の持ち物だとしたら。
生まれは神代、半神半人の彼奴は誇りを第一に、英雄たれと真っ直ぐ進むべき道を自らで切り開いている。歪みなく、光を纏って。煤けた身からすれば眩しくて仕方がない、羨ましい生き方をしている彼が、この煌きを落としているとしたら。
「……羨ましい?」
刹那の思考に過ぎ去ったが、そんな言葉、この身になってから初めて使った。
「そうか、私は彼が羨ましいのか」
嘘偽りのない言葉だけを魂から告げる彼は、私にとって天敵でありながら、最も求めている生き方をしているのだ。
一と百の天秤の、片側の皿ではなくてその支えごと取ろうとする、無理難題すらも叩きのめす強欲さ。欲を真にする確かな強さ、揺るぎなさを持っているから。
「……渡したくないな」
人々が羨むものを多く持ち合わせている男に、この綺麗なものまで渡すのは癪だった。
瓶の蓋を開け、指先の力を抜いて中へ宝石を落し入れる。硬質な音を立てた一粒は、周りの色と重なって一層青みを増し、煌めいた。
「もう少しだけ、様子を見よう」
この瓶がいっぱいになっても、持ち主らしき者が現れなかったら、その時は皆に声をかけてみよう。霞がかる胸元に言い聞かせて、離れ難い心持ちで瓶を枕元に置く。
──そろそろ見回りの時間だった。
「……げ」
「……随分なご挨拶だな」
ふわり、降り立ったビルの上にいた青い影は、こちらを視認した瞬間に顔を顰めて喜ばしくない声を上げる。見回りによく使うビルだったから、上から見えて避けようと思ったのについ降りてしまった。
あからさまに嫌なオーラを出され、いつもの事だと通り過ぎればいいのに、先程まで見ていたあの青がちらついて勝手に喉から音が滑り出る。聞こえてしまったかと男を見やれば、高所故に強く吹く風で耳に届いてはいないようだった。
青く長い髪が風に攫われ宙を舞う。眼下の人工的な光と月光が遊ぶそれに絡んで、キラキラと宝石のように輝かせる。
見目だけはやたらと整った男だ、言動がどんなに粗雑と言えど、星夜に黙ってたっていればとても見れるものがあった。
値踏みするような視線は自覚しつつ、ここに来てすぐのように思考と口が直結しないように右手で口元を覆って蓋をする。その様が気になったのか、立ち去らない私を不審に思ったのか、ビルの淵に腰掛けたまま少し後ろに立つ私を振り仰いで睨みつけた。
「なんだよ」
「いや……落ちるなよ」
「はぁ?」
別段話しかけたくて見ていた訳じゃないので、何とも言えない抜けた答えを返してしまい、己自身も疑問符を浮かべた。まぁ、落ちる様を一般人に見られたら大変ではあるのだが。
「なにがしてぇんだ、お前」
「それはこちらのセリフだ。ここは見回りに適した場所でね、私は毎晩ここで冬木の街を見やっている」
つまり、長い目で見れば後からここに来たのは君の方だ、と言外で伝えてやれば、また顔が苦く顰められた。いちいち突っかかっていたらきりがない、それこそ万と繰り返したやり取りに顔を背けて息を落とす。
「これみよがしに溜め息つきやがって」
「そう顰めっ面ばかり見てはつきたくもなる」
「はぁ?いつも顔顰めてんのはテメェの方だろ、大体なんでテメェは俺にだけ……」
中途半端に途切れた言葉に目をやれば、口をその手で覆っている。迂闊だった、と瞳の赤が揺れた気がして、面白くない仕草に鼻を鳴らしてやった。
「私が君に、なんだね」
「……何でもねぇよ」
一段と強くビル風が吹き、体をこちらに向けかけていたのを再び夜空に向けてしまう。靡く青髪が視界を占めて、あからさまな嘘で話を終わらせたのを詫びているように見えた。
「小言を言ってしまうのが私の悪いところでな」
届くかもわからぬ小さな声。口の中で呟いたそれは上手いこと風が運んだらしく、男の耳に入った。何をそんなに驚くのか、丸く大きく赤を見開き、音を立てる勢いでランサーは私を振り返る。
「どうしても、君が目についてしまって要らぬことも言ってしまう節がある。ただ、そう邪険にされるとこちらも気に触れることがあるもので、口が先に回ってしまうのだよ」
だから、思いもしないことを言う時もあると、伝えておきたかった。
風に揺らぐ青に重なるのは、あの透き通った小さく硬な青。手放したくないと本能が囁くあの青は、見ているだけで心穏やかにしてくれる。
その色と似ているこの男も、きっと少しの距離を開けて緩やかな言葉を交わせば噛み付かずにいられるはずだと、根拠の無い自身が湧いていた。私の近距離の獲物の間合いには及ばぬ三、四メートルをもった、この距離とか。
「…俺だって別に、お前見ただけでキレたりしねぇよ。ただ、今はその……都合が悪いんだ」
「都合」
都合、とは。窺う視線になるのも仕方の無いことで、受けたランサーは言葉を選んでいるのか虚空に焦点を揺らし、どうしたものかと項を掻いた。
「訳あって、言葉が選びにくいんだわ、今。なんつうか、嘘が付けんというか」
「ならば、つかねばよかろう」
「……そういう訳にはいかねぇんだよ。お前相手だと、特に」
苦く言われて胃の底が冷える。本心を明かすに値しないというのか、はたまた何か隠さねばならぬことがあるのか。透明な言葉を交わすことは出来ないというその言い回しに、胸がぐっと締まり、冷えた胃が痛んだ。
無性にあの青を見たくなった。目の前のこの男の青ではなく、あの瓶に詰まっている、透明で、無垢で、優しい光を纏った宝石を。
「なら、話さなければいい」
締め出した発言と気付いたのは、声帯が震えきってからだった。羨んでいると自覚した相手に腹を割るのを躊躇われ、子供のように拗ねた文言を吐き捨てた、醜い男が一人。
相対するランサーは少し陰ったものをその顔に走らせ、口を開いて、閉じた。言葉は喉まで出ているのに、そこから滑り来ることは無さそうだ。そして小さく、唇だけが動かされる。
再び唇が引き結ばれた時、夜に響くカツン、と硬質な音。
「っ、嘘だろっ!」
月明かりに光る小さなものがビルのコンクリートに跳ねて、こちらへ転がって来ようとしていた。落としたのか、ランサーが最速を生かして飛び上がってそれに手を伸ばすが、それより先にやたらと性能のいい目が、それを捉える。
歪み一つなく光を丸く受ける、深く透き通った青が、そこにはあった。
「これは、一体」
「待て!拾うなっ!」
拾うなといわれても、私はこれを幾つも持っている。様々な場所で見つけては、保護して瓶へ集めている、小さな宝石だ。それが、何故、ここに。
最速よりも先に自然と伸びた指が青を拾い上げ、何度も触れた感触に間違いないと実感する。これは、私の持っているものと相違ない。つるんと丸く、指先に馴染む感触に同じ色へ顔を上げ、存外近かったその姿に息を呑む。
「ランサー、この宝石は」
「頼む、それを返してくれ」
「返して、ということは君のものなのか」
口が滑ったとあからさまに男の顔は歪み、強く歯を噛み締めて顔を背ける。靡く髪が横一線に闇を裂き青空を作るが、それに合わせて翳った目元で表情が読めなくなっていた。
ほんの少し前まで自室で覗いていた青はキンと冷えて指先におさまり、ただ静かに月光と眼下の人口光で煌めく。透かし見るように月にかざせば中心が揺らめいて見え、見間違いかと覗き込むほどに揺れは大きくなっていった。
「やめろ、見るな」
かけられる声はいつも以上に掠れ、どこか震えている。まるで何かを恐れているような響きに、こんな美しいものを前に何を怖がることがあるのか、と似た青へ手は月にかざしたまま顔を向けてやれば、ランサーは両手を握りしめて完全に俯いていた。
その姿に、瓶に落とした時のこの宝石の硬質な音と、重なるほどに色味を増す様子が重なり、泣いているのかと漠然と思わせる。
「君は、泣くのか」
「……泣かねぇよ。なんでそれが出てきた」
「だって、あまりにもこの宝石と君が似ているから」
寂しそうな、誰にも探してもらえぬ美しい青。それが本当は、要らぬと切り捨てられたものだったとしたら。何が原因かは知らないが、ランサーと宝石はどこが繋がっているはずだ。でなければ、こんなに重なるものか。
「私はこれを幾つも持っている」
告げれば、鋭く詰まる男の呼吸。想像もしなかった展開に速る心臓を押さえつけ、少しずつ真っ直ぐに歩を進めた。一歩、二歩。既に間合いに入って来ていた迂闊な青は、たった三歩進んだだけで吐息が聞こえる距離になる。
「……この国では、遺失者は拾得者が請求した場合、落とした物の価値から五パーセントから二十パーセントの謝礼金を支払う義務がある」
「は……?」
「君の回答は、そのパーセンテージに当てはまるものだと推測する。もしくはそれ以上やも知れんが──大切なものだろう。全て返すから、これが何か、教えろ」
何故、私には嘘を吐かねばならぬのか。あの時こつりと転がった青から、一つの推測が生まれていた。それが正しければ、次にランサーが吐く言葉次第でまた青が転がるだろう。息を飲み、回答を待つ。
「……俺の、嘘なんだよ」
ビル風に掻き消されそうなテノールが、硬質な呟きを落とす。似た青がそこから生まれることはなく、口を覆う形で警告灯に似た赤を瞑る男は、苦く眉を寄せてから、その瞳を月に尖らせた。
「その宝石は、俺が嘘をつく度に一つ生まれて転がる。建前で付こうが、咄嗟に付こうが、関係なく。本心を隠す度にそいつがどこからともなく出て来やがる」
だから、嘘が付けぬ、と。
推測は事実として本人の口から証明され、やはりと思いながらももう一つ聞かねばならないことが浮かんでくる。いっそ血反吐を吐けたら楽だろう表情で夜を睨む男は、口元を袖口で乱雑に拭って吐露したものを少しでも隠そうとしていた。
「……それがどうして、私に本心を話せない理由になるんだ」
「…………嫌っている。と似たようなことを言ったら、零れる」
カツン、と、硬質な音が転がった。
音につられて下を見遣れば、月を反射する青い丸。本当にどこからともなく現れて、ころりころりと私の足元に懐く。風で煽られたのだとは思うが、迷いなくこちらへ来る様は擦り寄ってきたのかと思うほど真っ直ぐだった。
「何故、嫌っていると言って出てくる……?」
「は?おい、ふざけるな……本当に分かってねぇのか」
一粒握ったまま、もう一粒を拾い上げる。冷たく在るそれは、本当は中がぽっかり空いていて、何か水でも入っているのではと思うような揺らめきを見せた。空にかざして、濃い闇に空いた光に透かす。
「──好きだ」
ゆらり。
一際大きく中が揺れて、風が運ぶ音に宝石が反応する。目にあたる風がやけに冷たくて、自分が限界まで目を見開いていることを客観的に知った。ピントが酩酊めいた緩いぼやけ方をし、指先の青ではなく間合いに立つ同じ高さの青へ移る。
そこにあったのは、顰めた顔でも、言うことなどないと向けられた背でもなく、青を風に靡かせ静かに私を見る知っているのに見たことがない風体の男だった。
「言わせたのはテメェだからな……俺はもうこの言葉を偽らん」
紡ぐ言の葉に、硬質な音はしない。どこの誰にかけられた呪いだかは分からないが、先程まで確かに反応して生まれていた青の気配はこの手にある二粒のみだ。目を瞬かせると天上と眼下の光がやけに眩しく映って、体感する風が数度下がった。ヒンヤリと、頬を撫でる。
「……そいつにキスしてやってくれねぇか」
「え?」
「一度軽く唇を触れさせるだけでいい。そうすりゃ俺の内に還る」
「……どういうことだ」
問うても答えはなく、ただ静かに見詰められる。手の中でいつの間にか同じ温度になっていた宝石は、気持ちその青が淡くなり、月を返す表面のきらめきが一層強くなっている気がした。
思うに、この宝石はランサーの心だ。
嘘を付くために少なからず押し殺した言葉が詰まったものであり、重ねるほどに青がまして見えたのは本人の心が積もったからだろう。それに、口付けろと言われている──それはまるで、先の言の葉へ同意する行為のようで。
そこまで思考を回して、お手上げだ、と目を瞑った。羨望は、憧れは、いともたやすく恋慕へ飛ぶ。見て見ぬふりをするにはこの青のきらめきは稀有すぎて、心の奥まで透かされる。
「…………っ、」
指で、目で、何度も確かめてきた宝石は、唇で触れるとその滑らかさがとても良くわかった。
薄い皮膚越しに触れただけで全ての音が遠のいて、このまま飲み込んでしまいたい衝動に駆られる。中で握り込むもう一粒に接している手のひらが、じわりと熱を持って汗ばんだ。
無意識に宝物と囲っていたものが、小さく解ける。
「あ、」
触れていたはずの境界が綻んで、気付いた時には感触だけが残ってあの丸の姿はどこにもない。いじらしいほどの綺麗なものは完全に消え去り、手を開いても内にいたはずのもう一粒も消えていた。恐らく、菓子瓶に詰めたものたちも還ったのだろう。
「大切な人の口付けで、解ける呪いを知っているか」
「……御伽噺のセオリーだろう。ただ、それは愛する人の口付けというのが常で、」
言葉は旋風に攫われ、覚えた滑らかで硬質な感触は、カサついた柔らかな感触で上書きされる。嘘を吐いていた唇が真実を紡いだ時、この目が映したのは、夜風に遊ぶ、眩しい青色だった。