おはようございます、ポスト田イット乃です。
PTAのいけばな教室は楽しかったです❣️
はあちゅうさん、それは「羨望」だよ?
XのTLをはあちゅうさんの個性的な「嫉妬」観が流れて行きました。彼女が炎上を”嫉妬しているんだ”と言うのはこういう嫉妬観であるからなのだとそれをポストしたアカウントの人の意見と同様の感想を持ちまわした。はあちゅうさんは作家であったこともあったのに「嫉妬」と「羨望」を間違えていると私は思います。
私が「嫉妬」という言葉を強く意識したのは、高校生のときに塩野七生先生のエッセイ集「男たちよ!」を読んでいた時です。どのエッセイも面白かったのですが、古いシェイクスピア映画「オセロー」を見た彼女が羨望よりも嫉妬が人生を破滅させる理由を説く一作に深く考えさせられました。
人生を壊すほどの嫉妬心など若さしかないその時の私には分かりませんが、とにかく羨望はいいけれども嫉妬の気持ちは簡単に外には出さないでおこうと決めました。今40歳、嫉妬心は上手くコントロールして人間関係は順調です。塩野七生先生の人生指南に感謝です。
友人の死が辛い理由は…羨望!
1月に、行きつけのブックカフェの店主が亡くなったことを知りました。店主とお客さんという関係だけども友人と書きます。私はその店を気に入り、気さくなおじさん店主の作るぬか漬けやうどん、本棚の選書をこよなく愛していました。F1カーのように走り抜ける毎日の大切なピットインの場所でした。毎回刺激をもらえる選書は憧れるしかありません。
彼の死で良いサービスを受けられなくなっただけではなくて自分の何かが亡くなった気がしました。毎日を走れなくなりました。走れていても、常に今度壊れたらピットインはもう無いのだという恐怖でいっぱいになりました。
そこで心療内科に夫に同伴してもらい鬱の薬、悲しみを抑える薬を処方してもらいました。薬を飲みながら、わたしの店主への憧れが羨望であることを認めました。私はとても恵まれています。しかし、私がどんなに故郷を離れて頑張っても、ブックカフェ店主のように親のいる故郷で親の店を継いで自分らしく経営することはできません。頑張れば、頑張るほど故郷は遠のき頑張った状態私を続けていかなくてはいけなくなります。
店主のブックカフェは自分のものではありません。だけども、その喪失をひどく辛く感じるのは彼の選んだ生き方は私の羨望を強く刺激するものだったからです。その気持ちを原動力にいつか故郷で自分らしさを表現できるチャンスを掴みに行こうと気持ちを立て直しました。自分らしい時間を過ごすことをまたまた私は頑張ることでしょう、それが自分らしい私なのです。
お読み下さりありがとうございました。