今更どんな云い訳があるというの(槍弓)
いろいろ我が家カルデア設定が入り乱れておりますので注意!
お弁当をテーマにした槍弓です。なんとなく、そんな話が書きたくなっただけですw
色んなキャラ書きたくなって書いてたら無駄に長くなりました…
7/8付のデイリーランキング58位、女子に人気ランキング42位ありがとうございましたーーー!!!!!
わーい嬉しいです!!こんな我が家カルデアを受け入れて読んで下さって感謝( *´艸`)
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今更どんな云い訳があるというの
「今日は一日、ゲイザー狩りをしまっす!というわけでランサーの皆さんよろしくお願いしまーす!」
このカルデアでは、時折このような素材集めだけの日があったりする。素材資材はあっても困らない。むしろ枯渇気味なのは当然だろう。
様々なサーヴァント達を一番良い形での霊基へと成すために。もしくは持ちえたスキルを最良にするために。素材はあればあるほどいい。
必要な素材を一つ決めて、優位なクラスのサーヴァントだけを連れて。一日中、それこそ文字通り狩って狩って狩りまくるのだ。ある意味遠征とも言えた。
「えぇっと、メインに槍ニキ、書文先生、カルナ。あとは控えにエリちゃんとディルムッドで行こうか!」
「あいよ、せいぜい心臓穿ってやるとすっかね」
「違うよ!今日は心臓じゃなくて涙石!!っと、その前にエミヤの所に行ってこなくちゃ!」
「あ?なんであの野郎の所なんぞに…」
聞く耳持たず、マスターはそのままあの赤い弓兵がいるだろう、調理場へと一直線に向かっていった。必要なのは槍兵なのだから、弓兵は不要だろうに。
いつもまるでセット扱いのようにされて気に食わない弓兵の顔を思い浮かべながら。するとすぐにマスターは戻ってきて、その手には荷物が増えている。
なるほど、弁当か。あの野郎は英霊の身でありながら、何故か料理に拘っていて。別にそれを悪くは思わない。趣味があるのは良い事だと思うし。
「お待たせ!それじゃあ出発ー!」
赤い弓兵お手製の弁当を手にして、今日も我らがマスターは元気である。しかしそれにしたって、弁当が大きすぎる気がするのは気のせいだろうか…?
「はーい!皆お疲れ様ー!!とりあえず目標の半分行ったし、ちょっと休憩しようかー!」
アメリカの地、アレクサンドリアにて。ゲイザーを見つけては狩りまくるという、ただそれだけの繰り返しでも結構いい汗かくもんだと。
手持ちの槍を回し、時には後衛と交代して。あとは素材が狩れるか運任せ。それを都度繰り返していたら、もうそんな時間にでもなっていたようで。
「はいこれ、エリちゃんのお弁当。で、こっちがディルムッドので、こっちがカルナの分ね」
「わーこれよこれー!やっぱりアイドルのお弁当はキュートでポップじゃないとー!」
「ありがとうございます、我が主よ。いつも通り、エミヤ殿の腕前は素晴らしい」
「すまない、マスター。今回も俺の知らない物ばかりだ。見ていて飽きないな」
新鮮な水を近くの小川から書文と汲んで戻ってきてみたら、マスターが一人一人に弁当を手渡していて。なるほどあれは人数分だったかと納得し。
この人数分作ることなど、あの弓兵には造作もないことだろうと納得してみたら。今度はこちらにマスターの施しが向かってきた。
「はい、こっちが書文先生ので、こっちが槍ニキのね!」
「む、かたじけない。さて、今日はどのような点心か」
「…あ?俺は別に、弁当なんか頼んでねーぞ」
手渡される包み。皆がそれをとても楽しそうに開ける中、自分だけは何故それがここにあるかを理解できないでいた。だって、頼んでいないのだから。
言えばマスターが今日のメンバーを弓兵に伝え、マスターの分と共に自分宛のも預かったのだというが。余計な世話にも程があろうに。
「呵々、まぁいいではないか。毒など入っておらぬし、何より美味いし、飯に罪はなかろう?お主がその作り手をどう思っていようがな」
「あー…まぁ、そうだけどよ。んじゃま、さくっと喰らっちまうか」
その辺りの草むらに腰を落として、ぱかりと箱を開けば。そこにはまるで、今作りましたとでもいうような。出来立てほやほやな暖かい飯があった。
そういえば、あの弓兵は聖夜の事件の時に。暖かい弁当箱をと、エジソンに相談していた気もする。完成してたとは知らなかったが。
主に肉類で構成され、だがそれだけではなく色んな野菜や、見た目だけじゃ何を使っているのか分からない調理品まで様々入っている。
「ほう、お主のはそういう趣向か。肉が多いのは、狩りが好きだと日々言っている名残か?」
「いや分かんねぇ…って、書文の弁当は俺のとは全然違うんだな。それ、チューカリョーリってやつか?」
「む、うむ。主に点心だな。この包子が溜らなく好きでなぁ…エミヤめ、また腕を上げおったわ」
呵々、と書文は非常に楽しそうに笑って食べていた。その箱の中には白い包みが数点。確か日本のコンビニでも売られていたようなやつだったと思う。
自分の弁当とは何もかもが違った。まさか、と思い覗き見てみれば。ディルムッドの弁当は香辛料のよく効いた物が多く見られた。
カルナの弁当は、皆のおかずを詰め込んだような雑多な物。エリザベートの弁当は、なんか見た目が偉くゴテゴテしてて女子好みだな、と思えた。
「は~…あの弓兵は暇なのか?こんな、人それぞれ詰める物違うなんざ…弁当なんて手早く食える物だけでいいだろ」
「ふむ、お主はまだ、弁当の何たるかを知らなんだか。呵々、お主は現世へ喚ばれたのはこれが初めてではなかっただろう?」
「だからこそ、だよ。俺は現世での弁当がどんなのか知ってる。特に日本のはな。だからこう、なんつーか、分からねぇって言うか…」
あの日々で、バイトをした金でコンビニで食べ物を買ったことも多々ある。主に肉の乗ったどんぶりとか、片手で食えるようなサンドイッチだとか。
だからこそ、そこに並ぶ様々な弁当に感心したものだった。彩だとか、栄養バランスだとか。不可思議な弁当で溢れかえっていたのを覚えている。
「栄養とか、生きた人間に宛てられるんなら分からなくもねーが。俺達はサーヴァントだろ?別段、食事も必要じゃねぇ。なのに、この弁当は」
「…ならば、直接本人に問うてみるがいいだろう。何、エミヤなら弁当の話とて邪見にはするまい。それできっと、お前さんの答えが得られるだろうさ」
「…そんなもんかね?」
「そんなものだな」
まふまふと、ほかほかな点心とやらを頬張る書文は、本当に美味いんだなと分かる笑みであった。他の面子もそうだった。確かに、美味い。
味に文句はない。だが、どうにもその、“お弁当”とやらの在り方が不可思議で。その答えを、あいつ自身ならば分かるというのだろうか…
「――ごっそさん」
「――あぁ、器はそこに置いておいてく、む、なんだランサーか」
「いやなんだよ、俺が珍しいって?」
「弁当の容器を持ってくる君は、いささか珍しいかな。他意はない、そう敵意を向けるな」
調理場にいる弓兵は、いつだって穏やかだった。自分宛の棘も形を潜めている。他に小さいガキ共も多いからだろう。なんて見事な保護者っぷりだ。
今日の遠征の面子分の弁当箱が、そこには積み重ねられていて。どれもこれもが全て空だった。勿論、自分のもであったが。
施された物を残すなんてことはすまい。それが例え、この弓兵からの物だとしても。そうだ、食料に罪はない。洗い物をするその身を、じっと見つめて。
「…なんだ?まだ何か用か?」
「――いや、純粋な疑問なんだけどよ…“お弁当”って、何なんだ…?」
「………は?」
空になった弁当箱、皆が楽しそうに美味しそうに食っていたそれ。自分にとっての食事とは、戦のさなか、狩りの最中。手早く済ませるものだった。
釣った魚を焼いて食べたり、獲った獲物を焼いて食べたり。あの時代の食事は、それこそ今に比べたら質素なのだろう。だが、それで満足していた。
勿論、今ここで提供される食事も美味いし、あの頃の食事も美味い。比べるようなものではないと分かっている。でも、だからその仕組みが分からない。
「生きている奴らになら分かるが、俺達相手への弁当は、何だ…?魔力回復の栄養補給であるなら、ただ食える物詰めりゃいいだけの話だろ?」
「――…、…」
「色んな色使ってたり、食材使ってたり、様々な国の料理が入ってたり…なぁ、なんでそんな真似を――、…アーチャー?」
「――…、………そう、か…それもそう、だった、な…」
それは純粋で素朴な疑問でしかない。別に彼の手製の弁当を貶すつもりもなく、自分の食生活を押し付ける物でもない。だからこそ、その表情は意外だった。
説教垂れられるか、皮肉で返されるか、馬鹿にされるか。色々浮かんだ返答は、だがどれでもなく。弓兵はただ茫然と、唖然と固まってしまっていた。
そうして、まるで今まで自分のしてきた罪を自覚したかのような、そんな。ぽっかりと胸に空いた穴を見つめてしまったかのような。漠然と、寂しい顔をした。
その表情の意味が、まるで分からなかった。自分は何か、彼にとって悪いことを聞いてしまったのだろうか。だがすぐに、彼はいつもの顔を取り戻して。
「――そうだな、別段、サーヴァントに食事など必要ないのだから。君にそのような気遣いは不要だったな」
「あ?いやだから、どういう意味だよ」
「…ただ、価値観が違っただけの話だろう。悪かったな、ランサー。今度から君が望んだ場合の弁当は、質素な物にするとしよう」
洗い物が終わったのか、くるりをこちらに背を向けて。それで会話は終わりとばかりに打ち切られた。何が、彼の琴線に触れたのかは分からない。
けれども背を向けられては、何よりあんな表情をされては。こちらもどう切り返していいか分からなくなる。結局その日、答えを得ることはなかった…
それ以来、何故か気まずくなって。めっきり食堂へ顔を出す機会が減ってしまった。勿論、彼がいる時に限るのだが。遠目で見て近寄りがたくなってしまう。
あいつ以外が食事当番の日にだけ寄って、適当に物を頼んだ。特別食いたい物があったわけでもないし、食事しなければならない身でもないのだし。
ふと、そういえば食堂にはいつも花が花瓶に飾られているのを目にした。なんてことはない、彩り。大方、ブーディカ辺りが飾っているのだろう。
新たな特異点が見つかるまで、戦力増強のために。素材狩りや種火狩り、シミュレーションを繰り返す日々の中。またそうして声がかかる。
「あ、槍ニキ、ちょうどよかった。今日は暇?」
「ん?あぁ、特に予定はないが…なんだ?」
「これからね、ナーサリーとジャックがレイシフトしたいって言うから付き合うつもりなんだけど、護衛役を探しててさ」
マスターに声をかけられ振り向けば、そんなお願い事だった。小さい彼女らにお願いされれば、さすがのマスターも断れないのだろう。
それに何より、危ない場所でもないのだろう。素材狩りでもなく、ただのピクニック気分と言ったところか。それでも護衛は必要だろう。
「あぁ、別にいいが。他の面子は?」
「天草とマシュも同行してくれるってさ」
「そうかい。それならいざという時も大丈夫だろうさ」
特に何が起こるような場所ではないにしろ、戦力があって困ることはない。その面子ならば大丈夫だろう。戦力としては申し分ない。
久々の遠出だったからか、そうして久々にそれを目にした。そうだ、いつだってマスターは。人数分のお弁当を、あいつにお願いしてたっけ。
「はい、到着したよ、ジャック、ナーサリー。ここで大丈夫だった?」
「うん、ありがとう、おかあさん!」
「ありがとう、マスター!えぇ、ここで十分すぎるぐらいだわ!」
そうして連れて来られたのはなんてことはない、オルレアンの花畑だった。この辺りの敵ならばそこまで強いのはいないし、何があっても対処できるだろう。
チビ共が楽しそうに、お花畑で寛いでいる。それこそ、ピクニックというやつだろう。共に来た天草までもが参加して、マスターが嬢ちゃんの背を押している。
たまにはそんな日もいいだろう。さながら、小さい姫君たちの騎士というやつか。なんて自分には似合わない響き。少しくらい、目を離してもいいだろう。
「なぁ、マスター。そこまで遠くには行かねぇからよ、その辺りのドラゴン狩ってきてもいいか?何かあったら念話なり令呪なりで呼んでくれや」
「うん、いいよ。こっちこそ付き合ってもらってる身だしね。マシュと天草もいるし」
「おう、なら行ってくるわ」
そうしてチビ共が花を摘むのを待つ間、悠遊とドラゴン狩りに勤しんだ。そこまで強くはない竜とはいえ、さすがに一騎打ちでの対決は胸が弾む。
数匹仕留めて、素材の牙を狩り。残った図体は肉塊にすれば食堂組が喜ぶだろうかと。それでもこんな血生臭い物をチビ達には見せたくなくて。
いや相性上、ジャックなんかはいつも喜々としてドラゴンを解体していたが。それは置いておくとして。そして戻ればピクニックが始まっており。
「あ、今呼びに行こうとしてたんだ。おかえり、槍ニキ。ドラゴンは狩れた?」
「おう、ほら戦利品だ。で?こっちの用事が終わったのか?」
「あ、ありがとう。うん、彼女たちの用は終わったから、お弁当食べて帰ろうかって話をしてたところ」
「あー…お弁当、なぁ…?」
レジャーシートなるものを広げて、お弁当の包みを開いて。それはまさしく、彼女たちのためのお弁当だっただろう。可愛らしい料理で溢れかえっていた。
それはオーソドックスなお弁当だったのだろう。日本の、というべきか。マスターが感動しているその様子からそれが知れた。
「「「「いただきます!!!」」」」
「頂きます」
「あー…イタダキマス」
赤い弓兵の指導の賜物か、女性陣は皆手を合わせ感謝を述べ。合わせるように天草も手を合わせた。仕方なく、こちらも同じように習う。
マスター嬢ちゃん天草は箸で、ジャックとナーサリーはフォークで。好き勝手、自分の好みを取っていく。こんな風に、皆でつつくお弁当もあるのか。
「ん?なぁ、これ全部、卵使った料理だよな?それにしちゃあ見た目が色々違う気がするんだが…」
「こっちはスクランブルエッグ。ケチャップをかけるの。ナーサリーとジャックが大好きなんだよね」
「あ、こっちの甘い卵焼きは私と先輩のためかと思います。エミヤ先輩の卵焼きは、甘めなのがとても美味しいですよね」
「こちらの出汁巻き卵は、恐れながら私の分かと…食堂で出して頂いた際、つい素で美味しいって言ってしまったんですよね…お恥ずかしい」
ただの、卵を使った料理にしたって、こんなにバリエーションがあるのかと素直に驚いた。見た目から味付け、食感までもが何もかも違っていた。
そういえば以前、エリザベートの弁当にはオムレツにケチャップでハートが描いてあった気もするし、カルナのはハンバーグの上に目玉焼きが乗っていた。
他にも、まだ、もしかしたら。自分が見たことがない卵料理が溢れかえっているのかもしれない。あぁ、彼は本当に、魔術師なのだなとぼんやり考えて。
「あ、ちょっと待って。槍ニキにはエミヤから何か別のお弁当預かってきてるけど…はいこれ。何か特別メニュー?」
「――あー…いや、まぁ、なぁ…」
「恐ろしい程、肉だらけのお弁当ですね…」
「クー・フーリンさん、またエミヤ先輩と喧嘩でもしたんですか…?」
そうして手渡される、自分だけのお弁当。そう言えば聞こえがいいが、何てことはない。まさに自分のためだけに作られた、とても質素なそれ。
ただ単に、食べられるよう肉類が詰められた物。今目の前に広がるお弁当とは比べるまでもなく、華やかさも彩りもない。だから誰もが憐れむのだ。
これはお弁当ではなく、ただ料理の入った箱であると。あぁ、確かに自分はそれを望んでしまったのだ。だがそれでもまだ、疑問は沸いて消えなくて。
「――なぁ、マスター、」
「ん?なぁに?」
「“お弁当”って、何だ…?」
「…ん?どういう意味?」
朗らかな団欒中に、水を差すようで申し訳なかったが。それでも気になるものは気になった。そうして、もしやマスターならばと思ったのだ。
いきさつを話す。自分にとって、それが分からないということ。そして本人に聞いても答えはなく、そうして手渡されたのが目の前の肉詰めであると。
「――それ、本当にエミヤに言ったの?槍ニキ」
「あぁ、言ったがそれがどうしっ!?」
「っ!!さすがの私も怒るよ!?サーヴァントじゃなかったら殴ってた!!お弁当っていうのは、お弁当っていうのはね…!!!」
「せ、先輩っ!?お、落ち着いて下さい!!」
ふるふると震えたのは、怒りからだったのか。徐に立ち上がり、大声を上げて。あぁ、間違いなくマスターは起こっている。空気がびりびりと奮える。
それは生きている者が発する、切実な感情の爆発だった。まるで泣く寸前な、そんな表情。あぁ、どことなく、あの弓兵の表情と重なった気がして。
「――…ッ!…っ、…、………お弁当っていうのはね、とても暖かい物だよ。この小さな箱一つに、一体どれだけの気持ちが込められていると思う…?」
「…、…何…?」
「本来は手作りのお弁当ってね、家族とか、大切な人だとか、そういう人のために作ってあげる物なんだよ。誰かのために、作ってあげる物なんだ」
ぽつり、ぽつりとマスターは話し出す。今、知らない場所でたった一人。最後のマスターとして、人理修復などという過酷な使命を負わされて。
自分がやるしかないと分かっていても、それでも、多大な恐怖があった。抱えきれない苦痛があった。それを、そんな時、解消してくれたのは。
「…エミヤの出自が、どんな物かは知らないし、分からない。それでもね、私は救われたの。確かに、彼の作ってくれたお弁当に、救われたんだ…」
「救われた…?」
「あれはまさしく――大切な家族に振舞うための、お弁当で、彼はそれを知ってた。家族のお弁当の、温かみを…だから、帰らなきゃって、思えるんだよ」
どんなに苦しくても、過酷でも、哀しくても辛くても痛くても。それでも、この空のお弁当箱を持って帰らなきゃ。そうして彼に、伝えなければ。
美味しかったよ、ご馳走様、次のリクエストはあれがいいな――そう、伝えたいから、だから私は。どんなに辛くてもカルデアに還らなくちゃって、思える。
そう、涙ながらにマスターは語った。それがどれほど重みのある言葉だっただろう。自分がここに喚ばれた時に、既にあの赤い弓兵は存在していて。
この未熟なマスターのそれこそ初めからを知っているのだろう。知っていて、支えてきたのだろう。戦闘的にも、精神的にも。俺の与り知らぬ方法で。
「お母さんの作ってくれたお弁当とはまた違うけど、でもこれも同じ。私のために作ってある。そしてそれは、誰かのためにも作られてる。ね?」
「?うん、この卵、ふわふわの。美味しいって言ったら、いつも作ってくれるようになった。うれしい」
「ふふ、たまにね、ケチャップで猫が描かれている時もあるのよ?おじさまったら、お茶目なのよね。楽しいわ、楽しいわ」
「…はい、それを知らない私でも、容易に知ることが出来ました。エミヤ先輩のお弁当には、たくさんの愛が込められているって」
愛情って料理のスパイスなんですって、と造られた命である嬢ちゃんが、そんなことをはにかむ。感情を尊ぶ。そうして俺は、自分の行いを恥じるのだ。
あぁ、これは、ただ生きていくための糧などではなくて。思いが、心が、気持ちが込められた贈り物であったのかと。なんて愚かな間違いを。
「…同じ日本出身ではありますが、私の時代もあまり、というよりは私の境遇でしょうかね…お弁当なる物を、私とてよく知りえませんでした」
「…、…お前もか、天草」
「えぇ、戦闘には兵糧だけでいい。でもこれは、戦う者に対して、慈しみを与えてくれる物です。ですから我々は、彼に感謝しないといけませんね」
そう苦笑する彼に、果たしてどんな過去があったのか。天草四郎という英霊に対して持ち得ている知識はあまりに少ない。日本出身だというくらいしか。
でもそれでも、彼とてあまり幸福ではなかったのだろう。聖人は務めてそうであると知っている。食料を適量摂取できたかどうかも怪しいだろう。
だからこそ、感謝を彼は捧げるのだ。美味しい幸福を、ありがとうと。誰かに笑みを与えてくれるものへ、この神父もどきは祈りを捧げるように両手を握る。
「――あぁ、なるほどな…あの“お弁当”は、あいつにとっては…かけがえのない日常そのものの象徴だったのか……」
思い出すのは、少しだけ遠い記録。あまり目にすることはなかったけれど、それでも、数度彼が坊主の家の調理場に立っていたのを思い出す。
坊主にあれこれと口出ししたり、以前のマスターの調理にアドバイスしたり、花の名を持つ少女と穏やかに肩を並べたり。そういう時間の中で。
穏やかに、緩やかに。一瞬だけ、全てを忘れて。日常に溶け込むただの一人がそこにいた。彼はきっと、それを忘れられないでいるだけなのだと。
「――悪かった、マスター。俺はどうやら、とんでもない馬鹿な発言をしたらしい。この通り、許しちゃくれねぇか」
「…頭を下げるべきは、私にじゃないでしょう?」
「そりゃそうだ」
けらり、と笑う。だからそれで、マスターとの諍いは終わりだ。根を引くような性格ではないから、それできっとマスターも許してくれるだろう。
だがそう、一筋縄じゃいかないのが、あの弓兵だっただろう。あの反応は意外だったが。それでも、きっと彼を傷付けたには違いない発言だったのだから。
「あー…何すりゃ許してくれっかね、あの弓兵は…」
「クーのおじさま、エミヤのおじさまを怒らせてしまったの?」
「なら、一緒にお花、摘む?エミヤのおかあさんも、喜んでくれるよ」
「あ?花?」
そうして事情をマスターと嬢ちゃんから知る。あの食堂は金銭を貰うような物ではなく、趣味のような物だと立つ者が誰しも言うが。それでは気が収まらない。
だから皆、何かを彼らへ与える。それは確かなお礼で、ご馳走様の言葉と共に与えられる贈り物。それを無下にするのは、聊か大人げないというものだ。
彼女たちが、ここに来た理由もまさしくそれだったのだという。花を摘んで持ち帰る。なるほど、食堂の花瓶の正体はチビ共だったのか。
「そいつはいいな。でもそれはお前らの専売特許だろ?それに俺が花とか、性に合わねぇな」
「それなら、先ほど狩っていたドラゴンの肉はどうでしょう?カルデアキッチンはいつでも食材をお待ちしていますよ。私も時折差し入れしますし」
「食材か…そりゃもちろん、あの肉は差し入れる予定だが、それだけじゃあ俺の心情が収まらねぇ。まぁ、もちっと色々考えてみることにするわ」
助言をしてくれるチビ共や天草に感謝しつつ、嬢ちゃんとマスターにも礼を忘れない。だが、これは俺の問題だ。誰かの答えを当てにしたくはない。
別に喧嘩したわけでもなく、怒らせたわけでもないのだろう。だが確実に、傷つけたのだとは思う。それ以外にあの表情は考えられないから。
あの弓兵が、皮肉や嫌味を忘れて取った素の表情こそが何よりの答え。だからそれにこそ詫びたいし、出来るのであればもう一度、彼のお弁当が食べたい。
(……今日も返しに来ない、か…)
静かな夜、食堂にて一人。最早日課にまでなってしまった皿洗いをただ黙々とする。もしかしたら、と思ってしまうのは浅ましい身の上故か。
今日は剣の鍛錬場が開く日だったので、素材集めに呼ばれていた。仕事をきっちりこなし、それで休めば良かったのだが。気付けばここにいた。
夕食の提供時間は終わり、大方の食器や調理器具類は誰かが片づけてくれたのだろう。ブーディカか頼光か清姫か。ロビンフッドかもしれない。
それでも少しだけ残っていたそれが見過ごせなくて、言い訳と共にここにいた。きっと、もう戻ってくることはないだろうそれを密かに待ち侘びながら。
(…そうだな…もう、戻ってはこないのだろう…余計なことを、してしまっていただろうか…)
始め、この食堂はほとんど使用されていなかった。当然だろう。ほとんどのスタッフが寝る間も食べる間も惜しんだ結果、誰も料理などしなくなった。
簡易的な食事を補給と割り切ってする毎日。だが、その対価はすぐにもやってくる。健康な体にこそ健全な精神は宿る。食事は基本中の基本だろう。
余計なお世話だと知っていた。ここに喚ばれたサーヴァントの中でも、私は最古参の類に入るのだろう。だから今とは比べられない程の状況を知っている。
悲惨な環境と状況の中で、それでも諦めず生きる人々がいた。だから少しでも手伝いになればと、少しずつ変えていった。今やここは、私の城だ。
(…そうだ、私は、きっと楽しかったんだ…屠るばかりを続けてきたこの手で、何かを作り、誰かに振舞い、笑顔を向けてもらえることが…)
冷凍保存されていた材料で簡易的な料理を作り、もてなした。スタッフ達は、まるで初めて料理の味を思い出したかのようだった。涙した者さえいた。
それはそうだろう。極度の緊張の中で、いつ張り切れても可笑しくない糸に首を絞められ。食事ですら楽しむ余裕などない。それを私が、壊した。
出自の不明な英霊として、初めは不可思議な視線を向けられた。でも当然だとも分かっている。だが少なくとも、ここにいる者は皆、守るべき者達だ。
レイシフト先での戦闘にも勤しみ、未熟なマスターと後輩を支え、そうしてこの食堂を稼働させた。疲れ知らずの人でない身で本当に良かったと思う。
『マスター、これを持っていくといい』
『…、…これは?』
『お弁当だ』
『お弁当…』
ただ一人のマスターとして残され、未熟で無知のまま全ての希望をその細い肩に背負い、それでも尚弱気を見せずただ笑顔で立ち向かう彼女を。
支えないなどと、守護者として嘘になるだろう。勿論、精神面のケアも含めて。彼女は強い。それは勿論、普通の人より少し、という程度でだ。
彼女を慕う後輩の前で、弱音は吐けない。いやきっと、誰にも吐けない。誰もが不安でいる中、自分が挫けてはいけないと彼女は分かっている。
だがそれでは、いつか破綻する、崩壊する。だから私相手には、別に気を遣う必要はないのだと。ただ教えたかっただけかもしれない。
『一応、君の好物を中心に詰め込んだはずだが、久々に作ったからな…何か不満や改善点があれば言ってほしい。それとこっちは、マシュの分だ』
『…、…うん、ありがとう、エミヤ。行ってきます』
『あぁ、気を付けるんだぞ』
寝不足でか、それとも少し泣いたりしたのだろうか。目の下の隈を隠して、彼女は必死に笑うから。だからそれには、見て見ぬふりをしよう。
倒れそうになったら、別に倒れ込んでしまっても構わんのだろう?ここにいる誰しもが、それを許すだろう。それでも、君が立ち上がるというのなら。
私が後ろにいよう。背中は任された。そうしてふらついた身を支え、また立ち上がれたなら君の前に立とう。蔓延る敵を粉砕するために。
何、私に初めて本来の意味での召喚を果たしてくれた君のためなら。最後の最期まで、共に走り切ることを誓うさ。そうして返されたのは、空っぽの箱。
『――エミヤ!あの、こ、これっ』
『うん…?…あぁ、食べてくれたのか。何か不満はあっただろうか』
『ううん!えっと、ね、あの、ね…全部、ぜんぶ、美味しかった、とってもおいしかった、の…だ、だから、そのっ――ありがとう、えみや、ごちそうさまでした!』
『――何、料理を作る者としては、その言葉が何よりの報酬だよ』
そのお弁当は、綺麗な空っぽだった。それが何より雄弁に語る答えだったのだろう。ぼろぼろと泣いていた、泣いていい理由を見つけたかのように。
美味しいから、泣いてもいいのだと。美味しいという言葉を、今ようやく思い出したかのように。哀しくも怖くもない、ただ美味しいから泣くのだと。
それでいい、生きている人間が泣く理由など。哀しい涙も恐れの涙も、もうたくさんだ。そう笑ってご馳走様と言ってくれるなら、私がここに立つ意味もあろう。
目元が腫れないよう、蒸したタオルを渡して。温かいスープを振舞って。そのまま寝てしまった彼女を自室まで運んだのは懐かしい思い出だ。
(その後、マシュも空っぽになった箱を返してくれて、新しいサーヴァントも増えて、共に食堂を経営してくれる仲間も増えたのだったな…)
それから遠出の時は、毎回マスターはお弁当を頼むようになった。最初は私にばかり頼んでいたのが、それを聞いた他のサーヴァント達に事情を話し。
他の者もお弁当という文化を知って、マスターだけでなく望む者たちへ振舞うこととなった。その日のメニューから入れたり、専用に作ったり。
段々とサーヴァントが増え、食堂の回転率も上がり、色んな者たちが長期の現界に食の喜びへ目覚め。まるで人のような暮らしをして。
だから、そう、気が緩んでしまっていたのだろう。予定のない日は、喜んで食堂に居座り。さぁ今日は何を作ろうか?などと切磋琢磨して。
『生きている奴らになら分かるが、俺達相手への弁当は、何だ…?魔力回復の栄養補給であるなら、ただ食える物詰めりゃいいだけの話だろ?』
(――あぁ、その通りだ。それがまさしく、真理だ…私は一体、何を浮かれて……こんな、馬鹿みたいに、日常を謳歌する、守護者など…)
彼の言葉は、まさしく真理だった。マスター相手になら、それも理に適った物だっただろう。だが、いつしかそれは、サーヴァント相手にも広がっていた。
不可思議な召喚、カルデアの電力を伴った現界、半受肉のような長期滞在…まるで人間のようだと、そう思う事自体くだらない事であっただろうか。
食に目覚める者もいて、食を初めて知る者がいて。それに応えたいと、この両手で武器以外を作れるならと。求められて調子に乗っていたのかもしれない。
(自ら作り出した役割を、今更放棄するつもりはさらさらない…が、そのような考えの者がいるということを、つい外してしまっていたな…)
誰もいない調理場で、一人苦笑する。気が付けば皿洗いを終え、明日のための仕込みを始めてしまっている。手慣れた習慣とはかくも無意識で恐ろしい。
現代に近い英霊ならばまだしも、お弁当などという存在を知らない時代に生きた者たちから。華美な装飾は不要、ただシンプルに機能だけ備えろと。
あぁ、それは武器に似ている。私の作る剣そのもの。威力さえあればいい。威光を知らしめる豪華な装飾はいらない。それはもっともな意見だっただろう。
(どちらの趣向も否定すべき物ではない。ただ大多数だからと他の意見を蔑ろにしてはいけない、という教訓かな…)
望んでくれる者がいる。ならばそれに応えたいと思うのは嘘じゃない。自ら与えておいて今更無下にはできない。リクエストにはこれからも応えるだろう。
だが、不要だという者もいる。ならばそれ相応に応えるまでのことだ。ただ、それが少し、意外にも彼だったというのが。少しばかり哀しかっただけで。
(あの日々に、同じ時間帯で生活していたから。だから自然と、そうだろうと決めつけてしまっていた。私の失態だな…彼は戦士だっただけのことだ)
セイバーもライダーもアサシンも、あの日々の記憶を共有していて。同じように接し、同じように求めてくれて。キャスターも教えを請うてきたりしたから。
あの日々の延長線上を過ごしてしまっていた。彼も現代の食を知っているだろうと。後はそう、個人的な感情で。それなりの弁当を作ってしまった。
その思いが通じてしまったとは思わない。私の微かな下心を。彼は、シンプルな食を好んだだけという話。それでこの話は、全て終いだ。
だから言われた通り、至ってシンプルな弁当を作ったつもりで。でも、もしかしたら、それすら余計なお節介だったのかもしれないと。悔やんでも悔やみきれず。
(弁当箱が、返ってこないのが答え、なのかもしれないな…別に物に執着する性格でもないから、どこかに捨ててきただけかもしれないが…)
戻ってこない空箱こそが答えなのだと、突きつけられているようで少しばかり胸が痛んだ。いや、ただの自己満足の行為だったんだ、これがいいのだろう。
少しでも楽しみを、糧をと。下心を出したことこそが間違いで。彼はそもそも、自分で狩って食べるという方が好きだったのかもしれない。自分に言い聞かせ。
これからは彼に望まれない限りは、作るのを止めようと決意しエプロンを脱げば。ことり、置かれる空箱。その見慣れた色に、瞬間振り返って言葉を失う。
「よう、弓兵。これ、遅くなって悪ぃ。なぁ、今ちといいか?」
「――ランサー、」
何かを懸命に極める者の横顔は美しい。それを以前から知っていた。例え戦闘に関係ない所でだって、その誰しもが持つ必死な顏は美しいものなのだ。
花を摘むチビ達の横顔も、まさしくそれだった。俺はここ数日、色んな奴に話を聞いて回った。まずは、一体何をあの弓兵に礼として与えているか。
チビ達は花を、作家達は新たな物語の冒頭を、誰よりも早く少しだけ公開。狐の巫女や森の狩人は、薬にも香り付にも使える植物を差し入れていた。
他にも、様々。食材をそのまま持ち込む者や、彼の特性を理解しながら敢えて、自分の獲物を見せた奴もいて驚く。その時の彼の顏が見てみたかった。
「何か、飲むか?…いや、不要ならば無理にとは言わないが」
「あー、お前さんも何か飲むんだろ?ならそれと同じのくれや」
「私のは普通に粗茶だぞ…?まぁ、君がそれでいいのなら、別に構わんが…」
その態度に思わず苦笑する。自分が取った態度とはいえ、それに怯える、というよりは気を遣っているその姿に申し訳なくなる。
きっとこの弓兵は、自分自身を悔やみ続けているんだろう。俺の言葉なんて、捨て置けばいいのに。馬鹿みたいにきっと、くだらないことをつらつらと。
考え込んでしまっているだろうことは、ここ数日の横顔で知れた。料理に真剣に向き合う彼の横顔は、戦闘とはまた違う美しさがあった。
だというのにここ最近、それに少しばかり翳りが見えるのは。どうあっても俺のせいだろう。今の言葉だって、飲み物を出していいか悩んでいるとみた。
「あぁ、そいつでいい。ほら、もう終わったんだろ?」
「あ、あぁ…あとは特性のたれに付けて明日になれば味が染み込んで、っと…すまない、君には退屈な話だったな」
「いんや?つってもお前さんは信じねぇんだろうが…まぁ座れって」
苦笑しつつ、隣の席を促す。弓兵は不思議でならないという表情を隠しもせず、急須で居れた湯呑を二つ手に隣に座った。怯えずともよいのに。
まぁそうさせたのは自分なので何も言わないでおく。彼は時折、こうして誰もいない寝静まった夜に。明日のためにと仕込み作業をしているのだろう。
彼にとって、とても大切な事だったのだ。それを俺は、無知とはいえ貶し傷付けた。悔やんでも悔やみきれない。だが、このままになどしておきたくない。
「いつもんな時間まで作業してるのか?」
「あぁ、まぁ、な…もっと早く終わる時もあれば、もう少し勤しんでいる時もある。まぁ、英霊が何をと言われればそれまでなのだがね」
「皮肉んなよ、別に貶してぇわけじゃない。むしろ、あー…俺はてめぇに謝りたい」
「謝る…?君が、何を…?謝られるようなことを、私はされていないぞ」
自分の行いを皮肉で濁し、謝罪には純粋に理解不能を示し。そうだ、奴はそういう性格だった。自分に向けられるべきものを、何一つ分かっちゃいない。
誇りなどない、と言うが。この行為こそ立派に誇るべきなのだ。それを俺は、あのマスターから知ったのだから。そこにどんな事情があるか知らない。
それでも、あのマスターにとって、彼の作る料理は生きる糧となっていた。ただ一人、残されたマスターとて。その重責に膝を折ることもあっただろうに。
言葉でも態度でもなく、ただの料理で。その折った膝を立ち上がらせたというのなら。それは間違いなく、誇るべきことであり、称賛に値するものだ。
「いーや。てめぇにとって、この料理は誇りそのものだった。なのにそれを無駄だ不要と罵った。無知だとしても許される行いじゃねぇ、この通りだ」
「はっ!?あ、頭を上げんかたわけ…!別に罵られたなど思ってもないし、そもそも考え方は千差万別だろう。君はただ、そう思っただけの話に過ぎない」
「そうかも知んねぇが、それじゃ俺の気が収まらねぇんだよ。ただ俺は、その誇りに気付けたし、だから謝罪したいと思った。それじゃあ駄目か…?」
「っ、そんなの、私に選択肢などないだろうに…君がどうして、考えを変えたかは分からないが、謝られるようなことではない。だから、頭を上げてくれないか」
本気で困惑している。謝罪を受け取ってもらえる気がしない。だがこれでは堂々巡りだ。仕方ない、こちらが悪いのだから折れておくことにしよう。
頭を上げ、注がれたお茶を口にする。ただの粗茶なんだろうが、見方を変えただけでとてもほっとする味がする。知るということは、こういうことなんだろう。
「俺はな、アーチャー。弁当っつーもんを知らなかったんだ。美味い飯ならここで食えばいいし、仕事の最中なら適当に現地調達すりゃいいって話だからな」
「…あぁ、最もな話だ。弁当が不要という意見を、私も知らなかったんだからお互いさまだろう」
「いや、ちと違う気が…だから、純粋に疑問だったんだ。合間に食うにしちゃ、てめぇの作った弁当は、なんかこう、ごちゃごちゃ色々入ってたからな…」
「…まぁ、私の生きた時代の弁当が、そういう物だった。ただそれだけの話だよ。それを君に押し付けるつもりはない」
色んな物を少しずつ食べたい、そう要望があったのなら、それに沿った物だったろう。俺は何も指定しなかったから、バランスを取られたそれになった。
好みや趣向を告げれば、あの日の書文のように。簡易的な物を詰められた弁当になったんだろう。でもそれは間違いなく、書文の好物だった。
俺が要望したこの弁当は、本当にシンプルに肉だけが詰め込まれてて。確かに美味かったのだが、味気無さを感じたのは。きっとそういうことだったんだろう。
「あぁ、マスターに聞いた。これが現代の、日本の弁当ってやつだと。バランスや彩り、主食とおかずの比率…ぜーんぶ、愛情が込められてるんだってなぁ?」
「はぁっ!?あ、いや、マスターが、言ったのか、そ、そうか…それはまた、なんというか、むず痒いというか、うーん?」
「ははっ、まぁそうだろうよ。でもてめぇが込めたもんが、ちゃんとマスターに伝わってたってことだ。その点は素直に称賛に値するぜ?」
「…まぁ、それはそう、なのかもしれん、が……私らしくもない。摩耗し消え去ったはずの過去が、反映されるなんてことは、な……」
ふと、虚空を見つめ。きっとその先には、以前共に過ごしたあの町での日々か。もしくはもっと前の、正しく人であった頃の記憶か。
自分があの屋敷の、調理場に立っていた頃のことを思っているんだろう。そこにどんな景色が映っているのか、知れたもんではなかったけれど。
優しい思い出ならばいい、とふとそんな風に思うのだ。そしてどうかその切れ端でいい。ここの奴らと同じように、いや、それ以上を与えてほしいとも思う。
「いいじゃねぇのー。マスターだって感謝してんだからよ。んでな、アーチャー」
「うん?」
「俺にも同じように、以前みてぇなごてごてした弁当作ってくれよ。駄目、か?」
「…、…い、や…それは勿論、構わないのだが、本当にどういった風の吹き回しだ…?」
疑問に思うのも当然だろうな、と笑う。自分でそれを否定し拒否しておいて、それを再び望むなどとは。同じことをされたら自分だって不快にすら思うだろう。
それでも、欲しいのだから仕方がない。誰かに与えられる、誰かのためだけの物ではなく。自分にだけ与えられる、その特別な想いを、であるのだが。
「この前の肉詰め弁当もな、美味かったんだがよ、なんかちーと味気ないっつうかよ…あー、なんだ、物足りねぇ、と思っちまったんだよなぁ…」
「…、…なんだ、量が足りなかったか…?いやそれとも、味付けが薄かったのだろうか…」
「いや、そういうんじゃねぇよ。ただ、お前さんが作りたかった物じゃねぇんだろうなーってのが伝わってきてよ。だから、てめぇが作りてぇ弁当を俺にくれ」
「な、んだそれは…どういうリクエストなんだ、一体…」
困惑しつつも、嫌ではないのだろう。途端にぶつぶつと、詰めるべきものを口にしだしたりして。本当、そういう所は素直なのに、と笑みが浮かぶ。
でもそれでも、自分のためだけのお弁当というやつが欲しい。それが感情の込められた物だと聞いたら尚更だろう?そんな瞬間に気付くとは思わなかった。
「まぁまずは、俺だけの“タマゴ料理”ってやつをくれよ」
「卵料理…?なんだ、そんな簡単なものでいいのか…?」
「いや簡単じゃねぇだろ…知ってんだぞ、俺は。色んな奴専用のタマゴ料理があるってことをよ…!」
ここ数日、色んな奴の弁当を覗き見て。いつだってそこに、タマゴがいたことを忘れられない。ジャックナーサリーのスクランブルエッグケチャップ味然り。
天草は出汁の効いた出汁巻き卵、マスターと嬢ちゃんは砂糖の効いた卵焼き。金時の目玉焼き、マリーのスクランブルエッグはバター多め。
オルタの俺のオムライス。キャスターの俺の炒り卵塩胡椒味。若い俺のゆで卵マヨネーズがけ。バリエーションの多さにびっくりしたものだ。
だから正直、羨ましくて仕方がない。自分専用の味付けがあるということを。だからまずは、それが欲しい。それこそが第一歩だと思うから。
「あとまぁ、礼のほうはちと待ってくれねぇか?色々考えたんだけどよ、なかなかいい案が思い浮かばなくてだな…」
「礼…?あぁ、これらのことか。そんな物は別に、強要したわけでもないんだ。気にするな」
「尚更気にするわ。それこそ、礼ってのは気持ちだろう?金銭じゃねぇ。なら俺だって、返してぇって気持ちがあるんだから絶対返す」
「な、なんか、意地になっていないか?君…そんなもの、私はこの空箱だけで十分だというのに」
飲み終えた湯呑と急須、そしてその空の弁当箱を手に。彼はまた洗い場へと戻っていく。それも、とても穏やかな表情で。だから即刻それを奪う。
洗い物ぐらいは俺にだって出来る。なんだかむしゃくしゃしたのだ。その柔らかすぎる表情に。もっと早く気付けていれば、その顏をもっと見れただろうに。
奪われた洗い物に、ただ茫然とする弓兵の顔を見て。また笑う。あぁ、まるで人間みたいだ。だってそんなのもきっと、今だけなら悪くないんだろう。
「あぁ、じゃあまずは――ご馳走様と頂きますを、お前さんに伝えることから始めるわ、アーチャー」
それが最初の礼であると、そう教わったから。いつかきっと、目の前で揺れる花瓶の花以上の何かを。礼として返してやれたらいいと思う――
今日もふわり、花瓶の花が揺れている。いつも違う花だ。今日は誰が摘んできたものだろう?最近誰が、どこにレイシフトしてたっけかなぁ…
その花瓶の中のお花が、いつも料理を作ってくれる誰かへ。宛てたお礼だと知っているから。誰が摘んできたんだろうと予想するのは面白い。
ジャックやナーサリーの野花、アイリさんが作った螺鈿細工のような造花、エルキドゥが摘んできた名もなき花、デオンが生み出した魔力の白百合。
どれもこれも、皆素敵なお花だ。確かこの瓶は、メディアさんが作ったんだっけ。他にも小太郎が木で作った物、パラケルススのフラスコ型だってある。
「おはようございます、アサエミさん、アイリさん!あ、今日の和食は焼き魚か~そして洋食はふわふわオムレツ…うーん、選択に悩む!」
「おはよう、マスター」
「ふふ、おはよう、マスター。そうよね、どっちも美味しいから、迷っちゃうわよね」
朝ご飯を食べに食堂へ行くと、先客として居たのはアサエミさんとアイリさんだった。二人の関係性は未だ分からないけれど、でも並んでいるととても嬉しい。
アサエミさんは和食を、アイリさんは洋食を食べていた。どちらも美味しそうで悩んでしまう。ここでの朝食は、和食と洋食二つの中から選べる。
ちらりキッチンを覗けば、和食担当はエミヤで、洋食担当はブーディカだった。見慣れた景色、見慣れた光景。私がとっても安心するものの一つ。
以前はエミヤだけだったから、メニューもどちらかだけだったけど。今は食堂担当もかなり増えたから、こうして選べることのできる幸せ。
「おはよう、エミヤ、ブーディカ!」
「おはよう、マスター。顏は洗ったかね?」
「おはよう、マスター。うん、今日もいい笑顔だね」
名を呼べば振り返ってくれる。ここも人が増えた。食堂には今日もたくさん、他のサーヴァントで溢れている。マシュと二人で食事していたなんて信じられない。
どこの席に座ろうかだって悩むというものだ。有り難い事に、誰しもが嫌がらないから。それを良い事に、色んなサーヴァント達との食事を楽しんだりもする。
よし、今日はエミヤの和食にしよう!オーダーすれば、すぐに出てくる暖かい食事。その有難味がよーく分かるから。いつだってお礼を述べることを忘れず。
そして珍しい人物をカウンターに見つけたので、隣に失礼する。見れば私と同じ和食を選んでいて。なんだかとっても珍しい。つい声をかけてしまう。
「おはよう、槍ニキ。珍しいね。槍ニキって朝食食べる派だっけ?あんまり見かけない気がしたけど…」
「よ、マスター。なぁに、俺も飯の美味さに目覚めちまってね。食える時は欠かさず食うようにしてんのさ」
「今やクー・フーリンも、立派な狩猟組の一員でね。キッチン組としては助かってるよ~」
「あー、確かに槍ニキって、狩りとか釣り好きだもんね?なら確かに調理組は助かるね」
今も美味しそうに和食を食べる彼は、意外にもお箸の使い方が上手だった。何処かお箸を使うような場所に召喚された経験があるのかもしれない。
ぱくぱくと、好き嫌いもないみたい。それに免じて、少し前の不用意な発言は忘れることにしよう。きっと何かのきっかけで心情が変わったんだろう。
ここには色んな国の、成り立ちの、サーヴァントがいるから。皆考えもそれぞれ、趣味趣向も違うから。同じように皆仲良し、なんてのは幻想に違いない。
分かってはいる。だから出来る範囲でいい。皆が皆穏やかに過ごせればいいなって。そればかりを願うのみなのだ。いつか別れが来る、その時まででいい。
「でも前はただ狩るだけだったよね?素材は持ってきてくれてたけど、お肉類は持ってきてこなかったような…?」
「あー、ベオウルフに教わった。あいつは狩猟組でもあり、たまに食堂組でもあっからな」
「なるほど。確かにベオウルフのドラゴンステーキは絶品で…ハッ!え、エリちゃんいないよね?大丈夫だよね!?」
きょろきょろ辺りを見渡し、ピンクのドラゴン娘がいないことにほっと胸を撫で下ろす。彼女の台詞からして、怯えさせてしまってはいけない。
そうしてもぐもぐと、和食な朝食を頂く。焼き魚には醤油と大根おろしがよく合って、知らない緑物には鰹節がかかっていて美味しいお浸しになっている。
ふっくら白いご飯はほかほかで、煮物は甘く沁み渡ってる。貝殻のお味噌汁も絶品で、いつも通り言う事なしの美味しさなのであった。
そうして無心で頬張っていると、先に食べ終わった槍ニキが動かずそこに座ったままなのに気付く。なんだか穏やかな笑みで、キッチンを見つめてる。
「どうしたの槍ニキ?…あ、そんなにじっと見ててもブーディカのおっぱいはエプロンに隠れてて見えな」
「ばっか、んなんじゃねぇよ。つーか、そっちじゃねぇ」
「ん?そっちじゃない?ということは…エミヤ?」
おう、と返事をして。相変わらずなんだかまるで賢者のような穏やかさでエミヤの動く姿を見つめている。それに倣って私も彼を見つめてみる。
誰かが和食を頼む、そして渡す。その繰り返し。合間に返却された食器類を洗って、包丁を研いだりして。冷蔵庫の中身を確認したりもしてる。
まるでいつも通りのエミヤだ。でも、生き生きとしているのは伝わるから。槍ニキもそれを見てるのかな、なんて思ったり。本当、不思議な関係性の二人だ。
いつも会えば喧嘩ばっかりなのに、たまに酷く穏やかに話している時もある。本当は結構仲良しなのだ、それを私は知っている。決して口にはしないけれど。
「…今日も楽しそうだね、エミヤ」
「だな…でもなんつーか、こう、こっち向けーってなるっつーか、独り占めしたくなるというか…」
「…え、んん?」
「おい、アーチャー!」
ここ忙しく働くオカンを優しく見守る場面ではなかっただろうか。なんだか不穏な、というよりは、こう、ピンク色な?発言が聞こえたような…?
気のせいかな?と聞き返す間もなく、槍ニキがエミヤを呼び出す。真名ではなく、クラス名で。ここではあんまり、珍しいことじゃない。
同じ聖杯戦争に呼ばれた面々は、互いのことをそう呼んでいるのを目にしていたから。それはそれで、ある意味特別だなとも思うし。
「む、なんだランサー。食後のお茶か?」
「おう、貰う。じゃなくて、えーっと、なんだぁ?んー…俺の飯作ってくれよ」
「…、…はぁ?いや、君がたった今完食したそれは、紛うことなき私が作った物なのだが…」
「あれ?違ったか?んー、日本風っての、難しいな…」
なんだか見てはいけない物を覗き見している気分だ。どきどき、胸が高まるのは何故だろう。なんだか嫌な予感がする。なんだろう。直感なんだけど…
それを同じ真名を持つ、アサエミさんも感じたのか。背後からじとりと視線を感じる。はっきり言って怖い。けど槍ニキは気付いてないみたいで。
アイリさんだけがいつものように麗しく微笑んでいる。槍ニキは一体、何を言いたいんだろうか。分かるような分からないような、分かってはいけないような。
「俺の飯、毎日作ってくれよ」
「いや物理的に不可能だ。私とて調理番専門ではなく、鍛錬場や種火集め、素材狩りに赴くこともある」
「や、そうじゃなくて…んん?なんだ、言い方が違うのか…?聖杯の知識も曖昧だな…」
なんとなく、そう、なんとなくではあるのだが。彼の言いたいことが、分かってしまった、ような気が、する。いや、正解かどうか分からないのだけど。
いやそもそも、本当に言いたいことはそれなのだろうか。正しいかどうか分からない、とごくり唾を飲み込んで見守れば。どうやら正解だったようで。
「君は一体、何が言いたいのだね…?」
「あー、んー…お、これだこれ!アーチャー、俺の為に毎朝味噌汁を作ってくれ!」
そうそうこれだ!とばかりに光の御子スマイルでエミヤに宣言する槍ニキ。あああ間違ってなかった…!私の予想通りの言葉でしたね!!
ていうか聖杯さんは一体サーヴァント達にどんな知識を与えているの!?あわわわと慌てて大したリアクションも出来ない。周りの皆が首を傾げるばかり。
「どうしたのかしら…あら?キリツグ?」
「――…、………」
「なんだい、ミソシルのリクエストかい?確かにエミヤのミソシルは美味しい、って、エミヤ…?」
「――…、………」
あぁ、そうか、エミヤだけじゃなく。同じ名前を持つアサエミさんも日本出身のサーヴァントだっけ。なら、今の発言も正しく理解できたんだろう。
日本、それも、現代に比較的近くないと分からないその言葉を前に。絶句する我々。いや、あの、本当に…?言いたい事間違ってないんだよね…?
「――ランサー、貴様…その言葉の意味を、正しく理解して言っているんだろうな…?」
「おう、当然だろ?聖杯から日本風の知識探ったんだが、合ってたか?」
「いや、それはそもそも、かなり古風な言い方で…って、いやいやいや、そういう意味でなく。な、何を言ってるんだ?悪い物でも食べたか?」
「お前さんの作った物しか食ってねぇな。だからつまりは、これからも食いたいってことなんだけど?」
槍ニキの台詞を耳にしていたサーヴァント達は、一斉に首を傾げて。何故エミヤが焦っているのか、私が慌てているのか、意味が分からないんだろう。
だから、そうか、私が聞くしかないのか、ないんだろうなぁ…誤解、ということもあるんだろうし。いや、ないんだろうけど。空気で分かっちゃうけれども。
「マスター、今のクー・フーリンの発言は、どういう意味なんだい?」
「あー…えっと、日本の、古めかしい言い方した、プロポーズ、の言葉なんだけど…あ、合ってる、んだよね?槍ニキ」
「おう、間違いないぜ。俺は、エミヤに、プロポーズ、したんだよ」
「――………」
エミヤが信じられない表情で絶句している。その言葉に対してもだし、シチュエーションに対してもだろう。こんな大勢の前で、そんな事をって顏だ。
普通なら頬を赤く染めて照れるのかもしれないが、多分、えっと、そもそもこの二人付き合ってないんじゃないかな?って思うんだよね、間違ってないはず。
いやだって、確かに仲良くはあるけれど。そういう雰囲気には見えなかったし。だからこそ、エミヤのこの反応なんじゃないかなって予想は付くんだけど。
問題は、何故か銃の使用感を確かめてるアサエミさんと。ちょっと遠くで和食も洋食も平らげてたアルトリアさんが、不可視の剣を構えていることかな。
「――ランサー、それは、私に対する宣戦布告と受け取ったが、いいのだな…?」
「――僕は、本来彼とは何の関係もないんだろうけど…何故だろうな、彼のためにも、その宣言を受理させるわけにはいかないみたいでね」
「お、おい!?なんでアンタらが出てくんだよ!?俺とこいつの話だろーが!!」
むしろアルトリアとアサエミさんだけで良かったね、と思う。エミヤにはご飯だけでなく、色々お世話になっているサーヴァントも多いはずだ。
ここで最古参のサーヴァントだし、頼りになるし、皮肉は多くとも物腰も意外と柔らかめだし。結構いると思うんだよね、隠れエミヤファンクラブ会員って。
かくいう私も、大変お世話になっている一人であり。何より誰よりエミヤの幸福を祈っている、彼のマスターなので。助けないわけにはいかないのである。
「――槍ニキ、」
「おうマスター、お前さんからも何か言ってやってく、れ…?」
「私はね、エミヤを幸せにできない英霊に、エミヤを渡すつもりはないから…!せめてカルデアにいる全サーヴァントの許しぐらい貰ってもらわないと…!!」
今来たばかりで全く事情も分からない、けれど私の発言の意味を真に理解したマシュが隣に立ってくれる…!なら怖い物なんて何もない!
そう、エミヤには大変お世話になっていて、幸せになってもらいたいので。私は口うるさい姑にも何にでもなってやるぞ…!
騒ぎと事情を聞きつけた多くのサーヴァントに囲まれる槍ニキを光の失った瞳で見つめながら、無意識になんでさ、とぽつり呟くエミヤだった…