第2回 初の特急乗車
テーマ:鉄道踏破への道
1999年1月8日に兵庫県加古川市の実家から大阪府吹田市の自宅に戻った後は、大学の試験が迫っていたので乗り鉄は一切できませんでしたが、1月下旬に実家に2度帰る用事ができたので、いつもと違うルートで加古川へ行こうと思いました。
1回目は、大阪からJRに乗り福知山線→加古川線のルート。つい前の1998年12月に「大阪近郊区間」が拡大されたのに伴い、JR神戸線経由と同じ運賃で北回りでも加古川まで行けるようになりました。
『Jスルーカード』のおかげでしょうか?
『Jスルーカード』のおかげでしょうか?
今回の日程① 1999年1月19日(火)
千里山820頃(阪急千里線→京都本線)850ごろ梅田(徒歩)大阪907(東海道本線→福知山線・特急『エーデル鳥取』)篠山口(福知山線)谷川(加古川線)西脇市(加古川線)加古川

せっかくなので、大阪から篠山口まで特急『エーデル鳥取』に乗ることにしました(写真は『エーデル北近畿(1990年12月撮影)』です……エーデル鳥取(カラーリングは「北近畿」の赤と青が反転)の写真が見つからなかったのですみませんorz )。大阪駅で自由席特急券(\940)を購入して、進行左窓側の席を確保しました。本当は展望席に乗りたかったのですが、この日は売り切れていました。
大阪駅を発車し、尼崎を過ぎると陸橋でJR神戸線を跨ぎ、『エーデル鳥取』は人生初の福知山線へと足を踏み入れます。宝塚を境に都市部から山岳地帯のトンネル連続地帯へ、三田付近では左手遠方にニュータウンと、めまぐるしく変わる車窓風景を、座席のリクライニングを少し倒し、ずーっと眺めていました。しかし、大阪から1時間ほどで、私にとってはあっという間に篠山口駅に着いてしまい、快適な特急での移動もここで終了となりました。ちなみに当時の私は特急に乗り慣れていなかったので、『エーデル鳥取』(キハ65)のスピードの遅さやディーゼルエンジンの音なども全然苦痛に感じませんでした。
大阪駅を発車し、尼崎を過ぎると陸橋でJR神戸線を跨ぎ、『エーデル鳥取』は人生初の福知山線へと足を踏み入れます。宝塚を境に都市部から山岳地帯のトンネル連続地帯へ、三田付近では左手遠方にニュータウンと、めまぐるしく変わる車窓風景を、座席のリクライニングを少し倒し、ずーっと眺めていました。しかし、大阪から1時間ほどで、私にとってはあっという間に篠山口駅に着いてしまい、快適な特急での移動もここで終了となりました。ちなみに当時の私は特急に乗り慣れていなかったので、『エーデル鳥取』(キハ65)のスピードの遅さやディーゼルエンジンの音なども全然苦痛に感じませんでした。

篠山口から117系4両編成の普通列車に乗り換えました。どんどん山深くなりますが、雪は降るどころか全く積もってもいませんでした。そして、谷川駅で加古川線に乗り換えようとドア前に立ちましたが、電車が止まっても扉が開きません。2秒ほど経って「もしや」と思いドアを手で動かすと、見事に開きました。ドア越しにホームで待っていた高校生が私のことを笑っていたので少し恥ずかしい思いをしました。
気を取り直して、次は加古川線に乗車です。西脇市行きのキハ40、1両だけです。乗客は私を含めて3人
だけでした。ほとんど加古川左岸の山裾を走りましたが、途中、有名な「日本へそ公園駅」にも止まりました。西脇市からはキハ40の2両つなぎで、乗客も1ボックスに一人位の割合で乗っていました。西脇市駅から北と南では利用者数に大きな差があるんだなと実感しました。西脇市を発車すると、相変わらずローカルムードが漂っていますが、やはり加古川駅に近づくにつれ乗客が増えて、厄神からは席が空いていてもあえて座らない立ち客も出てきました。神野付近から住宅地に入り、加古川に到着です。
だけでした。ほとんど加古川左岸の山裾を走りましたが、途中、有名な「日本へそ公園駅」にも止まりました。西脇市からはキハ40の2両つなぎで、乗客も1ボックスに一人位の割合で乗っていました。西脇市駅から北と南では利用者数に大きな差があるんだなと実感しました。西脇市を発車すると、相変わらずローカルムードが漂っていますが、やはり加古川駅に近づくにつれ乗客が増えて、厄神からは席が空いていてもあえて座らない立ち客も出てきました。神野付近から住宅地に入り、加古川に到着です。
その次の日、前日の加古川線踏破時に西脇市駅前で見た、鍛冶屋線の廃線跡に興味を持ち、クルマで西脇まで行ってみました。西脇駅跡付近で廃線跡を確認しましたが、当時は廃線跡に車道は無く、仕方なく西脇市駅北側の踏切を渡る時に再び鍛冶屋線の廃線跡を確認して自宅に戻りました。何の下調べもせずに行ってしまい、中途半端な訪問に終わりましたが、これが踏破始まって以来、初の廃線跡探訪でした。
2回目は、阪神電鉄の梅田から、これも誕生して間もない、山陽姫路まで乗り換えなしで行ける『直通特急』に乗って加古川に帰ることにしました。
今回の日程② 1999年1月24日(日)
千里山850頃(阪急千里線→京都本線)915ごろ梅田(徒歩)梅田1030(阪神本線→神戸高速鉄道東西線→山陽電鉄本線)1135ごろ東二見1138(山電本線)1145ごろ別府
こちらも最近撮った写真で申し訳ないです(爆)。 阪神電鉄乗車は子供の時以来でしたので、高架区間も多く、眺めは良好です。しかし乗客数は、やはりJRの新快速のほうが速いせいか少なめでした。岩屋から山陽電鉄の板宿の先まで長い地下区間を通り、須磨から舞子公園までは主にJRより高い所を通ります。こちらもまた絶景だと思います。舞子公園を過ぎると直通特急は急にスピードを上げます。東二見で普通に乗り換え、別府駅で下車しました。
このときの帰りは、JRで吹田駅まで行き、阪急(吹田駅)に乗り換えました。
今回の日程③ 1999年1月26日(火)
加古川(JR神戸線・新快速)大阪(JR京都線)吹田(徒歩)吹田(阪急千里線)千里山
(つづく)
今回の新規踏破路線
| 日付 | 路線名 | 区間 | 距離 | 備考 |
| 1/19 | JR西日本:東海道本線 | 大阪→尼崎 | 7.7km | |
| 1/19 | JR西日本:福知山線 | 尼崎→谷川 | 73.0km | |
| 1/19 | JR西日本:加古川線 | 谷川→加古川 | 48.5km | 踏破達成! |
| 1/24 | 阪神電気鉄道:本線 | 梅田→元町 | 32.1km | 踏破達成! |
| 1/24 | 神戸高速鉄道:東西線 | 元町→西代 | 5.0km | |
| 1/24 | 山陽電気鉄道:本線 | 西代→別府 | 32.2km | |
| 1/26 | JR西日本:東海道本線 | 三ノ宮→尼崎 | 22.9km | |
| 1/26 | JR西日本:東海道本線 | 大阪→吹田 | 7.6km |
【旧表示】
今回の踏破路線……JR東海道本線(大阪→尼崎、7.7km)、福知山線(尼崎→谷川、73.0km)、
※加古川線(谷川→加古川、48.5km)踏破達成!
※阪神電気鉄道本線(梅田→元町、32.1km)踏破達成!、
神戸高速鉄道東西線(元町→西代、5.0km)、山陽電鉄本線(西代→別府、32.2km)
JR東海道本線(三ノ宮→尼崎、22.9km。大阪→吹田、7.6km)
※印………踏破達成の路線。
今回の踏破路線……JR東海道本線(大阪→尼崎、7.7km)、福知山線(尼崎→谷川、73.0km)、
※加古川線(谷川→加古川、48.5km)踏破達成!
※阪神電気鉄道本線(梅田→元町、32.1km)踏破達成!、
神戸高速鉄道東西線(元町→西代、5.0km)、山陽電鉄本線(西代→別府、32.2km)
JR東海道本線(三ノ宮→尼崎、22.9km。大阪→吹田、7.6km)
※印………踏破達成の路線。