幸運Eの2乗
槍×弓=幸運E×幸運E=幸運Eの2乗!
以上、証明終了!(じゃない)
…という頭の悪い発想から生まれたお話(笑)。
とてつもなくツいてない2人の話です。
!注意!
・キャラの乖離や解釈違いがあると思います。口調も怪しい。
捏造も多々。物理の内鍵は弓のお手製かもしれない。
・真名出ます。
・マスターはぐだ子ちゃんです。
この話自体は全年齢(で大丈夫だと思ってますが、ダメだったら教えてください!)ですが、R-18の後日談を書く予定です。
続き物は書いてから上げる主義ですが、話としては完結してるので上げちゃいます!
書く書く詐欺はしたくない…頑張ります。
以上大丈夫そうな方は、お楽しみいただけたら幸いです。
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そうだ、告白しよう。
赤い弓兵ことエミヤは鍋を洗いながら、ふとそんなことを思い付いた。なんだか某古都への旅行のキャッチコピーみたいだな、などと思ってしまい、誰もいない夜分であるのを良いことに僅かに口角を緩める。考えれば考えるほど、それはとても名案に思われた。この厄介な気持ち―――ランサーへの恋心に、終止符を打つ方法として。
最近、エミヤは大層困っていた。己の胸の内に仕舞い続けてきた気持ちが、制御できなくなってきたからだ。それはランサーの姿を目にした時であったり、ランサーの声を耳にした時であったり、ランサーの気配を感じた時であったり、……まあつまり、ランサーの存在を認識した瞬間、心の中で厳重に鎖をかけた箱の蓋がガタガタ暴れ出し、ここから出せと騒ぎ立てる。なんとか口から飛び出さないよう押し込めたとしても、動悸は早まり、胸はきゅっと絞られるように痛むし、顔はじりじりと熱を持つ。忌々しいほど精巧に人体を再現した仮初めの肉体に舌打ちしたところでこれらの変化を止めることもできず、日に日に悪化していく「症状」はエミヤを苛んでいた。
このままでは、日常生活はおろか、サーヴァントの本分である戦闘にも支障が出かねない。何せあの光の御子、戦闘中がまたイキイキと輝いているのだ。今はまだ敵に集中していればなんとかなっているが、いつか見惚れでもして咄嗟の判断を誤るのではないか、それによって自身が消滅するなら自業自得だが、マスターを危険に晒すのではないか。そんなことがあってはならぬと、エミヤはここ数日解決策を模索していた。
その結論が「告白」である。ランサーに想いを告げ、きっちりさっぱり完膚無きまでに振ってもらう。そうすればこの気持ちにも整理がついて、消え去るとまではいかなくとも箱の中に大人しく収まってくれるだろう。ランサーは例に漏れず英雄色を好むを地で行くような男だが、流石に気に食わないだの、相性が悪いだのと日頃から毛嫌いしている男に好かれているとわかったところでどうもしまい。特に最近は何やら睨まれることも増えたし、もしかしたら手酷く、それこそ百年の恋も冷めるような罵倒くらいしてくれるかもしれない。そうなれば万々歳で、綺麗にこの恋を手離せる。恋慕よりも憎悪の方が、数倍御しやすい。
そうだ、それがいい。
ピカピカになった鍋底を眺め、エミヤはうんうんと一人頷いた。進むべき道が定まり、心も同じくらいすっきりした気分だった。
そうと決まれば、場を設けなければ。それにランサーには、むくつけき男から告白されるという苦行を強いてしまう以上、せめて詫びになりそうなものを用意しよう。早速翌日からのプランを考えながら、エミヤはキッチンの照明を落とし、自室へと向かった。
+++
そうだ、告白ってやつをしよう。
青い槍兵ことランサーのクー・フーリンは、喫煙室でタバコをふかしながらそう思った。どうにも最近苛ついて仕方なく、夜中だというのに出向いてしまった先で誰もいないのを良いことにカツカツと爪先を鳴らす。どうしたもんかと考えていたが、聖杯が寄越した現代の習慣に則るならば、まずはそこかららしい。アーチャー―――エミヤを、手に入れる為には。
運命、だなんて称する程度には自覚があって、アレは己のだという確信もある。向こうだって何かしら意識はしているのは知っている。それでも、互いに召喚されてしばらく経つにもかかわらず何の進展もなかったのは、中途半端に好意を向ければ逃げられるのが目に見えていたからだ。
加えて、エミヤはランサーにその感情を読ませなかった。マイナスだけではないことはわかっても、果たしてプラスの中に恋慕の情が入っているのか。そんなものが存在していなかったとして諦める気は更々ないのだが、追い込み方が変わってくる。ランサーは攻めあぐねていた。
ところがここに来て、エミヤの態度が変わった。ランサーをそれとなく避け始めたのだ。しかも、目が合えば少したじろいだ素振りまで見せてついと逸らしもする。「貴様には何の感情も持っていないぞ」と言わんばかりの鉄壁の表情筋を披露していた男が、である。
ランサーは当然驚き、次いで浮き足立った。これは、期待しても良いのではないか。顔を背けたことでこちらに向いた耳が、濃い肌の色をしてもなおうっすらと、しかし確かに朱に染まっているのを見つけた時なぞ、歓喜の叫びを上げたいくらいだった。しかしその喜びは、やがて苛立ちに変わる。
エミヤはランサーを視界に入れないようにか、ランサーの前で他の「誰か」といることが増えた。マスターはまだ良い。子どもたちに構ってやるのも、まあ良い。しかしこれまであまり交流のなかった者たちに割いている時間は、本来自分のものだったのではないか。一度そんなことを思ってしまえば、見かける度に舌打ちの一つや二つとともに睨み付けたくもなる。
「そりゃあ、嫉妬っつうんだぜ」
そんな感情に名前を付けたのは、槍の代わりに杖を持って現界した同一存在だった。ついでに頬を指して開きかけてんじゃねえよ、などと言われれば、ランサーも流石にどうにかしなければと思ったものだ。
そこで考えついたのが「告白」である。自分に向けられる感情にはてんで鈍感なアーチャーのこと、遠回しに表現したところで伝わるはずもない。かと言って身体から、なんて手を出した日には、それだけが目当てだと思われるのは明白だ。アーチャーにきっちり、確実に理解させるにはどうすればよいか。参考にと奴の生きた時代の知識を聖杯に問えば、まずはあなたの気持ちを伝えましょう、という至極真っ当な答えが返ってきた。
そうか、それでいいのか。
ふうっと白煙を鋭く吐き出し、ランサーは口角を片方だけ引き上げた。そもそも、逃げられそうだから攻め方を考えるなぞ、随分まどろっこしいことをしていたものだ。逃げようとするなら、先に捕らえておけば良い。疑いも、誤解も、曲解もする余地の無いくらい、確実に仕留めれば良い。
そうと決まれば、アーチャーをつかまえなくては。働いていないと死ぬのかというくらい動き回っている男だ、一番見つけやすいのはキッチンに入っている時だろう。翌朝にでもキッチンのシフトを確認しようと決め、ランサーは来た時よりは幾分かすっきりとした顔で喫煙室を後にした。
+++
翌日。朝の賑わいが落ち着く頃を狙ってランサーは食堂に現れた。話をするなら混雑時は避けた方がよかろうと(アーチャーに余計に小言を貰う羽目になる)、時間をずらしたランサーは、ひょいとカウンターの中を覗き込んだ。目当ては2つ。キッチンのシフト表と、
(―――いた)
ここでは大抵赤くない、赤い弓兵その人である。今いなければ次の当番の時に、と思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。アーチャーはちらりとランサーの方へ目をくれると、極々自然にふいと視線を逸らした。しかし、一瞬眼を見開いたのを見逃すランサーではない。ばれていないと思っているなんざ可愛い奴め、とか思う辺り、相当頭が沸いている自覚はあった。ランサーはにやけそうになる顔を押し止めると、こちらも自然な素振りでアーチャーの前に立った。
「よう。朝飯、まだあるか?」
アーチャーは眉間に皺を寄せた仏頂面だが、食事を求める者を無碍にはできなかったらしい。渋々、といった体で口を開いた。
「……和食の方なら」
「お、いいねえ。それくれや」
「承知した」
くるりと背を向け、料理を手際良く皿に盛っていく姿を眺めながら、ランサーはこれからの手順を脳内で再確認した。あくまで、自然に。怪しまれないように、感付かれないように。
「……できたぞ」
「どうも。―――なあ、」
朝食の揃ったトレイをついと数センチ押しやり、早々にその場を離れようとしたアーチャーはその声に立ち止まる。呼び止められるとは思わなかったのだろう、再び眼を見開いたその顔は、下りた前髪と相まってランサーには随分と幼く見えた。
「今夜、シミュレーションルーム付き合ってくれよ。当番ねえんだろ?」
ランサーはシフト表をくいと親指で差して言った。
―――結局、ランサーが一晩考えた結果、自然な誘い文句はこれしか浮かばなかった。急に「話がある」なんて言えば警戒されるだろうし、何より。これまで喧々囂々やってきた相手に言うにはちょっと気恥ずかしい。平静を保てる気がしなかった。
とは言え、この誘いも過去の成功率は大して高くなかった。キッチン以外にも仕事は山ほどあるんだぞ貴様のような暇人かつ戦闘狂と一緒にするな、なんて大層な煽り文句で断られることもしばしば。さて今日は何が来るか、といつもより速い鼓動を隠していると。
アーチャーの目が、ぱちりと瞬いた。
(お?)
いつもと違う反応に、ランサーの目は釘付けになる。アーチャーはうろりと視線を彷徨わせ、僅かに俯いて言った。
「そ、うだな。時間はある。その……是非、お願いしたい」
「……へぁ?」
断られたら何て言って粘るかを一生懸命考えていたランサーの頭は、承諾の文言を上手く理解できずにいた。ぽかんとするランサーを、アーチャーがキッと睨み付ける。
「~だからっ、付き合っても良いと、言っている!」
小声ではあるが怒気の籠もった声にランサーの背筋が伸びる。そこで改めて直視したアーチャーの顔は、目元がいつもよりも、ほんのり色付いているように見えて。
(えっもしや照れてんのコイツかっわい……)
ランサーは再びとっちらかりそうになった思考を無理矢理紡いだ。
「っあ、ああ!そう、そうか!うん、じゃあ、えっと、時間!どうする?」
「5時、とかで、どうだろうか」
「お、おぉ、んじゃ、5時に」
「ああ」
ランサーはトレイを持ってカウンターに背を向けた。テーブルはどこも空いていたが、それでもなお人のいない遠い席を目指す。もにょりと動く口を止められなかった。
(なんだ、アイツ。普通に誘えんじゃん)
歌い出したいくらいの気分のままランサーは朝食を口に運ぶ。アーチャーの料理は何でもランサーの口に合ったが、やはり和食は格別で、シンプルな具の味噌汁でさえ体中に染み渡る。ふはりと満足気に息を零しながら、夕方まで何をして時間を潰そうかとランサーは終始ほわほわと浮かれていた。
ここまでは順調だった。
そう、ここまでは。
「―――サー?ランサー!いるんだろう!」
はっと意識が浮上する。自室のベッドに転がった己、ドンドンとドアを叩く音。アーチャーの声と―――左側に17を表示する時計。それらを認識するなり、ランサーは飛び起きた。ドアまでの距離を一瞬で詰め、慌ててロックを外す。
ドアを開けば、予想通り眉間に渓谷を刻んだアーチャーが、赤い武装をひらめかせて立っていた。
「わりぃ!ちっとばかし横になるつもりが……」
「貴様から声を掛けておいて……!」
「面目ねえ」
ランサーはがりがりと後頭部を掻いた。ランサーとて、誘った癖に忘れていたとか、そういうことではない。むしろその逆―――すっかり浮き足立ってしまい、何かで時間を潰そうにも何も手に付かず、遅々として進まぬ時計に苛立ちを覚え始めたところでこりゃダメだ、仕切り直そうと半ば無理矢理寝入ったのが運の尽き。思った以上に深い眠りになってしまい今に至るという訳だ。
(マズったな、今回はなしか……?)
ばつの悪さに軽く俯き、自分より僅かに上の鋼の瞳をちらと見上げる。目が合った瞬間、アーチャーはぎゅっと目を瞑って一瞬渓谷を大渓谷にしてから、んん、とひとつ咳払いをした。
「……まだ時間はあるのだろう?」
「え、あ、おう」
「過ぎたと言っても10分程だ、今からでも良かろう」
「い、いいのか?」
ランサーは紅玉を見開いた。あらぬ方を向いたアーチャーとは、目が合わない。
「……私も、君に用がある。終わったら少し付き合ってもらいたい」
「用って……」
なんだ、とランサーが言う前に、ぷいと顔を背けてアーチャーは歩き出す。
「ほら行くぞ、私は忙しい。まあ、夕食の準備さえなければこの時間は比較的―――」
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
突然の呼び出し音にアーチャーの足が止まる。追いついたランサーが覗き込めば、アーチャーが取り出した通信端末にマスターの顔が表示されていた。
「エミヤ!急にごめん、今から食堂お願いできないかな!? レイシフトしようと思ったらなんか編成間違ってて、どうしてもタマモキャットに来てもらいたいの……!」
駄目なマスターでごめんねえええ、と両手を合わせる少女は今にも泣きそうだ。
アーチャーはすぐに口を開こうとして同行者の存在を思い出し、目線だけをちらりと向けた。それを受けたランサーはひらりと手を振ってやる。サーヴァントの本分を忘れた訳でなし、そうでなくともあのマスターに甘いのは赤い弓兵だけではない。
「問題ない、すぐに行こう。彼女に連絡は取れたかね?」
だいじょうぶありがとうごめんねえ~とずびずび鼻を鳴らすマスターに苦笑しつつ、アーチャーは通信を切ってランサーに向き直った。
「そういうわけだ、すまない」
途端に申し訳なさそうな顔になったアーチャーに、ランサーは再び気にするなと手を振った。そもそも、この男に非はない。
「しゃあねえな。明日、は当番だったか?」
「ああ。明後日なら……」
「あー、俺がレイシフトだわ」
一拍おいて、溜め息が2つ重なった。
「……また誘うわ」
「そうしてくれ。では」
踵を返したアーチャーを見送り、ランサーも自室へと戻る。こうなると寝過ごした10分が惜しい。話だけでも出来たかも、などと考えてしまいチッと舌打ちを響かせてから、ランサーははたと立ち止まった。
「……アイツ、誘っていいって、言ったよな……?」
これしきのことで、と思っても、口元がにやけるのを抑えられない。ぱっと片手で覆うと、ランサーは足早に自室の扉をくぐった。
+++
しゃりしゃりと、じゃがいもの皮を剥く手は淀みなく。慣れた単純作業に、エミヤの思考はふわふわと飛び立った。
ランサーに想いを告げるのは、どこが良いだろう。他人の目がなく、ある程度時間が取れて、ランサーが激昂して多少被害が出ても問題ない場所―――。
(―――レイシフト先、か)
危険が差し迫っているような特異点でなければ、休憩時間に2人で少し離れることは可能である。カルデアでの私闘及び宝具の使用は御法度だから、むしろちょうどいいかもしれない。今回に限っては(文字通り)槍が降ろうが甘んじて受けよう。それで、こんな男などに告白されたランサーの気が少しでも晴れるなら。
(……いや、奴のことだ。無抵抗よりも、全力で相手をする方が望みに叶うか?)
手合わせに誘われることもあるし、一応戦って楽しめる相手だとは思われているのだろう。昨日も……と芋づる式に記憶を辿り、エミヤは僅かに顔を顰めた。
決意の翌日に―――そう、なんと翌日である―――ランサーからの誘いがあるなんて、珍しくツいていると思ったのに。いつもはなるべく断るようにしているから(だって2人きりであの殺気を向けられたらクリティカルヒットだ!)自然に、違和感なく答えられたか自信はないが、それでも了承して、手合わせが終わったらその勢いで告白しよう、と思っていたのに。
(まあ、誰が悪い訳でもないしな。あえて言うなら奴の寝坊だが)
寝起きですと言わんばかりの体でドアを開けた姿に苛立ちを覚えたものの、心底申し訳なさそうな上目遣いを寄越されて一瞬で霧散してしまった。顔がいい。ずるい。自覚しろ。
カツン。芋を拾っていた手がボウルの底に触れ、エミヤは意識をそちらに向けた。ボウルは空、いつの間にか必要数を剥き終わっていたようだ。反対側に山と積まれた剥き上がった芋のボウルを抱えて立ち上がる。
何にせよ、レイシフトを待とう。相性が、だとか、属性が、だとか、何度言っても「だって2人がいると安心なんだもん!」という一言でいまだにエミヤとランサーをどこへでも連れて行こうとするマスターである。機会はそう待たずとも巡ってくるだろう。
エミヤは、そう思っていた。
そう思っていた、の、だが。
(ランサーと一緒にならない、だと……!?)
それまでが嘘のように、エミヤはランサーと一緒に出撃することがなくなってしまった。レイシフトがない訳ではない。しかしランサーと、あれから―――あの決意の日から、一度も一緒になっていない。ランサーに何かあったのかとも思ったがそうでもないらしい。らしい、というのも、エミヤとほとんど入れ違いのようにレイシフトに出ているため、顔を合わせること自体かなり少なくなってしまったのだ。ランサーがまた誘う、と言っていた手合わせもできずじまいでいる。それに関しては、つい口から出た社交辞令だったもしれないとも思っているが。
なぜ急にランサーとエミヤを分けるようになったのか。そんなことをマスターに訊くわけにもいかず、―――「え、そうだった?そんなつもりなかったけど、そんなに一緒が良かった?」なんて言われた日には座に還りたくなる―――悶々としていたのだが、ある日、その答えは向こうから転がり込んできた。
「あ、エミヤ!ちょうどよかった、レイシフトのことでお願いがあるんだけど」
「何だろうか」
端末片手にうんうん唸りながら歩いてきたマスターに声を掛けられ、エミヤは彼女の前で立ち止まった。
「今度のレイシフト、ど~~~しても編成が上手くいかなくて。槍ニキと一緒でも、いいかな……?」
エミヤは、思ってもみない言葉に目を丸くした。
マスターは片目を薄く開け、手を合わせて大変申し訳なさそうに見上げてくる。レベルが高い人が皆連戦になっちゃうからもうエミヤしかいなくて、なんて言い訳のように告げられた理由は、エミヤの耳には入っていなかった。
何故なら。
「……マスター。私の記憶が確かならば、奴と一緒にされたことは数あれど、そのようなことを訊かれたのは初めてなのだが」
何故急に、と問えば、マスターはえへへ、と笑って眉を下げた。
「いやあのね、思い出した、と言いますか。エミヤが、青いランサーと同じチームに入れないでくれって言ってたじゃん?
ぴくり、エミヤの眉が揺れた。
「……まあ確かに、言ったが」
「最初の頃は、そうは言っても他にいないから無理!2人とも来て!って言って、なんとなくそのままにしちゃってたんだけど。今は人数も増えて、皆のレベルも結構上がってきたでしょ?それでこの前、何でか急にエミヤに言われたの思い出したの。ああ悪かったな、今ならちゃんとできそうかなって思って頑張ってみたんだけど―――エミヤ?」
どんどんと眉間に皺を増やし、終いには拳を額に当てて呻き始めたエミヤをマスターは不思議そうに見上げる。
一方エミヤは、
(よりによって、今!それを!思い出したのか!)
あまりのタイミングの悪さに頭を抱えたかった。ああ言った、確かに言ったとも。もう1人の方はさておき、ランサーに関してはなるべく接触しないようにして自分の気持ちを封じ込めようとした時期もあった。しかしその作戦は既に失敗に終わり、今はもう次のフェイズに移行しているのだよマスター……。
とてもマスターには聞かせられない一方的な恨み言を胸に押し止め、エミヤはんん、と一つ咳払いをした。
「気を遣わせてすまない。あれは……まあ、事実ではあるが、人理修復なんていう大きな目的の前に勘案してもらうような事柄ではない。もちろんわざわざ了承を取る必要もないよ」
「あっそうなの?良かった~。すっかり忘れてたから申し訳ないなって思ってたんだ」
にこりと笑みを咲かせた少女に、エミヤは眉を下げた。
「いや、こちらこそすまなかった。……ところで、そのレイシフトはいつかね?」
「明後日だよ。じゃあよろしくね、エミヤ!」
大きく手を振って走り去る少女を見送り、エミヤもまた歩き出す。
明後日。明後日には、蹴りをつけられる。エミヤは今度こそ、と意気込んだ。
そして迎えたレイシフト当日。
エミヤは、落ちていた。上空高くから、真っ逆さまに。
(どうしてこうなった……)
すっかり慣れたレイシフトの感覚、その一瞬後には足の下に地面はなく。更にまずいことには、鷹の目を以てしても見える範囲には誰もいない。いや、マスターが空に放り出されていないのは幸いか。
しばらく落ちるに任せ、地面が近付いたところで難なく着地を決める。そこは濃い霧に覆われ鬱蒼とした森の中だった。
(上空から見えたのと、随分印象が違うな……?)
エミヤの懸念は正しかった。
マスターと連絡は取れたものの、メンバーは数ヶ所にバラバラにされていて(ちなみにランサーはマスターと一緒だった)、当然まずは合流しようということになったのだが。
森全体が魔術的な力を帯びていて、正しい道を選ばないと最初の地点に戻されるという、いわば迷いの森と化していた。各々が試行錯誤を重ねた結果、すべての道順を記録して虱潰しに固めていったエミヤが基点に辿り着き、聖杯の欠片を回収したことで特異点の修復となった。
霧が晴れればただの森、合流は容易い。歩き疲れたマスターの号令で、全員早急にカルデアに帰還した。
そう、つまり。
このレイシフト中、エミヤは、ランサーを誘って少し離れるどころか、一言たりとも会話が出来なかったのである。
あまりにもツいていない。幸運Eにしても、驚きを通り越して呆れてしまう。はあ、と溜息を吐き出しながら横目で見やれば、ランサーはマスターと話し込んでいた。時間を確認すればちょうど夕食の仕込みを始める頃。間に合わなければ代わると言ってもらっていた当番だが、その必要はなさそうだ。エミヤは声を掛けるのも諦め、管制室を後にする。食堂へと足を向けた直後、
「アーチャー!」
「!?」
跳ね上がりそうになる肩を、必死で抑えつけて振り返る。
ランサーが、閉まりかけたドアから半分身体を覗かせていた。
「今日。時間、あるか」
「今日……!?」
ランサーが声を掛けてくるということは、先日流れてしまった手合わせの件に違いない。しかし帰還した直後だ、時間があったとしても魔力が心許なかろう。というか貴様も同じだろうにあれか、自分は余裕だから他人も平気だろうと考えるタイプか。エミヤの眉間にぐっと皺が刻まれる。
「生憎、これから食堂だ」
「あー、じゃあその後は」
「……今帰ってきたばかりだぞ。魔力が回復しない」
「魔力?」
ランサーの目が丸くなる。つられてエミヤも目を見開いた。
「手合わせだろう?」
「え。あ、いや、それもしたいが、こんな時に誘わねえよ。ちっと、話がある、っつうか」
ぽり、と後頭部を掻くランサーとは視線が合わず、エミヤはぱちぱちと目を瞬いた。話、とは。
「……今日のレイシフトのことか?」
わざわざ今日と言うならそういうことかと問えば、あーまあそれでいい、という曖昧な返事。煮え切らない態度に眉が上がりそうになるが、いやこれはチャンスではないかとエミヤは思い直した。
「……良かろう。君の部屋に行けば?」
「おう!」
何故かやたらと嬉しそうな様子に、エミヤの頬も緩む。ぴんと立った耳とぶんぶん振られる尻尾が見えそうだ。口には出さないが。
「22時は過ぎるぞ。……つまみの一つくらいは持って行ってやる」
っしゃ!と小さくガッツポーズをする男を背に、エミヤは今度こそ食堂へ向かう。その足取りが幾分軽くなっていることを、知らぬは本人ばかりなり、なのであった。
(作り過ぎたな……)
夕食の片付けまでをきっちりと終え、さてあるもので何か軽く、と手を動かし始めたエミヤであったが。この後に自分の告白を聞かされるのだからそれなりのものが要るのでは?と考えてしまった結果、気付けば中々に豪華な晩酌セットが出来上がっていた。酒呑みどもに見つかれば非難は免れぬがまあそれは置いておいて、キッチンメンバーには私的流用の詫びと補填の誓いを心の中で唱えておく。
到底トレイに収まりきらない量になってしまった料理たちを投影したバスケットに収め、エミヤはクー・フーリンの部屋へ向かった。―――そう、クー・フーリンの、部屋である。
(しまったな、他の面子を聞いていない)
大変今更であるが、クー・フーリンの真名を持つサーヴァントはこのカルデアに複数いる。エミヤがランサーと呼ぶ青い槍兵の他、キャスター、バーサーカー、年若いランサー。彼らは皆、クー・フーリン部屋の住人であった。
話があると言われ、なんかこう、勝手にランサーだけだと思い込んでいたエミヤはうぐ、と喉の奥で呻いた。レイシフトの話など、誰に聞かれても構わない。人払いの必要など、あろうはずもなかった。
どうにも浮かれていたらしい。パタパタと手で顔を扇ぎ、頬に触れて体温を確認する。大丈夫、元の肌色で誤魔化せる程度だ。何人いても問題ない、別に落胆なんてしない。むしろそのつもりで多めに作ってきたという体にしよう。そうしよう。
そうこうしているうちに目的地が近付いてきた。どうやら同じ方向で酒盛りでもしているらしく、随分と賑やかな声が廊下にまで漏れている。あまり遅くまで騒いでいるようなら一声掛けるか、などと思いながら歩みを進めると。
「……なんでさ」
賑やかな声の出所はエミヤの目的地、クー・フーリンの部屋であった。何人いてもとは思ったが流石に想定外、とエミヤが立ち尽くしていると、勝手にドアが開いた。
途端にむわりと立ち込めた酒気に思わず眉が寄る。
「ようエミヤ、待ってたぜ!入れよ!」
エミヤを出迎えたのはプロトだ。既に出来上がっているらしい彼の横から中を覗けば、部屋の片隅で我関せずと丸まっているオルタと何故だか苦笑を向けてくるキャスター、そして中心にはスカサハとフェルグスが見える。うん?どういう状況だ?
「おおエミヤ殿!待ちくたびれたぞ!」
大声で呼ばわるフェルグスと、無言で手招くスカサハ。エミヤの口端が引きつる。あんなところへのこのこ入って行ったが最後、蛇どころかそれこそ蟒蛇に睨まれた蛙同然、ぺろっとやられてしまう。何とか断る口実を探し始めた時、救世主は部屋の中から現れた。
「だーっ!やめろやめろ!師匠や叔父貴と飲ませたら大抵の奴が一瞬で潰れちまうだろうが!プロトもそこ退きやがれ!」
べりべりとプロトを入口から引き剥がした青いランサーは、後ろ手に扉を閉めるとはああ、と大きな溜息を吐き出した。
「……何と言うか、随分想像と違ったのだが」
一対一じゃないのか、という当初の想定もこっそり込めて問えば、ランサーはがくりとうなだれた。
「……すまん。どこからかお前さんが来るっていうのがバレたらしくてな……」
他の自分を追い出す間もなく2人の強襲を受け、もれなくクー・フーリンが酒盛りに付き合わされているのだという。
「それは、なんというか……大変だったな……?」
「おうよ……悪かったな、来てもらったのに」
「まあ、あのお二方では仕方あるまい。……そう言えば話があるのだろう?どうする?」
中で聞くか?と言うと全力で拒否された。
「また改めさせてくれ」
「構わんが。今日じゃなくて良いのか?」
「こんな状況でする話じゃねえからな」
はて、どんな状況ならいい話なのだろう。エミヤの胸にふと浮かんだ疑問は、鼻をひくつかせるランサーの姿に気を取られて霧散した。
「にしてもいい匂いすんな……なんか色々あんじゃねえの」
「あ、ああ。クー・フーリンが何人いるかわからなかったのでね。多めに作ってある。鼻の利く猛犬殿に差し上げよう」
「犬って言うな。あー、お前も飲んでくか?」
今度はエミヤが全力で拒否をした。
「悲しいかな、既に死した身とてあそこに加わって生きて帰れる気がしない。それに明日もレイシフトなのでね。皆で食べてしまってくれ」
エミヤがバスケットを渡せば、ランサーはそれをそっと受け取った。
「ホント悪いな……今度なんか、えっと……」
何やら埋め合わせを考えているらしいその顔に、ちらりとエミヤの悪戯心が芽生えた。
「では今度は、私の部屋に来てもらおうか」
「え」
「今日の詫びと言うのなら、否やはあるまい?」
目を丸くしている槍兵が可笑しくて、エミヤは笑いを噛み殺す。何故だか硬直しているランサーをそのままにして、エミヤは自室へと戻っていった。
数日後、エミヤは自室でランサーを待っていた。
エミヤと入れ違いのようにレイシフトへ赴いたランサーが、この日には帰るから同じ時間に、と言い置いたからである。早く片を付けてしまいたいエミヤとしても願ったり叶ったりのため二つ返事で了承したが、なんだか最近こうして約束ばかりしている気がする。まるで仲が良いみたいだ、などと浮かれた思考を頭を振って散らし、結局一度も目的を達成できていないのだから無効だ、と自分に言い聞かせる。それはそれでどうかと思うほどの不幸っぷりではあるが。
そこまで考えたところで、はたとエミヤは気が付いた。
(……遅くないか?)
マスターの帰還は夕食の片付けをしている時に食堂で聞いた。残りを急いで終わらせて作ってあった料理を持って部屋に戻ってから、30分は経っている。レイシフト後は、何もなければ5分と掛からず解散するのが常である。そう、何もなければ。
さっとエミヤの血の気が引いた。何かがあったのでは。とりあえず管制室へ、と立ち上がった時。
廊下に、ランサーの気配を感じた。
思わずその勢いのままロックを解除しドアを開ける。勝手に開いたドアに目を丸くしたランサーが立っていて、エミヤは、は、と短い息をついた。
「あ……すまない。遅かったから、何かあったのかと思って」
無事なようだな、と続けると、ランサーは口をへの字に結んで首を振った。無事、ではない、と?意味が分からず眉を寄せると、ランサーは持っていた物―――スケッチブックの表紙を捲ってエミヤに突き付けた。
『呪い受けて声が出ねえ』
そこには、ランサーの字でそう書いてあった。
「……はあ?」
ランサーがぺらりとページを捲る。
『医務室でもキャスター連中にも診てもらったが、今日中には治らんと言われた』
「……はあ」
ぺらり。
『話はまたにさせてくれ』
ぺらり。
『すまん!』
「はあ」
どでかく書かれた3文字をエミヤが読んだのを確認してから、ランサーはスケッチブックを脇に挟んでぱちん!と両手を合わせた。これも、すまん!ということだろう。
「ああ、まあ、それは、構わんが……。治る目途はついてるのか?」
ランサーはわたわたとどこからか極太の油性ペンを取り出してキャップを外した。きゅぽん、という間の抜けた音が、夜分の廊下に嫌に響く。きゅきゅきゅっとスケッチブックに書き付けて、くるりとエミヤの方に向けた。
『時間で解ける。弱い。3日?』
「……そうか。災難だったな……?」
うんうん、といつもより大仰な動きでランサーは頷いた。
「ところで君、それらはどうしたんだ?」
手の中にあるものを指差すと、ランサーはスケッチブックを閉じて裏返し、角を指差した。
『ダ・ヴィンチちゃん☆』
「……女史の持ち物か」
どうせならサインが見たかった、と思ったことは置いておいて。解呪ができないとわかったその場で筆記用具を求め、先の内容を書いてきたらしい。マジックでカンペを作る光の御子……。すまないランサー、私のためにそのような姿を晒す羽目に。
とにかく、今日はなしだと言うのならこんなところでランサーを引き留めておく必要はない。
「治ったら教えてくれ。わざわざご苦労だったな」
指を揃えた手を顔の前に立てて―――あれも「すまん」なのだろう―――去っていくランサーを見送り、エミヤもドアを閉める。室内を振り向くと卓上の料理が目に入った。エミヤは額に手を当ててはあぁー……と盛大な溜息を吐き出した。
今度こそと、思っていたのに。
「あんまりにも、ツいていない……」
エミヤの嘆きは、冷えた部屋の空気に溶けていった。
+++
ランサーのクー・フーリンは、正直参っていた。
アーチャーに、告白できない。
何度機会を作ろうとしても失敗に終わっている。もしやと誰かの作為も疑ったが、どれもこれもあまりに偶発的な邪魔ばかりで一瞬でそんな考えも霧散した。決めたら即行動のランサーにとって、こうも「待て」が続くことは耐え難い苦行であった。
そんな気分は医務室でOKが出たところで晴れる訳もなく。さて今日はどうやって誘おうかと考えながら歩いていると、ちょうど向こうからその相手が現れた。
「よう」
「ランサー。呪いは解けたのか?」
「ああ。今朝起きたら治っててな、今診てもらったところだ」
まったく厄介な呪いだった。いや、声が出なくなるだけなぞ、大したものではないのだ。よりによって、想いを告げようという時でさえなかったら。流石に筆談では間抜けが過ぎると、泣く泣くアーチャーとの約束を再び延期にさせた、あの呪いである。思い返せば苦いものがこみ上げてきて、ランサーは顔を顰めた。
「悪かったな。この間は」
文字での謝罪はしたものの、やっぱり収まりが悪いと口にすれば、アーチャーはふると首を振ってから言った。
「君、今日の予定は?」
「元々あれのせいで待機だったからな。なんもねえよ」
「では今夜、仕切り直しはどうかね?」
片目を瞑り、フフン、と言ったアーチャーにランサーは目を丸くした。アーチャーからの誘い。律儀に流れた場を再度設けようとしているだけかもしれないが、それにしたって嬉しいものは嬉しい。
しかしだ。ランサーはここ最近学んだのだ。―――時間が空くと、その間にきっと何かが起きる。
「それもいいが、今暇か?」
「今?……まあ、洗濯が終わったところで、昼食は当番ではないから、時間はある、が」
「よっしゃ。お前の部屋行こうぜ」
ランサーはアーチャーの二の腕を掴むと、引っ張るようにぐんぐん歩き出した。
「ま、て、待て!今か!? 何の用意もないぞ!」
「構わん。話をするだけだ、30……いや、10分もあれば―――」
キィィィーン!!
突然響いた耳障りな機械音にランサーの言葉がかき消される。何が起こったのか分からないランサーに対し、アーチャーは頭上の一点、館内放送用のスピーカーを見つめていた。
そこからザザザッ!バタバタッ!と慌ただしい音に続いて飛び出したのは、いつもの余裕っぷりが嘘のようなダ・ヴィンチの声だった。
『マスター!マスター、至急管制室へ!微小だが特異点が、わ、わ、マズい!マズいよこれは!おっと、次に挙げるサーヴァント諸君も来てくれ!―――』
「おいおい嘘だろ……!」
次々と名前が呼ばれる中、ランサーはもはや嫌な予感しかしない。そして。
『―――それから、ランサーのクー・フーリン!ああ、青い方のね!』
10秒で来てくれ!という無茶ぶりを最後にブツリと切れた放送。見えはしないそれを睨み付けるかのように、ランサーは虚空を恨めしげに見上げて呟いた。
「……年若い方もあ」
「諦めろ、ランサー。10分どころじゃなかったな」
食い気味に悪足掻きを否定されてじとりと睨めば、ふるふると首を振って返された。打つ手無し。
「……夜で頼む」
「了解した」
ランサーは掴んだままだったアーチャーの腕を離すと、会話に費やした5秒を取り戻すように全速力で駆け出した。
(時間おかなくてもダメなのかよォ!!)
悲痛な叫びを、心の中であげながら。
結局ランサーがカルデアに戻ったのは、日付が変わってからだった。しかも「これで最後なはずだから!」と言われて宝具を放った後の予期せぬもう一戦で、ランサーの魔力はスッカラカン。消滅とまではいかないものの、全身にぐったりと疲労感がまとわりついていた。帰ればどうにでもなると令呪での回復は断ったランサーだったが(日付が変わる前なら遠慮はしなかったのに!)、部屋に優先的に魔力回してもらうから!というマスターの声を最後に、ぷつんと意識を落としてしまった、らしい。
らしい、というのは、次にランサーが気が付いた時にはクー・フーリン部屋の自分のベッドの上だったからだ。起き上がってしょぼしょぼと閉じたがる瞼をぱちぱちやっていると、それに気付いたキャスターの己が振り返り、訊いてもいないのに状況を説明し始めた。
曰く、意識のない状態で運び込まれたこと。今は翌日の夜であること。ランサーを連れてきたのは、赤い弓兵であること。
「あっ!!アーチャー!」
突然の大音量に肩を跳ねさせたキャスターに睨まれつつ、オルタの自分が起きないうちに部屋を出る。とりあえず向かうは、この現界でかの守護者が最も守っている頻度の高い場所だ。
「どうかしたかね。夕食はもう終了したが」
がらんとした食堂に大して大きくもない声が響く。アーチャーはやはりキッチンにいて、朝食の仕込みをしていた。ランサーを認めて手を止めぬままに寄越した声は平坦で、約束を反故にしたことに対して厭味の一つも飛んで来やしない。それが、お前に興味などないと言われているようで、ランサーはどうにも面白くなかった。
「いやなに、手間掛けたなと思ってよ」
「……何のことやら」
知らぬ存ぜぬで通すつもりか。ふーん、と呟いたランサーは、にやりと口角を上げてカウンターに肘を付いた。
「槍無しから聞いてるぜ。部屋に運んでくれたのはお前だって。わざわざ管制室まで来てくれたってのに、また約束すっぽかして悪かったなあ」
わざわざ、を強調して言えば、案の定アーチャーの目が泳ぐ。
「わざわざではない!偶々……そう、偶々!管制室の前を通ったら騒がしかったから覗いただけだ!それに……、昨夜のあれは、サーヴァントとしての職務を全うした結果だろう。……謝罪は不要だ」
「ほーん。そりゃどーも」
偶々、あんな深夜にあんな所を徘徊していた理由は一体何だというのか。突っ込みどころを敢えてスルーして、ランサーはどっかりとアーチャーの正面に腰を下ろした。
アーチャーの眉間に皺が刻まれる。
「……何をしている?」
「終わるのを待ってる」
「……何が?」
「お前の仕事が」
「……何故」
「話してえから?」
眉間の皺がぐっと深くなる。多少身構えたランサーに降ってきたのは深い溜め息だった。
「あと1時間はかかるぞ。ずっとそこにいるつもりかね?」
「おう。なんでか最近邪魔ばっかり入りやがるからな」
「それは……確かにそうだが。だからと言ってそこにいなくても」
「嫌だね」
穴が空くほどじっと見つめれば、アーチャーはひとつ小さく息を吐き出してまた食材を切る作業に戻り―――数分もしない内にその手を止めた。
「頼む。帰ってくれないか」
視線が煩い、と特徴的な眉尻を下げて言われても、ランサーも退くわけにはいかない。さてどうしたものかと首を捻れば、アーチャーの方が口を開いた。
「先日の話なのだろう?作業しながらで良ければ、今聞いてしまうが。幸い誰もいないし、聞かれて困るなら鍵を掛けてきても良い」
この時間、短時間なら構わないと言うアーチャーに、ランサーはぽんと膝を打った。
その手があったか。
別にどこかへ移動しなくても、衆人環視でさえなければ良い訳だ。どちらかと言えばアーチャーの方が気にしそうだと思っていたが本人がこう言っていることだし(なおランサーの頭からは、アーチャーがレイシフトの件だと思っていることはすっぽ抜けている。)。
「俺は構わねえ。じゃあアーチャー、早速だが聞いてくれ。俺はお前が―――」
ブツン!
「はああ!?」
照明が落ち、雑多な機械の稼働音がすべて消えた。静寂にランサーの叫びが良く響く。
「停電だな。食堂だけならいいが。ランサー、管制室に様子を」
カラーン!
「はあああ!?」
……今度はアーチャーが消えた。金属音は持っていた包丁が落ちた音だろう。そしてあの消え方には、心当たりがある。
「アイツが令呪で呼ばれるって、どんだけ切羽詰まった状況なんだよチクショ~!」
電気設備のトラブルだかで停電するのはままあることで、それの対処に向いているアーチャーが呼ばれるのもままあること。しかし、令呪を使ってまでとなれば話は別だ。ランサーも管制室へと走る。
それにしたって、ツイてない!あと10秒、いや5秒で良かったのに!
「俺が何したってんだァーっ!!」
常よりも気持ち静かな廊下に、ランサーの嘆きは虚しく響いていった。
+++
停電騒ぎから一夜明けて。ランサーは靴音高く廊下を歩き回っていた。全身から苛立ちのオーラが立ち上っていて、近付き難いことこの上ない。
あの後、結局ランサーはアーチャーに話をする機会はなかった。管制室へ飛び込めば真っ暗な中、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていてそれだけでも事の重大さが知れた。まもなく照明が点き、モニターや端末の稼働音が一斉に上がって緊張が緩んだところで、アーチャーはマスターとともに大元の電源装置の所だろうという情報を得たランサーは、その場に力仕事が無さそうなことを確認してからそこへ向かった。作業が終わり次第アーチャーをとっつかまえる為である。
ところが、電源室の扉の前にはドクター・ロマニとマスターが難しい顔で立っていた。実は辛うじて予備電源に切り替わっただけで未だ本体は動いていないらしく、アーチャーは技師たちとともにその復旧に当たっているのだという。下心半分で手伝えることがないかと問えば、まだ大っぴらにはしていないけど電力不足になる可能性もあるから出来るだけ魔力を温存しておいてほしい、と真面目な顔でマスターが言う。そうまで言われてしまったら無理に居座る訳にもいかない。ランサーは後ろ髪を引かれつつもその場を後にし、大人しく自室のベッドに転がったのだった。
朝になって部屋を出ればいつも通りで、朝食を後回しにしてダ・ヴィンチを訪ねれば無事に復旧が終わったとのこと。アーチャーはそれなりに魔力を使ったので部屋で休ませている、ついでに今日は休暇になっているよ!との言葉を背に、ランサーはアーチャーの部屋へ向かった。部屋にいるならば、いっそ起きてくるまで部屋の前で待ち伏せようという魂胆である。
しかしそれは叶わなかった。アーチャーの部屋に近付くにつれ、ランサーは嫌な予感をひしひしと感じていた。アーチャーの気配がしないのだ。扉の前に立てば、中にいないのは明白だった。
(アイツ、ちょっと回復したからってまたどっか行きやがったな……!)
ランサーは奥歯をぎりりと鳴らし、額に青筋を立てた。
今日という今日は、絶対に逃がしてやらん!
そうと決まれば行動あるのみ。カルデアのブラウニーが出没しそうな場所を片っ端から巡るべく踵を返した結果―――先述の通り、不機嫌を振り撒いて歩く羽目になった。
キッチン。ランドリールーム。地下菜園。管制室。昨日の電源室。一応シミュレーションルームに、もう一度アーチャーの自室……。どこへ行っても姿は見えず、実はどこかに隠れているのかとも思ったが、目撃情報はあって「さっきまでここにいましたよ」なんて言われることも。しかも何かを探しているようだったという証言もあり、俺がこんなに探し回ってるってのにお前は何を探してうろうろしてやがる、という、アーチャーにとっては理不尽この上ない怒りすら湧き上がり、ランサーの苛つきは最高潮に達しようとしていた。
そうこうするうちに時刻は昼、この現界ですっかり身についてしまった腹時計が食事時を告げる。
(飯食ってからまた探すか……)
ランサーは本日既に何度目かになる食堂に足を向けた。子ども姿のサーヴァントが連れ立って小走りにランサーを追い越していく。食堂の扉をくぐった彼女たちの足音がぴたりと止まるのを、何とはなしに聞いていた。それに続く会話も。
「今日のお昼ご飯は何かしら、エミヤのおじさま!」
その瞬間、ランサーは最速の英霊の本領を発揮した。
昼食を取る職員とサーヴァントで賑わう食堂。その一角のキッチンのそのまた一角で、エミヤはグラスを拭いていた。その手がふと止まり、眉間の皺がぐぐっと深くなる。はっとして慌てて手の中のグラスを確認し、ひびがないのに安堵してまた丁寧に磨き始めた。前日の働きにより当番から外れたはずの男が何故こんな所にいるかと言えば。
(ここなら奴が来ると思ったのだが……)
ランサーを探してカルデア中をぐるぐる回った結果、そんな結論に達したからであった。
劣化した箇所の特定と部品の投影、各システムの動作確認を経て、電力設備復旧作業の会がお開きになったのは明け方近くだった。解析と投影にそこそこの魔力を消費したエミヤは、部屋に送る魔力増やしとくからゆっくり休んで!とのマスターの声に背中を押されて自室へと向かった。
ふらつくほどではないものの、全身を襲う倦怠感が思考を変な方向へ巡らせる。頭に浮かんだのはここ最近の悩みの種、ランサーのことだった。
(話があるなどと言うくせに、一向に進まんではないか……)
つまりは、告白の機会が訪れない。焦りは苛立ちになり、ランサーへと向かう。因みに意図していないとは言え、自分の都合で場が流れた時もあったことは今のアーチャーの頭から抜け落ちている。
そしてアーチャーは気が付く。
(と言うか、アレの話とやらを先に聞く必要はないのでは……?)
告白して完膚無きまでに振られれば、ランサーは二度と話し掛けてこないだろう。その前に聞いておくべきかと思っていたが、この際どっちでもいいような気がしてきた。本当に必要なら伝言でも何でもやりようはある。もう、良かろう。
今日という今日は、絶対に想いを告げるのだ。
その決意はばたりと倒れ込むように眠りに就いたのち、常よりも遅い時間に目覚めたエミヤの胸にしっかりと残っていた。手を握り込んでは開くのを数度繰り返し、魔力の量を確認する。満タンとはいかないが、動き回るには十分だ。
まずは朝食も兼ねて食堂へ行こう。基本的に3食しっかり摂るランサーにも、そこで会えるかもしれない。
遅いとは言え常が早過ぎるだけで一般的には早起きと称される時間。エミヤは通常の朝食の時間に合わせて部屋を出たのだった。
しかしランサーは現れず、ならばとランサーの部屋へ向かうも、クー・フーリンは全員出払っていてもぬけの殻。誰かに行き先を訊ねることもできず、心当たりを辿ってカルデア中を探し回ってしまった。
シミュレーションルームにもいない。喫煙室でもない。キャスターのクー・フーリンの工房も覗いてみたが主も不在で手掛かりはなく。管制室でなら居場所がわかるかもしれないが、こんな極々個人的な用件で職員の手を煩わせるなど論外だ。早々にネタの尽きてしまったエミヤは、昼を前に手持ち無沙汰になってしまった。
今日は一日カルデアに居るはずの男が、こんなにも見つからないなんて。
「暇さえあれば散歩したがる犬か、奴は……!」
勝手に探しておいてなんとも酷い言い掛かりである。しかしエミヤはそれにも気付かないほど、静かに苛立ちを募らせていた。―――かくなる上は、
(ランサーが来るまで、キッチンに居座ってやる!)
ついでに食事の用意を手伝ってしまっても構わんのだろう?と謎の決意を胸に、エミヤは食堂に向かう。
そしてエミヤの休暇の理由を知るメンバーに構わなくない!と怒られ、唯一許されたのがグラス磨きだった。曇りが良くとれる布とか投影しちゃだめだからね!と釘も差されている。仕方なく、食堂の入口がよく見える位置で備え付けの布巾でグラスをきゅっきゅとやっているが、ランサーは来ない。
何故来ない。あんなに話をしたがっていたではないか。私がこうして待っているというのに、奴ときたらいったいどこで油を売っているのやら。それともあれか、私が告白しようとしているのでも察知して、私を避けているのか。そうかそうか、自分の話はしたいが、私の話は聞きたくないと。ふーん?
ぎゅり、と、グラスと布巾が変な音を立てる。眉間の皺を深く深く刻んだエミヤが、ならば人質ならぬ飯質だとキッチン居座りを心に決めたとき。食堂の入口にひょこりと小さな影が覗いた。彼女たち―――ジャックとナーサリーはエミヤを見つけるとぱたぱたと駆け寄ってくる。眉間の渓谷を解いて2人を迎えれば、当然エミヤが昼食当番だと思ったナーサリーが口を開いた。
「今日のお昼ご飯は何かしら、エミヤのおじさま!」
メニューを答えようとしたその時。食堂に青い疾風が飛び込んできた。
アーチャーを見つけた瞬間。ランサーの怒気がぶわりと膨れ上がった。紅い瞳はぎゅっと縦に絞られ、ぎちりとアーチャーを睨み付ける。
「ようやく見つけたぜこの野郎……!」
「それはこっちの台詞だ、たわけ!」
アーチャーも一瞬驚きを見せたものの、あっと言う間に殺意にも似た剣呑な気配をランサーに飛ばす。グラスを手放して足早にキッチンを出るまでの間も、鋼の瞳はランサーを捉えて離さない。
互いに走り寄る勢いで接近し、両者ともにガッ!と胸倉を掴み上げる。きゃあ!?という少女の悲鳴は、どちらの耳にも入らなかった。
「ランサー!私は……」
「アーチャー!テメエ、」
二人は同時に叫んだ。それも、食堂中に響き渡る大声で。
「君が好きだ!」
「俺の炉端に来い!」
「……は?」
「お?」
二人は互いに至近距離で見つめ合ったまま、ぱちりと瞬きを一つ。一触即発の空気は瞬時に霧散した。先に意味を理解したのは、やはりランサーだった。にやりと紅玉を撓めて口端を上げる。
「そういうことなら、改めて返事を聞く必要はねえな?」
「まっ待ってくれ、私はそんなつもりじゃ……」
アーチャーはまだ混乱から帰ってこられない。瞳を丸くしたままあわあわと首を振る。しかしすっかりその気のランサーは腰に回した手でアーチャーを引き寄せ、もう片方の手を頬に伸ばしてするりと撫でた。ひっと呻いたアーチャーは思わず胸倉の手をぱっと離してしまい、すかさずランサーが隙間を埋めるようにさらに顔を近付ける。
「あ、わ、ちか……ラ、ランサー……!」
カッとアーチャーの顔が熱を持つ。それに気付いたランサーはくっと小さく笑い、一層甘ったるい声で囁いた。
「つれねえこと言うなよ。それともあれか?俺の為に毎朝味噌汁作ってくれ、の方が良かったか?」
「ひょわっ!? いや、あの、そういうことではなくてだな……!」
「じゃあなんだよ。聞いちまった以上、嫌だなんて言わせねえぜ。なあ、アーチャー……?」
ランサーがゆっくりと顔を寄せていく。アーチャーは美しい顔のどアップという視覚の暴力に耐えきれず、咄嗟にぎゅっと目を瞑った。それを了承ととったランサーが顔を緩く傾け、そして―――。
「……令呪を以て命じる!エミヤ、ランサーのクー・フーリン!続きは部屋でやんなさーいっ!!」
シュン!と二人の姿がかき消え、静まり返っていた食堂に徐々に喧騒が戻っていく。いや、今の告白劇で盛り上がっている者がそこかしこで見られるので、事の前より賑やかになりそうだ。
食堂の真ん中、食事中のテーブルから立ち上がって仁王立ちしていたマスターは、は~、と全身で大きく息をついた。お疲れ様です、と労ってくれるマシュの頬はちょっぴり赤い。ぽん、と肩を叩いたロビンフッドと目を見合わせ、再び溜め息を一つ。
「ねえ、あの二人さあ」
「ええ……」
マシュもうんうんと頷いて。
「「「付き合ってなかったん(だ・す・です)ね(!)」」」
顔を合わせても喧嘩してないし、いつも約束してるみたいだったから、と後日聞かされ、アーチャーは頭を抱えたそうな。
さて、ランサーとアーチャーが強制的に移動させられた先はアーチャーの部屋だった。クー・フーリン部屋へ放り込まれなかったのはマスターの配慮だろうか、とランサーが考えていると、腰を抱いたままの腕の中でアーチャーがわっと顔を覆った。
「最悪だ……あんな、大勢の前で……どうかしていた……!」
「あー、まーそうだな。俺もそんなつもりじゃなかったんだが、つい」
「『つい』であんなことを口走るのか貴様は!」
羞恥が振り切れて噛み付くアーチャー。ランサーは僅かに眉を寄せた。
「内容の話じゃねえよ。俺ァ心の底からお前と共にありたいと思ってああ言った。今日こそは言わなきゃなんねえと思ったから、顔見たら『つい』出ちまった、って話だ」
「あ……う……」
真っ直ぐな言葉と視線に、アーチャーはまた顔を真っ赤にして俯いてしまう。ランサーはそんな白髪頭を宥めるように撫でつけ、ぐり、と額を押し当てた。
「なあ。顔上げろ」
「い、やだ」
「キスしてえ」
「っへぁ!?」
驚いて思わず顔を上げてしまったアーチャーは、紅い瞳がとろりと溶け出しそうな甘さを孕んでいるのを直視してしまった。視線が絡まって逸らせない。両手で頬を撫でられ、鼻の頭を擦り付けられて。アーチャー、と呼ばわる声は吐息と熱をたっぷり含み、その薄く開いた唇が、ゆっくりと近付いて、アーチャーのそれに、触れ、ようとして。
プシュッ。
ドンッ!
「ぐぇ!?」
「やあやあ君たちお揃いだね?二人がステータスに関する呪いを受けていることが発覚したよ!ここ!この幸運の欄、よく見ると『E』の右上に小さな『2』があるのわかるかい?これはEの2乗、つまりE×Eってことなんだけど、どうやら互いの幸運値に影響を及ぼす呪いらしく君たちの幸運値が掛け合わさった結果、壊滅的な不運をもたらしているんだ!これは一刻も早く知らせなければと思ったのにこんな時に限って館内放送が調整中で、霊基反応がここだったからダ・ヴィンチちゃん直々に伝えに来たんだ……けど……、改めようか?」
真っ赤な顔を両手で覆って立ち尽くすアーチャーと、ドアが開いた瞬間突き飛ばされ、受け身も取らずに床に転がったランサーを見て、手に持った端末を見ながら喋っていたダ・ヴィンチは一応問いかけた。
「その前にノックをしてくれ……」
「いやもう全部言ったろ!改める必要ねえよな!?」
朱に染まった耳を隠せていないアーチャーは指の隙間から言葉を絞り出し、がばりと身を起こしたランサーはぎゃん!と吠えた。対照的な二人にダ・ヴィンチは、まさに絵画のような微笑みを向けてまた喋り出す。
「いやーすごいね幸運Eの2乗!身を以て知れて良かったよ!今回の呪い、術者は自身のあまりの運の無さに絶望して他人の幸運を掠めとろうとしたらしいが、いやーこんなことは想定外だったんじゃないかな?そういえば通信端末を使えばよかったんだけど全然思い付かなかったな~怖いな~これも幸運Eの2乗のせいか~!……ああ帰る、帰るからそんな殺気立たないでくれたまえクー・フーリン。お詫びと言ってはなんだが、ついでに10分間はドアを遠隔施錠しておくから安心してさっきの続きをすると良い!一応、今度は中からも施錠するんだよ!それじゃ!」
ピシャン!ガチャン!カツカツカツカツ……。
嵐のように現れたダ・ヴィンチは、同じく嵐のように去っていった。呆然とそれを見送ったアーチャーは、ランサーが内鍵を掛けた音で我に帰る。ついでとばかりにルーンで防音を施した男はすっかり目が据わっていて、アーチャーは引きつった悲鳴をすんでのところで飲み込んだ。
「ランサー、落ち着け、」
「待たん。もー我慢ならん」
じりじり迫るランサーから後退り、いつの間にかベッドに乗り上げたアーチャーにもう逃げ場はない。
「いや、ほら、呪いのせいでどうなるかわからんぞ!ロックが壊れるかもしれないし、」
「どうでも良い」
「良くないだろう!? 待て、ステイ!ハウス!」
「うっせえガタガタぬかすなひん剥くぞ」
「ひん……!?」
ランサーの両腕がアーチャーの頭を囲むように壁に突き立てられる。壁ドン、なんて言葉がアーチャーの脳裏を駆け抜けていった。ランサーがぐいと顔を寄せ、焦点が合わないほど近くに紅玉が迫る。と、その上の青い眉が切なげに寄せられて、アーチャーは息を呑んだ。
「……アーチャー、ダメか?」
「っ、」
囁くような声音は、一転して懇願を含み。
「嫌なら、しねえけど。俺はお前が欲しい。全部欲しいが、今は、」
ふに、と白い親指が、アーチャーの下唇を優しく押し潰す。
「嫌か?」
ぎゅん。アーチャーの心臓が、変な音を立てた。
「い、やじゃ、ない……」
そっと目を伏せたアーチャーにランサーは笑い、今度こそ唇が重なった。
「あ、ふぅ……ん、らん、ひゃ……」
「ん……あーちゃ、」
表面を確かめるような軽い口付けは、あっという間に互いを貪る激しいものへと変貌した。くちゃり、ぐちゅりと濡れた音が部屋を埋める。
「んん……も、時間、」
「んあ?いいだろ、んなもん……」
「よくな、あ、ロック、が……」
「鍵掛けたろ。ほら、アーチャー……」
「んんん!んーっ!あ、は、ん……、この……!」
「痛って!」
ぐいと束ねた髪を引かれ、やっとランサーはアーチャーの唇を解放した。
「女史が、また来るかもしれんだろう……」
「~~~でもよォ~!」
ぐりぐりと青い頭を肩に擦り付けて、はあ、と熱い吐息を零し。
「ちんこ痛え……」
さっと、アーチャーの血の気が引いた。
「貴っ様……!離せ、この!ケダモノ!」
「あんだよ仕方ねえだろ、男なら当然だろ!」
「うるさい!もう、知らん!やめ、」
「ヤダ。もっと寄越せ」
「んぅ―――!」
ランサーはじたばた暴れる身体をすっぽり抱き込み、後頭部を鷲掴みにして唇を奪う。じゅるじゅる吸い立てればまもなく力が抜け、もがいていた腕も縋るように添えるだけになった。
「んぁ、はふ……、きみ、ごういんだ……」
「わり。今日はそっちはしねえから、だから、もうちっと、な……?」
「んぅ……」
不服そうな声を漏らしつつアーチャーもランサーの首に手を回し、互いに引き寄せて再び食らいつこうとして―――。
「開いたー!外からロックされて閉じこめられたって聞いたけど二人とも大丈夫だった!?」
内鍵は見事に弾け飛び、カシャーン!と床に落ちた。
「マースータ~!もうホンット、勘弁してくれ!」
「え、なんでアニキはベッドから落ちて逆さまに、あれ、エミヤは?布団の中?……あっもしかしてもしかしなくてもお邪魔しちゃった!?」
「わっ、ロビンフッドさん、なんで目隠しを……?」
「お嬢ちゃんにはちょーっと刺激が強過ぎるんで」
「……地獄に落ちろマスター……」
「あ、この天才ダ・ヴィンチちゃんをもってしても解呪の方法がまだ検討ついていないって、言ってくるのを忘れてしまったな。まあいいか!」
二人のツイてない日々は、どうやらまだ、終わらないらしい。
続く……?
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- March 4, 2023