私が、40歳までフリーの経済記者をしていたころ、金融専門家として国内外取材活動していました。即席独学の俗にいうにわか者。
週刊文春、写真週刊誌フォーカス、サンデー毎日、女性自身、週刊女性、ビックツモロー、毎日新聞などなど多数、署名入り記事を執筆していました。
その中の一例です。当時は、まだ東京近郊電車、大阪近郊電車まで、電車内つり革広告がぶら下がっていた頃です。
週刊文春は、1ヶ月毎週、署名入り連載記事を書いていました。
こういう取材活動、現在でも役立っています。
私が、マスメディアに登場したのは、17歳の頃、難関のTBS緑山塾一期生、ジャニーズJr.経てホリプロの俳優に転身しました。
その年にホリプロに入ったのは、私だけで全国オーディションで1万人の中から選ばれスカウトでした。
大学進学のため2年足らずで芸能界引退。当時ホリプロは、大学進学は許されない時代でした。
それから国内外金融機関勤務、国内外企業会計マネージャーとなり、37歳で突如、経済記者の経験のないまま、週刊文春に殴りこみ突入、すぐさま書き下ろした原稿を持ち副編集長に渡す。
副編集長は速読。会った10分後に、どこの誰かも知らず、一ヶ月間、来週から記事4ページ連載してくださいと依頼。副編集長は、2年後編集長となる人でした。
和歌山カレー事件では、テレビ、雑誌コメンテーターとして林真澄受刑者が日本生命の外交員時代の保険金契約の裏側と騙し取る手口を解説。
こういった経験の後、保険会社経営設立準備会社に社長にと招聘されましたが断り、政治の世界と中高学校と大学教育にも携わり、今日に至ります。明日は、高校で裁判のページ教えます。
元自民党副幹事長(佐藤ゆかり)政策秘書
野党衆参議員政策担当秘書
現、大学研究員他、秘密