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見ればわかる/Novel by もふもふ

見ればわかる

16,220 character(s)32 mins

初めての方ははじめまして、そうじゃない方は…神様ですか?仏様ですか?
いつもありがとうございます…!

カルデアで、アーチャーに惚れているランサーがキャスターの振りをする話です。
気付いちゃう弓と気付かず振り回される弓、どっちもありですよね。
強いて言うなら私の好みはこちらです!(→本編)
…いやタイトルでバレバレでしたね(^_^;)

!注意!
・不勉強のためキャラの乖離もあるでしょうし、カルデアについてもふわっとした知識で書いています。
 そういうカルデアなんだな、と思っていただければ…。
・真名出ます。
・マスターはぐだ男くんのつもりで書いてます。
・キャス影弓のほのめかしがあります。

お楽しみいただけたら幸いです。

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 レイシフト組が帰還してまもなく、カルデアの廊下に怒号が響き渡った。
「テメエ、さっきのありゃあどういうつもりだ!」
 返される言葉は一見静かだが、随所に棘を含んでいる。
「どうもこうも、確実性の高い方法を選んだだけだ」
 サーヴァント2騎の激しい言い争い。しかし周囲の者は今更大して気にも止めずに思い思いに散っていく。いつまでも慣れぬマスターを除いて。
「わざわざテメエが出しゃばる必要なかったろうが!」
「おや、獲物を盗られて御立腹かね?確かに猟犬はそれが仕事だものな。いやしかし彼らは無駄吠えなどしまい、一緒にしては失礼だったな」
「テメエコラ今なんつった?ああ゙?」
「も~、止めてよ2人とも~!あっ、令呪!令呪使うよ!」
 こんなことでマスターに伝家の宝刀を抜かせてはならない。その認識だけは一致したらしく、2人はちらとマスターを見てから押し黙った。片方が掴まれている胸倉の手をタップすれば、もう片方は舌打ちをして突き飛ばすようにしてそれを離す。そのままどすどすとその場を離れていくランサーのクー・フーリンと、やれやれとでも言うように息をついて反対に歩き出すアーチャーのエミヤ。それをおろおろと見送るマスターも含め、ここではすっかり見慣れた光景なのであった。


+++


「よう。今日もバチバチやり合ってきたって?」
 自室の扉をくぐるなり楽しそうに言い放った自分の同位体を、ベッドに寝そべっていたランサーのクー・フーリンはじとりと睨み付けた。
「うっせえ槍無しの癖に。帰れ」
「不本意ながら俺の部屋もここなんですー」
 工房は別に構えているものの、確かにキャスターの「部屋」はここなので返す言葉もない。ランサーは再び抱えた枕に突っ伏した。
「お前もさあ、いい加減にしとけよな。まるっきり小学生男子ってやつで見てらんねえぜ」
「小学生……?」
 ランサーが聖杯から知識を受信している間に、キャスターは小さなテーブルに向かって何かをごそごそとやり始める。
「……っ!?そっんなんじゃねえし!今日のは完全にあっちが悪くて、俺ァただ、またあんなんされたら堪んねえから文句言っただけで……!」
「おう、今日の『は』、なあ?」
「っぐ……」
 背を向けたまま投げられた端的な一言にランサーは黙ってしまう。いやそんな、そんなんじゃない。決して、「好きな子はいじめたくなる」とか、そんなアレじゃない、と、思う。たぶん。
 惚れている、自覚はある。運命感じちまうなんて、口にする程度には。同じクラスのサーヴァントが数多くいる中で互いにクラス名呼びを突き通しているなんて、それだけでも特別な感があるだろう。(少なくともランサーはそう思っている。あっちはクー・フーリンがたくさんいるのを呼び分けたいだけかもしれないが。)愚かな程に理想を求め、ひたむきに努力と研鑽を重ね、只人の身で英霊にまで上りつめた、稀有な精神の持ち主。良く言えば一途、悪く言えば頑固なその生き様はここでの生活(と呼ぶに相応しい衣食住やら戦闘やら)にも表れていて―――つまり、ランサーが絡みに行くと高確率で言い合いになる。でもこっちが普通に声掛けても二言目には犬だの原始人だのと煽ってくるのは向こうであって、俺がいじめてる訳じゃない。
「絡みに行ってるって時点でアウトなんだよなあ」
「心を読むんじゃねえよ……」
お前オレの考えてることなんざ読まなくてもわからぁ」
 がっくりと肩を落とすランサーをキャスターはけらけら笑う。はあ~、と大きな溜め息を枕に吸いこませ、ランサーはそのままもごもごと喋った。
「なー槍無し~、晩飯もらってきてくんね?」
「腹減ってんなら自分で行けよ」
「だってアーチャーがいる……」
 さっきの今だ。自分もだが、アーチャーもまだ収まりきっていないだろう。奴のホームとも言える食堂で、遠目に見える穏やかな笑顔が自分を認めたせいで曇るのは、見たくない。
「じゃあ我慢しろ。死にやしねえ」
「だって今日、魔猪の角煮だって……」
 キャスターがちらりと振り向く。ベッドの上では起き上がったランサーが枕を抱えてぶすくれていた。
「そりゃああれか。お前がこの前獲ってきた」
「そうそれ」
 質のいいのが大量に確保できたのでアーチャーに渡したところ、珍しく皮肉も無しに礼を言われたのだった。今度角煮にでもしよう、酒にも合うし、君も好きだと思うぞ、なんて、微笑みのオマケ付きで。その日ランサーは一日にやにやしていて、キャスターに大層気持ち悪がられた。
 はあ、と今度はキャスターが軽い溜め息。
「何にせよ、俺ァ食堂には行かねえよ。今から工房に籠もる」
「え。マジかよ……」
 マジマジ、と言うキャスターはここでの作業を終えたのか、テーブルの上の小瓶やら植物やらをかき集めて立ち上がった。ランサーは今にも立ち去りそうなキャスターを苦々しげに眺める。角煮は食べたい、でも会いたくない、でも顔は見たい、でも顔は見せたくない。キャスターの下衣がふわりと揺れるのを見て、ぴん、と閃いた。
「じゃあさ、ちょっと―――」

 ランサーは食堂へ向かうべく廊下を進んでいた。規定の夕食の時間、目的地に近付くにつれて人もサーヴァントも増えていく。いつもよりもゆったり歩いていると、後ろからマスターがマシュと共に現れた。
「ごっはんー、ごっはんー♪あれ、この時間にご飯なんて珍しいね?」
 どきりとしながら、顔には出さずに薄く笑った。
「ちょうどキリが良くなってな。今食っとかんと次がいつになるやら」
「えー?ちゃんとご飯食べてよ。お昼は?最後に食べたのいつ?」
「えーと、昨日?の……?」
 嘘。本当は昼、レイシフト先で食べている。
「もー!せっかくおいしいご飯食べれるんだからもったいないじゃん。あっ、今日は魔猪の角煮だよ!エミヤだからきっと箸で切れるくらいとろっとろになってるよ……!」
 知ってるぜ、とは言わず。眉を上げて少し驚いた顔を作る。
「お酒にも合うんでしょ?ラッキーだったね、キャスニキ!」
 ……そう。ランサーは今、キャスターに扮している。

「じゃあさ、ちょっと身ぐるみ置いてけ」
「追い剥ぎか?」
 工房に籠もろうとするキャスターに言えば間髪入れずに返された(ついでに杖も飛んできた)ものの、なんだかんだ言いながらキャスターは武装を脱いで置いていった。ランサーは自分の武装を解いてそれを身に付け、髪を下ろし、僅かに違うらしい髪色をちょちょいとルーンで誤魔化し、槍をしまって今ここにいる。
 面倒くさそうな顔をしても話は聞くし、こうして協力もしてくれるのはキャスターも「同じ」だからなのだろう、とランサーは思っている。ランサーは一度、キャスターに面と向かって訊ねたことがある。その返事は、
「安心しろ。俺の運命は、あの『アーチャー』じゃねえ」
 というものだった。それでちょこちょこあの燃える冬木に行っているらしいから、そういうことなのだろう。

 先に行くよ、と小走りに駆けるマスターたちを見送り、ランサーは小さく息をついた。話しかけられた時はおっかなびっくりだったものの、マスターにはばれていないようだった。ならば、アーチャーにもわかるまい。少し自信をつけたランサーは、キャスターの日頃の動きを意識して気持ちゆっくりと足を動かし、食堂の扉をくぐっていった。

「おや、……?」
 キッチンで配膳をしていたアーチャーは、キャスターに扮したランサーを見ると目を丸くし、次いで困惑をその顔に浮かべた。いつもランサーに向けられる顰め面にならなかったのは僥倖、それだけでこの格好をしてきた価値がある。しかしマスターにも言われたが、そんなにキャスターの俺がこの時間に来るのは珍しかったのか。ランサーは先手を打つべく、日頃滅多に浮かべることのない柔和な笑みを見せて言った。
「キリが良くなったのがこの時間だっただけさね。今日は角煮だって聞いたんだが、まだあるかい?」
「あ、ああ、大丈夫だ。量はどうする?」
 大盛で!と普段通りに叫びそうになるのをすんでのところで堪える。たまに見かけたキャスターのトレイには、つまむ程度かダイエット中の女子みたいな量しか乗っていなかった気がする。いやでも角煮。米が欲しい。かと言って怪しまれる訳には。
 ぐるぐると悩むランサーの視界の中、トレイの上にすっ、と皿が置かれた。角煮が3個と煮卵1個、決して少なくはない量のそれにはっと顔を上げる。アーチャーは僅かに眉を寄せ、でもそれは嫌悪というよりも何かを堪えているように、ランサーには見えた。
「最近食事を摂っていなかっただろう。まともな量を食え」
「お、おう」
 つやつやの白米をよそった茶碗も置かれ、次へ進めと追いやられる。ランサーはふと思い立ち、移動する前に口を開いてエプロンの腰紐が揺れる背中に投げかけた。
「アーチャー。あんがとさん」
 口調はいつもと違っても、台詞はいつも思っていることで。こうでもしねえと言えねえなんてな、とちょっぴり苦笑しつつ、ランサーはセルフの副菜を取りに向かった。

 食堂の端、半分観葉植物の陰になってしまうためにあまり人気のない2人掛けのテーブル。キャスターのお気に入りのこの場所は、人目を避けたい今のランサーにうってつけで。
「はぁ~、うっまかった~……」
 ランサーは満足気に吐息を零した。艶のある煮汁を纏った角煮は箸で切れるほど柔らかく、それでいて口に入れれば食べ応えのある絶妙さ。煮卵にもしっかり味が染みていて、割れば中からとろりと濃い橙が覗く。この煮汁だけでも酒が飲めそう、と名残惜しくも箸でつついていると、頭の上に影が落ちた。
「アイルランドの『光の御子』が、卑しい真似はよせ」
「ア、アーチャー……」
 あまり関わりたくない時に限って、こんな所まで来なくても。いや、今の俺が「キャスター」だからか。動揺をひた隠すランサーの前に、ことりとふた付きの小鉢が置かれた。半透明のふたから中を窺えば、ついさっき腹に収めたのと同じ飴色の立方体。
「……酒の肴にするなら、部屋でやれ。ここはまだ酒は禁止だ」
「……おう……?」
 なんとなくぶっきらぼうな感はあるものの、わざわざ持ってきてくれるとかびっくりするほど優しい。大丈夫かコイツ。悪いもんでも食ったか。思わずぽかんと見上げるランサーの心配をよそに、アーチャーは片手に持った盆からさらに何かをテーブルに下ろす。
「まだ腹に余裕はあるか?」
 供されたのは小皿に載った、こちらも茶色い立方体。しかし漂うのは甘くほろ苦い香り、側面に見えるは肉と油ではなく、スポンジとクリーム。
「……ケーキ?」
「おやつに拵えたのだが、思ったより洋酒が強く出てしまってな。捨てるくらいなら食わせてやる」
「あ、おう……」
 御丁寧にコーヒーまでセットにして足音高く去っていったアーチャーに、ランサーは今度こそ驚きを隠せなかった。菓子なんか、それこそ作っているところに突撃して強請ってもそうそう貰えるもんじゃなかったのに。顔を覆おうとして、手を包む黒い布が目に入る。
「俺相手じゃなきゃ、こんななのかよ、お前……」
 チョコレートケーキは確かに洋酒が結構効いていて、思った以上にほろ苦く。なんだか今の気持ちが表れているように思えて、ランサーはちょっと泣きそうになった。


+++


 それからランサーは、幾度となくキャスターになりすまして食堂を訪れた。それは大抵アーチャーと酷くやり合った後で、顔を出しづらいがアーチャーの飯は食いたい、というランサーのわがままをキャスターが許した時に限られてはいたが、驚いたことにその都度、アーチャーからデザートが出されたのだった。
 本当にばれていないのか、前回は偶々で2回は無理なんじゃなんて思いながらも向かった2度目。アーチャーから差し出されたのは侮蔑でも嘲笑でもなく、
「職員への差し入れの試作をしたんだが、甘さが足りなかったからやる」
 という言葉とココアクッキーだった。その次は、
「風味が飛びかけていたから使ってしまいたかったが、やはり香りがいまいちだった。食え」
 と言いながら紅茶葉入りでジンジャーの効いたマフィンを置いていった。(普通にいい匂いだった。)それから、
「昨日の残りだがもう保たないから」
 と言って、カラメルの効いたプリンを。
「日本出身のサーヴァントには好評だったんだが、それ以外にはどうにも……」
 と言って、抹茶を使ったわらび餅を。
「昼に大量に出たから……」
 と言って、パン耳の塩キャラメルラスクを。(その日の昼食はサンドイッチだった。)
「女性陣のお茶会の残りだ」
 と言って、温かいスコーンにクリームとジャムを添えて。
 最初は驚き、次に(たとえそれが自分に向けられたものでないとはわかっていても)甘やかされるのに味を占め。しかしこの頃になると、ランサーはとある疑念を抱くようになっていた。

 そして、今日。
「……余った!」
 タンッ!と彼にしては雑に、音高く置いていかれたそれは、小鉢くらいの小さな器。中では白い山が湯気の立つ黒い液体を被っている。白いのはアイスクリームとして、とランサーは器に鼻を近付けた。途端に強く香るコーヒーと、酒精。所謂アフォガート、という名前は知らぬランサーにもよくわかることが、一つ。
(余りな訳がねえだろ、こんなの……!)
 アイスが余ったとして冷凍庫に入れておけば良いし、コーヒーなぞ毎日大量に飲まれていて余るも何もあるまい。百歩譲って本当に余り物として、わざわざリキュールまで垂らしたこれを一体誰に用意したというのだろう。
 そもそも、誇りなどないと言いながら料理には妥協を許さぬあの弓兵が、試作とは言え失敗した物を誰かに食べさせたなど聞いたこともなかったし、腹ペコ王を筆頭にアーチャーの料理のファンが数多いるここカルデアで、「余り物」などという物は存在し得ない。
 つまりこれは、いや、これまでのあれこれはすべて、―――キャスターのクー・フーリンの為に用意されたものだったのだ。
 出されたものすべてがランサーの好みど真ん中だったのも当然だった。どちらもクー・フーリン、ランサーの好むものはキャスターの好むものである。
 ランサーは両肘を机につき、組んだ手を額に押し当てた。目を瞑って、ふー……と細く息を吐き出す。潮時か。ならばと立ち上がろうとして、漂うコーヒーの香りで器の存在を思い出す。添えられた小さめのスプーンで、一口。
「苦ぇ……」
 普段飲むのとは全く違うその濃さに一瞬たじろぐも、アイスクリームの甘さと混ざると癖になる味わいに。その合間に鼻に抜けるリキュールの香りがまた堪らない。
 こりゃ槍無しも好きだろうよ。
「ああ、苦えなあ……」
 手のひらにすっぽり収まるような小皿はあっという間に空になって、今度こそランサーは食堂を後にした。

 近付く気配と、プシュ、と開くドアの音にキャスターは本から顔を上げた。
「おー、おけー……り……?」
 間接照明だけの室内から見えるランサーのシルエットは本来自分がこうして見るはずのないもので、しかしそれなりに見慣れてしまった。入口に立つランサーの顔は逆光で良く見えなかったが、機嫌の悪さがひしひしと伝わってきてキャスターは首を傾げた。いつもはキャスターに扮して食堂に行けば、少しの不服と隠しきれない喜びを表して帰って来るというのに。
(ついに理解した、って感じじゃねえなあ)
「おい槍無し。訊きてえことがある」
 否とは言わせぬ圧の籠もったその問いに、キャスターはおうおう切羽詰まってんなあ、と苦笑を返す。自分に臆する必要などない。ランサーを指差して、一言。
「とりあえず、服返せ」
 今のキャスターは白いVネックのTシャツに黒いタイトなパンツという、おおよそ神代のドルイドらしからぬ格好だった。

 ランサーが借り物の武装を脱ぎ、ルーンを解き、青い槍兵の武装を出現させて纏う。キャスターはTシャツとパンツを脱いで己の武装を一つずつ身に付けていき、途中であれ俺も一回消せば良かったんじゃね?と気付いてしまった。しかし既に残すは腕のみ、今から消すのもなんか悔しい、と机の上で細かいのをかちゃかちゃやっていると、終止黙ってそれを見ていたランサーが口を開いた。
「アイツさあ。俺じゃねえからって言うか、……お前だと思ってるから、優しいんじゃねえの?」
「……はあ?」
 何言ってんだコイツ、と顔を上げたキャスターが睨みつければ、同じ顔で睨み返される。
「あんな毎回色々もらってんのキャスターだけだし。ランサーは嫌われてっとしても、他の奴よりも構われてんのはお前に気があるってことじゃねえか。テメエも日頃からあんなにされてりゃわかってたんだろ?黙ってるとか良い趣味してんじゃねえか。ああ?」
 視線で人を殺せそうなほど鋭い眼光で凄むランサーに、キャスターは目を丸くしてひとつ瞬きののち。あちゃー、と片手で目元を覆って天を仰いだ。
「……なんだよ」
「いやあ、ちっとばかり若いとは言え、俺ァこんなに青かったなんて思わなくってなあ」
「武装か?武装の話だな?」
 キャスターはちらりとランサーを見やり、はあ~、と大仰な溜め息をつくと、何も言わずに装備を整える作業に戻ってしまった。
「っおい、キャス―――」
「―――自分を導くなんざ、これっぽっちも柄じゃねえんだが」
 最後の指輪を嵌めたキャスターが、ランサーの言葉を遮ってくるりと振り返る。椅子に深く座り直すと、ぴっとランサーを指差した。
「お前に2つ、良いことを教えてやろう」
「……あ?」
 ランサーはすっかり毒気を抜かれてしまった。
「まず1つ。『好き』の反対は、何だと思う?」
「『嫌い』だろ?」
「いいや。『無関心』らしいぜ」
「はあ……?」
 だから何だ、と言わんばかりのランサーにキャスターは続ける。
「そしてもう1つ。俺はな、―――」

 言葉の途中でドタバタガチャン!と大きな音を立て、ドアを破壊する勢いで走り去ったランサーを座ったままで見送って。キャスターはううん、と大きく伸びをした。
「は~やれやれ……。あ、もういっこ教えてやればよかったな。『喧嘩するほど仲が良い』って言うんだぜ、って」


+++


 夕食時を過ぎ、食堂には談笑している数人が残るのみ。空いたテーブルを拭きながらアーチャーはふう、と吐息を零した。間もなく夕食担当の業務も終わる頃合いだ。ふと目に入った壁際の席に、そこでのとあるやりとりを思い出す。
(……流石に、怪しかっただろうか……)
 テーブルを拭く手が止まる。今日は本当に、何も出せる物がなくて。あり合わせでアフォガートなんて拵えた上に、言い訳も思い付かなかった。どうにも気恥ずかしくてさっさと立ち去ってしまったし。
(そもそも、アレはどういうつもりで―――)
「あの、エミヤ?」
「!あ……ああ、どうした?」
「なんかぼーっとしてるみたいだったけど。大丈夫?」
 アーチャーに声を掛けたのはマスターだった。効率と時短の鬼、カルデアのお母さんが遠くを見つめて手を止めているのだ、心配にもなるだろう。
「す、すまない!問題ないさ」
 何か用だったか?とアーチャーが問うと、マスターはうろりと視線を彷徨わせた。
「ええっと……ちょっと、時間あるかな?気になってることがあって、あっでも言いたくなければ無理にとは……」
 頭に疑問符を浮かべながらもそれを了承したアーチャーは、ハーブティーでも淹れよう、と言ってキッチンに戻っていった。

 片付けが終わっていないのでここで、とアーチャーが言い、2人は食堂のテーブルの1つに向かい合って腰を下ろした。マスターは湯気の立つカップを持ち上げて口を付けると、ほっと熱い息を吐いてから口を開いた。
「クー・フーリンの、ことなんだけど……」
「ぅんぐ!?」
 ついさっき考えていた男の名が出てきて、アーチャーは軽く噎せてしまう。それを見たマスターは、あわわ……と口元を押さえた。
「やっぱり……やっぱりなんかあったんだ、キャスニキと!」
「……キャスター?」
「そうだよ。キャスターのクー・フーリン。槍ニキとはさ、最初っから喧嘩とか、凄かったじゃない?でもキャスニキとは上手くやれてるんだなって思ってたんだけど」
 マスターはちらっと周囲を窺い、気持ち声を潜めて続けた。
「最近、キャスニキに対しても冷たいって言うか……ちょっとぴりぴりしてたりとか、したよね?日にもよるけど……。マシュとか、他の人もやっぱりそう思ったらしくて……。エミヤ、もしかして、キャスニキに何かされた?」
 アーチャーは予期せぬことを言われて目を丸くした。キャスターとは、特に何もない。が、「キャスターに冷たかった」と言われることには、心当たりがある。あるには、あるが。
「……マスター。一つ、尋ねたいのだが。私が冷たくしていたのは、『キャスター』のクー・フーリンだった、と?」
「え?そうだよ。槍ニキじゃないのになって思ったし、皆もそう言ってたけど」
「そう、か……」
 アーチャーは困っていた。マスターが気付いていなかった以上、自分の口から説明して良いものか。だって、意図がわからないのだ。
 ランサーがキャスターの武装を着ていた、その意図が。
「マスター。私が『キャスター』に冷たかった日、その彼と話をしたか、覚えているか?」
「したよ。先に訊いたんだ、『エミヤに何かした?』って」
「何か、……感じたことは、なかったかね?」
「特に、何も……。何もないって言われて、いつもと変わりなさそうだったけど」
「そうなのか……!?」
「えっエミヤは何に驚いてるの?」
 もちろん、マスターが気付いていないことにである。明らかに違ったではないか。多少色を誤魔化したところで目元口元はそのままだったし、武装の下にある身体の筋肉の動かし方が見るからにランサーで、アーチャーにはどうしたってキャスターには見えなかった。特に、あの眼。同じ紅でありながら、隠そうともしない好戦的な輝きと、意志そのものをぶつけてくるような真っ直ぐな煌めきが、キャスターを真似て緩く撓められた瞳からありありと覗いていて―――。
 そこでアーチャーはふと、理解してしまった。マスターが気付かないそれに、自分が気付いたのは。キャスターではない、ではなく、ランサーだ、とわかったのは。
(私が、ランサーを―――)
「どっどどどうしたのエミヤ!?」
「えっ?」
 アーチャーの顔は、褐色の肌色にも隠せないほど真っ赤に染まっていた。
「わっああああ何されたのエミヤぁぁぁ!キャスニキィ!令呪を持って命じるーっ!」
「おっ落ち着けマスター!違う、違うんだ!キャスターではなくて―――」
 ぱしっ。
 マスターが令呪を使おうと振りかざした手を止めたのは―――いつもの青い武装を纏って髪を括った、ランサーのクー・フーリンだった。
「俺、だよなあ。アーチャー?」
 ランサーは紅い瞳を煌々と燃やし、歯を剥き出して笑っていた。いや、顔は笑っているが、目が笑っていない。
「へ?槍ニキ?なんで此処に、っていうかあれ?槍ニキの話なの?」
 ランサーはアーチャーを横目で見やり、目を細めてキッと睨み付ける。アーチャーはそれを見上げ、しかし何も言えずにはくりと口を動かしただけ。
「おいマスター。コイツ連れてっていいか?」
「っ、待て、まだ片付けが……」
「テーブル!拭くだけだよね!俺やっとくから!いいよいいよ!」
「マスター!?」
 彼は後に語った。まるで巨大な狼が獲物を持ち帰ろうとしているようで、邪魔したら自分が食べられそうだった、と。
「わりいなマスター。―――おい、行くぞ」
「!?待て、わかった、自分で行くから、離せっ……!」
 アーチャーの手首を掴み、ぐいぐい引っ張っていくランサーが食堂から出て行くのを見届けて。マスターははあ~、と特大の溜め息をついてテーブルに突っ伏した。
「何が、何だか……」
 どっと疲れた。ちょっとだけ休憩、と置いてきぼりの台拭きを薄目で眺めていると、それがすっと持ち上げられた。
「お疲れ様っす」
「ロビン……」
 どこから見ていたのか、緑の衣の弓兵はすっかり苦笑いだ。
「だから言ったじゃないですか、大したことじゃないからほっとけって」
「いや、さっぱりわかんないよ!キャスニキとエミヤは問題ないってことでいいの?んで槍ニキは何なの?」
「まああの様子じゃそのうちわかるでしょうよ。後で知ったら下らなくって拍子抜けしますぜ?なんせただの痴話喧嘩ですからねえ」
「ちわ……?」
「おっと口が滑った。マスター、明日も早いんですから早く片付けちまいましょう。手伝いますよ」
「え、あ、うん、ありがとう……?」
 早速居座るサーヴァントを追い出しにかかったロビンを眺めながら、マスターの頭の中はやっぱり「?」でいっぱいだった。


+++


「~っ貴様!どこへ連れて行く気だ!」
 早歩き以上の速さで腕を引かれ、アーチャーはなんとか転ばぬように着いていきながら前を歩く男に向けて怒鳴る。
「テメエの部屋」
「何を勝手に……!」
「俺の部屋にゃ槍無しの俺がいる。今からする話を誰かに聞かれたくねえのは、テメエの方だと思うがな」
「貴様と話すことなど……!」
「今日のアイス」
「!」
 アーチャーの口がぴたりと止まる。
「心当たりがありそうで何よりだ。そら、開けな」
 ぐいと一際強く引っ張られアーチャーがたたらを踏んだのは、自室の扉のコンソールの目の前だった。

 不本意ながらロックを解除し、突き飛ばされるようにして自室に入ったアーチャーは、手を着いたベッドにそのまま腰掛けてランサーを見上げる形になった。ランサーは扉の前で仁王立ちでアーチャーを睨み下ろしていて、一触即発の雰囲気を醸し出している。
 正直、アーチャーは困惑していた。ランサーが何に怒りを覚えているのか、そもそも向けられているのが怒りなのかすら、わからないでいた。
「テメエ、気付いてやがったな?それも、最初っから」
 沈黙を破ったのはランサーだった。
「……何、を」
「俺が、キャスターの野郎の振りをしてたってことにだよ!」
 叫んだランサーの耳は、ほんのり赤らんでいた。

 時は少し遡り、クー・フーリンたちの自室にて。
はな、あいつに甘味なんざもらったこたぁねえぞ」
「……は?」
 キャスターが2つ目の「良いこと」として言い放ったそれは、ランサーにとっては大層衝撃的だった。
「俺ァ甘いのは好かん。アーチャーだって分かってるから出してこねえ」
「いや、だって、あんな……」
 どぎつい甘さのの物はなくとも、普通に菓子が出てきたではないか。視線を揺らして狼狽えるランサーに、キャスターは駄目押しの一言を告げた。
「なあ槍持ち。お前が甘いもんを食うようになったのは、此処に来てから・・・・・・・じゃなかったか?」
「……あ……!?」
 そうだ最初は、菓子になんて興味はなくて。いつだったか、小腹を満たそうと食堂に行ったら子どもたちのおやつの時間で。アーチャーが作ったんなら美味いんじゃないかと思えてしまって、ダメもとで頼んだらちょうど1人分余ったからと供されて。「食べられるのか。意外だな」とか言われて。あれが、最初、だとすれば。
「あー、そういえば唯一甘いのと言えば、カフェオレにはちっと入ってるな。空きっ腹にブラックを流し込むなとか言って、アイツ俺には絶対カフェオレしか―――」
 そこまで聞いたところでランサーは部屋を飛び出した。そうだ、菓子に付いてきたコーヒーだってブラックで、ソーサーの上にはカップ以外何もなかった。何時ぞ砂糖もミルクも要らんからこれも使わんと言った、コーヒースプーンまでも。
 つまり、あれは。いや、これまでのあれこれは。
 すべて、―――ランサー・・・・の、クー・フーリンの為に用意されたものだったのだ。

「どういうつもりであんなに色々出して寄越しやがったんだ?ああ?俺しか食わねえ甘いもんばっかり、余り物の振りまでしてわざわざ用意しやがって。あれか?ばれてねえつもりの俺を嘲笑ってたのか?」
「ま、待て。待ってくれ……!」
 目を血走らせ、完全に興奮状態のランサーを刺激しないよう、アーチャーは慎重に声を掛けた。うっかりいつものように煽ろうものなら、この部屋くらい軽く吹き飛んでしまいそうだ。
「決して、嘲笑ったとか、そういうことはない!……その、確かに、君がキャスターの振りをしていたのは、気付いていた。最初からか、どうかは……」
「魔猪の角煮の日だ。チョコのケーキが出てきた」
「ああ、じゃあ最初からだ。その日、君が食堂に入ってきた瞬間には、ランサーだと」
「マジかよ……」
 ランサーは顔を歪める。
「……なんで、何も言わなかった?バレてりゃお前が黙ってるはずがねえ、いつもみてえにふっかけてくるもんだと思ったから、俺は……!」
 これに黙っていられなかったのはアーチャーだ。
「いや、言える訳がないだろう!意図がわからないんだぞ!?誰かを欺きたいのかすらわからなかったが、私が何かアクションを起こすことで、邪魔をしては困ると思って、だな……」
 徐々に萎んでいくアーチャーの声に、ランサーも頭を抱えてしゃがみ込んだ。お前だよ、とか、お人好しかよ、とかぶつぶつ言っているのが聞こえるが、アーチャーには意味がわからない。
「結局、何だったんだ?君の、変装?は……」
 ランサーはちらりと顔を上げたが、低い唸り声を上げるとまた俯き、がりがりと両手で頭をかきむしった。そしてがばりと上げた顔は、目が据わっていた。
「テメエこそ何なんだよ」
「私?」
「毎回菓子寄越したろ。俺がくれっつったってくれたことほとんどねえのに、なんであの格好の時だけ寄越したんだよ」
 これにはアーチャーがぐっと呻いた。視線を泳がせるもじとりと睨み付けるランサーを誤魔化す手が浮かばず、アーチャーはあっさりと白旗を上げることにした。
「意図はわからなかったが、君がキャスターとして扱われたいんだということはわかったから。その……それを、利用して、だな……」
「利用?」
 ランサーの目が丸くなる。
「君、あの時、私に礼を言っただろう?」
「んあ?ああ、まあ……」
 確かにランサーはあの時、日頃の感謝を述べた。背中に向けて一方的に投げただけ、聞こえているかも定かではなかった、それ。
「あれが、演技とは思えなくて。……嬉しかったんだ。だから私も、君をキャスターとして扱うことで、日頃言いづらいことを、表そうかと……」
「はあ」
「つまり!あれは―――その。謝罪、のようなもの、だ……」
「へ?」
 ランサーの目は一層見開かれ、アーチャーはいたたまれなさに視線を落とした。
「シャザイ……しゃざい……?あの、ゴメンナサイするやつ……?」
「~っそうだ!あの日、レイシフト後に口論になっただろう!私も君の立場だったら文句の一つくらい言いたくなるとは思ったのだが、君に食ってかかられてつい言い返してしまったから!その、すまなかったと、思って……。普通に君にあんなもの差し出したら、また余計なことを言って謝罪どころじゃなくなるが、君がキャスターになって来たものだから、これはチャンスだ、と……」
 偶々翌日用にスポンジとクリームを用意していたから、洋酒を足したものを一つだけ急いで作ったんだ、とアーチャーは苦笑した。ランサーは未だにアーチャーが謝罪したがっていたという事実を消化しきれずにいたが、そういえばランサーがキャスターを装った日は、いずれもアーチャーと喧嘩した日だったことを思い出していた。ごくり、唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
「じゃあ……さ、出してくれたやつが、全部俺の好みだったのは、なんで?」
 その質問を予期していたアーチャーは瞳を伏せ、口元に緩く笑みを浮かべた。
「君を見ていたからだよ、ランサー。隠そうとさえしなければ、君はかなり顔に出る。見ていれば好物はすぐにわかる。……変装に気付いたのも同じだ。君の顔のつくり、足の運び、手の動かし方。それらが目に焼き付くほど、私は君を見ていた。だから、見ればわかった」
 アーチャーはすっと顔を上げ、ランサーを見つめた。それはそれは綺麗な、何かを諦めきった笑顔で。
「どうやら、私は君を憎からず思っているらしい。きっと君は察してしまったんだろう?今日のアフォガートはあからさまだったしな。気分を害したなら申し訳ない。なにぶん、私もさっき気付いたところなんだ。これからは表に出さないように気を付けるから―――」
「お前に会いたかったんだ」
「―――ん?」
 アーチャーの言葉を遮ってランサーは口を開いた。その声が酷く優しくて、アーチャーはぱちりと目を瞬かせた。
「変装っていうか、キャスターの振りしてた理由。お前の飯食いたくて、お前の顔も見たくて、でも俺がいたらお前に嫌な顔させちまうと思って。なあ、」
 なんでだと思う?
 ランサーはドアの前でしゃがんだまま両手ですっかり顔を覆い、指の隙間から目だけを覗かせていた。顔を隠せているようで、その瞳の色が移ったのではないかと思えるくらい真っ赤に染まった肌は隠せていない。そんなランサーに見つめられ、アーチャーはきょとんと目を丸くしたのちに、ふはっと吹き出して。
「君の口から聞きたいな、それは」
 くすくすと、拳を口にあてて微笑んだ。
 ランサーはすくっと立ち上がり、アーチャーの隣に腰を下ろすとぐりぐりと首筋に額を擦り付けた。大型犬みたいだなとは、言わないでおいたアーチャーである。
「っあ~、お前、さっきの胡散臭い笑顔は良くねえが、その顔もダメだ……可愛すぎか……」
「君は目が悪いのか?」
「お前は口が悪いんだよ~」
「自覚はある」
「この野郎ォ~」
 一層ぐりぐりと頭を押し付けられ、アーチャーはギブアップも兼ねて青い頭をぽんぽん叩いてやった。
「アーチャー。俺な、お前に惚れてんだ」
「……うん」
「好きだ」
「うん」
 はあ~、と吐き出された安堵の溜め息が、ランサーの苦節を物語っているようで。
「これからも、見ていても?」
「もちろん。穴が開くまでどーぞ」
「そうか」
 ふふ、と微笑むアーチャーが、本当に嬉しそうに頬を擦り寄せて。
「お前、俺のこと大好きかよ……」
「そうらしいな。私も今知った」
 小さな笑い声は、まだ当分、止みそうにない。


+++


 それから2人の関係がどうなったかと言えば、表面上は大して変わらなかった。今まで通り口論も喧嘩も日常茶飯事。しかし酷く言い争った日もランサーがキャスターの武装を纏うことはなくなり、アーチャーがランサーに・・・・・菓子を出す日が増え、2人が互いの部屋を往き来するようになった。聡い者には「ようやくくっついたんですかい」などと思われてはいるが、わざわざ馬に蹴られに行くような者はいない。

 そんなある日。
「お?」
「あ?」
 レイシフトから戻ったキャスターとランサーは、帰還するなり声を上げた。互いに、目の前に「自分」がいる。
「どうしたの、2人とも」
「あー……何でもねえ。な、『槍持ち』」
「そうだな、『槍無し』」
「そう?ならいいけど。んじゃかいさーん!ゆっくり休んでねー」
 マスターの声を背に廊下に出た2人は、同時に顔を見合わせてにやりと笑った。
「なあ、喉が渇かねえか?」
「奇遇だな。ちょうど何か飲みてえと思ったんだ」
 そう、この2人、意識のみが入れ替わっていた。よくあるレイシフト帰還時のバグだろうが、元が同一存在だけに入れ替わったところでデータ上は何の異常も検出されず、誰にも気付かれることはなかった。瞬時にその可能性に気付いた彼らは咄嗟に正常を装ったのだ。
 アーチャーに、リベンジを仕掛けるために。
 前は武装だけだったが、今度は肉体も「借りている」。流石の鷹の目も、換わっていないものは見分けられまい。キャスターはランサーの変装を一目で見抜いたというアーチャーに興味があり、ランサーは見破られたのは愛ゆえと思えば嬉しくはあるが、それはそれとして悔しかったので鼻を明かしてやりたいとも思っていた。
 2人は互いの顔を軽く確かめて表情を作ると、意気揚々と、ただし無理な歩き方にならないように注意して食堂へと向かった。

 食事時からずれたこの時間、食堂には大して人がいない。それでもキッチンにいると踏んだ弓兵は、やはりそこにいて子どものサーヴァント数人と話をしていた。食堂に入れば鋼の瞳が2人を向く。
「ようアーチャー」
「ランサー」が声を掛け、「キャスター」は軽く手を上げる。
「お帰り。何か飲むかね?」
「じゃあコーヒーくれ。いつものヤツ」
「俺ももらおうか」
 まるで喫茶店の常連だな、と苦笑しながら、アーチャーはカップとソーサー、そしてカフェオレボウルを用意していく。一部の隙も見せぬようアイコンタクトもしないと決めていた2人は、静かにそれを見守った。
 流石の手際の良さでほぼ同時に出来上がったブラックコーヒーとカフェオレ。ネタばらしの時間が近付き、にやけそうになる顔を渾身の力で抑えこんでいる2人の前に、それぞれ飲み物が供された。
 キャスターの意識が入った「ランサー」の前には、カフェオレが。ランサーの意識が入った「キャスター」の前には、ブラックコーヒーが。2人は絶句した。
(いや、偶々間違えたって可能性も……!)
 揃ってそろりと顔を上げれば、アーチャーは不思議そうに2人を見下ろして。
「味覚の好みは意識に付随すると思ったが、違ったか?」
 こてん、と首を傾げて決定的な一言を落とした。
「うっっっそだろぉぉぉ……!」
「えっ何でだ!?誰かに聞いたか!?」
 途端に狼狽える2人。横で待っていた子どもたちは意味がわからず顔を見合わせている。アーチャーはフンと鼻を鳴らした。
「誰からも聞いていないさ。そもそも帰還がついさっきで今ここにいるということは、メディカルチェックを受けていないのだろう?大方、帰還時のバグで入れ替わったのを良いことに、私を騙そうと黙ってここまで来たのではないかね。まったく、小さなことでも報連相を疎かにするなといつも言っているだろう。君もだぞ、キャスター。知的が聞いて呆れるな」
「わーお、全部ばれてら……」
「いやいやいや、データ上何も変わんねえんだぞ……なんでわかった……?」
 片頬をひきつらせ、もはや笑うしかない2人を眼下に収めたアーチャーは、きゅ、と瞳を撓めると、内緒話でもするかのように唇に1本指を添え、至極楽しそうに言った。
「見れば、わかる」
 ふふ、と堪えきれずに笑ったアーチャーは、2人を見ているように見えて、その実、1人だけを見つめていた。
 ゴンッ!と食堂中に響いたのは、「キャスター」が額をカウンターに打ちつけた音で。
「あー俺たった今甘いの胸焼けしそうなくらいもらったからお前にやるわーゴチソウサマー」
 そう言って「ランサー」はカフェオレに手を付けることなく、食堂を出て行った。

 その後、キャスターとランサーにバグが発生していることと、「エミヤのおじさまがとっても情熱的だったの!」という報告(?)をほぼ同時に受け、マスターはさらに混乱するのだった。


おしまい!


Comments

  • もー
    October 19, 2022
  • emikof
    October 18, 2022
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