light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "理不尽な愛(槍弓)" includes tags such as "腐向け", "FGO" and more.
理不尽な愛(槍弓)/Novel by 湯屋

理不尽な愛(槍弓)

20,253 character(s)40 mins

前作、novel/7996803の槍視点です。
弓視点の前作をお読みになってから読まれた方がいいかもしれません。
でも敢えて逆から読むのも楽しいかも…お任せしますw
前作にはたくさんの評価コメントブクマありがとうございました!!!
あまりに嬉しくて急ピッチで仕上げてしまったので、色々可笑しいところがあるかもしれません…
相変わらず少女漫画。うじうじ悩んでる槍が苦手な方はご注意を。
誤字脱字はちょっとずつ直していきますね…勢いだけ駄目絶対。

4/3付けDR93位、女性向け52位ありがとうございました!!

1
white
horizontal

理不尽な愛



気になるのならば、近づいて確認すればいいんだ。偵察、観察、とにかくなんでもいい。近づいてみなければ分からないことなどたくさんある。
見たい、聞きたい、知りたい、触りたい。それだけでもう答えは明白。だというのにどうして自分は、それ以上足を踏み込めないのか。
事情はぼんやり。一筋縄じゃないことも知っていて。でもそれ以上近づけなくて。あぁ、自分は何を恐れているのだろうか。拒絶?嫌悪?遮断?
らしくなく、及び腰。こんなにも気になって仕方がないというのに。今日も愚かに、ただ遠くから見つめて眺めるしか出来ていないのだ。

(――――お、)

いつだって探して、いつだって目で追ってしまう。いつからだったかはもう覚えていない。初めて会った時から、気に食わないヤツではあったけれど。
その思いが変化したのはいつからだっただろう。きっかけは思い出せない。気が付けば目で追っていて、離れられなくなってしまったのだ。
あの頃とはまた少し違う、赤い外套を翻すその弓兵は――こちらの思惑にも視線にも気づかぬまま。その部屋を後にする。その手に何か抱えて。

(…薬?)

小さな瓶の中身は、ここからじゃ細かくは確認できないが。薬のように見えた。その中身をじっと見ながら、彼はどこかへ去っていった。
あまり近づいては、どうせ喧嘩になる。分かっているからこそ、用のない時はこうして遠くから眺めるだけに徹している。我ながら本当に情けない。
だがあの薬、どうにも気になる。彼が出てきた場所は、あの工房からだ。善は急げ。思い立ったが吉日。その工房にそのまま侵入し。

「よぉ」
「おや、クー・フーリンじゃないか。珍しいね、何か用かな?」
「いや、用っつう程でもねぇんだがよ…あー…さっき、ここに赤い弓兵来なかったか?」
「赤い、あぁ、エミヤのことか。うん、来たよ。それがどうかしたかい?」

言葉尻を濁してしまうのは、彼と自分はあまり仲がよろしくないからだ。どうにも顔を合わせると、お互いよくないことばかり話してしまう。
こちらとしては普通に話してみたいのに。どうにも上手くいかない。素直になれないガキかよと思いつつ、進歩がないのだから仕方ない。
だからこうやって、ストーカーのような真似までしてしまう。偵察で視察だと言い訳して。彼の情報はあっても足りないことはないのだから。

「なんか薬?みたいなの持ってたからよ、どこか具合が悪いのか?あいつ」
「あぁ、違う違う。あれは私が投薬実験を頼んだんだよ」
「投薬、実験…?」
「そうさ。何、ちょっとしたお遊びみたいなものでね。危険な物ではないと思うんだが、万が一のためにとも思ってエミヤにお願いしたのさ」

手にしていた小瓶には、確かに薬が入っているのが見てとれた。それを見て思ったのは、どこか体調でも悪いのかという懸念。
彼は自分とは違うから、英霊ではなく守護者というやつらしいから。仕組みはよく分からないし、違いも分からないけれど。
俺が気にしなくても、彼はそれを気にしているように思えたから。あまり聞けはしないのだが。霊基の作りが違うのなら、不調になる理由も違うだろう。
それを誰にも相談せず、自分で何としようとする彼だから心配にもなる。今回はそうではなかったらしいと、安心しようとして出来ない不穏な単語。

「ホントにお人よしだよな…で、遊びってどんな?」
「あはは、そう怖い顔をしないでおくれ。何、『夢の中で夢が叶う薬』なんてものを発明してしまってね」
「――夢が、叶う…?」

皮肉屋に見せて、本来はお人よしなのは知っていた。頼まれれば断らないだろう。だが、その投薬実験は危ない物ではないと彼女は言う。
夢が、願いが叶う薬。その響きだけしてみれば、まるで聖杯にも似た音。だがそんな都合のいい物はない。限定されたのは、夢の中でのみ。

「そうさ。私は万能だからね。おおよそ叶えたい夢などないんだ。でもそれじゃあこの薬が無意味になってしまうだろう?」
「…それで」
「エミヤに頼んだというわけだ。ほら、彼は常識人だから。恐ろしい夢は抱かないだろうし、何より現実主義者だ。俯瞰してその夢を見てくれるだろうってね」

夢、願い。彼に、そういった物があるのだろうか。あの冬木での聖杯戦争を思い出す。願いがあるからこそ、召喚されたのは間違いない。
でも彼の願いは、元となった自分を消滅させることだったはずだ。その後の巡る四日間でだってそう。隙あらば彼は、幼い自分を殺し続けた。
だがもう、その願いも潰えたはずだ。答えは得た、と目を細めて笑った顔を思い浮かべる。いつだったか、偶然見てしまった横顔。
そう、あの戦争中と違って。ここでの彼は、とても生き生きして見えたのだ。くだらない願いを捨て去って。でもそうじゃないと、いうのだろうか。

(――いいや、違うな…)

あの弓兵は、聡明だ。自分を殺しても自分が消えないと、分かってしまった今。そんな愚かな行為はもう二度としないはずだ。そう断言できた。
守護者としての自分を嫌悪していたとしても、ここではその力こそが役に立つ。未熟なマスターを支え、人理修復という世界を救う大仕事。
それに身を費やす彼の、なんと頼もしく眩いこと。あの冬木で見た彼は、強さはあったが儚さもあった。自殺願望が、彼の支えでもあった。
だが今、その願いは持たないだろう。夢の中で叶えたい願いなどではないはずだ。だったら今の彼は、一体どんな夢を見るというのだろう…?

「――俄然、興味が沸いた。なぁそれ、俺にもくれねぇか?」
「んん?んー…まぁ、いいだろう。君も悪い事には使わないだろうしねぇ、はい」
「あぁ、誓って不埒なことには使わねぇよ。ありがとな」

彼に夢はあるのだろうか。叶えたい思いが、その身に詰まっているのだろうか。気になる、気になって仕方がない。だがそれを確認する術などない。
ならどんな小癪な手段でも用いよう。彼を知るためなら、どんな卑怯にすら染まってみせようか。だってそれほど、あの赤い弓兵が気になるのだから。
彼と同じ小瓶を貰い、礼を言ってその場を後にする。確認できないのなら、同じ夢を見ればいい。あぁ、できればそれを、俺が叶えられたらいいんだけど。


初めて出会ったのは、夜の校庭。初めて剣と槍を弾き合わせ、只者じゃないと知った。その後も、何度も彼とは刃を交え合った。
自分の槍を防ぐ程の腕前。宝具ですら、彼を仕留めることはできなかった。捻くれた根性とは違い、真っすぐな太刀筋。実力だけで立つ背中。
でもそれだけじゃないと知ってしまった。守護者以外の時間を、料理だったり釣りだったり。死にたいだけのガラクタではなかった。
誰かのためになれるのなら、と。ここでは笑ってさえ見せる。その笑みがあまりにも眩しいから、自分の感情の正体に気が付いてしまったのだ。

(――気が付かなけりゃ良かったのかもなぁ…こんな、厄介な感情によ)

投げては、掴む。小瓶を何度も宙に浮かせては、掴む。踏ん切りがつかないのは、それが自分にはどうしようもない夢だったなら、と思ってしまったから。
彼は背を預けるに足る戦士だと、ここで共闘して気が付いた。共に戦うのは心地いい。傍にいるのは悪くない、どころかそれ以上だって望んでしまう。
あの、聖杯戦争中では見せることのなかった。穏やかさや、慈しみを。どうか自分にも与えられたい、そして自分も与えてしまいたいと思っている。
いつからか、あの日々からか。もうどうだっていい、自分は覗き込むと決めたのだ。意を決してその薬を飲み、瞳を閉じて眠りに付く。

(――これで死にたい、なんて願いだったら…首根っこ掴んで連れ戻してやる)

そんな願いだったら、と思わなくはない。でもここ、カルデアでの役目を終えてないから。それを放棄する彼ではないと知っている。
うとうとと、微睡んで。意識が遠のいていく、現実感から離れていく。自分はここにいるのに、ここにはいない感覚。漂うのは浮遊感。
そして再び、目を開けた時――そこには、以前訪れた景色が広がっていた。あぁ、間違いなくここは…聖杯戦争中、彼と出会ったあの世界。

(――冬木、だな…ここは)

予想外、というわけではなかったが。想像通り、というわけでもなかった。自分にとってはあの日々だけだが、彼にとっては違うだろう。
思い入れも深いはずだ。だから、それに少し安堵した。穏やかな街並みと、麗らかな青空に。彼がここで自死するとはとても思えない空気だったからだ。
だから、尚更混乱する。あの日々に帰りたい、などという殊勝な願いを彼が持つだろうか?それに、目の前にあるのはとある部屋のドアノブだ。
入れと言われんばかりのその存在に、どうしてくれようと悩みはするものの。どうせこの世界で、自分の取れる選択肢など少ないに違いない。

「っだー!らしくねぇ!入ればいいんだろ入れば!!」

自分の命運を誰かに握られているというのは、どうしてこんなにも気持ち悪い。一瞬この世界での神父を思い出し、すぐに頭を振って追い出す。
ここは彼の世界なのだ。そしてこの穏やかさ。血みどろと無縁なら、それだけでもういいだろう。そんなのは現実だけで十分だ。
手に汗握って、そのドアノブを回す。そこが何の部屋なのか、知るはずもなく。だから出迎えたその顔に、思いっきり驚いてしまった。


「――おかえり、ランサー」
「――あー…ただいま?」


どうして、その世界の真ん中、中心である彼が出迎えてくれるなどと。予想ができるだろう。しかも、とびっきり穏やかで柔らかい笑顔で。
おかえり、だなんて。ならば返す言葉は決まっていた。我ながらその単語が、口から出てきたこと自体、もう奇跡だと呼んでも違いなかった――


「あー…っと」
「…立ち話もなんだろう。上がっていきたまえ」
「…じゃあ、邪魔するわ」

現状を理解できない、どういうことだろう、これは。絶賛混乱中の頭を働かせる。ここは恐らく、あの四日間の日々での彼の私室なんだろう。
嬢ちゃんの家に住んでいないことは知っていたが、こんな所に住んでいたのか。上がるよう催促されれば、大人しくそれに従うしかない。
実に彼らしい部屋だ、ときょろきょろ辺りを見渡す。シンプルで必要以上に物がない。そんな俺の行動が可笑しいのか、彼は柔らかいままだ。

「すまない、作り置きが何もないんだ。少し待っていてくれ」
「あー…」
「何か食べていくんだろう?」
「ん、あぁ、てめぇに任せるわ」

食事を促され、くれるのであればと了承すれば。彼は穏やかに微笑んだ。その笑顔にぎょっとする。笑う彼自体、珍しいというのに。
あのカルデアではそうでもないのかもしれないが。自分に向けられるとはまさか、思ってもみなくて。一体全体どういうことなんだろう。
俺は確かに、彼の願う夢を見たいと思ったはずだ。もしかして、俺が見たいという幻想を見せられてでもいるのか?全く理解が追い付かない。

「む、冷蔵庫の中身が空っぽだな…」
「あ?てめぇにしちゃ珍しいな」
「そうだな、私らしくな…、…あぁ、そうか、なるほど」

そう思い悩んでいる間にも、彼は全く気にした様子もなくいつものように過ごしている。俺、という客人をもてなすために精一杯を務めている。
それは悪い事ではないどころか、良い事のような気がして。それでも気が抜けないのだけど。気が緩みそうになってしまうのは許してほしい。

「ランサー」
「あ?」
「買い物に、行かないか?」
「――行く」

だって、これだぜ?誰に問うでもなくそう心中で零す。あの、顔を合わせれば嫌味しか言ってこないような、皮肉屋の彼が、だ。
まるで従来の友人のように、俺を扱ってくる。その温度差に慣れなくて。上手く表情すら繕えない。その俺の表情にも、彼は苦笑を浮かべるばかり。
未だ騙された気分でいるのなら、こうなったら最後まで見届けるしかないだろう。彼がそう誘ってくるのなら、自分はただ頷くだけなのだから。


「何か食べたい物はあるか?」
「いや、特には。なんでもいいぜ」
「なんでもいい、が一番献立に困ると知っていたか?」
「あ?知るか。ってかてめぇの作る物の名前が分かんねーんだよ、俺は」

2人、なんでもないように並んでは当たり前のように会話が交わされる。不可思議な光景だ。彼が、自分に対してこんなにも柔らかいというのにもだ。
俺は彼の世界で、傍観者でいるつもりだったのだ。彼が叶えたい夢とやらを、見守り見つめ。あわよくば現実で叶えてみせようと。
それがどうだ、何故自分は当事者になっているのか。彼の穏やかさが可愛らしすぎて、照れ隠しのように頭をがしがしとかく。本当、夢のようで。

「それもそうか。じゃあ、私の好きな物を作らせてもらおう。何か買いたい物があれば、好きにカゴに入れてくれ」
「おう、じゃあそうさせてもらうわ」

未だ疑心暗鬼は消えないけれど、それでも彼が楽しそうだったから。まぁいいかと、とりあえずは成り行きを見守ることにした。
彼の夢は未だ分からない。だがそれでも、戦闘や喧嘩とは無縁に思えたから。ならまずは一安心。目的や理由は見えなかったとしてもだ。
適当に面白そうな物をカゴに放り投げ。そして彼の横顔を盗み見る。随分真剣なんだな、と思えば。気付いた彼がふ、と笑みを零す。

「俺には全部同じにしか見えねーんだけど、何か違いがあんのか?」
「当たり前だろう。新鮮さや、糖分大きさ…美味しい物を作るには材料選びからもう始まっているのだよ」
「はー、さすがオカン。こだわりが違うねぇ」
「誰がオカンだたわけ。まぁ、君だけに食べてもらうんだ。真剣になるのも頷けるだろう?」

さすがカルデアの調理係担当だ。オカンやら執事やらママやら、可笑しなあだ名が増えていくのも納得してしまうほど。
様々な武器を見る目とは、また違った真剣さだ。それに素直に感嘆してみせたら。まるで口説かれるような言葉を吐かれ、ぎょっとする。

「ふむ、こんなものか…一日分だというのに、つい癖で買い過ぎてしまったな」
「買い過ぎだろうが…ほら、寄越せよ」
「えっ、あ!」

そんな俺に彼はただ楽しそうに笑うだけなのだ。どうにも調子が狂う。こんなに優しくされて、最終的に不味い物口にして馬鹿にされるオチじゃなかろうな。
まぁ彼が食材を無駄にすることは絶対ないと言えたが。それほど、まるで別人のよう。いや、それも彼の素の一面だとは知っていたけど。
知識として知っているのと、自分に向けられるとは大違いだ。彼は、俺を夢の中の俺だと認識しているようだったから。こんな対応なのかもしれないが。
いつの間にか増えた荷物を、当然のように一人で持つ彼に。なんだか腹が立ってそれを奪い去るように取り上げた。されっぱなしは悔しいので。

「君が持つ必要はない、いいから返したま」
「何言ってんだよ、俺の飯作ってくれんだろ?されるがままってのは俺の信条に合わねぇ。これぐらいさせろ」
「いやしかしだな」
「しかしも何もねぇよ。半分くらい持たせろっての。この頑固者め」

空いた手でこつんと、軽く額を小突く。いつだって全部、一人で何もかも抱えてしまう彼だ。それを知っている。あの四日間の日々で、盗み見ていたのだ。
いつもなら言い争いになっていただろう。でも彼は、茫然と俺の叱咤を受け入れた。半分くらい持たせろ、それくらいこの腕の中は余裕なのだから。
唖然とする彼もまた珍しい、などと見つめれば。酷く申し訳なさそうな顔をする。あぁ、そんな顔させたいわけでも見たいわけでもないのに。

「なら、少し寄り道しないか?お礼に何か奢ろう」
「あ?礼されるようなことじゃねーだろ、こんなの」
「…訂正しよう。少し小腹が空いてね。寄り道に付き合ってくれないか?」
「ん、それならよし」

よく分からない弓兵だ。誰かに施しを与えたい、なんてのが夢なのだろうか。それなら相手は俺じゃなくてもいいし、何より現実で叶えられる。
たかが荷物を持っただけで、礼がしたいなんてそんなのは可笑しい。だって元を辿れば、これは俺の腹の中に入る物なのだ。
それでも彼の気が収まらないらしく、礼を頑固として断れば。なんだか可愛らしいお誘いになりやがった。それならば喜んで受け入れるとしようか。


「何か冷たい物でも買ってこよう。リクエストはあるかね?」
「あー、何あるか分からねぇしなあ…お前に任すわ」
「了解した」

連れて来られたのは、近くの公園だった。こんな場所あったかと、自分の記憶を探ろうとしたが無意味なことだ。だって、ここは彼の世界。
彼が望んだ場所かもしれないし、何より俺は彼ほどこの場所に詳しくはない。酷く穏やかで麗らかな、幸せな人々で溢れる公園だった。
何より詳しい彼に全てを任せ委ね、自分はその帰りを荷物と共に待つ、本当、自分に都合のいい夢すぎて逆に恐ろしくなってきた。

「待たせたな」
「おー…っておい、これ絶対俺の色で選んだろ?」
「ははっ、違いない。でも、君にぴったりじゃないか?空のように眩く爽やかな涼しさだ」

現状に思いを馳せるも束の間、彼が二つのアイスを手に戻ってきた。どちらがどちらのか、何て分かりやすい色違い。赤と青の正反対。
そっちが自分のだろうと手を伸ばせば、また囁かれる甘い言葉。不意打ちが過ぎるだろう。彼はそんなキャラだっただろうか。

「お前それ、分かって言ってんのか?」
「ん?何がだ?」
「あー…無意識かよ、怖ぇ。で?そっちは何味なんだ?」
「私のはミックスベリーだ。期間限定品だというのでね。こういう時、ふと人種が出るものだな」

動揺してるのを悟られたくなくて、口悪くそう睨めば。彼はきょとんと首を傾げる。無意識だというのか。尚更性質が悪いというもの。
まるで彼の固有結界。振り回されっぱなしだ。いつもくだらないことで言い争ってる俺への意趣返しじゃなかろうな?と疑ってしまうものの。
なんて楽しそうに彼が笑うから。それが嘘や偽りだとは到底思えないし、信じたくないのだ。そんな風に、アイスを食べる姿さえ柔らかい。

「…そっちの赤さは、なんかてめぇみたいだな」
「うん?そうか?特に意識はしてなかったが…」
「美味そうだな、一口」
「え」

赤いアイスを舐めとる彼は、なんだかとてつもなく、その、いやらしくて。この世界に入ってから、自分の心臓はずっと穿たれっぱなしで。
ここではらしくなくてもいいのなら、ならそれぐらい自分にだって許されるだろうと。その腕を引っ張り、隙を付いてがぶりとアイスに噛みつく。
行儀が悪いと怒られても仕方のない行為。普段なら剣が飛んできてもおかしくはない愚行。だが与えられたのは、アイスみたいに彼の真っ赤な顔。

「え、なんだその可愛い顔」
「…、…勘弁してくれ…そんな甘いサービスは求めてないぞ…」
「美味そうなのが悪い。つかサービスってなんだ?なんなら、手でも繋いで帰るか?」
「無理だ、死んでしまう」

思わず素の感想を零してしまったが、どうやら彼はそれどころじゃないらしい。赤く染まった顔を隠すように片手で顔を隠すがもう遅い。
その反応があまりに可愛らしいので、覗き込むように見つめれば。まるで子供みたいにそっぽを向いてかわす。その行動もどうかと思う。
軽口のつもりで口説けば、その反応。にやける笑みが止まらない。そんな俺を、彼は悔しそうに睨むけれど。どうしたって甘さを孕んでしまう。
なんだか馬鹿みたいに浮かれてしまって。俺らしくない、彼らしくないと分かっていながら。平和な揶揄いを交わしつつ、彼の部屋へと急いだ。


「少し時間がかかるかもしれない。暇を持て余すようなら、どこかへ出かけてきてもいいんだぞ?」
「いんや、ここで待ってる。ていうか見てていいか?お前が料理してる所、じっくり見たことなかったしな」
「…邪魔にならない程度ならな。見ていて楽しいとも思えんが」

部屋に戻れば、買ってきた材料を整理して。彼は慣れた手付きでエプロンを羽織り、調理器具を手にする。板についた流れ作業だ。
それが本当に楽しそうだから。調理が趣味なのは嘘じゃないんだなぁ、と。その姿が珍しくて、ついうろうろと観察してしまう。
彼は少しばかりやりづらいようだったが、何より買ってきた食材に夢中なようだった。あぁ、彼はいつも。こんな楽しそうに調理をしていたのか。

「何作ってんだ?」
「それは完成してからのお楽しみだろう?」
「へーへー。それにしたって…楽しそうに作りやがるのな、ホント」
「まぁな。君に食べてもらえるんだ。腕の奮い甲斐があるというものだろう」

実に勿体ないことを、していた。彼が調理を趣味にしていたことは、ここ冬木の頃から知っていたのに。誰かに施したいがための手段だと思っていた。
誰かに食べてほしい、誰かに食べてもらいたい。そういう奉仕活動の一端であると。馬鹿らしい、と一瞥していたのは。きっと悔しかったからだ。
与えられる誰か、に自分は入っていない。当然だ。彼が自分に与えてくれるはずはない。自分だって、何か与えられた試しがなかったのに。
もしかしたら俺と、逆のことを彼は思っていたのだろうか。俺に与えたい、なんて。都合のいい幻想を彼の発言から夢想してしまう。

「味見だ。塩加減はどうだろう?」
「ん…文句の付けどころがねぇ」
「…、…それは何より。さて、これ以上は申し訳ないが気が散ってしまう。大人しく待っていてくれないだろうか?」
「なんかそれじゃあ俺が我慢できねぇガキみたいじゃねぇかよ」

差し出された味見の皿。それを彼の腕ごと引き寄せて口に入れる。まだ完成途中だというのに、それでも胸を満たすには溢れるほどの美味しさだった。
今までは、誰かに与えられるそれが苦手だった。だからわざと、彼が調理している時は食堂には近寄らなかった。誰かのための彼は見たくない。
でも今は確かに、俺だけの彼だから。独占したい、という欲が伝わってしまったとでもいうのか。いや、そんなはずはないのだけれど。
まるで子ども扱いしてくる彼に優しく追い払われ。拗ねた子供のように素直に待つしかなかった。彼からの初めての料理を、邪魔したくはなかったから。


「待たせたな。ついはりきりすぎてしまった」
「おう、待ちくたびれたぜ。運ぶの手伝う」
「すまない。ではこちらを頼む」

彼の料理が出来上がるまで、寝転がりながら現状について今一度考えてみた。考えて考えて、やっぱり答えが出ないという答えに行き着いた。
キャスターの俺なら分かったのだろうか、なんて現実逃避。だって、そうだろう。ここは、何でも願いの叶う場所だ。だがそれが見当たらない。
彼の願いが見当たらないまま、2人での時間を過ごしてしまっている。閉じた瞳を開けば、完成したという声。起き上がれば部屋中に漂う美味しい香り。
穀潰ししているわけにもいかず手伝えば、並び終わった料理に思わず目を見開く。そこにあるのは、確かに――俺だけのための料理だった。

「あー…こりゃ、また…よく知ってたな、この国からしちゃマイナーなのによ」
「何、調べればどうにかなるものだよ。まぁ、味の保証はしかねるが」
「馬鹿言え。調理担当が、失敗するとかあり得ねぇだろ」
「だといいんだが」

テーブルに並ぶのは、様々なアイルランド料理だった。アイリッシュシチューに、マッシュポテトを添えて。サラダやスープといった前菜も忘れない。
パンは既製品だったけれど、それも純粋に焼く時間がなかったからだろう。きっと時間があれば、きっと彼ならばパンも焼いてみせたはずで。
その光景に、胸を熱くして。一瞬でも俺を陥れようとした夢なんじゃ、と思った自分を殺したい。両手を合わせ、瞳を閉じて噛みしめる。


「――いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」


この国で、教えてもらった礼儀作法だ。台所を預かる、あの嬢ちゃんに。感謝と尊敬を込めて。作ってくれた彼へ、思いを捧げるのを忘れない。
一口一口、ゆっくり噛みしめる。彼から貰える初めての料理が、自分の故郷の味だなんて。思ってもみなくて、思わず言葉を失う。

「どう、だろうか」
「――美味い」
「――そうか」

ここにあるのはもちろん、現代に伝わるアイルランド料理だ。俺が食べていた頃の味とは違う。だが、確かに根本は一緒で通ずる物がある。
だから、それだけでいいのだ。彼が、この料理を調べて作ってくれた。それだけで十分すぎた。俺が食べていた味と違っても、それでも格段に美味しい。
無言で食べ続ければ、満足そうにそんな俺を優しい眼差しで見つめる彼が目の前にいる。それが居たたまれなくて、つい憎まれ口を叩いてしまう。

「…、ていうか俺ばっか食ってるじゃねぇかよ。お前も食えよ、アーチャー」
「いや、私はいい。君に食べてもらえるだけで十分だ」
「一人で食っても味気ねぇだろ。いいから食え。どうあっても余裕で二人分あるじゃねぇかよ」
「…分かった」

見つめられてばかりで居心地が悪い、という態度を取る。間違ってはいない。あまりにその視線が優しすぎるから、どうにかなってしまいそうなのだ。
俺の居心地の悪さを察したのか、彼も食事を始めた。そういえば、彼が食べる所も初めて見たかもしれない。いつだって作っているばかりだったし。
それもまた珍しい、とじっと見つめれば。彼は気付いたようにその手を止める。何事かと思えば、追加メニューの登場だった。

「あぁ、そうだ。危うく忘れるところだった。酒を買ったんだった」
「お、いいねぇ」
「私は飲んだことがないんだが…蜂蜜で作った酒らしい。君の国にもあったのだろう?」
「――は」

同郷のサーヴァント達と酒盛りをよく行っていた。その噂を聞いていたのかもしれない。だが彼が取り出したその酒に、目を見張るしかなかった。
蜂蜜で作られた酒。琥珀色のそれが、グラスの中で怪しく輝いている。まさか、とは思うものの。動揺して舌が乾いて仕方がない。

「私はあまり強くないから、思う存分君が飲んで…ランサー?」
「…お前、それ、意味分かって…」
「うん?何か決まり事でもある酒だったか?」
「…、…いや、そうだよな、知ってるわけねぇ、よな…あー、なんでもねぇ。貰う貰う」

からからの喉で確かめれば、彼は無邪気に首を傾げた。それで漸く理解する。彼にまったくの下心もなければ、その酒の意味も知らないということを。
蜂蜜の酒。ハニームーン、ハネムーンの語源でもあり、巣作り、子作りといった由来のある。いわば、そういうお誘いの酒でもあるのだ。
他意はないことにほっと胸を撫で下ろしつつ、いやでも少し残念だったかなとがっかりもしつつ。だが今は、このなんでもない空間が愛しいと思うから。
彼は酒があまり強くないんだろう。少し飲んでは、ぼんやりしている。だから今ならば、と思ったのだ。今日一日抱いていた疑問をぶつけるには。

「…つか、良かったのかよ」
「ん?何がだ?」
「今日一日、買い物して寄り道して飯食っただけじゃねぇかよ。嬢ちゃん達に会ったりしなくてよかったのか?」
「…あぁ、なるほど」

ここが冬木であるならば、彼が故郷を願ったと、そういう夢ならば納得できたのだ。例えばあの聖杯戦争後の繰り返される四日間のような、平和な日常。
あの日々は楽しかったと、俺だって純粋にそう思える。戦闘以外の彼が知れて、その普段の姿や色んなギャップを知れた場面でもある。
平和なあの時間をもう一度、というのなら。ささやかであれ夢として頷ける。でもそれならば可笑しいだろう。俺以外の登場人物がいないというのが。

「そうだな…会いたくないわけではなかったが…限られた時間なんだ。勿体ない、と思ってしまってね…私も欲深い男だ」
「あ?どーいう意味だよ」
「…時間が限られているというのなら、私は…一分一秒でも、君とこうして過ごしたかった、というだけさ」
「――…」

紡がれたその言葉、紛れもない真実。諦めたように微笑む彼の、そんな顔が見たかったわけじゃない。だからこそ、それが真実だったのだ。
彼は、俺を望んだ。このなんでもない時間を、ただ穏やかに過ごせる時間を。共に過ごす相手として、俺を選んだ。俺だけと、選び取った。
その衝撃。嬉しくないわけではなかったが、それより何よりも。怒りが込み上げた。彼はこんなことを、叶わぬ夢だと決めつけてしまっていることだ。

「――ふざけんなよ…こんな、なんでもない微温湯みてぇのが、てめぇの願いだっていうのか…?」
「…あぁ、そうだ。君の言う通り、お飯事みたいな微温湯だったとしても…それでも、叶わぬ私の夢なんだ…相手をさせて、すまなかったね」
「ッ、んなの、てめぇが望めばいくらだって…っち、あぁ、そうだった。てめぇは自分で手を伸ばせるような性分じゃなかったな」

臆病者の自分が言えたことではないのかもしれない。俺達は互いに、圧倒的に言葉が足りな過ぎた。あんなにも共に過ごす瞬間はあったというのに。
だからこれは、彼に怒りをぶつけているふりをして。事実、自分に怒りをぶつけていた。八つ当たりだ。自分だって手を伸ばさなかったくせに。
一時の泡沫でいいというのか、一瞬の儚い夢で終わっていいというのか。そんなの、何より俺が耐えられない。胸倉を掴む腕に力が籠る。
この思いを、一体どうぶつけたらいい?話さなければいけないことが、まだたくさんあるというのに。瞬間、世界の輪郭が溶けて色が薄くなっていく。

「あ?んだこれ――」
「…私が、満足したということだろう。所詮は夢だ。目覚めれば消える」
「ざけんな!話はまだ終わっちゃいねぇだろ!あぁちくしょう!なんだって俺は、らしくなく弱腰になってやがったんだ、今まで」
「…、ランサー?」

色を失い、輪郭を失い。きらきらと、まるで座に帰るかのように。空間そのものが消えていく。それを意味するのが、彼の満足だとでもいうのか。
気に食わない、気に入らない。この程度で満足されては困る。そんな柔らかな表情をいくつも見せられて、これで終わりだなんて信じない。
馬鹿みたいに遠回りをしたものだ。互いに憎まれ口ばかり叩いて。実際はきっと、これ以上嫌われたくないから。わざと距離を置いて遠ざけた。
だがそんな素直な素顔を見せられて。もう今更後に引けない。告げたいことがたくさん溢れてくる。だがここで告げるべきではないと痛いくらい分かる。

「悪いが俺は、こんな脈ありな展開見せつけられて身を引く程、愚かでも馬鹿でもないんでね。だから――」
「ッ!!」
「目が醒めたら、覚悟していろ――弓兵」

真っすぐ逸らすことなく至近距離で射貫く。もう逃がさない、もう離さない。隙を見せたそちらが悪いのだ。胸倉を更に引き寄せその首に噛み付く。
自分の物だという、醜い所有印。それでももう悩むのも逃げるのもやめた。この瞬間を、一時の夢にして堪るかってんだ。
どうせ今何を告げても彼は信じないだろう。ならば告白は現実で。覚悟していろと噛みつくように宣戦布告して、そのまま意識は溶けていった――


「――…、………ッ!」

微睡みから覚醒する。何度も、何度も瞬きして。頭を掻きむしりながら、勢いよく体を起こす。軽い頭痛に眩暈を覚え。ここは現実、夢幻は遠い。
サーヴァントの身になってから、初めての感覚だった。夢に引きずられて、上手く思考を働かせられない。何度も、何度も瞬いて。時間をかけ取り戻す。
虚ろな目に、徐々に光を取り戻し。見慣れたカルデアの部屋で、最初に浮かべたのは。嬉しさで怒りでもなく、悔しさからなる苛立ちだった。

「…っ、あぁ、クソッ…!!」

己の不甲斐無さに虚しさが込み上げる。だってそうだろう?彼が夢見る夢とは、叶わない夢とは。俺達2人の現在で、これからの未来だった。
彼が自分のことに臆病であること、知っていたのに。自分は一体何をしていたというのだ。例え一方通行だったとしても、それでも良かったじゃないか。
甘ったるい話ではあるが、それでも、幸せにしてやりたいと思ったのは嘘じゃない。こんな、卑怯な手を使ってまでも、彼の願望を知りたかったくらいには。
どうせ嫌われていると思い込んで行動しないよりも、どうせこれ以上嫌われることなどないだろうと。そう押して近づいて触れてみればよかったのだ。

(あー、情けねぇなぁ、ホント…)

考え込んで悩み抜いて、最後に浮かび上がったのは苦笑いだった。本当、お互いにどうしようもない。大の男2人して、一体何をしているんだろう。
自分の思いに臆病になって、一方は夢の中へ現実逃避。一方はその夢の中へ不法侵入。お互い笑えない。でも、もうあんな顔は嫌だ。
彼はずっと笑っていた。それが、諦めの笑みだと知っていた。彼はあの夢で終わりを告げるのかもしれない。臆病者だと、自分に笑う資格はない。
でもできるならばあの笑みを、幸せそうに笑う顔をもっともっと。一番近くで見たいと思った。笑顔にさせたいと心から、そう思うから。

「――なら、攫いにいきますかねぇ」

ぐーっと体を伸ばす。寝起きの背伸びから、軽い準備運動。あぁ、確かにこれは戦いにも似ている。ならばもう、戦闘準備はばっちりだろう?
馬鹿みたいに視察して、観察した。色んな顔を盗み見て、色んな過去を知った。そして恐らく、自分と同じ思いを抱いているだろうことも。
善は急げだ。きっと真面目な彼ならば、その薬の効果を彼女に報告しに行くだろう。ならその帰りを捕まえるだけだ。最速の英霊を舐めるなよ?


「――おい、邪魔するぜダヴィンチちゃん」
「――…、…」

がらり、扉を開ければ。案の定、彼はそこにいた。生憎後ろ姿で、表情は見れなかったけれど。びくりと肩が動いたのを、見過ごすはずはなかった。
そりゃ動揺もするだろう。なにせ、さっきまで自分の夢の中にいた相手なのだ。まさかそれが、ここにいる俺だとは思ってもみないだろうけど。

「――ここに居やがったか、弓兵」
「――君が彼女に用があるなどとは珍しいな、槍兵。では私の用は終わったことだし、邪魔にならぬよう早々に立ち去ることにしよう」
「まぁ、待てや。俺はてめぇにも用が、」
「生憎、私は君に用などない」

今度ばかりは逃がさないと、腕を伸ばせば。当然のようにぱしりと弾かれる。まるで手負いの獣だ。付け入る隙もありゃしない。
いつも通りの憎まれ口を叩いて、目を合わせようともしない。本当にあの夢の彼と同一人物なのか、疑わしくなるくらいに。
でももう知っている、騙されない。それが虚構だということを。お互いに強がっているだけで、本当は何より相手に近づきたいと思っていることを。

「てめぇは、っ、いや、今はこっちが先だ。これ、返すぜ」
「あぁ、で、どうだった?いい夢は見れたかい?」
「どうだろうなぁ…でもま、分かったことがある。俺は叶えるなら、やっぱ現実でってのが性に合ってるわ」

その口から、本当の願いが聞きたい。そしてどうか許されるならば、それを叶えるのは俺でありたい。他の誰にも、こればかりは譲れない。
そしてことり、今回の一番の功労者へ。狡賢い手段ではあったが、それでも感謝している。こんな物に頼らなければならないほど、自分は愚かだった。
だがもう、間違えたりはしない。その俺の薬を見てどう思ったのか、彼は逃げ去るようにしてその場を去った。もちろん、追いかけない理由がない。


「おい、こら、おい!待ちやがれ、アーチャー!!」
「っ、なんだね、ランサー。生憎私は穀潰しの君と違って忙しい。ここでは多くの仕事を担当していてね。君に構っている余裕は一切ない」
「てっめ…!!」
「あ、エミヤー!」

彼がこんなにも逃げ回るのは珍しい。いつもなら正面切って、互いにあることないこと言い合っていた。最も、醜い言葉ばかりだったけれど。
違う、そうじゃない。もうその憎まれ口はいい、俺達は互いにもっと違うことを話せるはずなんだ。そう、それこそあの夢みたいに穏やかな日常を。
そして再び手を伸ばし掴もうとして、その声に遮られる。無邪気に彼の真名を呼ぶ我らのマスターの声。あぁ、それは卑怯だ。それは邪見にできない。

「あれ?槍ニキ?もしかしてお取込み中だった?」
「いや、何もない。してマスター、私に用だったのでは?」
「あ、うんそうそう。じゃーん!見てこれ!」

それに何より、彼女が満面の笑みだったから。それを見つめる彼の視線も、途端柔らかくなるのを知っている。全く妬かない、と言えば嘘になるが。
それでも誰かに穏やかでいられる彼を見るのは、実の所嫌いではないのだ。だがそれは、自分に向けられるはずのない笑顔だと思っていたからだ。
今ならばきっと、自分にもチャンスがあるのだろうと。仕方なく大人しく用が終わるのを待つ。彼女の手にあるのは、何やら入ったビニール袋で。

「これは…一体どこで、これを」
「ふふーん。さっき特異点新宿に行ってきたんだけどさ。まだ稼働してるコンビニがあってね、そこから貰ってきたの」
「盗ってきた、の間違いではないかね?まぁ、もう無人になっていただろうから。補給物資として有り難く頂戴しておくのがいいだろう」

何が入っているのか、気にならないわけではなかったが。口を出せば彼はまた、憎まれ口を叩くのだろう。そうさせたくなくて、大人しく見守る。
補給物資、ということは食材か何かだろうか?何にせよ、彼にとって悪い話でなければそれでいい。このまま逃げられないためにもだ。

「だが、何故私に?」
「ほら、エミヤって日本の近代の英霊なんでしょう?特に馴染み深いかなーってさ。嬉しくなかった?」
「英霊とは違うが…そうだな、私が誰より馴染み深いだろうな。ありがとう、マスター。後は、アサシンのエミヤや、アイリスフィールにも分けてやってくれ」
「うん、そうするよ。ほら、何か貰って?何がいいかな~あ、チョコとかエミヤの肌みたいで美味しそう」

彼に全て渡さない、ということは食材ではないのだろうか?聞き耳を立てるに、もしかしたら菓子などの甘味類なのかもしれないな、と想像する。
つい最近見つかった新宿、という特異点は。どうやら日本であるらしかったから。そこにある物は、日本人の彼にはなじみ深い物だったのかもしれない。
彼以外に挙げられた名前を聞いて、その確信を強めた。じっと見つめていれば、マスターと目が合い。物欲しそうな目でもしていたのかもしれず。

「あ、せっかくだから槍ニキもどう?えーっと、何味がいいかな~」
「ふむ、彼にはこのガリガリ君でいいだろう。色といい味といい、実に彼によく似合――」
「――へぇ…ソーダ味、ねぇ…」

あの夢の空間のような穏やかな顔で、素の表情で。その弓兵は手に青いアイスを携えて――そうして硬直した。その、あまりに自然な動作に。
それで分かってしまった。その袋の中身が、アイスだということ。そして彼は、紛れもなく夢の中の彼自身であったということ。
青いアイスを、俺に似合うからと渡してくる。あの、公園での彼そのまんまだ。彼自身、その自分の愚行に気付いたのか、すぐに固まる。
だが俺は、生憎それを見過ごしてはやれない。どれだけ繕っても、やはり彼は彼のままだ。その隙を見せたのなら、もう逃がしてはやれない。

「悪ぃ、マスター。アイス冷やしておいてくれ。後でこいつと食べっからよ」
「っ、はぁ!?」
「ちょっとこいつ借りるわ。暫くレイシフトの予定はないだろ?何しろ――長期戦になりそうだからなァ…」
「えっ、あ、うん。大丈夫だよ、ごゆっくり………エミヤ、どんまい」

彼が手にしたチョコレートのアイスも、俺へと今手渡そうとしていたソーダ味のアイスも。袋の中へそのまま戻す。それは話が終わってからのご褒美だ。
動揺する彼の腕を掴み、今度こそ捕まえた――ぎゅっと握りしめて離さない。そのまま人気のない場所へと連行する。
もしかしたら興奮して凶悪な顔を浮かべていたかもしれない。その俺を見たマスターの顔といったら…彼へ同情の視線を送るのだった…


「――おいっ、ちょっと、ランサー」
「………」
「どこへ、行くんだ、待て、待ちたまえッ」

離さないと強く腕を掴んだまま、彼の動揺に付け込みカルデア内を歩き回る。ここはサーヴァントが多い。できれば誰もいない場所がいい。
だがきっと、まだ自室へは連れ込まれてくれないだろう。少しばかり歩き続け、ようやく人気のない場所へ連行することに成功する。

「――ここなら人も来ねぇか…おい、」
「何っ、ぐっ、…いった」
「――あぁ、やっぱりな…」
「っ、何、」

壁際へ追い込み、物理的に逃げられなくして。手を放し油断しているところを、今度は首元の服を引っ張る。あぁ、と思わず笑みを浮かべてしまう。
そこには確かに、自分が噛み付いた痕があった。間違いない、あれは夢だけれど現実だった。それを確かめるようにして、痕を指先でなぞる。
俺のその行動の意味が分からないんだろう。彼は頭上に疑問符を浮かべたまま、少しだけ不安そうに俺のことを見つめてくる。

「あの薬、な」
「くす、り…?…あぁ、ダヴィンチちゃん、の…それがどうか、したのかね…?」
「夢の中で、夢が叶えられる薬、つったよなぁ…なぁ、アーチャー。てめぇは一体、どんな夢を叶えやがったんだ…?」
「っ、そんなの、君には関係ないだろうッ」

にやける顔を必死に抑えて、それでも甘い顔になってしまったかもしれない。それほど自分は、高揚していた。声音も優しくなってしまうくらいには。
そんな俺につられてか、それとも夢と重ねてか。彼の反論は鈍い。いつものキレのある皮肉もどこへやら。それが更に、愛しさを募らせる。

「俺はな、アーチャー。ダヴィンチちゃんから、てめぇがあの薬を貰ったって聞いてよ。てめぇにも叶えたい夢とかあんのかって、なんでか気になってな」
「き、気にしなくて結構だ。なんだ、私には夢を抱く権利すら、ない、だとでも?」
「いーや、そう思い込んでんのは、てめぇ自身だろ?てめぇの抱く夢が、どんな類の物なのか…純粋に見てみたい、って思っちまったんだよなぁ」

いつもより柔らかい俺に動揺しているのが見て取れた。思わず苦笑したくなる。だってその姿は、あの夢での俺にそっくりだったのだから。
そう、理由なく優しくされるいわれなどないのだ、お互い。だが、本当は、お互い優しくしたいと思っていた。そういうことだろう?
ならばもう強がるふりはやめた。またもう一度、あの顔が見たい。彼の夢が叶えられている瞬間を、とろけるようなあの笑みを。知ってしまっては離せない。

「だからな、俺は…お前がどんな夢を見るのか、それを見てみたいって願っちまったんだよ」
「私の夢など、君にとってはつまらなく退屈な――」
「――それでも、いい。どんな夢だって、良かったんだ。てめぇを知れるならな…アーチャー」

自然、細められる瞳、甘く囁く声音。それらは全て、お前だけに与えられるべきものだ。お前があの空間で、俺に与えてくれたように。
つまらなく、退屈な夢なんかじゃない。だってそうだろう?お前はそれを、叶わぬ夢として願った。ならばそれは、何より尊く守られるべきなのだ。
何度も、何度も。愛しくその傷痕をなぞり続ければ。鈍い彼も気が付いたのだろう。零れ落ちそうなほど、目を見開いて固まって。


「まさか、ランサー、君は、あの、」
「あぁ、なぁ、アーチャー…あれは、一体どんな意味を持つ夢だったんだ…?」


なぁ、聞かせてくれ、アーチャー。お前は一体、何を願い、何を祈り、何を夢見た?それはきっと、俺と同じ祈りだと、そう思うんだよ――


「――…、………」
「なぁ、あれが本当に、てめぇの願った夢だったのか…?…何とか言えよ、アーチャー」
「………ッ、」

こればかりは茶化せない。冗談にも嘘にもできないだろう。だって自分は、当事者なんだ。あれは夢でもなんでもない、確かな現実だった。
その事実に気付き、恐怖を抱いたのか。彼は片手で顔を覆い俯き、酷く後悔しているように見えた。乱れた呼吸音が痛いくらいに聞こえてくる。

「――っ、すまな、かった…本当、何でも、ない、んだ…出きれば、忘れてほしい…」
「いや、それは無理だなぁ…」
「ッ、頼む、私が、愚かだった…もう二度と、くだらない夢は見ないと、誓うから」
「誓ってほしいわけでもねぇんだよな…謝ってほしいわけでも、ねぇんだよ。なぁ、アーチャー、顔見せてくれよ」

初めに零れ落ちたのは、震えるような謝罪だった。彼らしいその言葉に、苦笑するしかない。いつだって自分の思いより、誰かを優先してみせる。
他人を優先し続けるというのなら、誰か一人くらい彼を優先してみせてもいいだろう。その役目は、自分以外に果たせないだろうし、そうじゃなきゃ嫌だ。
あぁ、馬鹿みたいに顔が熱い。俺にも恥なんて感情があったのかと感動すらしてみせようか。それを味合わせてくれる、彼に感謝しつつ。
力なく顔を覆う腕を外して、もう観念しているのだろう。可哀想なくらい、泣きそうになる顔があり。あぁ、今度は愛しさでこちらの熱が上がっていく。

「え――」
「あー…みっともねぇ、ったらありゃしねぇのな…なぁ、アーチャー、自惚れていいんだよな?俺の独りよがりじゃねぇってよ」
「何、を……って、近、ちょ、近いぞ、君っ」
「そりゃ近くもなんだろ…嫌なら振りほどけや」

彼が目を見開いて、俺のことを凝視している。恥ずかしいし、情けないしみっともない。だが、破顔するのを抑えられない。
だって思いが叶いそうなんだ、思いを叶えてやれそうなんだ。それがどんなに嬉しくて幸せなことか、まだお前は気付いちゃいないだろうから。
それを教えてやろう、分からせてやろう。手を伸ばし、その身を抱きしめる。同じ温度、同じ心音。もうそれが夢なんだと、思わせたりしないから。


「運命だなんだと、馬鹿みたいに茶化しちゃいたが、もう馬鹿にできねぇな…なぁ、アーチャー。俺は自惚れることにするぞ」
「な、なにが、だ」
「俺は――お前が好きだ、エミヤ。らしくなく臆病になって、行動できなくなっちまうくらいには…そんで、お前も同じ気持ちだと俺は確信するぜ」
「――な、ななな、は、はぁっ!?」


皮肉に運命なんて言葉にして誤魔化して、本当は嬉しかった。また出会えたこと、今度は肩を並べて戦えること。それはまさに奇跡だった。
またいつ訪れるか分からない奇跡なら、ならば今度こそ手を伸ばそう。それが現実なんだと、痛いくらいに理解してもらおうじゃないか。

「言っておくが夢じゃねぇし、今更逃げても無駄だし、勘違いだって言い逃れも出来ねぇからな…俺はあの夢でてめぇと過ごした。それがお前の答えだろ?」
「なっ、ななななな…!!!」
「何、持久戦といこうじゃねぇか、弓兵。言っておくが一度こうと決めたら…俺はかなりしぶといぜ?逃げられるもんなら逃げてみやがれってんだ!」

彼の特性などまるっとお見通しだ。何せ随分長いこと、見つめ続けてしまった。出会ったあの日から、今までとは。我ながら諦めの悪いことだ。
きっと彼は、この状況を夢だと思い込むし。現実だと分かれば逃げ出すし。俺が何度告げてもそれは勘違いだと突っぱねるだろう。
だが言い訳は無用だ。あの時間を共に過ごした。それだけでもう言い逃れはできない。素直に告げることができない、彼の何よりの告白だっただろう。
おかえり、と出迎えてくれた。一緒に買い物をした。公園でアイスを食べた。俺のためだけに料理してくれた。たったそれだけだとしても。

「に、逃げることも言い訳することも勘違いだと避けることすらさせてもらえないだと…!?な、なら、私は一体どうすれば、はっ!」
「はい無視していつも通りを装うとしても無駄だからなー?これからは食堂にも顔を出すしお前のレイシフトは付いていくし隙あらば口説くから」
「は、はぁっ!?ほ、ほんと、君、どうしたっ!?」
「いや、何、自分の欲望に正直になっただけだぜ?それこそお前が、あの夢の中でやってみせたのと同じようにな」

夢の話を持ち出せば、途端絶句して口をぱくぱくとさせる彼。あぁ、そんな動揺も可愛い。今までのニヒル面はどうしたと言いたくなるくらい。
様々な表情を見せてくれる彼に、魅せられるばかりだこちらは。本当、悔しいくらい、彼に惚れてしまった自分の負けなんだろう。
だが負けっぱなしは性に合わない。あの夢に酷く振り回された。ならば今度はこちらが振り回してやる番だろう。


「やっ、やめんかたわけッ!!もうあの夢のことは持ち出すな!!忘れろ!!」
「いーや?その願いは聞けないねぇ…何度も言うぜ、アーチャー。俺はお前が好きだ。これは嘘でも夢でもない、紛れもない現実だよ」
「ゆっ、夢だ!現実なわけがない!!あああありえない!!ありえないーーー!!!」
「ははっ、いいねぇ!それでこそ攻め甲斐があるってもんだ!いつかお前が素直に言えるまで、俺は何度だってお前の夢に招待されてやるぜ?」


夢の中でしか言えないというのなら、今はまだそれでもいい。そんな願いを祈るというのなら、俺は何度だって彼の夢に現れると誓おうか。
彼の色んな表情が楽しくて嬉しくて、何度も夢の話を持ち出して。とうとうキレた弓兵に本物の固有結界に閉じ込められるのは、これまた別の話だ――


Comments

  • 鴉八丸
    January 21, 2024
  • そー
    October 8, 2017
  • U
    April 6, 2017
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags