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利己的な恋(槍弓)/Novel by 湯屋

利己的な恋(槍弓)

18,423 character(s)36 mins

なんか思った以上に長くなってしまった…!!
少女漫画みたいな槍弓です。槍→←弓な両片思いが大好物なもので。
SN時空でもホロウ時空でもくっつかなかった2人がカルデアでようやくくっつきそうになる話w
SNから運命感じてホロウでくっついてカルデアで再会、な展開ももちろん好きなんですが
ずっと両想いなのにどっちも行動しないままカルデアまで来ちゃった…!な2人も大好きですw
勢いで書き上げてしまったので誤字脱字が酷そうだ…後で直しておきます;;
出来れば槍目線も書きたいなぁ…

3/31付DR73位、女性ランキング56位ありがとうございました!
槍視点ものんびり書き上げます!

2023/5/6
セルフリメイクしました…!かなり長文となりましたのでこちらもよろしければ!
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利己的な恋(槍弓)



「――夢の中で、夢が叶う薬…?」
「そう、まるで夢のような話だろう?」

かのダヴィンチ女史に呼ばれて工房を訪れてみれば、手伝ってほしいことがあるのだという。どんな力仕事かと思いきや、そうではないらしい。
魔術師として優れていない自分では、魔術の手伝いはできないだろうし。そうして聞いてみれば、新薬の実験台になってほしいという、かなり危ない願い。

「いや、そもそもサーヴァントは夢を見ないのでは…?」
「通常の召喚ならばね。だが此度のカルデアの召喚は、かなり特殊だ。半受肉にも似て取れる。何、霊基に語り掛ければちょちょいのちょいさ!」
「だ、大丈夫なのか?それは…」

かなり怪しい。画期的な発明も多いだろう。だが同時に厄介ごとも多く生まれるのがこの工房だと、自分は痛いくらいに知ってしまっている。
易々と引き受けてしまった自分の幸運値の低さに嘆きながらも、しかしすっかり慣れてしまったので諦めるに限る。

「しかし、何故私なんだ?マスターは危険だから避けるにしても、他にもたくさん居ただろうに」
「何、さすがにどこまで実現可能か分からないからね。エミヤ、君ならあまりに物騒な夢を抱かないし、現実とない交ぜにすることもないだろう?」
「あぁ、なるほど…」
「信頼しているということだよ、エミヤ」

ウィンクをして、都合のいいことを言う。苦笑しながらも、その信頼は純粋に有り難いと思った。確かにここには、多種多様なサーヴァントが存在している。
普通なら悪として反英霊となる者ですら、人類最後のマスターの元、人理修復に努めている。だからといって、性根は変わらない。
彼女手製ならあり得ないだろうが、もし失敗して何らかの反動が起きても。あぁ、確かに現実主義者の自分ならばどうということはないだろう。
英霊ではなく守護者であるから、消えても問題ないだろうし。私は彼女の要望を受け入れ、その薬を受け取ることにした。少しばかり、興味もあったから。


(…さて、)

マスターとのレイシフトも終わり、家事当番も終え、自室へと戻ってくる。ここでは全てのサーヴァントを、カルデアの電力を魔力へ変え召喚している。
だからだろうか、反受肉のようになっている。食事も取れば、睡眠も取れる。その人間らしい生活で、魔力消費を抑え温存できるのも確かで。
だがそれでも、夢を見たことはなかったから。それに興味が沸いた。本当に、人でなくなった自分にも。何かを夢見ることができるのだろうか。

(…叶えたい夢がないから、夢に見る物は何もない、というオチだったらどうするか…)

それだけが、心配だった。そもそも自分に、叶えたい夢などあったのだろうか。本当に望んだことは、幸運なことに叶えられてしまったと思うから。
壊れかけの自分へ、その日々の答えは得られた。守護者として本来の、全うな正義の味方としてここに居られる。それだけで、もう叶ってしまっている。
だからそれを確かめるためにも、その薬を飲んだ。何も夢見なかった場合、彼女への言い訳はどうしようと。それだけを不安に思い眠りについた…



「――………、」

陽の眩さに、焦がれて目を覚ました。屈折した光が、きらきらと星のように瞼を覆った。何度も瞬きをして、ゆっくり微睡みから覚醒する。
重たい瞼を何度も擦り、あぁ、まるで人間のような目覚めだと思った。何度も、何度も。瞬きを繰り返し、その身に注ぐ陽の光を受け止める。

(…、………ここ、は、)

切り取られた日常の1ページに落とされた気分だった。それほどありふれた光景。だが自分には、あまりに久しぶりすぎた。その、どこかの街並みは。
ひとまずは現状を把握することに努めた。手を握り、開く。サーヴァントとしての力は失われてはいない。必要なら瞬時に投影できるだろう。
辺りを見回し、久しぶりの景色に息を吐いた。部屋のどこに、何があるか分かる。カルデアの私室ではない、以前自分が使用していたその部屋。
眩いベランダに近づき、カーテンを開け窓を開放する。柔らかな春の日差しと暖かい風と共に、吹き込んできたのは己が生まれた街並みだった。

(――冬木)

紛れもない、そこは冬木市だった。間違うはずもない。自分が生まれ、自分が召喚され、自分が答えを得て、自分が一番大切だと思う場所。
自然と目を細め口元が緩む。少なからず摩耗していく中、それでも今だ覚えていられたこと。それだけでもう奇跡のような気がしたからだ。

(しかし…私の夢とは、ここに帰りたかったことなのか…?)

そして考え込む。夢の中なのだから、思う存分今を楽しめばいいのに。現実主義者としての性か。どうにも答えを見つけ出さずにはいられない。
確かに、この場所は大切な場所だ。だが心のどこかで、もう戻ることもないと理解していたのに。帰りたい、と思ったことがあっただろうか。
まさか自分の願いですら、摩耗して消えてしまったとしたら…そんな最悪なことを考え込んでいたら、不意に鳴り響くチャイム音。

「…、来客…?」

答えは見えない、意義が見つからない。それでも客人を待たせるわけにはいかないと、正座していた足を解いて玄関へ向かう。
客人が誰か分からぬまま、ゆっくりドアノブを回す。ここに敵が現れることはないだろうけど、それでも――翻るその色に瞬間全てを理解した。


「――おかえり、ランサー」
「――あー…ただいま?」


なるほど、夢の中で夢が叶う薬とはよく言ったものだ。そして私は、私自身をよく分かっている。叶わない願いを、何より理解していた――


「あー…っと」
「…立ち話もなんだろう。上がっていきたまえ」
「…じゃあ、邪魔するわ」

青い御影を靡かせて、紅玉を煌めかせる美しい獣。見慣れた武装ではなく、軽い私服に身を包み。思えば私も武装ではなく、私服に身を包んでいる。
だからこれは、あの日々の続きでもしもの世界。冬木にはもしかしたら、また召喚されることもあるかもしれない。だが、こればかりはあり得ない。
そこには、不可思議な運命が繋がれた槍兵――クー・フーリンを真名とする獣が、不思議そうな表情を浮かべてそこに立っていた。
その表情も、なんとも彼らしかった。多分、私の想像通りだからだろう。例え夢でも、自分に満面の笑みを向けるはずがないと、受け止めてしまっているから。

「すまない、作り置きが何もないんだ。少し待っていてくれ」
「あー…」
「何か食べていくんだろう?」
「ん、あぁ、てめぇに任せるわ」

そうか、ここはそういう世界だったと。今更ながらに思い出して、笑みを浮かべる。その姿にぎょっと彼は目を見開く。なんだ、失礼な奴だな。
私とて笑うくらいする。まぁ、こんな気の緩んだ表情は、彼に見せたことはなかったかもしれない。もちろん、逆も然りだったが。
任せる、と彼は言った。ここは私の夢の世界。全ては私の思うがまま、彼の意志でさえだ。ここに訪れたのも、彼の意志ではないということ。

「む、冷蔵庫の中身が空っぽだな…」
「あ?てめぇにしちゃ珍しいな」
「そうだな、私らしくな…、…あぁ、そうか、なるほど」

部屋の冷蔵庫を開ければ、中はまさかの空っぽだった。それを確認するように私の背後から彼も覗き込む。その距離の近さに、少し驚きながらも。
これは夢だ、と何度も言い聞かせ。ならば冷蔵庫に何も入っていないのはおかしいと、そう思い気が付く。それもきっと、口実でしかないのだ。
きっと願えば、今すぐに材料を完成品を投影することも可能だろう。だがそれでは意味がない。冷蔵庫が空っぽなのにも、理由があるということで。

「ランサー」
「あ?」
「買い物に、行かないか?」
「――行く」

無い物は補うしかない。そのための口実、理由。こうでもしないと一緒に出掛けることすら出来ないなどと。我ながら情けない、と苦笑する。
そう自嘲しながら彼を誘えば、彼はどんな表情をしたらいいか分からないらしく。戸惑ったように、それでも是と返事をしてくれたのだった…


「何か食べたい物はあるか?」
「いや、特には。なんでもいいぜ」
「なんでもいい、が一番献立に困ると知っていたか?」
「あ?知るか。ってかてめぇの作る物の名前が分かんねーんだよ、俺は」

部屋にあったエコバッグを片手に、彼と肩を並べ最寄りのスーパーへと足を運ぶ。そのあり得なさに、私はらしくなく笑みが浮かびっぱなしだった。
一方彼は、そんな私が見慣れないのか。ずっと難しそうな、罰の悪そうな顔をしている。がしがしと頭をかいて、そんな所が本物の彼らしかった。
きっと私自身が、私に優しい彼を描けないせいだろう。夢の中でも現実的とは、私らしい。だがこれだけでも、十分に楽しかったから。

「それもそうか。じゃあ、私の好きな物を作らせてもらおう。何か買いたい物があれば、好きにカゴに入れてくれ」
「おう、じゃあそうさせてもらうわ」

少しずつ、こんな状況にも慣れてきたのか。彼は自然に楽しそうな顔をした。まぁ、好き勝手に珍しい物をカゴに入れたいだけだったのかもしれないが。
作る時間も考えれば、きっと夕食になってしまうだろう。脳内でメニューを組み立て、必要な食材を選び取っていく。
それを槍兵は不思議そうにじっと見つめていた。私があまりにも真剣に食材を選んでいたからかもしれない。ふ、と笑みを零して。

「俺には全部同じにしか見えねーんだけど、何か違いがあんのか?」
「当たり前だろう。新鮮さや、糖分大きさ…美味しい物を作るには材料選びからもう始まっているのだよ」
「はー、さすがオカン。こだわりが違うねぇ」
「誰がオカンだたわけ。まぁ、君だけに食べてもらうんだ。真剣になるのも頷けるだろう?」

微笑んでそう告げれば、彼は固まった。そんな表情見たことがないので、ついまじまじと観察すれば。何故か不服そうに睨まれた。
裏があると思われているのかもしれないが、生憎ここではそんなこと考える方がもったいない。夢ならばそれを堪能しなければ。
何よりそういう薬だったのだ。それでも彼があまりに彼らしいから、安心して笑っていられた。これが私に甘い彼だったりしたら、きっと目を背けていた。

「ふむ、こんなものか…一日分だというのに、つい癖で買い過ぎてしまったな」
「買い過ぎだろうが…ほら、寄越せよ」
「えっ、あ!」

一通り色々揃えていたら、思ったより大荷物になってしまった。手提げ1つの予定が2つに。もう1つエコバッグを用意してくればよかったと思ってももう遅い。
両手が塞がり、これでは寄り道もままならないな、と思った途端。それはいとも簡単に軽くなった。呆気なく攫われてしまったのだから当然で。

「君が持つ必要はない、いいから返したま」
「何言ってんだよ、俺の飯作ってくれんだろ?されるがままってのは俺の信条に合わねぇ。これぐらいさせろ」
「いやしかしだな」
「しかしも何もねぇよ。半分くらい持たせろっての。この頑固者め」

空いた手でこつんと、軽く額を小突かれた。仕方ないなぁって顔で。その行動にぽかんと口を開けたまま、思わず茫然としてしまった。
兄貴分の彼らしい行動だったろう。だがそれが、自分に降りかかるのとではまるで意味が違う。思わず熱くなりそうな頬を頭を振ることで抑えて。
荷物を半分持たれている、ただそれだけでどうして。こんなに泣きそうになっているのか。自分でもまるで意味が分からなかった。

「なら、少し寄り道しないか?お礼に何か奢ろう」
「あ?礼されるようなことじゃねーだろ、こんなの」
「…訂正しよう。少し小腹が空いてね。寄り道に付き合ってくれないか?」
「ん、それならよし」

礼はいらないという。だがそれでは私の気が収まらないから。そう提案すれば、それならよしと笑って頷いてくれる。まるで気兼ねない友人のように。
この空気が暖かすぎて、思わず夢だと忘れてしまいそうなほど。夢だからこそだ、と理解してはいるから。間違っても可笑しなことをしようとは思わない。
夢でくらい、と誰かは言うかもしれないが。夢だからこそ、溺れたくはなかった。つらつらそんなことを思いながら、近くの公園へと辿りつく。

「何か冷たい物でも買ってこよう。リクエストはあるかね?」
「あー、何あるか分からねぇしなあ…お前に任すわ」
「了解した」

公園に備え付けられている時計に目をやれば、既にお昼を過ぎ麗らかな午後へ突入していた。道理で小腹も空くはずだ。それが、まるで人間みたいだった。
ベンチに彼と荷物を預け、外売りをしているカラフルな車を見つける。便利な夢だ。私が望めばきっと、この世界では何でも手に入るのだろう。
寄り添う恋人たち、煌めく子供たち。暖かな公園だ。噴水から落ちる水がきらきらと眩しい。目を細め、ありふれた日常を甘受する。
停車している車はどうやらアイス屋のようだった。暖かな午後にはぴったりの涼しさだろう。2つばかり注文し、溶けないように彼の元へ真っすぐ帰る。

「待たせたな」
「おー…っておい、これ絶対俺の色で選んだろ?」
「ははっ、違いない。でも、君にぴったりじゃないか?空のように眩く爽やかな涼しさだ」

何味にしようか、選択肢はあってないようなものだった。彼のように爽やかなブルー、ソーダ味を注文してしまい。それを見抜かれ思わず笑う。
彼の好みを全て把握しているわけではないが、きっと好きになる味だと思ったのだ。甘すぎず、喉を潤すそれを。彼はやはり美味しそうに食べた。

「お前それ、分かって言ってんのか?」
「ん?何がだ?」
「あー…無意識かよ、怖ぇ。で?そっちは何味なんだ?」
「私のはミックスベリーだ。期間限定品だというのでね。こういう時、ふと人種が出るものだな」

私は別に何でもよかったのだが、せっかくだからとそれを注文した。期間限定という言葉に弱いのは、日本人の性のような気がしてならない。
一口舐めとれば、口の中に広がる甘酸っぱさに。たまにはこういうのも悪くないと。久々に食べる氷菓子に、カルデアでも作れないものかと思考錯誤。

「…そっちの赤さは、なんかてめぇみたいだな」
「うん?そうか?特に意識はしてなかったが…」
「美味そうだな、一口」
「え」

言われてみれば、その赤さは自分の礼装の色に似ていない気もしない。意識してはいなかったが、無意識に赤を選んでいたのかもしれなかった。
食べるのを止め、その赤を一瞬見つめれば。不意に腕を引かれ、そのままがぶり。アイスに噛みつかれた。まるで躾のなってない犬そのもの。
いつもならそんな軽口を叩けただろう。だが突然のことすぎて、理解が追い付かない。赤くなる顔を抑え俯き、その甘さに胸やけがしそうになる。

「え、なんだその可愛い顔」
「…、…勘弁してくれ…そんな甘いサービスは求めてないぞ…」
「美味そうなのが悪い。つかサービスってなんだ?なんなら、手でも繋いで帰るか?」
「無理だ、死んでしまう」

熱くなった頬を実に楽しそうに彼が覗き込んでくるから、そっぽを向いてかわす。先ほどまでずっと訝し気な顔をしていたというのに、もうこれだ。
私が望む彼が変化していっているのか。まったくサービスが過ぎる。そんな、甘い関係でなくていいのに。友人のような関係で十分すぎるのに。
漂う甘い空気を振り払うように、ばりばりと行儀悪くコーンを食べ終え彼を促す。いくら誰が見ていない世界でも、手など繋げるものか。
これは、夢なのだ。覚めた時、冷静でいられなくなるのは困る。にたにたと悪い笑みを浮かべる彼の揶揄いをかわしつつ、部屋へと足を速めた。


「少し時間がかかるかもしれない。暇を持て余すようなら、どこかへ出かけてきてもいいんだぞ?」
「いんや、ここで待ってる。ていうか見てていいか?お前が料理してる所、じっくり見たことなかったしな」
「…邪魔にならない程度ならな。見ていて楽しいとも思えんが」

部屋に戻り、必要な材料を取り出して。慣れた手つきでエプロンと調理器具を手にして、いざ開始する。贅沢を言うなら、もっと時間が欲しかった。
時間があればあるほど、コクのある美味しい料理が作れただろう。しかしここは時間制限付きで、更に彼を待たせてしまっているという申し訳なさ。
暇潰しもないこの部屋で時間を持て余すくらいなら、とそう提案するのだが。何故か私の傍を離れない槍兵だった。はっきり言ってやりにくい。
だが邪見にすることもできず、少しばかり緊張しつつ。しかし食材を前にすれば、その緊張も消えた。彼に施せるこの趣味が、今ばかりは心強い。

「何作ってんだ?」
「それは完成してからのお楽しみだろう?」
「へーへー。それにしたって…楽しそうに作りやがるのな、ホント」
「まぁな。君に食べてもらえるんだ。腕の奮い甲斐があるというものだろう」

慣れた手付きで材料を切り、炒め、煮込み、味付けをする。冬木で現界していた以上に、カルデアで料理する回数は増えていくばかり。
ここで得た以上の物を、更に得る日々。同じく調理を趣味とするサーヴァント達に感化され、メニューもバリエーションを増やしていく。
それを以前ならくだらないと、吐き捨てたのかもしれないが。今は違う。喜んでくれる誰かがいるなら、それはこちらとしても好ましいことだったから。
彼にも喜んでもらえたらいい、と都合のいい幻想を抱いて。ただじっと手付きを見つめる彼の、視線がくすぐったくて小皿を差し出し誤魔化す。

「味見だ。塩加減はどうだろう?」
「ん…文句の付けどころがねぇ」
「…、…それは何より。さて、これ以上は申し訳ないが気が散ってしまう。大人しく待っていてくれないだろうか?」
「なんかそれじゃあ俺が我慢できねぇガキみたいじゃねぇかよ」

皿を手にすることはなく、私の手を掴みそのまま味見する。何気ない彼の接触が、いちいち心臓を刺激して辛い。素というのが何より恐ろしい。
危うく手元が狂ってしまいそうになる。決定的なミスでもしたら落ち込んで回復できそうになかった。そうなっては困ると、彼を引き離そうと努める。
無意識に甘くなってしまったのは仕方ない。だって、まるで構ってほしい子供にしか見えなかったのだから。拗ねて尖った唇に、くすり笑みを零し。
邪魔になると判断してくれたのか、彼は離れ居間へ落ち着いてくれた。それにほっとしつつ、さてここからが本番だ。彼を唸らせる料理を作るとしよう――


「待たせたな。ついはりきりすぎてしまった」
「おう、待ちくたびれたぜ。運ぶの手伝う」
「すまない。ではこちらを頼む」

ついつい夢中になってしまった。物音が聞こえなかったから、どこかへ出かけたものかと思っていたが。彼は寝転がりごろごろして待っていたようだ。
それを意外に思いながらも、自分が離れないでほしいと願っていたのかもしれない。そう考えると少し申し訳ない気もしたのだが。
出来上がった物を、冷めないうちにと。テーブルに様々並べていく。その料理の趣向に、疎くない彼はどうやら気付いたようで。

「あー…こりゃ、また…よく知ってたな、この国からしちゃマイナーなのによ」
「何、調べればどうにかなるものだよ。まぁ、味の保証はしかねるが」
「馬鹿言え。調理担当が、失敗するとかあり得ねぇだろ」
「だといいんだが」

テーブルに並ぶのは、様々なアイルランド料理だった。アイリッシュシチューに、マッシュポテトを添えて。サラダやスープといった前菜も忘れない。
生憎焼く時間はなかったから、パンは既製品だったけれど。出来うる限りの品を用意した。もちろん、初めて作る物ばかりではなかった。
女々しくも、彼の故郷の味が知りたくて。そして都合の良いことに、カルデアにはケルト出身の英霊も多かったから。味見と称して食べてもらっていた。
食事に積極的なディルムッドに助けられ、多分国の味に近づけたとは思う。だがそれでも、彼の好みの味だとは限らないから不安だったが。


「――いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」


この国に倣うように、彼は両手を合わせる。そんな文化、誰に教わったのだろう。冬木にいた頃にでも、知ったのかもしれない。
そういった意外と行儀がいい所に好感を持ちつつ、彼が一口、また一口と口に運ぶ様子を。ただぼんやりと見つめていた。少しばかり、緊張しながら。

「どう、だろうか」
「――美味い」
「――そうか」

ほっと胸を撫で下ろす。失敗したわけではないが、自信があるわけでもなかった。だって彼は、カルデアで私の料理を食べたことがなかったから。
冬木でだって、口にしたことはなかっただろう。それも当然だ。私たちは決して仲がいいというわけではなく、どちらかというと敵対視していた。
偶然顔を合わせることはあっても、こんな風に。仲良しこよしとばかりに、同じ空間にいることの方が少なかった。顔を合わせれば、どちらからともなく煽り。
皮肉を零してしまう日々。素直になどなれない日々。好かれるはずはないのだと知っているから。今この空間が、とてつもなく幸運で。

「…、ていうか俺ばっか食ってるじゃねぇかよ。お前も食えよ、アーチャー」
「いや、私はいい。君に食べてもらえるだけで十分だ」
「一人で食っても味気ねぇだろ。いいから食え。どうあっても余裕で二人分あるじゃねぇかよ」
「…分かった」

いつだって、作り出すことが趣味で。カルデアでだってそうだ。自らが料理したそれらを、誰かが食べてくれることに満足を覚え。
美味しそうに食べてくれるその笑顔を、調理場から見つめることが楽しかった。だから自分が食べるということは、考えてもみなかった。
でも確かに、一人だけ食べているというのは居心地がよくないのだろう。食事の相手をするのも、奉仕としては必要なことだったから。

「あぁ、そうだ。危うく忘れるところだった。酒を買ったんだった」
「お、いいねぇ」
「私は飲んだことがないんだが…蜂蜜で作った酒らしい。君の国にもあったのだろう?」
「――は」

彼が食事をしていること自体は知っていた。私以外のサーヴァントが作った料理を口にしているのを目撃したからだ。冬木でも、何か口にはしていただろう。
天敵である私の料理を口にすることはないと分かっていたから。カルデアでも敢えて与えることはしなかった。断られると知っていたことだし。
だがよく同郷の英霊たちと酒盛りをしているのは聞いていた。その際、ケルトでは蜂蜜で作る酒があるのだと。誰かが言っていたのを思い出した。

「私はあまり強くないから、思う存分君が飲んで…ランサー?」
「…お前、それ、意味分かって…」
「うん?何か決まり事でもある酒だったか?」
「…、…いや、そうだよな、知ってるわけねぇ、よな…あー、なんでもねぇ。貰う貰う」

酒を用意すれば、途端固まる彼。何かいわくやら由来やらがあった酒だったのだろうか。彼の逸話を全て知っているわけではないから、分からなかった。
もしくは、苦手だったとか。少し不安に首を傾げれば、少しばかり複雑な顔をして。それでも首を振って、彼は酒を受けとった。
乱暴に注いで、そのままぐいっと一気飲み。決して弱くない酒ではなかったのだが、酒の強い彼にとっては微々たる度数だったろう。
私も少しばかり頂き、酔わない程度に嗜む。それでも度が強いからか、うっすら熱が灯りぼんやりと。ほろ酔い気分にふわふわ身を預ける。

「…つか、良かったのかよ」
「ん?何がだ?」
「今日一日、買い物して寄り道して飯食っただけじゃねぇかよ。嬢ちゃん達に会ったりしなくてよかったのか?」
「…あぁ、なるほど」

粗方の料理を食べ終え、酒を嗜み食後の談笑に花を咲かす。ゆったりまったりと、心地いい空間に時間が流れる。現実では得られない瞬間だ。
私の願いである彼が、どのような仕組みで出来ているか知れないが。普段の彼からしてみれば、それは当然の疑問だったのだろう。

「そうだな…会いたくないわけではなかったが…限られた時間なんだ。勿体ない、と思ってしまってね…私も欲深い男だ」
「あ?どーいう意味だよ」
「…時間が限られているというのなら、私は…一分一秒でも、君とこうして過ごしたかった、というだけさ」
「――…」

きっと願えば、瞬時に彼らは現れただろう。カルデアのとてもよく似た別人とは違う本人が。それこそ、もう会えなくなってしまった人にさえ会えたはずで。
でもそれは、贅沢というものだ。あの日々の日常はとても大切だった。でもあれもこれも、と選べるほど。自分は器用ではない。
叶わない夢を抱いていいのなら、それならたった一日でいい。彼と、こうしてなんでもない日を過ごしてみたかった。槍も弓も手にする必要のない。
恋人などという甘い関係でなくていい。ただの気兼ねない友人として。皮肉も煽りも喧嘩腰も不要な。ただの2人として肩を並べてみたかった。

「――ふざけんなよ…こんな、なんでもない微温湯みてぇのが、てめぇの願いだっていうのか…?」
「…あぁ、そうだ。君の言う通り、お飯事みたいな微温湯だったとしても…それでも、叶わぬ私の夢なんだ…相手をさせて、すまなかったね」
「ッ、んなの、てめぇが望めばいくらだって…っち、あぁ、そうだった。てめぇは自分で手を伸ばせるような性分じゃなかったな」

どうしてか、いきなり彼が怒りだして。胸倉を捕まれ吠えられる。何に怒られているのか、酒の回ってしまった頭ではぼんやりとして理解できない。
もしかしたら、例え夢の中だとしても。彼という人格に意志はあるのかもしれない。ならこんな私に付き合わせたこと、申し訳ないことをしてしまった。
だが謝罪すれば更に怒らせてしまい。どうしたらいいか分からず彼を見つめれば、ふと、もう十分だと満足し。世界が溶けていくのが見えた。

「あ?んだこれ――」
「…私が、満足したということだろう。所詮は夢だ。目覚めれば消える」
「ざけんな!話はまだ終わっちゃいねぇだろ!あぁちくしょう!なんだって俺は、らしくなく弱腰になってやがったんだ、今まで」
「…、ランサー?」

胸倉を捕まれたまま、うっすらと。まるで色褪せていくように、世界が遠のいていく。冬木の街並みも、片づけられていない食器も、暖かな空気も。
溶けて、消えていく。覚醒が近いのだろう。だからだろうか。現実に近づいているから、彼も私の願望から外れていくのかもしれない。
いつもの、普段の、私の軽口に噛みつくような彼の姿に。独白の理解が及ばずに、呼べば更に引き寄せられ。その赤い瞳に射貫かれる。

「悪いが俺は、こんな脈ありな展開見せつけられて身を引く程、愚かでも馬鹿でもないんでね。だから――」
「ッ!!」
「目が醒めたら、覚悟していろ――弓兵」

目を見開き、鼓動を停止する。射貫く視線は、まるで獲物を狙う肉食獣そのもの。目が逸らせない。その赤は、まるで戦闘中のようにぎらついている。
魔眼のように硬直して動けない。その隙を付かれ、胸倉を更に引き寄せられたかと思いきや。まるでマーキングのように首筋に噛み付かれた。
わけが分からない。だが考えている猶予はもうない。彼の体が透き通り消えていく。私自身も同じだ。浮遊感に襲われ、意識が溶けていく。
熱い首筋を抑えながら、瞳を閉じ口元を緩めた。それもまた、私の願望だというのなら。この消えてしまう所有印すら、愛しく思えたから――


「――…、………」

微睡みから覚醒する。何度も、何度も瞬きして。目を擦りながら、ゆっくり体を起こす。ぼんやりと、思考は戻らず。未だ夢現、現実は遠い。
サーヴァントの身になってから、初めての感覚だった。夢に引きずられて、上手く思考を働かせられない。何度も、何度も瞬いて。時間をかけ取り戻す。
虚ろな目に、徐々に光を取り戻し。見慣れたカルデアの部屋で、最初に浮かべたのは。寂しさでも哀しさでもなく、満足した微笑みだった。

(――夢のような時間だったな…)

あり得ないからこそ、夢想する。現実ではあり得ない光景に、今更ながら苦い笑いが込み上げてくる。そうだ、あり得ない景色だった。
だからこそ、どんなに現実味を帯びていても。夢だと確かに認識できた。間違いなく私は、夢の中で夢を叶えていた。終わる夢だと分かっていた。
あぁ、でもこれは危険な薬だ。まるで麻薬のような中毒性がある。報告の義務があるだろうと、身なりを急いで整え。与えてくれた彼女の元へ急ぐ。

「おはよう、ダヴィンチちゃん」
「あぁ、おはようエミヤ!で、どうだった!?」
「ふむ…まぁ、有体な感想を言わせてもらうとだな…とてもいい夢見だったよ」

工房を訪れれば、また何か作業に没頭する彼女の姿が見えた。道中、キッチンに寄って淹れてきたコーヒーを差し入れつつ、礼を告げる。
酷く穏やかで満ち足りた気分だった。夢見心地、という言葉はまさにあの空間を指すのだと。そう気を緩めれば、彼女も楽しそうに笑って。

「ふふふ、そうだろう、そうだろう?私の発明はやっぱり今回も大成功だったというわけだ!で?肝心の夢の内容を聞くのは野暮ってものかな?」
「さすがは天才ダヴィンチちゃんだよ。だが、夢の内容はもちろん内緒だ…でもこれは、危険な代物だと思うよ」
「んん?どうしてだい?」
「あまりにも――現実的だった。夢とは思えぬくらいにな。中毒性がありそうだ。選ぶ人物によっては、とても危ない物になってしまうだろう」

冬木市の再現度、流れる風、暖かな空気、麗らかな日差し。全てが本物だった。夢とは思えぬほどの現実感が、そこにはあった。
夢だと言われなければ、それこそ現実と見間違う程の空間。いくら大英霊とはいえ、未練がない者の方が少ないだろう。何かしら、夢は見てしまう。
理性で立ち向かえる者ばかりとは限らない。溺れてしまう程の、夢見心地。目を覚まさない可能性だって、きっとゼロじゃないはずだから。
そう忠告して、ことり。まだ中身の入った瓶を彼女に戻す。自分は、あの瞬間だけで十分だ。夢は、叶わないからこそ美しく抱いていける。

「む、そうか…そうだな…軽い気持ちで作ってみたんだが、確かにそう考えると危ない物だったかもしれないね…私は、余計な真似をしてしまったかな…?」
「いや…被験者に選んでくれたことは、素直に礼を言わせてもらおうか」
「…そうか、それならよかった…少しは、気分転換になったかい…?」
「あぁ…む、私は何か、気を遣わせてしまうような疲労でも見せてしまっていたかな?」

だがその危険さと、彼女の発明品の素晴らしさはまた別の物だ。改良を加えれば、違う良い物になるかもしれない。発明とはそういうものだ。
夢と分かっていても、それでも心が暖まったから。そしてその彼女の発言に首を傾げた。気分転換が必要そうに見えたのだろうか。

「そうだね…何か、とは分からないんだが。思い悩んでいるように見えたんだよ。君は隠すのが上手いからなぁ、心配にもなるさ」
「…そうか、見抜かれてしまっていたのか…さすがはダヴィンチちゃんだ。ありがとう、私は大丈夫だ」
「――おい、邪魔するぜダヴィンチちゃん」
「――…、…」

がらり、会話の途中で扉が開いて。その聞きなれてしまった声音に思わず硬直する。背後から近付いてくる足音に、心拍数は異常数値を叩きだす。
訪れた彼に、顔を見られなかったのは幸運だ。最も、彼女には見られてしまったかもしれない。彼女は勘が鋭い。露見する前に逃げなければ。

「――ここに居やがったか、弓兵」
「――君が彼女に用があるなどとは珍しいな、槍兵。では私の用は終わったことだし、邪魔にならぬよう早々に立ち去ることにしよう」
「まぁ、待てや。俺はてめぇにも用が、」
「生憎、私は君に用などない」

伸ばされた腕を、ぱしりと薙ぎ払う。決して目を合わせずに、彼を視界に入れないように。今はまだ、少しばかり早い。脳で理解していても重ねてしまう。
さっきまで見ていた夢を、まるで変わらない存在。けれど中身が違う。その青き槍兵は、私にあんなに優しくもなければ、我々は親しくもない。
何より声音が違う。それだけで現実に引き戻されるというものだ。見られないよう自嘲すれば、これみよがしとばかりに吐き出される舌打ち。

「てめぇは、っ、いや、今はこっちが先だ。これ、返すぜ」
「あぁ、で、どうだった?いい夢は見れたかい?」
「どうだろうなぁ…でもま、分かったことがある。俺は叶えるなら、やっぱ現実でってのが性に合ってるわ」

ことり、彼の手から離れ置かれた小瓶は。自分が先ほどまで手にしていた物と全く同じものだった。隣に並べられ、思わず目を見開く。
彼も彼女に頼まれていたのだろうか。意外だったけれど。次に口に出されたその言葉から、あぁやはりなと頷くしかなかった。
誰しも大なり小なり夢を抱くだろう。けれど彼は、それを己で掴み取ってしまう。それが出来る英霊だった。自分との違いに、自嘲しか浮かんでこなくて。
夢で夢を見ていた自分が、まるで責められているようにも感じられて。被害妄想も甚だしく、逃げ去るようにその場を立ち去るが。上手くはいかない。


「おい、こら、おい!待ちやがれ、アーチャー!!」
「っ、なんだね、ランサー。生憎私は穀潰しの君と違って忙しい。ここでは多くの仕事を担当していてね。君に構っている余裕は一切ない」
「てっめ…!!」
「あ、エミヤー!」

速足で聞かぬふり。興味を逸らそうと煽りを零して。それでも本来の諦めの悪さか。しつこく付き纏い後を追ってきて、振りほどけない。
こっちはまだ夢の名残が残っているのだ。少しばかり距離を取らせてほしいだけなのに。わざと怒らせるような発言しか出てこない自分に自嘲して。
俊敏さで劣るとしても、それでも逃げずにはいられないのだ。と、そこに自分を呼ぶマスターの声。好都合とばかりに、ほっと胸を撫で下ろし。

「あれ?槍ニキ?もしかしてお取込み中だった?」
「いや、何もない。してマスター、私に用だったのでは?」
「あ、うんそうそう。じゃーん!見てこれ!」

突然の乱入者がマスターとあれば、さすがの彼も邪見にするわけにはいかないようで。途端大人しくなり、私の用が終わるのを待っている。
このままどうにか、場所を変えることはできないかと考えあぐねいていれば、無邪気な彼女の笑顔と共に。差し出されるビニール袋。
一体何が入っているというのか。見下ろし中身を確かめれば――なんとも懐かしい、そして慣れ親しんだ物が溢れんばかりにそこにあった。

「これは…一体どこで、これを」
「ふふーん。さっき特異点新宿に行ってきたんだけどさ。まだ稼働してるコンビニがあってね、そこから貰ってきたの」
「盗ってきた、の間違いではないかね?まぁ、もう無人になっていただろうから。補給物資として有り難く頂戴しておくのがいいだろう」

さっきまでの夢が、一瞬思い出された。その袋の中にあったのは、コンビニの冷凍庫に陳列されている。より取り見取りのアイスたちだった。
思わずあの日々が描かれる。あの広い家で、集まったサーヴァントたちと縁側で口にした気がした。もう遠い思い出だったけれど、瞬時に思い描ける。

「だが、何故私に?」
「ほら、エミヤって日本の近代の英霊なんでしょう?特に馴染み深いかなーってさ。嬉しくなかった?」
「英霊とは違うが…そうだな、私が誰より馴染み深いだろうな。ありがとう、マスター。後は、アサシンのエミヤや、アイリスフィールにも分けてやってくれ」
「うん、そうするよ。ほら、何か貰って?何がいいかな~あ、チョコとかエミヤの肌みたいで美味しそう」

1つ100円程しかしない、安くてお手頃のアイスたち。雑多に持ってきたのか、味も多種多様で。そんな中マスターは、そのチョコ味を渡してきた。
肌みたいで美味しそう、という言葉の意味には賛同しかねるが。何より彼女からの贈り物なら、それが一番良い選択肢なんだろう。

「あ、せっかくだから槍ニキもどう?えーっと、何味がいいかな~」
「ふむ、彼にはこのガリガリ君でいいだろう。色といい味といい、実に彼によく似合――」
「――へぇ…ソーダ味、ねぇ…」

慣れ親しんだ物だからか、マスターの前でだからか。何にしろ言い訳にすらなりはしない。気が緩んでしまい、見せなくていい隙を見せてしまった。
夢の中の光景と思わず重ねて。彼に似合う青いアイスを、酷く穏やかな気持ちで差し出しだ。途端、瞬時に後悔の波に襲われる。
彼は、あの彼ではないというのに。こんなに親しくすべきではないというのに。夢から醒めていない愚か者は、一体誰だったというのか。
一瞬の動揺も、肉食獣のごとき感を持ち得る彼は見逃さない。彼には見抜けない動揺だったとしても、それでも私は彼には敵わない。

「悪ぃ、マスター。アイス冷やしておいてくれ。後でこいつと食べっからよ」
「っ、はぁ!?」
「ちょっとこいつ借りるわ。暫くレイシフトの予定はないだろ?何しろ――長期戦になりそうだからなァ…」
「えっ、あ、うん。大丈夫だよ、ごゆっくり………エミヤ、どんまい」

私が手にしたチョコレートのアイスも、彼へと今手渡そうとしていたソーダ味のアイスも。また再び元の袋の中へと戻された。鮮やかな手腕だ。
あれよこれよという間に、どうしてか腕を掴まれ。筋力差では勝てず完全に捕まる。獲物を捕らえたその瞳に、思わずぞくりと背筋を震わせ。
何を悟ったのか。マスターは私に同情の視線を送り助けようともしてくれない。なんでさという捨て台詞と共に、私はずるずると連れ去られてしまった…


「――おいっ、ちょっと、ランサー」
「………」
「どこへ、行くんだ、待て、待ちたまえッ」

腕を掴まれたまま、逃げることすら許されず連行される。一体私が何をしたというのか。普段のように、軽口を交わしただけだ。
何が彼を怒らせてしまったか分からない。でも怒っているような気がした。掴む腕が痛い。こちらを振り向きもせず、どこかへ向かって歩き続ける。

「――ここなら人も来ねぇか…おい、」
「何っ、ぐっ、…いった」
「――あぁ、やっぱりな…」
「っ、何、」

人気のない場所まで連れて来られて、手を放してもらえたと油断したのも一瞬。今度はいきなり首元の服を引っ張られて、呼吸が苦しくなる。
それと同時に、何故かちりっと首筋が傷んだ。ただ引っ張られただけで、彼が攻撃した様子はない。大混乱のさなか、彼の指が首筋をなぞる。

「あの薬、な」
「くす、り…?…あぁ、ダヴィンチちゃん、の…それがどうか、したのかね…?」
「夢の中で、夢が叶えられる薬、つったよなぁ…なぁ、アーチャー。てめぇは一体、どんな夢を叶えやがったんだ…?」
「っ、そんなの、君には関係ないだろうッ」

急所である首を抑えられ、なぞる指がくすぐったくて身を捩る。それでも射貫くような彼の視線があまりに真っすぐだから。そこから目を背けられない。
一体何の尋問だというんだ。わけが分からない。私がどんな夢を見ようと、彼には関係ないはずだ。彼に迷惑をかけぬよう、夢を見たのだから。

「俺はな、アーチャー。ダヴィンチちゃんから、てめぇがあの薬を貰ったって聞いてよ。てめぇにも叶えたい夢とかあんのかって、なんでか気になってな」
「き、気にしなくて結構だ。なんだ、私には夢を抱く権利すら、ない、だとでも?」
「いーや、そう思い込んでんのは、てめぇ自身だろ?てめぇの抱く夢が、どんな類の物なのか…純粋に見てみたい、って思っちまったんだよなぁ」

首を抑える手はこんな物騒なのに、何故かなぞる指先は恐ろしいほどに優しかった。あり得ない、彼が私に優しいなどあり得るはずがないというのに。
だからきっと、私の錯覚だろう。夢と未だに重ねてしまっているのかもしれない。なんて愚かな。そうでないと、説明がつかないだろう。
私を見つめる彼の瞳が、細められて何故か…愛しさを感じるだとか。囁く声音がいつもより低く甘く聞こえるだとか。錯覚以外に答えが見つからない。

「だからな、俺は…お前がどんな夢を見るのか、それを見てみたいって願っちまったんだよ」
「私の夢など、君にとってはつまらなく退屈な――」
「――それでも、いい。どんな夢だって、良かったんだ。てめぇを知れるならな…アーチャー」

細められた瞳、甘く囁く声音。それらが意味する事実を、認めたくないし知りたくない。彼がずっと、私の首筋をなぞる。そこにどんな傷痕があっただろうか。
理解したくなかった、分かりたくなかった。もしや、と気付いた事実に目を見開き。彼のどこか罰の悪そうな態度が。嘘じゃないと決定付けてしまっている。


「まさか、ランサー、君は、あの、」
「あぁ、なぁ、アーチャー…あれは、一体どんな意味を持つ夢だったんだ…?」


あの夢の中に現れた彼が、何より現実味を帯びていたのは。私が描いた幻想などではなく、紛れもない本物の――彼自身だったとしたら?


「――…、………」
「なぁ、あれが本当に、てめぇの願った夢だったのか…?…何とか言えよ、アーチャー」
「………ッ、」

首を押さえつけていた手が離れる。それでも、逃げるという考えすら浮かばなかった。頭が真っ白なまま、絶句して硬直して回復できそうにない。
片手で顔を覆い、俯いて。自分は何てことをしてしまったんだろうと。後悔してもしきれない。手が震えて、呼吸が乱れて止まらない。

「――っ、すまな、かった…本当、何でも、ない、んだ…できれば、忘れてほしい…」
「いや、それは無理だなぁ…」
「ッ、頼む、私が、愚かだった…もう二度と、くだらない夢は見ないと、誓うから」
「誓ってほしいわけでもねぇんだよな…謝ってほしいわけでも、ねぇんだよ。なぁ、アーチャー、顔見せてくれよ」

どんな顔をしていいか分からない。それでも、彼にはこの秘めた思いが全て知れてしまっただろう。それがどれほどの絶望だっただろう。
嫌悪され、疎まれて。ここで同じ空間で、できれば肩を並べて戦って。それでよかった。本当に、それだけでよかったのに。贅沢な夢を、抱いてしまった。
夢の中でなら、と願った結果がこれだ。分不相応にも程がある。間違いでしかない。後悔ばかりに襲われて、彼の優しい声に抗えない。
顔を覆う力ない腕を外されて。今きっと、とてつもなくみっともない顔をしているんだろう。俯いた顔を上げれば、そこには赤い、彼の顔があって。

「え――」
「あー…みっともねぇ、ったらありゃしねぇのな…なぁ、アーチャー、自惚れていいんだよな?俺の独りよがりじゃねぇってよ」
「何、を……って、近、ちょ、近いぞ、君っ」
「そりゃ近くもなんだろ…嫌なら振りほどけや」

何故、彼が顔を真っ赤にして照れているのか。まったくもって分からない。だがつられるようにして、こちらも顔を真っ赤に染め上げてしまった。
熱い、何という熱さだ。だというのに、これ以上距離を縮められて。お互いの吐息が分かる程近付かれ、抱きしめられては振りほどけない。
馬鹿みたいに顔も体も熱い。心臓も壊れたかのようにうるさい。でもそれは、一体どちらの心臓の音だっただろう。きっと、同じ心音を刻んでいた。


「運命だなんだと、馬鹿みたいに茶化しちゃいたが、もう馬鹿にできねぇな…なぁ、アーチャー。俺は自惚れることにするぞ」
「な、なにが、だ」
「俺は――お前が好きだ、エミヤ。らしくなく臆病になって、行動できなくなっちまうくらいには…そんで、お前も同じ気持ちだと俺は確信するぜ」
「――な、ななな、は、はぁっ!?」


贈られた言葉の意味を理解するのに数十秒。脳が麻痺して上手く動かず、ようやく理解しても、その意味を呑み込めない。意味不明、理解不能。
なんだ、まだ私は自分に都合のいい夢を見ているとでもいうのだろうか。いいや、現実主義者の私なら。こんなあり得ない夢を見るはずがない。

「言っておくが夢じゃねぇし、今更逃げても無駄だし、勘違いだって言い逃れも出来ねぇからな…俺はあの夢でてめぇと過ごした。それがお前の答えだろ?」
「なっ、ななななな…!!!」
「何、持久戦といこうじゃねぇか、弓兵。言っておくが一度こうと決めたら…俺はかなりしぶといぜ?逃げられるもんなら逃げてみやがれってんだ!」

何かが吹っ切れたのか、彼は笑う。それはもう満面の笑みを、この私に向けたのだ。その笑顔に、どうして勝てよう?もう完全敗北も同然で。
未だ絶賛混乱中、逃げる道もかわす術も見当たらないまま。持久戦だとはいうけれど、彼の諦めの悪さは十分思い知っているのだ。
きっと私が彼に両手を上げ、降参を訴える日もそう遠くはないだろう。あぁ、本当、自分の幸運値の低さを呪いながら。
馬鹿な夢は抱くものではないな、と。今更ながら遅い教訓を胸に刻むのだった。あぁ本当、どうしてこうなった。ささやかな日常はもう二度と訪れないだろう。

Comments

  • 鴉八丸
    January 21, 2024
  • キッシュ
    October 8, 2023
  • しいたけ
    May 18, 2022
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