筑波大の岡城快生は「唯一無二でありたい」◆ドラフト3位で阪神へ

2025年12月02日16時00分

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 首都大学野球の筑波大から、すがすがしいナイスガイがプロ入りする。阪神にドラフト3位で指名された岡城快生外野手(22)。俊足巧打が持ち味の右打者だ。ドラフト会議の2日後、筑波大は秋季リーグ戦で2006年秋以来19年(38季)ぶり5度目の優勝を決めた。岡城も攻守で貢献し「歴史をつくれた」と感激。阪神側の指名あいさつを受けた際、報道陣の「プロで目標とする選手は」との問いに、こう答えた。「唯一無二の存在でありたい」。岡山の県立進学校(岡山一宮)で過ごした高校球児が、大学4年間で最高峰のステージに立てるまでに成長した軌跡を探った。(時事通信社 小松泰樹)

部活~塾~帰宅の高校時代

 岡山一宮は高校球界ではほぼ無名の存在。ここ数年、夏の選手権岡山大会などで3回戦以上には勝ち進めていない。岡城にとって最後の夏は2回戦敗退。それまでは「午後6時ごろには練習が終わり、部活から学習塾に行って帰宅していた」。野球部を引退した後は、筑波大をターゲットに「一日10時間くらい机に向かった」と猛勉強。一般入試で現役合格にこぎ着けた。

 「高校では自由に野球をやらせてもらった」。最速137キロの投手兼遊撃手。ストレスなく伸び伸びと取り組めたから、癖などもなかった。大学で潜在能力が開花した一因が、そこにありそうだ。

「よくいる県立校出身の選手」

 今でこそ183センチ、83キロの体格だが、岡城によると入学時は体重が70キロもなかった。川村卓監督は、当時の率直な印象を語る。「受験勉強後のリハビリ中という感じで、よくいる県立校出身の選手。そこそこ野球はうまいが、大したレベルではないような。今のところは、足(俊足)と肩(強肩)以外は何もないかなと」

 川村監督自身も公立の札幌開成から筑波大へ。ただし高校時代は、1988年夏の甲子園に主将で出場した実績がある。初戦で津久見(大分)に敗れたが、後年にヤクルトで沢村賞にも輝いた川崎憲次郎投手から一回、先頭打者で中前打。そうしたキャリアの持ち主から見れば、岡城がごく普通の選手に映ったのは自然だろう。

外野手へのコンバートで活路

 「足と肩」には目を見張るものがあったから、遊撃手から外野手へのコンバート構想が浮上。川村監督は「外野の要となりそうな候補が不足していたというチーム事情による」と振り返る。これがはまった。「水を得た魚のように、はつらつとプレーしていた」と同監督。方向性が定まった。

 活路を見いだした岡城は2年春のリーグ戦から左翼手または右翼手でレギュラー組に。3年春からは中堅手。秋は3、4番の中軸に座って打率4割5厘、4年春も3割7分5厘をマークした。

 迎えたラストシーズンの今秋、10月25日の武蔵大戦で優勝が決まった。岡城はタイブレークの延長十回に貴重な同点打。再び1点を勝ち越された十一回に筑波大が2点を奪い、5―4で逆転サヨナラ勝ちした。有終の美を飾り、3季連続のベストナインに選ばれた。

たゆまぬ努力と研究熱心さ

 岡城が一足飛びで階段を駆け上がるように筑波大の中心選手、さらにはドラフト候補となったのではない。技術とフィジカルの両面でコツコツと、たゆまぬ努力を続けた。その過程を見てきた川村監督は「しっかりと課題を持って練習し、一つ一つ、着実につぶしていった。体も半年ごと、1年ごとに大きくなっていった」と評す。ウエートトレーニングに励み、4年間で体重を15キロほども増やすなど筋肉をビルドアップさせた。

 加えて旺盛な研究熱心さ。「コーチング学」の博士号を持つ川村監督の下、「自分のプレーを深く考えるようになった」と岡城。打撃練習ではバットのグリップ付近に解析装置を着けてスイングのスピードや角度などを確かめながら、腕を磨いていった。同監督はバイオメカニクスの手法でスポーツ選手の動作解析を研究する専門家として知られ、「客観的に自分の強みと弱みを知り、どう鍛えていけばいいのかを考えることで、目標設定やトレーニング方法が分かりやすくなる」と話す。岡城が受けた影響は大きく、データの効用を自ら考えに考え抜いた。

 プロ入りが視界に入ってきたのは、3年秋のシーズン後、松山市の坊っちゃんスタジアムで行われた大学日本代表候補の合宿。初参加の岡城は、初日恒例の50メートル走測定で5秒82を出して1位になった。合宿には、今秋のドラフト指名で阪神1位の立石正広内野手(創価大)、西武1位の小島大河捕手(明大)らプロ予備軍がずらり。その中で俊足を大きくアピールし、「自分の足が(プロでも)通用するかな」と自信が芽生えたという。

卒論は「アダプテッド・スポーツ」

 岡城は卒業論文を書くにあたり、野球を題材にしつつ、目の向け方を変えたテーマに取り組んだ。「アダプテッド・スポーツ」。人にどんな障害があっても向き合えるスポーツとしての野球だ。知的障害のある子どもらと一緒に野球をやるには、どんなアプローチが必要か、調査と分析を重ねた。「障害があるから野球をやるのは危ないという考え(固定観念)でなく、工夫してやれば楽しくできる。そうするために、周りの人がどうすればいいのか。子どもたちに声掛けして、モチベーションを高めてもらうことが大事になる」。少し力を込めて、そう説明した。

 知的障害のある生徒たちがチームとして高校野球の公式戦に参加できる道を探ってきた東京都立青鳥特別支援学校が、2024年夏の全国高校野球選手権西東京大会に初めて臨んだ。それ以前に他校との連合チームで出たことはあったが、単独出場を実現。同校の活動を知り、卒論で取り上げることにしたという。

20代後半の輝きに期待

 筑波大からドラフトでプロ入りしたのは、1位指名で1997年にオリックスに入団した杉本友投手や、現役では2位指名で2022年に西武入りした佐藤隼輔投手らがいる。大学時代にドラフト指名された野手としては岡城が初めてだ。

 川村監督は「後輩たちの励みになるし、モデルにもなる」と喜び、「20代の後半には良い選手になれると思う。まずは守備と走塁で出場機会をつかんでほしい。(走攻守の)三拍子そろった1番打者を期待している」。岡城は「走力を生かし、スケールアップしたい。盗塁王を目指す」と笑顔で抱負を語った。

(2025年12月2日掲載)

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