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歌集評:システムの言葉、人間の輪郭(三潴忠典『曲がらなければ伊勢まで行ける』)

 不思議な装丁の本である。グレーと白の地に書名と作者名だけを配した、一見シンプルなカバー。だが、それを外すとその下から、奈良から伊勢湾にかけての衛星写真を元にしたと思われる細かな図案が施された表紙が姿を現す。その対比に思わず目を奪われる。人目につきやすい外側のカバーと、人目につきにくい表紙とで、情報密度においてこれほど極端な差がつけられたデザインは珍しいのではないだろうか。そして、この風変わりな装丁は、まさに本書の内容を象徴しているように思える。

 三潴忠典の第一歌集『曲がらなければ伊勢まで行ける』(現代短歌社、2025)を読み始めるとき、まずその淡々とした筆致に少し戸惑うかもしれない。ここに収められているのは、地方公務員の職務という非常に限定的な世界を、感情の表出をぎりぎりまで抑えて描いた歌たちだ。行政システムの内部から世界を眺め、規則や手続き、専門用語のなかに詩を探そうとする試みは、これまでの短歌にはあまり見られなかったもののように思える。

 従来の職場詠が、個人の思いや人間関係の機微を主題にしてきたとすれば、三潴の歌は、個人をシステムの一部として捉え、その機能をただ静かに記述していく。そうして読んでいくうちに、一見すると無味乾燥にも思える行政の日常が、ふと、私たちの社会の営みを映し出す巨大な鏡のように立ち上がってくるのを感じる。感情の言葉をほとんど持たない世界で、歌はどのようにして成り立つのか。この歌集は、そんな根源的な問いを、静かに私たちに投げかけてくる。

システムのレンズ越しに、人の輪郭を探して

 三潴忠典の短歌を読んでいて強く感じるのは、その視点が常に、社会を動かすシステム――行政、法律、規則――の側にあることだ。彼の眼は、制度やルールの論理を深く内面化し、そのレンズを通して日常をもう一度見つめ直そうとする。それは、一個人の感情や体験を歌い上げるのではなく、社会という大きな構造のなかで、人はどのように位置づけられ、機能しているのかを冷静に描き出す作業に近いかもしれない。

孤立死を孤独死とする箇所があり指針に沿って差替を乞う

(p. 12)

 ひとりの人間の死が、ここでは「孤立死」と「孤独死」という行政用語の定義の問題として扱われる。どちらの言葉を選ぶかは「指針」というルールに基づいて判断され、手続きとして修正が「乞われ」る。死という、本来は極めて個人的で感情を揺さぶる出来事が、言葉の定義と事務処理の対象となっていく。この歌には、作者の哀悼や死生観が直接的には描かれていない。しかし、その非情ともいえる客観性こそが、システムの中で人の死がデータとして扱われていく現代のリアルを、かえって鋭く浮かび上がらせる。感情が排されているからこそ、読み手はその向こう側にあるはずの人間の不在を強く意識させられるのだ。

市村界を跨がる道が古くなり協定があり市が舗装する

(p. 13)

 私たちが何気なく歩いている一本の道。その道が、目には見えない自治体どうしの「協定」に基づいて維持されているという事実が、ここでは歌の主題になる。主語はあくまで「市」というシステムだ。そこで働く人の姿も、道を使う住民の生活も描かれない。ただ、システムがその論理に従って機能している様子が、静かに述べられるだけ。こうした歌は、私たちの生活がいかに多くの見えないルールに支えられているかを、ふと気づかせてくれる。個人の視点からは見えない社会の骨格を、三潴の歌は見せてくれる。

 これらの歌は、システムの論理を徹底して描くことで、逆説的に、その中で生きる人間の輪郭を浮かび上がらせる。それは人間を、情緒的な存在としてシステムの外部に置くのではなく、システムに組み込まれ、その一部として機能する存在として捉え直す、冷徹でありながらも誠実な眼差しと感じられる。

“翻訳”しない言葉のざらつき

 三潴の歌の世界を支えているのは、感情的な言葉や比喩をできるだけ使わず、事実そのものが持つ重みに賭ける、ストイックな技法だろう。とりわけ、行政の現場で使われる専門用語やカタカナ語を、詩的な言葉に“翻訳”することなく、そのまま歌に持ち込む手法は、読んでいて不思議な手触りを生んでいる。


ボックスカルバート固形暗渠水路、略してボッカル。動物でないものが浅く地中に潜む

(p. 36)

 「ボックスカルバート」という土木用語と、その略称「ボッカル」。無機質な言葉の響きは、一見すると詩からは遠い。しかし、それを「動物でないものが浅く地中に潜む」と捉え直す視線には、無機物の中にどこか生命の気配を感じ取るような、独特の想像力が働いているように思える。専門用語の硬質な響きと、それに続く少し不気味でユーモラスな把握。その落差が、この歌の面白さなのだろう。日常の言葉との間に生まれた小さな亀裂にこそ、三潴の詩は宿るのかもしれない。

   安心安全と安全安心を統一する会議
優先をするならこちらからだろう安全(になり)安心(できる)

(p. 43)

 些細な言葉の順序をめぐる行政内部の議論が、ここでは歌になる。組織の論理と、言葉に対するある種フェティッシュなこだわりが生み出す、妙にリアルなユーモア。組織に属したことのある人なら、思わず頷いてしまう光景ではないだろうか。作者はそれを批判するのでも嘆くのでもなく、ただ事実として提示する。そのフラットな態度が、作品に静かな批評性を与えている。

クリップを拾って棚の上に置く目立って増えてきたら集める(p. 15)

(p. 15)

 この歌には、感情を表す言葉が一つも見当たらない。床に落ちたクリップを拾い、ある程度たまったら集める、という本当に些細な行動が描かれているだけだ。しかし、この執拗なまでの観察と、行動のルール化(目立って増えてきたら)のうちに、作者の生真面目で、どこか飄々とした人柄がふと顔をのぞかせるように感じられる。三潴の歌は感情を直接語らない。その代わりに、行動や事実を精密に記述することで、読み手側に人物像や感情を想像させるための、大きな余白を生み出しているのだ。

 この即物的な詠風を読み解く上で極めて重要なのが、Ⅲ章の最後に唐突に挿入される散文である。

 実家の引っ越しの片付け中に、小学校の授業で書いた小説が見つかった。タイトルは「二十年後の草原」。これが非常によく書けている。二十年前に自分が書いた文章は、二十年後の自分よりも詩情に溢れていた。登場人物は、娘と母。本文によれば、現在の自分は母のために家を建てる資金が準備できているようである。

(p.115)

 かつての自分が、現在の自分よりも豊かな創作力を持っていたと客観的に認めるこの自己言及は、本書全体の読解を根底から揺さぶる。それは、三潴の乾いた文体が、詩的情緒の欠如によるものではなく、むしろそれを自覚的に抑制し、放棄した果てにある、極めて意識的な選択であることを示唆するからだ。かつての「詩情」豊かな自分と、現在の事実を記述する自分との断絶。この散文は、その埋めがたい距離を読者に突きつけることで、歌集全体に流れる抑制された文体の背後に、声なき声としての深い叙情が存在することを逆説的に証明している。

日常から社会へ、視線が旅する道のり

 『曲がらなければ伊勢まで行ける』という歌集は、巧みな構成によって、ひとりの公務員の視点が、社会全体の動きへと接続されていくダイナミズムを持っている。歌集は、市役所での日常業務を描くⅠ部「十二万人が暮らすまちで」から始まる。そして、プライベートな旅や思索を詠むⅡ部、動物園や東日本大震災の被災地へと視線を向けるⅢ部を経て、コロナ禍という歴史的な非日常を記録するⅣ部「特殊勤務のトポロジー」へと続いていく。このミクロからマクロへの展開は、読者を作者の思考の軌跡へと自然に導いていく力がある。

乗換をしない人だけ駅を出る一箇所だけの改札を出る

(p. 31)

 Ⅰ部に置かれたこの歌は、近鉄大阪線と近鉄橿原線が交差する交通の要衝である大和八木駅の構造を、人の流れという機能面から分析的に捉えている。ここには旅の感慨はなく、ただシステムの観察があるだけだ。この乾いた視線が、歌集全体の基調となっている。

復興は「より安心」を作ること海への壁の高さを上げる

(p. 89)

 Ⅲ部の被災地詠。震災を歌うときに伴いがちな感傷や悲嘆は、ここにはない。「復旧」が「前の姿に戻す」ことであるのに対し、「復興」は「より安心」を作ることであり、それは具体的には「海への壁の高さを上げる」という土木事業として定義される。この冷静な定義は、巨大な災害が個人の物語から公共事業へと姿を変えていくプロセスを、冷徹に示しているように読める。

一人では着れない個人防護服 ガウンの紐を結んでもらう

(p. 121)

 Ⅳ部では、コロナ禍のPCR検査業務という特殊勤務が描かれる。個人の身体が「個人防護服」というシステムを装着することで、非日常的な役割へと変わっていく。他者に「紐を結んでもらう」というディテールが、一人では完結しない、チームとしての業務の切迫感を静かに伝える。日常業務を描いてきた筆が、歴史的なパンデミックの現場を記録するとき、その即物的な文体は、まるでルポルタージュのような凄みを帯びてくる。この構成によって、三潴忠典という一人の労働が、現代社会が直面する大きな問題と地続きであることを、私たちは静かに教えられるのだ。

「職場詠」の地図を塗り替える、乾いた視線

 三潴忠典の作品は、現代短歌における「職場詠」というジャンルの地図を塗り替えたのかもしれない。これまでの職場詠の多くは、労働の疎外感や過酷さ、あるいは同僚との人間関係といった、あくまで「個人」の内面に焦点を当ててきた。それは、組織やシステムを、個人と対立するものとして捉える視点だったと言えるだろう。

「ちょっと教えてもらえますか」に「どういった件でしょうか」と質問を返す

(p. 41)

 これに対し、三潴の歌は、個人をシステムの一部として、いわば客体化して描く点に、これまでにない新しさを感じる。この一首では、主体はマニュアル化された応答を返す「窓口担当者」という役割そのものになっている。そこには、個人の感情が入り込む余地はほとんどない。この非人間的ともいえるやり取りを、作者は告発も肯定もせず、ただ事実として記録する。

「確かに」という相槌の新人を隣で見てる三か月経つ

(p. 155)

 この歌もまた、新人が組織の言葉(「確かに」という相槌)を習得し、システムに同化していく過程を、すぐ隣から観察している。「見てる」という距離感が、そのプロセスを冷静に分析する視線を感じさせる。そして「三か月経つ」という結句が、その変化に要した時間の経過を淡々と告げ、どこか無常観にも似た余韻を残していく。

 こうした作風は、現代社会における労働を批判的に描くのではなく、それをフラットな現実として引き受けた上で、そこに宿る詩的な面白さや人間の滑稽さ、あるいは哀しさを掬い取ろうとするものだ。この乾いた肯定性ともいえるスタンスこそ、三潴の作品を際立たせるユニークな立ち位置だろう。彼はシステムを告発するのではなく、システムの言葉で歌うことを選んだ。その選択が、現代の労働を詠む上で、新しい扉を開いたように思う。

10首選

孤立死を孤独死とする箇所があり指針に沿って差替を乞う

(p. 12)

 個人の死が「孤立死」と「孤独死」という行政用語の間で揺れ動き、ルールによって定義される。この非情なプロセスを、感情を交えずに報告する文体が、むしろ死をめぐる現代の制度的な現実を際立たせるようだ。哀悼の言葉ではなく、事務的な「差替を乞う」という結びが、システムの中で個人の死が記号として処理されていく様を冷徹に描き出し、読者に静かな衝撃を与えてくれる。

候補者を連想させる文字はすべて隠されるべしグレーシートで

(p. 19)

 選挙の「公平性」という抽象的な理念が、「グレーシートで隠す」という具体的な行為として結実する瞬間。「隠されるべし」という命令形の硬質な響きが、ルールの絶対性を強調する。この一首は、社会のルールというものが、誰かの地道で具体的な手作業によって支えられているという、見過ごされがちな事実を鮮やかに切り取ってみせる。

通勤経路は旧街道を徒歩で行く曲がらなければ伊勢まで行ける

(p. 137)

 歌集の表題にもなった一首。毎日の「通勤経路」というミクロな日常が、「旧街道」、そして「伊勢」という広大な歴史的・地理的空間と地続きであるという発見。日々の繰り返しが、一本の道を逸れずに進むことで、聖地への巡礼という非日常の旅へと接続されるかもしれない。ありふれた日常の中に、壮大な時空間の広がりを見出す想像力が、この歌集の世界観を象徴しているかのようだ。

ユンボとはパワーショベルのことであるバックホウとも同義のようだ

(p. 37)

 同義語を並べるという、詩から最も遠いように見える行為。しかしこの歌は、言葉の定義そのものへのフェティッシュなこだわりと、「〜のようだ」と静かに納得する喜びを伝えてくる。一般的には同じものを指す言葉が、文脈によって使い分けられる。その言語の生態系への微視的な観察眼が、独特の知的なユーモアを生んでいる。

  安心安全と安全安心を統一する会議
優先をするならこちらからだろう安全(になり)安心(できる)

(p. 43)

 ほとんど同じ意味に思える言葉の順序をめぐる議論。行政組織の内部で交わされるであろう、過剰なまでに丁寧で、しかしどこか滑稽な言葉へのこだわりが活写される。「安全(になり)安心(できる)」という解釈には、言葉の背後にある論理を組み立てようとする生真面目さがあり、その理屈っぽさが作品に批評的なユーモアと奥行きを与えている。

紙コップに紙くずを入れたそのときに紙コップも紙くずになった

(p. 61)

 モノの役割が変わり、その存在の意味が変わる決定的な瞬間を捉えた、はっとするような哲学的考察。容器であった「紙コップ」が、中身を入れられた瞬間に、それ自体も「紙くず」というカテゴリーに移行する。「そのときに」という言葉が、変化の不可逆性を強調し、モノと名前の関係について深く考えさせる。観察眼の鋭さが光る一首だ。

復興は「より安心」を作ること海への壁の高さを上げる

(p. 89)

 東日本大震災の被災地を訪れた際の歌。作者は、風景から感情を読み取るのではなく、「復興」という言葉を行政の事業として定義し直す。それは「より安心」という目標のために、「海への壁の高さを上げる」という具体的な土木工事として行われる。個人の感傷を排し、巨大な災害が社会的なプロジェクトとしていかに処理されていくかを冷静に観察する。その視線が、復興の現実を多角的に映し出す。

旅人がカメラを向けている先は僕には何も見えてない場所

(p. 114)

 他者の視線と自分の視線の断絶を、静かな驚きをもって詠んでいる。「旅人」が見ている価値ある風景が、自分にとっては「何も見えてない場所」であるという事実。この認識は、世界の捉え方が人それぞれに違うという、当たり前だが根源的な真実を突きつける。見ることの意味、価値を与えることの意味を問いかけるこの歌は、作者の関心がどこに向けられているかを示しているようだ。

フェイスガードはなんとなく気に入っている透明だから未来みたいで

(p. 124)

 コロナ禍の過酷な状況下で詠まれた一首。無機質な防護具である「フェイスガード」に、「透明だから未来みたいで」という詩的なイメージを見出す感性が鮮やかだ。絶望や疲弊を直接的に語るのではなく、ありふれたモノの中に微かな希望や美しさを見出そうとする姿勢が、歌に静かな強さを与えている。即物的な観察のなかに、作者のしなやかな精神が透けて見える。

シラカシの植栽桝がここからはナンキンハゼになり隣町

(p. 155)

 行政の境界線が、具体的な風景の変化として現れる瞬間。「シラカシ」から「ナンキンハゼ」へ。街路樹の種類が変わることで、目に見えない「隣町」との境を身体で認識する。地図の上の一本の線が、私たちの生活空間をいかに具体的に規定しているか。日常風景への微視的な観察が、社会の構造を明らかにするという、作者の方法論が凝縮された一首と言えるだろう。


 三潴忠典の『曲がらなければ伊勢まで行ける』は、地方公務員という場所から出発し、現代社会を動かすシステムの論理と、その中で生きる人間の姿を、かつてない解像度で描き出した稀有な一冊と言えるだろう。彼の「事実の詩学」は、感情の言葉を多用せずに感情の機微を伝え、説明的な言葉を使わずに世界の仕組みを解き明かすという、短歌の新しい可能性の扉を開いたように思う。

 歌集を読み終えて心に残るのは、一見すると非人間的なシステムに向けられた、作者の冷静で、しかしどこか愛情のこもった眼差しだ。そして、かつての「詩情に溢れていた」自分自身を突き放すように見つめる散文の挿入は、この歌集の批評性を一層深めている。彼の文体は、単なる即物主義ではない。それは、喪失の自覚から生まれた、極めて意識的な方法論なのである。彼はシステムを批判するのではなく、その細部に宿る合理性や、時折見せるユーモラスな不条理を、あるがままに受け入れ、記録する。その態度は、複雑で巨大な社会の中で自分の役割を見失いがちな私たちにとって、一つの誠実な生き方として映るかもしれない。

 三潴忠典が示した乾いたリアリズムと微視的な観察眼は、私たちが日々歩む道が、たしかに伊勢まで続いているかもしれないという、ささやかだが確かな希望を与えてくれる。システムの内側から世界を見つめ続けるひとりの記録者による、静かで、しかし忘れがたい証言がここにある。

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