花巻東のブルペンで見た怪物の片鱗 大谷翔平、高校3年秋に受けた衝撃の154キロと捕球できなかったスイーパー
こりゃ、本気の本気が来るなぁ。スピードガン計測でやる気スイッチ全開は、ピッチャーの絶対的本能だ。 次のボールに対し、ちょっと外に構えてみた。コースを狙わせて、出力減を狙った姑息な小細工。でも、大谷くんのボールは関係なかった。それどころか、すごい球が来た。 「うわっ、154だって! こりゃーすげぇや。ワッハッハ」 コーチは笑い飛ばしていたが、私はマスクの中で引きつっていた。 【ミットにかすりもしなかった変化球】 そしてスライダーは、真っすぐと変わらぬスピードでこっちに向かってきて、もう曲がらないのか......とミットを出した瞬間、真横に曲がって吹っ飛んだ。最初の1球は、かすりもしなかった。今でいう「スイーパー」ってやつを、大谷くんは高校の時から投げていたのだ。 「フォークもちょっといいですか?」 やめてよ......とも言えないから、「OK、フォーク、カモン!」と強がってみた。 大谷くんのフォークは、やはり真っすぐと同じようなスピードで真ん中低めに来て、ホームベース手前でパッと消え、ミットを出すも後方に抜けていった。 今、メジャー中継で大谷くんが投げている場面を見ると、概ね投げる球種がわかる。サインを出した捕手が、そのあとソワソワ落ち着かない時は、スライダーである。ソワソワどころか、しゃがんだまま足踏みをしているような時は、フォーク。きっと、いつでも逃げられるようにしているのだろう。 メジャーのキャッチャーだって、大谷くんの"変化球"は怖いのだ。その気持ちは、受けた者にしかわからない。 スピードもさることながら、あれほど恐ろしい変化球を投げた高校生は、やはり大谷翔平以外いない。 大谷翔平(おおたに・しょうへい)/1994年7月5日生まれ、岩手県出身。花巻東高3年夏にアマチュア史上初の160キロを計測。2012年ドラフト1位で日本ハムに入団し、二刀流として旋風を巻き起こす。18年にエンゼルスへ移籍して同年新人王、23年にアジア人初の本塁打王を獲得。24年にドジャースと10年契約を交わし、同年に前人未踏の「50-50」(54本塁打59盗塁)をクリアし、2年連続本塁打王と打点王の2冠達成。25年はワールドシリーズ連覇で3年連続4度目のMVPに輝いた
安倍昌彦●文 text by Masahiko Abe