アメリカ中心同盟のプランB――自由主義中堅国の横のつながり同盟という考え
日本の外交戦略に揺らぎが生じている。日本の外交戦略に揺らぎが生じている。直接の引き金は二つ、存立危機事態に関わる日中対立と、トランプ体制になってからのアメリカ外交の不安定性である。今現在、日本は両大国から同時に不確実性を突きつけられた形となっている。こういう話題になると得てして「米中どちらに寄るか」という二択に矮小化されがちだが、そもそもどちらかを選ばなければならないという話でもないだろう。二択を迫られているという錯覚を疑うところから始めたい。
問題の所在:二つの大国、二つの不安
中国の問題はわかりやすい。言論統制、少数民族への抑圧、香港への圧力、ロシアによるウクライナ侵攻へのロシア寄りの態度と、自由民主主義の価値観とは構造的に相容れない体制であることは国際社会で広く認識されている。フリーダム・ハウスは長年にわたり中国を「非自由(Not Free)」と評価し続けており[^1.1]、EUは「デリスク」(脱中国依存)を公式の政策目標として掲げている[^1.2]。
一方のアメリカも、トランプ体制になってからはグリーンランドへの領土要求があった[^1.3]ところに、今年に入り安保理決議なしでのベネズエラ(2026年1月3日のマドゥロ大統領拘束作戦)およびイランへの軍事行動があり、特に前者は反対した英独仏など8カ国への懲罰関税発言と、同盟国が「それはさすがに」と感じるような行動が相次いでいる。これらがトランプ政権に固有の一時的な現象なのかどうかはまだわからないが、しかし一度起きてしまった以上、「いつかまた起こり得る」という前提を持っておく必要があるとは言える。二大国のどちらを選んでも不確実性に晒されるという構造が、現在の状況の本質である。
カーニー演説が示したもの
こうした文脈で、2026年1月20日のダボス会議におけるカナダのマーク・カーニー首相の演説は象徴的だった。カーニー氏は「強者はしたいことをして、弱者はそれを耐え忍ぶ」というトゥキディデスの言葉を引用しながら、この論理が「不可避なものとして」再び前面に出てきているという現実を正面から認めた[^1.4]。WTO、国連、COPなど中堅国が頼ってきた多国間機関が力を失い、超大国が「経済的統合を武器に、関税を圧力の手段に、金融インフラを強制の道具に」使い始めている、と指摘する[^1.5]。そのうえで、迎合によって安全は買えないと断言し、人権尊重・主権・領土の一体性といった自由主義的価値を体現する「新たな秩序を築く力」をミドルパワー(中堅国)は持っていると訴えた。
注目すべきはカーニー氏が悲観的な現状認識に留まらなかった点だ。ミドルパワーが連携することで、崩れゆく旧秩序の先に新たな国際秩序を主体的に構築できるという積極的な提言として演説を締めくくっている。要するに、アメリカを頂点とするハブ・アンド・スポーク型の同盟体制を前提とせずに、中堅国が自分たちで秩序を担えるよう備えよ、という呼びかけである。
「ホイール型」同盟網という構造
現在の同盟体制を図式化すれば、アメリカがハブになって、欧州方面ではNATO、アジア方面では米日・米韓・米豪がそれぞれスポークとして伸びる「ハブ・アンド・スポーク」型である[^2.1]。スポーク同士は互いに連結されておらず、すべてがアメリカを経由する。カーニー演説が示唆するプランBとは、このスポークの先にある国々――欧州、日本、韓国、豪州、カナダ――が横のつながりを強化して「ホイール(車輪)」をつくる、という発想だ。
ホイール型に移行してもアメリカとの二国間同盟は残り、アメリカが安定しているうちはアメリカがハブのままで何も変わらない。しかしアメリカが信頼できない行動に出た場合でも、スポーク同士が連結されたホイールがあれば、ハブなしでも車輪は転がり続けられる。「アメリカをハブとする幕藩体制」が揺らいでも「アメリカ抜きのホイール」として機能できる、という二方向に開いた構造を持てるわけだ。さらに、スポーク各国はすでにNATO準拠の相互運用性基準を共有しており、装備・訓練・情報共有の枠組みは相当程度整っている。横のつながりを追加することによるコストはさほど大きくない[^2.2]。
欧州も同じ問いを立てている
ここで述べているような問題は、実のところ日本だけでなく欧州も同じである。冷戦期の欧州にとっての問いは「アメリカにつくかソ連につくか」という、ある意味でわかりやすい二択だった。
しかし2022年のロシアによるウクライナ侵攻により、欧州にとってロシアと手を結ぶという選択肢は基本的になくなっている。さりとてもう一方のアメリカも、第二次トランプ政権は「欧州の防衛はアメリカの利益にならない」という姿勢を鮮明にし、ウクライナへの軍事支援を一時停止し、NATO加盟国にGDP比5%という前例のない国防支出目標を突きつけ、そしてグリーンランドの割譲問題などと言うものを出してきた。
こうした文脈で、EUは2025年3月に欧州初の「防衛白書(ReArm Europe)」を刊行し、8,000億ユーロ規模の欧州再軍備計画を発表した[^3.1]。欧州委員会は同年10月に2030年までの防衛強化行程表も打ち出しており、2035年までにEU全体で6兆8,000億ユーロを防衛関連分野に投資するという見通しも示されている。単に防衛費を増やすというより、米国への装備調達依存を下げ、欧州域内の防衛産業を自立させようという「内製化」の志向が強い。これがまさに戦略的自律 (European Strategic Autonomy)[^3.2]と呼ばれる路線であり、その実践的な柱がPESCO(常設構造化協力)である。
欧州もアメリカも頼りにしにくいとなれば、「自由主義価値を共有する中堅国が横に連結する」という発想は、欧州にとっても合理的な選択肢になる。実際、日英伊という地理的に離れた三カ国が防衛の最先端領域で共同開発に取り組んでいること自体が、ハブなしで直接スポーク間をつなぐ試みに他ならない。欧州とアジアの中堅自由主義国が装備・技術・運用の面で接続されるとき、ホイールはインド太平洋から大西洋まで一周する形になる。
すでに動いている日豪、日英伊の実績
この路線は机上の話ではなく、すでに制度として積み重ねが始まっている。
日豪間では、2022年1月に署名・2023年8月に発効した部隊間協力円滑化協定(RAA)が準同盟の制度的基盤となっており[^4.1]、相互アクセス・共同訓練・装備協力が急速に進んでいる。同年10月に改定された「新たな安全保障協力に関する日豪共同宣言」では「特別な戦略的パートナーシップ」が改めて確認された[^4.2]。RAAはかつて日米間にしか存在しなかった軍事的な制度的接続を日豪間にも広げたという意味で、制度的に見て「スポーク間の接続」の実例である。
欧州側では、次期戦闘機の日英伊共同開発(GCAP:グローバル戦闘航空プログラム)が動いている。2022年12月に日英伊首脳が共同開発を発表し[^4.3]、2023年には政府間機関(GIGO)設立条約に署名[^4.4]、2025年7月にはGIGOが英国レディングで正式に発足した。2020年度から2025年度までにすでに約5041億円が投じられており、2035年の初号機配備を目標に設計・開発が進んでいる。日本が米国以外の国と大規模な軍事開発プロジェクトに取り組む初のケースである。欧州では独仏西によるFCAS(次期戦闘航空システム)計画が2025年末に事実上の無期限延期になったとも報じられており[^4.4]、GCAPへの参加を望む国がさらに出てくる可能性も指摘されている。
ASEANという新しい同盟者
一方、東南アジア・ASEANとの関係は直接の軍事同盟にはないが、実現性は高い。南シナ海進出への中国の圧力を肌身で感じているのはASEAN諸国も同様であり、2016年の「ビエンチャン・ビジョン」以降、日本のASEAN防衛協力は継続的に深化しており[^5.1]、2023年には「ビエンチャン・ビジョン2.0」としてアップデートされている[^5.2]。
世論調査の数字は率直に言ってかなりの差を示している。シンガポールのシンクタンク ISEAS が毎年実施する「東南アジアの状況(State of Southeast Asia)」調査では、日本は「最も信頼できる国・地域」として2025年調査で7年連続首位(66.8%)を記録[^5.3]、米国(47.2%)、中国(36.6%)を大きく引き離している。外務省の令和5年度ASEAN対日世論調査でも、日本への信頼度は「信頼できる」と「どちらかというと信頼できる」の合計で91%に達している[^5.4]。かつて日本が侵略者として振る舞ったこの地域でこれだけの信頼が積み上がったのは、戦後80年にわたるODAや経済協力の蓄積があってのことだ。リーダーとしてではなく対等な同盟者として振る舞うことが引き続き求められるが、ASEANも未来志向を打ち出しており、もう一方の軸として豪州が入ることで安定した多角的な関係を構築できる可能性が高い。
こうした横のつながりの強化は、フランス・ドイツが主導する欧州の「戦略的自律」議論(PESCO)とも相性が良い。欧州はトランプ政権以降、NATO依存の脆弱性をあらためて意識し、独自の防衛統合を加速させている[^5.5]。また提唱者であるカナダも組む候補に挙がるだろうし、もともと広域の環太平洋同盟という構想は日豪同盟の延長として存在する。欧州と日本・豪州、ASEANや韓国、そして環太平洋諸国が繋がることで、自由主義の「ホイール」はインド、太平洋から大西洋まで一周する形になる。
「自由と繁栄の弧」の延長線上として
ここで押さえておきたいのは、これが新規の路線ではないという点だ。2006年11月30日、麻生太郎外務大臣(当時)は日本国際問題研究所のセミナーで「自由と繁栄の弧」構想を提唱した[^6.1]。「民主主義、自由、人権、法の支配、市場経済といった普遍的価値を重視しつつ、ユーラシア大陸の外周に成長する新興の民主主義国を帯のようにつなぐ」というのがその骨子で、「価値の外交」という言葉とセットで日本外交の新機軸と位置づけられた[^6.2]。第一次安倍政権では福田政権への移行で一時後退したものの、第二次安倍政権下で「インド太平洋」という地理的概念に進化し、AOIPとして実践されてきた系譜である[^6.3]。
今回のプランBは、この系譜の延長線上として自然に接続できる。アメリカという盟主が安定していれば「アメリカありのハブ・アンド・スポーク」として機能し、揺らいでもホイールとして自立できる。どちらに転んでも同じ路線の上にある構造的な互換性が、このアプローチの最大の強みではないかと私は思っている。
カーニー演説への反響がこれだけ大きかったのは、欧州方面など多くの国が既に同じことを考えていたからだろう。日本にとっても、既存の外交資産を組み替えて実装する準備がほぼ整っており、走りだせる体制が整っていると言っていいだろう。
未来もこれで語る
原理原則を明らかにした構想、条約による同盟の存在は、我が国の防衛政策を適切に議論するうえでも必要だろう。例えば防衛装備移転の問題は、こういった構想と接続することができる。
日本の武器輸出(防衛装備移転)をめぐる制度は、1967年の佐藤内閣答弁に始まる「武器輸出三原則等」から、2014年の「防衛装備移転三原則」への転換を経て、2023年・2024年と立て続けに運用指針が改正され、急速に緩和が進んでいる。2024年3月の改正では GCAP(日英伊次期戦闘機)の完成品についてパートナー国以外の第三国への移転が限定的に解禁された。高市政権はさらに2026年末を目処に安全保障三文書の改定を表明しており、現在は与党内で「救難・輸送・警戒・監視・掃海」という現行の5類型の撤廃が検討課題として挙がっている。つまり今後、輸出できる装備の範囲はさらに広がる方向にある。
この流れ自体は、GCAPのような国際共同開発に参画する以上、ある程度避けられない面がある。共同開発した装備を「日本だけが第三国に売れない」という状態は、パートナー国との対等な協力関係を保つうえでの障害になるからだ。問題は「緩和する・しない」ではなく「誰に、どういう原則のもとで売るか」である。
この「誰に」の基準が、現状では必ずしも明確でない。GCAPの移転先条件として「武力紛争の一環として現に戦闘が行われていると判断される国には移転しない」という歯止めは設けられているものの、「安全保障協力関係にある国」という括り方は幅広い。ここで「自由主義的価値を共有し、相互運用性基準を持つよう条約を結んだ中堅国連合」という枠組みが意味を持ってくる。輸出先をこの枠組みの構成国ないしその準加盟的な国に原則として絞ることが、歯止めの論理的な根拠になる。単に「友好国」「安保協力国」という曖昧な基準より、「条約を結んだ国か否か」という基準のほうが、価値外交としての一貫性を維持しやすいし、条約締結時に国会の承認を得るという手続きを踏むことで国民が承認することにもなる。
防衛装備移転の緩和は国内の世論に対しても説明が難しい問題である。しかしその説明が難しい理由の一つは、「誰のために、どういう秩序を守るための輸出なのか」という大きな絵が共有されていないからではないかと思っている。「自由のホイールを強化するための装備協力である」という文脈を先に示してから個別の緩和を論じる順序であれば、国民への説明にも、相手国との交渉にも、一本筋の通った論拠が生まれるはずだ。
引用文献(脚注)
[^1.1]: Freedom House. Freedom in the World 2024 – China: Not Free. (2024). 中国は総合スコア 9/100 で「Not Free」と評価されている。 Freedom House
[^1.2]: European Parliament. EU-China relations: De-risking or de-coupling−the future of the EU strategy towards China 2024
[^1.3]: BBC News. Why does Trump want Greenland and what could it mean for Nato and the EU?。
[^1.4]: World Economic Forum. Davos 2026: Special address by Mark Carney, Prime Minister of Canada(2026年1月20日)。カーニー首相がダボス会議でトゥキディデスを引用し、中堅国の役割を強調した演説全文。 The World Economic Forum
[^1.5]: Radio-Canada. Read Mark Carney’s full speech on middle powers navigating a rapidly changing world(2026年1月21日)。多国間機関の弱体化、経済的強制の増大、ミドルパワー連携の必要性を述べた部分を含む。 Radio-Canada
[^2.1]: 佐竹知彦「日米豪の安全保障協力 ― “ハブ&スポークス”体制の変容?」『国際政治』206号(2022)。米国を中心とした二国間同盟網を「ハブ・アンド・スポーク」と定義。 J-Stage
[^2.2]: 防衛研究所『ハブ・アンド・スポークを超えて ― 日豪安全保障協力』(2014)。米国主導の同盟網の構造的特徴と、相互運用性の進展について分析。 防衛研究所
[^3.1]: 欧州委、8,000億ユーロ規模の防衛投資策「欧州再軍備計画」の詳細を発表 JETRO 2025年03月21日 https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/03/fb23ca51a0da66da.html
[^3.2]: European Commission. Strategic autonomy and European economic and research security. https://research-and-innovation.ec.europa.eu/strategy/strategy-research-and-innovation/europe-world/international-cooperation/strategic-autonomy-and-european-economic-and-research-security_en
[^4.1]: Government of Australia. “Japan-Australia Reciprocal Access Agreement enters into force.” Aug 2023. https://www.mofa.go.jp/a_o/ocn/au/page4e_001195.html
(豪州政府公式:RAA の署名 2022/1、発効 2023/8)
[^4.2]: Ministry of Foreign Affairs of Japan. “Japan-Australia Joint Declaration on Security Cooperation (Revised).” Oct 2022. https://www.dfat.gov.au/countries/japan/australia-japan-joint-declaration-security-cooperation
(外務省:新たな日豪共同宣言)
[^4.3]: UK Government. “UK, Japan and Italy to develop next-generation fighter aircraft under GCAP.” Dec 2023. https://www.gov.uk/government/news/uk-japan-and-italy-sign-international-stealth-fighter-jet-programme-treaty
(英政府:GCAP 共同発表)
[^4.4]: 「ダメだこりゃ」の雰囲気が覆う欧州「新戦闘機」の共同開発、“国替え”の可能性も!? “ぴったりな国”が大陸の向こうに2026.02.28 乗りものニュース https://trafficnews.jp/post/639078
[^5.1]: Japan Ministry of Defense. “Vientiane Vision: Japan’s Defense Cooperation Initiative with ASEAN.” Nov 2016.
(防衛省:2016年のビエンチャン・ビジョンの公式説明) 防衛省・自衛隊
[^5.2]: 防衛省 令和5年版防衛白書 ビエンチャン・ビジョン2.0 http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2023/html/ns057000.html
[^5.3]: ISEAS–Yusof Ishak Institute. “The State of Southeast Asia 2025.”
(ISEAS:2025年版調査、日本が7年連続で最も信頼される国)
[^5.4]: Ministry of Foreign Affairs of Japan. “ASEANにおける対日世論調査(令和5年度).” https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_00504.html (外務省:ASEAN対日世論調査、信頼度91%)
[^5.5]: European Union External Action Service. “Permanent Structured Cooperation (PESCO): Deepening Defence Cooperation.” https://www.consilium.europa.eu/en/policies/pesco/ (EU:PESCO の背景と欧州防衛統合の加速)
[^6.1]: Ministry of Foreign Affairs of Japan. “Arc of Freedom and Prosperity — Address by Foreign Minister Taro Aso at the Japan Institute of International Affairs.” Nov 30, 2006. https://www.mofa.go.jp
(外務省:麻生外相による「自由と繁栄の弧」提唱演説)
[^6.2]: 神保, 謙 “日本外交と『価値』をめぐる展開 : 『価値の外交』・『自由と繁栄の弧』を回顧して.” Keio SFC Journal, 2018. https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/0402-1801-0062.pdf?file_id=160124
(学術論文:価値の外交と自由と繁栄の弧の位置づけ)
[^6.3]: Ministry of Foreign Affairs of Japan. “Free and Open Indo-Pacific (FOIP) / AOIP cooperation.” https://www.mofa.go.jp/policy/page25e_000278.html
(外務省:FOIP と AOIP の位置づけ)


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