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お知らせ

天地正教から皆さまへ

天地正教は、創立以来、北海道帯広の地にて、天地の理(ことわり)を尊び、静かに祈りを捧げながら、先祖供養と魂の平安を願う祭事を大切に続けてまいりました。

これまで、世間に広く名を知られることなく、地域とともに慎ましく信仰の歩みを重ねてきた団体でございます。

しかしながら、昨今の報道などをきっかけとして、天地正教の存在に対する社会的な関心が突然高まり、多くの皆さまからお問い合わせやご質問をいただくようになりました。

私たちにとっても予期せぬ状況ではございましたが、これを機に、当教団の実情と信仰の理念を正しくお伝えする必要性を感じるに至りました。

本ウェブサイトは、そうした経緯の中で、「ほんの少しでも、私たちの歩みや思いを正しくご理解いただけたら」という願いから開設したものです。

華美な広報や宣伝を目的とするものではなく、信仰に関心を寄せてくださる方々、また当教に関して真摯な理解を求められる皆さまに対し、ささやかな情報の発信をさせていただく場として活用してまいります。

どうか本サイトを通じて、天地正教が大切にしてきた祈りの心、そして私たちの静かな歩みを少しでも感じていただければ幸いです。

天地正教とは

天地正教は、昭和31年に宗教家・川瀬カヨ(かわせ・かよ)教主によって創設された、天地自然の摂理に基づく信仰と実践を重んじる宗教です。本教は、心みがきと先祖と殉難者の供養を実践し、天地と人との調和を目指し、北海道帯広市を本拠として歩みを続けてまいりました。

創立当初は「天運教」の名のもとに教えを広めておりましたが、昭和63年に天啓を受け、名称を「天地正教」へと改めました。以降、「天地の理(ことわり)」にかなった生き方を実践し、真の平和と幸福の実現を目指す道として、信者一人ひとりの心の成長を支えております。

特筆すべきは、教祖 川瀬カヨ教主が、長年の霊的探究の末に、韓国の宗教家・文鮮明師を「来るべき弥勒」として認めたという教義上の認識です。これにより、天地正教は古来より予言されていた救済の時代が到来したことを信じ、そのおしめしを指針として歩んでいます。

本教は、定期的な祭祀や供養、季節の祭祀を通じて、天地への感謝と人々の心みがきを実践し、今日に至るまで誠実に活動と供養を継続しております。

天地正教の教え

天地正教は、天を無形なる父母とし、天より天の慈愛を持って来られる弥勒慈尊を地の父母、救い主として信奉します。

弥勒慈尊とは、末法の時代に「後の仏」として天より来られる真の人であり、天の慈愛と天地の理をもって、全き救いをもたらして下さるお方で、「生きた神様」と川瀬教主はおさとしされています。

弥勒さまより賜る正しい教えと功徳によって、あらゆる悩みや苦しみが解消され、家庭が浄土となり、弥勒浄土が実現されるのです。

天地正教は、天の父母と地の父母の正しい教えを学び実践して、天の慈愛に満ちた幸せな家庭を目指しています。天の慈愛を体得した個人、幸せな家庭をつくるために、以下の四つの実践を信仰の柱としています。

  1. 心をみがくこと
    とりわけ「感謝と率直な心」を日常生活の中で養い、誠実な心を持って生きること。
  2. 先祖への供養
    霊界へ旅立った祖先に対し、感謝と敬意をもって真心から供養を捧げること。
  3. 殉難者供養
    日本人として過去に犯した歴史的責任を認識し、韓国・朝鮮・中国の殉難者に対する懺悔と供養を行うこと。

教祖 川瀬カヨ

天地正教の教祖である川瀬カヨ(かわせ・かよ)教主は、明治44年に北海道河東郡南那珂士幌に生まれ、弘法大師・空海様の導きを受けながら、生涯を通じて人間の本質と天地自然の摂理を探求し続けた宗教者です。昭和31年、深い霊的体験と啓示を基に、「天運教」として信仰の道を開きました。戦後の混迷の時代、川瀬カヨは人々の幸せと世界平和の実現を強く願い、真の救い主、「弥勒(みろく)」の到来を祈り求めていました。

昭和63年「汝ら、名を天地正教と改め」という天啓を受けて、教団名を「天地正教」と改称。川瀬教主の教えは、「天地の理(ことわり)」に則った生き方、心みがきと成長、そして神と人、人と人との調和を追求するものであり、今なお多くの人々の心に影響を与え続けています。

東洋に生まれるとされる弥勒の出現を待望する中で、韓国の宗教家・文鮮明師こそがその使命を帯びた人物であると悟り、さらに弘法大師・空海様のおしめしを通して、確信に至りました。この確信は、天地正教の教えにおいて極めて重要な位置を占めています。

川瀬教主の生涯は、真理を求める誠実な探究と、人々と先祖の幸福を願う深い祈りに満ちていました。その心のあり方と生きる姿勢は、天地正教の根本理念として今日に至るまで継承されています。

天地正教の歩み

  • 明治44年5月30日

    川瀬カヨ、北海道河東郡南那珂士幌に誕生。(戸籍上は6月15日)
    父は弘法大師を篤く信仰し、地域の寺院に弘法大師像を寄贈した。

  • 昭和12年

    木材業を営む川瀬栄作氏と結婚。「自分が厳しい運命を乗り越えることで、全ての人が幸福に至る手本を残す事ができる」と決意

  • 昭和19年

    相次ぐ病に苦しむ中で神仏への信仰を深め、癒しの力を得るようになる。

  • 昭和31年

    鉄南市場で真言密教の行者より気合いを受け霊通。

  • 同年11月12日

    「汝、天運教の教主たれ」との啓示を受け、天運教を創立。
    天地正教では、この日を「立教の日」と定めている。

  • 昭和39年

    信者組織「冨士会」設立。八大龍神・馬頭観音・弘法大師を本尊とし、先祖供養を中心とした信仰を広める。

  • 昭和62年11月26日

    「天運教」が北海道知事より宗教法人として認証を受ける。

  • 昭和63年1月1日

    「汝ら、名を天地正教と改め、天地に翔け」という天啓を受ける。1月14日に改称認証を受ける。

  • 平成元年

    第一回浄火祈願祭。
    韓国・朝鮮人、中国人殉難者供養を全国各地で行う。

  • 平成3年

    創始者・川瀬教主の伝記『曠野は白く燃えて』初版が発行される。

  • 平成4年

    川瀬教主を導いた弘法大師・空海が入定する高野山奥の院にて、弘法大師様より「弥勒は文鮮明師」とのおしめしを受け、「弥勒下生についての宣言奉読」を全国信徒に公表。

  • 平成5年

    韓国朝鮮人中国人受難者慰霊塔を建立し、合同慰霊祭を開催。
    韓国で挙行された任辰倭乱鼻塚還国英霊安葬追慕大斎に参加。

  • 平成6年2月4日

    川瀬教主浄土帰還(享年82歳)

  • 同年3月3日

    三女・新谷静江様が第二代教主に就任

  • 平成7年

    ハワイ真珠湾戦没者慰霊。ウタリ民族慰霊供養祭。沖縄戦没者慰霊供養祭

  • 平成8年

    新谷教主が全国各地で大会を実施して、日本国民に向けて、弥勒さまが文鮮明師であることを公的に宣言。
    川瀬教主の顕彰碑を建立。

現在に至るまで、教主の遺徳を受け継ぎ、信者の先祖の愛縁供養(永代供養)、殉難者慰霊供養、並びに平和のための祈りを毎月4日(教主の月命日)に継続しております。

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